「想人」第五話 出発(たびだち)

(1)

 ユウは、坂上葵と二人、進の前に立っていた。葵と進の先ほどのできごとを、どういう顔で、聞いていたらいいのだろうか。ユウは、そのことばかり気になって、目を進の後ろの窓の外に目を向けていた。

「坂上」
 進の声で、ユウは、唾を飲み込んだ。何故、自分がこんなに緊張しなくてはならないのか、自分でもわからないが、握った手のひらは、汗ばんできた。

「さっきは、すまなかったな。真田所長の方には、引き継ぎのことも含め、直に連絡を取ってくれ」

「はい、わかりました」
 葵の声は、はつらつとしていた。ユウは、その声にひかれ、葵の顔を見た。少しテレ笑いの葵と目が合い、ユウは、ますます緊張した。

「森、さっきの波動砲の件だが」

「は、はい」
 ユウの緊張した声に反応した、葵の小さな笑い声が聞こえた。ユウは、葵の存在を気にしつつ、進に視線を向けた。それを確認して、進は、話を続けた。

「波動砲の弾道を確認させてもらったが、微妙に、目標からずれていた。本当に微妙なので、今回のような至近距離での通常モードの波動砲なら問題はないのだが、波動砲の最大射程距離の収縮モードで発射した場合、かなりの誤差が生じてしまう可能性がある。坂上技師長、森戦闘班長の癖をチェックしてくれないか?」

「わかりました、艦長」
 葵の笑顔が答えた。

「戦闘班長は、多岐なことを要求される。今回の波動砲発射時では、操艦は、島航海長に任せたが、現実の戦闘時には、かなり艦が動いている可能性があるので、波動砲の砲手が操艦した方が撃ちやすいだろう。通常時の時間がある時に、ヤマトの操艦の練習を航海長から受けるといい」

「ありがとうございます」
 ユウは、何故こんなにすんなり言葉が出たかわからなかった。
 いままで父からは、ヤマトの思い出話を聞いたことがなかったせいか、進の経験の上での助言が、昔話を語ってくれたようで、嬉しかった。

「用件は、これだけだ。ヤマトは、月基地、冥王星基地に寄り、それから、目的地に向けて旅をすることになる。太陽圏にいる間、基本的な課題をこなしていって欲しい」

「はい」
 二人は、艦長室を後にした。

 

(2)

「艦長が、おっしゃっていたように、癖みたいなものね。このことに関しての記録を検索していたら、艦長も、昔、微妙な調整をしていたみたいね。人それぞれ、視力や焦点の合わせ方が微妙に違うから、この席は、あなたに合わせておくわ。艦長席の照準機は、艦長にあわせておいた方がいいわね」

「えっ、艦長席からも、発射できるんですか」

「ええ、艦長席からでも、波動砲が発射できるし、操艦もできるわよ」
 葵は、話ながら、照準機につけていた機械を取りはずしていた。少し屈(かが)んだ葵の髪の毛が、サラっと揺れる。

「えっ」
 ユウが葵を見ていた目と、葵の目が合い、葵が反応した。葵は微笑むと、また、何もなかったごとく手を動かし始めた。

「艦長がキスしたこと、気にしないで」
 葵の手は、照準機のがきちんと動くか確認していた。
「別に、変な感情が入っていたわけじゃないし。あれで、少し吹っ切れたし」
 葵は、再起動のボタンを押して、完全に元に戻した。ユウは、答えるわけでもなく、ただ、葵の動作を見守っていた。

「すみません。別に、変な目で見ていたわけじゃないんですが」
 ユウは、バツが悪そうに、前髪をかきあげた。
 葵は、その姿にニコリとすると、手早く機械類を片付けた。

「心配してくれてありがとう。私も、少し大人にならなくっちゃね」

「そんな。坂上技師長は、仕事がきちんとできるし、充分大人です」
 ユウの言葉で、葵は、また、嬉しそうな顔をした。ユウは、その笑顔にみとれた。

「ありがと」
 葵は、恥ずかしそうに、顔を少し伏せた。しかし、すぐパッと顔をあげると、葵は、華奢な手を差し出した。
「これからもよろしくね。森戦闘班長」
 ユウは、手のひらでズボンをこすり、その手を握った。細くて白い指が、ユウの手のひらの中にあった。まっすぐな黒い前髪の奥の瞳に、ユウの顔が映っていた。

