いやしの道300里

苦難経て大きな法悦


歩き遍路の話(へんろみち保存協力会代表 宮崎建樹)

 現在の国道が海岸沿いに走るまでは、
伏越の鼻から入木までの「淀ヶ磯」四里は、
山と海だけの、人家ひとつない、雨宿りする
ところもない「ゴロゴロ石」と「飛び石、跳ね石」
の中を進む四国第一の難所と、先人たちは
手記の中に書いている。

 へんろは皆、ゴロゴロと波打つ石の音におび
え、飛び石、跳ね石で疲れた足を引きずりながら、
孤独と不安の気持ちで一生懸命に先へと急いで
行ったであろう。

 同じ歩くへんろでも今と昔では、、隔世の観が
あり、先人たちの苦労がしのばれる。

  遍路は一日十時間以上、五キロ前後の荷を背負って、平均時速四キロ
くらいで歩いている。一日の歩行距離は三十〜四十キロ。歩き慣れない人
にとっては大きい苦痛を伴う「我慢の旅」である。

  私のひとり歩きは、家業閑散期の一月と八月の年二回、七から九日ずつ
かけて四十三日間で一周する「区切り打ち」の方法をとった。車漬けの生活
で弱りきった脚力の弱さを時間でカバー、早朝四時に出発し午後五時宿に
到着の、一日十三時間かけて歩いた。一月の未明の山道は真っ暗で気味
悪く心細い。杖を頼りに目を細め足元ばかり見つめて、夢中で「南無大師
遍照金剛」を唱えて歩いた。

 「御宝号 唱えて歩む 暗やみの かなたに曙光 頬伝う涙」

 八月、炎天下の国道は厳しかった。のどが渇き、睡眠不足と息詰まる熱気
にいたたまれず、沿道の喫茶店や食堂に転がり込んでは「蛙(おんびき)
跳んでも休みが長い」難渋もしばしば。連続の苦痛から逃避したい気持ち
に駆られたことも多かった。そんなときは、いつも自問自答して踏ん張り
通した。

 「時と金 かけて歩むは 遍路道 この痛み この疲れこそ 有り難き哉」

 遍路道の道中に建てたみちしるべの山中杭の多くに、この二首を記して
遍路仲間の奮起を呼びかけている。
 「へんろみち一緒に歩こう会」は、一年間を六コースに分けた区切り打ちで
四国遍路を一巡している。最初のコース(徳島県)に参加した今治市の高橋
静香さんは、道中足のマメにさいなまれながらも一行とともに頑張ってきた。
しかし、最終日の二十三番、薬王寺に向かう途中、ついにマメが指の付け
根に大きく広がってしまい、かかとだけ出歩く痛々しい歩行で最後尾から
隊列を追っていた。
 「薬王寺の屋根が見えた」という言葉を聞いた途端、高橋さんの両眼から
大粒の涙があふれた。壮絶の後の感動のあの様子が今も鮮明によみがえる。

 各コース最終日に札所霊場の大師堂で「修行終了報告とお礼の辞」を述べる
間に、鼻水をすする音、目を赤くそめてうつむく姿にいつも出会う。修行が
終わった後、「明日こそ、もうやめて帰りますと、先達さんにいつ切り出そうか
と思案しながら歩きました」とハンカチで目頭を押さえて話す婦人にたびたび
接してきた。
しかし、解散して帰途につく、どの顔もはればれとして輝いて見えた。

 徒歩道中に耐え抜く疲労と痛みが大きいほど、目標達成後に授かる「充実感」
「法悦」のご褒美が大きいことを遍路はみな体験している。
我慢、疲労、苦痛を日々連続して味わう「歩き」は、無心を呼び覚まし、煩悩
からわずかでも心を解きほぐすきっかけになるのであろう。

 遍路の菅笠や網代笠に記された「迷故三界城 (迷うが故に三界は城なり)」
「悟故十方空 (悟が故に十方は空なり)」 「本来無東西 (本来東西無く)」
「何処有南北 (いずこにか南北有らん)」
の四句は、葬式の際に棺(ひつぎ)
にさしかける天蓋(てんがい)や、骨つぼのふたの表に書くもので、
これをかぶって歩く遍路は、卒塔婆の形をした金剛杖と、白衣とともに死者の
立場を表すといわれている。

 歩き遍路から帰ってくると、人柄が温和になり、顔の相が良くなったと
言われたという話を聞く。死を覚悟で四国一周の旅に出た先人たち・・。
その苦行には及ばないまでも、死に装束に身を固め、道中に煩悩を
ぬぐい去り、再び現世によみがえるのが遍路といわれているが、
それにはやっぱり「歩きの行」がもっとも適していると考えるがいかがであろう。

               へんろみち保存協力会  代表 宮崎 建樹

さあ、出会いと感動の旅に出よう

峠に立って我が来た道(人生)をふりかえる

 私の大好きな歌に、「遠くへ行きたい」がある

  知らない街を歩いてみたい

    どこか遠くへ行きたい

  知らない海を眺めていたい

    どこか遠くへ行きたい

 この歌のような気持ちから、定年退職を機会に、家内と四国遍路の旅を選んだ。
時間に拘束された人生だった。やっと自分を取り戻した実感を味わいたかった。

  「四国遍路ひとり歩き同行二人」   宮崎建樹 著

 初めはどうしても、地理と時間と宿が心配だった。この本に出会えた喜びは大きい。
不安をぬぐいさっていただき、多くの人たちとの出会いで、感動と感謝があり、
また、何より心の癒しの旅となったことは、本当にうれしい体験でした。

                          H,Kの日記より

    

先ず、一歩を踏み出しましょう。

遍路は、心の故郷です。

 

 

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