「想人」第六話 追憶

(1)

「ヤマトは、太陽系から出ていったそうですよ」
 相原義一は画面の文字を見て、呟いた。

「そうか......」
 真田志郎は不思議な気分になった。自分がヤマトに乗っていないことの不自然さ。自分で納得して選択したはずなのに。

「ヤマトに帰りたいですね」
 義一の言葉に志郎は頷いた。

 

「ここ、いいですか?」
 トレーに色々なおかずを乗せて、ユウは、突っ立っていた。サラッと黒髪が揺れた。

「どうぞ、戦闘班長」
 ユウは、にっこりした。
 頭は、ぼさぼさのまま。昨日、格納庫で寝てしまった。誰かがかぶせてくれた毛布のおかげで、風邪を引くことはなかったが、目覚めた時、とにかくお腹が空いていた。自室に戻ってシャワーを浴びるより、まず「飯」にありつきたかった。そこで、坂上葵の笑顔。今日は、ついていると思った。

「昨日は、すごかったわね」
 ユウは、口に一杯詰め込んでいたので、返事ができなかった。葵は、モグモグ慌てて飲み込もうとしているユウの姿を見て、ニコニコ笑った。

「何よ。戦闘班長、でれでれしちゃって」
「......」
 数人と食事に来た真田澪は、連れの言葉に何も答えず席についた。しかし、目だけは、和やかな二人の方を向いていた。

「ねえ、澪」
 隣からの声で、フッと我に戻った。何もなかったかのように、声の方を向くと、再び、小鳥のさえずりのようなたわいのない会話が続いた。澪も、にこやかにその会話に参加していた。

「ねえねえ、座ってもいいかな」
 ふってわいたように、澪たちの会話に入ってきたのは、南部康人(ヤスト)だった。澪は、ニコリとした。

「いいわよ。どうぞ」
 自分の横の椅子を引いた。
「ありがとう、ありがとう......」
 ヤストはひとりずつに言葉をかけていった。明るい笑い声が起こる。

「いいの?」
 笑い声の一団を見て、葵は、ヤストたちの様子を見ていたユウに声をかけた。

「いいんです。いい雰囲気壊したくないですから」
 期待していた言葉が戻ってきたのか、葵は、目を細めた。

 

(2)

「もう、起きなくちゃ」
 柳原涼子はそう言いながら、ちらりと、隣に寝ている男を見た。

「ああ、もう、こんな時間か。人に見られるかなあ」
 もう、朝食が始まっている時間。部屋から出ていくのを他の誰かに見られるかもしれない。短い頭の毛を整えている姿を見て、涼子は寝たままの姿勢で天井を見上げた。

『なんで、また、こうなっちゃうかな』
 夜中にやってきた島次郎を、受け入れてしまう自分が嫌になった。

 

 

「あら、涼ちゃん。次郎君、どうしたの?」
 年上の森雪は、仕事中ではない時は、『涼ちゃん』と呼んでいた。

「雪さん、あ、あの、ちょっといいですか」
 こういう次郎の様子を見ていると、年下だなあと涼子は感じた。いつもは、涼子とタメ口で、同じくらいの感覚でいるから、年令なんか気にしてなかった。しかし、幼い頃から次郎を知っているユキと会っている次郎は、どうも、いつもより子どものように見える。

「いいけれど、今日は皆朝早く出かけちゃって、私一人なの。それでもいい?」
 次郎が訪ねてくる時の目的は、いつも進に会いにくることだった。雪は、申し訳なさそうに、目を伏せた。

「はい。雪さんだけでもいいですから。話を聞いてもらってもいいですか」
 涼子は、次郎の横で、ずっと聞いていた。

 カタカタと音をたてて、雪が、飲み物の用意をしていた。不馴れなのか、時より大きな音がキッチンから響いてくる。

「いいもの探しに行くんだって、二人で朝早くから出かけちゃったのよ」
 大きな音をかき消すように、雪の大きな声がキッチンから聞こえた。

「相変わらず、仲がいいんですね」

「そう、ますますよ。子どもが二人いるみたい」
 キッチンから出てきた雪は、そっと二人の前にカップを置いた。ガチッとテーブルにソーサーが当たる音がする。

「大丈夫よ、彼が作ったコーヒーだから」
 ユキは、フフフと笑った。病院でも有名な雪のコーヒーだと思っていた涼子は、どきりとした。涼子がホッと息を吐いたのを、雪は、見逃さなかった。

