音楽療法研究
Japanese Annual of Clinical Music
Therapy Vol. 5, 2000 臨床音楽療法協会
■特 集「音楽療法士の養成教育」 特集にあたって…………………………………………………………………………………………………林 庸二 日本における音楽療法士養成現状と問題点…………………………………………………………………村井 靖児 日本と米国の音楽療法士養成に思う…………………………………………………………………………栗林 文雄 音楽療法士養成教育における感性化トレーニングについて…………………………………………………岡崎 香奈 地方自治体が独自に行った音楽療法研修事業の内容と考察………………………………………………門間 陽子 ■原著論文 音楽療法グループ活動で不適切行動を繰り返す自閉症児への統合的洞察によるアプローチ
……………生野 里花 自閉症児の言葉の発達を促音楽アプローチ………………………………………大岩みどり・山本悠美子・益子 務 パーキンソン病患者に対する音楽療法の効果〜歌唱が肺機能に与える影響〜 ……………………………大塚 裕一 中学男子のグリークワークにおける音楽と言語の役割………………………………………………………塩谷百合子 音楽療法教育におけるピアノ速攻演奏習得システムの検討 ………………………………………………二俣
泉 ■事例研究 水頭症児への音楽療法〜意思表出の変化〜………………………………………………………………小川 尚子 自閉傾向をもつ発達遅滞時への音楽療法〜外科医への気づきと言語発達のためのアプロ−チ〜………鎌倉 賀子 ”Ur
Song(普遍的な歌)”による「声」を用いた音楽療法………………………………………………………高山
仁
音楽療法実習生の臨床技術臨床的態度に関する検討………………… 舘いずみ・池田奈央・二俣 泉・塩谷百合子 多重障害児に対する音楽療法の試み………………………………………………………………………
野田奈津代 音楽療法により著名に改善したくも膜下出欠後遺症の事例…………………………………………………橋本 加寿 音楽療法における非言語的コミュニケーション発達過程について………………………………
薬師神彩・大原かおる 精神科ディケアにおける阿波踊りとくんちを活用した音楽療法………………………………………………幸 絵美加 ■資 料
アンケート調査に見る知的障害関係施設における音楽活動の実態 ………………………………………平林 真紀
書 評 音楽療法の設計図
…………………………………………………………………………………………… 青 巧美 響きの器 ………………………………………………………………………………………………………
大野 桂子 「音楽療法の実践高齢者/緩和ケアの現場から」
……………………………………………………………古賀 幹敏
臨床音楽療法協会第6回大会・第4回講習会を終えて……………………………………………………志水 哲雄
バーバラ・ヘッサ−教授を迎えて……………………………………………………………………………村井 靖児
臨床音楽療法協会第6回大会印象記…………………………………………………………………萩野・鎌田・平林 第9回世界音楽療法会議の報告…………………………………………………………………………………貫 行子
|
多田・フォン・トゥビッケル・房代著
響 き の 器(人間と歴史社)
音楽療法に関する出版物が年々数を増し多様化していく中、いわゆる「学術書」といった枠を乗り越えて音楽療法が語られる機会も増えている。より柔軟、多次元的に音楽療法という現象が捕えられることによって、我々はむしろその奥にある本質へと導かれていくのかもしれない。そういった意味で本書が刊行されたことは大変意義深い。一見すると、音楽療法家の体験談が綴られたエッセイ集といったところであるが、内容は学術的にも評価されるべき多くの観点を有し、そうした「本質」への示に富んでいる。音楽療法の根本的な意味論を投げかけてくるような重みのある一冊である。
著者の多田・フォン・トゥビッケル・房代氏は日本とドイツで育まれた経験豊かな音楽療法家である。本書はその半生の中で著者自身が体験したり思案したりした事などが綴られ、束ねられたものである。これらは実に珠玉のエピソードといえるものであり、主に、音楽や音に関する音楽療法的思案、実践事例の紹介などのほか、音楽療法かになるまでとなってからのライフヒストリー的な事柄も織り込まれている。それらを通して著者は、音楽やあらゆる「生」の中に偏在する「響き」を一環としたテーマとして見出していく。文体は時には叙情的であり、誌的でもあるが、それは読者に論理の世界のみでは理解しえないような情緒、あるいは直感を介した理解をもたらすであろう。そうした描写性が音楽の世界と共鳴するのでろうか、音楽療法空間の内外に生起する様々なモチーフが実にリアルに、共体験的に読むものの胸に迫ってくる。文字どうり「響く」のである。著者自身の心のた旅、思案の旅はいつのまにか我々自身のインナーとリップへと引き継がれてゆく。
このような特色から、評書としても、予備知識的にここで内容の詳細に触れる事は控えたい。ただ何れにしろ、この本特有の静けさと迫力は、読み手の意思や状態に拘われず、我々読者を知らずして「原点」に方位づけてしまうだろう。決して力む事の無い穏やかな「口調」は、ゆっくり確実に、著者の言う「中心の感覚」へ進ませてくれる。人の「生」に宿る「音楽」そしてそこに至る「響き」といった中核部へのトリップ様の体験は快楽的でさえある。自分自身の「中心」や「実存」をも呼びさますからだろうか。著者の思索は時に音楽の枠を越え、芸術日、そして生命現象としての形態美に及ぶが、その立体化によって却って「生命の法則」内に息づく音・音楽の形が鮮明化する。
おそらく本書の価値はまず、誰も言葉では示しきれないようなその場所、すなわち「音楽療法って、いったい何なの?」と言ったような音楽療法自体の存在の「所以」のようなものを、読み手側の主観の介入を存分に許す事で、この根底において実体験させてしまうようなところにあると思う。また、上記のような「生」全体に通ずる生態系、特に音楽における「表現系」とその「象徴」の「読み取り」は、ともすると「科学」の範疇からはみ出しかねず難解とされるが、これらをあきらめず探求しつづける事の意味と可能性を再認識させてくれる。しかし「響き」がそうであるように、著者の目は決してそこに留まるのではなく、一人一人固有の「響き」がまた外の世界へ、さらに広大な世界へと旅立ち、時空を超えて「響きあう」のを観る。それもまた音楽の、音楽療法の「所以」であることを感じつつ、この世のあらゆる「生」を包み込む壮大な「響き」へと広がっていく。その一方で、揺らぎならある対極を見出し移行しつづける「生」、そして均衝、脱均衝を繰り返しながら常にどこかへ向かおうとする「生」の普遍的な同性をも映し出す。
日本とドイツを往抗する中、東西文化に誇る「普遍」なるものを著者は自ずと感じ取っていたのかもしれない。またいくつかのエピソ−ドで引用さらる歴史的な文献や書物からも、時を越えて「在る」ものへの希求を感じさせる。この大きな心的空間のスケールの中で養われた知識や経験が、著者自身の深奥に既に在った「普遍」と再び出会い、共鳴し、「響き」となり、その「器」としての著者自身を通して、この味わい深い書物となってくれたに違いない。 |
(大野桂子)
 |