「想人」第十九話 星が永遠を照らしてる
(1)
ユウとエリシュカ、二人の旅も三日目に入っていた。寝る以外のほとんどの時間は移動に費やされていた。
ユウはサグから降りると、木に寄りかかった。エリシュカは黙々と乾燥している場所を探していた。二人とも疲れていた。
「ユウ、今日はあなたがこっちに寝た方がいい」
ユウはハンモック式の寝具をエリシュカに貸していた。しかし、旅なれないユウの方が明らかに疲れが重なっていた。
「少し、急ぎすぎたか」
エリシュカの漏らした言葉をユウは見逃さなかった。
「大丈夫だよ、エリシュカ。さすがに一日目は大変だったけれど。慣れてきた」
エリシュカは何も言わず、サグを近くの木につなぐと、もう一匹の荷物を積んでいたラダから荷物を降ろし始めた。
ユウはその様子をただみつめているだけだった。それほど疲れ果てていた。
「私はラダとたちと寝る。彼らも疲れている。今日はみんなしっかり寝る。ユウもだ」
エリシュカの言葉に、ユウは小さく頷いた。
ユウは乗りやすいサグの方に乗っていたが、スヴァンホルムの館からイシュ・ファ・アロ(うぶすなの島)、そしてその後の旅、慣れないトナティカの環境はユウの体力を奪っていた。
エリシュカは作業の手を休めると、腰につけていた袋からビー玉のような玉を出し、ユウの前に差し出した。
「昨日の夜から、疲れすぎて食事も食べられなくなっているだろう。ラダの乳の飴だ」
「ありがとう」
ユウが口に含むのを見届けると、エリシュカは微笑んだ。
「ユウ、今日はもう寝た方がいい。お腹がすいたら、今朝渡した非常食を食べればいい」
エリシュカはそういい終わるとラダの側に戻り、ハンモックの準備をしだした。ユウは自分の体のことを見透かされていることを良しとは思えずにいた。
「エリシュカ」
ユウは「それは自分が」と言いかけたが、やめた。口の中にラダのミルクの香りと甘さが広がっていた。程よい甘さに満たされたものの、その場に座り込むともう、立ち上がることすら面倒なくらい体が言う事を聞かなくなっていた。
「ユウ、こっちで寝なさい」
ユウは、ふっと息を吐いて、立ち上がった。
「今日はこの毛布に包まって寝るといい」
エリシュカは自分が使っている毛布をユウに渡した。
「でも……」
「イロニアワの毛でできている。柔らかくて気持ちがいい」
エイシュカの笑顔に、ユウはつい頷いてしまった。
「ユウ、今日はとにかく寝て。ここは私たちのエリアに近い。あと一日だ」
(あと一日)
ユウは毛布に包まると、頬に当たる毛の感触を楽しんだ。毛布は動物の匂いとほんのり甘い香りがした。
ユウは木々の間から見える星がちかちかと瞬くのを眺めながら、だんだんと深い眠りに入っていった。
「おえっ、えっ」
エイシュカは目を開けて周りを見渡した。隣で寝ていたラダがエリシュカの頬をなめる。
エリシュカは腰の小刀に右手を持っていくと、音の方向へ体を移動させる。
「ユウ……」
ハンモックから下り、木の根元に手を突きながら、体をかがめて吐いているユウがいた。
(2)
「大丈夫か」
エリシュカはユウの後ろから抱きかかえるように体を支えていた。
「う…ん、吐いたら治まってきた」
ユウは木にもたれながら、息を整えていた。
「そうか」
エリシュカはユウの体に回していた腕をほどくと、ぱっと身をひるがえし、ラダたちの方へ駆けていった。そして、水筒を手にすると、ユウの許へ戻ってきた。
「水で口の中を洗った方がいい」
「ありがとう」
ユウはできる限りの笑顔で応えた。含んだ水を吐くユウを黙って見守っていたエリシュカは、「とにかく寝なさい」とそう言うと、ラダたちの側にまた戻っていった。エリシュカが戻ってきたことで安心したのか、立ち上がっていたラダとサグは、また座り、エリシュカに寄り添いながら寝始めた。
もう一度口をすすぐと、ユウは重い体をハンモックの中に押し上げ、エリシュカの毛布を体に巻きつけた。
エリシュカの毛布の心地よさにユウは顔を埋めた。
ユウが目覚めると、すでに日は高く上っていた。なるべく火を使わなかったエリシュカは火をおこしていて、鍋を火にかけ、かき混ぜていた。ユウが病気になると、母が帰ってきてユウの世話をしてくれた。幼いユウは、その母の看病は病気のご褒美のように思っていた。父は完全にユウの側から追い払われていた。時折、覗きにくる父を見つけると、母は怒っていた。そんな時の父は、子どものように拗ねていた。そんなやり取りを見ていると、ユウは自分が母を独り占めしていると、うれしく思ったものだった。
(でも……)
きっとそれも、父の優しさだったのだと、今は思える。
「エリシュカ、どうして」
ユウは「どうして起こしてくれなかったのだ」と「どうして火を使っているのか」と言おうとしていたが、エリシュカが混ぜていた鍋の中がとろりとしているのを見て、言葉を止めた。エリシュカは長い時間、鍋を混ぜ続け、ユウのために軟らかく煮込んでいたのだった。
「ラフトよ。食べたことある?」
ユウは鍋の香りを吸った。昨日のラダのミルクの飴と同じ匂いだった。
「ああ」
「よかった。ラダの飴と干飯で作ったから、あまりおいしくないかもしれない」
ユウは頭を振った。
「ラフトは好きだよ。僕が病気の時、母はよくラフトに似たものを作ってくれた」
「そう、ならよかった」
エリシュカは椀に鍋の中身を少しずついれていった。それが、少し熱いのをさまそうとしてそうしているのだと、ユウは気づいた。
「ユウのお母さんはどんな人か」
ユウはエリシュカから渡された椀を両手で抱え、返事を考えた。
「きれいで、優しい人だった。たぶん、この星にいる。母はボラーの侵攻の時、この星に残ったんだ」
「そうか」
エリシュカは鍋を石の上に置くと、更に冷まそうとかき混ぜていた。
ユウは、ユウの答えにそれ以上入ってこないエリシュカの様子から、彼女がそんな地球人の女性に会ったことがなかったのだろうと察した。
「エリシュカ、君のお母さんは」
エリシュカの手が止まった。
「お母さん……あの三年前のボラーの攻撃で亡くなった……トナティカのことをたくさん教えてくれたお母さんだった」
エリシュカは頭を下げた。
「そうなんだ」
ユウは椀に口を当て、とろりとした液体を流し込んだ。熱い液体が喉の奥に流れていった。
二人はそのあと無言でラフトを食べた。
エリシュカの頬に涙が流れていた。
ユウは涙が流れないよう、目を押さえた。
(3)
ラフトを食べた二人は火の痕跡を隠すと、急いで出発した。エリシュカはどうやら日が暮れるまでに着きたいようで、ユウを振り返りながらも今まで以上のペースでラダを操り、森の中を疾走させていた。
山に近づいたせいか、日が暮れるのが早い。休むのはラダたちに水を飲ませる時だけだった。
そんなエリシュカの操るラダが足踏みをして、歩みを止めた。前方には土の壁のようなものが続いていた。