「もう。涼ちゃん、次は私の作ったコーヒーを出すわよ」

「あ、それだけは、御勘弁を」
 いつもの雪とのやり取りをしていると、次郎が腕を小突いてきた。涼子は、スッと、背筋を伸ばした。

 

「そうなの、おめでとう。涼ちゃん」
 雪は、赤い顔をしている次郎と、頷いている涼子を見比べた。

「でも、まだ、古代さんには言わないでください。僕達、これが理由で、地球に追い返されたくないですから......」

 

「ただいま、おかあさん」
 どんっと乱暴に玄関のドアが開き、ユウが両手一杯に花を抱えてきた。

「おかえり」

「あっ、次郎さん、涼子先生」

「やあ、次郎来ていたのか。涼ちゃんも」
 ユウの後ろから、進が入ってきた。進は、ユウの落とした花を後ろから拾ってきていたようで、手には何本かの花をつかんでいた。

「はい、おかあさん」
 ユウはたくさん抱えた花をユキに渡した。ユウの身長は、雪にほとんど同じぐらいになっていたが、まだまだ子どもっぽい。早熟であるトナティカの子どもたちと比べて、まだまだ子どもである。

「プファンに教えてもらったんだ。昨日、一斉に咲いたんだって」
 雪はびっくりして、涼子達を振り返った。ヴァッチ・クア・トナティア......『トナティカの愛の印』というトナティカでは、告白や男女の交際の時に交わされる花である。
 進はそっと雪に、残りの花を渡し、頷いた。ユウには、まだ、その花が本当に意味することを知らないのだ。

『いいなあ』
 涼子は次郎の体温を感じながら、お互いを思いやる、優しい家族の様子を見ていた。

 

 トナティカ脱出後、二人は別れた。お互い、結婚する気力が失せてしまっていた。そして、3年が過ぎ、涼子は、もっと、気楽な関係になれると思っていた。しかし、次郎の腕の中にいると、思い出すのは、トナティカでの二人の思い出ばかりだった。

『まいったな』

 

「じゃあ」
 変な関係だと思いつつ、涼子はドアを開けて、次郎を見送った。

『よかった、誰もいない......』
 ホッとして、次郎の背中を見送っていてると、斜め前の部屋のドアが開いた。生活班長の橘俊介が出てきた。涼子は、逃げるようにドアを閉めた。

『見られた?』
 ドキドキしながら、ドアにもたれ、目を閉じた。でも、人に見られたからといって、次郎との逢瀬はきっと辞められない。涼子は自分の両腕で、自分の体を抱きしめた。

 

(3)

 ウィーンウィーンウィーン

 緊急を知らせる音が艦内に響き渡る。

「何かしら」
 葵の言葉に答える前に、ユウの体はドアの方へ向かっていた。

『すごいわね』
 葵も席を立ち、かたづけを炊事班に頼んだ。

 

 葵が第一艦橋に着くと、すでにメインクルーは皆、集合済みだった。

「偵察機と見られる機体、三機確認しました......」
 桜内真里が細かい位置を伝える。その言葉を聞き、橘俊介がレーダーのレンジを調整し、全面のスクリーンにその情報を映し出す。皆の動きがきびきびしてきた。やっと、この手動部分が多いヤマトの扱いに皆が慣れてきたようだった。

「森、向こうは、すでにこちらに気づいている。ただちに、コスモタイガー隊を出撃させろ」

「はい。コスモタイガー隊、出撃準備します。艦長、私も出撃します」

「いいだろう。森、こちらは、ボラーの情報があまりにも少ない。機体が少ない今回は、捕虜獲得のためのいいチャンスだろう」

「だ捕ですね」
 ユウは唾を飲み込んだ。ユウは、ボラーの人とは、トナティカで何度も会ったことがあった。その時は、何とも思わなかったが、今回会ったら、それだけでは気が納まらないかもしれない。何しろ、ボラーは、トナティカで受けた一斉攻撃の相手なのだから......。

「生きて捕まえるんだぞ」
 ユウの思っていることが進にも伝わったのか、進は、ユウにもう一度伝えた。

「わかりました」
 ユウは第一艦橋から走って出ていった。

 

「生け捕りするよね」
 澪が念を押して、ユウに聞き返す。
「ああ」

 ユウが乗り気でないことは、澪にも何となくわかっていた。

『今日の戦闘班長の操縦は、刺々しい......』
 どちらかというと、気遣い過ぎているユウの飛び方ではない。しかし、目標を見つけてからは、艦長命令に忠実に、編隊を指揮していた。

