「想人」第二話 誕生

(1)

「御苦労だったな」

 進は、にこやかに笑って近づいてきた男と対称的に、堅い表情のままだった。
 その表情を見て、男は、目を伏せ、進が求めていることを何と切り出そうかと悩んだ。

「座らないか、古代艦隊総司令」

「もう、総司令ではありません」

 進は、男の目の前に、一通の手紙を置いた。男は、何を出されたか、わかっていた。その手紙を一瞥すると、一枚のカード状記憶媒体を進に差し出した。

「君へのメッセージだ。デスラーからの。君たちが冥王星付近で戦闘中に、月に不時着した使者が持っていた物の中身をコピーした」

 進は、差し出されたカードに視線を落とした。

「使者は、一人。不時着後、月面基地の隊員にメッセージの入ったカプセルを渡して、亡くなったそうだ」

 男は、話ながら、そっと、進に一枚の写真を渡した。

「......」
 進は、言葉にならない、かすかなうなり声のようなものを発した。

「昔の記録を探して照会したよ。捕虜だったそうだな」

 進は、溜め息をついた。

「ボラーに追われていたそうだ」

 写真に映った死顔の輪郭を、進は指で追った。
 暫くの沈黙後、男は、意を決したように話し出した。
「古代、この機械で、カードに保存されたメッセージを再生できる。君の感想を聞かせてくれないか」

 進は、勧められるまま、カードを機械の中に押し込んだ。そのディスプレイに、立体映像が映し出された。それは、航海図のようなものから、だんだん、一箇所の星がズームアップされていった。

<古代、私のメッセージを受け取ったら、君は、どう思うのだろう。笑うだろうか。そう、私も、スターシャのまねをしたくなった......>

 その声は、懐かしい、ガルマン・ガミラス総統のデスラーの声だった。そして、まるで、進だけに送られた私信のような出だしであった。

<地球の周りには、いくつかのブラックホールがあることは知っている。我々も、この厄介なプレゼントには、手を焼いた。しかし、我々は、この問題は、すでに解決済みである。>

 映像は、銀河系全景に変わり、いくつかのポイントが点滅していた。

<我がガルマン・ガミラスの科学者が、銀河系のブラックホールを観測した結果だ。そして、その観測で、『地球では、このボラーの落とし物の解決がなされてないのではないか』という結論を、学者達が導き出した。>

 地球付近に焦点が移り、何箇所かの点滅が太陽系の周りで輝いている。

<科学者達は、太陽系に影響がでるのは半年、地球が直接的に影響を受けるのは一年だという。>

 それは、進が以前受けた報告と同じであった。

 そう、地球は、あと数年で、人類がそして生きているすべての物が、住めなくなってしまう星になってしまうのだ。そして、消える運命にあった。

 

(2)

<古代、我々が開発した、ブラックホールを消滅させることができるシステムを君たちに教えよう。ただし、君たちが私の星に取りにくるという条件だ。>

 画像は消え、音声のみになった。

<フフフフフ。君たちがヤマトでイスカンダルに、コスモクリーナーを取りにきたように。>

 進は、何も映っていないディスプレイを見続けていた。

<私は、スターシャのように、心が広いわけではない。ボラーと我がガルマン・ガミラス、そして、両方に属さぬ地球のような勢力......銀河は、不安定なこの鼎立の中で成り立っている。今、ボラーとガルマン・ガミラス以外の勢力は、どちらかに取り込まれつつある。これでは、二つの勢力のぶつかり合いは、目に見えている。我々ガルマン・ガミラスは、もう少し、地球にがんばってもらいたいのだ。>

 進のこわばった顔が少しほぐれた。

<わかるか、古代。地球がもし、我々の英知が欲しければ、来るがよい。待っているぞ。その日を楽しみに。>

 進は、デスラーの顔を思い浮かべていた。

 進の浮かべた笑いを見て、防衛軍司令長官デューイは、進本来の姿を見たような気がした。

「お前は、どうしたい?古代」

その言葉で、進は、重い唇を開けた。

「長官」

 進は手に持っていた写真の意味を指の表面に感じていた。

「私は行くよ」

「そうか......」

 進が来る前から、わかっていたことだった。デューイは、手を伸ばして、握手を求めた。

「そうだな、お前は、そのために3年間、軍の立て直しに尽くしたのだからな」

 進は、3年前、この部屋でデューイに語った言葉を思い出していた。しかし、デューイの手を握ることはなかった。

「亡霊もいっしょだ」

 デューイは進の言葉に驚いた。進は、もう一度、繰り返した。

「アクエリアスの亡霊だ」

「アクエリアスの亡霊か」

 デューイは、手を引っ込め、顎に手をかけた。さっき、数週間伸ばし続けたひげをそったばかりの顎は、最近感じたことがないくらい触り心地が良かった。

 フッ

 進と目が会うと、デューイは、この3年間がとても短く過ぎていったように思えた。

「行ってこい。そして、自分の目で見てくるといい」

「ありがとう」

 進は、デューイの前に手を出した。

 

