RAW ORE

  

 『愛だけを残せ』

  220X年、アクエリアスの地球最接近後(宇宙戦艦ヤマト自沈後)
「あ……」
 体をねじらせながら叫び声をあげた進の手を、雪は握り締めた。
「古代くん……」
 進は目を覚ました。
 進は同じようなことが前にもあったような気がした。しかし、そのときとは周りの風景は違っていた。薄暗い部屋、無機質な天井や壁は病院とは違うことは明らかだった。宇宙船の一室であると察しがついたが、微かに響いてくるエンジン音はヤマトとは違っていた。
「ここは……」
 雪は進の額の汗を拭きながら、進の瞳を覗き込んだ。
 進は少しずつ記憶をたどっていった。
 最後に残った記憶……沈みゆくヤマトの姿が進の脳裏に浮かび上がった。
 進の変化を感じ取り、雪は静かに進に告げた。
「ここは冬月の士官室よ」
 進は起き上がった。ベッドサイドの時計で日時を確認する。
(24時間以上経っているのか)
 すべてを察してか、雪は語らず、進の反応を待っているようだった。進はさらに記憶をたどる。
(沖田艦長)
 しかし、進はすべて言葉にせずに飲み込んだ。
「古代くん……」
 呆然としている進に雪が言葉をかけた。雪は進の上半身を抱きしめた。
「あなたはヤマトの自沈を見届けると、倒れて……佐渡先生は過労と疲れだとおっしゃっていたわ」
 雪の腕の中、進はあふれてくるものを止めることができず、小さな呻き声を上げた。
 

「みっともない姿、見せちゃったね」
 しばらくして、進は雪の体から離れた。 
 進の言葉に雪は首を振った。そして、進の親指のつけ根にそっと指を置いた。
 進は雪が脈を計っている間、静かに雪の長いまつ毛を見つめていた。
 雪がにこりと微笑む。
「佐渡先生に一度診察をしてもらわないとね」
「ああ。それから」
 進は頷きながら言葉を続けようとした。しかし、進を覗き込む雪の瞳を見て、言葉が止まってしまった。
「それから?」
 雪は進の言葉を繰り返した。
「……冬月の艦長にもあいさつをしたい」
 進は雪から視線をそらせたが、言葉をつないだ。
「わかったわ。みんなには?」
 雪はあえて“みんな”という言葉を使った。
「皆に会わせる顔がない……」
 進は黙り込んだ。
 雪は進の手を掴んだ。
「みんな、あなたに会いたがってる。あなたがどんなに苦しんだか、みんなわかってる」
 進は何も答えず、うつむいた。
「あなたは沖田艦長との約束を守ったわ」
 進の顔を覗き込む雪の瞳は輝いていた。
 進は雪をベッドに引き寄せ、抱きしめた。
 進の脳裏に、沖田十三の言葉が響く。
(艦長……)
 沖田は進の性格を見越して話をしたのだと、進は思った。
(島……)
 もう二度と会えない友の最期の言葉がめぐった。
 進は雪の肩を強く掴んだ。
「あの時の」
 進は小さく震える声で、それでも一言一言を雪に伝えようとゆっくり話し始めた。


 部屋に来た佐渡酒造は眼鏡を上下に動かし、計測したデータを読み取っていた。
「ま、特に異常はないな。地球に降りる時まで、もうしばらく体を休めることじゃな。血圧が少し低いから、急に立ち上がらないように」
 佐渡は、衣服を整えている進に告げた。進は小さく頷いた。
「じゃあ、私は水谷艦長に伝えてくるわ」
 佐渡の言葉に安心したのか、診察に立ち会っていた雪が立ち上がった。
「ありがとう」
 進の言葉に、雪は笑みで答えた。
 雪が部屋を出て行くと、佐渡酒造は進と向かい合った。先ほどと違う佐渡の目に、進もすっと姿勢を正した。
「古代」
「はい」
 佐渡は進の目を見ながら、一段と低い声でつぶやいた。
「当分、宇宙勤務はできないだろう」
「当分ですか」
「ああ」
 佐渡酒造は進の微笑を見た。
「よかった。“一生”ではないんですね」
「ああ、そうだ。だから、体を大事にな。普通の生活には支障ない」
 
 佐渡が退室したあと、雪とともに冬月の艦長・水谷が進の部屋に来た。車椅子で出迎えた進は、部屋に出向いて来てくれたことと、ヤマト自沈前に沖田不在を騒ぐことなく察してくれたことに礼をした。
 水谷は自沈に際してのことは何も触れず、ただ、あと一両日内に冬月は地球に帰還する事だけを告げた。
「ヤマトの乗組員から懇願されて、困っていることがあります」
 水谷は言葉とは裏腹に、笑顔で話していた。
「ヤマト乗組員たちが、何か貴艦でご迷惑をかけましたか」
「いえ。ただ、あなたに会いたいと。彼らをこの部屋に呼んでいいですか」
「それは……」
 進は口を閉ざした。雪はその様子を見守っていた。
「実は、彼らはさっきから廊下で待っています」
 水谷は進に向かって頷くとサッときびすを返し、ドアへ向かった。ドアが少し開くと、水谷は指で丸を作り、部屋の外に合図を送った。そして、進に敬礼をすると部屋を出て行った。
 進は車椅子から立ち上がって、水谷を追いかけようとするが、雪に座るようにといさめられ、車椅子に押し戻された。
「古代さん」
 ドアからはあふれるようにヤマトの乗組員たちが部屋に入って来た。
「お前たち……」
 皆、進の肩を抱いたり、握手を求めたり、肩を叩いたりして、一人が済むと次の者へ場所を譲った。それでも、さほど大きくない部屋には到底全員入りきれず、廊下で待っている者もいる。

 部屋を出た水谷はその様子を目を細めて窺っていた。
 やがて、側に近寄ってきた一人の士官に声をかけた。
「大村、すまなかったな。部屋を空けてくれたのは君だったそうだな」
「いえ、私は冥王星会戦後にこの艦に来た新参者ですから、当然です。荷物もほとんどありませんし」
 そして、大村と呼ばれた男も部屋を覗き込んだ。
「あれが古代進……」
「そう、あれが古代進。彼は若き英雄として、名を残すだろう」
 大村は人の隙間から、乗組員たちから抱きとめられたり、逆に泣く乗組員を慰めたりする進の姿を見た。進はこぼれる涙を自分の手で拭いながらも、一人一人に対応している。
「あれが、たぶん史上最年少の戦艦の艦長だった男だ。ヤマトの乗組員たちと彼のつながり……名ではない、彼が本来残したモノはそういうモノなのだろう」
 水谷はそれだけ言うと、艦橋へ向かって歩き出した。
 大村耕作も水谷を追いかけるように、その場を去った。ただ、一度だけ振り返り、元、自室の人だかりを見た。
「古代艦長か」
 そうつぶやくと、艦橋へ向かう通路を進んだ。

(おわり)


なぜ、この話を書いたのか、知りたい方はこちらを読んでください。
SORAMIMI


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