勝手に2部

 西暦2220年……DC版の続きから……アマール星
 その1
(1)
 美雪は大きく息を吸った。
「美雪」
 隣の青年が声をかける。青年の指先が指すあたりに、美雪は双眼鏡を向けた。
「エンベロプスの親子だ。森の端に出てくるとは、珍しい……」
「うん」
 美雪の双眼鏡も寄り添う2頭の動物をとらえていた。
 リリリリリリリ
 車内に電子音が響く。
 その音に驚いたのか、美雪の双眼鏡の中の2頭は、耳をくるくる動かし、音を探り出す。
「仕方がないな」
 青年が音がでる機器に手を伸ばした。
「はい、わかりました」
 できる限り言葉少なく、小さい声で対応していたが、臆病な動物が察するのを防ぐことはできなかった。
「あっ」
 美雪の声を聞くと青年は「すまない」と謝った。
 2頭の動物は移動して、木々の間へ入っていってしまった。
「ロディーンのせいではないわ」
 青年が二人乗りのバイクのエンジンをかけ始めた。
「美雪、君の父上のお帰りだそうだ」
「お父さん……ヤマトが帰ってきた……」
「ああ、ヤマトは宮殿近くに着水するだろうから、できるだけ早く戻れという連絡だ」
 美雪はロディーンというアマールの青年の言葉に答えず、何重も縫い合わされて作られているヘルメットをかぶった。アゴ紐留め具が硬くて、何度もはめ直した。
 ロディーンはその動きを待って、ハンドルを左に振った。
 グウウウウウ
 タイヤが下の草や土にややスリップ気味になって動き出す。

「ロディーン、ありがとう」
 女官たちの迎えを受けて、降りる美雪は、青年に声をかけた。
「イリアさまのところに行く前に、湯浴みをして、ちゃんと正装を」
「わかってる」
 美雪はロディーンに微笑んだ。
「ありがとう。ロディーン」
 美雪は女官たちに囲まれて、宮殿の中へ入っていった。
「ロディーンさま、大事な姫君ですよ」
 その声に、手袋を外していたロディーンは振り返った。アマール星の文官である。
「わかっている。本人が行きたがったのだ」
 文官はニヤリとした。
「彼女は女王の思い人のご息女。何かあったら、大変ですよ」
「わかっている」
「女王はあなたと美雪さまの縁談を望んでおられるのはご存知か」
 ロディーンは文官を睨んだ。
 そして、ロディーンは小さくつぶやいた。
「わかっている……」
 
(2)
「美雪がいつもお世話になっています」
 進は女王イリアに対して、腰を低くしたあいさつをした。
「いいえ、お礼を言わなければならないのはわたしたちです。かわいい娘ができたようで、とても幸せな気分を味わっております」
 イリアは感謝の意を示すと、進にイスに座るように勧めた。そして、進がイスに腰をかけるとイリアも向かいの席に座り、近習の者を呼んだ。
「美雪はアマールの動植物にとても興味があって、今日もロディーンとともに、野生の動物の保護地域に出かけていきました」
 アマール産のお茶が用意されている間、イリアはにこやかに進に話しかける。
「ロディーン?」
 イリアがちいさく頷く。
「ええ、わたくしの姉の息子です。姉が亡くなってから、わたくしの宮殿に引き取って、息子のように育てました」
 近習の一人がテーブルに近づき、ひざまづくとイリアにメモを差し出した。イリアはにこりと微笑んだ。
「美雪たちが戻ってきたようです」
 イリアは傍らの筆を取るとメモの下に付け加えた。その間に、もう一人の近習が近づき、同じようにイリアにメモを差し出した。
「ロディーンだけでも先に参内するように」
 イリアは言葉で伝えた。


