Lacrimosa ラクリモサ

後編 2220年

(1)
 初めて乗った戦艦ブルーノアでの戦闘後、桜井洋一は少し興奮していた。航海の端々に感じていた緊急時の進の対処には感心していたが、目の前で、まるでボートを操縦するかのように軽々と戦艦を操縦して迎撃の命令を出していた進は、やはり、ただの船乗りではなかった。
(子どものときに聞いた、伝説の艦長なんだ)
「桜井、ワープ可能なポイントを早く見つけ出せ。見つかり次第、ワープを行なう。大村さんも、地球への帰還ルートをいくつか作成してください。時間はかかっても、一番追っ手が来ないルートを。機関長は、いつでもワープができるようにエンジンの調整を」
 船長の古代進は、矢継ぎ早に、それぞれに仕事を命ずると、貨物船『ゆき』の補助席にぽつんと座っている上条了をちらりと見た。
「坂城、すまないが、上条君を私の部屋に連れて行ってくれないか」
 洋一は、航路計算をしながら、進の言葉を聞いていた。
「上条君、我々は地球に帰還予定だ。ただし、ブルーノアのように、追っ手がかかるかもしれない。さっきのような攻撃がこの船にあったら、この船は簡単に粉砕してしまうだろう。この船は連続ワープをして、相手をかわす予定だ。君を必ず地球に帰す。そして、君は、報告するんだ、君たちが受けた攻撃を。それまで、体を休めるのが、今の君の仕事だ」
 進は、上条了にそう言うと、桜井洋一が見ている画面を覗き込んだ。
「船長、少し距離が短いワープでもかまいませんか」
 進は頷くと、洋一の背中をポンと叩いた。
「ああ、ワープ後、あとできれば2回、合計三度連続した小ワープをしたい。できる限り、この船の航跡をトレースされないように」
「了解しました。それでは、あと三分後、ワープポイントを通りますので、ワープ準備に入ります」
 進は、それを聞くと、船員の坂城計介と上条了が部屋から出て行くのを確認した。その進の姿を見ていた大村耕作は、進に声をかけた。
「船長、航路は三つです。一つは最短コース、もう一つは初心者コース、そして、最後は緊急時じゃななければ通らない難関コースです」
 耕作はそう言いながらも、三番目のコースの航路図を作成していた。
「三番目のコースの難関の箇所は?」
 進の言葉を待っていたかのように、耕作はデータの中にあった、航路図を映し出した。
「三番目のコースは、宇宙気流の近くを通ります。気流に近ければ近いほど、追尾される確立は低くなるかと思いますが、この船のエンジンでは、限界があります。あまり気流の強いところを通っていけないでしょう。それに、気流の近くは、空間が不安定なので、気流を乗り切るまで、ワープもできません。一番時間がかかります」
「どのくらい大周りに?」
「最低一日です」
 進は一瞬考え、「それでいけるように次のワープから航路変更を」と、桜井洋一に話しかけた。
「了解」
 洋一は答えると、ワープポイントがチカチカとする航路図を拡大した。
「船長、ワープ一分前です」
 進は、船全体に聞こえるようにマイクのスイッチを入れた。
「ワープ三十秒前。このワープ終了後、準備出来次第、二度目のワープを行なう」
 桜井洋一は、ワープのカウントを見ながら、ワープのタイミングを計った。
 いつものんびりした貨物船内の空気が張り詰めている。ぼやきを言う機関長のぼやきも一言もない。洋一は、また、自分の知らないことが起こり始めている予感を感じた。そして、心地よい緊張感とともに、目の前の画面を見ながら、タイミングを取った。
「5、4、3、2、1、ワープ」



「司令、先ほど、民間の船からの通信で、攻撃されたブルーノアと遭遇して、乗組員を救助したとの連絡がありました」
 昨日、第一次移民船団が攻撃を受けたという第一報の通信を地球で傍受してから、真田志郎は、ほとんど寝る時間を惜しんで、司令部のフロアにいた。そこに、島次郎が飛び込むように勢いよく、かけてきた。
「島くん、それで、ブルーノアは?」
「曳航できないほどひどい状態だったようです。生存者もたった一名だそうです」
「一名……旗艦のブルーノアでさえ、そうなのか」
「はい、救助中、ブルーノアは追撃にあったそうです。その船もその後の追撃を恐れてか、この通信後、通信がなく、現在位置もわかりません」
「そうか、追撃か……他の艦からの連絡がないのも、ほとんどの艦が、追われている状態なのかもしれない」
「そうかもしれません。でも、この民間船は、きっと戻ってきます。地球に」
 島次郎は、言いたい言葉をずっと押さえていたように、志郎にその話す時を心待ちにしているようすだった。
「ブルーノアに遭遇した民間船は、貨物船『ゆき』です」
 志郎は、やっと少し肩の荷が下りたのか、小さく息を吐いた。
「貨物船『ゆき』……古代の船か。古代進がブルーノアを助けたのか」
 次郎は、志郎の言葉に大きく頷いた。


(2)
(眠っていたのか……)
 上条了は、ドアの開いた音で目が覚めた。
「すまないな、起こしてしまったか」
 足音とともに、柔らかな声質の言葉が了の耳に届く。了は体の向きを変え、声の主を探した。その時、船が大きく揺れた。
「少し眠れたようだな。宇宙戦士はその位図太い方がいい」
 了の脳裏にブルーノアでの最後の戦闘の時のことがふと浮かんだ。司令塔を失ったブルーノアは、あの戦闘空間を逃れた後も、何度も攻撃を受けた。気を失っていた了が気づいた時は、もう、誰の返事も返ってこない状況だった。ただ、空気の漏れや引火の危険だけをチェックしながら、艦内を巡った。そして、わかったことは、艦内で生存しているのは、自分一人だけだということだった。最後の箇所を確認した時、『絶望』の二文字だけが頭に行き来した。そんな体験をした自分を、目の前の男がそう評価したのだと思えば、それは、以前の了だったら、誇りに思ったかもしれない。
「食べることはできるか」
 了は、目の前で、非常時に食べる宇宙食を差し出している男の顔を見た。
(古代進……)
 了は頷いた。ひげ面の男はにやりと笑って、差し出した。
「非常時だから、食べものはこんな物しかないが。酒は飲めるか」
 受け取った棒状の非常食をむさぼり食べながら、了は頷いた。
「そう」
 男は了に酒の入ったグラスを渡すと、ベッドに腰を下ろし、了と同じように宇宙食と酒を飲み食いし、無言の食事を共にした。
「はあ……」
 受け取った酒を飲み干すと、了は大きく息を吐いた。船は不安定な空間を航行しているのか、時折、大きく揺れていた。了はふと、何度か大揺れをして、次第に沈黙していったブルーノアを思い出した。
「ブルーノアは……ブルーノアはどうなりました?」
 了の頭の中に、再びブルーノアの艦内の映像が蘇った。
「ブルーノアは置いてきたよ、あの空間に。あの艦はたくさんの君の仲間がいた所だ。あの艦はまだ生きている。だが、悪用されないように、ロックはかけてきた。君が再び戻って、あの艦を連れ戻すんだよ」
 了は体を振るわせた。涙があふれるようにこぼれ落ちた。
「よくがんばったな。必ず迎えに行くんだ」
 大声を上げて泣く了は背中をさする手の感触で、少しずつ落ち着きを取り戻していった。了は小さい時に、誰かに抱きしめられて泣いた日を思い出した。


「船長」
 戻らない進の様子を見に、耕作が進を探しにやってきた。
 進は、口元に指を立て、耕作と部屋を出た。
「寝ましたか」
「ああ。がつがつ食って、飲んで、泣いて、寝たよ」
 そう言うと、進は、いつものように階段を駆け上がった。耕作も追うように駆け、進に声をかける。
「強そうな男ですね」
「強くなるだろう、たぶん」
 進の言葉が終わるか終わらないぐらいで、大きく船が揺れた。進は階段の途中で立ち止まった。
「桜井では、この気流は難しいか」
「いい経験になります」
 大村耕作の言葉に、進は微笑んだ。
「そうだな、何事も経験だな」
 進は手につかんでいた帽子をかぶった。


(3)
 冥王星付近にワープアウトした貨物船『ゆき』に、科学局長官の名で通信が入った。
「直行で来いということですか」
 大村耕作の言葉に進は黙ったままだった。
「司令部のまん前に商船が下りるってだけで、気持ちいいじゃないですか、船長」
 機関長の言葉にも、進は口を開こうとしなかった。
(どの宇宙船よりも最優先で航路確保、地球防衛軍司令本部のまん前に着陸許可がでるのだ。それくらい緊急性が高いということか。それに、『伝説の古代艦長』がどうしても必要なほどの状態ということなのだ)
「機関長、最後のワープをしますから、準備しましょう。船長、地球に着いたあとは、私がその後のことをしておきます」
「よろしくお願いします」
 進は、その言葉を告げたあと、部屋に戻っていった。
(誰よりもあなたが一番気づいているはずだ。古代艦長)
 耕作は、進の後姿を見送った。



