RAW ORE

  


 心の瞳

  2220年 地球から約一万光年
(1)
「戦闘班長、ヤマトの食堂には慣れたかい」
 一人食事を摂っていた上条了は、郷田実の声に振り返った。
 目を合わすと、実は、離れたテーブルで食事を摂っている一人の男をあごをしゃくり、指し示した。
「艦長も同じ部屋で食事ってのは……、前代未聞だ、な。ブルーノアじゃこんなことなかっただろ」
 了は、それに答えず、食事を黙々と摂り続けた。
「目があったら、あいさつぐらいしろよ」
 一旦、手を休めた了は、実に声をかけた。実は胸に手をあてて、敬礼をする。その姿を確認すると、了はまた食事を続けた。

「艦長、先にいらしてましたか」
 敬礼をする実の姿を見ていた進に、大村耕作は声をかけた。
「ああ、大村さん。会えてよかった……午後、団長のところに行こうかと思っています」
 進は耕作に言葉を返しながらも、耕作の向こうからの敬礼に、目で合図を送っていた。
 前の席に座るよう進に促された耕作は、進に勧められるがまま手に持っていたトレーを置き、座った。進は耕作が座るのを見届けると、言葉を続けた。
「あまり、ヤマトから離れたくはないのですが、向こうが駄目なら、こちらから行かなければ」
「大変ですな」
「一万七千光年に近づけば近づくほど、攻撃の可能性は高くなっていきます。今日の一度目のワープで移民船のエンジントラブルが1隻もなかった。他のトラブルの報告も今日はありません」
「そうですね。こんな穏やかな日がそう何日も続くと思わない方がいいですね。ところで艦長、一人で、ですか?」
「いえ、小林淳に乗せてもらっていくつもりです」
 進の返事に耕作は反応し、体を前に乗り出し、小声で返した。
「小林淳ですか……まだ、決めないんですか」
「うん?」
「小林の所属です」
「本人に任せているから……あ、機関長」
 進は耕作に答えると、近寄ってくる徳川太助に声をかけた。
「艦長、副艦長、珍しいですね、早い時間のランチタイムにお二人が揃っておられるとは」
 進は太助にも、耕作の横の席を勧めた。
 太助は座り終えると手を合わせ、待ってましたとばかりに、おかずに箸を伸ばした。
「艦長が午後、団長の所へ見舞いへ行くそうだ」
 耕作は、太助に伝えると、太助は目をくるりと見開いた。
「艦長、ヤマトから離れるんですか」
「ああ」
「しかたありませんね、団長は出発前から体調が悪かったですから」
 太助の言葉を聞き終えると、進は席を立った。
「じゃあ」
 進は耕作と太助に座ったままでいいと手で合図を送ると、足早にトレーを持って返却口へ向かっていった。
 その進の姿を見た乗組員の一人が進に近づき、進からトレーを受け取っていた。耕作と太助の二人は、黙々と食べながら、その様子を見守っていた。
「士官用の部屋があるのに……逆に面倒のように思える……」
 耕作はポロリと思っていたことを言葉にした。太助は、くくくと笑った。
「艦長は、そういうのは苦手なんですよ。私は一番最初から艦長の元、それも初代ヤマトの勤務でしたから気になってませんが。今の若い連中は、大体が艦長にあこがれて宇宙戦士になった奴ばかりだから、面食らったみたいですね。戦艦、それも護衛艦隊旗艦のヤマト。まあ、実物の古代艦長を見て、驚きもあるし、逆に今は親しみを感じているんじゃないですか」
 太助の観察力に、耕作は頷いた。
「私は三年一緒にいますが、いつも驚かされっぱなしです。貨物船の船長だから、そうなのかと思っていたら、ヤマトの艦長でも同じなんだから」
「古代艦長は、ずっとああですよ。あの小林がおとなしく仕事をこなしている。あれもこれも手を出したいタイプだから、早くどちらかに専念できると更にいいんですけど」
「艦長は本人に任せていると」
 太助はにっこり笑い、一番大きなおかずを口に入れると、口をもぐもぐと忙しく動かし、飲み込んだ
「う、なら大丈夫です。艦長、昔から人を育てるのはうまいんです。ヤマトの乗組員は、昔っから、変わった輩が多いんです。私もその一人です」
 人差し指で自分を指す太助の口は、更に横に伸びた。
「それでは安心です。機関長がここまで成長できたのなら、艦長の腕、確かですね」
 二人は声を立てて笑った。
 耕作は太助の言葉に頷きながら、午後の動きを考え始めた。
(俺に細かい指示、出さないってことは、任せているんだな)
 耕作は自分の額を一度叩いた。
 

(2)
(俺じゃなくても)
 小林淳は進にコスモゼロの操縦を命ぜられた瞬間、進の目をにらみつけた。
(勝手にしろ)
「はい」
 淳は思いとは違う言葉を答えると、ヤマトのパイロット席から格納庫へ連絡を入れた。
「桜井、その間はお前が操艦を担当しろ」
(どうだっていいんだろ)
 進の言葉を聞きながら、淳は席を立った。
(そうさ、どうだっていいんだ)
「コスモゼロ、カタパルトから出ます」
 淳はそう言うと、第一艦橋を出た。

「いいパイロット候補生がなかなかみつからない。小林、お前がやれ」

 ヤマト配属してすぐに言われた言葉を小林淳は思い出した。でも、本当は戦闘班のままでいたかった。

(一人で行きゃあいいのに)
 淳は久しぶりにコスモゼロのスイッチをひとつずつオンにしていき、進が来るまで、発進の準備をしていた。
(調子よさそうだな)
 淳には、コスモゼロのエンジン音がうれしそうにうなっているように聞こえた。
「いい音だな。調整はちゃんとできている」
 いつの間にか進がコスモゼロの側にきて、見上げていた。
 淳と目が合うと、進は小さく頷いた。
 乗り込んできた進は、後ろのコ・パイロットの席に乗り込むとヘルメットを装着して、音声ボタンをオンにした。
「すまないな。いろいろ考えていると、ミスをするから、誰かに乗せていってもうらおうと思ったとき、お前の顔が浮かんだ……どうだ? コスモパルサーの隊長とヤマトのパイロット、決めることができたか」
(どうだって)
 淳がそう思ったとき、進の言葉がヘルメットの中のスピーカーから聞こえてきた。
「誰でもいいわけじゃない」
「?」
 淳の手が止まった。
「ヤマトの戦闘機隊の隊長とヤマトの操縦士は、オレにとっては、誰でもいいわけじゃないし、簡単に決めたくないんだ」
 進の言葉が淳の背中から頭へ突き抜けていった。
「旧ヤマトの戦闘機隊隊長もパイロットもそれぞれ、自分の仕事を全うして亡くなった。オレの目の前でね。だから、この二つのポジションは簡単に決めたくない」
 淳は自分の心臓の鼓動がどくんどくんと鳴るのがわかった。
「お前には納得して選んで欲しい」
 進が言い終わると同時に、格納庫の管制官が準備を整ったことを伝えてくる。
「了解」
(オレが決めていいのか、オレが)
「小林、移民船は接近して航行している。移民船の動きに注意をして飛ぶんだ」
「了解」
 カタパルトから宇宙へ飛び出していったコスモゼロと同じように、淳の気持ちもフッと軽くなった。


(3)
「移民船で生活している市民の様子を少し見たいのですが」
 進の希望を受け入れた移民船団の役人たちは、市民たちのエリアを通っていくルートを案内した。進についてくるように言われた淳は、少し遅れて、進を案内する一団の後ろを歩いていた。
 役人たちは進に、移民船の中の人々たちが半分ずつ、12時間ずれた生活をしていて、ストレスが生じないように仕事を与えられ、子どもたちは学校へ通っている話を説明していた。
 ちょうど淳たちとすれ違うように、数人の学校帰りの子どもたちが、歓声をあげて走っていった。
「さっき、船の外で、飛行機が飛んでいたんだって」
 淳は、振り返ってその子どもたちを見やった。
「ばか。宇宙で飛行機なんか飛んでないよ」
「絶対、飛行機だって」
 淳は、子どもたちの会話を聞いていた。
「小林」
 淳は進の声で、我に返った。
「帰るときに連絡をいれる。少し、このあたりを散策しているといい」
「あの、艦長」
 淳が言葉を返そうとすると、淳の様子を見ていた進は小さくうなずき、体の方向を変えると、周りの役人たちと先へと進んでいってしまった。
(ちぇっ)
 移民船の構造を知らない淳は、きょろきょろしながら、案内板を探した。
「お兄ちゃんどうしたの?」
「迷子になっちゃったの?」
 さっき通り過ぎていった子どもたちが、いつの間にか戻ってきていた。
「お兄ちゃん、軍人さん? 見たことない服だよね。でも、銃持っている」
「ねえねえ、お兄ちゃん。船の外に飛行機が飛んでいたなんて、信じる?」
(ああめんどくさい)
 淳は、一気に話しかけてくる子どもたちの一人を抱き上げた。
「おい、しゃべるときは一人ずつ。ちゃんと並んで」
 子どもたちがピシッと背筋を伸ばして淳の前に並んだ。
「よし、じゃあ、一人ずつの質問に答えてやろう」
「やったー」
 淳がにやりと笑うと、子どもたちは歓声を上げて喜んだ。