「さあ、遅くなっちゃったわね、寝ましょう。砲術長には、私から説明しておくわね」
 葵は、手を振って、第一艦橋を去っていった。

 『よかった』
 ユウは、ホッとした。

 

(3)

 その夜、ユウは、ぐっすり寝た。寝たのは、地球時間で、明け方に近かったが、寝起きは、すっきりしていた。未明の緊急発進のあと、月に寄り、ユウ達の荷物や、他の乗組員を乗せ、ヤマトは冥王星軌道に向かっていた。

 荷物を受け取ったユウは、荷物の中に入っていた写真立てを机に飾った。これといって、物に執着してなかったが、この写真立てだけは、わざわざ誰も住んでいない家に取りにいって持ってきた物だった。幼い頃、母と撮った写真。ユウは、この写真に写っている母の笑顔が好きだった。

 写真をじっと見ていたユウは、部屋についている窓に気がついた。自室の窓から星のきらめきを見て、ユウはやっと、宇宙戦艦に乗ったことを実感した。

 

「真田所長、では、行ってきます」
 葵は、画面に映る真田志郎に向かって、別れの挨拶をした。
「そして、いい女になってきます。真田所長が、振り向いてくれるような」
 葵は、言葉を続けた。
 志郎は、ただ、目を伏せ、口元だけがにこやかに笑っていた。

 葵は、通信機のスイッチを切って、まぶたを伏せた。目からは、止めどなく、涙がこぼれ落ちる。誰もいない通信室で、葵は、声を上げて泣いた。自分自身に、これは儀式なのだと言い聞かせて。

 葵の後ろで、通信室のドアの隙き間が、そっと閉じられていった。狭くなっていく隙き間から、金色の糸が、すっと流れ出ていくように消えていった。

 

(4)

 冥王星......そこは、太陽系外周艦隊の母港のようなところである。ボラー連邦の度重なる攻撃のため、地球は、外周艦隊の守備範囲を狭めていた。ヤマトは、冥王星基地に停泊し、出発(たびだち)の最終準備にはいっていた。
 進は、宇宙軍連合艦隊総司令を辞任したとはいえ、緊急時に地球との連絡が取りにくくなる外周艦隊に、今後の指示を出さなければならなかった。それは、今後ヤマトが、地球と連絡を密にできないことも関係していた。

「ヤマトが地球の絶対防衛圏の外に出た時、ボラーの攻撃が容赦なく襲いかかってくるでしょう」
 ヤマトの艦長室で、外周艦隊の総司令が、宇宙図を見ながら話していた。

「ヤマトの航海は、いつもそんな旅ですよ」
 進は、冷めた紅茶を飲み干した。話に夢中になって、つい、飲み忘れてしまった。久々にいい香りの紅茶だったので、少し惜しい気になった。

「そうですね。古代司......艦長は、そんな戦いの方が、常でしたね」
 外周艦隊司令に随行していた駆逐艦YAMASEの鮎川は、初めて口をはさんだ。進は、ずっと遠慮がちだった鮎川の言葉に答えるように微笑んだ。
 外周艦隊司令は、進が、長い間、軍から離れていたことが、ある意味では、良かったのだと思った。進は、年に数度あるかどうかの、のんびりとした時代を経験せずにいたっている。20年前、ヤマトに乗って第一線で戦い続け、その時養われた、進の鋭い軍人としての感性が、長い年月さびることなく、今日(こんにち)復帰した時に、いい形で持続していた。そして、艦隊を指揮する能力はさることながら、一隻で戦うすべを知りつくしている。進の、本当の能力(ちから)は、一人になった時に発揮できるのかもしれない。艦隊での行動では、YAMASEをかばったように、他の艦のことを気にして、本領発揮ができないだろう。

「鮎川、守ることは、時によっては、攻めることより数倍難しい。頼むぞ」
「はい、古代艦長」

 目の前のガラスの向こうに、数機のコスモタイガーが飛んでいた。

「気になりますか」
 外周艦隊司令は、進の横に立ち、窓の外を見ていた。

 進は、笑って答えた。
「いつも問題児だらけですよ、ヤマトの乗組員は。私もそうでした」

 ずっと動きを見守っていた進は、通信機に手をかけた。

 