 進は地球に到着後、出迎えの男たちに案内され、いくつかの書類を差し出された。怪訝そうに受け取ると、進は、書類を斜め読みしながら、案内の男についていった。見ていた書類の何箇所かに釘付けになっていた進は、ただ、ついていくだけで、意識は書類に向いていた。
 ついていった先のドアの前には、一人の男が待ち構えていた。
「お久しぶりです、古代さん。次郎です」
 書類を読んでいた進は顔を上げ、小さく頷いた。
「では、こちらにどうぞ」
 開いたドアの向こうにいたのは、疲れた表情をした真田志郎だった。
「すまないな、呼び出してしまって。しかし、変わらないな、お前は」
 にこりともしない進を見て、志郎は知り合ったころの進を思い出していた。
「地球に向かっている移動性ブラックホールが三ヵ月後、地球に到達。地球は確実にブラックホールに飲み込まれるために、地球連邦は、三ヶ月前にアマール星の月への移民計画を発表。第一次移民船団は二ヶ月前に出発。団長は古代雪。移民船3000、護衛艦隊322、護衛艦隊旗艦はブルーノア」
 進は、書類上で知った知識を声にした。
「そう、ブルーノア。君が見つけたブルーノアだ。第一次移民船団からは戦闘に巻き込まれてから、何一つ連絡がない。君がブルーノアを発見して、その乗組員を救助したというのが唯一だ」
 志郎は、正面の画面に映像を出させた。移動性ブラックホールの映像やアマールの映像などを説明すると、志郎は、進をフロアから連れ出した。
「雪のことはすまない。大きな事業を行うには、ある程度、カリスマ性も必要だった」
 進は口を閉ざしたまま、何も言わず、ただ志郎の言葉を聞いていた。
「それだけでなく、総合的に雪の経験や知識も団長には必要だった。彼女が団長に選ばれたのは決して、間違いではない。ただ」
「ただ、こんな風に、移民船団が狙われるとは思わなかった?」
 先に答えを口にした進の言葉は、とげとげしさがあった。志郎は、進が穏やかではないことを知った上で、言葉を続けた。
「いったい、何が起きたかわからない状況なのだ。それでも、我々には時間がない」
「危険だとわかっていて、第二次移民船団を出したのですね」
「ああ、それくらい我々には打つ手がないのだ」
 進はそれ以上、言葉にすることなく、二人の間に長い沈黙が流れた。志郎のため息が静かな空間を破るように伝わっていった。
「私の部屋に来ないか」
 志郎は、司令部に近いビルに進を誘った。
「仮住まいの部屋だ。自宅に帰る時間がなくてね。より近くに部屋を借りたんだが、最近はそこにも戻る時間がない」
(それでも、司令部から少し離れたい…か)
 進は、志郎の切羽詰った感を感じながら、志郎について行った。
 志郎の言葉以上に、部屋には物がなかった。
「酒でも飲むか」
 志郎がごそごそしている間、進は物がほとんど置かれていない部屋に置いてあった、いくつかの写真を眺めていた。姉らしき若い女性の写真、真田志郎が育てていた真田澪−−サーシャ−−の写真。進はそのまま壁に目を移していき、壁の傷を見つけた。進は、手を伸ばし、壁の傷を触った。
「こっちに来ないか」
 志郎の声で進は、手を引っ込めた。進は志郎がいるベランダへ向かった。
「お前には、何から伝えたらいいのか……ただ、さっき説明したとおり、この三年間、私たちなりにいろいろな手を尽くしながら、移民の準備を続けていた。学者たちは知恵を絞りながら、いろいろな対応策を取ったが、どうにもならなかった。そして、カスケードブラックホールは地球に狙いを定めているように、正確に地球に向かっている」
 二人は言葉なく、ただ、夕焼けに染まるビルを前に酒を飲み始めた。
「なくなるのか、この地球が……」
 進は、司令部を含めた地球連邦の中枢が並ぶ街を見渡した。

(4)
 行方不明の雪、三年振りの娘との対面は進にとっては痛い現実であった。進は、自宅から司令本部へ向かう道すがら、考えていた。
(ヤマトに縛られている……俺はまだ、ヤマトに縛られているのか)
 真田志郎の部屋の壁の傷……志郎はこの三年間のことを愚痴らなかった。
(地球にいて、もっと別な三年間を過ごせたのではないだろうか)
 
「すまないな。美雪ちゃんとゆっくり過ごせなかっただろう。申し訳ない」
 司令本部に戻った進に、志郎は謝りの言葉を何度も言い、進は首を横に振る以外、志郎の気持ちに応えることができなかった。
「画像が入りました。第一次移民船団が受けた急襲後、リレー衛星を置いて、通信速度を早くしましたので、今回は通信後、画像も程なく届きました」
 その第二次移民船団が攻撃される様を観た進の感想を聞いた後、志郎は進に話しかけた。
「今から、第三次移民船団の出発の是非を話し合う。お前がその会場に現れれば、第三次移民船団は、即、出発となるだろう。お前は地球人類にとっては、そういう男だ。それはお前が一番嫌っていることだと知っている」
 志郎は、それ以上、進に言わなかった。
「会場には行かない。だが、会議の内容はちゃんと聞いておきたい」
 志郎はその言葉だけで満足したのか、微笑んだ。
「ありがとう。そのように手配しておくよ」

 進は島次郎に大会議場の近くの部屋を案内された。
「大会議場の様子を映すモニターテレビが6台、音声はそのまま聞こえます。それから、何かありましたら、私を呼んでください。その時は、011のナンバーをこの電話機で呼び出してもらえれば、私が出ることができます」
 進は志郎や次郎が、進の気持ちの変化を待っているのを知っていた。
 次郎は部屋を出る前に、もう一度振り向き、進を見た。
「古代さん」
「ん?」
 進は、次郎の顔を見た。
「長官も雪さんも、本当はあなたに頼りたかった。でも、それではヤマトを見送った後、ずっとあなたを頼っていた自分たちのままだと、あなたの帰りを待つことにしたんです」
 次郎が出て行った後、進は天井を見上げた。
(沖田さん、私は強くなったでしょうか……)

 大会議場に人々が集まり、開会時刻には、ほぼどの席も埋まっていた。真田志郎の席の隣に第三次移民船団の団長がおり、その横の席が空席になっていた。そこは護衛艦隊総司令が座るべきところだった。
「それでは、本日の議題の検討の前に、第一次、第二次移民船団について、説明を行ないます」
 そして、第一次、第二次移民船団が攻撃を受ける様が流された。
「第一次、第二次移民船団から、その後の連絡は途絶えております。ただ、第一次移民船団の護衛艦隊旗艦ブルーノアは、地球連邦船籍の商船に救助され、乗組員一名のみ帰還しております。生存の乗組員からの報告はこの映像とほぼ相違なく、第一次移民船団とその護衛艦隊は、謎の艦隊からの急襲を受け、四散し、ブルーノア同様に追撃されたと推測されます」
「結局、第一次、二次の移民たちは全滅ということか」
「移民船で地球から脱出しても死、地球に残ってもブラックホールに飲み込まれて死……それなら、地球で最期を迎えるべきではないか」
「いや、我々は、少しでも可能性を信じるべきだ」
「すでに、第三次移民団の希望者は半分以下になってしまったというではないか」
 途切れることなく続く議論の内容から、進は、第三次移民船団の出発を躊躇する意見が多いこと、現在作られている移民船では全地球人類を運ぶことは不可能であることを知った。
(もう一度、一部の移民船団を呼び戻さなければ、すべての人類を救うことはできないのか)
 
 しかし、議論は進まず、地球に残る者、移民船で地球を脱出する者は、個々の判断にまかせるしかないという方向に結論は向かっていったが、第一次、二次の状況を正確に伝えること、そのことで、更に希望者が減ること等の厳しい意見が出ていた。
 その時、深いしわがくっきり浮かんだ手が、スッと上がった。
「議長の身で、ここで意見を言うのは、反していることだという事は十分わかっているが、一言、言いたいことがあるのだが、よろしいかな」
 立ち上がった男は、志郎の方を見た。


(5)
「まずは真田長官。あなたは私たちにきちんとまだ話していないことがある。護衛艦隊旗艦ブルーノアを助けたのは、商船だというが、その商船の船長は誰かをあなた方は伝えていない。それから、第三次護衛艦隊司令も未定のままだというが、本当はそこには、本来いるべき人がいたのではないか」
 志郎は一呼吸置いて、マイクのスイッチを入れた。
「船長の名は、古代進です。艦隊司令も彼に打診しています。しかし、彼は今は民間人です。私たちが彼をどうこうできるわけではありません。私たちも彼も、彼の名前を出したら、どんな影響があるか、多少はわかっているつもりです」
 真田志郎の言葉が終わると、それをかき消すかのように、個々の声が起こる。進は画面から目をそらし、天井をみつめた。
「古代艦長が、あのヤマトの古代艦長がブルーノアを」
「そうだ、彼がいるじゃないか」
 騒然となった会場でまた、老躯が立ち上がった。
「静かに。真田長官、古代艦長は、今はどこに」
「彼は、この会場にはいませんが、程近い所にいます。この会場の映像を観ているはずです」
 わき起こる声を、老人は手を上げ、会場内を静めた。
「古代艦長……いや、古代船長、あなたに私たちの言葉が届いているのなら、聞いてください」
 映像を観ていた進は深呼吸をすると、イスに深く体を預け、目を閉じた。
「あなたは、あなたと宇宙戦艦ヤマトは、数々の戦いを乗り越え、私たちを救ってくれた。言い換えれば、私たちは私たちが生き延びるために、あなたに戦いを強いていた。若いあなたはとてもそのことで苦しんで、その後も地球防衛軍内でも、強い軍隊ではなく、生き残る軍隊を作るために力を注いでいたと聞いています。そんなあなたを、私たちはあなたの強さだけを取り上げ、ヒーローとして作り上げていた」
 進は手を組んだ。
「今回の移民の話が出たとき、当然、あなたの名前も出ていた。でも、あなたの仲間たち、真田長官やあなたの妻である古代雪団長はあなたの召還に消極的で、あなたの気持ちが揺るがないように、情報も伝えてなかったという。彼らはこの三年、私が知る限り、不眠不休な働きをして、今日まで踏ん張り続けていた。あなたの仲間、あなたのヤマトの仲間たちは、ヤマトの守った地球を地球人類を守るために命を懸けてくれていた。それは私たち地球人類を救おうという気概だけではない、それは、戦いで失った仲間への誓いでもあったのではないだろうか。今日のこの会議の様子を見て、あなたは何を感じましたか。このままでは、第三次移民は希望者が減り、地球で最期を迎えようという人々が増えている。あなたの仲間の頑張りが、途切れてしまう可能性がある」
 進は目を開けた。震える声を抑えつつ、両手で老身を支えながら、力を込めて話を続けている一人の男の姿がどの画面にも大きく映し出されていた。
「この老人の願いを叶えてもらえるのなら、何度でもあなたに願おう、この地球に住む人類を守って欲しい。あなたはそれができる人だ。若い人たちに生きるチャンスと生きる希望を与えていって欲しい。それは誰でもできるわけではない。残念ながら、私がどんなにがんばってもできない。けれど、あなたはできる人なのだ」
 老人はそういい終えると、深々と頭を下げた。会場は静かに、その様子を見守っていた。
 次郎は祈るようにインターフォンの着信を待った。しかし、受信機は無言のままだった。