「彼を一人にして、いいんですか、古代艦長」
 淳を半ば置き去り状態にした進に、役人の一人が声をかけた。
「いいんです。軍に属していると、つい、一般の人のことを忘れがちになってしまう。今回我々の使命は、移民船を守ることですから……」
 進は立ち止まり、高層ビルの上階からの眺めのような景色を眼下に、そこにあふれるように行き交う人々の姿をしばらく見ていた。
(このような移民船が3000、か……)
 進は帽子のつばに手を遣り、小さく左右に揺らした。
「すみません。いきましょう」
 進の様子を伺っていた役人に進は微笑むと、また歩みだした。



(4)
「こんな所まで……申し訳ありません、古代司令」
 個室に案内された進は、ベッドの上の疲れきった顔色の男の言葉を聞くと、小さく首を振った。
「団長、細かい所まで目配せ、ありがとうございます。第三次移民船団の準備期間は、第一次二次と比べて移民船の製造の遅れで大変だったと聞いています。先ほども街を少し見せていただきました。思っていた以上に穏やかに皆さんが過ごせている様子が窺えて、安心しました」
 進の言葉を頷きながら聞いていた男は、起こしていたベッドの角度をさらに90度近くにすると、進と視線を合わせた。
「あなたのおかげです、古代艦長。あなたが第三次移民船団の護衛艦隊司令をやっているということだけで、市民は安心しています」
 進は言葉に反応して、男の目をジッと見つめた。
「古代艦長……すみません、あなたは私たちにとって、古代艦長なのです。この船団も一次二次の船団と同じ運命をたどるかもしれません。皆、そう思っているでしょう。でも、あなたが側について護衛していてくれているということだけで、多くの人々が怯えた日々を過ごさずにすんでいるのです」
 話を聞き終わると、進は少しの間、目を伏せた。
 それでも、顔を起こすと、きちんと視線を合わせた。
「重いですね。決めた時から、覚悟はしていますが」
「あなたは全力を尽くしてくれる人だ……日本語には『似た者夫婦』という言葉があるそうですね。あなた方ご夫婦もそうですね。よく似た目をしていらっしゃる」
 進の顔がパッと輝いた。
「妻をご存知で?」
 男は大きく頷いた。
「ええ。素敵な奥さまですね。第一次移民船団団長としても、積極的に仕事をなさっていました。周りにもよく気を使われていて、私にもよく声をかけてくださった。あなたと同じ……やさしい目をした方だった」
「ありがとうございます」
 進の笑顔に、男はにっこり笑みを返した。
「あなたに会えてよかった。ホントにいらしていただき、ありがとう、古代艦長」
 男が差し出してきた手を進はしっかりつかんだ。硬くごわごわした手は温かく、進は指先から伝わる温かさをしっかり感じ取っていた。



(5)
「小林、いくぞ」
 子どもたちに囲まれている小林淳に進は声をかけた。
「はい」
 返事をすると淳は、再び騒ぎ出した子どもたちの顔を眺めた。
「じゃあ、おにいちゃんは、ヤマトに戻るから」
 淳の言葉で、子どもたちの顔がふくらみ、淳に声をかけた進にその不満顔が一斉に向いた。
「アマールに着いたら、会おう」
 淳は、一番側にいた少年の頭をくしゃくしゃっと撫でると、サッと小さな敬礼をした。
「必ずだ」
 淳は笑顔でそう言うと、子どもたちは小さく頷いた。淳もそれ以上言葉を続けることができず、子どもたちの方を振り向くことなく、進へ向かって駆け出した。
「ふう」
 淳は進の前で小さく息を整えた。

 近くにいた男たちにあいさつを済ますと、進は傍らの淳を見た。
 淳は子どもたちのいる方を見ていた。何人かの子どもが淳が向いたことに気づき、手を振り出した。
「小林、子どもとの約束は、ちゃんと守れよ」
 進はそう言うと、歩き出した。淳は一旦開いた口を閉じ、進の後を追った。進は近くに駆け寄ってきた淳に、小声で話しかけた。
「今から、護衛艦隊の隊列の移動の練習をする……その様子を艦隊から少し離れて、コスモゼロから全体の様子を見る予定だ」
「わかりました」
 進は、いつもよりすんなり返ってきている淳の返事が気になり、淳の顔を見た。
「何か?」
「いや……」
 進は、再び歩き出した。
 二人はそのまま会話なく、歩いた。時折、周りの男たちが進に、街並みのような移民船の中の様子を説明する声だけが、行きかった。

 コスモゼロに乗り込み、ヘルメットを装着すると、淳は手際よく、発進準備を始めた。進はヤマトへ通信を送り、時間と隊列の変更を各艦へ伝達するよう、言葉短く伝えた。
(開始時間まで、そんなにないじゃないか)
 淳は、進の少し無茶な命令を、ヘルメット内のスピーカーから聞いていた。発進許可を伝えるランプが点くのを確認すると、淳は進へ伝えた。
「アマールエクスプレス7655から、発進許可でました。コスモゼロ、発進準備完了しています」
「小林、発進させろ」
 淳は進が後ろのナビ席で、ヤマトからのデータを受け取っているのを青色のランプの点滅で確認しながら、コスモゼロのエンジンを点火した。
 コスモゼロの機体は、移民船から離れ、ヤマトの方角へ向かって飛び出した。
 淳の目の前の画面に、進が指定した時刻を告げる表示が出、移民船を取り囲んでいた護衛艦隊が動き出した。カウンターの数字が動いていく。
「小林、操縦桿をこちらに渡してくれないか」
 艦隊の動きに気を取られていた淳は、進の言葉にすぐ返事を返すことができなかった。
「あ、はい。了解しました」
 コスモゼロの操縦桿を握る進の姿は見ることができなかったが、ぐんっと艦隊近くへ滑り込むように飛ぶコスモゼロは、意気揚々として、軽々と宇宙空間を跳ね回っているようだった。
(好きなんだな、飛ぶのが)
 一旦艦隊に近づいていったコスモゼロの機体は、大きく艦隊から離れていった。淳の目の前のレーダーには護衛艦より大きい移民船の集合体が、砂鉄を散らしたように光っていた。
「子どもとの約束は、ちゃんと守れよ、か……」
 淳は小さくつぶやいた。



(6)
「すごいですね。それぞれの護衛艦隊が競い合っている……」
 画面を見ていた木下三郎がつぶやく。
「コスモゼロが出ているんだ、どの艦隊もいいところを見せたいだろう」
 徳川太助は、パネルでメインエンジンのチェックをしながら、三郎のつぶやきに答えた。
「くっ、あいつら……。副艦長、機関室に行ってエンジン調整してきます。……なかなか口だけでは、わかいやつらに伝えきれないなあ」
 太助は小さなため息をつく。大村耕作は頭をかく太助の姿を見て微笑むと、太助に大きな声で答えた。
「了解しました、機関長。古代艦長から新たな命令が出たら、すぐ連絡します。何事も経験、若いうちに積む経験は宝です……よろしくお願いします」
「まったく、そうですね。では、失礼します」
 太助の移動を見届けると、耕作は護衛艦隊全体の状態を映しているメインパネルを見上げた。
「木下、レーダーのレンジを少し広げて監視するように」
「はい」
「それから、小林が出ている時の緊急時は、桜井がヤマトを手動で操艦になる。桜井、いいか?」
「はい」
 耕作は、洋一がスムーズに命令を実行できている様子を見ながら、矢継ぎ早に第一艦橋のメンバーに声をかけていった。
「郷田、艦隊の動きの記録できているか。中西、護衛艦隊間に通信の支障でていないかをチェック。上条、ヤマトは第一級戦闘配置にして、不意の攻撃にいつでも対処できるようにしておけ」
(こんなところか……)
 耕作は、それぞれの命令了解の声を聞きながら、艦隊の外側を移動していくコスモゼロの光点をみつめた。
(あとはあなたが何を収穫してくるか、か……古代艦長)
(古代艦長か、あの人が)
 耕作は、一人くすりと小さく笑った。