「入り口はここだ」
エリシュカは目の前の行き止まりを指差した。
「えっ」
ユウはあたりを見渡した。日が暮れて、もうほとんど周りの景色はよくわからなかったが、左右は木が迫って、今までの風景とさほど変わらない。ただ目の前には砂防ダムのような人工物が道を阻んでいた。
「この壁が入り口?」
ユウは歩み寄り、冷たい壁を触れてみる。
「ふふ。それはいつか壊せば入り口になるかもしれないけれど、今の入り口は森の中」
エリシュカはラダから降り、手綱を引っ張り、森の中へ入っていった。
「暗いね」
あたりを見渡していた歩くユウの言葉にエリシュカは答えず、ただひたすら、盛り土の壁に沿って生える木々の間を進んでいった。
明かりもつけず進むエリシュカの後ろを、ユウは左右から伸びている枝を腕で払いながらついて行く。
「少し待って」
エリシュカはラダの手綱をユウに渡すと、盛り土の壁に手をやり、何かを探すように手を左右に動かした。そして、目的の物を見つけたのか、エリシュカは小さなライトでその部分を照らし、小刀の柄でトントンと叩き出した。ユウにはさっぱりその違いがわかならなかったが、エリシュカは長方形の形をたどりながら叩いていった。
「ユウ、手伝って」
上の部分は届かないらしく、エリシュカは小さなライトでその部分を照らし、指差した。
エリシュカの指示通り小刀の柄で叩いたところは、何かの固形の物が埋まっている。
エリシュカは一箇所を手でこすり、そこに埋まっていた輪のようなものを掘り出すと、小刀を差し込んだ。
「一緒に引っ張って」
エリシュカは輪に突っ込んだ小刀を左右の手で握り締めた。ユウもエリシュカの横に立つとエリシュカの手の上に手をかけた。
「いくよ」
二人はタイミングを合わせ、引っ張り始める。一度目はぴくりとも輪は動かなかった。
「もう一回」
「ああ」
「エア、イィ、ヤ(1,2,3)」
ユウは目を閉じ、歯を食いしばり、腰を低くし、腕に力を込めた。
ググ
輪は鎖で止まっていたようで、鎖が少し引き出された。
「ダメだった?」
ユウは息を整えた。
「いや、うまくいった」
エリシュカはにこりと笑った。
「それで本国は何と言っているんだ」
スヴァンホルムは通信士の通信の解読を待っていた。
「はい、ガルマンガミラスの艦隊がかなりトナティカ方面に集結していること。そして、トナティカ死守すべしと」
スヴァンホルムは小さなため息をついた。
「我々はこの地に這いずり回っていろということか」
そのやり取りを見ていた武官の一人が「それでは、我々は」と声を出した。それに応えるように、隣の武官も声をあげた。
「一度衛星軌道まで全艦で上がって、体勢を整えるべきです。トナティカでの不明なエネルギー反応を示す地区には上空から攻撃を加え……」
「我々はこのままだ」
スヴァンホルムは言葉をさえぎった。
そして、もう一度つぶやいた。
「このままだ」
(4)
ギィイイイ
鎖が引き出されることによって鍵が外れるようになっていたのか、大きな板はエリシュカが押すと簡単に中に開いていった。
「さ、おいで」
エリシュカがサグたちに呼びかける。前向きではないサグたちは、エリシュカに手綱を引かれてやっと中へ足を向けることができた。
「ユウ、その扉を元に戻して」
「ああ、こうかな」
ユウは厚い鉄板のような扉を押して戻す。
「そう、今度はその扉の近くの輪を引いて」
扉の近くに、磨かれた金属の輪が出ている。
「軽いから気をつけて」
エリシュカが微笑む。
ユウがそれを引っ張るとガラガラと音を立てて、鎖が出てきた。それは鍵が壊れてしまったのかのように少しの力で引くことができた。
ユウは顔を上げた。ほのかにライトが点在していて、ずっと先まで照らしている。コンクリートでできた下水道のトンネルのようだった。
二人はそのまま手綱を引いて歩いていった。少し歩くと小さな小屋があり、エリシュカはその手前で荷物をサグたちからおろし始めた。
「ここからは、バイクで行く」
「バイク?」
「そう。荷物は背負えるだけのものを持っていく。後はサグたちにまかせる。彼らはゆっくりついてくる」
ユウは大木佳数が用意してくれた荷物をそのまま背負った。
エリシュカが笑った。
「必要なものだけでいいんだが……いいだろう。振り落とされないように、しっかりつかまっていれば、大丈夫」
エリシュカは小屋の中に入っていって、一台のマシーンを引っ張り出してきた。地球のバイクを更に流線型にしたような形の代物だった。
ヒュー
何かファンが回りだすような音を立てて、バイクのエンジンが動き出した。エリシュカはさっとバイクにまたいだ。
「さあ、ちゃんと捕まって」
エリシュカがユウの手をつかみ、ウエストあたりでしっかりつかむように手を誘導させる。
「行く」
エリシュカの声とともに、バイクが動き出す。前面の流線型のガラスで覆っている部分にはいろいろな表示が現われている。明らかにトナティカにとってはオーバーテクノロジーの物であった。そして、それを操るエリシュカは、ただ、トナティカで生まれ育った者ではなく、ガミラスの科学の中に多少は身を置いていることが明確である。
ユウは風圧に負けまいと、体をエリシュカに寄せ、エリシュカの動きに合わせて、体の重心を動かした。
トンネルのサイドに点在しているライトが進むごとに明るくなる。無限にそれが続くと思っていると、今度は黒い点が大きくなり、二人の目の前に闇が広がっていった。
エリシュカは闇に囲まれると、バイクを止めた。
ヒュー……
バイクの音が途切れ、バイクが倒れないように固定すると、エリシュカはぎゅっと力が入っているユウの手をとんとんと叩いた。
振り向いたエリシュカが頷くのを見て、ユウは手をはずし、バイクから降りた。周りの暗闇に目が慣れるまで待った。少しずつ大きな建造物の塊があるのが見え、天井が高い。天井から何かが垂れ下がっているし、木のように天井に向かって伸びている塊もある。ここがドックか大規模な工場のようなところではないかとユウは判断した。
振り返ると、今まで来たライトが点いていたトンネルもすでに閉ざされていて、もう、どこから入ったのかもわからなかくなっていた。
「こっちだ」
ユウはエリシュカに腕を取られると、バランスを崩しそうになった。それでもエリシュカはおかまいなしで、大きな壁までユウを引っ張っていった。
エリシュカが壁に向かって手をかざすと、壁の一部が光る。ぼんやりとした光源の中、パネルが浮かび上がった。エリシュカは慣れた手つきでパネルに映るボタンを押していった。
トン
最後に手のひら全体でパネルを叩くと、正面の部分が三つに割れて開いていった。
(ドアだ)
ユウはエリシュカについていく。
(それもこれは)
ドアが閉じると、上に移動していることがわかる。
ドアが再び三つに割れて開いていくと、そこには銃を持った男が二人立っていた。後ろで髪を束ねている、トナティカの青年である。