「ロディーンさま、客間に古代艦長がイリアさまと居られます。今すぐ参内するようにとのことです」
 ロディーンは手にしていた手袋を机に叩きつけるように置いた。
「ロディーンさま」
 歳のいった女官は、静かにロディーンの名を繰り返した。
「森へ行って、汚れている服や体で女王の客間へ行くのは失礼であろう」
 女官はロディーンの言葉に対して何も言わないが、何か言いたげな顔をして、無言の抵抗をしているかのようだった。
 ロディーンは小さなため息をついた。
「セスにはかなわないな」
 老女官は、深々と頭を下げた。


(3)
「あーあ、艦長はまた、女王様のところか」
 丸イスにまたがった小林淳がぼやく。佐々木美晴はそんな淳にかまうことなく、引き出しを開けては薬のチェックをしていた。
「美晴はさあ、気にならないのか」
 美晴が振り向く。
「ああ」
 美晴は体を戻すと、すぐに、手もとの端末に数字を入力し始めた。そして、集計の数字を確認すると、にこりと微笑んだ。
「小林、艦長の気持ちははっきりしている。気になるのは、女王様の気持ちに自分たちの責任を押し付けている地球連邦の高官たちさ」
 美晴の意見に淳はちいさく頷いた。
「美雪ちゃんが人質みたいに、アマール星にいるのは変だよな」
「地球連邦のお偉方のところに美雪ちゃんがいるよりも、安全なのかも……ね」
「えっ、なんで?」
 淳はイスから足を下ろした。
 美晴は端末の画面のスイッチを切った。
「あの女王様は美雪ちゃんを大切にしているでしょうね」
「どうだか」
 淳の返事に美晴はくすくすと笑った。
「わたしの一番の関心事は、艦長はいつまでヤマトの艦長でいるかってこと」
 淳は真顔になった。
「それは俺や他の乗組員も同じ。まったく……」
 美晴は淳の頭を小突いた。
「とにかくヤマトをベストな状態にしておくことが、わたしたちにできることよ。さ、コスモ・パルサーちゃんたちのとこにいきましょ」
 淳は待ってましたと、勢いよくイスから飛び降りた。
「了解」
 

「ロディーン、古代艦長にあいさつを」
 参内したロディーンはイリアに言われると、ひざを床につき、顔を伏せた。
「美雪がいつもお世話になっていると聞きました。ありがとうございます」
 ロディーンが顔を上げると、にこりと微笑む進がいた。
 ロディーンは「いえ」と小さくつぶやくように言うと、もう一度顔を伏せて、進と目を合わせないようにした。


(4)
 イリアの部屋のドアが開き、近習の一人が部屋に入ってきた。
「美雪さまがいらっしゃいます」
 イリアは大きく頷いた。ロディーンは、背を伸ばし、右腕を下腹部前にもっていくアマール式の姿勢をとった。進は、ドアへ向かって歩き出した。
 ドアが開くと、パッと子どもが駆け寄るかのように美雪が飛び込んできた。
「お父さん」
 美雪は進に駆け寄ると、進は微笑んだ。
 その様子を見ていたイリアは、目を細めた。
 ロディーンは姿勢を崩さず、二人の様子を見ていた。
「ただいま、美雪」
「おかえりなさい、お父さん」
 美雪はスカートをつまむと、腰をかがめてあいさつをした。美雪はアマールの衣装を身に纏っていた。
「きれいだ、美雪」
 進は、いつの間にか少女の域を脱しようとしている娘が美しく成長している姿を、昔の妻の姿を重ねて見ていた。
「それでは、食事の支度をさせましょう」
 イリアの言葉に反応したのはロディーンだった。
 ロディーンはその姿勢のまま、イリアの方に体の向きを変え、頭を下げた。
「女王陛下、地球の人々は古代艦長の帰りを心待ちにしているのではないでしょうか。古代艦長を長くアマール星に引き止めるのは、」
 イリアは目で合図を送り、ロディーンにそれ以上の言葉を話さないように止めた。
「そうですね、ロディーン」
 イリアの声は、小さくなっていった。しかし、再び目の前の二人を見て、にこやかに微笑んだ。
「古代艦長、美雪、お二人とも、またアマールの宮殿に来てくださいね」


