「想人」第二十一話 星の海を越えて


(1)
「機関長、あれでいいんですか」
 橘俊介は機関室への通信し終わった徳川太助の耳元でささやいた。
 太助は眉をひそめた。
「しかたないだろう。頭では理解できても、心が納得できないこともある」
 俊介は、さっき次郎が出て行った後部のドアを見、そして、ぼそりとつぶやいた。
「心が納得できないことがある……」



「艦長、島です」
 次郎は中からの返事を待った。ただひたすら、進の声を待った。
「入れ」
 次郎はその声に頭を下げた。
 艦長室に入ると、進はイスの横に立っていた。腕を組んで、窓の外を見ている。
 次郎は、進の背中を、ただ見ているだけだった。
「島、私に何かを言いに来たのだろう」
 次郎は両手をギュッと握った。小さく息を吸い、次郎は瞬きもせず、進の背中を見つめた。
「艦長」
「なんだ」
 進は答えるが、振り返ることも振り向くこともせず、ずっと背を向けたままだった。
 次郎はつばを飲み込み、唇をかんだ。が、次の瞬間、顔を上げた。
「艦長、私も艦長と共に残ります」
 進はゆっくりと振り返った。
「それは許可できない」
 言葉とは裏腹に、進は笑顔で答えた。
 次郎は「そんな」と小声でぽつりと言うと、もう一度進に向かって叫んだ。
「艦長」
 進はいつもの通りにこやかにうなずく。
 次郎は体から振り絞るように、言葉を吐いた。
「も、もし、島大介が、この場で私と同じことを言ったとしたら、艦長は許可するのですか」
 

(2)
「許可しない」
 次郎の言葉に追い打ちをかけるように、進は答えた。
「島大介は、今のお前より若くで亡くなった。お前と同じ歳の島大介がどんな航海士になっただろうかは、私には想像できない。でも、お前以上の航海士であっても、私は許可しないだろう」
 進は次郎に近づき、次郎の肩に手を置いた。
「今回は、乗組員のほとんどを退艦させねばならない。退艦もスムーズに行かねば、作戦時間を無駄に食う。無駄に時間を使うことになれば、リスクを負う」
「艦長……」
 次郎はその先を言葉にできなかった。
「スムーズな退艦は難しい。誰かが異論を唱えて、残ると言い出せば、他の者の心が揺れる。それは、おのずと行動に出る」
 進のよどみのない言葉とまなざしを受け、次郎はうなずくしかなかった。
 進の手がぽんと次郎の肩を叩く。次郎は進が微笑んだように見えた。ただ、次郎は涙が零れ落ちないようにするので精一杯だった。
「さ、行きなさい。お前にはやることがあるはずだ」
「はい」
 次郎は声に出せたのかわからなかったが、そう答えた。


(3)
「ガミラスとボラーは、現在、複数箇所で戦闘中である。だが、この艦は、ヤマトの任務完遂を見届けるために、太陽系内に入って、ヤマトの航路を追う予定である」
 エリシュカの父であるベルトフォーオル・ブレイズの言葉に、ユウはうなずいた。
 「そこでだ」と、ベルトフォーオルは、ユウの真正面に立った。
「トナティカ周辺はガルマンガミラス軍が包囲網を敷いている。ボラーの艦隊は近づけない状態であり、トナティカ内では、我々の仲間であるトナティカの人々が、ボラーの基地等を押さえている。これで、次の段階へ踏み出せる。地球が現在の危機を脱して、我々の意思に賛同してくれれば、ガルマンガミラスやボラー連邦とも優劣なく対等に交渉できる。君には、我々と地球の架け橋になってもらいたいと思っている」
「はい。ですが」
 ユウはベルトフォーオルに請うように言葉を続けた。
「私はできる限り、今、ヤマトにいる父のサポートができたらと思っています。それは私の気持ちからですが、この艦もヤマトのサポートができれば、その後の話し合いも優位に進めるのではないでしょうか」
 それを聞いていたオウルフは、「ほお」と小さく声を立てた。
 ベルトフォーオルは、オウルフの声に構わず、大きくうなずいた。
「できる限りのことはしよう。我々の意思に賛同してくれるのであれば、それほど心強いことはない」
 


