「想人」第四話 試練
(1)
柳原涼子は、無我夢中になって走っていた。見つからないような道は、自分たちにも険しかった。
『誰も追ってきませんように』
涼子は、持ち慣れてない銃を手に、そして、左手は、小さな手のひらを握り締めていた。
『せめて、この子どもたちだけは、親元に届けなければ』
涼子の心の中は、ただ、使命感だけに一杯になっていた。いつもの居住区から離れたところに、子どもたちを遊びに誘ったのは、ほかならぬ自分だったから。ガサッ
自分たち以外の音がする。それは、自分たちの命に関わること......。
「涼子、ここは、俺に任せて、先に行くんだ」
次郎の声が、自責の念で周りが見えなくなっていた涼子の耳に届いた。
「行くんだ」
涼子は、うなづいて、銃をウェスト部分にはさむと、自分の胸より低い背丈の子どもを二人、それぞれの手をぎゅっと握り締め、自分とほぼ同じ身長のユウを先頭にし、走り出した。後ろで、銃の打ち合いの音がする。次郎が、追っ手を必死になって、撃っている音だ。
前を走るユウの足が急に止まった。そして、判断を求めるように、涼子を振り向いた。その瞬間、銃声が響いた。
「ユウちゃん、退きなさい」
ありったけの声を出し、両手の子どもの手を振り払い、腰に差した銃を構えた。
「みんな、伏せて」その声が、合図になって、銃の撃ち合いが始まった。涼子は、必死に撃った。
『守らなきゃ、守らなきゃ......』
「涼子、涼子」
次郎の声と共に、体が揺さぶられた。
気づくと、子どもたち、ユウ、次郎が側にいた。「涼子、相手は、もう死んでいるよ」
次郎がそっと、銃からしっかり握りしめている涼子の手をはずした。そして、その銃を、ユウに渡した。「さっ、行くぞ」
次郎の言葉で、涼子の足は、再び動き出した。しかし、頭の中は空っぽのままだった。
『私は、何を......』涼子は、もう動かなくなった人の形の塊の横を通り過ぎるとき、初めて何が起きたかを知った。
(2)
「あぁー」
涼子は、唸るように声を上げた。「どうしたんだ、涼子」
声が聞こえ、誰かの手が体に触れた。涼子は、さっき見た死体が、息を吹き返し、自分の肩や腕をつかんだと思い、抵抗した。しかし、次第に、ここはあの森でもなく、そして、あれは、もう過去のことなのだと気づいた。涼子の隣には、心配そうな顔をした次郎がいた。そこは、次郎の部屋のベッドの中だった。「大丈夫か」
涼子は、状況を理解すると、ウェーブがかかった長い髪を、何度もかき上げた。汗ばんだ髪が、肌につき、それがいっそう、あの時、絡んできたつる草を思いださせていた。傍らには、その姿をずっと見守る、島次郎がいた。
肌も汗で、少しべたついていた。それでも、涼子は、シーツを体に巻き付けた。微かな震えが、さっきから止まらなかった。「また、あの時のことを?」
「ええ」小さな少女のように、涼子はベッドの上でひざを抱えた。次郎は、涼子を残し、ベッドから降りた。
「つ、冷たい」
次郎は、水を入れたコップを涼子の頬にくっつけた。涼子は、笑みを浮かべ受け取った。やや疲れた笑顔が、次郎には、いっそう辛い夢だったことを感じさせた。涼子は、一気に水を体の中に取り込んだ。
「ああ、おいしー」
次郎は、ただ何も言わず見ていた。涼子は、安心したのか、手で口元を拭うと、コップを次郎に返した。次郎は、コップを受け取ると、再び涼子の脇に座った。「久々に、あなたにあったせいなのかな」
少し、余裕ができたのか、涼子は、そっと、次郎の体に身を委ねた。「トナティカで、散々な目に合ったのに、なんで、叉、宇宙に?」
次郎は、そっと、髪を撫でた。細かなウェーブが、指先を思うように進ませてくれない。「なんでなんだろう.......。でも、私だけじゃなくて、みんな戻って来てるじゃない」