(5)
 地球の服に着替えた美雪は、黙々とカバンに服をつめていた。
 「その部屋は美雪の部屋なのだから」というイリアの言葉を思い出しながら、美雪は物をカバンの中に入れたり、戻していたりしていた。
 振り向くと、美雪が撮った写真を見ている進がイスに座っている。
 美雪をせかすこともせず、進は機械的にタップしながら、画像を眺めている。
(お父さん、気づいているのかな)
 イリアの心遣いは、進への思いからであることは、美雪にもわかっていた。けれども、父・進はそれに気づいているのだろうかと、進の姿をもう一度見た。
 そのことを言わなければならないと思いつつ、美雪は先ほど着ていたドレスをベッドの上にそっと置いた。
(ふう……)
 美雪の小さなため息をついた。
「美雪」
 美雪のため息に気づいたのか、進が手を止めた。そして、美雪をじっと見ている。進はそれ以上何も言わなかった。
(言わなければ)
「お父さん、イリアさまはお父さんのこと……」
 美雪はそれ以上続けて言えず、顔を伏せた。
 進が近づいてくるのがわかるが、美雪は言葉を捜していた。
「イリア女王には、伝えるつもりだよ。いつか私は、ヤマトを降りて、お前の母を捜しにいくと」
 美雪はパッと顔をもたげた。
「お父さん……」
 進は頷いた。
「宇宙へ出たいのなら、宇宙で暮らしていけるすべを身につけなくてはならない」
「今すぐは連れてってはくれないの?」
 美雪は進を見上げた。
「足手まといになるのは、嫌だろう。何かを身につけるチャンスがあるんだ」
「お父さん」
 進は優しく微笑んだ。
「女王に話しに行くよ。お前のこともお願いするつもりだ」


(6)
 イリアは窓辺によりかかり、窓を少し開けた。
 進が戻ってきたのは訳がある……イリアは、先ほどたずねてきた進の言葉を待った。
「私たちはヤマトで銀河中心部へ地球を探しに行ってきました。そこで我々は確かに地球の存在を計測できました。しかし、それ以上近づくこともできず、その姿を見ることすらできませんでした」
 風が窓の隙間から部屋へ流れ込んでいくのを感じながら、イリアは進の話を聞いていた。
「星の運命を変えられることはできない、……けれど」
 イリアは振り向いた。そこには、イリアの方をじっと見ている進がいる。イリアは進と目を合わせた。
 少し微笑むと、進は言葉を続けた。
「私はあきらめの悪い男です。地球をなんとかしたい、元に戻したいと思ってしまう」
 風がイリアの頬をなでるように吹いていった。イリアはまた、窓の外へ目をやった。
「いつかヤマトを降り、地球救出方法を考えながら、妻を捜す旅に出るつもりです」
(妻を探す……)
 イリアはその言葉を繰り返した。
「今は、私はヤマトの艦長です。ヤマトや乗組員たちのことを考えなければならない……私の一存だけでヤマトを降りることはしたくないのです」
 進は目を伏せた。
「昔、若い私はヤマトの艦長を辞したことがありました。だから、あのときのようなことを、若い乗組員たちにしたくない」
(わたくしたちが)
 イリアはその言葉を飲み込んだ。それは進が望んでいることではないということはわかっている。
「美雪は、彼女は?」
 イリアが言葉にできたのは、それだけだった。
「あの子は、私の娘として生きていかなればならないことで、ずいぶん迷惑をかけてしまった」
「そんな」
 イリアは首を振った。
「そんなことはありません。あなたのことを誇りに思って、彼女は生きています。しっかり、生きていこうとしています」
 イリアの言葉に進は小さく頷いた 。
「ありがとうございます。今まで美雪を預かっていただけて、とても感謝しております」
 進は頭を深く下げた。イリアは進の方へ手を伸ばした。
 しかし、進は長く頭を下げ続けていた。
 イリアは出した手を引き、進が頭を上げるのを待った。
 体を起こした進と目が合うと、イリアは微笑んだ。
「イリア女王、あの子を今すぐ宇宙に連れて行くのは難しい。お願いできることなら、このままあなたの側で、地球以外の人々のことをあの子には学んでいってほしいと思っています」
 イリアは頷いた。
 彼女のイヤリングがサラサラッと小さな音を立てた。
 目に浮かんだ涙がこぼれないように、イリアは窓の外を見上げた。