(3)

「何考えてる?」

 ヤストは、御飯を食べ終わったあと、一人、さみしい月の大地の景色を見ているユウに声をかけた。

「いや......」

 ユウの反応が悪かったせいで、ヤストは、放ることにした。一歩踏み出したヤストにユウは、独り言のように小さな声を投げ掛けた。

「他の星から来た人にさ」

「えっ」
 ヤストは、聞きそびれた。

「他の星から来た人がさ、俺のこと『古代』って呼んだ」

 ヤストは、顔をあわせるわけではないが、ユウの言葉に耳を傾けていた。

「そんなこと......」

「ホントにハッキリ言ったんだ」
 ユウは、少し興奮していた。

「ま、お前のおやじさん、有名人だし」

 はぁ〜

 ユウの溜め息がヤストの耳に届いた。ヤストは、ユウの顔を覗き込んだ。

「気にし過ぎてんじゃないのか」

「いや」

「最近会ってないんだろ」

「あの人も忙しいからね。3年前から」

 ヤストは、ユウがまだ、3年前にこだわっていることを再確認した。

 

 進は、司令部を出、エアカーに乗ろうと、乗り場に向かって歩いていた。

「古代総司令」

 進が振り返ると、騒がしいエアカーが進の横に止まっていた。

「次郎、私はもう、司令じゃない。佐渡先生も......」

「ワタシヲワスレナイデクダサイ」

 進は、にっこり微笑んだ。

「久しぶりだな、アナライザー」

 進は、後ろの座席で、定番の一升瓶を抱える佐渡酒造に、頭を下げた。

「アナライザーが案内してくれるそうです」

 島次郎がにこやかなのを、進は久しぶりに見た。進も、久しぶりに、心が高揚していた。

 

(4)

 進は、何も言わず、ただ、目を瞑っていた。

「いやあ、大きくなった。島にそっくりになってきた......なあ、古代」

 佐渡の大きな声に、進は、フフっと小さく笑った。

「その話は、3年前も聞きましたよ。佐渡先生」
 近距離間飛行艇を操縦しているアナライザーの横に座っていた次郎が後ろを振り向いて、佐渡に答えた。

「センセイニトッテ、イチネンニネンハ、アットイウマデス」

「そうですね。私も、いつの間にか兄の歳を越えていましたから。越えてから時間の速さも速くなったような気がします」

「シマサン......トテモカナシイオモイデデス。アノトキハミンナデナキマシタ」

 アナライザーの体の色がぱちぱちと色々な色に点滅しだした。次郎は、慌てて、目の前の計器を見始めた。

「アナライザー、ちゃんと操縦してくれよ。まだまだ、俺は、目的を果たしてないんだからな」

 進は、その声を聞きながら、窓から見える、アクエリアスの光をぼんやり眺めていた。

 

 ガッシャン

 機体から出た足の部分が、クッション代わりに衝撃を受けていたが、軽い振動音が、床から響いてきた。そして、機体は覆われ、取り込まれていった。

 進は、機体のドアが開くのを待てなかった。まるで、心は何かに追い立てられていた。

 ドアが開くと、明るい光が機内に差してきた。進は、目に移った風景を確認するまでもなく、飛び出した。

 次に続こうとした次郎の腕が、ぎゅっと引っ張られた。
 振り向いた次郎は、自分の腕をつかんでいる佐渡を見つめた。

『一人で行かせてやれ』
 佐渡の目は、そう語っていた。次郎は、ゆっくり明るい艇外へ身を乗り出した。

『ここが......』

 

 進は、慣れた手つきでボタンを押した。
 その度に、胸の鼓動が速くなっていくのが自分でもわかった。

『ここのドアが開いたら.....』

 進は、エレベーターの動きが止まり、ドアの開く零コンマの数秒間を見逃さなかった。

 隙間から見えたのは、照明は落とされ、最低の機器しか動いていない状態のメーター類の輝きだけだった。しかし、進は、一歩一歩進んでいった。椅子の位置、そして、それぞれの座席の前のメーター類......