フフっと笑い、髪に絡んだ次郎の指をに触れた。涼子は、もつれた髪と次郎の指を丁寧にほぐした。「私、少しは、マシになったかな」
次郎から、体を離すと、涼子は、首を振って、髪を揺さぶった。「それを試しにここに来たんだろ」
「かもね」
涼子はばさっとベッドから降りると、簡易シャワーの入り口に向かって歩き出した。
(3)
「しまった!」
さっきから、ユウは、シュミレーション室で、何度も失敗を繰り返していた。隣で同じように、砲術のシュミレーションを繰り返すヤストは、ほぼつまづくことなく、レベルを上げていた。「おい」
ヤストは、マニュアルをめくっては、自分の失敗を反省しているユウに声をかけるのだが、ユウは、一人ぶつぶつ独り言を言い続けていた。「おいっ!」
シュミレーションに使っているヘッドホンを取り上げて、ヤストは、さらに大きな声で呼んだ。
ユウは、ヤストから目をそらした。「なんだ。なんだ。少しばかりうまく行かないからって」
ユウは、焦っていた。戦闘班長のユウの方が、遥かに、覚えることが多い。ヤストは、父直伝の砲術オタクで、ヤマトの火気のこともよく知っていた。シュミレーションも軽々こなしてしまうのは、子どもの頃から、シュミレーション機が、家にあり、子どもの時からゲームのように遊んでいたこともあった。ユウも何度も遊んだことがあったが、それは、本当に、ゲームとして遊んだだけで、記憶の彼方に消えていた。何も、ヤストが悪い訳ではないが、恨めしく思ってしまう。何も返事しないユウに、ヤストは、一つの提案を持ち上げた。
「砲術関係は、俺とやらないか?今から」有り難い提案なのに、ユウは、『ありがとう』が言えない。ヤストは、そんなユウの気持ちを察してか、勝手に実行し始めた。
「さあ、それじゃあ、波動爆雷からだぞ......」
『すまない......』
ユウは、その言葉が素直に言えない自分が、少し腹立たしかった。
(4)
「いいんですか、真田さん」
進は、昔ながら、志郎には「さん」をつけてしまう。「ああ。この一年、工作班の連中は、この新ヤマトの新造開発部門としてここで仕事をしてきた。ずっと一緒だった俺が言うんだ」
志郎は、にやりとした。
「お前も、その方がやりやすいだろう」「そんなことは」
進は、語気を強めて言う。志郎は、おかまいなしで話し続けた。
「お前には、いくつか足枷をつけさせてもらった。次郎に澪に、そして、ユウだ」
進は、じっと、志郎の言葉に耳を傾けた。
「これで、俺も安心できる」「こっちは、全然、安心では、ありませんよ」
言葉と違い、進の表情は明るい。進の中では、大したことと捕らえてはないのだろう。「軍に戻ってからのお前は、前よりも鋭く冴えている。だがな、古代艦長、俺には、お前の心が乾いているようにしか見えないんだ」
進は、キッと志郎を見た。「昔のように熱くなれ。お前の本当にすごいところは、そういうところなのだから」
進は、目をそらした。
艦長室の窓は、シャッターが下ろされ、何も見えなかった。しかし、進の目は、見えるはずの星々を、窓の向こうに追っていた。
(5)
ユウは、後部展望室の壁にもたれていた。疲れと落ち込みで、立つ気力もなく、体を壁に委ね、目をつむっていた。長時間のシュミレーション室での模擬戦闘で、かなり、頭と目の疲労を重ねていた。
気負うユウは、ヤストにマニュアルを取り上げられ、一人、休憩を強引に取らされていた。長い間の友というのは、こういう時に、いろいろわかってしまうので、ユウにとって、良し悪しだった。トゥルーン
入り口のドアが開く音に反応して、ユウは、立ち上がった。入ってきたのは、真田志郎だった。
「ここにいるとヤストくんに聞いてね」
志郎の言葉に、快く答える気力がなかった。「かなり、苦戦しているようだな」
志郎も何となく、ユウの状態が読めているらしい。
「まあ、戦闘班長は、長いこと、やり手がなかったからな」