(5)

 飛行訓練を行なっていたコスモタイガー隊は、非常に緊迫していた。

「ちょっと、どきなさい」

「何言ってんだ。自分勝手に突っ走るな」

「あなた達の出来がわるすぎなのよ」
 ヘルメットからは、罵声が飛び交う。

『これでは......』
 ユウは、躍起になって編隊飛行を続けている真田澪の機を中心とする、俗称ワルキューレ隊を制御できなかった。ユウが引き連れていた編隊は、すでについていくことができず、編隊の形は崩れていた。
『このままでは、危ない』 
 ユウは、そう思ったが、先に引くことができなかった。そんなことをすれば、彼女達の思うつぼである。お互いが優位に立ちたい、その見栄の張り合いだとわかっていても、ユウは、皆の感情の暴走をとめることができなかった。

「なんだ?!」 
 ユウは、思わず声を出した。突然、新たな機体が近づいていた。その機体は、編隊の後ろから迫ってきて、螺旋状に機体をくねらせ、編隊をかき混ぜるように、突っ込んできた。

機体の姿は、クラッシクなのに、機動性は、コスモタイガーのそれを抜いていた。

「危ないわ。真田隊、離脱するわよ」
 先に根を上げたのは、澪の方だった。迫ってきた機体は、左右に離脱した澪やユウを切り裂くように、まん中を突っ切った。

「森戦闘班長、古代艦長から全機帰投するようにとの命令です」
 通信班長のフェイの落ち着いた声が、ユウのメットに響いた。

「了解」
 ユウは、ヤマトに戻る命令を伝え、冥王星軌道上のヤマトへ戻った。先ほどの機体は、一番最後に着艦予定のユウの機の後ろにいて、着艦の順番を待っていた。
 すべての機が格納されたのち、格納庫のハッチが閉じられた。メットをはずすと、ユウは、機体から飛び下り、ずかずかと、最後に着艦した機に向かって歩いていった。
 ユウが最後に着艦した機体に近づくと、操縦席が開き始めた。機体のすぐ横には、坂上葵が立っていて、工作班の何人かが、機体チェックに入っていた。
 ユウは、ヘルメットをはずしている人物を見上げる位置に近づいた。

「坂上、機体の調子は、まあまあだ。図に乗ってあまり速度を上げない方がいいな。これ以上は、操縦技術がある程度ないと振り回される」
 ユウは、息を飲んだ。
 ユウは、ヘルメットを完全にはずした男と目があった。

「さすがですね。最新の機械の性能より操縦の技術が大事だということがよくわかりました」
 葵は、持っていた上着と手袋を差し出していた。

 男は、ゆっくり上着を羽織り、身なりを整えていった。そして、慣れた身のこなしで、さっと機体からユウの目の前に下りてきた。

バシッ
 一瞬のことで、皆、目を疑った。ユウは、不意に伸びてきた手をよけることができず、床に転がっていた。

「森、真田両名は、後で艦長室に」

「わかりました、艦長」
 ユウは返事をすると、頬を押さえながら立ち上がった。そして、進が出ていくまで、ずっとその後ろ姿を睨み続けた。

 

(6)

「大丈夫?」
 一番近くにいた葵が、ユウに近寄ってきた。

「ええ、不意だったので......」
 笑顔を向けるが、ユウは、それ以上、言葉を続けることができなかった。

「技師長、コスモゼロ、全く以上なしです」
「そう、ありがとう」

「行くわよ」
 葵の会話を聞いていたユウに、澪は声をかけた。葵は、澪について行くように、目で促した。

 ユウは、澪とは、言葉を交わさず、エレベーターの壁をずっと見ていた。澪は、声をかけづらく、背中合わせに乗っていた。

「そんなに痛かったの」
 澪は、気を聞かせたつもりだった。しかし、ユウからの答えはなかった。

 