「ワイヤー撃つわよ、戦闘班長」
 澪は、片翼撃たれ、操縦不能になっている一機を、取り囲んだ。ユウからの返事がないが、澪は、合図を送ってワイヤーを次々打ち込んだ。

 その様子を見ていたユウは、レーダーの様子を見ていて、飛び出していった。

「危ない、ワイヤーを切れ!」
 ユウの声と敵機の攻撃が同時に起こった。敵の放った銃がワイヤーとつながった四機の間を走る。まん中のボラーの機に数発当たる。攻撃をかけてきた機が澪達の横を通り過ぎると、そのすぐ後を、ユウの機が飛び去った。

 ユウはぴったり後ろをくっついて、すぐ前を飛ぶ機を、照準のまん中に捕らえた。

「戦闘班長!」
 撃たれたボラーの機を見た澪が、ユウの機を目で追った。追うユウの後ろを狙っている機が、今にも、ユウを撃とうとしていた。

 バババババババ......

 

(4)

「ダメみたいだな」
 後から入ってきたユウに三上大樹が声をかけた。ユウは、処置されているボラーのパイロットをぼんやり眺めた。

 ユウが銃撃されそうな時、後ろから、コスモタイガー隊の三上が先に攻撃をかけたため、ユウは助かった。しかし、ユウが追っ掛けていた機の銃撃で、ワイヤーのまん中にいたボラーの機は、数発被弾してしまっていた。そのため、捕らえることができたパイロットは、生死の狭間にいた。
 そのことを聞いたユウは、複雑な気持ちだった。
 一瞬、打ち殺してしまいたいと思ったことは、打ち消すことができない。しかし、自分が引き金を引くことによって、人の命をこんなに簡単に奪うことができることにも、戸惑いを感じていた。相反する感情が自分の中で、ぐるぐると回り出していた。

 

 機械のデータを見ていた柳原涼子は、部屋から出ようと体の向きを変えた。

「諦めるんですか」
 補助についていた橘俊介が、涼子の後ろ姿に声をかける。

「たぶん、目覚めることもないわ。脳がやられ過ぎている.....」
 涼子の足は止まらなかった。
「これ以上の治療は、無駄だわ」

「彼が航海長だったら、同じことを言えますか」
 俊介の言葉で、涼子は止まった。

 

「さっきの捕虜は、意識が戻る見込がないそうです」
「そうか......」
 艦長室で、澪は進に報告していた。進は返事をすると、宇宙(そと)を見た。

「また、次も、捕まえますか」
 澪は進の背中をじっと見つめていた。振り返ったら目が合うよう、待っていた。

「いや、いい。それは、その時々に判断する」
 進は振り返らなかった。

「では、失礼します」

 澪はドアが閉まる最後まで、耳だけに神経を集中させていた。

 バタンっ

 澪は溜め息をつくと、また、歩き出した。

 

(5)

 大きな赤い艦(ふね)が連なり、緑に輝く星に降りて行く。それは、まるで、深い緑が吸い込んでいくかのようだった。

 その中で一番大きな艦のスクリーンには、着陸する場所が大きく映し出されていた。この艦隊の司令官は立ち上がり、最後に見たこの星と寸分違わぬ姿をじっと見ていた。

「スヴァンホルム司令、トナティカの印象はどうでしたか」
 副官が男の耳もとで囁いた。
「前とちっとも変わってないな。自然だけ豊かな星のままだ」
 不機嫌そうに答えると、この風景をもう少しゆっくり見ておきたいのを諦めて、艦橋中央部の席に戻った。周りの者にいくつかの指示を与えると、口を完全に閉ざした。

『青臭い星だ』
 スヴァンホルムと呼ばれた男は、最後に嗅いだ匂いを思い出していた。それは、ただ、草や木の蒸せるような匂いだけでなかった。順調に出世街道を歩んできた自分の中の唯一の『汚点』を思い出させる匂いだった。

「司令、先程、太陽系から出てきた地球の艦(ふね)を追っていた偵察隊が全滅したとの連絡が入りました」
 副官が近寄ってきた。手には何かしらの映像が映っているモノを持っていた。

「我々ボラー連邦の持っているデータと照合した結果、約20年前のデータにあった戦艦と全く同じだったそうです」
 スヴァンホルムは初めて副官の言葉に興味を持った。

「なんという名の艦(ふね)だ」

「ヤマトです。司令も聞いたことがありませんか。地球連邦の宇宙戦艦ヤマト......デスラー総統の故郷ガミラス帝国や白色彗星帝国やその他、地球連邦に攻撃をかけた国々を、ただ一艦で滅ぼしたというあのヤマトです」