 周りを見渡し歩いていく進にとって、そこは、お伽の世界と同じだった。

 カツッ、カツッ、カツッ......

 心地良い床からの音。

 カツカツカツカツカカカヵ

 カツン

 目の前に広がる計器類、嬉しさと、懐かしさと、悲しい思い出と、楽しかった思い出が全て体の奥から溢れてきた。
 何度、夢見たことだろうか。

 

「おかえり、ヤマトに。古代」

 進が振り向くと、第一艦橋の入り口に真田志郎が立っていた。

 

(5)

「あの時、わざと発光信号を送ったのは真田さんですね」

 進は、光の信号が『おかえり、ヤマトへ』という点滅を繰り返していたのを思い出していた。

「この艦が完成して、まず、お前に知らせたかった。この艦は、お前の為に造ったのだから」

「私のため......ですか」

 志郎は、頷いた。

「さあ、やることは、まだ、山程残されているんだ。発進まで、大変だぞ、艦長」
 志郎は、ドアに向かって歩き始めた。

「艦長室を案内します、古代艦長」 

 進は、目の前の懐かしい計器類を名残惜しそうに振り返ると、志郎の後についていった。

 志郎に案内された艦長室で、進は、椅子の堅さを確かめた。
「何から、何まで、同じ物を造らなくても」

「同じではない」
 志郎の目もとがキッとした。

「火力推力等はどれも最低2割方アップしている。表面上の姿だけさ、アンティークなままは」

「何のため?」

「皆の希望かな」

「皆の希望?」

「そう。しかし、俺は、ただ、軍に戻ってきたお前に、相応(ふさわ)しい艦を用意したかったからだが」

 進は、椅子に腰をおろし、並ぶボタン類を軽く叩いた。求めていた結果が得られると、次から次へと、キーを打ち続けていた。

「聞いただろ、デスラーからのメッセージを」

「ああ」

 進の手は、止まることなく動いていた。

「命をかけて届けてくれた使者は、第一発見者の腕の中で息絶えたそうだ」

「そうか......」

「きっと、あのメッセージが冗談ではなく、本気だっていう意味なんだろうな」

「そう...だな」

『体はしっかり覚えているんだな』
 志郎は、進の動きに満足していた。  

「一応、俺が確認したんだ。一番近かったから」

「......」
 進の手のリズムが少し崩れた。

「どう思った?」

 進は、顔を上げた。

「デスラーのメッセージを聞いて、どう思った?」

 進は、志郎も中身を知っているのだと思った。もしかしたら、あのデータが入ったカードを作成したのは、志郎だったのかもしれない。

「賭けてみる価値はある」

 進の答えに、志郎は頷いた。

 

(6)

「長官もお前があのメッセージを聞いたら、そう言うだろうと、すぐ、動きだしてくれた」

 志郎は、進の前の机の写真付きの書類の束を広げだした。

「ほぼ、メインの乗組員たちは、搭乗済みで、後は、月と冥王星に寄って、残りの乗組員達を集めるだけだ」

 進は、スタッフの経歴が書かれている用紙を一枚ずつ確認していった。あるところで、手の動きが止まった。

「戦闘班だけが未定なんだ。お前の思い入れが一番強いし」

「ここから選べと?」
 赤い付せん紙がついている数枚の用紙を志郎に差し出した。

「まあ、推薦で......。しかし、こればっかりは、お前に一番権利があることだし......」

「この推薦は、白紙に戻してもいいってことか」

「今から、一から探すのは、きついが」

「じゃ、白紙だ」

 志郎は、まいったなと思いながら、進から突き返された用紙を受け取った。

 

 ウィーンウィーンウィーン

 静かな艦内に、警告音が鳴り響いた。

「月とアクエリアスのライン上に、未確認の小型機2機ワープアウトしてきたそうです」
 艦長室に報告のアナウンスが入る。

 志郎は、マイクに向かって叫んでいた
「無駄な動きをするな。やり過ごせ。月基地からなんらかの動きがあるだろう」

 その横で、進は、笑みを浮かべていた。

「どうした?」

「一番のりが戦闘班長だ」

「何を言っているんだ」

「バカな奴がいるかもしれない」

 

 