(6)
 進は画面から目をそらし、音声OFFのボタンを押した。
 そして、進は雪からの最後の手紙の文言を思い出していた。そこには、まるで何事もなかったかのような文章が綴られていた。
(雪、君はどうして何も言ってくれなかった? ずるいよ、君は)
 
「古代さん」
 一人考えを巡らしていた進のところに島次郎が戻ってきた。
「会議は終了しました。皆退出し終えました。……音声、切っていたんですか」
 次郎はOFFになっていることに気づき、進が会議の音声を聞いていないのではないかと狼狽した。
「ああ、議長の話を聞いたあとに」
「そうですか……」
 次郎は胸をなで下ろした。進は次郎が一人であることを確認すると、次郎にたずねた。
「真田さんは」
「会議場にいます。一人で考えたいことがあるとおっしゃって」
「一人で……」
 進は、真田志郎の部屋の壁の傷を思い出した。
「次郎君、では、会議場に案内してくれないか」
「わかりました」
 
 志郎は薄暗い会議場内をぼんやりと見渡していた。
 志郎の中でも、一抹の不安は消すことができていなかった。第三次移民船団がまた、攻撃され、全滅するようなことがあったら……と。ドアの開く音がして、暗い部屋に光が差し込んできた。光の中から一人の男の姿が現れた。
(古代……)

 真田志郎は進に第三次移民船団が計画通りに出発することを伝えた。
 進は会場の雰囲気を感じようと目を閉じ、自分ひとりに向かい語り続けた老人の声を思い起こしていた。
 進は護衛艦隊司令の任を引き受けると志郎の前で、はっきり言い切った。志郎はその言葉を聞くと、相合を崩し、進に伝えた。「宇宙戦艦ヤマトがお前を待っている」と。
(ヤマト……)
 進は意外な言葉に出くわして、愕然とした。
「長官も雪さんも、あなたが驚く顔を見たくて、あなたにふさわしい艦として、ヤマトを再建し始めたんですよ。あなたが宇宙へ出てから」
 次郎はそう言いながら微笑んだ。
(ああ、君は……)
 進はいつも雪に驚かされていた。
(君は、昔から、俺が驚くことばかりするのだな)
 
「古代、お前に気に入ってもらえるかどうか、わからんがな。今から、行こう」
「今から? どこへですか?」
「ヤマトのところだ。ヤマトはアクエリアス氷塊のドッグにある」
「アクエリアス氷塊……」
「その前に、お前も、美雪ちゃんや他に連絡を入れなきゃならんところがあるだろう」
 進は会議の最後の部分を聞いていなかったことに気づいた。
「出発はいつなんですか? それにヤマトのスタッフは?」
「出発は二日後だ。新しいヤマトの乗組員はほぼヤマトに乗艦している。ちょっと癖のある若手を集めて、建造途中からスタッフとして整備と訓練をしていたんだ。ヤマトは他の艦と違うからな。護衛艦隊総司令と艦長兼任ならば、お前に補佐がいる。後は戦闘班長、航海長が決まっていない。この二つの役職だけは決めることができなかった。残念ながら、次郎君は私の補佐として地球に残ってもらうから、出すことはできない。あとは、第7、第8、第9の艦隊の中から選ぶことになるだろう……何人かピックアップさせようか」
「いえ、艦隊からの選抜では、抜けられた艦が困るはずです。人選は私も口を挟んでいいですか?」
「人選はもちろん、お前の意見を最優先するさ」
「それから、出発前に、各艦隊の司令官と直接会って話したいですが、それは可能ですか?」
 志郎は進の言葉に一つ一つ頷き、答えた。
「司令官たちにもなるべく早く会えるように、連絡を取っておこう。それから、古代、君が護衛艦隊総司令をするということは、地球市民に伝えさせてもらう。もちろん、議長には一番最初に報告する予定だ。もしかしたら、美雪ちゃんに会う時間がないかもしれない。それでもいいか」
「はい。それは覚悟の上ですから」
「では、次郎君、古代を通信できる所に案内してくれ。私は自分の仕事が済み次第、アクエリアス行きの高速艇へ向かう。古代、ヤマトへは私が案内するよ。いや、させてくれ」
 志郎の力のこもった言葉に、進は頷いた。


(7)
 進はまず、貨物船『ゆき』へ連絡を入れた。
 頷きながら進の話を聞いていた耕作は、進の護衛艦隊総司令着任を喜んだ。
「大村さん、あなたに副艦長をお願いしたいのですが」
「わたしに、ですか」
「はい。護衛艦隊旗艦・宇宙戦艦ヤマトの副艦長です」
「ヤマト……宇宙戦艦ヤマト……」
「そうです。ヤマトです」
「わたしでいいんですか」
「あなたじゃなきゃ、俺が困ります。艦隊司令も兼ねてますから、艦をお任せできる人、または逆に、船団全体を見渡せる人が側にいなければ、大船団を引っ張っていくことはできません」
 耕作は小さく笑った。
「古代艦長と私がですか」
「そうです。軍人を辞めた私たちがです」
 進は微笑んだ。
「わかりました。やりましょう、艦長。私の夢でしたから、あなたを補佐するのは」
「ありがとうございます。それから、桜井も、彼が希望すればですが、航海班を任せるつもりです。彼には私がそう望んでいたということを伝えてください。それから、貨物船『ゆき』ですが」
「機関長に任せましょう。第三次移民船団は数日内に出発になるのでしょう。彼に全部任せましょう。艦長、艦長には、今やるべきことがたくさんあるはずです。続きは、ヤマトで話し合いましょう」
 耕作は、これから待つ、膨大な進の仕事量を考えながら、早口で進との話を閉めた。
「ありがとうございます」
 進は次に、慣れた番号を入れた。しかし、むなしくコールが響き、留守番電話に切り替わっていった。
「メッセージのある方は、発信音の後にメッセージをお入れください」
 何年かぶりにきく、雪の声に、進は目を閉じた。
 ピーと鳴る発信音とともに息を吸うと、進は
「美雪」
と一言呼びかけ、一旦口を閉じた。一呼吸とると、再び言葉を続けた。
「美雪、お父さんは第三次移民船団を守るために、再び宇宙へ行きます」
 進はそれ以上の言葉を言えず、唇をかんだ。
「今後のことについては、佐渡先生や真田さんと話をしておきます。緊急時の連絡先は、0809−987……に、島次郎くんが受け付けてくれます。お前には…」
 そう話を言いかけると、ぴーっという音がして、また懐かしい声が進の耳に届いた。
「メッセージありがとうございます」
 声を聞き終えると、かちりとボタンを押し、進は、また、一気にナンバーを入れていった。
 画面には寝ぼけまなこの佐渡酒造がいた。
「すみません。こんな夜更けに」
 進の声に佐渡酒造は、奇異な声を上げた。
「おお、古代か。久しぶりだな、帰ってきたか」
「はい。美雪がいつもお世話になっていたようで、ありがとうございます」
「美雪ちゃんとは会えたかの?」
「はい、短い間でしたが」
 進は苦笑した。酒造はなんとなく察しがついたのか、口を大きく開けて笑った。
「あの年頃は難しいでのお」
「ええ。佐渡先生、私は第三次移民船団と共に出発することになりました。今から地球を離れるのですが、美雪とは連絡が取れません。重ね重ねですみません、美雪のことをお願いしたいのですが」
「おお、いいよ。気にせず、宇宙へ行って来い」
「ありがとうございます。佐渡先生」
 進は頭を深く下げた後、居住いを正した。
「ナンじゃ、古代」
「この仕事が終わったら、酒、飲みましょう。三年前に出かけるときに、先生との約束だったのに果たせなくて残念でしたが、今度こそ守ります」
「お前は律儀だからのお。いいだろう、ワシは最後の船団で地球を離れる予定じゃ。もう少し、この地球にいる」
「必ず、戻ります」
「体に気をつけよ」
「はい。それでは、行ってまいります」
 進は、酒造に向かって敬礼をした。酒造は大きく頷き、微笑んだ。
 進は画面から佐渡酒造が消えると、大きく息を吐いた。
「古代さん?」
 進の様子をずっと見守っていた島次郎が言葉をかけると、進は通信機のイスから立ち上がった。
「さあ、行こうか、真田さんの待っている所へ」


