『想人』第二十二話 すべての終わりに


(1)

「艦長、質量の大きな艦がワープアウトしてきます」
 坂上葵は、自分の席のデータをスクリーンの一角に転送した。
「データ照合。ガミラスの形状に近いのですが……判別できません」
「ボラー艦より、第2波ミサイル、来ます」
 橘俊介の声に合わせて、リー・フェイがYAMASEと宇宙空間に出ている艦載機へそのデータを送る。
「ミサイル軌道解析、B12、B14は外してください」
 弾道を追っていた桜内真理の言葉に連動して、フェイの手が動く。
「来ます。7,6,5,4……」  艦橋に緊張感が走る。しかし、進は微笑みを浮かべた。穏やかな日々を求めていた。しかし、ふと思い出すのが、吹き出す汗やゾクッとする感覚であった。大きな分岐点であればあるほど、その空間を共有する者が多いほど、その感覚は進の中に深く残った。
「……1、」
 一瞬、音も光も消えてしまったような感覚のあと、すさまじい音と光、そして、艦が大きく揺れた。第一艦橋の者は、弾き飛ばされないように、皆、体を支えている。
(ヤマト、よく頑張ったな)
「右舷、損傷はげしい……しかし、断層から抜けれそうです」
 葵の言葉を聞くと、島次郎は、手元のスイッチを入れ、操縦桿をひいた。
「メインエンジン、全開……機関長」
「了解、焼き切れていい、噴かせ」
 徳川太助の大声が、艦橋に響く。
 進は白い歯を見せた。
 ヤマトは、動きだし、加速していく。
「ヤマトの船体、完全に断層からはずれました」
 葵の声は、歓喜の色に満ちていた。
 「よし」と独り言を言いながら、俊介はレーダーのデータを更新を始めた。フェイは通信許可の点滅信号を確認しながら、ヘッドフォンに入ってきた音を調整しだした。
「艦長、先ほどワープアウトした艦の艦載機からの通信が……真田隊長機経由です。そのまま、流します」
 フェイが届いた通信を艦橋に流し始めた。

「・・・・・・ヤマト、ヤマト、こちら森。聞こえますか、ヤマト」

(2)
「おお」
 第一艦橋にどよめきの声が響く。しかし、音声は途切れていき、無音となった。
「真田機からの音声通信、途切れました」
 フェイの手は忙しく動くが、うまく調整できない。
「今は、次のワープのことだけ考えろ」
 進の声が飛ぶ。
「はい。真田機、簡易データのみなら受送信が可能なようです。森戦闘班長の生存を確認というメッセージが来ています」
 次郎は、自分の口角が上がるのを感じた。うれしさを止めることができなかった。それでも、今、やらなければならないことを最優先することを忘れているわけではない。皆、口には出さないが、(良かった)と安堵の気持ちだろう。それはきっと、進もそうであろうと次郎は思ったが、頭を切り替えた。
「艦長、ワープ準備に入ります」
 葵の言葉を聞くと、進は、もう一度、自分の眼前のパネルで、周りの艦船の位置を確認する。今、この宙域にいる艦なら、飛び立っていった艦載機を収容できるだろうことをチェックした。
「フェイ、YAMASEへ通信。こちらの艦載機を頼んでくれ」
「はい」
「それから、真田機へは、この宙域の地球の艦隊と行動を共にすることと、最終ポイントを伝えておいてくれ」
 葵は、ワープ先の座標を変換して、フェイへデータを送った。
「ヤマトは、再度、ワープする」
 次郎は、送られてきた座標を確認し、ワープの手順を一つずつ進めて行く。