「艦長、これで貧血は解消するでしょう」
 佐渡酒造は使った注射器をケースに収めると、進がベッドに横たわるのを眺めていた。
「完全にすっきりとはならんかもしれませんが、とにかく休養が一番です。時間ある限り、休んでください」
 進は袖を整え終わると、シーツを体にかけた。
「ありがとうございます……ところで、佐渡先生」
 進は片づけが済んだ酒造に声をかけた。
「人に魂があって、死んだ後、体を離れた魂が好きなところにいけるとしたら……沖田艦長の魂は、どこへいってしまわれたのでしょうか」
 酒造は目を見開いた。
「すみません。ここで寝ていても、沖田艦長の夢を見ることはなくて。やはり、沖田艦長は地球でしょうか」
 進は微笑んでいた。
 酒造は不思議な縁(えにし)を感じ、目の奥の熱くこみ上げてくるものをぐっと我慢した。
「古代艦長、わしはこう思っとる。もし沖田艦長の魂がこの世にあるというのなら、それはあんたのとこだろう」
「私の所……」
「古代艦長、あんたは沖田艦長の希望だった。多くの部下を亡くし、家族を亡くされた沖田艦長にとって、あんたと出会えたことはどんなにか意味のあることだったか。自分が果たせないことをあんたならできると思われていた」
 進は目を閉じ、小さく息を吸った。そんな進の様子を見ながら、佐渡酒造は言葉を続けた。
「もし、魂が好きなところに行けるのなら、沖田艦長の魂は、あんたの側にいつも寄り添って見守っているんじゃないか……そうじゃないですか、沖田艦長」
 酒造は最後の言葉は進から視線をはずし、窓の外を見ながら言った。進はそんな酒造の言葉を聞きながら、目を閉じた。
「古代艦長、あんたは、まだまだやらなきゃならないことがたくさんある。沖田艦長は側でそれを見届けてくれていると、わしは思うよ」
 酒造はメガネの下の涙をこすった。


(4)
 クジュメディカの操舵室は、艦の上部構造物の最下部にある。ディスプレイが多く並んだその部屋の中、ユウはディスプレイに浮かぶ見慣れた星間図を見つめていた。
「ここまで帰ってきたのか……」
 ユウが見ていたディスプレイの画面が、予定進路図に変わる。ユウが近くにいるオウルフを見ると、オウルフはディスプレイを見るように指差した。
「我々はここを避ける」
 ベルトフォーオルは、画面に矢印を表示させた。そこは、ボラーと地球の艦隊がぶつかり合う予定のポイントであった。
「地球の艦隊はとにかくボラーの艦がヤマトに近づかないように、何十もの守りでボラーの進入を阻止する、だろう?」
 ユウがうなずくと、オウルフは静かに話しを続けた。
「ヤマトはガルマン・ガミラスから受け取った、ブラックホールを中和させる反ブラックホール砲を撃つはずだ。我々は地球からこのコースの進入許可を取っている。ただ、他のことについては地球側も無言だ。ボラーに通信を傍受されるのを恐れているためだと思われる」
 ベルトフォーオルは別の矢印を表示させた。画面には、さらに五つのポイントが点滅しだす。
「ガルマン・ガミラスの予想だとこの五つのポイントにヤマトは向かっているだろうとのことだ。地球側はヤマトから詳細な位置データが送られてきていて、ヤマトを死守するために艦隊を展開するだろう」
 ベルトフォーオルは、五つのポイントのうち、二つをさらに金色に光らせた。
「我々の予想はこの二箇所。君はどちらだと思う?」
 ユウはベルトフォーオルの言葉を聞きながら、もう一度、ディスプレイの金色に輝いている二つのマークを見つめた。
「ここからは二分の一。さあ、どっちだ」
 オウルフがニヤニヤしながら、ユウを見る。
(そんな……)
 ユウは口を真横一文字のまま、二つの光点を見つめた。
 ユウは、目を閉じて考えた。

「どっちも同じだよ」
 進はにこやかな顔で微笑む。
「自分の勘を信じろ」

 子どもの頃、何度も選ぶことをさせられたのを、ユウは思い出した。
「み、右の方だと」
 目を開けると、ユウは口を開いた。
 オウルフはにこりと笑った。
「それでいい。この二つの違いはない」