(8)
「お前の服だ、古代、いや、古代艦長」
 待っていた真田志郎は、進へ、手に持っていた帽子と服を渡した。
「これは?」
 進は、黒い服の襟を触りながら、志郎にたずねた。
「この服は、雪が選んだ艦長服だ。お前は、きっと無位無官でいいと言うだろうからと、お前だけのために作ったものだ。帽子には雪が入れたお前の名前が入っている」
 進は、帽子を裏返し、名前が書かれているところを確かめた。やわらかいがしっかりした雪の字を進はそっと指先でたどった。
「それから、第7、第8、第9艦隊の司令官は、早朝、ヤマトへ集結するように連絡をした」
 進は、顔を起こし、真田志郎に向かって頷いた。
「ありがとうございます。ヤマトの戦闘班長についてですが、先日、救助した上条了を任命し、ヤマト乗艦を命じてください。もし、彼が臆することがあったなら、私が強く希望していたこと、そして、私が救助後に伝えた言葉を思い出せと言っていたと伝えてもらえませんか」
「いいだろう、古代艦長。すぐに連絡を入れよう。島本部長、古代艦長をヤマトに案内してくる」
 志郎は次郎に伝えると、進に服を着るように促した。
「古代艦長、発進まであと少し時間がある。着替えをしないか。君には、ヤマト艦長にふさわしい姿でヤマトに乗ってもらいたいんだ」



 暗い部屋、古代美雪はテレビをつけたまま、一人膝を抱えてイスに座っていた。
「先ほど、連邦政府より、第三次移民船団は計画通り行なわれるとの発表と共に、第三次移民船団の護衛艦隊総司令は古代進氏を任命し、護衛艦隊旗艦・宇宙戦艦ヤマトの艦長として乗艦予定ということを、併せて発表しました。現在、移民船団希望の再登録を行なっております。希望者が今回の移民船団の定員を上回る場合は、第四次移民船団の予定もあります。再登録の申し込みが集中しており、ただいま、申し込み窓口に制限がかかっておりますが、希望者は必ず移民船に乗ることができますので、制限のルールに従って申し込み手続きを行なってください」
 画面は同じ言葉を繰りかえし、画面には進が護衛艦隊総司令に決まったというテロップが流れていた。
 美雪の心の中に、母の言葉がよみがえってきた。 

「お母さん、お父さんはどうしていつもアクエリアス氷塊を見ているの?」
「お父さんはね、ホントにヤマトが好きだったのよ。だって、彼はヤマトの艦長だったから。あそこにはヤマトが眠っているの」
「どうして、お父さんは、他の戦艦の艦長にならないの?」
「宇宙戦艦は戦う艦(ふね)なの。誰かと戦い、多くの仲間たちも失う……。そうね……お父さんは今、リハビリ中なの」
「リハビリ中?」
「そう。そして、たくさんの人たちが、お父さんの帰りを待っているのよ」

 (お母さんも待っていたの?)

「美雪、お父さんは第三次移民船団を守るために、再び宇宙へ行きます……」

 美雪は留守電に残されていた父の声を思い出していた。



(9)
 上条了は、ブルーノアの報告を済ませた後、自宅待機となっていた。
 誰もいない家は、静かすぎて、眠れなかった。了は、ほとんどニュースしか流れないテレビを流しながら、ソファで寝転んでいた。
「先ほど、連邦政府より、第三次移民船団は計画通り行なわれるとの発表と共に、第三次移民船団の護衛艦隊総司令は古代進氏を任命し、護衛艦隊旗艦・宇宙戦艦ヤマトの艦長として乗艦予定ということを、併せて発表しました」
(古代進? ヤマト?)
 画面隅に流れるテロップで、了は空耳でないことを確認する。
(古代艦長がヤマトに)
 そうだろうなと了は十分納得できた。回避から攻撃態勢へ瞬時に判断し、初めて乗る戦艦を戦闘機のように操る姿を目の当たりにした了は、進が伝説の男であるというのは、決して、誇張ではないと感じていた。
 ふいにテレビの音にまぎれて、電話の着信音が部屋に響いた。了は、飛びつくように受話器を取った。画面には地球防衛軍の士官の男が現れた。了は居住いを正した。
「上条了、命令が出た。宇宙戦艦ヤマト戦闘班班長として、宇宙戦艦ヤマト乗艦すること」
「ヤマト戦闘班班長……」
 了は、言葉をもう一度繰り返した。
「私がヤマトの戦闘班班長ですか」
「そうだ。君の戦闘班班長は古代艦長のたっての希望で決まった。それから、古代艦長から君へのメッセージがある。『私が救助後に伝えた言葉を思い出せ』だそうだ。連絡は以上だ。乗艦するかしないかは今、返事をして欲しい」
「今……」
 了は進の言葉を思い出していた。思い浮かぶのは笑顔で食べ物を差し出していた進の姿だった。
(古代艦長の言葉、あの時話していた言葉……)

「あの艦はたくさんの君の仲間がいた所だ。あの艦はまだ生きている。……君が再び戻って、あの艦を連れ戻すんだよ」

(必ず迎えに……)
「い、いきます」
 了は、あわてて返事をした。その姿が滑稽だったのか、相手の男の口元が少し緩んだ。
「集合場所と時間は下記の通り、時間厳守だ。わからないことがあったら、この通信番号に返信するように」
「はい」
(ヤマトに、あの古代進の下で)
 上条了は、震える手に力を入れた。
(俺は、今度こそ移民船団を守り抜いて、そして、必ず、ブルーノアのところへ戻ろう)



(10)
「私でいいんでしょうか」
 桜井洋一は、大村耕作にヤマト乗艦の話を告げられると、不安を口にした。
「古代艦長が言うんだ。確かに戦艦の操艦については、お前は未知数だ。商船とはエンジンの馬力も大きさも違うからな。今回のヤマトが旧ヤマトとどの程度違うのかはわからないが、旧ヤマトの操舵を任されていた島大介が亡き後、ヤマトの操艦経験が一番多いのは古代艦長だから、艦長以外は皆そんなにはかわらないだろう。そんなものさ」
(それよりも、私でホントにいいんですか、古代艦長)
 耕作は、進の部屋にあった写真を一瞬見つめてから、カバンの中に入れた。
「機関長、それではお願いします。接収されたり、機関長たちも移民船団の乗組員に借り出されたりってことがあるかもしれませんが、その時は機関長の判断にお任せします」
「了解」
 機関長の不慣れた敬礼に見送られ、洋一と耕作は貨物船『ゆき』を下りた。


 ヤマトを目の前にした進を見ていた志郎は、大きく息を吐いた。
「真田さん?」
「感慨深いな。このヤマトは、基本データは旧ヤマトのデータを取り込んでいるが、艦体は一から作り上げたものだ。果たして、それが『ヤマト』なのか、同じ名前、同じシルエットの艦を造っているだけじゃないかという疑問を繰り返していたが、ここに立つお前を見て、安心できたよ」
「真田さん……」
「お前がヤマトの艦長は沖田艦長だけだと思っているのと同じで、我々にとってヤマトの艦長はお前だけだった」
 志郎は進が口を開ける前に、言葉を続けた。
「今の地球の、最高の技術で造ったヤマトだ。だが、このヤマトは旧ヤマトと同じように、人が操る艦なんだ。それだけは忘れないでいてくれ」
 志郎はちらりと腕時計を見た。
「時間だ。私の仕事はここまでだ、古代艦長。基本構造は同じだが、この艦は新生宇宙戦艦ヤマト。ここからはお前が新しい仲間と作り上げていってくれ」
 敬礼する志郎に答えるように、進も敬礼した。二人は小さく頷き合った。

 志郎と別れた進は一人タラップに足をかける前に、もう一度ヤマトを見上げた。
(第三次移民船団護衛艦隊旗艦・宇宙戦艦ヤマト艦長……俺はできるのだろうか。地球人類の最後の希望になるだろう、このヤマトの艦長を)
 そして、進は一歩一歩、踏みしめるように登っていった。その一歩ごとに、沖田十三やヤマト乗組員との思い出、ヤマトとの別れ、地球での思い出が蘇ってきた。
(第三移民船団には美雪が乗るかもしれない。お世話になった人たちも……会議場で呼びかけをしていた議長、真田さん……)
 進の脳裏に、初めてヤマトの乗ったときに感じることがなかったたくさんの人々の顔が浮かんでいく。
 最後の一歩が終わり、進は息を整えることもなく、そして、立ち止まることもなく、そのままヤマトへと入っていった。



(11)
(基本構造は同じ)
 真田志郎の言葉を思い出しながら、進は記憶をたどりながら第一艦橋を目指した。エレベーターのボタンを押して、進は天井を見渡す。17年前のヤマトと同じ景色なのに、どこか違う。
(疲れた時はもたれていたな)
 思い出しているうちに、エレベーターは目的地に着いていた。
(第一艦橋……)
 進は艦長席に座った。目の前の新しいメーター類・画面がこの艦が最新鋭の装備を備えていることを物語っていた。
(人類を救わねば)
 顔を上げると、新しい戦闘班長席が進の目に入った。
 カツン、カツン、カツン
 進は、響く足音を聞きながら、第一艦橋の座席を目で追いながら、戦闘班長席目指して歩いていった。
 カツン
(ヤマトに縛られている……か)
 進はイスに伸ばした手を戻し、艦長席に戻った。