「エリシュカ様、お帰りなさい。ブライズ様がお待ちですよ」
エリシュカの姿を確認すると、男はにこりとした。
「父には、地球人を一人連れてきたと伝えて。父は今どこ?」
「先ほどから皆様が集まって会議をされております。たぶんまだ会議中かと」
エリシュカは頷いた。
(5)
ユウはすたすたと歩いていくエリシュカの後を追った。
「会議って?」
ユウの言葉にエリシュカが振り向いた。エリシュカは目を伏せて、少し考えてから話し出した。
「この艦(ふね)を今後どう運用するか、話し合っている」
(艦(ふね)……)
ユウは歩きながら、艦内通路の左右を見渡した。明らかにトナティカの意匠でなく、地球の意匠でもない。艦内はライトがうっすらと点いているだけで、『艦内』だと言われなければ、艦(ふね)の中かどうかもわからないくらい静かであった。
「この部屋は狭いが、私と父の私室だ」
先ほどの壁と同じようにエリシュカが壁に手をかざすと、パネルが光って浮かび上がった。そして、最後に手のひらをパネルに広げた。
「とりあえず、シャワーを浴びて、休んでおこう。私たちが必要ならば、連絡がくる」
静かに話すエリシュカの言葉にユウも頷いた。
「そうだね」
エリシュカは部屋の中に入ると、服を出したり、タオルを出したりせわしく動き回った。
「これは、着替えの服。父は今でもガミラス式の衣服を愛用している。着心地はよくないかもしれない」
エリシュカはうつむき、目を伏せた。
「あとでこの艦内で皆が着ている服を用意する。それまでこれを着て。それから」
エリシュカはまた壁に手をかざす。
「ここがシャワールーム。このパネルのボタンで操作する。湯の温度はこのボタンで、お湯を出すときはこっち。水の勢いはその横……」
それからエリシュカはドーナッツ型の物を差し出した。
「私の石鹸だ。トナティカのものだから、使い方はわかるか?」
「ああ」
エリシュカは返事だけで受け取らないユウの手をつかみ、石鹸をユウの手に押し込んだ。
「呼ばれたら、会議にすぐいくことになる。神聖な会議だ。身だしなみはきちんとして行かなければならない」
ユウは小さく頷いた。
「ありがとう、エリシュカ」
ユウはシャツを広げてみる。エリシュカが用意した服は、ユウにとって身幅広めだった。見慣れない服を一つずつ広げながら、ユウは服を確認した。
シャワーを浴びた後、シャツまではなんとか一人で着ることができたが、上着は見慣れない合わせ方で、ユウにはその着方がさっぱりわからなかった。
「もう少し興味を持っておくべきだったな」
地球にはガミラスの資料がいくつかある。ただ、それらのものには少なからず進が関わっていることが多く、深入りすることを避けていた。
シュッ
シャワールームのドアが開き、バスローブらしきものをまとったエリシュカが出てくる。
シャツをはおって、ズボンもベルトのかけ方がわからず、ずっと手でウエスト部分を持っていたユウの姿を見て、エリシュカも察しがついたようだった。
「すまない」
エリシュカはそう言って、ユウの着ていたシャツのボタンをはめ始めた。細くて長い指が、ボタンをきれいにはめていく。エリシュカの女性らしい一面を目の当たりにして、ユウはどきりとした。
慣れた手つきで、シャツをズボンの中に納めようとするので、ユウは遠慮した。
「それは自分で」
エリシュカが父親の身の回りをやっていただろうことは理解できたが、ユウは多少いつもよりしわを気にしつつ、シャツのズボンの中へ押し入れた。
「ベルトはここがボタンになったいる」
エリシュカの指先が伸びてくる。
「えっ」
ユウは腹部に力を入れた。
ベルトが閉まるとシャツがきちんと収まり、見栄えだけはずいぶんよくなった。
「これを」
エリシュカに上着を勧められたが、ユウは断った。エリシュカはそれ以上何も言わず、シャワールームへ戻っていった。
エリシュカは着替えを済ませて出てくると、今度はインターフォンを使って艦内のどこかへ通話し始めた。
「したくはできました」
そして、返ってきた言葉に「わかりました」と答えると、エリシュカはユウを見た。
「会議に出て欲しいそうだ。行くか?」
ユウは頷いた。
(6)
扉が開くと、薄暗い広い部屋の中に、大勢の人がくっつきあって座っていた。部屋の中は、正面のパネルからの光が唯一の光源で、パネルの近くに立つ数人の姿だけがぼんやりと浮かんでいた。
(オウルフ……)
その姿が浮かび上がっている見える数人を見ていたユウは、思わず声に出しそうになった。
「それでは、エリシュカが連れてきた隣人を紹介しよう」
肌の色が青い男が、一歩進み出た。
「進んで」
エリシュカは人をかき分けて進むようにとユウを促した。
ユウは進みながらも左右の人々の顔をちらりちらりと見た。大勢いる人たちは、そのほとんどがトナティカの人であるらしく、髪を束ねている。
明るいパネルの前にたどり着くと、ユウは、オウルフを見た。
(やっぱり……)
「自己紹介して、ユウ。トナティカの言葉なら、大体の人がわかる」
エリシュカが声をかけるが、ユウはそこにいる人々がじっと自分の挙動を見ていることが気に掛かり、言葉を切り出すことがなかなかできなかった。
「名前を言えばいい、出身と」
エリシュカがユウの背中をぽんと軽く叩いてきた。
「あ、僕は地球人です。森ユウといいます」
ユウはそれだけ言うと、小さく息を吐いた。
「私が補足しよう」
そう話しだしたのはオウルフだった。
「彼は地球の軍人だ。あのヤマトがトナティカに近づいた時に、ボラーの攻撃に巻き込まれ、ボラーの捕虜になっていた」
そう言い終えると、オウルフはユウを見た。何かを言うようにと促しているようだったが、ユウは自分から話を出すことを控えることにした。
「そう、大事なことを言わねばなるまい。彼はあのヤマトの古代艦長の息子でもある。ボラーの館からトナティカの少年たちが開放されたあとも館に残っていたスヴァンホルムの元に……そうだな」
ユウは顔を少し伏せた。
(エリシュカはどう思ったのだろうか)
そう考えながらも、顔を上げると「はい」と返事をして、そのあとは口をよこ一文字に閉じた。
「それでは地球人の隣人よ、彼に説明を。我々には時間が少ない。やるべきことを粛々とこなしていこう。今日はこれで解散しよう」
大勢の者たちからは声はしない。だが、皆が大きくうなづいているのをユウは感じていた。
ユウはオウルフを見た。オウルフは傍らに駆け寄ってきた男二人と話している。そして、その男たちは「それでは、ヤン・シュシュカ(闘いの賢者)」と言って頭を下げた。
(闘いの賢者……)
「オウルフさん、ちょ、ちょっと待ってください」
駆け寄ろうとしたユウの目の前に、先ほどオウルフと話していた二人が阻むようにユウの目の前に入り込んできた。
「日本語通じますか」
そう言って、ニコリと笑顔を見せる男は、日本人らしかった。
