勝手に2部

 

(15)
「あなたでしたか」
 進は突然の来客者の言葉の後、そう一言だけ返した。
 差し出されたカルテを見ながら、進は、ふっと笑い出す。
「あの……」
 男は、次の言葉を言い出せずにいた。
「すみません。いつもお名前を見ながら、どんな方なんだろうと想像していたので」
  進は笑いながら、妻との会話を思い出していた。
 「大丈夫よ。腕は確かなんだから」というユキの言葉に、進は笑って答えていた。「わかった。君が保証してくれるなら……」
 ほんの数年前の話なのに、もうかなり昔の話のように進には思える。日常で二人で笑ったこと、ただそれだけが、どんなに幸せな日々だったか……
  進は笑うのをやめ、目の前の男にカルテを返した。
「ユキとの約束だ。いいでしょう、乗艦を許可します。ただ、この艦(ふね)の中で済ませたい。その条件を飲んでもらえるならば」
  男は進のその答えに、にっこりした。
「古代艦長、もちろんです」
  男はメガネをそっと持ち上げた。
「ありがとうございます、古代艦長。医療機材、持ち込みさせてもらいます」
 進は小さく頷いた。
 テューテュー
 進の背後で、通信機が鳴る。
 進は男に向かって手を手を上げると、通信機を取った。
「いいだろう。艦長室に」
 進は手短に答えると、振り返った。
「先ほどの件は了承した。美晴先生と相談の上、必要な機材は持ち込んでください」
「はい」
 進は丁寧に、艦長室のドアを開けた。
「それでは、これからもよろしくおねがいします。藪石先生」



「……ということを我々は全面的に君に任せている。わかっているだろうな、島」
「わかっています」
 通信室で島次郎は、通信機に向かって答えていた。
「その代わり、当分の間、君には古代艦長の側にいてもらう」
「はい」
 次郎が答えると、画面は消え、次郎は大きなため息をついた。
「古代艦長の側、か……」
 次郎が部屋から出ようとすると、一人の男が入ってきた。
「島さん、ここにいらっしゃいましたか。さっきから、古代艦長に来客があり、島さんがつかまらないので、直接古代艦長に許可をもらって、艦長室に通してました」
「来客?」
 次郎はあせった。当直で受付を担当していた男は言葉を続けた。
「はい、一人は美晴先生の知り合いの医者です。もう一人は」
「二人も」
 どうしてだと言わんばかりに、次郎は声を荒げた。
「すみません。もう一人の方は、今、艦長室に」
「もう一人は誰なんだ」
 次郎は、はっきり言わない男にいらだっていた。男の方もそれを感じとって、言うのをためらっていた。
「誰なんだ」
 男はうつむき、小さな声で答えた。
「アマールの王室からの使者です。緊急に艦長に伝えたいことがあるとのことで」
 次郎は、それを聞くと、すぐに走り出した。
(なんなんだ。アマールの王室からの使者というのは)
 そして、艦長室にたどり着いた次郎は、ドアをノックし、「艦長、島です。お話が」と話すと、その先の言葉を言わず、中の反応をうかがった。
「入れ」
 次郎が艦長室のドアを開けると、使者と進が対峙するように立っていた。進の手には手のひらに収まるような小さな縦長の機器が握られていた。
 進は言葉に詰まっているような、そんな状態で何も言わず立っていた。
「とにかく、イリア女王は、あなたにできるだけ早くお知らせしたいとおっしゃっておりました」
 使者の言葉を聞きながら、次郎は進の反応を見ていた。進は何も声を出さず、手の中の機器を確かめるように、何度も手に力をいれていた。
(艦長……)

