レイニーは必死にもがいていた
開発の進まないダンロップタイヤに、削られていくチャンピオンシップポイントに、追い上げてくるローソンのプレッシャーに…それでも彼はひたすら速く走ることでそれらの全てを克服しようとした
彼のチームもまた、もがいていた
ヤマハ本社から供給されるパーツの他に、いったいどれほどのオリジナルパーツを開発してきただろう。カウル、ブレーキ、サスペンション…それでもこのシーズン中盤以降、ローソン+HRCの圧倒的な進化の前に、最後はレイニーの”120%”の走りで勝負するしかなくなっていた
北欧のこのサーキットではダンロップタイヤもハンデにはならないハズだった。長いストレートも他の区間をうまく使えば十分にNSRに対抗できるだろう。そして何より、最終戦が灼熱のブラジルであることを考えれば、レイニーにとってこのレースが”勝たなくてはならない”レースであることは明らかだった
荒れたアンダーストープのトラックを、レイニーは気迫のこもったライディングでリードしていく。この数戦続いたガマンのレースの鬱憤を晴らすかのような走りに、チームも何とか応えようとする
しかしレース中盤、ペースを上げたローソンがついにレイニーを捉える。ローソンの後塵を拝しながらも、レイニーは冷静に勝負所を探っていた
そのとき、レイニーの目に飛び込んできたのは奇妙な数字だった
「L4.5 #1 3.5」
あの鈴鹿での出来事の教訓から、勝負所ではかならずピットサインを見るようなった彼は、この数字の意味を理解できなかった
このサーキットはコントロールラインがピットエリアより半周ほど先のストレートにある。そのため、チームは勝負のかかった終盤になって残り周回数を半分に区切って表示したのだ
不幸にも表示された残り周回数と先行するローソン、後ろのクリスチアン・サロンとの差が非常に似かよった数字だったこともあり、レイニーの集中力が一瞬途切れる…それでもプッシュし続ける彼の目に再びコンマ以下の数字が2つ並んだサインボードが出された
「あと…何周なんだ…サロンはどこにいるんだ?」
そのとき、彼のYZRのリアが小さく滑った
いつもの彼ならまったくお構いなしでスロットルを開け続ける程度の小さなスライドだった…
次の瞬間、彼は宙に舞った
「これで全てが終わった訳じゃない」
毅然と言い切ったレイニーの姿は、すり切れたレザースーツを纏いながらも、あくまでも気高く、誇り高いものだった
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