(7)
 美雪はヤマトが港から出て行くのを見送っていた。
 進は一旦、地球人たちが多く移住しているアマールの月へ向かった。銀河中心部の報告とその後のヤマトの動向をうかがう必要があるからだった。
「君は行かなくていいのか」
 美雪が振り返ると、ロディーンがすぐ後ろの街灯の側に立っていた。
「私がちゃんと宇宙へ出て行くすべを身につけなければ、父は宇宙へ連れていってはくれない……」
 美雪は小さくため息をついた。ロディーンは美雪の頬に涙の跡を見た。
「美雪、私も宇宙へ出るために士官学校に戻るよ。君は私が幼年学校に通っていたときの教官に学ぶといい。年を取っているが、彼はアマールの戦士だ」
「ロディーン、ありがとう」
 美雪はロディーンに気づかれまいと頬の涙をぬぐった。
 

「艦長、それは?」
 艦長室に置かれていた一振りの剣に気づいた佐々木美晴は、進に尋ねた。
「女王から頂いた。固辞したのだが、アマール星では剣は特別な意味があるのだそうだ」
「まるで、日本刀みたいですね。どんな意味があるのですか?」
 美晴は一日一回は進のところに顔を出すことに決めていた。医師としてしなければならないことを美晴はやっと見つけたような気がしていた。
 進は理由を話すことをためらっていた。
 美晴は首をかしげ、話を促した。
「戦士の剣だそうだ。王が戦士と認めた者にのみ贈るものらしい」
 イリアはヤマトのおかげで、SUSに立ち向かうことができ、自国の人々の総意を実行することに対しての感謝の気持ちだと、進に渡した。
 進は一度固辞したが、国民が喜ぶとイリアに言われ、受けとることにしたのだった。
 美晴は、晴れない進の顔に笑顔を返した。
「聞いたことがあります。地球にもそんな風習がある国の話を」
「そうか」
 進が固辞したというのも、うそではないのだろう。進の顔が晴れることはなかった。
「上条や郷田たちが剣道をやっていたみたいですよ。アマールベータに着いたら、手合わせ、どうですか」
 美晴は器具をトレイに片付けながら、進に一つの提案を口にした。
「それは楽しみだ。私もずいぶん長い間、竹刀を振っていない」
「では、二人には知らせておきます」
 そう言って微笑む進の様子を見ながら、美晴はこの艦に少しでも進がいてくれればと思っていた。
「艦長、アマールベータの宇宙港から、着陸の指示がきました」
 第一艦橋からの通信が入る。進は上着を羽織ると、第一艦橋へ下りていった。
「戦士の剣、か……」
 美晴は小さくつぶやいた。