 スヴァンホルムは椅子にもたれていた体を起こした。

「戦艦ヤマト?」

「はい」
 副官は、手に持っていた、数枚の不鮮明な映像が映った紙をスヴァンホルムに渡した。
 本物のヤマトを見たことはないが、ヤマトに関しては、以前、集めることができる限りの資料を、あちこちから取り寄せたことがあった。その時の記憶が、鮮やかに蘇ってきた。写真に映っている艦(ふね)は、確かに、ヤマトだった。

『古代か......』
 スヴァンホルンの脳裏に、苦々しい記憶が蘇ってきた。

 

(6)

 トナティカの長老の館は、森に囲まれていた。森と言っても、スヴァンホルムの思っているような、故郷で見たことがある、いつかは平地に出ることができるような小さな森ではない。ここに来るまで、トナティカ出身の道案内が必要で、なおかつ、半日は歩くはめになる。

 もともと、『トナティカ』という名は、この星にある四つの大陸のうち、一番文明が進んでいる部族が住んでいる地域の名である。この星のほとんどは、まだ、未開の地であり、それぞれに多くの部族が住んでいるが、そのほとんどは文明が未発達で、地球の歴史に例えるなら、13世紀から15世紀頃の段階であった。その中でトナティカは、宇宙(そと)からの進んだ技術を少しずつ取り入れながら、彼らのいにしえからの風習を踏襲していた。
 ボラー連邦とガルマン・ガミラスのどちらともにも属しておらず、一応、独立した星である。そのため、豊かな鉱物資源を求めてくるどの国とも交易をしていた。地球連邦も、航行上の中継地点として、ここに領事館を置いていた。同時に、他の独立した国やボラーの施設もある。それぞれの星からの責任者は、長老とたびたび接見しては、宇宙の事、自分の事、そして、トナティカの事を話し合った。

 スヴァンホルムは、目の見えぬ長老と話していると、心の底を見すかされているようで、この時ばかりは、目一杯気を張って挑んでいた。いろんな思いを心の中でまとめながら、やっと辿り着いた森の中の屋敷には、長老はいなかった。今日、長老は急な用事が入って、もっと森の奥に出かけていったと、館の使い人が申し訳なさそうな顔をして説明していた。

「でも今日は、もうお一人、長老ピヤコウクを訪ねていらした方がおります。ピヤコウクから、お二人が楽しめるように接待せよと、私達は言われております。どうなさいますか、スヴァンホルムさま」

「もう一人?」

「はい、昨日到着した、新しい地球の総領事です」

 

 スヴァンホルムは、いつもの通り、接客するための特別の部屋に案内された。その部屋だけ天井が高く、今にも館に迫ってくる木々の枝が、隙を見ては進入しようと窓に迫ってきていた。

 先客は、窓からの木漏れ日を全身に受けるかのように立っていた。それは、まるで、今にも鳥が飛び立ちそうな姿に見えた。
 後から、このことについて、スヴァンホルムは、後悔をしている。何故、この時、自分より歳の若い男に、威圧感にも似た力強さを感じたのかを、もっと考えるべきだったと。

「初めまして。私は、ボラー連邦第三区地域の責任者のスヴァンホルムです」

 スヴァンホルムは、あえて、軍の司令官だと言わなかった。前任からの申し送りがあれば、そんなことは、相手もすでにわかっているはずであるし、今回の地球の総領事は、軍の関係者ではないような出で立ちだった。銃の携帯もないし、今まで見た地球連邦の軍服とは違う、白い服を着ていた。

「こちらこそ、初めまして、スヴァンホルム司令。私は、地球連邦トナティカ領事館の新しい責任者として赴任してきた古代進です」
 そう言うと、進は、手を差し出そうとしたが、一旦引っ込めた。そして、ニコリと微笑んだ。

「こういう時は、地球では、お互い片手を出して、手を握り合うのですが、ボラーでは、どのようにするのですか」

 スヴァンホルムは、今までの総領事とは言葉を交わすだけだったので、進の言葉に少し戸惑ったが、優しい眼差しの前に、拒否もできなかった。

「ボラーでは、両手を前に出し、お互いの肘をつかみ合うのです」

「では、そうしましょう」

 伸びてきた手に反応するように、スヴァンホルムも手を伸ばした。この体勢は、『私は、あなたに敵対しません』という意味を持っている。地球から来た男は、素直に手を差し出してきた。その意味をわかっているのか、それとも、ただのお人好しか。