「艦長には、今やるべきことがたくさんあるはずです」

(過去を振り返っている時間はない、な)
 艦長席前のパネルを操り、ヤマトの性能についてのファイルを探し出し、記憶の中のヤマトと比較をしていく。やがて、いくつかの相違点を頭の中に叩き込むと進は、第一艦橋を後にした。
 進は、エレベーターの壁に体を預け、今度は下へ向かって移動した。


 機関室で新しい波動エンジンの説明を聞いたあと、小林淳がヤマトのテストパイロットだという話を、進は太助から聞いた。
「真田長官たちは、結局、正式なパイロットを選べなかったんです。だから本来、戦闘班希望だった小林がヤマトの操艦をすることになったんです」
 真田志郎たちが新たなヤマトの航海長を選定できなかったことを太助は残念がった。
「この膨大な数の移民船団のことを考えると、ベテランパイロットの不足はいなめない。特にヤマトの操艦は、他の艦に比べてマニュアル部分が多いから、そういう操艦ができる人材を別に育てなければならない。小林淳はもともと戦闘機のパイロットだというから、彼ともう一人、私の船で航海士だった桜井の二人当分ヤマトの操艦はやってもらうよ」
「そうですね。でも、もう一人、優秀なパイロットが乗艦しているので、私は安心です」
「もう一人?」
 太助はニヤリとした。
「古代艦長です。艦長がたぶん、一番この艦に慣れているはずです。特に戦闘時の操艦は」
 進は微笑んだ。
「そうだな」
(とにかく育てていくしかないな)
 二人で話している所に双子の片割れが駆け寄ってきた。
「どうした走」
「あ、はい機関長。古代艦長に連絡が入りました。大村、桜井両名がドッグについたそうです」
「もう一人のパイロット候補が来たようだ」
 天馬走の言葉を聞いた進は顔をほころばせた。
「ありがとう、天馬。二人には艦長室にくるようにと連絡を入れておいてくれないか」
「了解しました、艦長」
 進は胸に手を持って敬礼をする走に進は頷いた。
「太助……徳川機関長、君も艦長室に来てもらえないか。副艦長とパイロット候補を紹介しておきたいんだ。それから、ヤマトの波動エンジンや波動砲について、彼らに説明もお願いしたい」
「わかりました。艦長、メンバー揃ってきましたね」
 太助は進の様子に満足しているようだった。


(12)
 太助と艦長室で二人を出迎えた進は、大村耕作の敬礼を隣で真似る不自然な桜井洋一の姿に目を細めた。
「こちらは徳川機関長です。旧ヤマトのときは一機関士でしたが、今回は新ヤマト建造から関わっています。そういう点で、新旧ヤマトのエンジンのことは、彼が一番熟知しています」
「よろしくお願いします。大村耕作です」
 耕作は手を差し出した。
「徳川太助です。こちらこそ、よろしくお願いします」
 二人のおとなの大きな声に、洋一は目をぱちくりした。
「ははは、機関室はうるさいからね。機関士はつい声が大きくなってしまうんですよ。私も数時間前に月面基地からすっ飛んできたので、まだ、最終整備の途中です。どうですか、今から機関室にいらっしゃいませんか」
「徳川機関長、ありがとうございます。桜井は、同便の彼女……折原くんから電算室に誘われていたんだよな」
 耕作は、洋一の背中を叩いた。
「え、ええ。「電算室が気になる」と言って、彼女、急いで走って行っちゃいましたけど。ここに来るまでは、電算室の概要をたくさん話してくれて、私も見せて欲しいとお願いしていたんです」
「それじゃあ、邪魔しちゃいけないな」
 太助が白い歯を見せて笑うと、めずらしく進も口を挟んだ。
「じゃあ、明日、機関長と小林と桜井の三人が打ち合わせできるように。桜井、明日は、航海班のメンバーとも顔をあわせて、航路についての検討をする必要もある。地球から、基本航路が送られてきているはずだ。早い時間に検討をして、すべての移民船と護衛艦隊へ連絡をしなければならない。単独の航行ではないので、連絡の取り方等も再確認するように。では、機関長、大村副艦長をお願いします」
「艦長」
 耕作は、進に声をかけた。
「するべきことは多いかと思いますが、休憩や食事、ちゃんと取ってください。一日のスケジュールが立ちましたら、私がわかる所に掲示しておいてください」
「そうですよ、艦長。17年前とは違いますからね。昔の感覚で動かないでくださいね」
(ヤマト一艦だけじゃないしな)
 皆が出ていったあと、艦長室で一人、明日行なうことや今後のスケジュールや明日朝の打ち合わせ等の算段をつけると、膨大な仕事量と自己管理の重さを進は感じた。
(桜井に言い忘れた)
 進は第三艦橋に新たにできた電算室へ向かった。初々しい二人の姿に、進もついつい笑みをこぼした。
「艦長、明日は、8時から航海班のメンバーと話し合います」
「時間が合えば、私も同席しよう。場所は第二艦橋?」
「はいそうです。でも、艦長は私より忙しいのに、よろしいんですか?」
「ああ。発進前に、できるだけ多く、ヤマトの乗組員や移民船団の責任者に会っておきたいんだ。……桜井、それから、何かあったら、必ず私に相談してくれないか」
「艦長……」
「まったく軍人ではないお前をここへ呼んでしまったことで、ずいぶん苦労を強いることになるかも知れない。その上、ヤマトには専任の操艦担当者が決まっていない。しかし、お前は航路の分析力は優れているし、人と人との調整力はしっかり備わっている。とにかく、自信を持ってやってみてくれ。その上で起こった問題は、できる限り私も解決に力を貸したい」
 桜井洋一は、頭を下げた。
「ありがとうございます。艦長と同じことを大村副艦長にも言われました。この船団には、多くの民間の航海士たちが移民船にいるんですよね。そういう意味で、私がこの艦で、航路を管理したり、水先案内したりするのに役に立てるかと思うんです。甘いでしょうか?」
 進は洋一の言葉を聞き終えると、静かににっこり笑った。
「いいや、俺もそう思うよ」
 進は、洋一の両肩をポンと叩いた。
「さっ、今日は寝よう。明日は長い一日になるぞ」
「はい」



(13)
「おはようございます」
 進は護衛艦隊を構成する三艦隊の司令官を前に、あいさつをした。そして、軽い朝食を準備した艦長室の中央のテーブルに、三人に座るよう促した。
「とても楽しみしておりました。宇宙戦艦ヤマトに乗艦できること、そして、古代総司令、あなたに会えることを」
 にこやかに会話が始まり、進は笑顔で三人の司令官の言葉に答えた。
「今日来ていただいたのは、皆で共通の認識を持って、この第三次移民船団の護衛をするためです。皆さんもご存知の通り、第一次、第二次移民船団は、ほぼ同じ空域、一万七千光年で、襲われています。巨大な移民船が一回にできるワープは、五百光年。一日に二回で千光年。、船団すべての船が順調でも一ヶ月近くかかります。それでも今回、移民船団の一部はもう一度地球に戻ってこなければなりません」
 進は、部屋で控えていた大村耕作に、卓上の画面に宇宙図を映し出させた。
「襲撃をかけてきた艦隊が私たちの目的がアマール星であることを知っているのかどうかわかりませんが、私たちも一万七千光年付近で攻撃をかけられる確立が一番高いでしょう。もちろん、その前後で不意打ちを受ける可能性もあります」
「最悪を考えるのですね」
 右横の男が頷くと、進は言葉を続けた。
「はい。これだけ大勢の命を預かるのですから、できる限り最善をつくして、そして、攻撃を意識して航海していきます。しかし、時として、崩れかけている橋を駆け抜けていく勇気もなければならないでしょう」
 司令官たちは、満足げに頷いていた。
「地球防衛軍の誰もがあなたの下で働けることを喜んでいます。私たちも捨て身の覚悟です」
 両手を机上で合わせるように組んでいた進の指先に力が入った。耕作は画面の映像を移民船団の艦影のイメージ像に切り替えた。
(ここからが本番か)
「私からのお願いは二つです。まずは、護衛艦隊のどんな艦でも、まず生き残ることを最優先にしていただきたい。もちろん、すべての移民船団を守りきるというのが前提です。私たち護衛艦隊はアマール星まで、そして、移民が完了後も、地球人類が安心して暮らせるように、人類を守らねばなりません」
「生き残る……」
「そうです。できるだけ少ない損害で、移民船団をできるだけ護衛し続けるためです。そのためには不必要な戦いはせず、避けます。それから」
 進は一呼吸置いて続けた。
「もう一つは、波動砲を使わないというお願いです」
「それは」
 一人立ち上がろうとした司令官を隣の司令官が静止した。進はそれを見届けると話を続けた。
「第一次・第二次移民船団は、複数のフォルムが違う艦隊から攻撃を受けています。そして、更に追撃をかけてきている。ただの楽しみやいたぶりだけで、こんなに大量に、執拗に、攻撃をかけるものでしょうか」
 進は目の前の三人を見渡した。
「何か目的があるはずです。地球人類を移民させたくないという強い思惑ががあっての行動だと思うのです。でも、私にはそれが何かわからない。ここ数年、地球の艦船が、他の星の艦船を攻撃したということはないと聞きました。だとしたら、昔、初代ヤマトが戦った頃の地球のことを知っていて、地球人類が宇宙に出ることを脅威として感じているのかもしれません。または、現在の地球の戦艦の能力を知っているのかもしれません。その場合は、私たちは、彼らが想像する以上の脅威を与えてはいけないと思うのです」
「それが波動砲禁止というわけですか」
「はい、局面の打破のために、なるべく相手の艦船の被害をださない使い方以外は。そして、私たちが攻撃をするのはあくまでも逃げ切るためのものです。相手を殲滅するものではありません」
「非常に難しいですな、総司令」
 進はその言葉を受けるように大きく頷いた。
「私たちは、その後のことまでも考えて攻撃をしなければなりません。地球人類はアマール星の月に移住する。そして、その後もそこで安心した生活をするために、今までのように、他の星系の人たちとは関係ないとは、言ってられないでしょう。友や家族を失ったことは誰でも忘れることはできない。未来への遺恨を作らないことも私たちがすべきことだと思うのです」
 三人の司令官が黙ってしまったのを、耕作は進の斜め後ろから眺めていた。
(さあ、この場をどう打破しますか? 艦長)
「先ほど言ったとおり、移民船団を守るのが第一です。私は……」
 進は一度ためらうように口をを閉じ、下唇をかんだが、再び顔を上げ、口を開いた。
「初代ヤマトが自沈したあと、妻と結婚をし、私たちにはほどなく子どもができました。子どもが生まれた日、外は雪が降っていました。私は子どもを初めて抱いたあと、一人、雪が降る外へ出て、大きな声で泣きました」
 進は立ち上がり、艦長室の窓の外に視線を向けた。
(艦長?)
 耕作は進の言葉の着地点を見失った。進は三人の方をもう一度見ると、話を続けた。
「うまく言い表せませんが、私にはその日の、雪が降っているその情景がいつもと違ったものに見えました。雪一つ一つがどんなにか美しかったか、また、それを感じることができた自分が、平和な時が訪れたことを、素直に実感できたことがうれしかった……移民船団の三億人の人々も、それぞれ喜びがあるはずです。そして、移民したあとの未来にも喜びは必要です。安心して暮らせるために、私たちは守り続けなければなりません」
「移民後の平和……ですか」
 三人の司令官は無言になり、それぞれ深く考え込んでいた。腕を組み、うつむく三人の姿を、進は何かを待つように見守っていた。
 一人の司令官がにやりと含み笑いを浮かべた。それに反応するかのように他の二人も顔をもたげた。
「難しいですが、やりがいはありますね、総司令」
「やり通しましょう、総司令」
(気持ちは一致できたようですね、古代艦長)
 耕作は、進の言葉で次第にまとまっていく三人を見た。



