亜麻色の髪の乙女

 西暦2200年……イスカンダルから帰還中

 進の日課の一つに、沖田が考える戦術についての記録があった。それは、沖田十三が学者として、宇宙で可能な戦術を語るというものだった。毎日のヤマトの報告の際に交わされていたささいな話から、それは、進がきちんと記録する形に変わり、沖田十三もいろいろな持論を展開していた。進は艦の責任者として、佐渡酒造から沖田十三の余命の話を聞いていたし、沖田十三自身も告知を受けていたのもあり、お互い、その話はしないものの、心の片隅にはそのことがあったのかもしれない。

「宇宙空間に割れ目、ですか?」
 進は沖田十三の言葉を繰り返した。
「そうだ。ワープの時、我々は空間を突き抜けるように移動をする。その時は、風船に細い針を刺すようだから、移動する次元の穴は自然に閉じていく。それではなく、宇宙空間に大きな力を与えてできる割れ目や断層を使うことにより、姿を隠すことができ、奇襲をかけることが可能だ」
「くぼ地に隠れて襲うようなものですね」
 沖田十三は進の言葉に笑った。
「そうだ、いいたとえだな」
「それでは、落とし穴みたいに罠としてもありえるのですか」
「割れ目に気づかずに入りこんでしまえば、そういうこともあるだろう」
 進はメモをしていた紙に書いた絵に『落とし穴』と文字を書き加えた。
「どちらにせよ、まだ地球人の学者間でも理論だけであって、実際、何か強い力を空間に向けた時に、そういう割れ目が偶然できることがあるかもしれないが、実用は難しいだろう」
「強い力でできるものなのですか」
「我々は、まだ、波動砲を撃った跡の調査をしていないだろう」
「そうですね、集中して力のかかる波動砲ですから、なんらか空間にも影響を与えているのかもしれませんね」
 進は『波動砲の影響の調査』と書き入れる。
「とにかく、自由にその割れ目、断層をつくるには、膨大なエネルギーが必要だろう。それは深さ広さに比例をする。それができる艦または要塞は、空間の割れ目や異次元断層を作るために、エネルギーの供給を考えねばならない」
「長時間、広い空間で割れ目や断層を維持するのはかなり難しいのですね」
「この攻撃をされた時は、長時間続くことはないだろうから、じっと耐えるか、エネルギー補給のからくりを早く見つけることだ」
「じっと耐える……敵の攻撃を耐えろということですか」
「そうだ。ただ、敵の攻撃が激しくて、とても耐えることができない場合がある。その場合は、エネルギーの供給を絶つような作戦をたてる必要がある」
 
「古代くん、最近、少しオーバーワークね」
 ユキは第一艦橋で島大介とともに、進の帰りを待っていた。
「艦長代理として、各班の報告も受けて、それをまた、沖田艦長に報告するしな。もともと戦闘班の人数が多いから、戦闘班だけでも他の班より作業量が多い。最近は、沖田艦長といろいろ戦術の話をしているようだから、余計に時間がかかっている。睡眠はかろうじて取っているけれど、自分の時間なんて、ほとんどないんだろうな」
 大介は、ユキが進の帰りを待っていることを知っていた。この美しい仲間の心が進に向いていることは、大介以外の乗組員も知っている。気づいていないのは本人だけだろうと皆、予想立てていた。
「俺はもう寝るよ。古代に第一艦橋のイスで寝ないように言っておいてくれないか。この間、朝まで寝ていて、驚いたからな」
「ええ。私、もう少し待ってみるわ」
 ユキは小さくあくびを手で隠した。

「ふぁあ」
 第一艦橋に下りた進は、大きく背伸びをした。
「あれ?」
 イスに体を委ね、ユキは静かに寝息を立てていた。
 進は、どうしたらいいのか迷った。今、沖田から聞いた話をきちんと文章として残してから、寝ようかと思っていたからだ。結局、進は、沖田から聞いた話の入力を優先した。ユキを起こすため、声をかけるか、体を揺するか……その時の進はどちらもできなかったというのが、本当の理由だった。
(さて)
 入力も終わり、進は、ユキの席の横に立って、思案に暮れた。
「うぅん」
 手を伸ばしたものの、ユキの寝言で進は手を引っ込めてしまった。
(どうしようか)




 西暦2220年……超巨大潜宙要塞

(大きすぎる……これほどの要塞が割れ目を作って出入りしているとは)
 転進を続けることだけでは、遅かれ早かれヤマトの艦体がこの集中砲火に耐え切れなくなってしまうだろう。超巨大な要塞が脱皮するかのようにその下から現れた新たな要塞を見た進は、沖田十三の言葉を思い出していた。

「エネルギー補給のからくりを早く見つけることだ」

 (この無尽蔵に思えるエネルギーはどこから……)
 進は、第一艦橋の窓から差し込むするどい光を見た。
(太陽……)
 先ほどの超巨大要塞の後ろにずっと輝いていた太陽。
 進は太陽を目指すように、命令を下した。
 大きく崩れていく要塞を見ながら、進は、素直に喜べなかった。SUSのすべてが空間の割れ目に消えていく……
(何かが違う。今まで戦った相手とは。何が目的なのか……)


 戦闘が終わり、進は怪我を負った桜井洋一を医務室に見舞った。
「艦長、すみません」
「いや、操艦をまかせたのは、俺だったから」
 医務室に桜井洋一の様子を見にいった進は、治療の済んだ洋一と第一艦橋に向かっていた。
「お前の操艦は安定性があるな」
「あの時は夢中でしたから。自分がヤマトを操縦することになるなんて、不思議です。そんなことはないと思っていました」
(あっ)
 第一艦橋のドアがあくと、亜麻色の髪が進の視線に入った。
(折原か……)
 一瞬、進は、旧ヤマトの第一艦橋に足を踏み入れた感覚に陥った。イスにもたれ、うつらうつら、眠りに入っている折原真帆がそこにいた。一緒に第一艦橋に入った桜井洋一は、寝ている折原真帆の側にいくのだが、ただ、立ちすくんでいるばかりだった。
 その姿を見て進は微笑んだ。
 進は、立っている洋一と寝ている真帆に近づいていき、どうしようか戸惑っている洋一を促すように小さく首を縦に振った。
「真帆さん、起きてください」
 桜井洋一が真帆の肩を揺すり声をかけると、真帆はゆっくり目を開けた。
「ああ、艦長、桜井さん。すみません、治療に出かけた桜井さんの帰りを待っていたら、つい」
 進はにっこり笑った。
「折原、風邪をひくよ。今日はもう部屋でやすみなさい。桜井も」
「はい」
 二人を見送りながら、進は、壁に掲げられた沖田十三のレリーフを見上げた。
(あなたの言葉に、今日も救われました)
 そして、進は折原真帆の席を見た。
(君はあの時、待っていてくれたんだね。ありがとう)
 あの日、触れる事ができなかった亜麻色の髪が、進には懐かしく思えた。

END



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