(5)
 地球艦隊は細分化して、ワープアウトして太陽系に近づくボラーの艦隊に対応していた。
「どれだけの艦隊がいるのか」
 鮎川樹(いつき)のYAMASEはアンザック、スチュアートと共に、戦艦ニューヨークとクイン・メリーと組んで移動していた。
 幾つかに分かれた艦隊が担当地域を重点的に守り、ボラー軍のワープを予知、または感知した場合は、近くの艦隊も集まりながら、戦い続けた。
「まったく、休む間がないですね」
 副長が嘆くのを聞きながら、鮎川は髯が目立ってきたあごを叩いた。
(眠い)
 疲れがたまってきていたことに気づくと、副長に手がすいた者から食事を先にとるように伝える。
(ヤマトは)
 鮎川は、普段は優しげな面立ちをしている進を思い出していた。
 艦隊司令だった進は、艦を迅速に動かすこと、仲間を失わないことに心を砕いていた。そのやり方に、最初は不平をもらす者も多かった。だが、所属地域の違う艦を組み合わせ、全体的なバランスをとること、能力の底上げをすることをめざしていた進のやり方は、次第に賛同を得るようになる。機動力と、何よりもそれぞれの艦のパフォーマンスを引き出せるような組み合わせをこの数年試行錯誤を繰り返しながら、艦隊を作ってきた。鮎川は、それこそが進の一番の狙いだったのだと、最近気づくようになった。
(さて、あなたは、あれからどんな風にヤマトをヤマトのクルーを育ててきたのか)
 鮎川は、一人、にやりと笑った。
「艦長」
 その言葉で鮎川は現実に戻った。
「隣の宙域にボラーの艦跡10、ワープアウトだそうです」
「座標データ来ました」
 矢継ぎ早に新たな情報が入る。鮎川はマイクに向かって指示を出す。
「ニューヨークへ、移動準備の確認をしろ」
 艦内に緊張感が走る。
 「艦長、食事取れなかった者には、引き続きメシ届けます」
 あわてて戻ってきた副長の言葉に、鮎川は頷いた。


(6)
 ユウは窓の外の星を見ていた。
(もうすぐ、太陽系……)
 艦内は、近づきつつある戦闘のために、皆、それぞれの持ち場で最終チェックや調整している。その中でユウは自分のいるべき場所を見失っていた。
 そんなユウをユキは静かに見つめていた。
 ユウは振り返り、ユキを見た。
「この瞬間、」
 ユウは言葉を口にした。
「この瞬間、ヤマトは戦っているかもしれない」
 ユウは何もできない自分を腹立たしく思えた。
「そうね」
 ユキは答える。
 ユキは部屋の小さな窓から、真っ暗な宇宙を眺めていた。
「昔、あなたのお父さんから、一度だけお願いされたことがあったの」
 太陽系が近いと言われてから、ユキは窓から外をよく眺めるようになっていた。
「多くの戦いをくぐりぬけたあなたのあなたのお父さんは、ヤマトを失ってから、苦しい日々をすごしていた。戦いから遠のき、あなたが生まれて、平和な日々だったのに」
 ユキは目を閉じた。
「あなたのお父さんは、私に言ったの。『歩と暮らしたい』と。軍とも距離を置いて、私とも距離を置いて、でも、歩と暮らしたいって。あなたとの日々は、彼の心を支えていた。あなたとの日々が、彼の折れかかった心を支えていた」
 母の頬に涙が流れていくのを、ユウはただ見ていた。
「あの人を助けて」
 ユウは母の側へ行き、体を抱きしめた。
(何ができる? )
 ティティー、ティティー
 通信機の音がし、二人は顔を見合わせた。
「時間よ。予定通りだそうよ」
 エリシュカの声で、次のワープの準備に入ったことを気づいたユウは、「了解。今から格納庫へ向かうよ」と答える。
 通信に答えているユウを見ながら、ユキは涙をぬぐった。
「行くよ、おかあさん」
(何ができるか、わからないけれど)
と言葉を続けたかったが、ユウはそれ以上言葉にしなかった。
「いってらっしゃい」
 母の笑顔に見送られ、ユウは部屋から飛び出した。


(7)
(やばいな)
 鮎川樹は、稼動できる砲塔をちらりと確認した。
 応援部隊は来る様子がない。
(それにだんだん囲まれてきている)
「艦長、クイン・メリーが」
 戦艦クイン・メリーが完全に分断されて、孤立しかかっている。
「2時方向に、火力集中しろ」
 鮎川は叫んだ。
(くそっ、これじゃヤマトを助けるどころか、これ以上、自分たちすら守れない……)
 相手の力をそぐどころか、自分たちの艦隊が崩されていく。鮎川はあせった。
「艦長、3時の方向、ワープアウトする艦があります」
「なんだ、ボラーの艦か」
 計器を見ていた航海士が特別な数字を見て、叫んだ。
「ヤマトです。ワープアウトした艦は、ヤマトです」
「ヤマトだと」
(古代さん、何やっているんですか、ホントにあなたは)
 鮎川樹は艦の配置図をもう一度確認すると、通信士に向かって怒鳴った。
「スチュアートとアンザックに、2時方向のクイン・メリーの援護に集中しろと伝えろ」
 そして、モニターに映るヤマトの艦影をにらんだ。
「我々はヤマトの前に移動するぞ。ヤマトに一発もあたらせるな」


