『あなたに白い花束を』第二章  

(9)  

 惑星探査---何億という地球人が移住できる惑星を見つけること、それが、ヤマトの今回の旅の目的である。しかし、今回の旅は、いままでの旅と違い、目的地があるわけではなく、自分自身探さなくてはならなかった。

 数えきれない程、宇宙には、星ぼしがきらめく。そのなかで、地球人が住む(多少の惑星改造は可能であるが)為に、必要の条件をクリアした惑星は、ほんの一握りしかなかった。なぜなら、地球自身がたぐい稀な確率で生まれた、人類を誕生させることができた惑星なのだから。高等な生命体が発生できる条件は、いろいろ重なった偶然が必要なのである。

 地球連邦政府は、移住先の惑星の条件の一つに、他の知的生命体が住んでいないことを定めた。これは、いままで、地球が受けた『侵略』という行為だけは、犯さないとしたためである。その対象には、未発達(地球の文明と比較して)の知的生命体も含んだ。

 現在、探査した惑星には、惑星ファンタム本体を除いて、知的生命体はいなかった。いや、それは少し語弊があるかもしれない。知的生命体がいる惑星は、そのほとんどがガルマン・ガミラスまたは、ボラーの配下にもうすでに組み込まれていたのである。その為、すべての条件を満たす惑星に出会うことがなかった。

 そのことは、ヤマトの艦長である進に重くのしかかっていた。

 今回の探査対象の惑星は、遠方からの調査結果から、重力、大気成分、そしてその他人類が継続して住むための条件をすべて、クリアしていた。あとは、知的生命体の存在と、目には見えない人類に害のある細菌、ウィルスの存在の確認(これに関しては、完璧を求めると数年はかかるが)、 そして、地核の安定性等の環境に関するものの調査などが惑星で直接行われる。

 

 今、ヤマトのスクリーンには、エメラルドグリーンの惑星がひろがっていた。地球より海の部分が少し少ない。そして、大陸部は、そのほとんどが深い森におおわれていた。その様子から地球より少し気温が高めであること、酸素の比率が高いのがわかる。

 いくつかの、探査用の機械が惑星に降りていく。それと同時に、ヤマトにデータが次々と入ってきた。

 進は、データ結果がよりたくさん表示される艦長席に座り、新しいデータをチェックし始めた。そのうち、進はあるデータに釘づけになった。

 真田志郎の席には、坂東平次がすわっている。今回の探査チームの責任者である。志郎の事故後、突然進に責任者をまかされた。いつもの探査のときにも、同じようにチェックをまかされていたが、責任者という名だけで、今日の平次には、余裕がなかった。

 進は、そんな平次に、今思いついたことを言えなかった。いまの彼には、自ら考えたやり方を実行することで、手一杯なのだから。余計なことを言えば、たちまちパニックを起こしてしまうだろう。進は、艦長席のパネルの一部から、平次のとなりの席に座っている太田健二郎に、メッセージをを送った。

 そのメッセージが届いたのだろうか、健二郎は、進の方に振り向いた。進は、軽くうなづいた。健二郎は、それに答えるかのように手を軽く上げ、体を元に戻し、進のメッセージどうりの指示を出していった。

 平次は、相変わらず、目の前のパネルに写し出されたデータを、目で追っていて、進や健二郎の動きには気付いてなかった。

 

「艦長!」

 忙しそうにしていた平次は、何度も何度も、パネルのデータを確かめ、後部の艦長席の進を呼んだ。

「艦長、ほぼデータが出そろいました。いまの所、知的生命体の確認はできておりません。確認された動物は皆、小さく、こちらの刺激に対しての動きも、逃げるだけの単純な行動をとっています。人工的な建造物も確認されていません。さらに、地上に降りて、動植物のチェックを始めたいと思います。」

 汗を拭う平次に、やはり、生活班管轄の調査の責任をまかされた竜介が、親指を立ててサインを送った。

(よくやったぜ。)

「土門、コスモハウンドの着陸予定地は」

「は、はい、一番大きい、A大陸の南岸から、十キロ、地図上で点滅しているポイントに、離発着可能な場所があります。ここは、小動物も多数確認されており、地上調査に良いと思われます。」

 進に呼ばれ、竜介は、しゃべりながら、キーをたたいた。ビデオパネルの一部がこの惑星の地図が写し出され、ポイントが赤く点滅した。

「さらに、もう一ケ所、今度は、一番緯度の高い位置にある大陸にも......」

 平次も竜介もミスをしないように一生懸命であった。その姿は、危うさも感じられるが、たくましくもあった。   

 発着場所は、コスモハウンドの発着による影響が少ないA大陸に決まり、新人の二人は、少し安心した。

 

(10) 

 地上の調査には、生活班からと、科学班から、それぞれの分野のエキスパート達があたる。その為か、今回のヤマトの航海の乗組員の構成がずいぶん変わっていた。

 司令部からの意向もあり、ヤマトには、いつもベテランより、新人が多く乗っている。それは、地球防衛軍の人材不足と関わっている。ヤマトのような緊急時にのみ必要とされる艦に、艦隊配属勤務や、基地勤務に常時必要とされている者を多数配属させることは、通常の艦隊運営や防衛に支障がでてしまうからである。