(8)
 アマールベータ……新たなる地球のことだが、この星のことを、まだまだ地球とは皆呼べずにいた。
 アマール星とほぼ同じ大きさであるのに関わらず、衛星であるというのは、地球人には理解しがたいことであったが、それはアマールの歴史が関係していた。
 アマールベータは死の星である。
 伝承としてアマール星に古くから伝わっていた物語より、最初はベータ星が主星であったのに、何らかの原因で文明が滅び、生き残った一部の人々が、今のアマール星に移住したらしいことがわかっている。
 それを裏付けるかのようにベータ星の資源は異常に乏しく、また、長らく人がいなかったのもあり、陸地の一部は原生林に埋め尽くされているが、その他ほとんどの地域は、荒涼とした砂漠が広がっている。
 地球連邦政府はその荒涼とした大地に各移民船をベースとして、放射状に施設をひろげて、都市を形成しようとしている途中だった。また、長年地下都市建設で得た技術で、地下にも施設を広げていた。それは、乾いた大地に移民船が根付いていくように、徐々に、そして、粛々と進められていた。
 ヤマトはそうしたアマールベータの、地形を有効に使って作られた宇宙港に下りていった。
「攻撃されたら、ひとたまりもありませんね」
 島次郎の言葉に進は反応することなく、艦低のカメラが映し出す映像をじっと見ていた。宇宙港といっても、船を固定する装置と、管理している者達がいるドーム状の建築物があるだけである。
 その宇宙港の側には、移民船が四つ葉のクローバーの葉のように寄り添い停泊している。そこに地球連邦の中枢が置かれているのである。
「見た目は大きく変わっていませんね」
 操艦していた桜井洋一がつぶやく。
「何もないところに来ているんだ。まずは、移民船での生活が安定することだろうな」
 上条了が答える。
 了は、ふと艦長席の進を見る。進はいくつかのモニターに映る地上の様子を見ていた。
「艦長」
 中西良平が進を呼ぶ。
「艦長、地上から指示がきました」
 進は頷く。
「結構、端だな」
 木下三郎が手を動かしながら、位置を確認する。
「島」
 大村の副長席に座っていた島次郎に進は声をかける。
「報告書の方は?」
「はい、準備できています」
 次郎は、艦長席の進の様子を伺うが、進の様子は一向に変わらなかった。ただ、モニターを見て、景色や数値を確認しているだけである。
 着陸態勢を気にしつつ、地上を確認しながら、第一艦橋のメインスタッフの面々それぞれは、進の今後を考えていた。


 (9)
 アマールベータには、ほとんど建造物ができていなかったが、急ごしらえの宇宙船のドックが二つ並んでいる。移民船はそれ自体が建物として機能できるように、地面にくいのようなものを打ち込むと安定できる形にできていたが、宇宙戦艦のほとんどは、宇宙での航行や戦闘がそのすべてであるために、地上におりるのには不適切な形をしている。地球においては、そのほとんどが、専用の宇宙港か海底にあるドッグをしようしていたが、アマールベータにはその施設はまだなく、アマールベータの周りを飛んでいるしかないが、今回のヤマトには、その未完成のドッグへ下りるようにと指示がおりていた。
 ドックへの進入指示を受けとると、コンピュータにそのデータを入れ、オートパイロットに切り替える。操艦を担当していた桜井はほっとした 。
「おい」
 木下三郎が隣のドッグの映像をパネルに映し出す。
「あれは」
 言いかけた桜井洋一はそれ以上言うのをやめた。
 ぼろぼろの戦艦が横たわっていたからだ。
(ブルーノア……)
 上条了は、見覚えのある部分を見て、そうつぶやいた。
 本来であれば、ブルーノアの曳航の作業を手伝うべきだったが、了はヤマトから降りる気になれず、ヤマトの作戦に参加していた。
 キュウウウーン
 進の席が上昇していく音がする。
 了の耳には、その音は届いていたが、振り返るほど気持ちが穏やかではなかった。
 進にはブルーノアの曳航作業を勧められたが、ヤマトにとどまったからだ。了は、進の言葉に従い、曳航作業に行けばよかったのかもしれないと、少し後悔していた。
「おい」
 郷田実の声が耳元で聞こえ、了は振り返った。
「ブルーノア、なおせば使えそうだな」
「ああ」
 了は思っていた以上にブルーノアに心がとらわれていた。
「美晴先生からの件、準備しておくわ」
「ああ」
 了の気持ちがない返事を、実の方も咎めるわけでもなく、実は「あとで」と言葉を残し、第一艦橋を出て行った。
 了はもう一度、パネルに映るブルーノアを見た。
 処女航海のときの初々しい姿とは裏腹の、もう、艦側面の文字すら読めないほどの痛々しい姿だった。
 その姿を見ながら、了は、その中での仲間たちとの日々を思い出していた。その仲間はもういない。けれど、そんな浮かれた日々や絶望的な時間もあったことをブルーノアの艦体が表していた。