「え、ええ」
「それでは、日本語で話しましょう。私たちは南部の者です」
「南部?」
「はい、南部グループの社員です」
ユウは目をパチクリさせた。
「民間人で残った人がいたんですか」
「ええ、まあ、地球人で残留してしまった民間人はそんなにはいません。我々は偶然、この二ノ谷の奥にある採掘場を調べているときでした」
「そう…そうだったんですか」
「あなたのお父様には迷惑がかからないようにというのが社長からの命令でしたから、退去命令が出たときは、残留の希望を出して、通信を切りました」
「そんな」
もう一人の男も微笑んでいた。
「覚悟していましたから」
「それでも……」
二人は頷きあってから、ユウにもう一度、笑顔を向けた。
「この話はこれで終いにしましょう。我々から、お願いがあります」
「な、なんでしょう」
「地球人で操縦に長けている人がいなくて、艦載機のコンピュータに、地球の言語で複雑な飛行データを入れることができていないんです」
「どういうことですか?」
「ここは、トナティカの人だけでなく、少数ですが、ガミラスやボラーの人たちもいます。もちろん地球人も。ですから、誰でも扱えるように、自分たちが使っている言語で動かすことができるように、自分たちの言語のデータや飛行パターンなどを集めているんです。でも、地球人は簡単な機種しか操縦できない者ばかりなので、まだデータ不足なんです」
「僕でいいんですか」
ユウの言葉に二人が同時に返事をした。
「ええ」
二人の屈託のない笑顔に対して、ユウは苦笑いをして答えた。
(7)
「何ですか? オウルフ」
傍らにうずくまっていた女は、オウルフの気配に対して、顔を上げた。
「彼に直接会ってもらえませんか」
「私が、ですか?」
「そうです。そして、引き止めていただきたい」
「引き止める……」
オウルフは女の前に座り、目線を合わせた。そして、小さな声でつぶやいた。
「彼はスヴァンホルムに直談判するつもりです。この星での戦いを止めるために」
「戦いを止めるため……」
女は体を覆っていた布をさらに体に巻きつけた。
「オウルフよ、彼は一度言い出したら、やり通すでしょう。私が何と言っても」
「それでも、会って話してください。ヴィ・クァ・アンファーブ」
女は返事をせずに、ただ目を伏せた。
「うーん」
シュミレーターのボックスから出てヘルメットを外したユウは、背を伸ばした。
「お疲れさま」
南部の社員の一人である榊郁夫が声をかけてきた。
「どうでしたか?」と郁夫に尋ねられると、ユウは少しうつむき、少し間を置いてから答えた。
「最初に墜落してしまったり……不慣れとはいえ、すみません」
「長旅で疲れていらしたのでしょう。地球のシュミレーターとは違うし、本当に無理なお願いをして、すみません」
郁夫はにこやかな顔を崩さず、そして、頭をしっかり下げた。
「ありがとうございます。今までで一番上手に飛ばせていましたよ。今、アルトゥールがデータを細かく確認しています」
「それならいいんですけど……」
ユウはため息をついた。
「自信持ってください。今日の飛行データを元に、今から新しいデータを作っていきます。また明日の朝、お願いしてもいいですか」
「構いません。今のところ、僕は何も言われていないし」
郁夫は腕時計を見ると、ユウに微笑んだ。
「多分、あと地球時間で40時間ほどで私たちのミッションは始まります。人手が足りないんです。あなたにやってもらいたい仕事はたくさんあります」
郁夫の向こうに、ユウはエリシュカの姿を見つけた。気づいた郁夫は、「ああ、そうそう」と言葉を続けた。
「彼女、あなたが終わるのを待っていました。それでは、ユウ君、明日の朝もお願いしますね」
榊郁夫はエリシュカに手を上げて合図を送ると、シュミレーターの外部の画面をずっと見ていたもう一人の社員のアルトゥール・カルツのもとに向かっていった。
「エリシュカ」
ユウはエリシュカに手を振るが、エリシュカはニコリともしない。ユウはじっと自分のことを見ているエリシュカの所へ近づいていった。
「エリシュカ、どうしたの?」
ユウが触れようとした手を逃れるように身をひるがえすと、エリシュカは歩き出した。そして、一旦立ち止まると、振り返った。
「父や他の賢者たちの命令よ。黙ってついてきて」
ユウは「命令」という言葉に不安をおぼえつつ、エリシュカの後ろをついていった。
(8)
(賢者たちの命令……)
その言葉の意味を考えながら、ユウは居住区画のある長い廊下をエリシュカと歩いた。
天井のライトの光がかなり強さを抑えられているために、新しいはずのこの艦内は古びた船のように重く暗い。電力は地熱使って蓄電しているといい、この地は地殻の不安定さもあることから、ボラーの警戒心も薄いということだった。
ユウは歩きながら、オウルフのことを考えていた。
(オウルフは自分のことを知っていて、何も言わず去り、そして、ここでは、古代進の息子であること、スヴァンホルムの元にいたことを、皆に話す……なぜ……)
「エリシュカ」
ユウは急ぐエリシュカを呼び止めた。
「賢者と呼ばれている人はどういう…」
そう言いかけたユウの言葉をさえぎるようにエリシュカが答えた。
「賢者というのは、トナティカの昔、争いが絶えなかった時に現れ、トナティカの人々が穏やかに暮らせるようにと話し合った者たちのことだ。今は、それになぞらえて、トナティカのことを愛し、仲間となった他の星の人たちのことをそう呼んでいる」
「そうなんだ……」
エリシュカは止まることなく、スタスタと進んでいく。ユウは遅れまいとエリシュカのあとを追いかけた。
エリシュカの話は続いた。
「ボラーの一斉攻撃があったあと、故郷へ帰れなくなった人たちが何度か集まった。トナティカの人たちも集まるようになり、皆で話し合った。元の平和な生活がしたいと願い……戦うことに決めたのだ」
「昔は戦いをやめるために集まったのに?」
「個々に戦わないように、オウルフが各部族に伝えた。そして、これはトナティカの人たちが出した結論だ」
ユウはエリシュカの横に並び、エリシュカの目を見た。
「でも、戦いをすれば」
「皆で決めたことだ」
エリシュカはそう言い切ると、さらに足早に歩を進めた。
「ユウ、ここ」
「あ、えっ」
不意のエリシュカの言葉に、ユウは戸惑った。
「明日の朝、また迎えにくる」
「どういうこと?」
ユウの言葉にエリシュカは「中に入って」と冷たく答えるだけだった。
ユウはもう一度聞くことをやめた。
エリシュカは壁に手をやり、光を点滅するのを確認すると、中指の腹をその光に近づけた。
「じゃあ」
ドアが開き始めると同時にエリシュカは踵を返し、急いで去っていってしまった。
(エリシュカ……)
ユウはエリシュカの後ろ姿をちらりと見送りながらも、開いたドアのむこうを覗いた。
(人? 女の人?)