 再び進を目の前にした時、ユウの顔は、ずっとこわばったままだった。
 澪は、頬をはらしているユウの横に立った。進の視線が恐くて、澪は、少しうつむいていた。

「澪、君は、勘に頼り過ぎだ。これからも、同じような飛び方をすれば、作戦が正確に行なえないだろう」
「なぜですか?私たちの方が、森戦闘班長の編隊より優れています。さっきの訓練でもわかっていただけたでしょう」
 澪は、自分に非があると感じつつ、進に食いついていった。

「ヤマトに必要なのは、曲芸師ではない」
 返って来たのは、突き放すような冷たい言葉だった。

「このままでは、私は退艦を命じるしかない。コスモタイガー隊のメンバーも冥王星に在留している艦隊から新たに選ぶ必要がある」

「艦長は、ずるいです。真田のお父さまが技師長から逃げたように、私から逃げるんですか」
「澪」
 進は、澪の言葉を止めた。進は、瞬間、ユウの方をうかがった。ユウは、進が自分の存在を意識したのに驚いた。
『逃げる?』
 動揺しているのか、ユウには判断ができなかったが、触れたくなかったことであるというのは、ユウにも感じられた。進は、一息つくと、鉾先をユウに向け始めた。

「森戦闘班長。何故君は、止めなかった?あのままでは、接触する機も出たかもしれないと思わなかったか」

「思いました。編隊の組み方も、練習前の打ち合せとは、違っていましたから」

「あのような演習を続けていたら、危険だとは?」

「思いました」

「では、何故、皆を制することができない?今は皆をまとめる大事な時だ。君は班長ではないのか」
 ユウは、何も言わなかった。こんな風に怒られたのは、初めてだった。
 昔は、言葉で攻める人ではなかった。

 

(7)

「ヤストがさ、わがままばかりでさ」
 ユウは、口を尖らせた。

「班長は、大変?」
 進が、ユウの好きなトマトソースのパスタを皿に取り分けた。ユウは、皿をフォークで突く。

「だって、掃除なんかもやりたくないって、勝手に帰っちゃうんだよ。そうすると、みんな、ばかばかしいから、帰っちゃうんだ」
 ユウは、進から渡されたグラスをテーブルに並べた。

「で、一人で掃除してきたのか」
 学校からの帰りが、いつもより遅かった理由が判明した

「口で言ったって、聞いてくれないんだ」
 進は、少し笑った。ユウの学校のクラスでの愚痴を聞いていたのだが、もう、随分色々なことを考えるようになったと思った。

「もう、笑う......。どうせ......」
 ユウは、再び、口を尖らせる。今度は、頬も目一杯膨らませている。

「皆にそのことを言った?皆に話を聞いてもらうのは大事だよ。でも、口先だけでは、皆説得できないけどね」
 進の言葉に、ユウは、身を乗り出した。

「お父さんは、どうしたらいいと思う?」

「うーん、みんなの心に響かないとね、なかなかわかってもらえないんじゃないかな」

『みんなの心に響く、か......』

 

「艦長、私に任せてもらえませんか?」

「時間がないぞ。我々は、明日、冥王星から離れる」

「わかりました。それまで、真田澪の退艦を待っていただけませんか」

 進は、ユウをじっと見た。ユウは口元をぎゅっと閉じた。

「いいだろう」

「ありがとうございます」
 ユウは、深く頭を下げた。

 

(8)

「どうして、あんなことを」
 澪は、ユウが彼女の退艦を待つように艦長に願い出た理由を聞きたかった。

「君は、この艦にいたいのだろう。理由は、どうであれ。ならば、今後のことを、皆で話し合う必要がある」
 澪は黙った。

「このままでは、コスモタイガー隊は、チグハグなチームになってしまう」

「レベルの差がありすぎるわ」

「お互いが、助け合ったり、切磋琢磨し合って、一定のレベルのチームを作っていかなければならない。君たちのレベルのが今は、高いかもしれない。それならば、君たちのその力を貸してもらえないか?」