笑って話す志郎に、ユウは、やっと、口を開いた。
「古代艦長も、昔全部覚えたんですか」「たぶんね」
「そうですか......」
ユウは、溜め息をついた。志郎は目を細めた。「お前にしかできないこともある。艦長を守ってくれよ」
志郎は、静かに話した。
「お前のおやじは、お前やお前の母親を守っていただろ」「でも.....」
「思い出せよ。昔を」
志郎は、そういうと、ドアの方に歩き出した。ユウは、それ以上、言葉を見つけられず、ただ、志郎の後ろ姿を見送るばかりだった。
(6)
父親との生活は、楽しかった。それは、母と離れたものであっても。
ユウは、父と海へいったり、家事をしたりして、毎日を過ごした。夜になると、父親は本を読んだり、キーの音をならして、何か文章を書いていた。ユウはいつも、父の傍らで、父の体の温かさをたよりに眠りに入っていった。
その日も、同じように父にもたれて寝ていた。ぼんやりしている意識の中、電話の呼び出し音が、どこかで鳴っていた。父親は、ユウの体をそっと動かし毛布をかけると、電話を取りに立ち上がった。しばらくして、また、静かな世界になった。「そう、明日なんだ」
音声だけのようで、父は、ソファで寝ているユウの側に、受話器で話しながら腰を下ろした。父の手が、ユウの頭をそっとなでる。「落ちると留年なのか......それは、厳しいね」
学生の母は、希望の大学で医学の勉強をするため、ユウと父と離れて暮らしていた。父は、母の話をずっと聞いていた。「気にするなよ、一年ぐらい伸びても、かまわないよ」
優しい父の声を、心地よく聞きながら、ユウは、深い眠りの世界に入った。「そう、また、いつでもかけておいで」
そう言って、受話器を下ろしたものの、父は、すぐ、受話器を持ち上げ、電話をかけた。「すまない。無理を言って。すぐに行きたいんだ。貨物でもいい」
受話器を下ろし、父は、忙しく動き出した。
電話が再び鳴り、父は、すぐ電話にでた。「ありがとう」
その言葉の後、ユウは、揺り起こされた。「起きなさい、出かけるよ」
眠い目をこすり、ユウは、抱きかかえられるように部屋を出、車に乗った。
その後は、父の腕の中。ユウは、また熟睡した。目を醒めた時は、母がいた。目が潤んでいて、瞳が宝石が輝いているように見えた。
父は、ヤストの父親に無理を言って、母の元に向かったのだ。
そして、父は、母の側にいる時は、ユウと二人きりの時のように、いつも母の側にいた。父が側にいる時、母は、とてもきれいに見えた。ユウは、優しい笑みをいっぱい浮かべている母が、大好きだった。
(7)
「すみません、艦長。こんな遅くに」
今にも消えそうなか細い声が、進に向けられた。静かな艦長室でなければ、聞こえなかったかもしれない。
「いや、大丈夫だよ。まだ、寝る前だったしね」
進は微笑んだ。まだ、少女のような面影が、これ以上に曇らないために。それ程、この声の主、坂上葵(あおい)の顔には、心の不安定さが表れていた。「どうだ、工作班は?」
進は、葵の不安の元を知っていた。それゆえ、彼女の不安を取り除くのは、艦長である進の仕事の一つであった。「工作班の班長という仕事は、私には......」
語尾が小さく聞こえない。しかし、志郎は、『何年に一度かの天才』だと言う。大胆な発想の持ち主だが、見た目は、繊細である。「君が班長に適しているかは、真田所長のお墨付きだよ」
進は、何気なくこの場をきり抜けようとした。彼女の人生において、今回一人立ちすることが、大きなヤマになるはずだというのが、志郎の意見だった。「真田所長は、ヤマトには、残られないのですか?」
これ程の不安は、ただ、仕事上だけの不安ではあるまい。「真田さんには、私の補佐を頼んでいるんだ。君は、班長の仕事に集中して欲しい」