「小林、護衛艦隊の全体の動きを見て、気になったところは?」
 少し艦隊から離れたコスモゼロの中で、進は全体の動きを見ているだろう小林淳に声をかけた。
「右翼部分の最外縁部の艦のいくつかの動きが、少し遅れていました。中央部の艦隊は、少し艦の間隔がせまいですが、これは、左翼部分の艦隊の広がりが十分でなく、中央の艦隊がその分押されて寄ってしまったと思います」
(なんか、学校の授業みたいだな)
 進の質問に答えながら、淳はあまり好きではなかった戦術の授業を思い出していた。
「そうだな。いい見立てだ。やはり、移民船団の船の数が多すぎて、護衛艦隊の動きが制限されている……小林、お前が右翼部分の最外縁部の艦を操艦しているとしたら、何に気をつける?」
「一番端の艦を操艦しているとしたら、大きく外へ出て、周りの艦の動きを引っ張ります」
 進は、淳の言葉を聴きながら、右翼部分の端へコスモゼロを移動させていた。ようやく、右翼部分が大きく広がり、予定通りの艦隊移動し始めていた。
「艦隊を動かすのは至難だ。隣の艦の動きも確認しながらでないとならないからな。コスモパルサーでも、編隊を組んで飛ぶ場合がある。次のワープ後コスモパルサーを飛ばしてより実戦に近い訓練をしよう」
 淳はどきりとした。
 「ヤマトの操艦を任せるか、コスモパルサーを任せるか」と今、進に聞かれたら、淳は答えられないと思った。
 操縦桿のランプが点滅し出した。
「操縦交代だ小林。ヤマトに戻るぞ」
「は、はい」
 淳は大きく鼻から息を吸うと、操縦桿を大きく傾かせ、パネルに映るヤマトの光点に向かってコスモゼロの機体を駆った。



(7)
 第一艦橋に進が戻ると、皆が一斉に座りなおす動作をし出した。大村耕作は、その様子を微笑みながら見つめていたが、目の前のスクリーンに映るメッセージに気づき、進に声をかけた。
「艦長、第7艦隊がもう一度、艦隊の移動の練習をしたいと言ってきていますが」
「大村さん…」
 進は言葉を一旦止めた。耕作は進の答えを待った。
「やるのは動きだす時のタイミング合わせだけと伝えておいてください」
 進はきちんと座ると言葉を続けた。
「それから、第7艦隊の動きがわかるように、艦長室にデータを送ってください」
「わかりました」
 進は耕作の言葉を最後まで聞くことなく、座席を艦長席に向けて移動させ、そのまま艦長室へ登っていった。
 耕作は、第7艦隊へ進の言葉を伝えると、進が移動していった先を見上げた。
「木下、すまないが、移動の練習が始まったら、さっきと今回の両方の第7艦隊のデータを艦長室に送ってくれ」
「了解」
 そこへ、コスモゼロの機体チェックを済ませた小林淳が第一艦橋に戻ってきた。
「小林、さっきのコスモゼロの動き、凄かったな。コスモパルサーとほぼ同じくらいの数字が出ていたぞ」
 木下三郎の言葉に答えず、淳は、どかりとイスに座った。
「ああ、あれ、艦長の操縦です。あんな目一杯飛ぶんで、機体が持つか、こっちはハラハラし通し。まったく……暴走親父だな」
 淳は口をとがらせた。
「案外、艦長は考えて飛ばしてる」
 上条了はぼそりつぶやいた。
「そうですね。でも、艦長が操縦するなんて珍しいです。よほど難しい宙域でない限り、手は出さない方でしたから」
 桜井洋一は手元のパネルのキーを打ちながら、淳に向かって言葉をかけた。
(気分転換で、飛びたくなったか……)
 耕作は、皆の話を聞きながら、進の行動を思った。
(なんだかんだ、期待され、責任持たされて……皮肉だな、軍を辞めても変わらんとは)
 耕作は、斜め後ろの誰もいない艦長席をちらりと見た。
「第7艦隊、動きだしました。データを艦長室に送ります」
 木下三郎は目の前のキーの上に指を走らせる。
 小さく息を吐いた耕作は、木下三郎が艦長室に送っているデータを自分の目の前のパネルにも表示させた。
(さて、どうなることか)
 そのとき、耕作はパネルの点滅に気づいた。艦長室からの通信を知らせる点滅だった。
「大村さん、すみません。第7艦隊の司令に直接連絡を取りたいのですが、それを向こうに伝えてもらえませんか」
「了解」
(コスモゼロで飛んで、感覚を取り戻しつつあるか……)
 耕作は唇を少し緩ませると、第7艦隊へ通信文を打った。



(8)
「小林、幸せだね」
 佐々木美晴は、医務室に時間つぶしに来た小林淳を笑った。
「……」
 淳は返事をせず、回転する丸イスを左右に揺らしていた。
「ふっ、相変わらず、お子ちゃまだね」
 美晴は淳の顔を見ることなく、イスの軸が軋んで鳴らす音を聞きながら、電子カルテが映る画面を見ていた。
「んっ?」
 カルテの記録が思っていたよりも多く、美晴は、古い記録へと遡っていく。
 そのうち、美晴は淳の視線を気にして、画面を閉じた。
「次のワープ後、コスモパルサー隊を出すんだってね。私も大事な彼氏の手入れをしておくか」
 淳は美晴の言葉に、ごくりとつばを飲み込んだ。
「出るつもり?」
 端末の終了を見届けると、美晴は微笑んだ。
「近々、ね」
 淳はパッとイスから飛び降りた。
「艦医が艦から離れちゃ、まずいだろ」
「なんのためにヤマトに乗ったと思ってんの? 千載一遇ってこういうことを言うんだよ」
「美晴は、変わんねえな」
「人間、そんな簡単に変わらないんだよ」
 大またで歩く美晴に遅れまいと、淳も小走りになる。
(それにしても、あの検査の回数は尋常じゃないな)
 美晴は、電子カルテの画面を思い出していた。


「熱心だな」
 第一艦橋に戻った上条了は、桜井洋一に声をかけた。了は先ほどの護衛艦隊の演習後、ヤマトの戦闘班の動きを郷田実と確認し、砲術班中心のミーティングを終えたばかりだった。
 洋一はオートパイロットでの航行を解除して、手動で操艦していた。
「少しでも慣れておかないと。こんなに大きな艦の操縦は初めてなんです」
 第一第二移民船団が襲撃された一万七千光年の宙域に近づきつつある。洋一は護衛艦隊が普通の艦の速度より速く移動している様を目にして、焦りを感じたようだった。
「民間船と軍艦では速さが違う。戦闘中のとき、軍艦は能力最大限にまでスピードを上げることもある……艦長がブルーノアを操艦したときのように、大胆な動きも」
 了は、そう言いながらイスに座ると、背をぐっとそらした。そして、操縦桿を握る洋一の横顔を、さりげなく見た。
(少し力みすぎてる……)
「そればかりは、経験がものを言う。ただの演習では、なかなか感覚はつかめないものさ。コスモパルサーに一度乗せてもらうといい。速い動きがどういうものなのか、少しはわかるはずだ」
「ありがとうございます。上条さん」
 洋一の明るい声が隣の席から届く。
「上条でいい……それから、肩はもう少し楽にした方がいい」
 洋一はまっすぐ前を見据えていたが、小さくうなづいた。
(何言ってんだ、オレは)
 了はブルーノアではそんな風に他の乗組員に声をかけたことはなかった。自分さえベストを尽くしていれさえすればいいと思っていた。
(ヤマト……不思議な艦だ。この艦だからなのか、それとも、あの人が艦長だからか)  



