Lacrimosa ラクリモサ

前編3

(6)
「大村さん、連絡ありがとうございます。申請については、概ねこちらの予想通りでした。申請が通ってから、仕事を取ろうと思っていたのですが、南部重工業がどんな依頼かを確かめたいと思ってます」
「古代船長、あなたの船です。あなたが決めていっていいんですよ」
 耕介は、丁寧な進の言葉遣いに、進との隔たりを感じていた。
「いえ、私はあなたとこれから一緒にやっていきたいと思っています。あなたなりの意見がある場合は出してください。私も譲れない時はきちんと話します。南部重工業の社長は私と一緒にヤマトに乗っていた仲間です。彼の依頼は、個人的に私のことを気にしての依頼かもしれない。本当にビジネスかもしれない。窓口の菊川さんに会ってみて、話をうかがってから決めたいと思います」
「個人的な依頼だったら、受けないつもりですか?船長」
「いえ、それは内容しだいです。ですから、坂城と大村さんと私で、18時、南部重工業のオフィスに出かけたいと思っています」
「了解しました。それから、船長。『大村さん』って言われると、むずむずします。呼び捨てでかまいませんよ」
「それでは、『さん』付けのままでもかまいませんか?」
(それは……)
 耕作は進の切り返しに困まり、うなった。
「私は、宇宙での勤務期間があなたよりうんと少ない。知識のほとんどは数年間の宇宙勤務とデータから得た知識です。最終判断は船長の私がします。でも、あなたの経験上のアドバイスはきちんと聞きたいと思っています」
 大村耕作は、うんと息をためるように吸うと、にやりと笑った。
「わかりました、船長。あなたの命令ならば、従いましょう」
 進は耕作の言葉を聞くと微笑んだ。
(笑顔か……船長の笑顔は曲者だな)
 

 民間のオフィスが入る建物の奥に、南部重工業の火星出張所がある。大村耕介と進、そして、リュックを背負った小柄な男が三人、無言で廊下を歩いていった。無機質な、いかにも事務所であるといわんばかりの質素なドアフォンのボタンに、進の指が触れるとほぼ同時に、ドアが開いた。
「ああ、古代艦長! いえ、古代船長ですね。菊川です」
 菊川は、進に手を伸ばしてきた。進は反射的に手を出す。
「うれしいです。もう、メールを出してから、ずっとドキドキしてお待ちしておりました」
 菊川は両手で進の手を包むようにつかんだ。菊川は三十になるかならないかくらいの、進より少し若い青年であった。
「すみません。一人で盛り上がってしまって。どうぞ、中に入ってください」
 菊川は、テーブルをはさんで座っている三人に資料を配り終わると、三人の様子をにこやかに見守っていた。
「波動エンジン用のレアメタルの採取・運搬……」
 進は資料を手にすると、最初に書かれた文章を口に出した。
「はい、波動エンジンに必要ないくつかのレアメタルは、太陽系外から現在採取しています。今現在の採取している星は一応、地球防衛軍が定期的にパトロールしているエリア内にあります。でも、このエリア内の惑星の採取量は年々減ってきています」
「なるほど、早く地球防衛軍の守備範囲のエリア外へ出たいというわけですね」
「そうです。他社でも同じ問題ですが、宇宙船の需要は、これからも増えます。これらレアメタルの探索・採取・運搬は、欠かすことができません。というか、レアメタル確保は造船能力と比例しているのです」
「大量受注を受けるために、レアメタルの確保が必要……ですか。坂城(さかき)、こっちの計算をチェックしてくれ」
 進は、費用の概算のページを広げて、大村の体の影に隠れてしまいそうに座っている坂城計介に差し出した。
「はい」
 坂城計介が背負っていたリュックの中から小さな端末機を取り出し、ちゃかちゃかと計算を始めた。
「ただ、探索チームを一つ作るにもかなりの費用と専門の人が必要です。これをすべて、わが社の中で育てていくのは、かなりの予算と時間が必要になります。ましてや、育てた人が、必ずわが社にとどまってくれるとも限りません。他社からヘッドハンティングを受けることもあります。また、太陽系外は地球防衛軍もまばらで、海賊の対処などは充分ではありません。採取できても、確実に地球防衛軍の力の及んでいるエリアまでの運送ができなければ、横取りされてしまうだけです」
「我々は海賊相手もするんですね」
 ずっと黙っていた大村耕介が、手元の資料から顔を上げ、菊川を見た。菊川は枯れたのどを潤すようにつばを飲み込んだ。
「ん、まあ、その分、引き受けていただいた時の報酬は高めに設定してあります。ああ、こちらは、一般的な貨物船で計算させてもらいました。古代船長の船の改装費用とこの仕事を請け負っていただく場合の金額を出してみました。その横は、社内で人を育てて、船を準備をした場合の費用です」
「貨物船『ゆき』は、ワンランク上の大きさです。改装費用は、1.2倍プラスでいいですか?」
 坂城計介が、ポツリと言葉を挟む。
「大丈夫です。これ、概算ですから……」
 菊川が答えると坂城は、また端末のキーの音をたてて、計算をしだした。
「大村さん、どうですか?」
「船長の判断にお任せしますよ。楽しい旅になりそうですね」
 にやりとした耕介の口元を見て、進も笑顔で答えた。
「そうですね。菊川さん、この話、前向きに考えて行きたいと思ってます。詳細は、こちらで検討させてもらいます」
「ありがとうございます」
 菊川は、机につきそうなほど頭を下げた。
「菊川さんが、南部康雄の名前を出したら、引き受けるのをやめようと思っていました」
 進はくすりと笑った。
「よかった……社長からも言われてました。名前を出さないようにと、私たちが本当に社運をかけていることを出さないようにと」
「南部に、社長に伝えてください。新しい仲間とこの仕事を引き受けると私が言っていたと」
「はい」
 進と菊川のやり取りを見ていた耕介は、進の言葉を聞いた南部重工業の社長が、この古代進にさらに心酔していくにちがいないなと思った。
(やはり、船長の笑顔は曲者だ)
 

