『あなたに白い花束を』第三章  

(14)

 ガタン。

 ルダは突然、ふらついた体を支えようとして、テーブルに手をついた。

「どうしたんですか?」

 食事のかたづけで、彼女の部屋に来ていた揚羽武は、ルダの異変に、思わず声をかけた。

「大丈夫です。急に、多くの意思が飛び交ったので......」

「?」

 武は、ルダの言っていることが、理解できなかった。ルダは、テーブルの側のイスにゆっくりと近づき、座ろうとしたが、自分の体を思うように動かせなかった。そのあまりにも、安定性の欠けるルダの動きを見た武は、イスを引いて、ルダの体を支えながら、ゆっくり、イスに腰掛けれるように降ろした。

「すみません...。テレパシーと言うのでしょうか。さっきまで、ひっそり息を殺して、こちらをうかがっていたのに。急に、一斉に目覚めたように、たくさんの意思を感じるのです」

 武は、さっぱり、ルダの言っていることが何なのかわからなかった。

「古代艦長が狙われています。何ものか、わからないのですが、あの星にいる彼等の意思は、古代艦長に集中しています」

「彼等とは、何なのですか?」

「実体はよくわかりません。でも、複数の生命体の意思です。それも、とても数が多い...。それらの意思が同時にめざめ、古代艦長の方に、意識を向けました。悪意のある意志ではないのですが、ものすごい結束力です。揚羽さん。早く、古代艦長に気をつけるように伝えて下さい」

 武はルダの「古代艦長が危ない」という言葉を、最重視して、すぐに、第一艦橋に連絡をつけるため、インターホンをとった。

 ルダは、強い叫びを受け止めているかのように、耳を塞ぎ、頭をかかえた。

『もう、遅いかもしれない』

 一生懸命、ルダの言葉を伝えている武を見ながら、ルダは、心がかきむしられるような強い意思の叫びにたえていた。

 

 (15)

 コスモハウンドに走って戻った竜介は、ドクター鈴木から、説明を受けた。

「これを見てくれ。ここで採取した動物の内臓から出てきたものをチェックしていたんだが」

 ドクター鈴木は、パネルにグラフを写し出し、指差した。いろんな色と名前が書かれた棒状のグラフが何本か写し出されている。

「この成分は、地球上の麻薬とよばれるものとほぼ同じ働きを人体の中で起こす。それも、かなり常習性があるものなんだ」

 ドクター鈴木は、なるべく、竜介にわかりやすい様に話を続けた。

「どうやら、ここの植物の花粉に含まれているのだが、どこのカメラにもここの植物達が花粉をまき散らしているのを確認していない。でも、調べた動物達総てに、この成分が検出されているんだ。季節的になのか、それとも時間的になのか、いつまき散らすか、それとも、特定の植物のみまき散らすのか、今の所、全然わからない」

「それじゃァ、とても危険なんですか?」

 竜介は、ドクターとその側にいるユキが、どうしたいのかわからなかった。自分だけ呼ばれたことを考えると、どうやら、緊急なことではないことだけは確かだった。

「今の所、わかっているのは、即死するような危険は、ないってことぐらいなの。ヘルメットをかぶっている限り、花粉を吸うことがないし、ヘルメットなしでも、個々が持っている機械が人体に有害と判断するから、気がつくようになっているわ」

「とにかく、気をつけなくてはなりませんね」

 とりあえず、そんなに危険ではないことを知り、竜介は、少し、ほっとした。ドクター鈴木は、再び、計器類と、そこから割り出されるデータが表示される画面の前にむかった。ユキは、首に手をあてて、少し首を左右に振っている。その様子を見て、竜介は、ユキがかなり真剣に計器類とにらめっこ状態であったことを理解した。

「もしかしたら、一度、コスモハウンドに皆を戻して、今後の対策を考えた方がいいのかもしれないわね」

 進がこのことを聞いたら、少し残念がるだろうと、ユキは思ったのであろうか。竜介は、少しトーンを落としてしゃべるユキを見て、そう思った。

「わかりました。コスモハウンドの外で調査している者、皆、一度引き上げるよう連絡を入れます」

「そうね。少し時間をかけた方がいいのかもしれないわね」 

 竜介は、調査している者総てに、コスモハウンドに戻るよう、通信を入れた。

 

(16)