(14)
「古代艦長、上条戦闘班長がヤマトに着いたそうですが」
 司令官たちが帰ったあと、暇もなく入る通信のチェックをしていた進に、大村耕作は声をかけた。
「上条には、すぐ艦長室に来るようにと伝えてください。それから、郷田砲術長にも」
 進は時計をちらりと見て、答えた。
(桜井が気になるのか)
 軍人相手に、桜井洋一が一人でしきるのは、難しいだろうと耕作も思うのだが、耕作自身も、まだヤマトについて把握しきれないことが多くて、不安を抱えていた。今現在も何をするべきかは、進の指示で進めているが、こなすことによって、かなりのヤマトについて、艦隊についての情報が耕作の中に入っていた。
「副艦長、朝からいろいろありがとう。まとめてくれたおかげで、今日、一日なんとかすごせる見通しが立ちました。午前中は、技師長の木下と相談して、戦闘時や航行時の問題を検討してください。あなたの得意分野ですから、面白い話があったら、午後の打ち合わせで教えてください」
 進が時間のある限り、履歴をチェックして、実際に本人に会い、できる限り仕事振りを見て、これから始まる航海を組み立てていく。耕作はその姿をこの三年の間に何度も見、そして、自分もその組み立ての中に納まっていることに心地よさを感じていた。
「艦長、ありがとうございます。木下技師長は、早い段階から、ヤマト再建に関わっているので、細かいことまできけそうです」
 進もできる限り、現段階の情報を頭の中に入れておきたいのだろう。
(この規模になっても、自分のペースを保てるのはすごいな)
「艦長、それでは、昼食は私が手配しておきます。なるべく、遅くならないように昼に来ますから」
 耕作はうなずく進を確認すると、艦長室を後にした。


「上条了です」
 了は、早鐘のように高鳴る鼓動を押さえるのに必死に押さえ、艦長室のドアの前で声を出した。
「入りたまえ」
 重いドアのノブを回し、ドアを引き寄せるようにあけると、誰かと通信している進の後ろ姿があった。
「……火気類の、そう、ありがとう。艦種別に、いいかな。ではよろしく」
 進はスイッチを切ると、イスを後ろに下げ、立ち上がった。
「よく来たな、上条。待っていたよ」
(待っていた?)
 進は了に笑顔で近づくと、了の手を取り、握手をした。
「君はヤマトの戦闘班長だ。ヤマトは他の艦とは違い、単艦航行するように作られた戦艦だ。砲術長の郷田実がもうすぐ来る。他の艦との違いを郷田と確認しあって、ヤマトの機能や能力を頭に叩き込んでおいてくれ」
「あの、私で」
「君でいいんだ。君は相手のことも知っている。何よりも君にはやるべきことがある」
「やるべきこと……」
 進は了の言葉に頷いた。
「君はこの仕事が済んだ後、ブルーノアを迎えに行く。そうだろ?」
 了を進の顔を見つめた。
「必ず、迎えにいくんだ。わかったな」
「あの、艦長。どうして、艦長は私にそうおっしゃるのですか?」
「お前のブルーノアはまだ生きている。仲間たちの魂はそこにある。お前が迎えにいかなくて、誰が迎えにいくんだ」
「艦長……」
 進の顔は真顔になった。
「上条、この艦、宇宙戦艦ヤマトの使命は、移民船団を護衛し、アマールへ無事移民船団を連れて行くことだ。それを忘れないように。私たちは、移民船団を守るために戦闘する。勝つためではない」
「勝つためではない……」
「そうだ。それを忘れないでくれ」
 鈍い音が艦長室のドアからし、郷田実の声が聞こえると、進はもう一度、了の手を取った。
「頼むぞ、上条」
「はい」


(15)
「発進の操艦は小林でいく」
 第二艦橋で行なわれていた航海班の打ち合わせにやってきた進は、皆の顔を見渡しながら宣言するかのように、最初に言い放った。
「当分、手動の時にも小林中心でいく。桜井」
 進は桜井洋一を呼ぶと、洋一に近づき、話を続けた。
「桜井、小林がコスモパルサーで艦を離れるときは、お前が操艦することになる。ヤマト発進後、できる限り操艦の練習をすること。まず、ヤマトの艦の大きさの感覚を覚えるんだ」
「は、はい」
「小林、では頼むぞ」
 口を開かない小林淳に、進は促すように、もう一度、「小林」と声をかけた。
「はい……」
 淳の声を聞くと、進は小さく頷いた。
「桜井、この航路案を地球へ送って、確認を取ってくれ。OKが出たら、各護衛艦隊、移民船団へ航路図・巡航表等、漏れがないよう送くるように……小林」
 進は、小林淳の方に体を向けた。
「小林は今日の打ち合わせが全部終わったら、艦長室に来てくれ。いいか?」
「はい」
 早く返ってきた淳の声をきくと、進は伸びた背を更に伸ばすように体をまっすぐにさせた。
「では、私からは以上だ」
 進のきりっとした言葉と姿に、乗組員たちの背は伸ばし、胸に手をやり、敬礼をした。
 進が第二艦橋から出ていくと、桜井洋一は小さく息を吐き、再び背中を伸ばした。
「それでは、艦長の承認もいただけたので次のステップに進みましょう」
 第二艦橋に集まっていた航海士たちは、それぞれの担当の仕事へ戻っていった。
「小林さん」
 洋一は、残った淳に声をかけた。
「ん?」
「私は商船学校出です。軍艦のことについては経験・知識ともゼロです。できていないことがあったら、必ず言葉で言ってください」
「ああ」
「あの、時間があるようでしたら、ヤマトの操艦について、お聞きしたいことがあるんですけど……」
「敬語はいいよ」
「えっ?」
「あんたの方が年上だし、まあ、どっちが上かどうかってのも気にしてないけど、敬語はいいよ。それに、小林でいいから。まっ、俺もお前のこと、桜井って呼ぶから」
 早口で一気に淳が話すと、洋一は微笑んだ。
「それでは、お願いします」


「どうだ、発進まであと一日だが、何とかなりそうか?」
 艦長室に戻った進に地球からの真田志郎の通信が入った。
「何とかします。が、全体の把握だけで手一杯です。ただ、こっちからの問い合わせの答えがいつも早いので、助かってますよ」
 進の答えに満足したのか、志郎の顔も少しにこやかになった。
「それは何よりだ。こちらも、最優先で当たらせている。不足の場合は、連絡してくれ。それから……美雪ちゃんは第三移民船団に乗れるように手配した。彼女にもちゃんと伝えた」
「ありがとうございます。でも……」
 進は言いかけて口を閉ざした。
(美雪は俺の娘なんですよ、真田さん)
 首をかしげる志郎に、進は話を続けた。
「真田さん、一つ、願いごとがあるんですが、いいですか?」
「なんだ?」
 進は姿勢を整え、志郎をみつめた。
「ヤマトがアマールへ到着し、再び地球に帰ってくるまで、お酒を断ってもらえませんか?」
「酒を断つ?」
「ええ」
 進はにっこり微笑むと、手を帽子の横へ持っていき、礼をした。志郎もつられるように礼を返す。
「必ずですよ。お願いします」
 進の通信が終わると、志郎は傍らの島次郎に独り言のようにつぶやいた。
「なんだ? あいつ」
 それを聞いた次郎はふふっと小さく笑った。
(さすがです、古代さん)
 進は志郎の酒量が増えていることに気づいていたのだと次郎は感心した。