 ユウは、一人機体のチェックをしていた。ユウは、あの遭遇以来、ヤストには必要以上話をすることがなかった。

 非番の時間であっても、ユウは、止まっている自分がもどかしかった。3年前感じた『差』が、縮まってないことに焦っていた。

「おい、寝るぞ」
 ヤストは、寝る時間になっても部屋に帰って来ない相棒を探しに、格納庫まで来ていた。

「おまえさあ」
 立っていたヤストは、何も反応しないユウの体を機体から剥がそうと引っ張った。

「体壊すぞ」

 ヤストは、引っ張り下ろそうとしたユウの瞳を見て、力を弱めた。

 二人は、いつの間にか、機体を背に座り込んでいた。

「悔しいな......」

「なんだ?」

「ちっとも、埋まらない」

 ヤストは、自分の頭をかき、不意にユウの頭を平手で叩いた。おぼっちゃま育ちとは言い難い仕種である。

「なんだよ」

「なんだよって、いつもそればかりだろ、お前」

「お前さあ、昔は、後先考えなくって、いつも突っ走っていてさあ。それが、なんかおもしろいことの始まりでさ。いっつも、お前にくっついてた」

 ヤストは、立ち上がって、お尻についたほこりをばんばん音を立ててはらった。

「3年前から、めそめそ、ぐじぐじだらけだぜ。いいかんげんにしろ」

 

(7)

「お前には、目的があるんだろ」

「ヤスト、ありがとう」

 大人しい悪友の反応に、ヤストは、今日は諦めて、部屋に帰ろうとした。

ウィーンウィーンウィーン

「月基地から××方向に未確認の小型機出現」

 ユウの目が輝きだした。ヤストも、それが何を意味しているかわかっていた。

 二人は近くの宇宙服を着ると、さっきまで、ユウが磨きに磨きをかけていた機体に飛び乗った。

「おい、お前達は、非番だぞ」

「緊急事態なんでしょ、一番早く出れる機が優先されるはずです」
 ヤストが後ろのナビ席で叫んでいる間に、ユウは、機体を、動かし始めた。

 二人の機は、滑走路を蛇行しながら、出口へと向かった。ゲートが徐々に開いていく。ユウは、機体の速度を上げて行った。

 シュッ

 機体は、暗い宇宙に飲み込まれていった。

 

「このあたりだな、予定コースは」

「おい、ユウ、アクエリアスに近づきすぎ......」

「あ、あれだ」

 アクエリアスの影に隠れながら飛んでいた小型機を発見した。その時、別の影から、レーザーがユウ達のコスモタイガーを狙って飛び込んできた。アクエリアスとの距離を気にしながら、かつ、2機の攻撃をかわしていたユウ達は、なかなか撃つことができない。

 二人は、同時に同じことを思いつき、アクエリアスに沿って高速のまま飛び続けた。

「いいぞ、いいぞ、ユウ」
 レーダーを見ているヤストの声が歓喜の声になっていった。

 ユウ達の機体を目ざして、2機が全速で接近してきた。

「よしっ」

 ユウがスティックを急傾斜させ、機体が曲がる程その動きを90度以上の角度で軌道を離脱していった。

 ガガガガー

 大きな音と共に、ヤストの大きな声が響く。
「破片だ」

 二人は、声よりも体の方が先に動いていた。緊急脱出装置が動きだし、二人は機外へ排出された。

 そして、二人の見ている前で、コスモタイガーの機体は、飛んできた破片と共にアクエリアスに叩きつけられていた。二人の機が急上昇したため、追っていた2機がぶつかり合い、その時、飛び散った破片が二人のコスモタイガーにあたったのだった。

「もう、ちょっとで、あの中か......」

 ユウの背中に、一筋の汗が流れていった。その後、二人は、なんとかアクエリアスの表面に辿り着いた。

「ああああ、大目玉だな」

 腰につけた救助信号を発信しながら、ヤストは、ヘルメットの上をかいていた。

 ユウは、ぐちゃぐちゃになった機体が流れていくさまを見ていた。

 機体が落ちた地点が、周りと違う色であることに、ユウは気づいた。よく見ると、クリスタルガラスのような氷が剥がれ、鉄(くろがね)の鈍い輝きがのぞいていた。

『これは......』

 自然界では存在しないような美しい曲線を持つ固まり。ユウは、それが人工物であることを確認した。

 

第二話「誕生」終わり 

第三話「サーシャ」へつづく

         


なぜ、この話を書いたのか、知りたい方はこちらを読んでね。

SORAMIMI 


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