(9)
 進が演習を終えた第7艦隊に伝えたのは、艦隊を二分、四分、六分割にするときの命令系統を再度確認をとるようにという言葉だった。
(艦長は左右両翼の動きが違いをあえて合わせるのではなく、その違いをそのまま活かすのか)
 耕作は、その言葉を聞きながら、進がいろいろな戦闘パターンを考えていることに気づいた。
(のんびり食堂での食事も、これが最後か)
 各班の報告をチェック後、遅い夕食にありつけた耕作は、アルコールが懐かしくなった。
(いかん、いかん。貨物船感覚になってしまった)
 耕作は気を取りなおして、一旦止めていた手をまた動かし、口へ食べ物をほうりこんだ。進は軽く艦長室で食事を済ませ、その後、軽くトレーニングをすると耕作に連絡をしてきていた。
(たぶん、考えまいと思っていても、相手がどう出てくるかばかり考えてしまうのだろう)
 進ほどではないが、耕作もいつ来るかわからぬ相手からの攻撃のために、ただ自分ができることは、今は、食事を摂り、そして、休息をを取ることだと言い聞かせているが、寝るどころか、まだやることが残っているのではないかと落ち着きがなくなってきていた。
(艦長は……)
 耕作が護衛艦隊司令である進の気持ちを推し量ろうと思っても無理なことであった。
(オレの経験はそんなものか)
 多分、進はその言葉どおり、軽いトレーニングの後、休息を取ることだろう。それが最善であることを十分知っているから。
(長い航海をしながらの戦闘とは、そうあるべきだと思っても、その経験もなし)
 今までのヤマトの航海の緊張感とは如何ばかりだったかと思いながら、耕作は厨房をのぞくことができるカウンターに向かっていった。
「すみません。少し、アルコールの入った飲み物を……コック長、申し訳ない」
 耕作はコック長に手を合わせる。
 耕作が待っている間、やはり、遅くの夕食を摂りに来た徳川太助が、耕作の後ろから厨房に向かって叫んでいた。
「私もお願いします」
 耕作が振り向くと、笑顔の太助が近づいていた。



(10)
「お二人とも、これだけですよ」
 コック長からの特別サービスを受け取ると、耕作は太助のコップに自分のコップを振って、軽いガラス音を鳴らした。
 二人とも、ぐっとコップを傾けると、一気にコップの中の液体をのどに流し込んだ。
「機関長、お付き合い、ありがとうございます。コック長、ありがとうございます」
 耕作は、厨房の奥にいるコック長に届くほどの声で、礼を叫んだ。
「こちらこそです、副艦長。まるで、前のヤマトの最後の航海のときのようです。あの時も心躍りました。沖田艦長がいて、古代艦長も迷いがなく、私たち乗組員は負ける気がしなかった」
 太助の言葉を耕作は何も言わず聞いていた。
「今回は古代艦長の傍にあなたがいる……あの時、ヤマトが沈んだ時、私たち旧ヤマト乗組員と艦長は大きく隔たってしまっていたんです」
 太助は目を伏せた。
「あの時、ヤマトだけじゃなく、沖田艦長も失ってしまうことを古代艦長は選んだ。そのことでずっと苦しんでおられた。そして、私たちは17年の間、何もできなかった……」
「大丈夫ですよ」
 耕作は太助の言葉を断ち切るかのように言葉を発した。
「え?」
 太助は思わず声を出してしまったことを恥じるかのように、口を閉じた。
「そう思えるのです、機関長。古代艦長はずっと、ヤマトの艦長だったのですよ。艦がなくても、あなたたちにとって、それから、地球人類にとって、ヤマトの艦長だった。今、彼は気づいたはずです。そして、前のヤマトが沈んだ時のあなたたちとの隔たりを埋めようとしている」
 耕作は進の行動を振り返りながら、進の行動の素を考えていた。
(そう、彼は、あのブルーノアでの戦闘で、目覚めた……)
「ありがとうございます」
 太助の言葉に、耕作はどきりとした。
「?」
 太助は頭を深々と下げた。耕作は、そういう太助のさっぱりした行動に少し引きながらも、誠実な人となりを感じていた。
「副艦長がそうおっしゃるのなら、確かです。雪さん、艦長の奥方である古代団長が生きておられたら、彼女にもぜひその言葉を伝えてください。この三年間を艦長と共にしてきたあなたの言葉なら、雪さんもホッとすることでしょう」
 耕作は太助の笑顔につられ、頬を少し緩ませた。
「わかりました。そうお伝えします」
「よかった……では、副艦長、明日、よろしくおねがいします」
「こちらこそ、徳川機関長」
 太助は声を立てて笑い、耕作の手をしっかりと握った。
 耕作はあとで太助が酒にめっぽう弱いということを聞き、このときの太助が少しふらついていたことに納得した。



(11)
 進はトレーニングルームの隅でストレッチのメニューをこなしていると、隣の部屋から歓声が漏れてきた。先ほどから、戦闘班の何人かが射撃の点を競い合っているようだった。進はちょうど死角の位置にいたようで、気づかれてはいないものの、終わりそうもない会話を聞いていると、出て行かざるを得ないことを覚悟するしかなかった。
「艦長」
 一人が気づくと、急に静まり、皆、進に敬礼をする。
 進はその中に上条了がいることに気づいた。
「点数は?」
 進の言葉に、一人の男が全員の成績を告げる。進は昔と同じやり方で競い合っていることに懐かしさを覚えるとともに、「やりすぎるなよ」と声をかけて、足早に通り過ぎようとした。
「艦長。艦長もどうですか」
 その声で、進は足の運びを止めた。
 上条了は声をかけた男の体を制するように手を伸ばした。
「いえ、すみません、艦長。我々もそろそろ終わりにします」
 そう進に告げると、了は横の男をにらみつけ、同調を促した。
「は、はい、艦長。明日のために今日はここまでです。終了です、はい」
 振り向いた進はその様子を無言で聞いていた。並んでいる5人の戦闘班のメンバーを見渡した。どうやら、了と同期だったメンバーであるらしかった。
「上条」
 進の口から自分の名が出てきたので、了は背をぴしりと伸ばした。
「はい」
「二人でS9をやろう。ずいぶん本格的に銃を撃っていない。一人では心もとない。すまないがフォローで入ってくれ」
 二人で行う以上に、進の設定したレベルの高さに居並ぶメンバーは驚いた。
 了は小さく息を吐いた。
 立体の映像とともに、模擬弾をかわしながら、銃光のもとを狙っていくのであるが、それを二人で行うというのは、一人で行う以上に相手のレベルや動きを考慮しなければならず、了は苦手であった。
「先行は上条、お前がリードしろ」
 始まる寸前に進は了に声をかける。了は、この手の射撃訓練において、記録を作ってきている進がどんな動きをするのか、気になった。
(試されている……)
 了は『古代進の再来』と言われ、射撃においては、それなりに記録を更新してきた。その本物と組まねばならない状況に、今までの戦闘以上に動揺していた。
「さあ」
 進の声と共に、光があちらこちらから伸びてくる。
「あっ」
 了は打ち損ねた瞬間、声を出した。しかし、その声より早く、進がその目標を撃って、的は点滅をして消えていった。
 そのうち、了は落ち着きを取り戻し、確実に狙っていく。タイミング的に難しいものは進が打ち落としてくれるため、自分の担当であろう分を集中して打つことができた。
(リードされている)
 ほとんどの的を撃っているのは了だったが、了が撃ちやすいように、動きやカバーをしているのは明らかに進の方だった。
(えっ)
 進に二の腕をそっと押し上げられた了は、一瞬その行動の意味がわからなかったが、銃口の先に的を見つけると素直に引き金を引いた。
 了がホッとした瞬間、終了を知らせるブザー音が響き、部屋が明るくなった。了は、ほぼ床につきそうなほど下げていた右ひざを床につけて、ゆっくり息を吐いた。
「背中の傷をかばっているな。まだ、痛いか」
 了は、すっくりと立ち上がっている進を見上げた。
「少し……」
 進は了の前に手を出した。了は何も言わず、その手に自分の手を伸ばした。
「すみません」
 了は進の手を借りた。足元が不安定であることを進が察知して手を差し出していたということを了も気づいていた。進が引き上げるとき、痛さが走ったが、了はなるべく顔に出ないように平然さを装った。
 進は了が立ち上がるのを見届けると、部屋を出て行き、戦闘班員たちをすり抜けるように足早に去っていった。
「すっげー、なんか、すごく慣れたバディって感じだったぞ」
「オレ、鳥肌たった」
「伝説だと言われてた人なんだよなー、おい」
 了は進が歩いていった先をずっと見ていた。
「おい、上条」
「ああ」
 了は進の後姿から解放され、了の言葉を待つ四人の顔を見た。笑顔の郷田実と目が合った。
「お前らしくないな」
 実がつぶやいた。
「ああ」
 了は手の中の銃をしまい、もう一度、進が出て行ったドアを見た。