(16)
「あまりにも遅いので、来ないかと思ったよ」
 夜になり訊ねてきた小林淳を、進は笑顔で迎えた。
「航海班とコスモパルサー隊の両方の打ち合わせで……」
 もぞもぞと言葉をにごらせている淳を気にせず、進は淳に向かって話し続けた。
「当分、ヤマトの操艦をやってもらうと伝えたが、俺はお前にコスモパルサー隊の隊長やってもらいたい」
「そんなこと勝手に……お前は航海班だって辞令が出てます」
 進の言葉に反論するかのように、淳は声を上げた。
「飛びたくなったら、飛べばいい。その時、ヤマトの操艦はなんとかする……コスモゼロが一機積んであるそうだな。隊長機として使え」
 淳は、首を振った。
「コスモゼロは使えません。あれは、地球防衛軍でもただ一人のための戦闘機です。俺でも、あの機だけは乗りません」
 進は口を固く閉ざした。
「戦闘機乗りは皆知っている。コスモゼロはあなたのだってのを。だから誰も乗らない。17年前からマイナーチェンジばかり繰り返して、あの機はあなたが乗るのを待っている。コスモゼロはそういう機体なんです」
 小林淳は右手を胸に当て、礼をした。
 進は頷き、淳を黙って見送った。
(飛びたいのは俺、か……)
 加藤四郎から送られてきた手紙の言葉を思い出した。

<新しい宇宙戦艦ヤマトはみんなの想いが詰め込まれています。あなたが必ず戻ると、あなたのために皆が考えたプレゼントが新しいヤマトにはちりばめられているのです> 

(一つ一つ探せか……君もそうなんだね)
 進は耕作が持ってきてくれた家族写真の雪に話しかけていた。 


 進は第一艦橋に下り、戦闘班長の席に手を伸ばした。そして、ボタン一つ一つを指先でそっとなでるように触れた。
(俺は、ここに戻ってきたんだ)
 進は目を瞑り、耳をすませた。響いてくる機械音は新しい音だった。その中にやさしく懐かしい音が新しい音を支えるように溶け込んでいた。
 トゥルーン
 第一艦橋のドアが開く音で、進は指を引いた。
 ドアから現れたのは上条了だった。
(艦長?)
 了は、自分の席にたたずんでいる人物に声をかけられず、その場に立ち尽くしていた。
 進はゆっくり体を起こし、振り向いた。


(17)
「何も用事がなければ、今から艦長室に来ないか」
 了の気持ちを察した進は先に声をかけた。了は誘われるまま、進と共に艦長室に上った。



「さすが戦闘機乗りだね、艦長は」
 『飛びたくなったら飛べばいい』と進に言われた小林淳の話を聞いていた佐々木美晴は、整備が済んだ愛機をやさしく撫でていた。
「どういうことさ?」
 そう聞き返す淳の額を、美晴は指で押した。
「自分のことなのに、わかんないか。小林、ホントにお子ちゃまだね」
 美晴は結っていた髪を解いた。髪がすべるように伸び、首を大きく振ると、近くに置いておいた白衣を羽織った。
「戦闘が始まったら、どっちがやりたいか考えたら? よかったね、待ってくれる艦長で」
 美晴の鮮やかな唇が柔らかなカーブを描いた。
「ふふ、物分かりよさそうで、私ももめなくてすみそうだ。小林、コスモゼロも誰かに整備させておきな。いつでも艦長が飛び立てるように」
 命令口調の美晴に淳は唇をとがらせた。
「まだ、コスモパルサー隊の隊長じゃないし、それに戦闘機に乗って飛び出す艦長なんていないさ」
「ま、普通の艦長はね。私はコスモパルサー隊に小林が来るに一票だな。艦長もそう思っているだろうから、二票か」
「俺は航海班だってば」
 美晴はきびすをくるっと返すと、格納庫出口へ向かっていった。
「戦闘機バカは死ななきゃ治らないのさ。私もそのバカの一人」
 振り向かず、そう言い放つ美晴は、指を一本立てて、そのまま歩き続けた。



「ほとんど身一つできたから、酒はないが」
 そう言いながら、進は了に紅茶を勧めた。部屋を見渡していた了は、両手の中にくるんでいたカップに口をつけた。
「おいしいです。この紅茶は艦長室の備品なんですか」
「ああ、紅茶セットも茶葉も」
 了はその備品は、進のために準備されていたのだと気づいた。
「戦闘班の中での打ち合わせは済んだか」
「はい、郷田がかなりフォローしてくれました」
「それはよかった……」
 進は紅茶を飲みながら、艦長室の窓からドックの無機質な壁面を見ていた。了は進のその後ろ姿をみながら、さっき見た、戦闘班長の席にいた進の後ろ姿を重ねていた。
「コスモパルサー隊隊長は、小林淳になるだろう。まだ、本人が決心していないが」
「それではヤマトの操艦は……」
「何とかなるさ」
 進はにこりと微笑んだ。それだけで了は、妙に納得してしまった。
(この人にとっては、それは想定内ってことなんだ)
「この艦は、一人で戦う艦じゃない。オートに切り替えもできるが、戦闘時はほとんど手動になる。人が動かす艦なのだ。人が動かすことによって、より細かなことに対応でき、全体のレベルを上げている。ヤマトという艦はそういう艦だ」
 了は最新鋭の艦とは、基本コンセプトが違うヤマトに不安を感じていた。
「地球防衛軍のすべての艦が、そうであればと思いながらも、人員や個々の熟練度の問題で、大部分をオートにしなければならなかった……それは20年前から、ヤマトがイスカンダルの旅を終えてから、ずっと抱えていた問題だ。だから、我々は、時にはヤマトの強さを振り返らないとならないのだろう」 
 進の独り言のような言葉の意味が、了にはわかならなかったが、進がずっと抱えていた矛盾点なのだろうと思った。
(この人から、もっといろいろな話を聞きたい)
 先代のヤマトとほとんど行動を共にしていた進の話を、もっと聞きたいと了は思った。
「艦長、毎日の戦闘班の報告の時に、紅茶を煎れさせてもらえませんか」
 了の申し出に、進は振り向き、了の顔をじっと見た。
 進ははにかむようにうつむき微笑んだ。
「いいだろう。ただし、なるべくおいしい紅茶を煎れてくれよ」


(18)
「艦長」
 了はカップをソーサーの上に置くと、まっすぐに進を見つめた。
 振り向いた進は、姿勢を正した了を見ると、また、背を向けた。
「艦長、ヤマトの戦闘班長に推挙していただき、ありがとうございます。一つお聞きしたいことがあるのです。よろしいですか」
 了の固く丁寧な言葉を聞きながら、進は目を閉じた。
「ああ」
「艦長はなぜ、ヤマトに戻ってきたのですか? 私が地球防衛軍に入ってすぐ、艦長は軍を辞められました。皆は、艦長は二度と戦艦の艦長にならないのだろうと言っていました」
 進は体の向きを戻し、テーブルを挟んで、了の前のイスに座った。了のまっすぐな視線と合うと、進は目を細めた。
「後悔したくない……」
 進がぽつりと口に出した言葉を、了は噛みしめるように口の中で繰り返した。
「後悔」
 進は小さく頷いた。
「人間一人、できることは限られている。だが、可能性がある限り、自分のやれるだけのことをやらなければ、きっと、後悔するだろう……。私には守るべきものがある。それに、やるべきこともある。君がブルーノアを迎えにいくように、私にもあるんだ」
(沖田艦長、あなたはどうして戦っていたのですか。そして、どうして、またヤマトに戻ってきたのですか……)
 進は17年間問うてきた言葉に答えをつけた。
(上条、君は私だ。まっすぐで、勝つことだけが目標だった、若い頃の私だ。だが、弾く先には必ず人がいることを、そして、その人たちもよりよく生きたいと思っていると、君もいつか知るだろう……)
「すまないな、上条。遅い時間に引き止めてしまって。紅茶の煎れ方は……貨物船『ゆき』で副長だった大村さんに聞くといい。彼にはヤマトの副艦長をやってもらう。ヤマトの艦内のことについては、彼中心になるだろう」



 上条了が帰ったあと、進は地球からの連絡をいくつか確認すると、艦長席に深く座り、目を閉じた。
(沖田さん……ありがとうございます。あなたからもらった17年、とても幸せな日々でした。だから、こうして次の旅に出ることができるのです)

「艦長、大村です」
 艦長室のドアのノックと大村耕作の大きな声で、進は再び目を開けた。

「誰かが来てましたか」
 テーブルの飲み干した後の紅茶のカップを見て、耕作が声をかける。
「さっきまで、上条がいた……彼が…新しい紅茶係になりました」
 カップを片付け始めていた耕作は、ふっと微笑んだ。
「そうですか。それでは伝授しておきます、艦長好みの紅茶の煎れ方を」
「おねがいします」
 そう進は答えると、再び、進の許に集まってきた書類をチェックしだした。耕作は進の声の明るさによい兆しを感じた。
「艦長、何かありましたか?」
「上条にどうしてヤマトに戻ってきたかと訊かれました」
「ほう、それでなんと?」
「少し嘘をつきました。本当は、あのブルーノアを操縦したとき、私はつい『ヤマトだったら』と思ってしまった。あの時、私の中で止まっていた物が動きだした。でも、彼が訊いてくれたおかげで、自分の中で言葉にならなかったものが見えてきました」
「解答、見つかりましたか」
「ええ。それから私は、この艦に戻ってきて気づきました。私はとてもヤマトが好きだったと」
「それはよかった。何よりです」
 古代進が伝説の艦長と言われていた所以が耕作にもわかるような気がした。
(この人はどこまで伸びていくのだろう)
 ブランクを感じさせない、そして、規模が大きくても小さくても全体を見通せる感覚……
(そう、あなたもヤマトも、もうレクイエムは似合わない。あなたは、苦しみながら悩みながら戦う。だから、強いのだ)



