「ギブス」
「本当にいいの?」
雪は、部屋を出て行く前にもう一度、振り返った。「ああ、君のパパやママが心配して待っているよ。僕は、ここにいるから・・・・・・」
そう言って、進は頷いた。進の動きの一部始終を見ていた雪は、進の寂しげな微笑が気になってしかたがない。
進と二人っきりの地球帰還後、進はすぐに隔離された。それは、進を診察した医師の判断や司令長官の判断からだった。雪は、特別に進の側にいることができたのだが、進から、無事を知らせるために両親に会いに行くようにと勧められた。
『けれど・・・・・・』
雪の足は、止まったままだった。
「行っておいで。僕は、大丈夫だから・・・・・」
進は、雪に行くように、何度も促した。「じゃあ。すぐ戻ってくるわ」
進は、大きく頷いた。
雪は、空いたドアの隙間から、進の笑顔が見えなくなるまで、見送る進に手を振った。
パンッ
二人の間のドアが完全に閉じる。
フッと、雪は、ため息をついた。
地球に生きて戻ることは、勇気がいることだった。テレサの言葉の通り、進にとって、かなりそれは、重たい出来事だったのだろう。雪は、ただ、傍らにいることしかできなかった。
『何もできない・・・・・・』
雪がそう限界を感じていたことを、進は見透かしていたのではないか。雪は、一歩、二歩と足を踏み出していくたびに、顔を伏せがちな進の横顔を思い出した。
カツン
雪は、足を止めた。振り向いて、小さくなったドアを見た。
カツンカツンカツン
雪は、元のドアにたどり着くと、入り口のボタンを押した。反応が悪いドアの動きを待てなくて、何度もボタンを押す。
『古代君・・・・・・』
もしかしたら、中からロックを掛けられているかもしれない。
「古代君、古代君・・・・・・」
やがて、ドアは開き始めた。反応が悪かったのは、雪が何度もボタンを押したため、機械が混乱していたようであった。
暗い部屋に光が差し込んでいった。開いたドアの隙間からは、さっきと寸分変わらず、雪を見つめる進の姿があった。しかし、進の顔は、先ほどの笑顔ではなかった。
雪は飛びつき、進を抱きしめた。
「私、何にもできないけど、何の役にも立てないかもしれないけど・・・・・」
雪の声は小さくなっていった。雪には、それ以上言葉を見つけることができなかった。突っ立っていた進の手が動く。
「・・・・・・ぎゅっと抱きしめて・・・・・・」
雪の耳元に進の言葉が届いた。雪は、ギブスになろうと思った。粉々に散りかけた進の心を、また強く形取るための。
雪は力の続く限り進の体を包み込んだ。
「いいんですか、長官」
モニターに映る二人の姿をずっと見ていた藤堂は、隣の男の声で、モニターから目を離した。
「モニターを切りたまえ」
「しかし、自死でもされたら・・・・・」
「何もしない・・・・・・そんな弱い男ではない。モニターを切りたまえ」
藤堂は睨み続けた。男が完全にモニターを切るまで、その視線は、ずっと一点に、男の目に向けられていた。
男は、後ろに立っている藤堂を何度も何度も振り返りながら、モニターのボタンを切った。
抱きしめ合っている二人の姿は、数台のカメラが写していた画面から、一斉に消えた。
終わり
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