(12)
「艦長、遅い時間、申し訳ありません」
 艦長室に戻った進に、機関室から通信が入った。天馬翔からであった。
 進は話を聞くと、「わかった」と言って、通信を切った。
「まったく……」
 進は上着をつかむとさっと羽織った。立ち止まった進は、目に入った写真たての中の雪に、話しかけるようにもう一度繰り返した。
「まったく、この艦の連中は」
 笑いを抑え、進は部屋を出て、階段を駆け降りた。

「すみません、艦長。誰に連絡をしたらいいのかわからなくて」
 天馬翔が頭をかきながら、進を迎えた。
「おーい、翔。戻って来い」
 天馬走が奥から大きな声で翔を呼んだ。
 進は頷いて、走の声の方へ向かった。
「お前たち、いいか、いくらコンピュータで管理できているっていったってなぁ、それは完璧じゃあないんだ。やっぱり、人がちゃんとみてやらないと。わかっているか?」
 数人の機関部員の前で、徳川太助がいつもより更に大きな声で話している。走は太助に肩を組まれ、完全に太助に捕まっていた。
「急にあんな状態の機関長がやってきて、ずっと、話をしているんです」
 翔が進に説明をする。進は、他の機関部員が引いている状態の中、太助と走に近づいていった。
「機関長、仕事はそのくらいして、部屋に戻るぞ」
 進は、走の背中にまわしていた太助の腕をつかんだ。
「さっ」
 進は太助の体を自分の体に寄せた。
「かっ艦長、大丈夫です。大丈夫です。一人で部屋に戻れますから」
 太助は頭を何度も下げながら、進の胸板を手で押した。
「行くぞ、太助」
 太助の体を引き寄せ背負うと、進は歩きだした。
「艦長、大丈夫ですから……」
「お前と話したいことがある」
「ホントですか」
「ああ」
 進はまわりにいた機関部員たちを制すと、徳川太助と歩きだした。
「ホントに大丈夫ですから」
 そう言って太助は進から離れて、ふらふらと歩いていく。
「ああ、大丈夫だ。変わらないな」
 進は太助の動きを見守っていた。そのうちに壁に手をつき、座り込む。進は太助の腕をつかみ、立たせた。
「行くぞ、太助。お前の部屋にちゃんと案内しろよ」
「すみません」
 時折、ふらつく太助の体を支えながら、進は士官の部屋があるブロックを目指した。
「前もこんなことがあったな、なぁ、太助」
 太助は眠たくなったのか、進に促されるまま、うんうんと頷いた。

 その太助の様子を見ながら、あの日からずいぶん月日が経ってしまったことを進は実感した。そして、そんな年月を過ぎながらも、また、この艦にいることが不思議でたまらなくなった。


(13)
「艦長」
 太助の部屋の前で、進は大村耕作に声をかけられ、振り向いた。
 進は耕作に対して頷くと、傍らの太助の体を壁にもたれさせ、体勢を立て直した。耕作は進たちに駆け寄ると、進の意図を読んで、太助の体を支えた。
「ありがとう」
 少し照れた進の笑いを見て、耕作はこの部屋までたどり着くまでの進の苦労を感じ取った。
「さっ、太助、部屋開けろ」
 耕作と進は、太助を部屋ドアの横に立たせた。
 太助は何とか自分の意志で手をかざすと、部屋のドアが開いた。耕作の耳に進の息を吐く音が届いた。
「入るぞ」
 太助の背中に回していた手で、太助の背中を叩き、進は部屋に入るよう促した。耕作と進は太助の体の両方から支え、一歩一歩ベッドへ向かって進んでいった。
「太助、ベッドについたぞ」
「あひがとうございます、艦長」
 太助をベッドに座らせると、進は体をかがめて、太助の靴を脱がせ始めた。
「私が」
 そう言って進の横にしゃがみこもうとしている耕作を、進は制した。
 


(14)
 耕作は、無言で靴を脱がせている進の背中を、ただ見守っていた。
(艦長……)
 耕作はたびたび進が見せる無言の姿を、今までも何度か見てきた。
「太助……あまり気負いするな。あいつらはちゃんとお前の背中を見ている。時間があると黙々と整備しているお前の背中を見ているはずだ。お前の親父もそうだった。似てきたな」
 進はそう言うと、太助の肩をぽんっと軽く叩いた。
「すみません」
 太助の情けない声に、進は笑った。
「早く、寝ろ。ヤマトのエンジンを頼むぞ」
 太助の部屋から出て行く進の後姿に続き、耕作も部屋を後にした。無言のまま、艦長室へ向かっている進の後ろを、耕作も追いかけようとした。
「大村さん」
 ふいに進が振り向いた。
「明日のために寝てください」
「艦長……」
 耕作は進に返す言葉を考えていた。
(一番、眠れないのは、たぶん)
「わかりました」
(そう、明日の朝まで、また、いろいろなメールや通信が艦長に届く。攻撃に備えて万全な対策を考えて、そして……それは我々がアマールに着くか、全滅するかの日まで続くのだ)
 進はニコリと笑った。
(あなたの笑顔は苦手だ、艦長)
 耕作は少し引きつったような笑顔を進に返した。




  2220年 BH199からロングワープ後 

(15)
 長い一日が終わろうとしていた。
 明らかに第一艦橋のメンバーの顔つきが変わっていった一日だった。
(これが、また、新たな……)
 しかし、耕作は自分の言葉を打ち消した。ちらりと見た進の顔は、思っていたほどにこやかではなかった。
(ブラックホールの力を借りて、あの敵の真っ只中、移民船をワープさせ、そして、追っ手も来させない……)
 耕作は、先ほどの戦闘を思い出していた。護衛艦隊の一部は、戦闘中に沈んだものもあったが、移民船は一隻も失ってはいない。そして、目的地のアマール星は目前である。
(さすが……)
 耕作は微笑んだ。
「何か?」
 進の声で耕作は振り向き、艦長席を見た。
 進は耕作の言葉を待っていた。
「いえ……」
 耕作は、言葉を続けられずに口ごもった。第一艦橋の他のクルーたちも、背中で二人の成り行きを見守っているようだった。


 太助の部屋で、いびきをかく太助を見ている進は、優しい笑みを浮かべていた。耕作はそんな進に歩み寄った。
「アマールへの移民……こんなに大規模な移民なのに、アマール側から何も援助がない……不思議だと思いませんか。そして、第一次第二次移民船団も襲われている。艦長は何も思いませんか」
 耕作の言葉は堰を切ったように止まらずあふれ出た。
「アマールへ自力で来ることができるのなら、アマールの月へ住んでもいい……確かに昔、イスカンダルのスターシアからのメッセージで地球はヤマトを未踏の宇宙の果てへヤマトを向かわせました。ヤマトには百名余りしか乗っていなかったのでしょう。今回は各三億人の一般人も一緒に移動しているのですよ」
「ええ」
 耕作の言葉に、進は簡単に答えた。
 耕作は次の言葉を考えるより先に、進に話してしまったことを恥じた。
「大村さん、確かに無謀です。私が真田長官のそばにいたら、反対していたでしょう」
(では、なぜ?)
 耕作の言葉を代弁するかのように、進は話を続けた。
「なぜだとあなたは思ったでしょう? 私もわかりません。ただ、沖田さんが、ヤマト初代艦長の沖田十三が生きていたら、きっと、引き受けたでしょう」
 そして、進は微笑んだ。
「ただ……それだけです」

(「ただ、それだけです」か……)

「艦長、アマール本星から艦隊旗艦のヤマトに向けた通信が入っています」
 通信班長の中西良平の声が、第一艦橋に響く。耕作は進の言葉を待った。それは、第一艦橋のメインスタッフ皆も同じだった。
「中西、回線を繋げろ」
 進はすっと、艦長席から立ち上がった。