(8)
 ボラーの艦に囲まれつつあったクイン・メリーを助けるように、ヤマトは進んでいた。
 鮎川樹(いつき)のYAMASEはヤマトの進路と交差するように突き進むように、艦をすばやく移動させた。
「ヤマトに弾が当たらないように、クイン・メリーを守るんだ」
 鮎川は航路図を表示するモニターを見た。ヤマトはその速度をさらに上げて進んでいる。
「行け、ヤマト」
 表示されているヤマトの姿に鮎川は叫んだ。
 鮎川の読み通り、ヤマトはボラーの艦隊を振り切ると、ワープをして、次の目的地の空間へ移動していった。
「さあ、追いかけられないように、ボラーの艦を攻撃し続けるぞ」
 鮎川は声を張り上げた。


「ワープ終了。予定通りの空域です」
 島次郎は振り返り、古代進に報告した。進は頷く。
「機関室、エンジンの調子は」
 機関長の徳川太助がマイクにむかって怒鳴る。
「エンジン、異常ありません。次の予定のワープ、可能です」
 坂上葵は自分の目の前のモニターを見ながら、指示のメッセージを各部署に送っていた。
「艦長、現在、システム移行55パーセントまで進んでいます。完全に移行できるまで、ひとひとふたまる」
 葵の言葉に、第一艦橋にいる者すべてが固唾を飲んだ。
 進は何も言わない。
「乗組員全員に告ぐ、交代で退艦準備をするように」
 徳川太助は全艦に放送を入れると、進を見た。進はただ、小さく頷くだけだった。


(9)
 ユウが乗っているクジュメディカの艦橋の航路図を映しているモニターには、太陽系とそのすぐ近くにあるブラックホールを示していた。
 ベルトフォーオルは一人計算を何度も繰り返していた。
「熱心だな」
 オウルフはベルトフォーオルの後ろでつぶやいた。ベルトフォーオルの手は、パネルの上をせわしく動く。オウルフはお構いなしに話し続けた。
「次のワープで、ヤマトに追いつく。だが、ブラックホールの周りの、射程距離内といったら、数限りないぞ」
 オウルフの言葉にベルトフォーオルは無言を続け、手だけを動かしていた。
「そういうのは計算でわかるものなのか」
 半ばあきらめかけたオウルフは別のモニターに映るユウの姿に目をやる。
(いつでも出ることができるように、準備か……)
「安定している空域だ。探しているのは」
 ベルトフォーオルは突然しゃべりだした。
「我々が最短でいけるのは、このポイント……」
 ベルトフォーオルは航路図のモニターにそのポイントを点滅させる。
「では、ワープ準備だな」
 ベルトフォーオルは頷き、航海士に手で合図を送った。


 格納庫で機体を、南部重工の社員である榊郁夫とアルトゥールとともに、ユウは調整していた。
「これでディネスの通信機を使って、地球の通信機と受送信できるはず」
 榊が手に持っている機器とディネスにつないだケーブルをはずした。コクピットの外から中を覗き込んでいたユウは、榊がスイッチを入れて通信のモードを変えているのを見ていた。
「ちゃんと実験したわけじゃない。我々がトナティカで使っていた通信機の通信をちゃんと拾えるから、たぶん、使えるんじゃないかというレベルですけどね」
 榊はユウに笑顔で答えると、コクピットから体を抜くように出てきた。榊と入れ違いで、今度はユウが操縦席に体を滑り込ませた。
 モニターでモードの変更を確認しているユウに、榊は声をかけた。
「地球の通信機器でさえ、色々なチャンネルがあります。受送信時に近づいて、チャンネルを合わせる必要があります」
「ありがとうございます。あ……」
 キュ、キュ、キュ、キュ、キュ
 ユウは格納庫に鳴り響く音で、クジュメディカがワープ準備に入ったことに気づいた。
「エンジンは異常なしです」
 エンジン周りをチェックしていたアルトゥールがポンッと機体を叩いた。 
 ユウは、榊からヘルメットを受けとると、大きく息を吸った。