暗い廊下以上に、部屋の中は暗かったが、そこには確かに人影があった。
ユウは暗い部屋に足を踏み入れた。
ドアが閉じると、ほとんど真っ暗な部屋になった。ただ、部屋の入口の壁に一つだけ、コントロールパネルらしき物が仄かな光を放っているだけだった。
やがて、暗さにも目が慣れてくると、その人物のシルエットが明確になっていった。
「あなたは……」
ユウの言葉にうなづいて、女は頭から布をそっと外した。そして、ユウの眼前に一歩ずつ、ゆっくり進み出た。
(9)
「大きくなったのね」
女はユウの頬に手を伸ばした。ユウは自分の頬に触れるその手に、自分の手を重ねた。
ユウはその時、自分の背が随分伸びたことに気がついた。同じくらいの目線だったはずが、いつの間にか上から見下ろしている。
白い肌は、昔より更に白く感じられ、長いまつげは更に長く、瞳の輝きを覆い隠していた。
ユウは女の首筋から胸にかけて、ケロイド状になっているやけどのあとに気づいた。女はユウの視線を気にして、また布を体に巻きつけた。
「お母さん」
その言葉に、女は微笑みを返した。
「お母さん……」
布端を掴んでいる長くしなやかな指は白く、青い血管が目立っていた。
ユウはそれ以上何も言えず、ただ立ち尽くしていた。
「元気そうで……よかった」
女の手がユウの首にそっと巻かれ、ユウは抱きしめられた。ユウは女の胸に頭を委ねた。
「お母さん」
ユウは母の手が顔に触れるのも嫌がらず、その感触を心地よく感じていた。
女の手がユウの頬を拭うように触れる。ユウは涙を流していたことに気づいた。
ユウは女の体から離れ、自分の手でその涙を拭った。
「お父さんに、また似てきたわね」
ユウは小さく首を振った。
そして、ふたりは、また向かい合ったまま、お互いを見つめた。
「あの人は元気?」
その言葉に、ユウは答えることができず、目を伏せた。
ユウの表情で察した女は、「そう……」と、小さくつぶやいた。
「トナティカから地球に帰った時に入院をして、そして、ヤマトに乗っているときにも再発して、手術をしたんだ」
「佐渡先生が」
「うん」
「あなたもそばにいたのでしょう。なら、大丈夫」
ユウは首を振った。
「地球に帰ってから、艦長とはずっと暮らしていないんだ。ヤマトで再び会うまで」
女は何も言わず、ユウの頭を撫でた。
ユウが顔を上げると、目の前に優しい眼差しがあった。
「お母さん」
ユウは涙をぐっとこらえた。それでも、涙腺がバカになってしまったのか、涙があふれ出る。
「あなたたちは、ヤマトで一緒に過ごせたのね」
「うん」
ユウの目の前の母・森ユキは、ユウの頬を撫でた。
(10)
「お母さん、お母さんは……」
ユウがそう言いかけると、ユキはユウにベッドに座る事を勧めた。
ユウが座ると、ユキもその横に座った。
ユキは、ユキの細かな動作一つ一つを逃さまいと見ているユウに笑顔を返した。
「あの時、あなたのお父さんと別れたあと、イシュタルムと私は森の火事に巻き込まれたの。イシュタルムは私をかばって、かなりひどいやけどを負ってしまった……彼女は体だけではなく、心にも傷を負ってしまった」
「イシュタルムは、今、どうしているの」
「イシュは」
ユキはそこで言葉を止めた。口をぐっと閉じて、目からの涙をこらえているようだった。
「彼女の心はどこか遠くに行ってしまった。今はそれを取り戻そうとしているのかもしれない」
ユキはユウの体に手を回し、肩を抱き寄せた。
「私はイシュの代わりにアンファーブとしてトナティカの人たちの中で暮らしていたの」
「アンファーブ」
ユキは小さく頷いた。
「アンファーブ……出産を取り仕切る者として、産み月がくればうぶすなの島に、そうではないときは、親からはぐれてしまった子どもたちの世話をしていたのよ」
「そうなんだ」
「私はあなたほどうまくトナティカの言葉をしゃべることができなかったから、しゃべる事ができない人のように振舞っていたこともあった」
ユウは母の顔を見る。母がそれに応えて微笑む。
「歩(あゆみ)はどうしていたの」
「僕は……地球に戻って、とにかく宇宙へ出るために、宇宙戦士訓練学校に入って……そして、お父さんの艦・ヤマトに配属になったんだ」
ユウはそれ以上のことが言葉にできず、口を閉ざした。言葉にしようとすると、たくさんの人の顔を浮かび、逆に言葉にならなかった。
ユキはユウの頭をそっと撫でた。
「いろいろあったのね、ヤマトで」
「うん……艦長であるお父さんは…お父さんであって、お父さんじゃない…でもどちらも好きだ…そして、みんなも…」
温かいぬくもりと懐かしい感触の中、ユウの意識はだんだんかすんでいった。
ユウの頭の中に、幼い頃の記憶が浮かぶ……
ユウが寝ているベッドの隅に、父と母が肩を寄せて座っている。それは、今、母が自分を抱き寄せているように、母が父を抱き寄せている。
「沖田さんなら……」
父の言葉のその後は聞こえない。『沖田さんなら』という言葉以外、ユウは覚えていないからだ。一人ぶれることなく立っている、ヤマトの中での父とは違った、そして、自分と二人っきりの時の父とも違う姿……
ユウはそれからずいぶん経ってから、『沖田さん』というのは、宇宙戦艦ヤマトの初代の艦長のことだと知った。
(11)
ユウの体は小さく揺れていた。
「歩?」
ユキの声にも答えず、ユウの体は、ユキの体へ倒れていった。
「ホントにお父さんそっくり」ユキは報告書を作っていた。その横に座っていた進が、小さな寝息を立て始めた。
ユキはこの席が好きだった。ここで仕事をしていると、進が隣に座って同じように仕事をしていた時もあったし、待っている進がうたた寝をして、報告書を作っているユキの体にもたれてくることもあった。
艦長の進は、自分を律する意もあり、艦長室ではユキと二人っきりにならないようにしていた。それは、副長であった真田志郎や島大介も気づいていた。二人だけでなく、乗組員たちは、若い艦長のそうした姿を知っていたし、皆、そんな若い艦長に対して、小さな心配りをしていた。この席に座っている二人を、なるべく二人っきりにさせてくれていた。
ユキは、平田一が戦死したことにより、生活班をまとめる仕事を一人で背負わなくてはならなくなった。進たちからは、平田の代わりを立てる案もだされたが、ユキの、できる限りやり通したいという意向を優先してもらっていた。
その日もユキは生活班の仕事に追われ、艦長室でのミーティングの時間に間に合わなかった。進は志郎たちとその日の打ち合わせを済ませると、生活班のエリアに来て、ユキの報告書を待っていた。
待っている進は、慢性的な激務の疲れもあり、うつらうつらしだしていた。ユキの肩に、進の体の重さや温かさが伝わる。ユキはその進の感触を感じながら、急いで書類を作った。
カタカタカタ
時折、手を止め、進の寝顔を見、そして、また、手を動かす。
(できた……)
書類ができあがり、ユキは進の寝顔をもう一度見た。
テーブルの端には紅茶のポットが置かれている。土門竜介がそっと持ってきたものだ。さめないようにポットにはティーコゼがかぶせられていた。