(10)
 進は、艦長室の窓から見える簡易ドッグの粗末な囲いの向こうに広がる、荒涼とした景色を眺めていた。それは、イスカンダルからの帰還した初代ヤマトから見た風景と重なった。
「迷いがないな」
 進は地球人類の強さに圧倒されていた。復興の勢いを眺めていると、人々の復興への強さを感じる。今回も多くの犠牲があり、絶望や恐怖を味わったであろう人類は、アマールベータの地にたどり着くとすぐに、日常を再開している。それは、枯れた野に根をはり、貪欲に生きようとする植物のようでもあった。
「それにひきかえ……」
 進は、ヤマトを下りることすら覚悟できない自分に、腹立ちを感じていた。
 トゥートゥートゥートゥー
 通信音に反応して手を伸ばすと、相手の言葉を待った。
「か、艦長、お時間よろしいでしょうか」
 上条了の声を聞き、進は少しホッとした。
(俺の時間……)
「ああ、いいだろう。今からそっちへ行こう」
 進はイリアに話した言葉を思い出していた。組織に取り込まれる怖さと、自分の思い……。そのために、再びヤマトから離れなければならないのかもしれない、自分の運命。
 数々のことが頭の中でまとまらず、艦長室から一歩も動くことができなかった。
(ならば)
 若者たちの気持ちに甘えるか……
 進は剣を握った。
(重い……)
 鞘の造形の細かさから、あまり実用的な剣ではないのかもしれない。
 ぐっと指先に力をいれて、もう一度しっかり握りしめると、進は後部のエレベーターへ向かって歩き出した。

(11)
「佐々木先生は、剣道だと思われていたようですが」
 進を迎えた上条了と郷田実は、罰が悪そうに目を伏せた。二人は直前まで練習していたらしく、血色のよい肌に、うっすらと汗を浮かべている。
「私たちが習ったのは、本物の刀を使う剣術で……剣道とは少し違います」
 実は、ちらりととなりの了を見た。
「とにかく、型をおぼえなくてはならないので、実際、見ていただいた方がわかりやすいと思います」
 了はそう言うと、実と小さくうなずきあった。
 二人はそれぞれの前に置かれた木刀のような刀をつかむと、さっと足を滑らせて、対峙するように立った。その動きは、体に染み付いているようで、二人が昔から何度もやってきていることだと進にも推測できた。
 了が目配せをすると、今まで止まっていた二人の体が、急に動き出す。どうやら、了が型通りに刀を振りかざすと、実がそれを受けるといった具合に、二人はそれぞれの役割に徹していた。
「イチ……二、」
 了は小さく数を数えながら、振りかざす動作を行うと、それを実が受けて、はらう。
「ハッ」
 実が息を整えるのが合図になっているのか、了がそれに合わせて、刀を振りかざす。
 実が刀を払うと、立ち上がり、礼をする。了も合わせて頭を深く下げる。
 二人は、一通り終わると、肩で息をしつつ、それでも、さわやかな笑みを浮かべていた。
「今は基本中の基本の型をお見せしました。女王から頂いた剣は、日本刀に似て片刃とのことなので、まずは、型通りに刀を振ることができるようになればと思っています」
 了は、呼吸を整えながら、一気に言葉を続けた。
「ある程度の重さの刀で練習する必要があるということか、この刀を操るためには」
「はい」
 了が答えると、実が頭を深く下げた。
「艦長、一つ試して頂きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか」
 進は実を見た。
「刀が本当に実戦に使うものなのか、ただの飾りなのか、知りたいのです」
 実の言葉に、進はうなずいた。
「どうすればいい?」
「一度、刀を使って、これを切っていただきたいのです」
 実は部屋の隅から台に立てられた木の棒を出してきた。
「刀が痛まないような素材でできています。これで、どの程度のものが切れるのか測定できます」
「いいだろう」
 進は鞘から刀を抜いた
「もう少し前に出てください」
 棒の前に歩み寄った進に、実は声をかける。
「あまり斜めにならないように、一気に振り下ろしてもらえますか」
 進は刀を構え、刀を上に振り上げた。
 その進の姿を見て、了は、まるで波動砲の標準を合わせているようだと思った。
「タアー」
 進は一気に刀を振り下ろした。