(10)
「ワープ」
 島次郎の声と共に、ヤマトの艦体は一瞬揺らぐと、暗い宇宙空間へ溶け込むように消えていった。
 通常のワープならば、航行時に少しの揺らぎの連続を感じるだけのワープなのだが、壁に叩きつけられるような衝撃がヤマト艦内に起こった。
「うわー」
 あまりにも突然の衝撃に、イスから転げ落ちる者もいたが、古代進は前面のパネルに手を着き、何とか体を支えることができた。その衝撃の反射するように、空間の状態のを示すディスプレイを見て、間髪を入れず叫んだ。
「島、制御をかけろ」
 島次郎はその言葉に反応するように、ひとつのレバーを引いた。
 次郎はいつものワープアウトとは違う艦の動きに戸惑いながら、制御ノズルの出力を最大値へともっていった。
 目には見えないが、ずるずる引き込まれるように、ヤマトの艦体は少しずつ動いていく。やっと、ヤマトのコンピュータも今の状況を計算できたようで、空間の状況を示すパネルが赤い点滅が、異常を知らせていた。
「艦長」
 桜内真理が声を上げる。
「ワープ終了時に、空間の断層部分につっこんでしまったようです」
 制御ノズルの勢いがついているはずなのに、ヤマトは少しずつめり込むように、その断層に落ちていく。
「こんなところにも」
 進はつぶやく。
 次郎は操縦桿を動かそうとするが、カシャカシャと軽い音だけ立てるだけで、ヤマトの艦体は動かない。
「まったく動かない……」
 次郎は思わず声に出す。
「ワープアウトのときの勢いで、小さな穴にはまってしまったような状態になっています」
 坂上葵は、進の方に体を向けて叫んだ。
 進は、パネルに表示されている状況を、もう一度確認した。
「まさか、こんなことで」
 橘俊介は小さい声でうなった。
「フェイ」
 進が通信班長のリー・フェイに声をかける。
「はい」
 振り返って進を見るフェイに、進は言葉を伝えた。



 地球の司令本部は、騒然となった。
「確かなのか」
「はい」
 本部のフロアに、再度音声が流れる。

「メーデー、メーデー、メーデー。こちらはヤマト、ヤマト、ヤマト……」


(11)
 ヤマトの艦体がぐらりと揺れる。
(駄目、効果なし)
 坂上葵は、振り返り、後方にいる進を見た。
 進は落ち着いた面持ちを崩さず、頷く。
 葵は息を小さく吐くと、マイクに向かって次の作業へ進めた。
「次はこれです。隊長、お願いします」
 葵は、コスモゼロで出た澪に向かって、新しいデータを送信する。
 「あきらめず、一つずつ、できることをする」……葵の幾つかの提案を、進はそう言って承認してくれた。
 葵の横に座る桜内真理は、刻々と変わっていく数値をずっと見つめている。
「3,2,1、撃て」
 葵のその言葉の後、また、ヤマトの艦体は大きく揺れる。
 真理と葵は手で体を支えながら、それぞれが観測しているデータの変化を追った。
「駄目だわ。収縮の速度は多少落ちたけど、空間はまだ、閉じようとしている……」
 真理は、一瞬止まった数値が動き出すのを悔しい思いで見守るしかなかった。
「フェイ、鮎川艦長に通信」
 進は間髪をいれず、リー・フェイに声をかける。
「艦長、十秒後発射だそうです」
 フェイは、YAMASE(やませ)から届くカウントダウンの音声を流す。
「これが駄目だったら、YAMASEから二発同時に撃ってもらいます」
 葵は新しい計算式を添えたデータをやませへの通信へまわした。その瞬間、また、艦が揺れる。
「ヤマトがもつか、この空間が耐え切れなくなるか、か。うん?」
 橘俊介はレーダーがとらえた新たなターゲットを確認した。
「九時方向、ワープアウトしてくる艦あり」
 俊介のデータはそれぞれの席のディスプレイに簡易に表示される。
「YAMASEからの砲弾、着弾します、4,3,2,1…」
 大きく揺れる艦内であるが、各人、目の前の数値を見逃さないよう、体を支え、凝視し続けていた。
「艦影、ボラーです」
 俊介が大声を張る上げる。
「空間の収縮、ほぼ止まりました。航海長」
 真理が次郎へ向かって声を限りに叫んだ。
「後退かけます」
 次郎が逆噴射のノズルを全開にする。
 葵は、画面の数値が動かないのを見て、もう一度、進の方に振り返る。
「鮎川艦長に、もう一度、同じところを撃つように伝えてください」
 第一艦橋が静かになった。
 ぎりぎり、ぎりぎり
 それは艦が軋んでなっている音。
 進は目を閉じ、次の瞬間を待った。
「艦長、まだ、射程距離内ではありませんが、ワープアウトしたボラー艦より攻撃あり」
 進はふっと口元を緩めた。