 

 思い出す度に、自分の判断が間違っていたことを思い知らされ、スヴァンホルムは、このことをバネにこの数年、努力してきた。

『また、古代進なのか......』

 今度は同じ過ちをするまいと、眼下の緑の海を見て、スヴァンホルムは思った。

 

(7)

 艦長室には、柳原涼子がいた。先ほどの捕虜についてのこれからの扱いを進に伺いに来ていた。生活班長の橘亮介に言われた言葉は、それなりにショックを受けたが、感情論で対処するのを避け、あえて進の判断を求めた。

「橘生活班長は、延命治療を引き続き行なうべきではないかという意見ですが、艦長は、どうお思いですか」

 次郎の名を伏せ、亮介に『もし、彼があなたの大切な人だったら』と言われたことを、涼子は進に伝えた。

「同じ風を感じているのかな」
 進は、小さな声で呟いた。

「同じ風、ですか」

「ああ、雪が、昔そんなことを言っていた。違う星の人々や、機械に頼って生きている人、もう意識すらないと診断された人でも、同じ風を感じることができるんじゃないかと。だから、どんな患者に対しても、毎日呼び掛けたり、自分の感じたことを伝えようとしたし、相手を尊重していた。生活班長も、そういうことを言いたかったのではないだろうか」

「でも、ここは地球ではないのですよ、艦長。季節もないし、風も吹きません」
 進は、何かを言おうとしたが、言葉を飲み込んだ。涼子は、腑に落ちないような顔をしていたが、今の涼子には、うまく説明できないと、進は判断した。

「そうだね。でも、今回は、少し生活班長の気持ちを汲んでくれないか」

「わかりました」

 涼子は、進の言わんとすることが、いまいち理解できなかった。
『風か......』

 

(8)

「佐渡先生、お願いがあるんですけど......」

「なんじゃい、今日は、やけにしおらしく。こういう時は、無理なお願いだろ」
 佐渡酒造は、湯飲みにちびちびと酒を注ぎながら、澪の言葉に答えた。澪は、少しどきりとしながら、次に何を言おうか、考えた。

「あの〜、先生ぐらいしか答えてくれそうにないから......」

「まだ、何か聞いてないぞ」

「そうだね。先生、私がお酌するよ」

「ほほ〜、美女からのお酌は、久々じゃのぉ」

 澪は息を潜めて、一升瓶を傾けた。
「ところで、何かな?澪」

「あっ」
 澪は、その言葉に気を取られ、酒をこぼしてしまった。
「ごめんなさい、先生」
 澪は、ハンカチを取り出し、溢れたお酒を一生懸命拭いた。

「艦長のことかな」
 佐渡の言葉に、澪は、拭く手を止めた。そして、顔を上げた。目の前の佐渡は、澪の顔を見て、溜め息をついた。
「つい、この間、赤ん坊だと思っていたのに。本当に、お前は、成長が早いのだな」

 澪は、下を向いた。

「すまんすまん。お前さんが悪いんじゃない。もちろん艦長も悪気があるわけでない。姿だけじゃなく、そんなところまでそっくりなのだから......」
 澪は、佐渡の顔をじっと見た。

「昔いた澪も、艦長が好きで。でもそのことを艦長は、彼女の死の直前まで気づけなかった。そのことを艦長は、ずっと......」
「先生、早く飲んで。次もお酌するから」
 澪は、佐渡の話の途中に言葉をはさみ、一升瓶を持ち上げた。
 佐渡も潤んだ澪の目を見て、これ以上話をする必要がないことを知った。

「お前も飲むか。澪」
 差し出された湯飲みを、澪は笑って受け取った。

 

(9)

 ユウは、集中治療室で眠るボラー兵を見ていた。ガラス越しに見ていて、もう、すでに自発呼吸ができない状態であることがわかる。装置がたくさんつけられ、生活班長が体を触っていても、少しも反応しない。
 一瞬でも、不穏な動きをしたら、部屋に飛び込んで、銃の引き金を引くことができるのに。
 身長が190近くある生活班長の橘俊介が、体を折り、ボラー兵の手足をマッサージしている。

『何の役に立つのだろうか』
 ユウだけでなく、他の乗組員たちも、意識のないボラー兵をヤマトに乗せておくことが何の意味があるのかわからなかった。

 ユウの横には、いつの間にか涼子が立っていた。

「どうした?」
「いえ」
 ユウは、涼子の顔を見ずに答えた。涼子は、何も言わず、ユウの横に並んだ。そして、ユウと同じ位置から治療室のボラー兵を見ていた。

 

 ピィ、ピィ、ピィ、ピィ、ピィー、ピィ、ピィ、ピィ、ピィ、ピィー......