「私達の?」

「真田戦闘機隊隊長は、このままでは、隊長失格になってしまう。僕達は、噛み合ってないで、もっと、協調していかなくてはならないんじゃないのか」

「そう、ね」
 澪の気持ちは何かわだかまりがあるようだった。

「話変わるけど......艦長のこと......」
 ユウは、語尾をごまかした。澪は足を止めた。

「そうよ、艦長のこと好きよ、告白したわ。でも、かわされてしまった。大人ってきらい」

 ユウよりも少し年上の澪から『大人ってきらい』という台詞を聞くとは、ユウは思わなかった。そして、先ほどの澪の言葉が気になった。

「艦長は、ずるいです。真田のお父さまが技師長から逃げたように、私から逃げるんですか」

「艦長とは、何か......」
 母に似た面影を持つ女性に、進は少しでも心が動いたのだろうか。

「何もないわよ。昔......」
 しかし、澪は、何か言いたげだった。

「いいえ、何でもないわ」
 ふんっと、そっぽを向くと、澪は、また早足で歩き始めた。

 

(9)

「俺はいやだぜ。どうせ合わせる気のない奴と話をしたって解決しないし」
 コスモタイガー隊の三上は、怒鳴った。格納庫には、コスモタイガー隊が全員集められていた。

「こっちこそ、嫌よ、下手なヤツラに合わせるなんて、ね、澪」
 山県さおりが澪に同意を求めた。澪は、何も喋らない。だんまりを決め込んだらしい。この場は、ユウにすべてを任せていた。

「お前たちは、死にたいのか」
 ユウは、見渡した。隊員は、二つに大きく分かれていた。ワルキューレの乙女たちと、黒い色の制服の野郎たち......。

「死にたいわけないじゃん」

「これから、ヤマトは、太陽系から出ていかなければならないのに、俺達はまともな編隊すら組めない」

「あら、私達は、ちゃんとできるわ」

「どんな状況でも?今日みたいに、敵がいなくてもできなかったじゃないか」

「それはあなたたちだけでしょ」

「こんなことで、言い争いをしていたら、本当の戦闘時、どうんるんだ」

「もう、最初から組み合わせを考えるべきなんじゃないの」
 それぞれがそれぞれの言い分を、口に出している。段々、各々の声が聞こえず、ただのざわめきになっていった。

「俺は、みんなの死ぬところなんか見たくない」
 皆の動向を見守っていたユウがぽつりと言った。

「俺は、今から演習の続きをする。このメンバーで、うまく編隊を組む自信がないようなら、地球に帰ってくれ。俺は、みすみす部下を見殺しにしたい程、人間ができてないんだ。ヤマトは、太陽圏を出る。これからは、アクロバット飛行をしている余裕はない。艦長は、メンバーの入れ替えも考えているんだ」 

 ユウは、メンバーに新しい編隊チームの組み合わせを言い渡すと、新しい自分の機に向かっていった。

 そのユウの前には、改コスモゼロ......進が愛用していたコスモゼロを改良したものだった。先ほど葵から、知らされた時、コスモタイガー隊同様、自分も試されているのだと思った。

 

 (10)

「色々なフォーメーションで、飛んでみるぞ。最初は......」
 ユウの言葉が皆のヘルメット内に響く。その声は、第一艦長にも届いていた。

『がんばれよ』
 ヤストは、第一艦橋の大パネルで、演習を始めたユウ達の様子を見ていた。

「大丈夫よ」
 葵がヤストの横で呟いた。ヤストは、葵の方を向いた。葵は、すーとカメラの近くを飛び去っていったユウの機を見ていた。

「さあ、もう一箇所、調整しなくちゃならないの。南部君、手伝って」

「はい、はい。坂上技師長の行くとこ、どこでもついていきますよ」 

 

 一定時間、飛んでは、格納庫でミーティングをし、そして、また、皆で飛び出していった。

「まいったな、今夜は、眠れそうにないぜ」
 格納庫の作業員が、見送った後、同僚に声をかける。

「俺達にできることは、せいぜい要望通り調整してやるだけさ」
「それは、そうだな」

 

「どうも、右旋回した後の攻撃が遅れるわね」

「すまない、自分では気をつけているんだけど」

「今度は三座タイプで私がナビをするわ。その方がタイミングがよくわかるから」
 ユウは、メンバー同志の会話を聞きながら、次の発進の準備をしていた。何度も飛んで、皆の言い分を洗いざらい出して、皆で考えて、また、発進する......そんなことを繰り返し、少しずつ、お互い協力し始めていた。

「コスモゼロに、引っ張られているのね」
 ユウに声をかけてきたのは、澪だった。
「機体が少し軽いのよ。ほんの少しセーブしながら飛んでみたら?」
 澪は、持っていたドリンクボトルをユウの目の前に差し出した。

