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西暦2220年 銀河中央部の地球へ向けて出発後 ヤマト艦内
「……40、50。ふー」
古代美雪はプリントアウトされた用紙の最後の行にチェックを入れると、イスに座って電子カルテをチェックしていた佐々木美晴をちらりと見た。
「終わった?」
イスを90度くるりとさせると、美晴は美雪の側にスッと近寄った。
美雪の差し出した用紙を見ていた美晴は、少し爪先立ってのぞき見ている美雪に笑顔を返した。
「ありがとう。細かいところまで見てくれたので助かったわ」
美雪の顔もほころんだ。
「いえ、動物病院でも、佐渡先生に頼まれて、よく薬の在庫を数えてましたから」
「ああ、佐渡大先生ね」
「佐渡大先生?」
「そう、人も動物も診ることができるってのは、そういないわ。お酒もね」
「そうですね」
美雪はくすりと笑った。
「美雪ちゃん、将来は何になりたいの?」
「獣医です」
美雪は美晴の言葉の返事をすると、顔を少し伏せた。
「でも、地球の動物たちは、たぶんほとんど……」
「美雪ちゃん、艦長は地球を救うつもりよ」
美雪は美晴を見た。
「ま、そういうあきらめの悪い男、私好きなの」
美晴の笑顔に、美雪は圧倒された。
「ここの乗組員も、結構、そういう艦長が好きってヤツが多いわ」
美雪は言葉を返す事ができなかった。
「美雪ちゃん、もう一つ仕事をお願いしたいんだけど」
「仕事……ですか?」
美晴は頷いた。
「私、皆さんと違って、この艦でできる仕事ないですから」
美雪は個室をもらっていることや決まった仕事がないことに気が重たくなってきていた。
「そんなことないよ。あなたしかできないこともあるわ。そう、艦長の体調管理をお願いね」
「か、艦長の体調管理……ですか?」
美雪の脳裏に父親である進の姿が浮かんだ。
「そ、ちゃんと食事を摂ったかどうかとか、疲れているかいないかとか。病気の動物の看護のときに経過のチェックしたことない?」
「食事の量や体重チェックなら……」
「そう、そんなんでいいから。ここの艦長は結構ずぼらなの、自分のことは。前は副艦長がチェックしていたんだけどね」
「でも……」
「とりあえず、ちゃんと昼食摂ったか確認して。摂ってなかったら、艦長室に運ぶ。どのくらい食べたかチェックしてね」
「……」
「お願い、ね」
美晴は、美雪の肩をつかむと、部屋のドアの方へ美雪を軽く押した。
「さっ」
振り返る美雪に、行くようにとドアを指さした。
食堂はにぎやかだが、乗組員は皆、食事を急いで食べると、すぐに食堂から出て行った。美雪は、皆忙しいのだと気づいたが、自分はどうしたらいいのかわからなかった。
「こんにちは」と声をかけられ、簡単に食事をもらう説明を何度も何度も、食事にくる乗組員から聞くのだが、「ありがとうございます」と言葉を返すのが精一杯だった。
「美雪ちゃん、どうしたの?」
聞きなれた声に美雪は振り返った。徳川太助が立っていた。
「太助おじさん」
人がいなかったら、抱きついていたかもしれなかった。子どもの頃はよく抱きついていた。
「食事なら、トレーに好きなものを取るだけだよ」
「ありがとうございます」
突っ立ったままの美雪を見て、徳川太助は美雪の顔を覗き込んだ。
「どうしたの?」
「食事を……」
どんどん小さくなる美雪の声を太助は聞き逃すまいと耳を近づける。
「艦長の食事を……」
「艦長の食事?」
「美晴先生から艦長の食事の管理を任されて……」
「ああ、昔、雪さんがやっていたやつだね」
「お母さんが?」
「そう。艦長、忙しいと自分のことはものすごーくずぼらになっちゃうから、雪さんがチェックしていたんだよね」
太助は、ニッと笑うと、カウンター向こうの調理室に声を出した。
「コック長、これから美雪ちゃんが艦長の食事係だってさ」
太助の声が大きいので、美雪は恥ずかしくなった。
「了解。今日は艦長はまだ、昼食を摂ってない」
「じゃあ、美雪ちゃんが持っていくので、用意してください。ところで美雪ちゃん、食べた?」
「いえ……」
「美雪ちゃんの分も合わせて二人分。取り分けられるように二人分大皿に入れてよ、コック長」
「あいよー」
美雪は太助の顔を見た。
「がんばって」
太助は笑顔でそう言うと、自分の食事を取りに行ってしまった。
(がんばってか……)
トン、トン、
軽めの音が二度した後、外からの声がない。進は、いつもと違う様子に、自らドアを開けた。
トレイの乗ったワゴンと並んで美雪が立っていた。
二人分の乗った皿、取り皿……進は微笑んだ。
「入りなさい」
何も言わない美雪にそれ以上進は何も言わなかった。
進が、用意したテーブルにワゴンの皿やカトラリーを乗せていくのを見て、美雪も手を伸ばした。その瞬間、進の手が止まった。
「美晴先生に艦長の体調管理を頼まれました」
「そう」
美雪は進を見た。
「美雪ちゃん、いないの?」
医務室に来た小林淳を美晴は睨んだ。
「艦長のとこに行ったよ」
「えー、あのおっさんとこか。ま、少しは仲良くなったかな」
美晴は小さなため息をついた。
「小林が心配するほどじゃない。艦長と美雪ちゃんなら大丈夫さ」
「なんでそう言い切れるのさ?」
「艦長には最高の武器があるのさ」
「何? それ」
「お前だって、艦長のこと、好きになったんだろ」
「なんだよ、好きっていうか、ちょっと認めたっていうか」
「みんな、弱いのさ、艦長の……」
「美雪、ご飯の前は?」
もじもじしながら、美雪は手を合わせた。
「い、いただきます」
「いただきます」
美雪は進の声に顔を上げた。目の前には、昔、見慣れた進の笑顔があった。
おわり
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