(7)
「船長、私の計算は、横に記入しておきました」
「ありがとう、坂城」
「では、私はこれで」
「ああ、お疲れさま」
 耕作は進と坂城計介の淡白なやりとりを見ながら、進たちより少し後ろを歩いていた。
「大村さん、お時間ありますか?」
 耕作は思わぬ進からの誘いで、一瞬足を止めた。顔を上げると、目の前に進の笑顔があった。
「え、ええ、別にこれといってやることはないですから」
「では、飲みませんか? 食事しながら」
「いいですね」
 店は宇宙勤務が長かった耕作が案内することになった。
「こちらが誘っておきながら、申し訳ないですね」
「いいですよ。私が行ったことある店なんぞ、あまり品がよくありませんが」
「大丈夫ですよ。若い頃、宇宙勤務の時は、基地に寄れば、よく誘ってもらって、飲んでました」
「意外ですな。船長はマイホームパパのイメージがありますから、それに『古代艦長』のイメージも」
 進は大村耕作の顔を見た。
「あぁ、堅物のイメージですか? 結婚してからは、子どもを抱えて二人で働いていましたからね。あまり外で飲んで帰ることはなかったですね。昔の仲間が家にくることはありましたが、確かに、地球勤務になってからは大騒ぎはしなくなりましたね」
 耕作は、進の言葉がワンテンポ遅れたのを感じながらも、話を続けた。
「お嬢さん、とてもかわいらしいから、楽しみも多かったでしょう」
「ええ、いろいろありました」
「いいんですか、その生活を捨ててしまって」
 進は耕作の顔から、視線をそらすと、天井を見上げた。
「望んでその生活をしていたのに、変ですよね」
 進の口元が閉まると、二人の言葉のやり取りが止まってしまった。
(どうやら、そこが問題か)
 耕作は、進と視線を合わせた。
「人間、そういう時、ありますよ」
「大村さんにもありましたか?」
「じゃなかったら、船長のとこに来てません」
 耕作が笑うと、進の目が安心したかのように、和らいでいった。
 耕作は、建物の隙間の路地にずんずん入っていき、そして、看板をの灯りを確認すると、進と一軒の店に入った。
 店は薄暗く、また、テーブルがブロックごとに区切られていて、隣のテーブルに誰が座っているのか、何を話しているのかわかりにくい構造になっていた。耕作は、店の男に声をかけ、何か注文をすると、進を席に案内した。
「私好みの食事とお酒になりますが、よろしいですか?船長」
「かまわないですよ。私だって宇宙勤務していましたから」
「そうですよね。宇宙勤務で、飯と酒は選んでいられませんからね」
 耕作はアルコールが入ると、自分がこれほどおしゃべりだったかと思うほど、進の前でしゃべった。
「今現在の地球防衛軍のシステムをここまで立て直すのは、それなりのご苦労があったのではないですか? 艦隊勤務も、試行錯誤の連続でしたよ。あなたの思っていた通りの防衛システムではないかもしれませんが、少なくとも、良くしていこうという気概は感じながら、上からの命令を受けていました」
「ありがとうございます。体がいくつでもあるのなら、もっと早く宇宙にでられたかもしれない……私は一つの体で、仕事や家庭でやりたいことがたくさんあって……その一つが美雪の父親だったし、限られた戦力でどうしたら、地球を守っていけることができるかということを考えるのもその一つでした」
「使命感のかたまりですね、船長は」
「使命感……」
「そんな風に使命感に押されて生きていたら、立ち止まることもできなかったでしょう」
 耕作は不思議と今までの上司に対するような気兼ねを進には感じなかった。時折、考えながら話している進に、この年下の上司がただ単に戦うことにだけ長じた人物でないことを感じていた。
「大きい組織に乗って、その流れにのるというのは楽ですが、自分の足で立っている実感が欲しかったのかもしれません」
「実感……そうですね、大きいところにいると、わかっているようで、わからなくなってしまいますからね」
「ええ、自分が火星の港に入るまで、民間の艦が困っている実情がよくわからなかったり。こうした民間の貨物輸送の仕事も、いろいろ細かい規則や民間同士のやり方や地球防衛軍との折り合いなどもきっと見えてくるのだろうと思います。本当に世間知らずです」
「軍人なんて、そんなもんです。考えましょうや、我々は本当に何をしたいのか……大丈夫ですよ、船長。何がしたいなんて、ほとんどの人はわかってはいないです。私もそうなんですから」
「では、大村さんはなぜ、私の船に?」
「私は…そうですね、私はいつでもワクワクしていたいんです、船長。あなたとなら、今までの勤務では感じたことのないような世界を見れるような気がするのです」
「ワクワク……私は立ち止まっているばかりいて、楽しくないかもしれませんよ」
「いいえ、あなたは一瞬立ち止まるかもしれませんが、すぐにダッシュできる人です」
(ああ、そうなのだ)
 耕作は自分でしゃべりながら、自分がなぜ進の船に乗りたかったのかを思った。
(もう二度と宇宙勤務にならないのではないとうわさされていた伝説の男の下で働けるのだと考えた時、どれほど、心が高揚したか)
 