「島副長」

 太田健二郎は、ヤマトの航海席に座っている島大介に声をかけた。

「古代艦長からの命令で、別のことを観測していたのですが......。もし、イレギュラーなことが起こったら真田副長に見てもらえと......」

 端切れの悪い健二郎の言葉に、大介は少しいらいらした。

「それで?」

 大介は、進が、もしなにかあったら、真田志郎を呼ぶように指示していたことが、気になった。しかし、今はそんなことを問題としているわけにはいかない。

「あの、イレギュラーなんです。謹慎中の真田副長をお呼びしてもいいでしょうか?」

 健二郎とて、大介がいい思いをしないことはわかっていた。だから、つい、いつも以上にていねいな言葉づかいになってしまった。

 大介は少しの間、考えてみた。進が、何を太田に指示していたかわからなかったが、進をヤマトに戻すいいチャンスかもしれない。

「ああ、そういうことなら、真田さんに第一艦橋に来てもらって、原因を解明してもらおう」

 

 大介の言葉が終わるのを待っていたかのように、武からのインターフォンが第一艦橋に届いた。

「島副長、揚羽からです。ルダ王女の伝言を伝えたいという用件ですが」

「つなげてくれ」

 艦内通信は、緊急回線を選んでなかったので、中継されて、第一艦橋にまわってきた。

「島だ。何かあったのか?」

「うまく説明できませんが、ルダ王女が突然、たくさんの意思を感じ取ったというのです。そして、その意志が探査活動している艦長に集中していると」

 武の話を聞いて、大介は嫌な予感がした。やはり、もっときちんと進を止めるべきだった。

「しまった」

 声になったか、ならなかったか、大介は、自分の過失に悔やんだ。

「わかった。ルダ王女には、他に何かかわったことがあったら、何でもいいので教えて下さいと伝えてくれないか」

「はい」

 武の声は、元気な返事とともすぐ、別の通信と切り替わった。

「島副長。コスモハウンドからです。ビデオパネルに切り替えます」

 大介に通信が集中している状態を考えて、相原義一は、より多数が聞き取ることのできる正面のパネルに、竜介の通信を切り替えた。

 

(17)

「島副長、土門です」

 パネルに竜介の顔があらわれた。

「副長、ドクター鈴木の調査により、この惑星の植物の花粉に、地球の麻薬に似た成分が含まれている疑いが出てきました。コスモハウンドの外で調査している者すべて、一時、艇に戻るように通信を入れました」

 竜介は、最善の策をとったと、多少自負していた。しかし、大介の頭の中は、一つのことにとらわれていた。

「土門、古代は、古代はそこにいないのか」

 大介は、普段そんなに、大声を出すタイプではなかったが、自分の中に沸き上がってきた嫌な胸騒ぎを押さえることができず、つい、どなってしまった。

「艦長は、艇外にいるので、ここには......」

 竜介は、大介があまりにも普段とちがって、落ち着きがなく、いらだっているのを、言葉と映像の両方から知った。

「すぐに、コスモハウンドに戻るように、もう一度通信をいれろ。全員戻り次第、すぐにヤマトに帰艦するように」

「ヤマトに戻るのですか?」

 大介の様子が尋常ではないので、竜介は、驚いて、聞き返してしまった。

「そうだ、艦長が、何を言っても、必ずヤマトに戻ってくるように」

 そう、それで、進が怒って通信に出て、二人でけんかするようなことであれば、どんなにか安心できるか。   

 最近、毒気が抜けてしまったのかのように、物わかりが良くなった進とけんかすることなどなくなった。いつも、進の方が、するりとかわす。けんかしなくなったのは、二人が、成長して、お互いのことを尊重しあえるようになったからなのかもしれない。宇宙戦士訓練学校の頃は、何かあるとすぐ意見が対立して、お互いひくことができず、けんかばかりしていた。それから、二人には、普通の人生では経験できないことが起こり、大きな責任が課せられた。年令以上の風格がついてもおかしなことではない。

 再び、正面のパネルが開いた。そこには、悲壮な顔をした竜介が写っていた。大介は、耳をすました。竜介の言葉を聞き逃さないように。

「島副長。古代艦長から通信が帰ってきません」

 大介は、無言だった。そして、右のこぶしをぎゅっと握り締め、竜介の言葉を聞き続けた。

「何度も、何度も、繰り返したのですが、反応がありません。いまから、艦長を探しに出かけます。幸い、私と別れたポイントにヘルメットの反応が残っていましたから」

 竜介の言葉を聞いて、大介は、自分の不安が自分の中で暴れ出していることを必死に隠した。

「気をつけるんだぞ」

 そう一言、竜介に告げるのが精一杯だった。

 

(18)

 突然、頭の中をかき混ぜられたような衝撃に襲われた進は、意識を失いそうになった。自分が持っていた探査装置が落としたことすら気付かない程、体の感覚が失われていた。直接体には、何も触れられてないのに、頭の中をまさぐっている複数の手が、体にからんでいく。その感覚に耐えきれず、進は、膝をついた。