(12)
 ヤマトの救難信号は、ワープアウトしたクジュメディカにも届いた。
「近いな。どうしてヤマトは、ボラーにも受け取れる信号を発信したのだろうか」
 ベルトフォーオルは独り言のようにつぶやく。
「どうしますかな、アンファーブ殿」
 オウルフはクジュネディカの操舵室にいるユキに声をかけた。
 ユキは微笑んでいた。
「ヤマトにとって、それが最善だったのでしょう。ヤマトは大丈夫です」
 ベルトフォーオールは、電探担当に宇宙図を表示させた。
「この宇宙図通りなら、ここからワープ可能です」
 ベルトフォーオルは、「ほう」っと声を上げた。
「地球防衛軍の防衛ライン内ですね」
 ユキは懐かしそうに宇宙図を眺めた。
「すごい空間だろうな。地球の艦も、ボラーの艦も集まって」
 オウルフはにやりと笑う。
「渦中に飛び込むには準備が必要だ。あなたの息子殿を使わせてもらうよ」
 ユキは小さく頷いた。
「格納庫に通信を。ユウに操舵室へ来るように」
 オウルフは通信士に声をかける。
 オウルフはユキに向かって、言葉を続けた。
「彼との約束なんだ」
「ありがとうございます」
 ユキは目を伏せ、トナティカ式のあいさつをした。



(13)
 ユウは、クジュメディカの操舵室に呼び戻されていた。
「クジュメディカは、ワープ準備に入っている」
 オウルフは、宇宙図の光点を指差した。ユウはそれがヤマトの位置であることが、操舵室の物々しさから察しがついた。
「ヤマトは救難信号を出している。なんらかの支障のためか、戦術のためか」
「救難信号……」
 オウルフは、言葉を繰り返すユウの反応を見ていた。ユウはもう一度ディスプレイの宇宙図を見た。
「我々が移動しようをしていた空域に近い。障害物があるため、すぐ近くにはワープアウトできないが」
 ベルトフォーオルは言葉を止め、ユウを見つめた。
 ユウはふっと我に返って、二人を交互に眺めた。
「障害物だけではなく、ボラーや地球の艦船が集まっているはずです」
 ユウの言葉にベルトフォーオルが頷く。
「我々はできるだけ近い宙域にワープをする。君には、ヤマトとコンタクトを取ってほしい」
 ベルトフォーオルは皆の総意を口にした。
 クジュメディカの操舵室にはワープ準備の言葉が飛び交い始めた。ユウはごくりと唾を飲み込んだ。
「行ってきます」
 ユウはユキにそう告げると、格納庫へ駆け出した。

(14)
「うっ」
 少し嫌な、めまいに似た感覚に、ユウは声を出してこらえた。
(ワープアウトしたな)
 そのあと、目の前のパネルにグリーンの点滅がを見つけると、ユウはすかさずディネスの発進準備を始めた。
「格納庫を開ける……準備できているディネスを出す。通信機を使って、地球の艦艇と近接して通信をし、情報取得を第一に行動しろ」
 ユウは小さく息を吐くと、パネルの数値を確認した。
「行けます」
 その言葉の返事の代わりに、目の前に直進のラインが光りだした。それを確認すると、パネルに手のひらを乗せて、最後の認証をクリアをすると、ユウは艦の開口部の向こうへ視線を移した。ユウの機体は、一気に暗い宇宙へ放り出された。
 ワープアウトをした空域には、大きな艦艇が入り混じっている。ユウはその中から、クジュメディカからのデータを照合させながら、突き進んだ。
 ふわり
 空気の流れがないコクピット内に、ヘルメットをかぶっているはずなのに、ユウは頬にふれる風が触れたような感触を感じた。
「えっ」
 ユウは前方からまっすぐ自分のディネスに向かってくる機体を、ディスプレイの表示よりも早く感じた。互いのスピードから、瞬時にすれ違った機体……
「ゼロ……」
(やっと、たどりつけた)
 ユウは通信の回線を、地球モードに合わせた。


第二十一話 『星の海を越えて』 おわり

第二十二話 『すべての終りに』



押し入れTOP