(12)
 何度も刀を振る進の姿を、実と了は見守っていた。
「古代艦長は武人なんだな」
 実がつぶやく。了は相槌こそうたなかったが、そうだろうと心で思った。
(戦うということが身についている)
 了は短時間で刀の扱いに慣れ、無駄のない動きで振ることができている進の姿を見て、常識では考えられないほどの能力を感じた。
トゥートゥー
 通信機の音で、実と了は現実に引き戻された。
 同じく進も我に返り、振り下ろす動作をやめ、了たちを見た。
 了は受信機を取り、数言葉話すと、進にむかって「艦長」と叫んだ。
 進は通信機の側にいる二人に向かって歩き出す。
「第一艦橋より、外部から艦長宛の通信があったとの連絡です」
 実は進から刀を受け取ると、刀を鞘に納めた。了は、受話器を持ち話をしている進の様子を眺めていた。
「ありがとう」
 進はそう言って通信を切ったあと、了を呼んだ。
「上条、係留されているブルーノアを見ただろう。内部を見ることが可能になったそうだから、お前に確認してほしいそうだ」
「確認…ですか」
 了は進の言葉を繰り返した。
「ああ。ブルーノアは改修して、また使うそうだ。改修にあたって、前乗組員のお前に、いろいろ聞きたいのだろう」
 了は悩んだ。進の進退がわからぬ今、ヤマトから離れたくないというのが、了の頭の片隅にあった。
「上条、俺は当分、ヤマトにいる」
 迷っていた了の心に進の言葉がスッと入ってきた。
「地球連邦政府が苦情を言ってこない限りはこの艦にいるから」
 進はにこりと笑った。
 実も了にむかってうなずいて、了承するように促す。
「上条了、ブルーノアに行ってまいります」
 進は小さくうなずいた。


(13)
「ところで、上条、古代艦長は何か言っていなかったか」
 ブルーノアの確認と言われて向かった先で、一番に聞かれたの進の去就を気にした質問であった。
「いいや、厳密に言うと、古代艦長は軍に籍がない。緊急の処置等で今のところ、艦長をやってもらっている状態なのでな。上や政府の役人も心配している」
(気になるところだが、本人には聞けないか……)
 それは自分も同じであった。この上級武官に、先ほどの進の言葉を伝えるべきか、了は迷った。
(艦長のことだ。俺がただ、ブルーノアのことで呼ばれたのではないと気づいてのことだろう)
「地球連邦政府からの苦情がない限り、艦に残るとおっしゃっていました」
 了は武官の顔をうかがった。
「そうか」
 もう一人いる武官に頷くと、男は了を別の部屋に案内した。
「ブルーノアだが、自律航行が可能だったこともあり、修理は早く進みそうだ」
 ディスプレイには、幾つかの角度からとらえたブルーノアの姿が映っていた。
「地球防衛軍の艦隊を早急に立て直す必要がある。古代艦長にはどうしてもそのためにも、軍に戻って来てほしいのだ。君もそうは思わないか」
 了は自分が呼ばれた本当の理由を確信した。
「上条、古代艦長は君をとても気に入っている。ヤマトの人事についても、君だけは艦長の指名だった。我々も古代艦長に少しでも長く、艦長を続けてもらいたい。わかるか、言っていることが」
「は、はい」
 男は了の肩を叩く。
「欲のない人だ。我々が残留を願っていても、なかなか軍に戻ると言ってくれないだろう。頼むぞ」
 了は、あっけにとられ、言葉がでない。
「あ、私に何ができるか」
 男はもう一度、了の肩をポンッと叩く。
「いいのだ。あの人は、若い乗組員の期待をむげには裏切らないだろう。君は側にいるだけでいい」
「は、はあ」
 了は小さくうなずいた。