「おじさま......」

 かすかに聞こえていた声が、進の頭にダイレクトに響いてきた。それでも、進は、自分の意識を保ちつつ、何者かのコンタクトを拒否しようと立ち上がった。

「なぜ?」

 進は、頭の中に送られてきた映像に驚いた。木にもたれて笑っている少女。その少女の姿が、コマ送りの映像を見ているように、動きの断片、断片が目の前で展開されていた。

「サーシャ.....」

 手に持っていた写真の感覚がなくなっていた。そして、だんだん送られてきた映像に心まで奪われていった。これは、現実なのか、夢なのか。自分の意志で動いているのか、それとも、他人の意志なのか?息が苦しい。意識を保とうとすれば、する程、苦しくなっていった。

 少女は、木の陰に隠れて笑っていた。そして、進に向かって、何か言葉を発しているようにも見えた。ヘルメットをかぶっているせいか、その声は聞こえなかった。

 半分、意識が薄れながらも、なんとか自分を保っていた進は、自分の手があごのヘルメットのロックの所にあることに気付いた。ヘルメットをはずしてはいけないという自分と、はずしたい自分がいる。そして、そのどちらが、自分の本心なのだろうか、進自身にもわからなくなっていった。

 カチッ

 ヘルメットのロックが外れる音がした。

 ドン、ガサ、ササ......

 足下の草は、風になびき、触手が伸びるように茂りだした。その上に、進のヘルメットが鈍い音をたてて、落ちた。

 「サーシャ......」

 一歩、一歩、進は、木の陰からのぞいて見える、笑っている少女に近づいていった。少女も、体を木の陰から少し乗り出し、進に手を差しのべた。

 森の木々、地面を覆っている草たちが、進を歓迎するかのように、枝や葉をなびかせた。そして、進は、『彼等』の中に、取り込まれていった。

 

(19)

 ユキも竜介も、大介との交信から、今の状況が、楽観的ではないことを感じ取った。その不安から、ユキは、進への通信を再び試みた。しかし、何度よんでも、返事はなかった。

 そうこうしている間に、艇外で作業をしていた者達が、コスモハウンドに、次々と戻ってきた。

 

「班長、艦長のヘルメットの通信機が故障しているかも知れません」

 ありきたりな言葉だと、竜介自身も感じていたが、自分もそう信じたいという希望も込めて、ユキに声をかけた。さっきから、何度も、通信機に進の番号を入れては、進の名を叫んでいるユキに何か言わなければならなかったからだ。

「古代君、返事をして、古代君......」

 竜介の声が聞こえなかったのか、ユキは相変わらず同じ動作を繰り返していた。そして、再び通信機に進の番号を入れようとした時、かたわらにいたドクター鈴木は、通信機のスイッチを切った。

「何度やっても、同じだ班長」

 ドクターの声でやっとユキの動きは止まった。

「土門の言うとおり、ただの故障かもしれないじゃないか」

 ドクターも本心から言っているわけではない、ほとんど涙目になっているユキを見ていたら、誰でもそう声をかけてしまうに違いない。ドクターは、土門に目配せをした。次は、お前が何か言う番だと言っているかのようだった。竜介は、できうる限り、頭を働かせ、少しでも、ユキを安心させる言葉を考えた。

「私が、私が、探しに行ってきます。艦長のいた場所にいっしょにいたのは私ですから。班長は、全員戻り次第、ヤマトに戻る用意をして下さい」

 

「私も行くわ」

 竜介の言葉の後、ユキがぼそっと言った。竜介は、判断を聞きたくて、ドクターを見た。ドクター鈴木は、した唇を少しかんで、考えていた。

「班長、では、ヤマトに戻る用意は私が指示しましょう。そのかわり、班長達も、私の指示に従って下さい。決して、独断で行動しないように。艦長も望んでません」

 ドクターの『艦長も望んでません』の言葉に、ユキはドキリとした。

 竜介も、ドクターの言葉に、思わずうなずいてしまった。

『艦長を見つけなければ』

 

 竜介たちのやり取りの間、ヤマトから、ルダの言葉が伝えられた。外に出る用意をしていた二人にかわって、通信文を受けたドクターは、竜介のヘルメットをこづいた。

「ヤマトからの通信文だ。暗号化されて送られてきた。どうやら、ここの星の生命体は、艦長をねらっていたらしい」

「?」

 ドクターの声は、明瞭に聞こえたわけではないが、聞き取ることができた。ルダの話が書かれている通信文を竜介に渡すと、ドクターは竜介にむかって、ゆっくり話し始めた。

「深追いは禁物だ。今は、相手がなんなのかわからん。こっちが不利な状態だ。いいか、土門、ヘルメットだけは絶対とるな」

 

