80's Memory  


#4

敗者の輝き(87' 鈴鹿8時間耐久) 

featuring, Team YOSHIMURA


 
 不思議な光景だった

 日本が世界に誇るプライベーター”ヨシムラ”のマシンに乗る日本人より、追いかけているオーストラリア人に対して大歓声がわき起こっていた・・・

 ”資生堂TECH21”・・・80年代日本のバイクブームの象徴とも言えるそのチームは、85年のドラマティックなリタイア劇以降、すべての日本のレースファンが感情移入する”日本ワークス”的な人気を獲得していた。

 しかし、この年平は直前のグランプリで負傷し、監督としてピットに立っていた。それでも多くのファンがテック21の優勝を願い、鈴鹿にやってきた・・・

 午後3時過ぎ、トップを独走していたドミニク・サロンが転倒すると、鈴鹿サーキットは異様な興奮状態に包まれた。この時点でのトップはヨシムラ、2位はテック21。その差は1分弱・・・
 GPで活躍するケビン・マギー、マーティン・ウィマーの二人なら、ヨシムラに乗る無名の外人とメカニック上がりの日本人ライダーをきっと逆転するはずだと、誰もがテック21の優勝をイメージしていた

 しかし、ウィマーのペースが上がらず、その差はなかなか縮まらない
 そして、ようやく日差しが和らぎかけた頃、最後のドラマが幕を開けた


 ウィマーと交代したマギーは最後のピットインの際、給油のみで再びコースに戻る。それを見ていたヨシムラの高吉克朗は必死にペースを上げて逃げる
 やがてその差が30秒を切り、サーキット全体を得体の知れない何かが覆いはじめる。その場にいた者だけが感じる”何か”・・・そしてそれはチェッカーまで残り5分というところで正体を現す・・・

 「高吉転倒!」サーキットアナの絶叫に観衆は大歓声で応えた・・・しかし次の瞬間、グランドスタンド前の大型ビジョンに映し出されたヨシムラのピットの風景に声を失った・・・
 ハンカチで顔を覆う女性スタッフ、高吉の姿を探し続けるクルー、そしてモニターを凝視する監督・・・悲願の初優勝を決定的なものにしたテック21のピットの10数メートル横に、残酷なまでの敗者の姿があった

 それでも再スタートし、2位でチェッカーを受けた高吉を、ヨシムラのクルー全員が涙で迎えた
 悔し涙ではない。高吉の必死の走りに誰もが感動していたのだった

 表彰式前、控え室でうなだれている高吉のもとに、病床を押してポップがやってきた。彼は高吉に「すごかったぞ!よくやった!ほんとによくやった!」と興奮しきった口調で言った

 誰よりも勝利に執念を燃やしていたポップの言葉に、高吉は声をあげて泣いた・・・

 

 

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