何かを言うと、涙がこぼれそうになるだろう。進は、葵の肩にそっと手を置くと、ぽんっと軽く叩いた。「新しく開発された部分は、ほとんど君のアイデアなのだろう。とても頼りにしているんだ。私も真田さんも」
志郎の名前を出すと、葵の頬は、赤くなった。葵の気持ちを受け止めれず、志郎が逃げているのが、進にもわかった。
『さて、彼女が気づいたら、一悶着起きそうだな』進は、志郎を探してここに来た葵を早々帰し、ドアを閉めた。葵が口実に持ってきた新しい部分のマニュアルを眺めながら、ふと、沈みゆくヤマトを思い出した。
一瞬に解けてしまったはずなのに、進には、アクエリアスからの大量の水の中に消えていったように見えた。あの時、何もできなかった思いと共に、今でも鮮明に思い出すことができる。
(8)
ユウは、第一艦橋の席に座り、目を閉じた。さっき、ヤストと繰り返した、砲術関係の手順を一つずつ繰り返した。
『最後は、波動砲の手順か......』
ユウは、ゆっくり、その動作を行なった。
『そう、ここでトリガーがアップしてきて......5.4.3.2.1......』
ユウの指が動く。「ふー」
ユウは、椅子にばたんともたれた。
『まあ、手順だけは、押さえれたか......』ホッとしたのか、急に頭の反応が鈍くなっていった。
『もう、こんな時間か......』
薄目を開けた時、時計の針が1時をまわっていた。ユウは、そのまま体を椅子に預け、体の欲求のままに任せた。
「お父さん、お母さんは?」
ここは、違う艦(ふね)の中。
「ユキは、医務室だよ」
その言葉通り、医務室に行く。医務室では、涼子が少し困った顔をしていた。涼子が飲み物を勧め、母が来るのを待てと言う。ユウは、言われた通り、飲み物を飲んだ。そして、その後、しばらく記憶が途切れる。気づいた時は、母は、艦に乗っておらず、さっきの飲み物を飲ませるように指示したのは、父だということを知った。
第一艦橋に下りた進は、戦闘指揮席に近づいた。新しいはずなのに、懐かしい場所......進にとって複雑な思いがある所であった。進は、そこで、ユウが寝ていることに気づいた。
寝顔を見ていると、幼い頃の面影がだぶる。あれ程、側にいたのに、数年で、埋めることのできない溝が、二人の間にできていた。「お母さん......」
そら耳だったかもしれない。しかし、進の耳に聞こえたユウの声。進は、脆いモノに触れるように、ゆっくり手を伸ばした。
(9)
ウィーン、ウィーン、ウィーン
けたたましく警報音が、第一艦橋に鳴り響いた。進は、伸ばした手をそのまま、戦闘指揮席のパネルの下のキーへ運んだ。真田志郎は、昔のまま、この戦闘指揮席でも、艦長席と同じ機能を持たせていた。進は、中腰になって、自分の体の記憶に頼ってキーを打ち始めた。
『まったく』
しかし、進の指は、動き続けた。志郎のアンティーク志向も役に立つものだ。しかし、最近のメカに慣れた若い乗組員向きではなかった。さすがに疲れて寝ていたユウでも、警告音と進の気配で、目を醒ました。父の手は、昔から、速くキーを打つことができた。しかし、それは、こんな理由からだったのかと、ユウは気づいた。
「それで」
マイクに向かって話す父は、ユウにはおかまいなしだった。ユウはただ、久々に、父の横顔を間近で見ていた。「わかった」
怒鳴って、何を言っているか、わからない言葉も、進は、きちんと聞き取っていた。
進は、更にキーを打ち、全面のパネルスクリーンに、情報のすべてが出るようにしていた。それは、まだ、マニュアルを一生懸命覚えているだけのユウには、真似できることではない。「ああ、すまない」
ユウが起きているのに気づいた進は、立ち上がった。つい、集中してしまって、ユウの存在を忘れかけていた。そして、後ろの艦長席に向かった。とりあえず、ユウは、スクリーンに映し出されている文字と天体図を追った。そこには、ボラーの大形ミサイルが、地球に接近している様が、語られていた。