 今回の航海に新たに参加した乗組員は、宇宙戦士訓練学校を繰り上げ卒業生や、専門職の職員、暗黒星団帝国との戦いでパルチザンとして戦い、そのまま軍に残った者などで、さらにヤマトは雑多な集団になった。今まで、非戦闘員であった専門職員となると、航海中に基本的な戦闘知識を学ぶという具合である。出航当初は、訓練を行なっても、とても、精鋭と言い難かった新人乗組員も、航海半ばから、一人前の宇宙戦士の動きができるようになった。

 古株の乗組員たちも訓練学校の卒業生たちや専門職の職員たちに触発されるように、いろいろ、専門的なことを学んでいった。

 

「地球に帰ったら、地上勤務の専門職としても働けるわね」

 ユキは、ほっとしている竜介たちに声をかけた。

「ちゃかさないでください。まだまだ、ひよっ子なんですから」

 竜介は、すこし口をとがらせて、自分達に余裕がないのを嘆いた。

「土門、地上調査に行くぞ。準備はできたか?」

「はい」

 艦長席を離れ、進は、第一艦橋の出口にむかいつつあった。

「古代、本当に降りるのか?」

 大介が、進に声をかけた。志郎と同じで、やはり進には、艦に残って欲しいのだ。

 大介とて、進の気持ちがわからないでもない。この星が、かなりの確率で、第2の地球になりえる状態であるから、自分の目で確かめたいのは。しかし、いつも一番危険の多い場所で動いている進に、艦の管理をまかされ、残されるのは、とてももどかしいのだ。大介は、テレサの死後、”自分はいつでも...”と思っていることを進に見すかされているのではないかと、とてももどかしいのであった。

 

「ああ、一応、動植物の調査をしなければならないからな。島、坂東、地上の観測を続けてくれ」

 進の動植物の知識を思うと、大介は反論できなかった。

「大丈夫よ、島君。艦長をちゃんと見張ってるから」

 今回、竜介の補佐として同行するユキが、そう大介に言うと、エレベーターに乗り込んだ。

 三人が、いなくなった第一艦橋では、平次が、少しの変化をみのがさないように、パネルを睨んでいた。

「また、留守番か......」

 大介は、パネルを見つめ、つぶやいた。

 

 (11)

 ユキはテキパキと指示を出している進をみつめていた。

「班長、ここの地点は、このぐらいでいいでしょうか?」

 竜介の声にユキは我にもどった。

「えっ、あ、ああ、ごめんなさい。よくきこえなかった。でも、土門君、今回の責任者はあなたでしょう。あなたが、いいと思ったことを進めていくべきだと思うけど......。うーん、もう少し、慎重になった方がいいわね。特に、簡単に、ヘルメット取るようなことはないように」

「そうですね。どんなことがおこっても、不思議ではないですからね」

 竜介は、少し頭をかきながら、ノートにメモを取っていった。フッと顔をあげると、ユキがある方向をみつめているのがわかった。そして、その視線の先に進がいた。

 しかし、その横顔は、今日艦長室で見たあの美しい笑顔ではなかった。

(班長......。)

 

「着陸体制に入ります」

 コスモハウンドの機体が前進をやめ、降下していく。竜介は、ぴっと緊張した。

(まず最初は......)

 竜介は、メモを確認して、指示を出す。ユキの姿を追う余裕などなかった。

 

 ユキは、進の食堂での狼狽が気になった。何か悩みごとがあると、振り切る為なのか、仕事にのめり込む進を何度も見てきたユキは、今回の進の様子から感じる、進の心の乱れが気になった。

(なぜ、あなたはそんなに一人で背負うの?)

 どこまで、二人で苦しみも楽しみも分ち合うことが、できるのであろうか?すべて分ち合いたいというのは、わがままなのだろうか?

 

「ユキ!」

 考え事をしているユキに進は声をかけた。

「どうした?」

「ごめんなさい。ちょっと、考え事して......」

 心配症なんだな、そう勘違いした進は、少し微笑んでユキに話し始めた。

「大丈夫だよ、土門達は。それじゃあ、オレは降りるから、機内からサポートしてくれ」

 ポン、とユキの肩を叩き、進は、外へ出る用意をし始めた。

 突然の進の声賭けに、ユキは何も言いかえせなかった。ボッとしていたせいで、進が降りるのを止めることができなかった。

 進と竜介ら数人は、簡易宇宙服を着用して、それぞれ機材を持って、緑豊かな大地へ降りていった。

 

(12)

 緑深い大地。もう地球は、何百年も昔に失ってしまった。二十世紀いや、もっと古い時代から、人間の繁栄とひきかえに、地球は緑を失っていった。二十一世紀、やっと減少の一途だった緑地部分をかろうじて、人の手による地球規模のプロジェクトで復元しつつあった。しかし、二十二世紀後半、ガミラスの遊星爆弾により、地上の緑地はほぼ全滅。イスカンダルのコスモ・クリーナーDによる大気と海洋の清浄化の後、人が住む居住地のまわりのみに人工の緑地地帯を造ったものの、陸地のほとんどは、荒れ地のまま、もしくは、緑地開発地域に指定された地域であった。 

 進は、深い緑を目の前にして、ヘルメットを脱いで、深呼吸したい気分になった。地球では何年も見ることがなかった木々。緑の匂いというのは、どんな匂いだったのだろうか?