(8)
「ありがとうございます」
 菊川聡は進の手を握り締め、頭を下げた。
「ドッグの手配も済んでます。すみません、できるだけ早くというのが、会社の方針だったものですから」
「いいえ、こちらもあまり火星で過ごしているわけにはいかないと思っていました」
 進の横では書類を確認していた大村耕作がいた。耕作は、菊川の手が進から離れるのを見届けると、書類を差し出した。
「貨物船『ゆき』の改装はどの程度の時間がかかるのですか?」
「今日、業者に直接見てもらい、すぐにかかり始めても一ヶ月くらいでしょうか。火星以外から部品調達などもありますから。もちろん、できる限り最優先してもらえるように、目一杯の企業努力します。民間ではこれでも最速です」
 耕作はちらりと進の顔を見る。菊川の話には不満はなさそうであった。
 菊川のオフィスを出て、改装の業者に貨物船を委託すると、二人は、書類作成に取り掛かった。
「一ヶ月、他の乗組員には暇な期間になりますね」
「火星で書類を申請すると、なんだかんだで一ヶ月かかります。今から、一ヵ月後のためにスケジュールを立てます。やることはたくさんありますよ。太陽系外にでるんですから」
 耕作は進がある程度スケジュールをたてていることに安心した。
「船長、どうですか? 今日も」
「いいですね。仕事が決まったお祝いをしますか。書類を出したら、今日の仕事、終わりにしましょう」
 二人は書類を提出すると、先日寄った店に足を向け、歩きだした。店の中は、もうすでに出来上がっているグループがいて、大声で騒いでいる様子だった。
「今日はやめましょう」
 耕作は、進に声をかけ、体の向きを変えた。
「あっ」
 体の向きを変えた耕作は、近づいていたふらついた男と接触した。相手の男は体のバランスを崩し、大きな音を立て、近くのテーブルを倒し、倒れてしまった。
「すみません。大丈夫でしたか」
 男は、差し出した耕作の手を払い、片手に持っていたビンを振り上げた。
「何するんじゃ。酒がこぼれてしまったじゃないか」
「大丈夫ですか? お酒は、私たちが弁償します」
 男の酔いの深さに気づき、進はすかさず、声をかけた。
「何言ってんだ。見ろ、服にだってかかってんだ。酒だけで済むと思ってんのか」
 店の者も気づき、他の客も静かになっていった。耕作は、早くこの場を去らねばと、近くに来た店の男に声をかけた。
「すまない。すぐに店からでる。弁償代も後から払うよ……船長、先に店の外へ出て行ってください」
 耕作は、進を人目から隠すように店の客から見えにくい暗い方へ行くよう、進の前に立った。
「逃げるのか」
 男は立ち上がると、手に持っていたビンの底を近くの机に叩きつけた。
「船長、早く」
 耕作は、後ろ向きになって進が前にでないように男の前に立った。
「危ない」
 振り下ろされた底が割れたビンは耕作の顔に向かっていた。耕作は左腕で顔を覆った。
「うう」
 ビンは少しそれたが、それでも耕作の腕の表面に、その一部がぐさりとつき刺さってしまった。しかし、それ以上深く刺さる前に、振りかざした男が後ろに飛ばされていた。耕作は、進がスライディングするように男のすねを蹴って、そうなったことに気づいた。
 進は男が握っている手くびをねらってもう一度蹴り、ビンが離れると、次に男の胸ぐらをつかんでいた。耕作は、左腕の袖がぬれていくのを感じながら、自分の呼吸が荒くなっているのに気づいた。耕作は一瞬、無音な世界に落とされたような感覚に襲われたが、どくりどくりという自分の血の流れる音、周りの人の騒ぐ声、そして、周りの人々の視線、店の明かり……周りの様子が次第にはっきりしていった。そして、進の叫んでいる声が耳に入ってきた。
「俺の仲間に手を出したら、俺が許さない……いいか」
 進は男の胸ぐらをつかんだまま、大きく揺さぶり、床に押さえ込んでいた。
(いけない、船長)
 耕作は、片ひざついていた体勢から、立ち上がり、進の後ろにたどり着くと、進の肩をつかんだ。
「船長……ありがとうございます。それ以上は……」
 相手の男がおびえている様子を見て、耕作は、進の肩をゆすった。
「それ以上は……」
 進が立ち上がると、耕作は白い歯を見せた。
「誰か、手当ての手配を」
 進が叫ぶと、店の男から渡されたタオルを受け取った耕作は、顔を振った。
「大丈夫です。それより、もう行きましょう」
 傷口を押さえているタオルは、すぐに血で赤くなっていった。
「だめです。ちゃんと診てもらわないと」
 進は店の男たちに声をかけて、店の一角に耕作を座らせた。
「縛りますか?」
 血の量を気にした進が止血のことを気にしたようだった。
「大丈夫です」
 耕作は、何度も「大丈夫」という言葉を繰り返して答えた。
(喧嘩がばれれば、役人や軍人たちも来る……しかし、この人は……)