次々と、第一艦橋のスタッフが入って来る中、志郎が進の座る艦長席に、近寄った。
「来たな」
「ああ。ブラフ、か」
「そうだな」
二人は、他の乗組員が、状況を判断している間、誰にも聞こえぬ会話を続けた。
(10)
「古代艦長、最悪を考えて、行くぞ」
「一人でですか」
進は、右舷の元 志郎の席に座る、坂上葵の姿をちらりと見た。「ああ」
「お気をつけて、真田さん」
進の言葉に、志郎は小さな溜め息をついた。「いつまで経っても、俺は、お前の兄貴の親友か」
進は、一瞬驚いた顔をしたが、目を伏せ、笑みを浮かべた。
「気をつけろよ、真田」
進は、さっと敬礼をした。
志郎もそれに答えるように、背を正し、敬礼を返した。そして、第一艦橋のドアに向かって走っていった。進は、息を軽く吸うと、第一艦橋を見渡した。
「今からヤマトは、最悪の状態を考えて、発進準備に入る」
通信席の女性が振り向く。
「艦長、あの大形ミサイルの処置は、月軌道艦隊が間に合うそうです」進は、それにうなずくだけだった。
「補助エンジン準備完了」
機関長の徳川太助の声が響く。「補助エンジンのスタートのためのエネルギー充填、完了しました」
坂上葵の柔らかい声。「補助エンジン動力接続」
「補助エンジン動力接続します」
進の言葉を太助が復唱する。艦内は、にわかに緊張しだした。「艦長、ミサイルの第二波です。こちらに向かってます」
右舷航法席の女性が、叫ぶ。そのデータは、巨大なスクリーンに映し出された。「補助エンジンスタート」
「補助エンジン始動します」
「100、200、500、1000、2000......」「艦長、第二波は超大型です。惑星破壊ミサイルです」
「波動エンジン始動後、すぐ、波動砲発射準備に入る」
進は、ざわめきを断ち切るかのように、大きな声を出した。
ユウは、にわかに緊張した。通信席の女性が進にメッセージを転送した。それは、真田志郎が送ったものだった。
「古代艦長、今から、このアクエリアス灯台のドッグを解体する。パーツが解けるだけだ。全てこちらで回収できるようになっている。それよりも、パーツの動きに気を取られないよう、艦の安定を保て」
「わかった」「波動エンジン回路接続1分前」
「島、艦の安定を保て、今からドッグが分解される。森、波動砲の発射プロセスは?」
「覚えました」
ユウは、叫んだ。さっきから、マニュアルの手順を思い出していた。目視で、手順を繰り返す。艦(ふね)の底から、唸るようなエンジン音が響いてくる。「波動エンジン点火、10秒前、......5、4、3、2、1、フライホイール接続点火」
(11)
航海班長の次郎が外の風景に惑わないようにするため、全面の窓はシャッターが下りたたままだった。それでも、次郎の不安な気持ちが響いたのか、艦が少し傾いているのをパネルに映るミサイルの予想軌道とヤマトの位置と波動砲の起動で確認できていた。
「次郎、艦を安定させろ」
「はい」
「波動エンジン内圧力上げます」
落ち着いた太助の声。「艦長、この位置から目標物とヤマトとの間には、何も障害はありません」
「艦長、真田所長は......」
坂上葵の声が、進のすぐ側から聞こえた。葵は、艦長席のすぐ近くまで、来ていた。
「席に戻れ」
「私、無理です。所長が一緒じゃなきゃ」「波動砲へエネルギー充填」
進は、無視をして、発射を進めていった。
「エネルギー充填始めます」「艦長!」
「波動砲への回路開け」
「回路開きます」
進は、慣れてないユウの代わりに準備を進めていく。ユウは、目の前のメーター類がチカチカと輝き出すのを見て、やっと、何をすべきか気づいた。
「波動エンジン内圧力上昇中」「艦長、私ダメです」
その時、葵の手は、進の前のパネルに映った、志郎の映像を見つけた。葵は、通信のボタンを押そうと手を伸ばした。「あ......」