「ありがとう」

「集中力が欠けると、事故の元になるわよ」
「そうだね。もう、半日以上飛んでるし」
 澪は、うなづいた。
「でも、いい雰囲気になってきたね」
 ユウは、こんな風に澪と会話できたことが、不思議に思えた。澪はさり気なく、皆に声をかけたり、飲み物を配っていた。ユウには、気づけなかったことだった。急にカッとなる彼女ばかりを見てきたユウは、澪の新しい一面を知った。

「さあ、次、各々練習したら、もう一回一通り編隊の練習やるぞ」
 ユウは、精一杯元気な声を出した。

 

(11)

「艦長、冥王星基地からです。さっき、冥王星基地から出航していった外周艦隊司令のミズーリとYAMASEの近くに、ワープアウトした複数の戦闘機を確認したそうです」
 艦長室にいた進の所に、第二艦橋に常駐している乗組員からの連絡が入った。

「コスモゼロの森戦闘班長につないでくれ。メインスタッフは、第一艦橋に集まるよう」
 すぐに、つながったことを示すボタンが点滅しだした。

「森、今、発進してどのくらいだ」

「まだ、全機発進して、数分ですが」

「データを後で送るが、さっき冥王星から発進していったミズーリとYAMASEがワープアウトした数機の所属未確認の機と遭遇する。全機大至急、遭遇予定地域に向かえ。ワープしてきた機体は、自力では帰ることができない。近くに発進した母艦があるかもしれない。気をつけろ」

「了解」

 進は、ユウの返事を聞き終えると、第二艦橋にデータを送る指示をした。

『同じ過ちをするな』

 進は、すべての装置を第一艦橋の艦長席に切り替えて、椅子の昇降スイッチを押した。

 

 ユウたちは、最短コースで直行した。
 レーダーに複数の機体がうごめいていた。判別された機種名の表示は、「ボラーの戦闘機に類似」と出ていた。
『あそこか......』

「見えてきたわね」
 いつもより低い澪の声が聞こえた。
「澪、三上、俺の3つに分かれていくぞ」

「アイアイサー」「了解」
 三上と澪の声がさっと返ってくる。ユウは、ミズーリを守っているYAMASEの周りを飛んでいる戦闘機群に飛び込んでいった。

 

(12)

「やっときてくれたか」
 YAMASE艦長の鮎川が呟いた。
『問題児たちが......』

「こちらヤマト。冥王星基地管轄のレーダーから、ボラーの母艦が近づいているのを確認。ヤマトは、緊急発進して、母艦撃滅に向かいます。コスモタイガー隊は、引き続きミズーリ・YAMASEを攻撃中の戦闘機隊に攻撃を続けてください」
 通信班長のフェイの声が聞こえたあと、母艦のデータが流れてきた。データ受信と同時にヤマトから、ぷつりと連絡が切れた。ヤマトも戦闘体勢に入っていったに違いない。

『早く済ませなければ』
 敵の母艦が他の戦闘機を乗せている可能性がある。ユウは、相手の機体数が少なく、こちら側が優勢になってきているのを確認した。

「澪、ヤマトの向かった先のデータを送る。君たちの編隊は、ヤマトに向かってくれ」

「わかったわ、無理しないで」
 澪は、ワルキューレ隊を引き連れ、戦闘空域を離脱していった。
 ユウだけでなく、やり取りを聞いていたコスモタイガー隊すべてに緊張した空気が流れた。

「おっ」
 ユウは、思わず声を出した。一機だけ違う機体は、さすがに狙われやすい。しかし、ユウの機は、銃撃を避けながら、機体を旋回させた。

 ガがガがガが.......
 ユウの機体のそばにパルスレーザーの銃光が走った。
 後方で、大きく広がっていく光が目の前のガラスに映る。ユウは、ユウを追っていた二機が撃沈したのに気づいた。パルスレーザーを撃った仲間がユウの機体と並んで、一旦、YAMASEから離れた。二機は、苦戦を強いられている別の機に向かっていった。

