舎利礼文

お骨を拝むお経

 「舎利礼文(しゃりらいもん)」は葬儀や七日経で読まれることがありますが、とくに火葬場で読まれます。それは、「舎利(しゃり)」が昔のインドの言葉(シャリーラ)を漢字にあてたもので「仏さまの遺骨」という意味だからです。つまり、舎利礼文は仏さまのお骨(こつ)を拝むお経なのです。

 ちなみに、お寿司の「シャリ」は、お米を仏さまのお骨に見立てて大切に扱うことをあらわしているといわれています。

 お釈迦さまは亡くなると火葬され、その遺骨は縁のあった周辺の部族に分骨されました。そして、それぞれ大きな塔を建てて供養しました。

 この「お骨を塔に納めて供養する」という考えが日本に伝わると、五重塔や五輪塔になり、現在の板のお塔婆になったということです。塔婆は正式には「卒塔婆(そとうば)」といいますが、これも昔のインドの言葉で塔のことを「ストゥーパ」といったことに由来します。お塔婆をよく見ると、上のほうに「きざみ」がありますが、その名残です。


お経「舎利礼文」

一心頂礼(いっしん・ちょうらい)
ひたすらに礼拝(らいはい)いたします。

万徳円満(まんとく・えんまん)
多くの徳を十分に備えた

釈迦如来(しゃか・にょらい)
お釈迦さま=仏さまの

真身舎利(しんじん・しゃり:身心舎利とも)
お体とお骨に対して、

本地法身(ほんじ・ほっしん)
また、その尊い仏さまの

法界塔婆(ほっかい・とうば)
お骨を納めた供養塔に対して礼拝いたします。

我等礼敬(がとう・らいきょう)
このように私たちが礼拝いたしますと、

為我現身(いが・げんしん)
仏さまは私たちのために姿を現し、

入我我入(にゅうが・がにゅう)
私たちの心に寄り添い、仏さまと私たちは一つになったように感じるのです。

仏加持故(ぶつが・じこ)
こうして仏さまが守ってくれるように感じるからこそ、

我證菩提(がしょう・ぼだい)
私たちは大切なものを得ることができ、

以仏神力(いぶつ・じんりき)
仏さまの見えない力によって

利益衆生(りやく・しゅじょう)
私たちは救われるのです。

発菩提心(ほつ・ぼだいしん)
道を求めようと心を起こし、

修菩薩行(しゅう・ぼさつぎょう)
道を求めて行動すれば、

同入円寂(どうにゅう・えんじゃく)
よりどころができて、みんな心やすらかとなることでしょう。

平等大智(びょうどう・だいち)
このように、人々を平等に導く仏さまの智慧(ちえ)に対して、

今将頂礼(こんしょう・ちょうらい)
いま、まさに礼拝いたします。