(9)
「火星でやっちゃったみたいですね」
 相原義一は言葉とは裏腹に、無邪気に雪に話した。真田志郎が書類を持って司令部に来たこともあり、義一が伝え聞いた進の火星での話で、三人は盛り上がっていた。
「古代はたまに確信犯的なことをするからな。船の改装と申請の許可がでるのが一ヵ月後。今回の罰則も一ヶ月。火星には加藤がいるって知っていてだからな」
 真田志郎も笑って話す。
 雪も二人につられて笑顔になった。
「がんばっているだ、アイツなりに。14年間作ってきた殻は、ちょっとやそっとでは破れない」
 志郎は雪に同意を求めるように頷いた。
「そうですね」
 14年前の戦いの重さを今更のように雪は感じていた。
「すごいですね。この歳で再スタートですよ」
「まだまだ、そんなことをいう歳ではないよ、相原。可能性を止めてはいけない。いくつになっても再スタートはできるさ」
「それでもね、家族を持ってしまうと、冒険できないものですよ」
「いや、帰るところがある人はうらやましい限りだ」
 真田志郎は笑った。
「雪も美雪ちゃんがいるから、待てるだろう」
「ええ。でも、このことを美雪が知ったら、また『お父さん、嫌い』って言いかねないわ。美雪は自分のお父さんが喧嘩するなんて思っていないんですもの」
「まったく……美雪ちゃんが生まれてから、美雪ちゃんにべたべたのパパでしたからね、古代さんは」
「普通のお父さんができるのはすごことだ。ただ、アイツは、一人の父親だけではすまない。『古代艦長』だからね。それは、一生背負っていかなければならない。どんなにあがいても、地球市民は彼に期待してしまう。そして、もう一つ……」
「沖田艦長ですか」
「乗り越える必要はないんだがね。アイツは沖田さんになる必要はないんだから、別の道を進めばいいのに。怖いんだろうな、否定をするようで」
「怖い……」
 雪は、イスカンダルへの旅の頃からの進の沖田を心から慕い、尊敬している姿を思い浮かべた。
「古代さん、ヤマト再建計画のことになると異常にこだわりましたからね。話があがる度に潰してましたから」
「……」
 雪は家のベランダからアクエリアス氷塊を眺めている進の姿を思い出した。一番恋しいものを追うような瞳は、進が失った物の大きさを表していた。
「でもね、雪、古代はヤマトを失ったから、ヤマトがどんなにかけがえのない物かがわかっているんだ。私はね、君や美雪ちゃんを失った時、アイツは気づくと思うんだよ、本当にアイツが大事なものをね。でも、その時は、アイツが絶望の世界に落ちることになるだろう。古代も半分はわかっていると思うんだよ。だけど、今は、ヤマトや沖田さんを失った重みをどうしても解消できないでいるんだ。だから、ヤマト以外の船でそれに気づかなければならない」
 真田志郎は雪に一つの書類を差し出した。
『宇宙戦艦ヤマトサルベージ計画』
 表紙のタイトルを読んだ雪は、志郎を見た。
「ホントのタイトルは『古代進サルベージ計画』さ。そうでなければ、古代はきっと、ヤマトを復活させても、乗らないだろう。アイツのヤマトはあのアクエリアス氷塊の中に沈んだままなんだから」