(16)
「古代艦長、私(わたくし)はこれで失礼します」
 使者の男は頭を深く下げると、案内係の兵士とともに艦長室を出て行った。
 次郎は、何も言わない進と艦長室で二人っきりになった。
 進はアマールからの使者が去っていくのをじっと待っているかのように、目を伏せていた。次郎は、何か言わなくてはと思いつつ、そんな進の様子に戸惑っていた。
「アマールからもたらされた情報だ」
 進はそう言うと、手に持っていた機器のスイッチを押した。
「……わたしの名前は…古代ゆ…、地球連邦軍しょぞ……アンドロメダ級アルクトゥルスの艦長……我々の艦隊は突然の攻撃をう……ワープの後、乗組員は捕らわれ……この星に長く……われ……」
 途切れ途切れの女性の声の音声が流れる。そして、言葉が長く途切れると、バサリと大きな音が響き、音声は終わっていた。島次郎は、その内容に驚いた。
(地球の言葉……)
 次郎は、自分はどうすればいいのかを考えた。
(似ている……でも、音の状態はすこぶる悪い)
 進は目を閉じ、その音声を何度も頭の中で反復しているかのように黙っていた。
「艦長、今からこの音声について、調べます。ですから」
「調べる……」
 次郎の言葉をさえぎるように進は言葉を挟んだ。
 進は手に持っている機械を握っている手で帽子を取ると、反対の手で髪の毛を掻き揚げた。そして、一つため息をつくと帽子をかぶり直し、次郎を見た。
 進は、次郎に手に持っていた機器を差し出した。
「たのむ。今の私には冷静に対処できない」
 次郎は両手で受けとると、もう一度、進の顔を見た。
(艦長……)
「艦長、どんな結果がでるかわかりませんが、私のできる限りのことを連邦政府に願い出るつもりです」
 次郎も確信があったわけではなかった。しかし、進に対してできるだけのことをしたいというのは、次郎の本心だった。
「ありがとう、島」
 その次郎の気持ちが伝わったのだろうか。進はいつものおだやかな顔に戻っていった。

(17)
「なぜなんですか」
 島次郎は、通信機の画面に向かって叫んだ。そして、間髪を入れず、もう一度繰り返した。
「なぜ、その情報を伏せていたんですか」
 次郎は、それ以上しゃべることをやめ、こぶしに力を入れた。そのこぶしを振り上げることをせず、次郎はこぶしを机にじりりと押し当ててた。
「我々も、きちんと確認しているわけではない。音声データは入手できておらず、ただ、打診程度の情報だったのだ」
 次郎は、ぐっと唇に力をいれ、自分の感情を押しとどめた。
「古代艦長の信頼を失いますよ」
 次郎は低い声でつぶやいた。
「わかっている。アマールからの情報が出ることを、我々は考えておくべきだった」
 画面の男はそういうと、小さく息を吐き、言葉を続けた。
「その音声データをこちらでも解析したい。君の話では、古代艦長は、その音声のことをどのように言っているのだ? 自分の妻の声だと言っていたのか?」
 次郎は画面の向こうの男の言葉に腹を立てていた。
(何も心配することがないのなら、こんな通信を送らない。それがなぜ、わからぬのだ)
「音声データを送ります。ただ、何度もコピーをしたか、国家間のデータの保存方法が違いエンコード・デコードを何度り返しているのかわからないので、データは荒いです。もう少し、マシなデータがみつかれば、古代艦長も判断ができるかと思います」
 次郎はそう言い終わると、口を閉じた。
「わかった。こちらもできる限り、手を尽くして、音声データを探してみよう」
「お願いします」
 次郎は頭を下げた。
 目を閉じ、心の中で数字を数える。そうでもしなければ、また、画面の向こうの人物をにらみつけてしまいそうだった。
「……4,5,6、7」
 通信が切れる音がし、次郎は進から受け取った機器のデータ保存部分を通信機の読み取り機に入れてみた。
 小さくカサッという読み取りの音を確認すると、画面に文字を打ち、送信ボタンを押す。
 「今の私には冷静に対処できない」……そう言って、それ以上何も語らず、うつろな目をしていた進むの姿を、次郎は思い出していた。

(お粗末だ。知っていて黙っているなんて……)
 次郎は地球連邦政府の対応の悪さに苛立ちを感じていた。
(なるほど、古代艦長が正規に軍に戻ろうとしないわけだ)

(18)につづく
 


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