(14)
 佐々木美晴は格納庫の中の愛機の整備をしていた。コックピットには、丸められた白衣が転がっていた。
「先生」
 機体の下から声がする。メカニックの一人が声をかけてきた。
 コックピットから美晴は体を乗り出した。
「先生、ゲートの管理課から通信が入ってます。先生の名前を使って乗艦希望を出している人が来ているそうで、入り口で揉めているようです」
「私の?」
 ヤマトに乗りたいという輩は、軍の内外に多くいて、基本的には司令部の許可を取れている者だけが許されていた。
 機体から降りた美晴は、使っていた機材をそのメカニックに渡し、丸めた白衣を広げて、羽織った。
「縁故の見学はだめだって言っておいてくれればいいのに」
「なんか、相手は一歩もひかないようで」
 美晴は気を取り直すと、メカニックに微笑んだ。
「いつもこの子をみていてくれて、ありがと」
 そう一言告げると、保留になっている通信機へ向かった.。



「どういうことです。先輩」
 ヤマトの外へ出て、来訪者を確認しに行った美晴は声を荒げて叫んだ。
「俺は正当なことを言っただけだ」
 30台半ばであろうかという長身の男は、幾つかの荷物を持って、守衛たちの前に立っていた。
「ヤマトは軍艦なんですよ。勝手に入れるところじゃないって、わかりますよね」
 男は肩から斜めがけしていたカバンから、ファイルを取り出し、美晴へ差し出した。
「とりあえず、付箋の貼ってあるところだけ、読んでくれ」
 美晴はそれが電子カルテをアウトプットしたものだと気づき、男の言うとおりに3枚の付箋の位置の文章だけ読んだ。
 美晴はもう一度、カルテの名前を確認した。
 顔を上げ、美晴は男の顔を見た。
「わかりました。私がこのカルテを基に、これから診ていきます、あっ」
 男は美晴の手からからカルテをもぎ取った。
「だめだ、彼は私の患者だ」
 美晴は腕を組み、少し考えると、守衛たちに声をかけた。
「古代艦長の許可を取るわ。艦長の許可ならいい?」
 美晴は振り返って、男に声をかけた。
「今から、艦長に連絡をいれます、先輩」
 美晴は直接、艦長室にいる進へ通信を入れてみた。
「どうしますか、艦長」
 進の答えはすぐに返ってきた。
「わかりました、艦長」
 美晴の中で、悔しい気持ちが広がってきた。その悔しさがなんなのか、美晴にははっきりとした言葉になっていなかったが、自分のものを横から取られてしまったかのように気分が悪いことだけは確かだった。

「先輩、古代艦長から、乗艦の許可、でました。艦長は、先輩だけ艦長室に来てほしいということです」
 美晴は抑揚なく、進との話を伝えた。
「まもなく、艦内の衛生士が来ます。彼と一緒に艦長室へ行ってください。私は荷物の確認をします。とりあえず、紙媒体のカルテだけで、他の荷物全部ここでチェックになります。いいですか?」
 男は満足した笑みを浮かべ、うなずいた。
「佐々木先生」
 衛生士の一人が来ると、男は背負っていたカバン、斜めにかけていたカバンを両手で下げてきたボックスの上に下ろした。
 美晴はやってきた衛生士に指示を与えた。
「彼を艦長室に案内して。艦長の許可は取ってあるから」


(15へつづく)
 その2へ


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