進は、グっと葵の手を引っ張ると、葵の上半身を自分の体に引き寄せ、唇を重ねた。葵は、進に口も手も封じられた形になった。
(12)
「圧力発射点に近づいています」
進は、そっと、葵の体を離した。葵は、息を荒くして、進の横に立っていた。
「波動砲セーフティロック解除」
進は、そう言うと、そっと、唇を拭った。
「波動砲セーフティロック解除します」
ユウは、段々明確に、プロセスを思い出していた。「島、そのまま、操艦しつづけろ。森、波動砲を打つことだけに専念しろ」
「ハイ。ターゲットスコープ、オープン。電映クロスゲージ、明度16」
進は、葵に、自席に戻るよう、目で促した。葵の頬には、涙が行く筋か流れていた。進は、スカーフをはずし、葵の頬を拭った。
『さあ』
進は、葵に、席へ戻るように促した。ユウは、なかなか、照準を定められずにいた。その間に、ミサイルとの距離がどんどん詰まっていった。
「目標、ヤマトの軸線上です」
南部ヤストは、願うように、声をかけた。「エネルギー充填120%」
「発射10秒前、対ショック、対閃光防御」
進は、有無を言わせず、命令を続けた。進の『10秒前』の言葉に、ユウは、覚悟を決めた。「5、4、3」
揺れる手を、もう一方の手で押さえた。
「2、1、0。発射」それからは、何が起きたかわからなかった。
発射後、操艦をしていた次郎は、とにかく、艦を安定させることに専念し、操縦捍が動かないように心掛けた。他の乗組員たちは、一瞬、エンジンの大きなうなりで恐怖感が増し、顔を伏せた者もいた。「ミサイル、消えました。波動砲の火力によって、溶解したものと思われます」
進は、その言葉を聞き、ヤマト第一艦橋のシャッターを開けた。スクリーンには、後方の地球が映し出された。ユウは、立ち上がり、身を乗り出した。
『これがヤマト......』
ヤマトの甲板を見つめ、やっと、この乗り物が宇宙戦艦であることを実感した。
(13)
「それぞれ、各担当の箇所に不具合を確認しろ」
進の言葉で、興奮気味だった乗組員たちは、少し冷静さを取り戻した。「森、坂上」
「はい」
進は、二人を交互に見た。
「二人は、担当部署確認後、艦長室に来るように。通信班長、真田所長から通信が入ったら、艦長室に回してくれ」
進は、そう言い残すと、椅子に座ったまま、艦長室に登っていった。ふー
ユウは、急に緊張が途切れた。「おい、戦闘班長、戦闘班の担当部署は、何ともなかったぜ」
ヤストがポンっと後ろから肩をつかんできた。「おつかれさま、島航海長。こちらも何も異常はありません。とりあえず、地球軌道を運行します。航路は、さっき、地球防衛軍本部に知らせました」
横で、少し低い女性の声がし、ユウとヤストは、女性を見た。「まだ、私達、自己紹介してませんでしたね。島航海長の補佐します、桜内真理と申します。よろしくお願いします」
年上らしい桜内真理の丁寧で、落ち着いた言葉から、皆の自己紹介が始まった。「そうですね。戦闘班長の森ユウです。よろしくお願いします」
ユウは、深く頭を下げた。と言うより、長く自己紹介したくなかった。「森戦闘班長のもとで砲術担当します。南部康人です」
「機関長の徳川です。このヤマト開発に関わっていたので、皆知っていると思うけれど」
「徳川機関長、エンジン始動の時、リード、ありがとうございます。私は、航海長の島次郎です」
「いやいや、このヤマトは、見た目旧式で、なれるまでは操艦しにくいけれど、次郎君は、初めてにしては、合格点だよ」
太助は、次郎に手を差し出した。次郎は、その手を握り締めた。「ああ、私、リー・フェイです。フェイって呼んでください。通信班長です。日本語は大丈夫よ。艦内は、一応、艦長に合わせて、標準語や生活様式が決められるんだけど、私は、日本で育ったから不都合はないです。ユウとヤストとは同期です。学科試験は、私がトップだったんだけどね」