 けたたましい音と点滅が、ボラー兵の付けていた装置から鳴り響いた。音は聞こえなかったが、機械の点滅を見ていれば、異常事態が起きたことが一目瞭然だった。

「まずいっ」
 涼子は、治療室の方へと下りていくエレベーターに体を向けた。
 ユウは、患者の調子が悪くなると、すぐ、出かけてしまった母の後ろ姿を、さみしいと思いながら見送ったことを思い出した。

「どうしたの?」
 駆け込んだ涼子は、叫んだ。

「心停止です」
 俊介がボラー兵の胸に手を押しやって、機械の画面を見ている。
「わかった。続けて」
 涼子は、別の装置を準備し始めた。

「替わるわ」
 涼子は、手にしたものを心臓付近に押し当てる。
 ドンっとした衝撃が走るが、それにも懲りず、もう一度、当てる。
 二人が、装置の様子を見守る。

 ピッ

 再び、波動が動き出した。二人の肩が下がり、大きく息を吐いたのが、窓越しから見ていたユウにもわかった。
 ユウは、その二人を見て、ホッとした。

 

(10)

 ユウが医務室に行くと、澪と佐渡が床に寝転んでいた。

『何やってんだ』
 ユウは、こそこそ医務室を動き回り、二人にかける毛布を探した。

 毛布をかけようと、そっと、足元から下ろしていくと、顔の近くで、目を開けた澪と目が合った。
 澪はぎろりと睨んできた。

「何してんの」
 毛布の端を掴んでいる手を澪に引っ張られた。

「お前こそ何してんだ。酒なんか飲んで。スクランブルかかったら、どうするんだ」
「行けるわよ、このくらい」
 澪は、すっと立とうとしたが、毛布を踏んでしまい、ユウの体の方に倒れていった。

『うわっ』
 中腰の不安定の体勢で寄り掛かられたため、二人は、そのまま重なり合うように倒れていった。

「痛ってぇ」
 もろにしりもちをついたユウは、ぴったりくっついた澪の体を押し退けた。
 澪も、慌ててユウから離れた。

 ほこりを払いながら立ち上がる澪を見て、ユウは微笑んだ。
「何よ」
「しっ、佐渡先生が起きちゃうよ」
 ユウが自分の側に来るように促した。

 澪の耳もとで小さな声で囁いた。
「涼子先生たちと、コーヒーを飲まないか。今作っているんだ」
 澪は、にっこりした。

 

(11)

「ユウのコーヒーの味は、艦長譲りなんだね」
 涼子は、疲れているのを微塵にも出さず、笑った。ついさっき、橘俊介と二人、必死に蘇生させようとがんばっていた。その俊介は、壁にもたれて、静かにコーヒーを飲んでいた。

「えっ。確かに、母さんの料理って、少しおかしいモノもあったけど......」
 ユウは、カップを回して、カップのぬくもりを確かめた。

「艦長がね、生活班長が、ボラーの兵と同じ風を感じているんじゃないかって言っていたの。昔、ユウのお母さんがそう言っていたんだって」

 ユウの目が涼子に向いた。俊介は、もたれていた壁から体を離した。

「母さんが?」
 涼子が頷いた。澪は、椅子に座って少しずつ飲みながら、話をうかがっていた。

「それは、きっと、看護師長の話じゃないかな」
 今まで静かだった俊介が呟いた。皆の視線が俊介に集まった。

「いえ、私も又聞きなんですが、中央病院の看護師長だった人の若い頃の話なんだそうですけど。何年も意識がなく、機械によって生きているような患者さんでも、毎日声をかけたり、窓を開けたりして、世話をしていたそうです。ある日、窓を開けると、花の香りが流れてきたのか、とてもいい風が部屋に入って来る日があったそうです。その時、患者さんが微笑んだように思えたって話です」

「思い込みかもしれないじゃない?」
 澪が口をはさんだ。

「そうかもしれませんね。でも、稀に、反応がない方が、急に意識を取り戻した時、皆が反応がないと思っていても、実は、話も聞いていたし、いろんなことを感じていたってこともあるんです。温かい風や冷たい風を受けて、肌が赤くなったり、冷たくなったり、筋肉がそのために弛緩しただけかもしれない。でも、看護していると、『もしかして』と思えたり、死んでいくかもしれない人でも、最期の一秒でも一分でも、人間らしく生きて欲しいと思ってしまうんです」

