[SNOW DANCE 2]

 雪は、いつも恋人を待たせていることに、気づいていないわけではなかった。

 非常事態ではない時が続いていればいるほど、軍人は、暇な職業であった。「暇な」というのは少々語弊があるかもしれない。毎日、決まった訓練は、普通の人から見れば、 必要以上の体力を使うものであったし、日々、最新の物に変わっていくシステムや機材について、学習も重要である。それでも、定時にぴたっと終わる進の勤務は、いつ何が起こるのか予想がつかない病院勤務に比べると、計画が立て易い。

 さっき入った急患は、手術室に入っていった。やっと、今日の仕事を終えることができる。

 ほっと、一息つくと、もう、終業予定より、一時間以上回っていた。

 今日は、寒い。病院内にいれば、感じることはないのだが、さっきの急患が運び込まれてきた時、冷たい空気もいっしょに流れてきた。寒気団がやってきているらしい。といっても、地下都市暮しの長かった雪にとって、そのことが何を意味するのか、よくわかっていなかった。

「今日は、雪が降るかもね」

「えっ?」

 同僚の看護婦が、声をかけてきたのかと思った。

『雪......』

 そういえば、火星で見たっけ。

 雪は、はっとした。今日は、進が帰りを待っている。

 病院内で待っていると、他の看護婦や看護士、病院職員から冷やかされるらしい。いつも、外で待っていた。

 雪は、脱いだ服を、無造作に畳むと、かばんの中に押し込んだ。

『また、待たせちゃった』

 待ち合わせは、嫌いだ。いつも、いつも進を待たせてしまう。

 

「今日は、早く終わるから」

「そう」

  

 昨日の電話で約束したのに。

 雪は、急いで、病院の中庭に向かった。そこには、木が植わっている。地下都市で大事に育てられていた木の一本だ。進は、その木が好きだった。

 まだまだ、地上は、回復せず、四季のある日本では、来年の春にならないと、植物たちの芽吹きは見えない。それでも、進は、その木をいつも愛おしそうに見上げていた。それは、ヤマトの艦内では、見ることがなかった姿だった。

 窓の外は、もう薄暗い。日も沈みかかっていたが、今日は、雲が厚そうだ。

 知り合いの職員や患者に会うたび笑顔で挨拶をするのだが、心は、落ち着かなかった。

 はぁー、はぁー......

 出口のドアを開けると、ぴしっと、冷たい風が、肌を刺した。その寒さに一瞬たじろいでしまった。

 進は、いつもの場所にいるのだろうか?

 進が好きな木は、病院の中庭のほぼまん中に立っていた。雪は、息を整えながら、木がある方向を見た。

 そっと、木に寄り掛かっている進がそこにいた。

 

 遠くからみたら、人間そっくりな像が立っていると錯覚してしまう程、木と馴染んでいた。

 進が、木と話しているような、雪は、そんな気がした。

「古代くん!」

 進は、目を開けた。そして、魔法が解けたように動き出した。

「遅くなって、ごめんなさい」

 雪の言葉に、進は、微笑んだ。

「久々に、冷たい風にふれることができたよ」

 そう言うと、ふわりと自分のマフラーを雪にかけた。

 進は、木に手をついて、猫の様に、背伸びをした。

「ごめんなさい......」

「気にしなくていいよ。こうして、冷たさを感じたり、空を見たり、木に触れていると、ああ、地球は元に戻ってきているんだって、確認することができる......」

 進は、木にくっついていた背中の辺りをパンパン叩いて、ほこりを落としていた。

「それに、自分が、あの旅で何を得たのか確認できるし」

 雪は、そう言う進の顔をじっと見つめた。

『地球が復興するのが、あまり嬉しくないのかな......』

 

 きゃ......

 進の手で、両頬を包まれた。その手は、暖かかった。

「さあ、行こうか、君の顔も冷たくなってる」

 雪にとって、地球に帰ってきてからの進との平和な日々は、至福の時であった。なのに、進は、都市がにょきにょきと生えるように作られていく姿を、よく思っていないようだった。

「あっ」

 雪は、進の髪に白いものがついているのに気がついた。

 雪が手で触ろうとした時、さっと、しみ込むように消えてしまった。

 その雪の動作で、進は、空を見上げた。雪もつられて、顔をもたげた。

 冷たい......

「雪だわ」

 顔に落ちた雪は、肌の暖かさで消えていく。

 雪がはらはら、風にのって、ダンスを踊りながら舞い降りてきた。

 雪はその時、進のやさしい顔を見た。彼の求めていた地球の復興は、こういうことなのではないかと、雪は、気づいた。

 

END



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SORAMIMI 

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