 ヤマトは、完全に周りの艦を振り切り、また、漆黒の空間へ消えて行った。

 
(3)
 ユウは、戦闘中に関わらず、着艦口を開いてくれたクジュメディカにディネスを着艦させた。ユウの着艦を援護していた澪のコスモゼロも続いて着艦する。
 ユウは、狭い操縦席から腕を使って体を出そうと、狭いディネスの機体と格闘していた。不慣れな機体を恨みつつ、差し出された手に手を伸ばした。アルトゥールと榊郁夫が機体から引っ張り出されたユウは、ディネスのすぐ近くでユウたちを見上げていた女性に声をかけた。
「……サーシャ?」
 ヘルメットを抱え、金色の髪の少女が微笑んでいる。
 ユウは、コクピットから床へ下りると、肩に手を伸ばし、抱きしめた。
 一旦お互いの顔を確認すると、ユウはもう一度、澪を抱き寄せた。
「うん、感動の再会の最中に申し訳ないのだが」
 格納庫に下りてきたオウルフが、ユウたちの前で咳ばらいをした。
 気づいた二人が離れると、オウルフがにこやかに笑った。
「すまない、ヤマトのお嬢さん。我々にヤマトの情報をいただけないだろうか」
 
「ヤマトはブラックホールを収束させるために、ワープしていきました。乗組員は、艦長を除いて全員退艦し、それから、ヤマトは最後のワープをします」
 澪の説明に、ユウは思わず声を出した。
「どういうこと?」
「艦長一人残り、艦長が最終ミッションを行います」
「一人で?」
 ユウの驚きの声に、澪はうなずいた。
「それから、ヤマトの最終移動先の座標はわかっています。それより近づかないようにと」
「どういうこと?」
 納得できないユウは、澪の説明に割り込む。
「自分のタイミングで撃ちたいと、艦長が決めたことなの」
 澪は、ユウにだけ、話しかけた。
「でも、あなたなら、古代艦長のタイミングに合わせられると思うの。艦長は、あなたの生存を知っているからこそ、この最終座標を私の所に知らせてきたと思う」
 ユウは下を向く。
「ヤマトのお嬢さんの話を聞いて、ユウ、君はどう思う?」
 オウルフは、ユウに訊ねるが、ユウは答えを返せない。
「作戦を立てましょう」
 やり取りを聞いていたエリシュカが、声をあげた。
「私たちが何ができるか、そして、あなたは何ができるか」
 澪は、ヤマトが乗組員を下ろしてからの動きをユウたちに説明した。すると、「君はどうしたいと思った?」と、オウルフがユウに声をかけた。
「どうって」
 オウルフは、ユウの胸に指をさした。
「ヤマトの動きはわかった。ユウ、君はこの話を聞いて、どうしたいんだ」


(4)

(どうしたい・・・・・・)
「ヤマトへ行きます。父を古代進を死なせるわけにはいかない」
 オウルフは、ユウの言葉を聞くと、にこりと微笑んだ。
「それでは、我々も準備をしなくてはならないな」
 オウルフは、通信機に向かって話し出した。
「ベルトフォーオル、ユウをヤマトに届けることになった。今から操舵室に戻る」
 ユウはヘルメットを抱えながら、オウルフの様子をうかがっていた。オウルフはその視線に気づくと、ユウに近づき、大きく息を吐いた。
「やってみろ。うまくいくかどうかは、君たち親子次第。できる限りのサポートは私たちがする」
 ユウは小さく頷いた。
「君は発進の準備を。じゃあ」
 操舵室へ戻るオウルフを見送ると、ユウは傍らでずっと様子をうかがっていた澪を見た。
「心配かけて、ごめん」
 澪の頬に、幾筋も涙が流れている。ユウは、手を伸ばし、頬の涙をぬぐうと、もう一度抱き寄せた。
(ああ、サーシャの香り・・・・・・)
「あ、あの」
 アルトゥールが申し訳なさそうに、声をかけてきた。
「時間がない。とりあえず、君たちはドリンクと軽食をとるべきだ」
 アルトゥールは、ドリンクボトルを二つ差し出した。
「それから、どっちの機体ででるんだい、ユウ」
 榊郁夫の言葉に、ユウは微笑んで指さした。
「できれば、ゼロで」


(5)