「ユウのお母さんは、看護師だったからね。同じ話を聞いていたのかもしれないね」
 母の事なのに、ユウは少し、恥ずかしくなった。

 涼子は、テーブルにカップを置くと、背伸びをした。
「さっ、もう遅いわ。少しでも、寝なさい。今日の夜は、私が当直だから、もう少し起きているわ。コーヒーありがとう、ユウ」

「行こっか」
 ユウの言葉に澪が頷いた。

「送り狼になるなよ、ユウ」
「そんなことをしようとしたら......逆に、何されるか、こっちが恐いですよ」
 涼子の言葉に答えると、ユウの首元に澪の腕が伸びてきた。
「ほらね」
 澪が睨む。二人のやり取りを見ていた俊介は、声を押し殺して笑った。

「さあさ、おこちゃまたちは、寝なさい」
 涼子は、膨れっ面になった二人の背中を押した。

 一人ではまっすぐに歩けない澪と彼女を支えているユウを、涼子と俊介は、ドアの入り口で見送った。
 二人が出ていくと、俊介は、涼子の方に振り返った。

「私もお供しますよ、柳原先生」

 

(12)

「二度目の脳死判定、ですよね」
 俊介の言葉に、涼子は、目を閉じた。
「ええ、たぶん、さっきの時点でも......」
 俊介は、頷いた。
「ありがとう。じゃ、お願いするわ」
 涼子は、さっとバレッタを取り出し、さっと、髪の毛を上に上げ、まとめた。

「あの二人の前では、言えなかった」
 機械のデータをチェックしながら、涼子の目は、カルテにペンを走らす。

「難しいですね。特に戦闘班の人に、生きてない、生きてるなんて話したくないですから」

「そうね。あの子たちだけじゃなく、私たちも同じような立場なんだけど。でも、命は、本当に大切なモノだと心の片隅に残しておいて欲しいわね。彼らは、これからも戦闘の度、人の命を奪っていかなければならないのだから」

 俊介は、カルテの内容を確認し、顔を上げた。
「いいですか」
「ええ」

 涼子は、スイッチを切った。ボラー兵の体がピクピクっと反応した。機械に描かれていた波形は、まっすぐになった。

 俊介は、溜め息をつくのを辞めた。一番、溜め息をつきたいのは、スイッチを切った涼子の方に違いない......。

 

(13)

 俊介は部屋に戻ると、小さな窓から、真っ暗闇の宇宙を見た。頭の中で、色々な思い出が去来する。眠たい目を押さえた。

「これでよかったんだよね。佐知(さち)さん......」

 

 宇宙戦士訓練学校を卒業して間もなく、最初の職場ですぐ骨折し、入院した。複雑に骨折した足は、ベッドに固定され、何もできない日々を過ごした。

「橘さん、今日は、暖かいですから、窓を開けますね。桜の花も咲いて、外はきれいですよ。車椅子で出かけたい時は、声をかけてくださいね」
 毎日、病室を巡ってくる看護士は、俊介と同じくらいの年令の女性の看護師だった。

 同期の連中の見舞いはない。宇宙勤務の者もいるし、まだ、勤め始めのせいもあって、皆余裕がないのだろう。毎日、母やおしゃべりな叔母たちの見舞いで少々うんざりしていた。
 昼間は、誰とも話したくないので、昼寝をした。俊介が目覚めるとテーブルに桜の花がおいてある。誰かが、一つ摘んできたのだろうか。

「橘さん、五時から、体調のいい人だけで、花見大会をやるんですけど、来ませんか。私も、仕事を終わったら、駆け付けるんですけど」
 昼間の看護師が、ドアを覗き込んできた。
 段々、鬱陶しくなってきていた。

『こっちは、思うように働けないから、イライラしているのに』

 俊介は、不機嫌な顔をして、断わった。
 彼女の方も、こそっと出ていった。

 それから、彼女は、来なくなった。最初のうちは、休暇か何かだと思った。しかし、車椅子に乗って探してみても、彼女はいなかった。

「あの、いつも回ってきていた南雲(なぐも)佐知さんって、別の所に移っちゃったのですか」
「あら知らなかったの?南雲さん、彼女自身、難しい病気だってわかって、今、入院しているのよ」
 俊介は、驚いた。
 のちのち、テーブルに花を置いていったのも、彼女だと知った。
 残された患者同士で、よく彼女の話をした。
 俊介は、彼女がいなくなってから、毎日がさみしいモノになっていったことに気づいた。
 そして、俊介は、看護師になることを目ざした。
『今度は、彼女に恩を返したい......』

