MS-Excel を用いて真空管のEpIp特性グラフから出力波形と歪率を算出する方法

2004.11.27
2004.12.09修正
2006.2.5歪率の定義を訂正

 
HARU@豊橋

目次:

はじめに
Step1 ロードラインを作成する
Step2: グラフを読み、EgEpの関係を表に落とし込む
Step3 表からグラフを作成し、近似式を得る
Step4 近似式をもとに、正弦波を入力した場合の出力波形を作成する
Step5 ひずみ率を計算する
おわりに
参考資料

はじめに

 真空管のロードラインから、入力波形と出力波形の関係を計算することができないかと考え、この方式を考えました。最初の作りこみは面倒ですが、2回目以降は最初のデータ入力のみで結果が出るので大変便利です。また、作りこみの過程で、増幅作用についての理解を深めることもできました。実際の回路設計に用いるには回路シミュレーターのほうが断然便利ですが、ロードラインを引く勘所を身につけるには便利な道具ではないかと思います。

 電子工学も数学も全くのアマチュアですので、用語の問題など、不適切な部分や考え違いもあるかと思います。お気づきの点についてはご教示いただければ幸いです。  

 

Step1:ロードラインを作成する

 下図のようにMS-Excelに使用する真空管のEp−Ip特性のグラフを画像として貼り付け、想定する動作条件を落とし込みます。

 この例では、真空管に45を用い、

RL-3.5kΩ、グリッドバイアス=-48.5VEp=250Vで計算します。

(図―1:45のEpIp特性にロードラインを記入)

注意すべき点:

 Ep-Ip特性のグラフから読み取る点は、想定するグリッド電圧の最高値から最低値までなるべく均等に、かつ多くとることが、誤差の少ない近似式を得るために重要です。また、グラフからの読み取り精度も重要です。Excelには直線をひいて右クリックし、「オートシェイプの書式設定」→「サイズ」と進むと直線の長さが表示される機能があり、距離を電圧に換算するのに便利でした。

 
 

Step2:グラフを読み、EgEpの関係を表に落とし込む

 動作点のグリッド電圧、プレート電圧を基準として、電圧の差を記入します。この表を元にグラフを作成します。

(図―2:元データの作成)

   

Step3:表からグラフを作成し、近似式を得る

図―2の表を元に、Excelのグラフウィザード→散布図と進んでグラフを完成させます。

 

(図―3:グラフの作成)

 

 その後、グラフの線を右クリックすると現れるメニューの中から「近似曲線の追加」を選択します。

(図―4:近似曲線の追加)

 

近似曲線の追加」というウインドウが出現するので、「種類」をクリックし、「多項式近似」を選択し、次数を6に指定します。(6次以下でも近似可能です。)

 

(図―5:「種類」の設定)

 

「オプション」をクリックし、「切片」を0に指定すると共に、「グラフに数式を表示する」にチェックを入れます。

 

(図―6:「オプション」の設定)

 

すると、グラフに、グラフを6次関数で近似した式が現れます。このグラフが直線に近い真空管ほど「直線性がよい」ということになります。

 

(図―7:近似式)

 

ここで得られた数値から、

6次関数において係数a〜fが下の表のように決定できます。

(図―8:係数の表)

この式

・・・@

は、この真空管(45)の当該動作条件におけるグリッド電圧の変化とプレート電圧の変化の関係を6次関数で近似した式ということになります。この式のxに三角関数を代入することで、出力波形のグラフを作成することや、高調波歪率を計算することが可能になります。

   

Step4:近似式をもとに、正弦波を入力した場合の出力波形を作成する

 下図のように正弦波1周期分の表をExcelで作成します。

Eg-Eg0の部分は三角関数(sinθ)に入力電圧(ピーク値)を乗した数値、Ep-Ep0の欄は、Step3で得た@式のEg-Eg0の値を代入して計算します。

 この例の場合、グリッドバイアスが

48.5Vでしたのでグリッド入力のピーク値として48Vを設定します。一番右の欄は出力波形が正弦波からどのくらい歪んでいるかを比較するための三角関数(この場合は-125sinθ)です。ピーク電圧にもっと小さな電圧を入力すれば、小出力時の歪みの少ない場合をみることができます。

 ご参考までに、図―9の場合、J-27のセルの計算式は

=$B$29*I27+$B$30*POWER(I27,2)+$B$31*POWER(I27,3)+$B$32*POWER(I27,4)+$B$33*POWER(I27,5)+$B$34*POWER(I27,6) となっています。

(図―9:入力―出力の関係)

 

 図―9の表からグラフを作成します。表全体をを選択してグラフウィザード→散布図と進み、グラフを作成します。

(図―10:グラフの作成)

 下図のようなグラフが完成します。青い線は正弦波を入力した場合のグリッド電圧の変化、ピンク色の線はプレート電圧の変化をあらわします。比較のための正弦波は黄色で示されています。