「ありがとう、サーシャ。おかげで少し思い出せたよ」
 コクピットをのぞきこんでいる澪に、ユウは合図を出した。
 澪の反対側からのぞきこんでいた榊郁夫は、ユウにヘルメットをさしだした。
「機体の通信機とのリンクはバッチリなはずだ」
「ありがとうございます」
 ユウはヘルメットを被ると、まず、クジュメディカの操舵室との通信を試してみた。
「ユウ、説明は分かったか」
 操舵室のオウルフからの指示を聞き取り、了解のサインを送る。
 久々のコスモ・ゼロの感触を確かめながら、傍らで心配そうな顔をしている澪に、親指を立てた合図を送った。
「クジュメディカ、2分後ワープです」
 アルトゥールの声で、澪と郁夫は機体から下り、いつでも発進できるように機体から離れた。
「ワープのカウント、始まります」
 ヘルメットのスピーカーからの声を聞きながら、ユウは目を閉じた。

(6)
 無事、クジュメディカのワープが終わると、クジュメディカは、暗黒の空間の中でも視覚的に認識できるように、船体のライトをつけた。
 ユウは、クジュメディカの操舵室からのデータを確認しながら、その時を待った。
「ヤマトは最後のワープ前に、乗組員を退艦させる……そして、古代艦長が一人乗るヤマトが、最後のポイントに移動する……」
 抑揚のない澪の声が、ヘルメットのスピーカーから流れる。言葉を頭の中で反芻させながら、ユウは、小さく息を吐く。
「了解」
 そう言いつつ、ユウは、何と父に声をかけるかを考えた。
(あの人、結構がんこだったし)
 それを察してか、ユウの耳にオウルフの声が届いた。
「ユウ、古代艦長が、君を受け入れてくれないなら、我々は、君を回収して、この空域から移動しなければならない。それだけは、従ってもらうよ。君や我々の命もかかっているからね」
 話を聞きながら、ユウはコスモ・ゼロのレーダーをオンにする。
「わかりました」
 ユウは、息をゆっくり吐く。
 耳に届く声は、コスモゼロ発進のための音声に切り替わった。
「右舷後方にワープアウトの痕跡。艦籍照合、宇宙戦艦ヤマトです」
 ユウは息をしっかり吐く。
 発艦の準備完了のランプがつく。
 確認のパネルがすべて異常なしを伝えるグリーンであるのを確認すると、ユウは機体を動かし始めた。


(7)
 星の光以外、何もないように見える空間に、ヤマトの姿があった。
 それは、誰にも見えぬように、黒い塊としてあるだけで、ユウも、レーダーや他のデータがなければ、認識できないほどであった。
 やがて、それは、知らされていた位置にたどり着くと、さらに、起動しているかどうかわからぬほど、明かりや動きを止め、ひっそりとしていた。普段、人がいる艦橋からも、その気配がなく、明かりも見えない。
 ユウは、コスモゼロのナビゲーションシステムに従って、ヤマトへ近づいていった。
「ヤマト、着艦の許可をされたし」
 何度も通信を送るが、何も返ってこなかった。
(誰もいないのか)
 傍らの時計の数字がどんどん減っていく。クジュメディカへ戻る時間が刻々と迫ってきていることを表していた。
(あきらめるしかないのか)
 ユウは、音声通信をオンにして、もう一度、着艦許可を願った。
 第一艦橋や、艦底部へ近づいてみるが、何もヤマトからの返事はなかった。
(強引に、接弦して、艦に乗り込むか)
 ユウは焦った。自分は無駄なことをしているのではないかと。
(何もできず、足手まといになるのか)
 「悔しい」という言葉が頭をよぎる。
「古代艦長、森です。着艦許可をお願いします」
 聞こえているのか、聞こえていないのか、それすらわからないまま、ユウは何度も叫んでいた。
 時計の時間がゼロへ近づく。
 ユウは、それでも、何度も叫んでいた。
「艦長、着艦許可をお願いします。古代艦長」
 ビィー
 時計がゼロを示す。
「このくそおやじ。返事をしろ」
 ユウは叫んだ。
 これで、クジュメディカへ戻らなければ、クジュメディカのクルーたちに迷惑をかけてしまう。もう一度、ヤマトの近くを通った時だった。
(着艦口が……)
 ユウは、着艦口が開いたことに気づき、着艦の体勢へ機体をもっていった。
「ヤマトに着艦します」
 ユウはクジュメディカへ通信を送った。