「艦長、右舷被弾箇所多数。......なんで、コスモタイガー隊の半分、帰っちゃったんでしょうか」
「もう少し我慢だ。ヤマトが動き出したんだ。引き続きミズーリを狙っている機体のみ打ち落とせ」
「はい」

 鮎川が正面のパネルを見ていると、コスモタイガー隊が、右舷を攻撃していた編隊をほぼ制圧しつつあった。

「おい、コスモタイガー隊がミズーリの方へ移動する。間違って、当てるなよ」

 鮎川の言葉通り、コスモタイガー隊は、編隊の形を立て直して、ミズーリの方に大きく動き出した。

『いい動きをしているじゃないか』
 短時間の成長振りに、鮎川は驚いた。

 

(13)

「古代艦長、撃つだけ無駄ではないですか」
 少しも当たらないパルスレーザーの姿を見て、ヤストが叫んだ。

「人を何人か配置しろ。オートでは、人が操縦する戦闘機の動きに合わせられない」

「はい」
 ユウが艦内にいないので、ヤストは第一艦橋から出ることができない。自分でやれたら......。人に命令して、危険な銃座に座らせることが後ろめたい。
『ユウ、早く戻って来い』

「どうだ、そろそろじゃないか」
 進の言葉で、ヤストは、主砲のエリアの確認を怠っていたことに気づいた。不馴れな乗組員が多いせいか、ヤストの方に連絡が届いてなかった。ヤスト自身がそのことに気づいていれば、声掛けができたはずだ。ヤストは、反省した。慌てないように、キーを打つ。キーのミスが多いことを学校では、よく怒られていたが、こういうことに必要なのだと知っていれば、もう少し練習したのにと、ヤストは思った。ヤマトは、想像以上マニュアルで動かすことが多かった。

「はい、艦長、射程距離内まで、後少しです」

「艦長、コスモタイガー隊の真田隊が来ました。そのまま、援護にまわってもらいますか」
 桜内真理が、正面のパネルに、YAMASE、ミズーリ、敵の母艦、ヤマト、コスモタイガー隊の位置が、簡単の図形で表現されているイメージ画が、映し出された。

「そのまま、攻撃をかけるように」
「はい」
 フェイは、進の言葉を通信機に叫んでいる。

「艦長、このままでは、主砲の発射の際、コスモタイガー隊が危険ではないですか」
 レーダーを見ていた橘俊介が声を張り上げる。

「大丈夫だ。発射カウントになったら、通信を送れ。南部、主砲発射準備」

「はい」
 ヤストは、忙しさに主砲を撃つ楽しさが吹っ飛んでいた。
 澪達の機体は、母艦から出てきた戦闘機隊に突っ込んでいった。

「主砲発射準備完了です。カウント始めます」
 ヤストは、主砲の向きの調整をしていった。目標の母艦は、絶えず動いている。

「5........」
「フェイ」
 進の怒号で、呆然としていたフェイが澪に通信を送る。
「2、1、発射」

 

(14)

「五時の方向で、大きな爆発がありました。ヤマトが敵母艦を撃沈したようです」
 鮎川は、レーダー手からの言葉で、ホッと胸をなでおろした。

「あと少しだぞ」
 鮎川は、パネルに映るユウたちの機体に叫んだ。
 そして、それだけでは飽き足らず、鮎川自身、直接通信マイクに叫んだ。

「コスモタイガー隊、ヤマトが敵母艦を撃沈したぞ」

『やったな、澪たちが間に合ったか』
 ユウたちの集中力が上がった。残った数機をYAMASEから追い払い、一機ずつ集中して、叩いていく。

 ユウは、何度も、降参するようにメッセージを送るが、返事はなかった。母艦もなく、帰る当てのない彼等を攻撃するのは、心苦しかった。それは、自分たちが多数になり、優勢になる程、心にのしかかってきた。
 わざと翼の端を狙ってみたのだが、ゆらゆら不安定な飛行を続け、YAMASEに向かって突っ込んでいく。ユウは、仕方なく打ち落とした。

『これが戦闘......』

「戦闘班長、しっかりやってる?」
 澪の声が聞こえると共に、こちらに向かっているコスモタイガー隊の機体が見えた。そして、その後方に航行しているヤマトが、レーダーに映っていた。