(19)
 美雪は、ベランダに出て、夜空を見上げた。
(アクエリアス氷塊……)
 月の光を受けて、普段より一段と輝いて見えた。
(やっぱり、お父さんは、私よりもお母さんよりも、ヤマトを取るんだ)
 美雪の頬に幾筋も涙が流れていった。
(ずっと待っていたんだよ。私もお母さんも……なのに……)
 

「どうしたんですか、艦長」
 移民船団の資料を見ていた進の手が止まるのを、耕作は見逃さなかった。
「いえ、三千隻の移民船……三億の人々のことを思っていました」
 耕作はそんな初期の情報を持ち出す進を不思議に思った。
「三年前だったら、私は三億の人々側にいただろうと思ったんです。何を言われても。そうしたら、自分は何を思っていただろうと」
(三年前……)
 耕作は動けなくなっていた進を思い出した。
「副艦長」
 耕作は、そう呼ばれてどきりとした。
「艦長、今までどおり、『大村さん』でいいですよ。それに慣れましたから」
 進はそれを聞いて、静かに少しうつむいた。
「そうですか……。それでは大村さん、出航前でいいですから、第一艦橋の沖田艦長のレリーフをずらしてもらえませんか。イスの昇降ができないようになっているので」
 耕作は進の顔を見た。
「何か?」
 進は普段どおりの穏やかな顔で、耕作の無言の問いに首をかしげた。
「いえ。了解しました」
 耕作は胸に手をやり敬礼をした。
(あなたはダッシュどころか、大きく羽ばたくことができる人だ)
 耕作は自分の心が感悦至極な状態で、震えが体中に走るのを必死で押さえた。

「何をされているんですか、副艦長」
 第一艦橋で、レリーフをどうずらすかを思案していた耕作に、機関室から戻ってきた徳川太助が声をかけた。
「艦長からレリーフをずらしてほしいと言われたので、思案しているところです」
「えっ、艦長が。それはすぐにやらないと。私も手伝います」
 太助は、手元のパネルのボタンを押した。
「技師長の木下を呼びましょう。そのレリーフは簡単に外れないようになっているんです」
 「今からでは……」と耕作が声にする前に、太助は木下三郎に連絡を入れていた。
「すまないな、遅い時間に。至急、第一艦橋に来てもらえないか。申し訳ない」
 連絡し終えると、太助は耕作に向けて歯を見せて笑った。



(20)
「この部分ですね。このレリーフはスライドするようにできているんです」
 ファイルを抱えた木下三郎が艦長席のいくつかのキーを押すと、レリーフがきれいに横へスライドしていった。
「初めからそうなっていればいいのに、このヤマトは所々、旧ヤマトを引き継いでいるところがあるんです」
 三郎は、ファイルにチェックを入れて、頭をかいた。
「愛着かな」
 太助は、レリーフを見上げて言うと、
「旧ヤマト乗組員の皆さんは、いつかは戻りたいと思っているのでは?」
と、答えるように大村耕作はつぶやいた。
「そうですね。私も多少強引でしたが、月基地司令をおりました。そうでもしないとここへ戻れなかった。私の場合はヤマト再建計画を早めに知っていたからできましたけど」
 太助は自分の席に戻り、機関部のチェックをし始めた。ふと顔を上げると、大村耕作にいろいろ説明している三郎に声をかけた。
「技師長、ありがとう」
「いえ、いいんです。また、そういうことがあったら、呼んで下さい。こういう思いのある作品はとても好きなんです。そんなに愛されていた艦だったんですね」
 戦艦のことを作品と言って、芸術品のように扱っている三郎の横顔を耕作は見つめていた。
(この艦は宇宙戦艦ヤマト……地球人類が特別に思っている艦なのだ)


「そうですか。ありがとうございます」
 第一艦橋の耕作から報告を受けた進は、体を全体をイスに預け、天井を見上げた。
(沖田さん、あなたの魂は今はどこにいるのですか。ヤマトですか? それとも地球ですか?)



 翌日、発進前のヤマトに政府関係者がやってきた。
「艦長、この忙しい時に何でしょうか?」
 進は耕作の疑問に答えることなく、艦長室に迎えることを伝えた。
「大村さん、あなたも同席してください。何を伝えに来たのか、あなたにも知っておいてもらいたいので」
 大統領名代として事務官と大会議室で進に語りかけていた年老いた議長がやってきて、進に一通の書類を手渡した。
「真田長官がどうしてもあなたに預けたいと、先ほどまで政府・軍の関係者で話し合いをしていました」
 一読した進は、顔を上げた。
「この第三次移民船団の三億の人々が、我々地球人類の中心となるでしょう。あなたにこの三億人を守ってもらいたい。どんなことがあっても。どんなことをしても」
 耕作は、その言葉を静かに聞いている進の姿に驚いていた。
(どんなどんなことをしても……)
 耕作にも、手紙の内容の察しがついた。大きな判断をする時に進に全権を委ねるということが書かれているのだろうと。
「あなたは誰のために、何のために戦うのか、人類を守るのか、それはあなたの自由です、古代艦長。しかし、どんなことがあっても、第三次移民船団に乗っている三億の人々を守ってほしいのです」


 進は一言も異論も同意の言葉も言わず、客人を帰した。
「大村さん、昨日、私は三年前だったら、三億の移民の人の中にいると言いましたね。もしかしたら、私は地球に残る人々を選んだかもしれない……妻と娘を連れて、ピクニックへ行ったり、地球の動植物たちに別れをしに出かけたり……」
(艦長……)

「地球最後の日が来たら? 今度こそは、地球に残るよ」
 地上勤務を続ける進に、ユキが質問をかけると、進はすぐに答えを返した。ユキは進の答えを笑った。
「ダメよ、あなたはそう言っていても、誰よりも先に宇宙へ出て、そして、最後まであきらめないんだから」

 一人思い出し笑いをしている進を、耕作は静かに見守っていた。
「妻がいたら、笑われますね。一番あきらめの悪い人だと言われるんだろうな」
 進は手にしていた封書を内ポケットに入れると、時計を見た。
「それでは大村さん、発進準備に入ります」
 耕作は頷くと、胸に拳をあてて進に敬礼をし、艦長室を出た。


 進は目を閉じ、ヤマトの発進の過程を思い出していた。進の頭の中に沖田十三のヤマト発進の声が響く。進は目を開けた。
(沖田さん、行きます)
 進は座席昇降のボタンを押した。


(21)
(艦長……)
 上条了は下りてきた進に敬礼をしながら、進の言葉を思い出していた。
「あの艦はたくさんの君の仲間がいた所だ。あの艦はまだ生きている。……君が再び戻って、あの艦を連れ戻すんだよ」
(古代艦長、あなたは戻ってきたんですね、ヤマトに)
 了は訓示している進の顔を見つめ続けた。了の体は固くなった。
 その了の体をほぐすかのように、大村耕作の手が了の肩にあたる。了が耕作の顔を見ると、耕作は頷いた。了は耕作だけでなく、第一艦橋のメインスタッフたちを見渡した。皆、今までにない、緊張した面持ちで、進の言葉を聞いている。了は耕作の言葉を思い出した。
(地球人類の願いを受けて、ヤマトは再び旅立つのだ……)
 


 佐渡酒造は、画面に映る第三次移民船団を、盃を重ねつつ観ていた。
(ヤマト……)
 アクエリアス氷塊のドッグから発進したヤマトの姿が映し出されると、酒造はつばを飲み込んだ。酒を飲んだ潤んでいるはずののどがカラカラになっていた。
(沖田艦長、古代が旅立つよ、あんたの息子の古代進が。あんたが昔、地球人類の運命を背負ってイスカンダルへ向かっていったのと同じように、古代もまた、人類の運命を、希望を背負って、旅立っていく……)
 酒造は目をこすった。
 パシーンと酒造の部屋のドアが開いた。
「美雪ちゃん……」
 開いたドアの隙間から、カバンを手にした美雪がぺこりと頭を下げて現れた。
「お、おとうさんが護衛をする第三次移民団の移民船に乗ったんじゃ……」
 美雪はもう一度頭を深く下げた。
「ごめんなさい、佐渡先生。私、もう少し地球に残りたい。この目や体を使って、ちゃんと地球を憶えておきたいの」
 酒造は少しずれた眼鏡を手で直すと、頭をかいた。
「すっかり忘れ取ったわ。おまえさんはあの古代進とユキの娘じゃったな」
 美雪は佐渡酒造の笑顔を見て、小さく頷いた。
「おとうさん、必ず帰って来ますよね」
「ああ、帰ってくるさ。あの男も地球が大好きだからな。そして、一番大事な美雪ちゃんを迎えにくるよ。おまえさんのおとうさんだから」
 美雪は画面に映るヤマトの姿を見た。
(あれが宇宙戦艦ヤマト……おとうさんがずっと忘れることができなかったヤマト……)
 美雪は大船団の先頭を行くヤマトの姿を食い入るように見つめた。

(そうだ、古代、お前は父親になったんだったな)
 酒造はヤマトの映像をまばたきせずに見つめている美雪を見ながら、次の盃を口元へ運んだ。
Lacrimosa ラクリモサ 後編 完

 


なぜ、この話を書いたのか、知りたい方はこちらを読んでください。
SORAMIMI

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