「艦長は、私と組んで、右側の森の方にいきましょう」

 竜介は、一通り説明し終わると、進にそう声をかけてきた。

「ああ」

 小形の探査機械を肩にかけ直し、進は、竜介の後について歩き出した。そこには、芝生のように、地面をはっているような植物が、足に絡み付くように生えていた。踏まずに歩くことは不可能であるのに、進は、なるべく草を踏まないように、足下を見てあるいた。

「柳のような葉ですね」

 少し遅れがちの進に合わせるように立ち止まった竜介は、さらさら、さらさら揺れる葉を見上げて言った。

 その言葉に反応して、進も視線を揺れている葉の方にむけた。動きを見ていた進は、唇を小さく動かし、「1.2.3.1.2.3......」正確にリズムを取り始めた。

「葉っぱと言うより、手みたいだね。風に揺られていると言うより、自分でなびいているみたいだ」

 進は、ちいさな葉が、少し丸まったり、開いたりしている姿をカウントしていたのだった。

「へ〜、おもしろいですね。まるで生き物みたいですね」

「植物は生き物だよ、土門」

 進より年下の竜介は、放射能に汚染される前の地球より、地下都市での生活の方が記憶に残っているのだろう。地下都市の木々は、本当に形だけの木であったから、そう思うのも仕方がないと進は思った。

 こんな風に空を見上げたのはいつが最後だったのだろうか?葉の動きをみつめていた進はふと思った。葉の動きを見ていると、なんだか、木々が、何かを自分に訴えているような気がしてきた。

「艦長、小動物です」

 竜介は、軽く進のそでを引っ張り、小さな声で、話し掛けてきた。竜介の指は、小動物の動きを追っていた。

 小さくすばしっこい動きの動物の姿形は、はっきり分からないが、この森に住んでいるのだろう。まるで、巣にもどるかのように、進たちに目もくれず、深い森の中に消えていった。

 

(13)

 コスモハウンドが、見にくくなるぐらいの位置についた進たちは、持ち運んだ機材がデータを送っているのを確認して、まわりの植物の採取をはじめた。進は、なるべく根を傷めないように深く土を掘っていた。柔らかい。自分が思っている以上簡単に掘ることができて、進はなぜなのか、考えはじめた。ヤマトで見たデータ、木々の葉、そして、思った以上に柔らかい土。

 トゥートゥー、トゥートゥー。

 竜介のヘルメットに通信音が聞こえ、コスモハウンドで捕まえた小動物の観察している、動物の生態を専門にしている鈴木道夫から連絡が入った。

「土門、ちょっと見てもらいたいんだ、戻ってきてくれ」

 竜介に連絡が入ったことに気付いた進は、どうした?という顔をした。

「ドクター鈴木がコスモハウンドで見せたいものがあるというので、戻ります」
 鈴木道夫は、本来は、研究所勤めの学者である。博士号まで持っているので、乗組員から、『ドクター鈴木』と呼ばれていた。もちろん、竜介も、普段からそう呼んでいた。

「一人で大丈夫か?」

 進の言葉に、竜介ははっきり答えた。
「はい、緊急ではないようなので。何かあったら、すぐ連絡入れます」

「わかった」

 進は、多くは言わなかった。竜介の走っていく姿を見ながら、だんだん、たくましくなっていく弟のような少年の成長を快く思った。自分もこんな風に沖田十三から見られていたのだろうか。

 

「ふー」

 小さなため息をついた進は、さっき掘り起こした植物をもう一度うめ直した。

 両膝をついたかっこうから立ち上がると、手で、ズボンについた土を叩いてはらった。

 かさっ。

 ポケットのあたりをはらった進は、真田志郎から受け取った写真が、ポケットに入れたままになっていることに気付いた。

 そっと、ポケットに手をいれる。確かにさっき、志郎から受け取った写真が入っているのが手の感触でわかる。進は、一度ためらったが、そのまま、その手で写真をつかまえ、取り出した。

 そんなに月日はたっていないのに、セピア色の思い出になってしまった『あの日』。

 まん中に写る少女を指でなでながら、進は、『あの日』を思い出していた。

 

「......おじさま......」

 進は一瞬、はっとした。風の音だったのだろうか、懐かしい声がかすかに聞こえたような気がした。

 まわりの木々は、少しずつ進に手招きするように揺れ始めた。

「うぅ......」 

 進は、急に、何ものかに直接頭の中を混ぜられているような、そんな不快感を感じ、うずくまった。

「......おじさま......」

 どこかで、しかしそれは、とても近くで、自分のことを呼ぶ声を、再び進は聞いた。そして、脳を掴まれている感覚に抵抗するかのように、進は、顔を上に持ち上げた。

  進は空を見た。空は、酔いそうなぐらい青く、海のように深かった。

 

 

 

(14)につづく 


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