(8)
 ヤマトの格納庫は、がらんとしていた。飛べる機体は、すべて出ている。
 ユウは、一番簡単に機体を固定すると、急いで艦内の案内図へ駆け寄った。使用不可で赤の表示になっている中、唯一、第三艦橋へのルートだけがグリーンに点滅しており、今も移動可能であることを示していた。
 ユウは、そのルートを頭に入れると、すぐに移動を開始した。
 ピリューン
 第三艦橋内は、機械類の画面だけが光を放っており、薄暗い。
 ユウは画面からの光を受けて浮かぶ、人の姿を確認する。艦長である進の姿だった。
「何をしに来たのか」
 進は顔を起こさず、ユウに声をかけてきた。進の手は止まらない。
「その席に座われ。発射までもう時間がない」
 一つの座席が浮かび上がった。進がその座席前の画面を起動させたためである。
 ユウは、言われた席につき、目の前のデータを確認した。
 進は、相変わらず手だけを動かしていた。刻々と変わるデータを見つつ、微調整しているようだった。
「冷静か」
「はい」
 進の言葉に、ユウは言葉を返す。
(先ほどの「くそおやじ」に怒っているのだろうか)
「戦闘班のファイルを覚えているか」
 ユウは、ヤマトに乗艦してすぐに渡されたマニュアル類を思い出した。
「あれをすべて読んだか」
「はい、一応」
 最後の方は、何に使うかわからないまだ、開発途中の情報まで載っていて、100パーセント覚えているかと言われると、とても怪しい。
「お前はとにかく、発射だけをやれ。後は、私がすべて合わせる」
「はい」
 目の前に照準器が出てきて、発射準備を整えた状態であることが、ユウにも理解できた。
 画面のカウントの数字が減っている。発射する時が、もうすぐ迫っていることを知らせている。
「いいか、最終段階にはいるぞ」
 進の声で、ユウは発射装置に手をかける。久々……この緊張から離れて、どのくらいの期間が経っているのだろう……ユウは、画面のカウントを何度も確認しながら、進が設定した目標ポイントを見た。
「カウントを始めるぞ」
 その言葉が合図となり、ユウは大きく息を吸った。


(9)
「20、19、18,17……」
 進の声を聞きながら、ユウは、子どもの頃のことを思い出していた。
 それはいつだったか。
 二人で海へ、魚釣りに行った……その頃に、海には魚はいただろうか。地球の海の回復には時間がかかっており、研究室の水槽にはたくさんの魚がいたが、海に魚はいただろうか……
「10、9,8……」
 水槽や、海面に設置された生けすで育てられていた魚の一部が海に逃げていたのか、人為的に放たれていたのか。
 魚を釣ると言いながら、釣れたことがあっただろうか。
(そういえば、あの時)
 瞬間的にぐっと大きな力が加わりしなった釣り竿を、父と二人で引っ張った記憶がよみがえってきた。
「4、3、2……」
 ユウは、進の声に合わせて、数字を唱えだす。
 そう、あの時も、一緒に数えていた。
「0」
 ユウは、指先に力を入れた。
(あの時、何か釣れただろうか。それとも……)
 父の腕の中で、抱きしめられているかのような体勢で、一緒に釣り竿を引っ張っていた。それだけは、はっきりと覚えている。
 ただ、その後のことは記憶になかった。
(ああ)
 ユウは急にめまいを感じ、頭や体に強い刺激を感じた。
 
「う……」
 だれかに体を揺さぶられている感触で、ユウは目を覚ました。
(あの時と一緒だ。そう、あの時も、気を失って……)
「大丈夫か」
 ひどいワープ酔いを起した時のような、ふらつきはあったものの、ユウは、体を起こすことができた。
 片膝ついてユウの体にもたれている進がいた。
「え……はい、なんとか」
 進は、安心をしたのか少し笑みを浮かべると、そのまま倒れこんだ。
「艦長」
 ユウは進の体をそっと抱きとめ、呼吸を確認した。
「艦長……お父さん……」

  第二十二話 『すべての終わりに』 終わり

次回 最終話『スターシャ』     



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