進は恋人らしいことをしてくれなかったが、その席にいるときだけはユキの横に座り、ユキにもたれかけるように眠った。心優しい乗組員たちは、そんな二人をいつも静かに見守ってくれていた。だから、ユキはその席が好きだった。その席がある艦・ヤマトも好きだった。
ユキは微笑んだ。ユキは、完全にユキの肩に頭を預けているユウの背中に手を回した。
「歩、ベッドで寝なさい」
「うん、ううん、わかった……」
ごろんとベッドに横になると、ユウはすうすうと深い眠りに入っていった。
(12)
ユウは久々のベッドと、母の傍であるという安心感で、深い眠りに入っていた。
ベッドに寄りかかって寝ていたユキは、目が覚めた時に、思わず息子確認した。そして、丸くなって寝ているユウの顔にかかっていた毛布をかけ直した。
「う…サーシャ…ううん……」
ユキはユウの寝言に手を止めた。
「サーシャ」
ユキは小さくその名をつぶやいた。
「うん……」
ユウは一度寝返りを打つと、突然飛び起きた。
驚いたユキと目が会うと、ユウはホッと息を吐いた。
「お、お母さん……ああ、よかった」
「ん?」
「夢かと思ったんだ。昨日、お母さんに会えたのは」
ユキは微笑んだ。
「よく寝ていた……疲れていたのね」
「夢を見ていたんだ」
ユウは真顔になった。
「なんか寝言言っていなかった? 誰かの名前とか……」
ユキが小さくうなづくと、ユウはしまったと顔をしかめた。
「サーシャって」
ユキがそう言うと、ユウは「ええっ」と声を上げ、顔を赤らめ、傍らの毛布をかぶった。数秒間、ユウは考えをまとめると、毛布から顔をだし、「ほ、他は何か言っていなかった?」とユキの顔を覗きこんだ。
ユキはユウの動揺する様子に、ただ笑みを浮かべるだけだった。
「え、なんか言ってた?」
「ふふふ、あとは聞こえなかったわ」
ユウはその言葉を聞くと安心した。
「サーシャ……歩の大事な人?」
ユウはユキと目線を合わせると、頷いた。
「お互いの気持ちは確認し合ったんだ……そのあと、トナティカに僕が残ったから……艦長からも、『彼女は重たい運命を背負っているから、途中で投げ出すようなら、彼女をあきらめなさい』って言われていたのに」
「歩は『投げ出さない』って言ったのでしょ」
「うん。彼女は、とても複雑な星に生まれた人なんだ。でも、そんなことは僕にとってはどうでもいいことで、ただ、ずっと彼女の笑顔をみていたかった。トナティカにいても、彼女への気持ちは、自分の中でどんどん大きくなっていった……」
話を続けるユウの顔を見ながら、ユキは小さく息を吸った。ユキは目の端を抑えた。
「お母さん?」
「なんでもないわ。歩はそんな歳になったのね。歩は、本当にお父さんの若い頃に似ている……」
ユウは、そう言って微笑む母の笑顔の美しさに、つい見とれてしまった。
(13)
「南部、ちょっと」
第一艦橋で機関長の徳川太助に呼ばれたヤストは立ち上がると、「はい、副長。なんでしょうか」と丁寧に答えた。
「機関長でいいよ」
太助は続きの言葉を、ヤストの耳元で小さな声でささやいた。
「波動砲の発射の練習をしておけ」
ヤストは太助の目を見た。太助は小さく頷き返した。
「艦長には内緒だ。技師長からの提案だ。リスクを少なくするための」
「リスク回避のため……」
ヤストは、先ほどに比べて低い声で、「はい」と返事をし、何事もなかったかのように自分の席に戻った。他のメンバーも二人のことを気にかけず、そのまま次のワープのために担当セクションが正常に動いているかを確認し続けていた。
その時、艦長室から、艦長のイスが降りてくる。
降りてくると進はすぐに島次郎に声をかけた。
「島、ワープ準備は」
「準備できてます」
次郎はデータを送りながら、進に答える。進は坂上葵を見た。
「技師長、あっちの方はいつもと同じか」
葵は、顔を上げ、進の方に体を向けた。
「はい、相変わらず、同じ距離を保ったまま、です」
「ありがとう」
進はそう言うと、すべてのパネルに表示されている情報を頭に入れていった。
「あの人がヤマト艦長か……」
朝食を食べている時に、ユキがふいに言葉を漏らした。
「うん。その前は艦隊総司令をして、太陽系防衛ライン構築の指揮を取っていたんだ」
ユキはふっと笑った。
「どうしたの? お母さん」
ユキはユウに微笑んだ。
「あの人らしいわ。切迫するほど、追い詰められるほど、力が出る……ホントは一番嫌っているのに、心が踊ってしまうのね」
ユウは戦闘中、意気揚々と目を輝かせている進の姿を想像した。ユウの席から見ることはできなかったが、きっとそうなのだとユウは思った。そして、ユウは母に、自分もそうだということを、その時言う事ができなかった。
(14)
「ワープ」
島次郎の声と共にヤマトは異空間へ突入していった。
そして、いつもと同じように次の空間へ戻る……はずだった。
(な…)
次郎は、目の前の様子に驚いた。密集した艦隊の一つ一つの艦の輝きが銀河のように見える。しかし、それは星の光ではなく、人工の光である。
驚く第一艦橋のメンバーの中で、最初に声を出したのは進だった。
「島、最大戦速で突き抜けろ」
次郎はその声で現実に戻った。
「はい。機関長、お願いします」
進は自席の前のパネルを見渡す。パネルに映る前方の艦影にはボラーの戦艦であるという表示が次々出る。
「艦長、前だけでなく、6時の方向にも艦・多数」
進はパネルの表示を替える。そこに映る表示にはガルマンガミラスを表す、GGの文字が表示される。
「艦長」
ヤストは迎撃の合図を待ちきれず、叫んだ。
「密集している艦隊の中だ。相手から攻撃はないと思って進め」
ヤストは進の言葉にごくりとつばを飲み込む。そして、前方から飛び込んでくるように進んでくる光を見た。束のように伸びてくる光はヤマトの両舷すれすれを通りすぎていった。
相手も突然現れた異星の戦艦に驚き、等間隔に密集していた艦隊は乱れ始めていく。
ガンガンという衝撃がヤマトの艦体に響く。艦が大きく揺れる。進は立ち上がり、前のめりなって叫んだ。
「桜内、艦隊を抜けたあと、ワープする。ワープポイントを探せ」
「艦の損傷は」
「気にせず、ワープを優先せよ」
「は、はい」
艦隊に突入しようとしているヤマトを避けるように、ボラーの艦船は左右に分かれていく。
ヤマトがワープアウトした地点のはるか後方にはガルマンガミラスの艦隊があった。そこはボラーとガミラスが戦闘を始める、ちょうどその中間地点だったとヤストは気づいた。
ヤマトとボラーの艦隊は向かい合って、それぞれ最大戦速に近い速度ですれ違っていく。
「艦長、10時方向より、戦艦が1隻突っ込んできます」
「南部、主砲発射準備」
「主砲発射準備」
ヤストは進の言葉通りに、主砲を発射する。突っ込んできた艦は主砲の勢いに跳ね飛ばされながらも爆発を起こして、ヤマト後方に消えていった。
次郎は艦隊の中を縫うようにヤマトを進めた。
「艦長、ポイント見つかりました。座標送ります」
真理の声が艦橋に響く。進はすかさず、次の指令を告げた。
「フェイ、後方のガミラス艦に向けて、メッセージを送れ」
(メッセージ?)