(16)
 アマール本星からヤマトに届いた通信文は一方的だった。
「艦長」
 通信班長の中西良平は、進に返信を促すように、声を出した。
「艦長、この条件は飲むべきではありません」
 最初に、声を出したのは、徳川太助だった。
「艦長一人だけの上陸許可なんて」
 太助は言葉を荒らげ、進の顔を直接見るために艦長席に体を向けた。
 進の視線はずっと前を向いたまま、パネルに映るアマール星をみつめていた。耕作は大きく息を吐いた。
「中西、了解したと伝えてくれ」
 耕作が物言う前に、進は良平に指示を出した。
「艦長……」
 太助は言葉を続けるのをあきらめて、イスに腰を下ろした。
「中西、団長へもこのことを伝えておいてくれ。それから、アマールには上陸ポイントと細かな条件を聞いておいてくれ」
 進はちらりと太助の動かぬ背中を見てから、それぞれの乗組員の背中を見ていた。耕作と目が合うと、進は小さく頷いた。
「木下」
「はい」
 木下三郎が立ち上がると、進はヤマトの破損箇所をたずねた。
「各箇所、できる限り原状回復を目指して、修理の作業を。優先順位をつけて」
「はい」
「大村さん」 
 進は間髪をいれず、耕作に声をかけた。
「艦長室に来てください」
 進は耕作の返事を聞く前にイスの昇降スイッチに手をかけた。
「はい」
 昇っていく進を見ながら、耕作は返事をした。


「大村さん、とにかく私がいないとき、皆が暴走しないようにブレーキをかけてください。特に小林の言動に気をつけてください」
「上条はいいですか」
「ええ、彼は多分、大丈夫でしょう」
 耕作は、いつもと変らず、紅茶を飲んでにこやかに話す進の様子を、ただ見ていた。
「アマールの人たちに対して、どういう行動、話をすべきか、決めかねています」
 意外な進の言葉に、耕作は進の目を覗き込むように見た。
「私たちが思っていた以上に移民船がアマール星に到達している……」
「奥様も生きていると?」
「生きていると信じたい……でも軍艦に限っては、ほぼ全滅に近いかと思います」
 耕作は難破していていたブルーノアに執拗に攻撃をかけてきた戦艦を思い出した。
 進はカップをテーブルに置き、帽子を深く被りなおし、話を続けた。
「アマールにすでに到着している移民船、そして、第三次移民船団……多くの市民が、今、無防備です」
(多くの人類が人質か……)
 耕作は進の気持ちを察し、無理やり口角を上げて笑顔を作った。
「わかりました、艦長」
 進の視線は、目の前のアマール星に向いていた。
(いつも切っ先に立たされているのは、あなただ。そうやってあなたは、自分自身を強くしていく)



(17)
「地球からの移民船団が到着したそうですね」
 アマール星女王であるイリアは、側に控えていた三人の側近たちに声をかけた。
「はい。先の移民団の地球人たちが色めき立っています」
 一人が答えると、もう一人が言葉をつなげた。
「護衛艦隊を率いている戦艦が『ヤマト』という名だそうです。それを聴いた地球人たちは皆、喜びの顔になりました」
「彼らは『ヤマト』『コダイ艦長』と口にしております」
 イリアは護衛艦隊の配置を示す画面を見つめた。
「地球の人にとって、『ヤマト』は特別な艦(ふね)なのですね。そして、その艦長も」
「そのようです」
 三人目の側近はそう言うと、画面のボタンを押した。
 画面には宇宙空間に留まっている宇宙戦艦ヤマトの姿が映し出された。
「エトス星のゴルイ提督も、ヤマトの戦いぶりに対して、賛辞の言葉をかけたそうです」
 イリアはそっと画面のヤマトの上に指を伸ばした。
「会ってみましょう。そのコダイ艦長に」



「ホントに一人で行ったな」
 小林淳はパネルに足を投げ出し、唇を尖らせた。アマール星の海に着水したとき、進にほめられ上機嫌になっていた淳は、進がタグボートで出掛けた後は、機嫌が悪くなっていった。
「何が待っているかわからない……しかし、かなりの数の移民船が到着していたのは、我々にとって朗報だ」
 徳川太助はエンジンのチェックをしながら、小林のつぶやきに答えた。
「ポジティブ、ポジティブ」
 太助は鼻歌を歌うようにそう言うと、機関室へ降りていった。大村耕作は何も言わず、太助の姿を見送った。
「副艦長」
 中西良平が振り向きながら叫んだ。
「移民船の停留場所の詳細データがアマール星から来ました」
 耕作は頷くと、そのデータを分析し始めた桜井洋一の言葉を待った。すぐさま、耕作の目の前のディスプレイにもそのデータが表示されていく。
「すごいです。第三移民船団以外にも3000隻ほどの移民船がアマール星と月に停泊しています」
 洋一の興奮した声を聞きながら、上条了はつぶやいた。
「たどりついていたんだ」
 了は心につっかえていたものがまた一つなくなっていくのを感じた
 了は自分の顔を覗き込んでいた淳の視線に気づき、淳を睨んだ。
「ふん、このヤマトは他の艦とは違うんだ」
 淳の言葉に了の顔は険しくなっていった。
「小林」
 耕作は二人の緊張した空気を察し、淳に声をかけた。
「コスモパルサー隊の整備をきちんとしておけ。緊急発進できるように」
 その言葉を聴いたとたん、淳はイスから飛び降りるような勢いで立ち上がった。
「了解」
 急いで走り去る淳の姿を郷田実は鼻で笑った。
「子どもだな」
 耕作は、そんなやり取りを見ながら、了の側に近づいていった。
「よかったな」
 耕作は、多分進がここにいたらするだろうと、了の肩を叩いた。
「はい」



(18)
 タグボートでアマールの港についた進は、目や耳を疑うような情報を得る事になる。

「ほとんどの移民船はアマールの月に停泊していますが、大きな修理がいるような船のみアマールに下りています。アマールに上陸した者は限られたエリアですが、行動も自由にさせてもらっています。その代わり、こちらもなるべく嘘をつかないように対応しています。アマールは我々に攻撃をかけてきた星間国家連合に加盟しています。『民間人のみ』という条件で他の国からも黙認されているようですが、実際、アマールの立場はかなり苦しいようです」
 進は、進へ手を振り声を出している地球の人々を見ながら、静かに士官の話を聞いていた。
 雪の乗っていた艦が無人でアマールへたどりついた話になると、進は声を発したが、艦が係留されているというドッグへの道すがらも、士官の話の聞き手となっていた。
「古代艦長、あなたやヤマトのことも、アマール側へ話しています。アマールのイリア女王があなたに興味をもたれたそうです。是非、艦長に会いたいとのことです。ですが、その前に、このアマールにたどり着いた移民船の話を、私から艦長にしたいとアマール側にお願いしていました」
(なるほど)
 進は士官が思った以上に思慮深い男であることに気づいた。監視もさほど強くない様子から、この士官に対するアマールの信頼も格別なものだと感じていた。
「会談時に、私が注意すべきことは?」
 進は士官の顔を見た。
「わかりません。ただ、私自身はいつも真摯な気持ちが伝わるようにと心がけていました」
 進はニコリと微笑んだ。
「ありがとう。それが一番だ。器用に振舞うのはあらぬ誤解を招くからね」
 進の言葉を聞いて、緊張気味の士官も、進の前で笑顔になった。
 
 進は雪の乗っていたスーパーアンドロメダ級の戦艦を見上げ、艦橋付近をみつめた。
「あの……」
 士官は、ところどころ破れている帽子を差し出した。
「艦橋内にこれだけが。人は誰もいませんでしたが、これだけが残っていました」
 進はその帽子を受け取った。進はすぐさま裏返し、持ち主の名を確認をした。
(古代雪……)

 進は気持ちを切り替えるために、新しい質問を士官にした。
「君が知っているアマールの人たちことを、いろいろ教えてくれないか」
「はい、私がいつも接しているアマール人中心になりますが、よろしいですか?」
「もちろん、それでいい。どんなことでも知りたい」
 士官は進の能動的な様子に満足した。