 俊介は看護師学校に入り、看護師になった。彼女が入院していた病院に勤めるようになって、上司に、事のてん末を話し、彼女の側にいられることになった。

「お早うございます。橘です」
 やせ細った彼女は、目をキラキラ輝かせて喜んでくれた。彼女には、あまり時間がないことも知っていた。でも、俊介は、顔には出さず、彼女と接していた。

「昨日、桜の花が咲き始めたんですよ。そういえば、あの時、桜の花を持ってきてくれてありがとうございます。あれ、とても嬉しかったですよ」
 俊介は、彼女の笑顔だけが楽しみだった。

「私が看護師になって、初めての日に、看護師長さんがおっしゃっていたことを思い出したの......」
 俊介は彼女から、患者さんと同じ風を感じれるようになれるようにという看護師長の話を聞いた。

「あの時は、仕事し始めてばかりで怪我をしたので、あせってたんです。あなたの気持ちに気づけなくてすみません。でも、そのことで、こうして、人を看護することって大切だなあって思うようになって、周りの反対を押し切って、看護師になったんですよ」

「じゃあ、私のおかげね」

「そうですよ、先輩」

「えへへ、先輩かぁ」
 佐知の笑顔が忘れられない。
 少しでも役に立てばと、いろいろ介護やリハビリの勉強をした。でも、その技術が役立つことなく、佐知は旅立ってしまった。

 

 ベットに横たわりながら、俊介は、目をつむって、佐知の笑顔を思い出していた。

 

(14)

「そうか......。ごくろうさま、柳原先生」
 涼子からの通信を切ると、進は、懐中時計の蓋を開けた。すでに夜半を過ぎていた。
 この懐中時計は、三年前地球防衛軍に正式に復帰した時、佐渡酒造から渡された、沖田十三の残した懐中時計だった。

 時計を閉じる瞬間、進は指の動きを止め、再び蓋を開けた。進は、そこに映る懐かしい笑顔を、指でそっと撫でた。

 

 進は星を見に、海辺に来ていた。漆黒の空に瞬く星々を見ながら、今日、大学側からの強い要望を聞かされたことを思い出していた。

「ホント、ここにいた」
 進は、驚いて振り向いた。

「あの子が言っていた通りだわ」
 そこには、森雪が立っていた。

「ど、どうして......」
「ふふふ......」
 驚く進に、微笑む雪がそっと進に寄り添ってきた。

「辞めちゃった」
 進の驚く反応を、ただ雪は楽しんでいるようだった。

「辞めちゃったって?」
「うん、病院を」

 進は、微笑む雪の顔を見ていて、その理由が自分にあることに気づいた。

「まさか......」
「でも、辞めたのは、私の意志よ」

 進の唇が一直線になった。
「わかんなくなっちゃったの。やりたかった仕事なのにね」
 雪は、進から離れると、波打ち際に走っていった。

「最先端の医療がやりたいと思っていたけど、何か違うような気がしてきたの」
 波にかき消されないよう、雪は大きな声で進に向かって話した。

「私ね、患者さんと同じ風を感じたいの」
 雪が何度もいう、先輩の看護士に言われた言葉......

 進は、雪を追いかけ、抱きしめた。
 雪は、進の胸のから顔を上げた。
「私が辞めたのは、あなたのせいじゃない」
 雪は、そっと進の前髪を撫で上げた。

「だから、あなたは、あなたの気持ちに素直になって」

 雪の突然の帰宅は、迷っている進の背中を押した。
 進は、大学が地球防衛軍の根まわしで言ってきたトナティカ行きを決めた。

「あっ」
 進は、ユウの事を思った。

「大丈夫よ、きっとあの子も一緒に行くわ。じゃなかったら、引っ張ってでも連れて......」
 進は、少し冷たくなった雪と唇を重ねた。二人はそのまま、同じ風を感じていた。
 

 あの時の判断は、間違っていなかったのだろうか?

 進は、時計の蓋をパタッと閉めた。

 

第六話「追憶」終わり

第七話「真赤なスカーフ」へつづく


なぜ、この話を書いたのか、知りたい方はこちらを読んでね。

SORAMIMI 

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