ヤストは振り向き、進の顔を見た。進の口元がニヤリとしたように見えた。
ボラーの艦隊を抜けたヤマトはその勢いのまま、ワープをして消えた。
暗い艦内には多数の砲撃のうなる音が響き、ヘッドフォンをつけていた水測員たちも、思わずヘッドフォンをはずした。
潜望鏡からその状況を見ていた男の下に、一人の男が駆け寄った。
「ヤマト、見失いました。ワープしたようです」
その報告を聞くと、男は小さく笑った。
「司令、ヤマトが消える間に、変な通信文を送ってきています」
「変な通信文?」
男が繰り返すと、その通信員は「はい」と頷いた。
「ありがとう、と。我々の言葉で送ってきました」
「ガルマンガミラスの言葉で、か」
「はい」
「フフ、やはり気づいていたか」
男が小さく笑う。
「フラーケン司令、どういたしましょうか」
横の男が今後の動きをたずねた。
「これでボラーの主力が2方向に進んでいる事がわかった。艦長、我々も次へ向かうぞ」
「はい」
艦長と呼ばれた男は、てきぱきと指示をだしていく。その横でフラーケンは顎に手をやり、声を出さずに口元を緩めた。
「大きな戦いになりそうだ」
(15)
「艦のダメージは」
ワープ後の確認をしているメインスタッフに進は声をかけた。
「エンジンはなんとか、通常航行に耐えられます。少し無理をしましたが」
最初に答えたのは徳川太助だった。
「右舷にかなり深い損傷があります」
「修理にはどのくらいかかる」
「30時間ほど必要です。備蓄の材料でなおせるかどうか、今、計算中です」
坂上葵の言葉に進は頷く。
「なんとか切り抜けれたな」
太助の言葉に一同賛同したかのように、一瞬艦橋内が沈黙した。
「トナティカのお茶だけど、飲む?」
ユウはユキから差し出されたカップを受け取った。
ユウはカップの中の液体を見つめながら、母に伝えるべきかを迷っていた。
「お母さん」
やっとの思いで口にしたとき、部屋に来訪者からの合図が入った。ドア近くの明かりが点滅している。
「エリシュカかしら」
ユキは急いでドアへ駆け寄る。
「ああ、ありがとう、エリシュカ」
ユキはエリシュカを出迎えた。
エリシュカの後ろに隠れている小さな人影があった。
ユキは微笑んだ。
「マァ、サニア(お兄さん)よ」
エリシュカははずかしがるマァをユウの近くまで手を引いていくと、ユウに向かって背中をぽんと押した。
ユウの目の前に出されたマァは、もじもじしながらユウを見上げた。
「サニア……コ、コンニチハ」
マァのたどたどしい地球の言葉に、ユウはにこりと微笑んだ。
「上手だね、マァ。こんにちは」
ユウはしゃがんで、マァと同じ目線になると、マァの髪を撫でた。
やっと笑顔になったマァを見たユウは、マァを引き寄せ抱きしめた。
「いつか……」
そう言いかけたユウは、近くにエリシュカがいるのを思い出した。
「エリシュカ、ありがとう」
ユウはマァを胸に寄せながら、傍らに立っていたエリシュカを見上げた。
「いや、別に……」
エリシュカはユウの視線を外すように、足元に目線を移したが、何かを思い出したのか顔を上げた。
「そうだ、サカキさんが」
「サカキ?……ああ、榊さんね」
エリシュカの言葉を繰り返したユウは、「サカキ」が南部の榊郁夫のことだと気づき、立ち上がった。心配げに見上げるマァの頭にユウは手をそっとやった。
「サカキさんが艦載機のデータの確認をもう一度したいと言っていた」
ユウはもう片手をエリシュカの肩にやり微笑んだ。
「ありがとう」
ユウはそう言うと、今のやりとりをエリシュカの脇で見ていた母の方に体を向けた。
ユキはマァを手招きして呼ぶと、ユウに笑顔を向けた。
「いってらっしゃい。マァと待っているわ」
ユウはきりっと体を伸ばすと、敬礼のポーズを取った。
「行ってきます。お母さん」
(16)
ユウはエリシュカに言葉をかけられずにいた。母とマァと一緒の自分の顔は、どんなにかにこやかに、そして、だらしなかったか……ユウはエリシュカにどう思われたが気になっていた。
「ヴィ・クァさまがユウのお母さんだったんだね」
ポツリとつぶやいたエリシュカの言葉に、ユウは「うん」と頷いた。
「素敵なお母さん……」
「ありがとう」
ユウはエリシュカの顔を見た。エリシュカの笑顔で、ユウは自分のことが恥ずかしくなった。
「父はヴィ・クァさまが若い恋人を連れ込んだなんて噂が出ることを心配していたけれど、オウルフ殿はこの機会に、きちんと皆に話すべきだと言っていた」
「若い恋人」
ユウは自分を指差した。
「そう。ヴィ・クァさまとあなたが親子に見えないから」
ユウは昨晩からの自分と母の姿を想像してみた。
(確かに)
母に抱きしめられたり、母にもたれて寝てしまったり……
「大丈夫よ。ヴィ・クァさまはそんな事をする人ではないと、みな知っているから」
ユウはエリシュカと別れ、待っていた榊郁夫たちと合流し、昨日と同じようにシュミレーターの中に入った。
昨日よりもわかりやすくなっているパネル表示や、より地球の艦載機の動きに似せてもらったおかげで、ユウは余裕で操縦する事ができた。
終了後、笑顔の榊が、シュミレーターから出てくるユウを出迎えてくれた。
「お疲れさま。これで、修正部分がほぼちゃんと動く事が証明できたよ」
榊はユウの前に手を差し出した。
ユウも反射して手を出す。
「とても操縦しやすくなっていました」
榊は両手でユウの手をくるみ、大きく振った。榊郁夫の声も大きくなる。
「そう言ってもらえて、うれしいよ、な、アルトゥール」
シュミレーターのデータをチェックしていた榊の仕事仲間のアルトゥール・カルツもにっこりしていた。
「今から、このデータをホンモノの機体に入れるから、昼からホンモノをいじってみて」
「はい」
ユウも二人につられてにこにこと笑った。
「そうそう、今日から始まるミッションは、ヤマトがきっかけなんだよ」
ユウは榊からの思わぬ言葉に驚き、その言葉をつぶやいた。
「ヤマト」
「ああ、ヤマトがトナティカに寄った時にボラーの不意をついて通信を送ったのさ。あの時、ガルマンガミラスに通信を送ったことが我々のファーストステップなんだ」
(ヤマトがトナティカに寄った時……)
榊の言葉をユウはもう一度、頭の中で繰り返した。
「我々はずっとガルマンガミラスへ通信を送りたかった。ボラーに気づかれないように、ね。そして、通信のタイミングは我々にとって突然やってきた。千載一遇ってまさにこのことだと思ったね」
ユウは思い出していた。ヤマトがトナティカに寄った時のことを……乗組員たちの署名を集めて……
(それは……)
「古代艦長がトナティカへ寄る事にしたのだろう。その機会がなければ、今回のミッションは生まれなかった」
ユウの頭の中で一つのことが導かれていた。
(あの時、ヤマトがトナティカに寄らなかったら、この人たちは戦うことを選ばなかった? じゃあ……)
「ユウくん、どうしたの」
ユウは拳をぎゅっと握り締めた。
(この、今から起きる戦いのきっかけは、ヤマトだなんて。それもそれは……)