  2220年 地球 
(19)
 地球への進の報告は、即時に地球上すべての放送局により何度も流され、残った地球市民たちはその映像を誰もが見、そして繰り返し観た。地球に残った美雪も、何気なくつけたテレビで父の姿を観ることになった。
 テレビで観る父親の姿は、どこか遠くの人のように美雪には思えた。佐渡酒造からの言葉でさえ受け入れる気になれず、美雪は一人、ライオンの子を抱いたまま、ソファで体を丸くして目を閉じた。
 胸の中の温かさが、美雪を懐かしい記憶へといざなっていった。
「いえ、抱いて帰ります」
 聞きなれた声がして、美雪の体はふっと持ち上げられていった。
 美雪は目を開けずに、温かい体温と懐かしい匂いの中、ずっと寄り添っていた。
「また、大きくなったな」
 その言葉が決して嫌な言い方でなく、喜びの気持ちにあふれていることに美雪は知っていた。だから、いつも、その人の腕の中が、自分の特等席であった。
 トントン
 ドアをノックする音。
「う、ううん」
 美雪は目をこすって起き上がった。外はすっかり暗くなっていた。美雪は、お腹が一杯になったライオンの子とそのまま一緒に寝てしまったことに気がついた。部屋の片隅に非常用の小さなライトが、ドアの一部を暗闇から浮き上がらせていた。
 トントン
 誰かが確実にドアをノックしている。
 部屋を明るくすると、美雪はライオンの子を抱いたまま、ドアへ近づいた。
 トントン
 次のノックの音を聞き、美雪はドアを開けた。
「笹山先生」
 こざっぱりとしたメイクをした髪をまとめた白衣の女がそこに立っていた。
「よかった……佐渡先生からこの部屋に美雪ちゃんがいるって聞いていたのに、返事がないから、ちょっと心配しちゃった」
「すみません、この子にミルクをあげた後、一緒に寝てました」
 美雪は舌を出して笑った。美雪の笑顔につられるように、笹山と呼ばれた女医も、笑みを浮かべた。
「美雪ちゃん、風邪ひいちゃうわ。それと、あんまりべったりだと、この子、美雪ちゃんのこと、本当のお母さんだと勘違いしちゃうわよ。ねえ」
 笹山は美雪の抱いているライオンの子のあご下をなでた。
「美雪ちゃん」
 笹山は言葉を選んでいるか、呼びかけた後、唇を硬く閉ざした。ふっと息を吐くと、笹山は言葉を続けた。
「お別れの挨拶に来たの」
「お別れ……」
 美雪は言葉を繰り返した。
「ええ。私の父や母の所に行って、次の移民船に乗る準備をすることになったの」
(移民船……)
 美雪は映像で見た移民船団を思い出した。母の第一次移民船団、そして、父の第三次移民船団。美雪はその船団の映像を複雑な気持ちで見送っていた。そのときの気持ちが急に美雪の中に蘇ってきた。



(20)
「ずいぶんよくなってきたわね」
 笹山はライオンの子どもの足を指で触り、傷の様子を確認していた。しかし、笹山の顔はその言葉を打ち消すように暗かった。
「次の移民船は、きっと人で一杯になるわ。地球に残るという人々のうち、今回のあなたのお父さんの報告を聞いて、新しい星へ行こうという人が増えているから」
 笹山の言葉で、美雪は、多くの動物たちの移動が難しくなる事に考えが及んだ。
 笹山は美雪が察したことに気兼ねしたのか、美雪の肩を揺さぶった。
「ごめんなさい。あなたを責めているわけじゃないの」
 笹山は伏せる美雪の顔を覗き込んだ。
「あなたにお礼を言いたかったのよ。だから、会いに来たの」
「笹山先生……」
 美雪の小さい頃からこのフィールドパークに勤めていた笹山を、ずっとおっきなお姉さんとして甘えていた。だが、美雪は一歩後退した。
「美雪ちゃん、私はあなたのお父さんやお母さんに、とても感謝している」
 美雪は左右に首を振った。
「私の父と母は、地球に残ると言い張っていて……父と母は牛や鶏を育てていたから……牛たちを置いて地球を離れることはできないと言っていたの。20世紀にサマショールと呼ばれて、放射能に汚染された土地に住み続けた人がいたというけれど、彼らは命を削って生きていた。でも今回は違う。地球に残れば、確実に死しかない。何度その話をしても、父と母は納得してくれなかった。けれどね、美雪ちゃん」
 笹山は感情が高ぶって大きな声になったことに気づいたらしく、一旦言葉を区切った。
「今回のあなたのお父さんの報告で、全滅だと思われていた第一次第二次移民船団の人たちの中で助かったいる人がいるし、第三次移民船団は無傷でアマール星についたことを知って、父や母の考えが変ったの。新しい星でも生きていける。まったく同じではないけれど、牛や鶏たちとの暮らしもできるかもしれないって」
 笹山はそう一気に話すと、手を胸にやった。
「希望が見えた。父や母にはあなたのお父さんの言葉に希望が見えたの」
「希望……」
 美雪は頬に涙が流れていくのを感じた
「美雪ちゃん、あなたのお父さんは、ずっと地球に住む者みんなの希望だった。それは、あなたのお父さんとヤマトは必ず地球を救ってくれたから。そして、あなたたちが幸せに暮らしていることが、私たちの幸せにもなっていた」
(みんなの希望……)
「本当は、あなたのお父さんもお母さんも、美雪ちゃんを一番にしたかったはず。だって、ずっとそうだったもの」
(違う、違う、違う)
 美雪は笹山の言葉を否定する言葉を呪文のように繰り返した。
「地球上の動物や植物が大好きだったあなたのお父さんが、動物や地球を捨てていかなければならないことに賛成していないと思う。でも、私たちはずっとあなたのお父さんやヤマトに頼っていたから……。地球人全員がエゴイストなのね。あなたからお父さんを取り上げてしまった」
「いいんです」
 美雪は大きく左右に首を振った。
「父はずっとヤマトを求めていた……ずっと、空に輝くアクエリアス氷塊をみつめていました。ホントはずっと欲しかったのに、ずっと我慢して。だから、いいんです。父は家族から開放されて、ずっと待ち焦がれていたヤマトに乗り、宇宙を旅しているんですから」
「それは……」
 笹山は反論しようとするが、言葉を止めた。そして、美雪を抱き寄せた。
「ごめんね、美雪ちゃん。でも、お父さんは、必ずあなたを迎えにくるわ。いつも、そうだったから」
(それは、子どもの頃、仕事を終えてから迎えに来ていたときのこと……)
 そう美雪は心の中でつぶやいた。そして、父の胸の中で眠った、懐かしい日々を恨んだ。





  2220年 巨大潜宙艦との戦いのあと 
(21)
 SUSとの戦い後、進はアマール星へ戻る命令を出すと、後は機関長の徳川太助に任せ、艦長室へ戻った。
(艦長……)
 太助は昇っていく進のイスを最後まで見送っていた。
 巨大要塞や巨大潜宙艦とのに勝利したものの、進の顔は晴れる事はなかった。
(多くの犠牲が出た。敵見方それぞれ。戦いに勝つということはそういうことなのだが)
 太助は戦いの勝利が進にとってはうれしいことではないことも知っているつもりだった。
(「地球を守る」……そのためには相手を滅ぼさねばならない……「共に生きる」ことを望んでいても)
 太助の手元の小さなウィンドウにメッセージが流れた。進からのメッセージだった。
(ゆっくりお別れしてきてください、艦長……)
 太助は、第一艦橋を見渡した。先ほど目の前で起こった出来事が戦闘と比べてリアルでなかっただけに、面食らった第一艦橋のメインクルーたちの緊張感を下げないよう、太助は思い浮かぶ限りそれぞれの部署に伝達を出し続けた。
「桜井、航路設定はできたか」
「はい」
「小林、ちゃんと航海班と打ち合わせをしてアマール星へ向けて準備をしろ。木下、艦内の異常をチェック、それから、航行に支障な部分の修理を優先して。上条、警戒態勢そのまま、火気類のチェック。戦闘班は交代して休息を取るように」
「はい」
 上条了は太助に返事を返したものの、気持ちは艦長室へ登っていった進に向いていた。
(艦長、あなたはどうして戦い続けているのですか……)

 トゥルーン
 進は士官たちの個室の一つのドアを開けた。暗い部屋は人の入室を探知して、薄暗い明かりをつけた。薄めの明かりはこの部屋の住人の好みだったのだろう。進はそれ以上明かりを強くすることなく、部屋に入った。
 まだ誰も使ったことのない部屋のようだった。個人の荷物がないのは進以上だった。少なくとも進は家族写真だけは持ち込んでいた。
 テーブルに小さな影があった。一つの重しとその下に、一つの封筒が置かれていた。
 暗い光の中、封筒に書かれた宛名を進は指でなぞった。
(古代進様……)
 進はイスに座り、ゆっくり封を切った。
「古代進様。あなたは、今、何を考えておられるのでしょうか……」
 進はテーブルのライトに手を伸ばし、テーブルの上だけを明るくした。
 