(10)
(まったく)
 大村耕作は頭を抱えた。しかし、うわさは昔、聞いたことがあった。
「静かな男だが、急にキバをむくことがある」
 それが実際、どういうことなのか、大村耕作はわかっていなかった。火星基地の管理者二人が来て、進と押し問答になっている。なかったことにしたいことを伝えられた進は、がんとして、きちんと、罰則を与えて欲しいと言って、話がこう着状態になっていた。隣室で受けた応急手当で腕の傷を縫われた耕作は、麻酔が覚めかけた朦朧とした状態で、そのおかしな問答を聴いていた。
「船長、やめにしましょう」
 耕作の声は、いつもより数段出ていなくて、進たちの耳に届いていないようであった。
「そういうことではない。罰則はきちんとしなければ。私は、特別扱いはされたくない」
「ですが」
 相手がそういいかけたとき、進の腕が伸びた。耕作は一瞬どきりとして、進に駆け寄ろうとした。
 進は、相手の胸を小さく小突いた。
「特別扱いをしない……書類は待っている。今日はけが人もいるから、これで帰ります。必ず、書類は届けてください。加藤…さん」
 進は押し殺したような小さな声で男にそう言うと、立ち上がった。
「大村さん、行きましょう。話はつきました」
 進は耕作の座っているソファに近づいた。
 耕作は、進を見上げるようにぼんやり見ていた。
(話はついた?)
 耕作は軍服の男二人を見た。二人で何か言っているようで、とても解決したようには見えなかった。
「歩けますか?」
 反応の鈍い耕作を気遣った進の声が耳に届く。
「ええ、大丈夫です」
 耕作は答えたものの、体の感覚がすっきりしていなかった。耳に届く音は幕一枚覆われているように不明瞭で、目の前の映像もピントがずれているかのようにゆがんでいた。
「大……」
 大丈夫ともう一度答えて、立ち上がったつもりが、目に見える映像が大きく揺れた。誰かが、体に触れる感覚がしたが、見えていた映像は暗くなり、やがて、音も聞こえなくなっていった。
「大村さん?」
 進の叫んだ声が、飛び込んできた後に、静寂な闇が目の前に広がっていった。
(船長、声が大きいですから……)
 その言葉を発することができたのかもわからぬまま、耕作の意識は飛んで行った。
 目を開けると、火星基地にあるホテルの一室らしき所のベッドに耕作は寝ていた。その傍らのイスに、進が座ったまま、眠っていた。
(つつつ、痛っ)
 耕作は記憶をたどり、今の自分の状況を推測した。目の前が真っ暗になったところで、倒れたらしい。縫った腕以外は痛くはないのは、倒れる瞬間、進ともしかしたら、あの時にいた軍服の男たちに支えられたのかもしれない。そうでなくても、意識のない自分を進一人で運んだとは考えられないので、複数の人によって、もしくは担架何かで、この部屋まで運ばれたにちがいないことだけは、安易に想像できた。
(それにしても、すっかり忘れていたが)
 地上勤務の進のイメージが強くなっていたが、若い頃の進には、いくつか逸話があったことを耕作は思い出していた。

Lacrimosa ラクリモサ 前編4へ
 

なぜ、この話を書いたのか、知りたい方はこちらを読んでください。
SORAMIMI

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