(17)
「すみません。また昼に来ます」
ユウは榊たちの所から離れたかった。
かといって、母の待つ部屋に戻りたくなかった。ただ、エリシュカと歩いてきた道筋を思い出しながら、ユウは暗い廊下を歩いた。
「ユウ」
後ろから聞こえてきたエリシュカの声に、ユウは振り向いた。近づいてくるエリシュカは、ずっと走りまわっていたようで、ユウの前に来ても息を整える事ができなかった。
「フゥ、フゥ……ユウ…すぐにヴィ・クァさまの」
「お母さんが、何?」
「マァが」
エリシュカがそう言いかけて視線を落とす。それだけでユウは察しがついた。いい話ではない。
エリシュカは「来て」と言うと、ずんずんと歩きだした。
案内されたのは、母の部屋とは違う区画の部屋だった。部屋の中の人物を見て、ユウは躊躇した。
(オウルフ……)
部屋にはオウルフとあの広間で見た青い肌の男がいた。
「ユウ、私の父、ベルトフォーオル・ブライズ」
エリシュカは青い肌の男をユウに紹介した。
その男だけでなく、傍らにいるオウルフの顔も固い。
「君に謝らなければならない」
オウルフは一言前置きを言い、目を伏せた。
「私たちはトナティカを愛するという気持ちは一致しているが、トナティカに残留している異邦人である我々の中でも、この戦いに対する気持ちは異なっている。君もそうであるように」
オウルフのまどろっこしい言い回しが、ユウをいらつかせた。
「何があったんですか」
攻め立てるようにとがった声でユウはオウルフに話を続けるように促した。
「ヴィ・クァ・アンファーブの、君の母上の大切な幼子を奪われてしまった」
「奪われるって」
そこで、エリシュカの父親のベルトフォーオルが言葉を続けた。
「あの子どもは、ヴィ・クァ殿の子どもとしてではなく、イシュタリム殿の子として育てていたのだ。もちろん、今のイシュタリム殿は子どもを育てることは難しいので、ヴィ・クァ殿がほとんど預かって育てていたのだが。イシュタリム殿は自分の子どもが死んでしまった事を受け入れられずにいた。だから、ヴィ・クァ殿の子をイシュタリム殿の子として我々はあつかっていた」
「私も母からはその話を聞いています……いったい何が起きたのですか」
ユウは自分の父親よりも歳が多いだろう二人を交互に見た。二人は口をつぐんでしまっていた。
「マァが誘拐されてしまった」
エリシュカがつぶやいた。
「誘拐……」
ユウがエリシュカの言葉を繰り返すと、「そう」と言葉を繋いだベルトフォーオルは、右手の拳を大きく振った。
「イシュタルム殿は本来、トナティカの人々の精神的中心人物になるべき人だった。あのボラーの侵攻が起こらなければ、彼女もあんなに豹変することもなかっただろう。その彼女も今は行方不明だ。何人かを彼女の行き先を探させている。トナティカの人々の中で、彼女の叫びに感応してしまった人々もいる。その者たちがあの幼子を連れて行ってしまったのだ」
ベルトフォーオルは落ち着かないのか、それともガミラス人風の地団駄なのか、部屋を歩きまわっていた。オウルフは話を聞いていたユウをじっと見ていた。
「ユウ、まず君は、君のお母さんの側にいてくれ。マァは君のお母さんにとって希望だったんだ。マァがいたからアンファーブとして気丈にやってこれたのだ。我々はこの星で戦いはしたくない。ボラーの艦ともどもこの星から離れて宇宙空間で戦うよう作戦を進めるつもりだ。君の力を貸して欲しい」
オウルフはつぶやくように話すので、ユウは最後の言葉まで、静かに。
「行かせてください」
ユウの言葉が静かな空間に流れた。
「スヴァンホルムの所に行かせてください」
ユウの耳に二人のため息が聞こえた。
(18)
「残念だが、君を行かせることはできない」
ユウはオウルフを睨んだ。
「我々には、時間がないのだ。デスラー総統と君の父である古代艦長、この二人が存命であるうちに、我々はボラーをなんとか説得し、安定した和平をこのトナティカだけでなく、銀河系全体にもたらさなければならない。チャンスはそんなにはない。トナティカの戦いはガルマンガミラスの艦隊がこの宙域を押さえてくれれば、おさまる」
「ガルマンガミラス軍が来るのですか」
「ああ。戦いはガルマンガミラスと我々が、ほんの少しボラーより有利であれば、ボラーを押さえる事ができる」
オウルフは饒舌になっていく。
「いいかい、ユウ、君も地球を愛し、トナティカを愛しているだろう。だからわかるだろう、自分の国さえいいという時代ではないのだ。不安定であるがこの銀河系で、我々はよき隣人として、皆が穏やかに暮らしていけることを考えるんだ。君はそれができる」
オウルフは手を差し伸べるように、ユウに言葉を投げかけた。
ユウは「けれど」とオウルフに叫ぶ。
ユウがふらりと急に倒れる。
「ユウ」
エリシュカは倒れて動かないユウの体に駆け寄り、ユウの首筋に手の平をあてた。
「う、う……」
「ユウ、しっかりして」
エリシュカはユウのすぐ側ににベルトフォーオルがいる事に気がついた。立っているベルトフォーオルは小さな杖のようなものを持っていた。
「父上……」
ベルトフォーオルはその杖を腰のベルトに戻した。
「ショックを与えただけだ」
ベルトフォーオルはオウルフ目を合わせる。
「ダメだったな」
「自分でどうにかしたいという考えから抜け出せないようだ」
「父上」
エリシュカはベルトフォーオルの言葉に反応し、見上げた。
「エリシュカ、今、彼が出て行ってしまったら、ヴィ・クァ殿と地球へ帰ることができなくなってしまうだろう。それはヴィ・クァ殿も彼も不幸になる」
エリシュカは目をつむっているユウの顔を見た。
「チャンスはそう何度も巡っては来ない。今はスヴァンホルムにかまっているわけにはいかないのだ」
進は、窓の外の修理を急ぐ人々の行きかう様子を眺めていた。
「艦長、何かいいことでもありましたか」
診察を終えた柳原涼子が医療器具を片付けながら言うと、進は笑みを返した。
「いや、ヤマトの一番最初の旅を思い出していた」
「どんな旅でしたか」
進はちらりと写真立てを見た。
「どんな風に動くのかわからないエンジンを積んで、人類初のワープをし、波動砲という武器を手に入れた……今思えば、毎日賭けをしているような日々だった」
「それでは今の旅は?」
涼子の質問に、進は小さく笑った。
進は答えてくれなかったが、涼子は進の笑顔だけで満足だった。
「では艦長、ご無理をなさらぬよう」
「涼子先生、ご機嫌ですね」
医務室に戻った涼子を橘俊介が迎えた。
「ううん、艦長が……」
俊介が涼子の前に近づいてきて、不意に唇を重ねた。
「あ」
一分後、涼子が思い出したかのように声を出すと、俊介はニコリとした。
「今日の唇、合格です」
「あ、ありがとう」
涼子はうつむくと、顔に落ちてきた髪を手でかきあげた。
なぜ、この話を書いたのか、知りたい方はこちらを読んでね
SORAMIMI
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