あなたと一緒に仕事ができて、私は夢をかなえることができました。だから私は、あなたが心に抱える大きな悩みを少しでも解消できればと、その手伝いができればと思っていました。それまで、あなたはかたくなに戦艦に乗ることを拒んでいた。ですが、あなたは再びヤマトに乗る事ができた。

「ヤマト……」
 進はそうつぶやくと、あえて避けてきた思い出を、一つ一つ思い出した。
どうして、あなたはヤマトに乗ることを決めたのか。その事を私なりに考えてみました。その時、気づいたのは、あなたの雪さんへの気持ちの大きさでした。
大切なのは人を想う気持ちだと、この年齢で気づきました。私も、もう一度、誰かを想いたくなりました。

 文字がだんだんとにじみ、進は一旦手紙をテーブルに置いた。
 
もしかして……あなたは涙もろい人ですから。私のために涙を流しているのなら、今日だけですよ。
あなたは遠回りしましたが、大丈夫、大丈夫。雪さんも美雪さんも、きっとあなたの笑顔を待っています。
「大丈夫、大丈夫……」
 進は呪文のように何度も繰り返した。
古代艦長、短い間でしたが、ありがとうございました。
 (大村さん、ありがとうございます)
 進はテーブルの明かりを消した。



(22)
 上条了は、ドアのノックをためらっていた。
 部屋の中に進がいる事がわかっていたが、進に対して、どんな顔をすればいいのか、何と話し始めたらいいのかと決めかねていた。
 意を決して自分の拳を振ろうとしたとき、突然ドアが開いた。了は体を一歩後退させた。
「おもしろいヤツだな」
 柔らかな笑顔の進の顔を見て、了をつばを飲み込んだ。
「ヤマトは一応最先端の艦だ。外観はクラッシックだが、艦長室のドアにはセンサーやカメラがついているんだよ」
 ドアの前でためらっている姿を進に見られていたと思うと、了は恥ずかしくなった。
「ちょうどいい、紅茶を煎れたんだ、二人分」
 了は部屋に引き込まされ、イスに座らされた。
 テーブルには紅茶のセットが二人分ある。
 了は、何を切り出したらいいのか迷い、出された紅茶をただ飲むだけだった。
「ヤマトが……」
 進が言葉を切り出した。
「ヤマトがイスカンダルへ発進する前に、地球防衛軍は最後の戦いを挑んだ」
「冥王星会戦ですね」
「ああ」
「ヤマト初代艦長の沖田十三が艦隊司令で、旗艦以外の艦はすべて全滅という戦いですね」
「ああ、そうだ」
 了は学校で習った戦史を思い出した。
「そのあとですね、イスカンダルのメッセージを受け取り、ヤマトがイスカンダルへの旅に出たのは」
 進は頷いた。
「今考えると、無謀に思える……冥王星会戦もヤマトがイスカンダルへの旅に出た事も……そう思わないか、上条」
 了は進が、言葉とは裏腹に、少し微笑んでいるように見えた。そして、進は言葉を続けた。
「『擬死の狸のままでいたくない』と昔、沖田さんが話してくれた」
 了はよく聞き取れず、もう一度、進の言葉を繰り返した。
「『ぎしのたぬき』、ですか」
「ああ、『擬死の狸』。タヌキは猟師に撃たれた振りをして死んだまねをして、逃げるのだそうだ。あの頃の地球は、圧倒的なガミラスの科学力と兵力で、絶滅寸前だった。誰もが、二度と地球が青い星には戻るまいと思っていた。地球人は地下都市で、エネルギーが尽き、汚染によって絶滅するだろうと。その時、地球の人々の考えは二つに分かれた。一つはその日が来るまで、地下都市でひっそりと生き延びる。死んだように。そして、もう一つは、宇宙へ出る。移民計画と勝ち目のない最終決戦……」
「今の地球と同じですね。地球の最後の日まで、地球で生きる人、そして、地球から離れ、他の星に移民する人」
「そうだね」
 進はそう言って、残りの紅茶を飲み干した。
「冥王星の戦いは無駄ではなかったのかと沖田さんに聞いた時、沖田さんは答えてくれた。『擬死の狸のままでいたくない』……この人なら、青い地球を取り戻す事ができるのではないかと、俺は信じてついていった」
 進は了に微笑んだ。
 了はその微笑の意味がわからず、とまどった。
「上条、すまないが、メインスタッフを集めてくれないか。持ち場を離れることができる者だけでいいから」
「は、はい」
 第一艦橋へ戻る道すがら、了は一つの言葉を繰り返していた。
「『擬死の狸のままでいたくない』……」

 
 
(23)
 第一艦橋では、郷田実が勤務していた。
 「どうした?」と了は声をかけられると、進に持ち場を離れられるメインスタッフを集めるよう言われたことを、そのまま実に伝えた。
「機関長と中西はたぶん寝ているんじゃないかな。小林は美晴先生のところにごろごろしているかもしれないし、コスモパルサーを見に行っているかだな。折原と桜井はECIの調整してる……」
 勤務表の確認をしていた了は、実の言葉に手を止めた。
「副艦長がいないんだ。皆、お互いどういう動向なのかってのを自分で把握してないと」
「ああ、そうだな」
「それから、俺は今、第一艦橋の留守番やっているから、また後日、話を聞かせてくれ。お前、艦長とはいろいろ話をしているんだろ、今までも」
 了は、普段からチェックや準備を怠っていない実のことを気にかけていなかった自分を恥じた。
「お前、ホントに変わったな、いい意味で」
「え?」
「やっぱり、桜井たちは電算室だ。じゃ、第一艦橋に来るように言っておくよ。お前は、医務室に連絡を取ってみろよ」
 実はそう言うと、電算室と通信を始めた。
(一人で動かしているわけではない)
 ヤマトに来て、艦は皆で動かすものなのだと当たり前のことに了は気づく。了は自分は進と何度か話をする機会があったが、他のメンバーはそうではないことも気づけなかった。
(あの人は誰にとっても英雄なのに)
 他のメンバーから黙認されていたことすら、気づけていなかった。
「美晴先生、小林はそこに…・・・そうですか。では、支障なければ、艦長室に行きませんか。艦長が……」



(24)
「長官?」
 スクリーンに映る、ヤマトの航路予定図を真田志郎はずっと見つめていた。その姿を見ていた島次郎は、志郎に声をかけた。
「ああ、すまない。いろいろ考え事をしていた……気づかなくてすまなかった」
 志郎は振り返らず、次郎の声かけに答えた。
「ヤマトのことを考えていらっしゃったのですか?」
「いや、古代のことを……」
 志郎の横に並んだ次郎は、スクリーンに点滅しているヤマトの位置を表示する光点を見た。
 志郎はふと顔を伏せた。
「古代はこの移民について、きっと賛成していなかっただろう、なのに……」
「古代さんは」
 志郎は次郎の言葉をかき消すように、話を続けた。
「古代は沖田艦長にとても似ている……地球を、地球のあらゆる生物を慈しんでいた。だから、二人とも地球を守ることをあきらめない、命をかけてやり通す」
「長官……」
「どういう選択が正しい、正しくないという訳ではない。ただ、私はあの二人のような生き方にあこがれるが、あの二人のようにはなれない……」
「長官」
「島、君もいつか、古代進の下で働いてみるといい。君の兄さんも、彼のことが好きだったから」
 次郎はそう言う志郎の横顔を見た。志郎の横顔が少し寂しくみえた。
「もうすぐ、ヤマトは帰ってくる。ヤマトは必ずここに地球に帰ってくる」
 志郎の言葉を聞きながら、次郎はもう一度スクリーンに映る光点を見た。
「長官と古代艦長は、強い絆で結ばれているのですね」
 志郎は微笑んだ。
「離れていても、あいつの気持ちだけは、昔よりわかる気がする」
(それは……)
 次郎は言葉にするのをやめた。それは、たぶん、同じ旅をした者だけがわかることなのだと次郎は思った。


( 『心の瞳』 おわり)

なぜ、この話を書いたのか、知りたい方はこちらを読んでください。
SORAMIMI


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