(図―11:入力電圧と出力電圧の関係)

 これを応用して、入力波形に別の真空管の出力波形を代入することにより、2段増幅の場合の入出力特性もシミュレーションすることができます。これにより、シングルアンプでのひずみの打消し効果をグラフで確認することができます。  

 

Step5:ひずみ率を計算する

 近似式をもとに、高調波歪み率を計算することもできます。近似式を6次関数としたので、第6次高調波まで計算ができます。

の場合、として代入すると、

基本波成分の係数=

第二次高調波成分の係数=

第三次高調波成分の係数=

第四次高調波成分の係数=

第五次高調波成分の係数=

                      

第六次高調波成分の係数=

となります。

計算式にについて、長くなりますのでこちらをご参照ください。(2005.1.23計算内容を一部訂正しましたが、シミュレーション結果には影響ありません。)

 この結果をもとにExcelで高調波歪み率を計算します。なお、高調波歪み率の計算式は、下の式によります。
(2006.2.5歪率の定義を訂正)

   

 n次高調波()に対応する係数とする。(は基本波)

(図―12:歪み率の計算表)

この表で、

E-29のセル(基本波成分)の計算式は =5/8*B33*POWER(B26,5)+3/4*B31*POWER(B26,3)+B29*B26

E-30のセル(第二次高調波成分)の計算式は =15/32*B34*POWER(B26,6)+1/2*B32*POWER(B26,4)+1/2*B30*POWER(B26,2)

E-31のセル(第三次高調波成分)の計算式は =5/16*B33*POWER(B26,5)+1/4*B31*POWER(B26,3)

E-32のセル(第四次高調波成分)の計算式は =3/16*B34*POWER(B26,6)+1/8*B32*POWER(B26,4)

E-33のセル(第五次高調波成分)の計算式は =1/16*B33*POWER(B26,5)

E-34のセル(第六次高調波成分)の計算式は =1/32*B34*POWER(B26,6)

となっています。

 また、図―12の表をもとに、グラフを作成すれば、高調波成分の割合を見ることができます。直熱三極管のシングルアンプは偶数次ひずみが多いといわれていることがグラフの上でも確認できます。

 

(図―13:高調波成分の割合)  

 

おわりに

以上の手順で、ロードラインから読み取る数値からExcelを活用して、出力波形の確認と歪み率の計算ができました。 画面全体ではこのようなレイアウトにしました。ロードラインは別のシートに貼り付けました。

 

(図―14:完成図)

 最初の入力は少々面倒ですが、一度Excelのシートを作成してしまえば、あとはロードラインからの数値さえ入力すれば他の真空管でも簡単に出力波形のシミュレーションと歪み率の計算ができます。

 3極管と5極管の歪み成分の違いなど、実際に試してみるとおもしろいです。歪みが少なくなる負荷を選んだり、前述の通り前段の出力をさらに関数に入力して歪みの打消しを検討したり等、回路の設計に応用できますが、一番役に立つのは、ロードラインを引く時の勘所をつかむ訓練になることだと思います。

 ご参考までに6BM8の5極管部について、Ep=200V ,Esg=200V,Eg=-16V,RL=5.6KΩという条件で同様のシミュレーションをおこなった結果のグラフをご覧ください。

 直熱三極管の45に比べて6BM8の五極管部は奇数次の歪みが多いことがわかります。

 先日、秋葉原で一本8千円の45(中古)を衝動買いしてしまった自分を、こんなグラフを見ながら納得させています。肝心の45シングルアンプの方は、時間とお小遣いがなくてなかなか製作にとりかかれません。  

 

参考資料:

木村哲著 『情熱の真空管アンプ』、日本実業出版社、2004

木村哲氏のホームページ『情熱の真空管』

http://home.highway.ne.jp/teddy/tubes/tubes.htm

ロードラインの引き方について学びました。

 

志賀@高槻氏ホームページ

『オーディオの科学』のなかの『非直線性と歪』のページ

http://www.ne.jp/asahi/shiga/home/MyRoom/Audio.htm

http://www.ne.jp/asahi/shiga/home/MyRoom/distortion.htm

入力と出力の関係を多項式で表すアイデアを学びました。

 

長岡技術科学大学 高分子工学研究室 鈴木・木村研究室ホームページ

『Excelを用いた最小二乗法』

http://carbo.nagaokaut.ac.jp/suzukilab/default.html

http://carbo.nagaokaut.ac.jp/suzukilab/2nd-grade-excel/excel-least-square.html

Excelのグラフから近似する関数を得る方法はこのページから学びました。

 

Frank Philipse氏のホームページ
Frank's Electron tube Pages
http://home.wxs.nl/~frank.philipse/frank/frank.html

真空管の特性データが豊富です。

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