「ヤマト......」
 涙が出る程、ホッとした。 

「こちらコスモタイガー隊、敵機全て撃沈しました。ただいまから、全機帰投します」 

 子どもの頃、家が見えるとホッとしたのに似ているのかもしれない。
 でも、出迎えてくれた父や母は、もういない。

 

(15)

 エンジンを切ると、ユウは、からだが急に重く感じた。視界が暗く、狭くなっていく。コクピットの椅子から動くことができない。

『ああ、ベルトをはずさないと、体が自由に動かないんだ......』
 頭でわかっていても体が動かない。段々、考えることも嫌になってきた。

「隊長、班長が降りてこないんだけど」
 隊員は、皆疲れ、早く自室に戻りたがっていたが、肝心のユウが降りてこない。
「しょうがないわね」
 澪は、コスモゼロの機体によじ登った。

『疲れたんだ』
 コクピットの中で、突っ伏したまま寝ているユウを見て、一番、気力体力を使ったのは、ユウだったと気づいた。
『ごくろうさま、戦闘班長』
 澪は、機体の小さな突起物に手をやった。

 キャノピーが開くと、澪は、思いっきり、ユウのヘルメットを揺さぶった。

「痛ぇ!何をするんだ」
 眠りかかっていたユウは、立ち上がり、あたりを見回した。澪はすでにコスモゼロから飛び下りていた。

「班長、しっかりしろ」
 コスモゼロの周りにいたコスモタイガー隊のメンバーが、笑い出した。ユウは、口をとがらしたが、すっかりメンバー同志打ち解けた様子を見て、嬉しくなった。ヘルメットをかぶっていてよかったと思った。にやけた顔を見られずに済む......

「班長、YAMASEの鮎川艦長から、通信が入ってますが、どうしますか」

「でるよ、ちょっと待って」
 ユウは、よろけそうになりながら、コスモゼロから降りた。はずしたヘルメットを澪がサッと奪った。
 にこやかな笑顔の澪が、早く行くようにと促す。ユウは、格納庫の通信機まで走った。

「お待たせしました。森です」
 小さな画面には、鮎川が映っていた。戦闘中に、何度も声だけ聞いていたが、顔を見るのは初めてだった。

「さっきは、ありがとう。君とじかに話したくて」
 画像の人物が喋り出し、やっと、鮎川の顔と声が結びついた。
「いいえ、こちらこそ手間取ってしまって、申し訳ありませんでした」

「君に一言言いたくて.....。コスモタイガー隊、随分チームワークがよくなったね。ヤマトが冥王星に停泊している時、見せてもらったんだ、君たちの飛行訓練を」
 ユウは、恥ずかしくなった。

「ただ、君が、今一つ、彼等コスモタイガー隊のことを信頼しきってないような気がしてね。さっきの戦闘、君の機、結構、ちょこちょこ動いていた。それを見ていたら、もっと、メンバーのこと信頼してもいいかなと思ってしまった」
 ユウは、意識してなかったことだけに驚いた。

「古代艦長が君たちを信頼して、まかせていたようにね。信頼するって、大変な事だけど、生き死にかかってる戦闘中は、信頼してないとやってられないこともあるからね」

「あ、ありがとうございます」
 鮎川は、ユウの言葉を聞くと、笑って答え、通信を切った。
 ユウは、鮎川に言われたことを考えながら、ゆっくり受話器を置いた。振り向くと、そこには、コスモタイガー隊のメンバーがユウを見守っていた。

「さあ、今日は、もう寝るぞ。また、明日も、演習だ。びしびしやるからな」

「おつかれさん、班長」
「さあ、飯、飯」......

 ユウは、頭や体を小突かれながら格納庫から出ていくメンバーの、後ろ姿を見送った。ユウは、疲れていた。

『今日、一日、色々なことがあった......』
 壁にもたれながら、目を閉じ、思い出す。気持ちよくなったユウは、そのまま床に座り込み、寝息をたて始めた。

 

 ヤマトは、冥王星から離れ、地球の絶対防衛圏から無限の宇宙空間へ旅立った。ヤマトの新しい旅が、また始まった。 

 

第五話「出発(たびだち)」終わり

第六話「追憶」へつづく

 


なぜ、この話を書いたのか、知りたい方はこちらを読んでね。

SORAMIMI 


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