光の加減によって金色っぽく見えるフェイの瞳は、ユウとヤストに一瞥を投げた。
「じゃ」
通信が入ったのか、つけていたヘッドホンをかけ直すと、フェイは、席に戻った。「あ、あの.....工作班班長の坂上葵です」
「大丈夫?あんなことされて」
桜内真理が親し気に葵の頬の涙の跡を触った。
「だ、大丈夫です。騒いだ私が悪いんです」
葵は、身を引いて、顔を赤らめる。人に見られていたと思うと、恥ずかしさが増してきたようだった。「見ようによっては、セクハラまがいだね」
背の高い男が話に割り込んできた。
「私は、橘俊介。生活班長です。一応、看護師や検査技師、栄養士その他、ドクターじゃないけど、資格だけは、いろいろと......。さっきのキスには、驚いた。さすが、古代艦長だね、普通の艦長と違う」
ユウをあざ笑うかのような視線を送る。ヤストは、短気なユウの手がでないよう、後ろからユウの腕を引っ張った。
『よせ』波動砲発射のことで、一杯だったユウは、どんな理由があれ、進が母以外の女性とキスをしていたことを知らされ、心が荒立った。橘俊介は、明らかにそれを見越して喋っている。ユウが古代進の息子であることは、すでに軍の中では、有名な話だった。
「戦闘班長、艦長室に、行きませんか」
葵の可愛らしい声は、この戦艦には少し不似合いかもしれない。しかし、少なからず、険悪なムードになりつつあるこの場所では、有効であった。「ええ」
にっこり微笑んだ葵の笑顔は、晴れ晴れしていて、ユウは照れた。
(14)
「艦長、真田所長から、通信が入りました」
通信班長のフェイの言葉がスピーカーから聞こえる。小さい画面には、志郎の顔が映っている。
「無事発進できたな」「ああ」
「波動砲は、おまえが?」
「いいや」
「そう」
「そうだ」
進は、体の前で指を組んだ。
「坂上だが」
進の言葉に志郎は、口を閉じた。「地球に戻った時には、ちゃんと受け止めてやれよ」
「あ、ああ」
「その時は、一発殴られてやるから」
進の言葉の意味がわからず、志郎は首を微かに振った。「話は、帰還後。恋愛の悩みのアドバイスは、たっぷりしますよ」
進の余裕の言葉に、志郎は、首を立てに振った。「お前も、受け止めてやるんだぞ」
志郎が、進に言うと、進は、椅子に背中をもたれさせた。
「ええ」「じゃ、体に気をつけて、古代艦長」
画面から志郎の顔が消え、部屋の中は、静かになった。進は席を立つと、窓に近づき、中まで透けているように青く輝く地球を見た。
次郎は、ユウと葵を見送りながら、進が自分のことを、『島』と呼んだ意味を考えていた。
「実戦ほとんどなし、特別訓練も受けてないのに。血ですかね」
桜内真理が、次郎に向かって呟いた。次郎は、自分に話し掛けられたことに気づいていなかった。「血っていうか、思いじゃないですか」
ヤストがそれに答えた。「『思い』?」
フェイが言葉の意味を問い返した。「そうかもね。私も、おやじの姿を追って、ここにいるくらいだから。君も、だろ?」
太助は、次郎に同意を求めた。「そうですね。でも、彼の場合は、少し違っているかもしれない。彼が大好きだった父親は、宇宙戦士ではないのだから」
「あ、あの」
ユウは、エレベーターから降りる葵を呼び止めた。「なに?」
「一緒でいいですか」
キスの詳細を知らぬまま同席することは、葵に悪いと思いつつ、進と二人っきりになるのも恐かった。「いいわよ」
笑うと、どこか赤ちゃんの笑みのように無垢な感じがした。顎のラインまでのさらさらした黒髪が、葵をお人形のように思わせた。「ありがとうございます」
ユウは、葵の髪がサラっと揺れるのを見て、触ってみたいと思った。
第四話「試練」終わり
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