 落ちつかなきゃ、落ちつかなきゃ。ユキは深く深呼吸をした。さっきから、ヘルメットをかぶる為、髪の毛を耳にかけて納めるのだが、うまくいかない。ようやく、ヘルメットをきちんと装着できた時、竜介に、肩をたたかれた。

「班長、準備はいいですか?」

 ユキは、軽くうなづき、そして、コスモハウンドの出口へ竜介と無言で進んでいった。

 

 二人は、コスモハウンドから、まわりをうかがいながら、ゆっくり降りた。しかし、前を歩いていた竜介は、タラップから一歩踏み出すのを躊躇してしまった。コスモハウンドのまわりはさっき竜介が帰ってきたときより、草の背丈が少し高くなっており、見えていた土は、ほとんど覆い隠されていた。それは、まるで、コスモハウンドを取り囲むように、静かに忍び寄ってきたかのようにみえた。

 『植物は生き物だよ。土門』

 竜介は、進の言葉の意味を初めて実感した。そして今まで、植物を踏むことなど、なんとも思っていなかったことに気付いた。草の悲鳴など聞こえるわけではないのに、足の裏はふだんと同じ感触しかないのに、さっきと違う空気を感じ取った。

 慎重に降りた竜介のあと、ユキも、草原の上に一歩踏み出した。

 優しい風に、そよぐ草たち。草の葉が風をうけたときにたてる音のみ、かすかにヘルメットをとおして聞こえた。ユキは、草原にぽつんと置き去りにされた子供の様に不安になった。

 まわりにあるのは、木々が覆い尽くすように生えている森と地平線まで続く草原、そして、海のように深い、青い空だけだった。 

 

 

(20)

「班長」

 竜介は、自分のヘルメットの耳のあたりをぽんぽんたたき、通信をONにしているサインを雪に送った。

「何?土門君」

 泣いてはいないが、いつもより、か細いユキの声を聞いて、竜介は、進をひとりにして置いてきてしまった重さを今さらながら感じた。

「さっき、ドクターから、ヤマトからの通信文をもらいました。ルダ王女が、たくさんの意志をこの惑星から感じたそうです」

 ユキが余計に不安がると思いつつ、このことを、きちんと伝えなければいけないと、竜介は思った。

「意志?」

「ええ、テレパシーの様なものなのだそうです。それも、複数の。一斉に、艦長の方に、その意志が向いたのだそうです。」

 竜介は、ユキの表情を想像すると、直視しながら話せなかった。

「すみません。いい情報でなくて。でも、班長には、きちんと知っていてほしいのです」

 竜介の真摯な言葉に、ユキは、うなづいた。

「ありがとう、土門君。ちゃんと言ってくれて......」

 最後の方は、少しつまった声だった。竜介は、こんな状態でも、耐えているユキを見て、気を引き締めた。

 竜介の手には、小形の受信装置が握られていた。その装置に表示される、進のヘルメットから出されているかすかな信号をたどって、位置を確認しながら進んでいかなければならなかった。それほど、周りの風景は、大きく変化していたのである。しかも、絡んでくる植物を払いながら、歩いていくので、さっき、コスモハウンドまで走って戻ってきたのに比べ、何倍もの時間と体力を要した。

『この辺りだ』

 装置の反応と、森との距離から、竜介は、一つのポイントを設定した。植物達が、異常に増殖したとはいえ、ひざ程度の高さしかない。

 辺り一面見渡しても、進の姿は見えなかった。

「この辺りなの?」

「はい......」 

 ユキの言葉に対して、竜介はすかさず答えた。あまりにも、残酷な風景---そこには、誰もいない。---その現実を認めなければならない。二人は、進の名をよぶこともせず、ただ、立ち尽くし、辺りを眺めた。

 風が吹き始めた。森の木々の葉はかさかさ音をたてて、揺れ始め、そして、枝は、触手の様に長く伸び、ユキと竜介にむかって、手招きしているようにうねり出した。

 ピッピッピッピッピッピ。

 かん高い音がユキの持っていた装置から響いた。

「土門君。ドクターが言っていた花粉だわ」

 先ほどまでの、澄んだ、とてもクリアな空気と違い、少し淀んだ感じが周りに感じられた。二人は、顔を見合わせた。決断しなければならない。

「班長、一時帰りましょう。もう一度、島副長の指示を聞いてから......」

 ユキは聞きたくない、そう表現しているのか、片手をヘルメットの耳の辺りを押さえ、うなだれた。つぎの瞬間、ユキが走り始めようとし、きびすをかえした。しかし、竜介は、そのユキの動作を見のがさなかった。というより、予感していた。

「ダメです、班長!」

 竜介が、走り去ろうとするユキの腕を掴んだ瞬間、何かに足をぶつけ転んでしまった。それでも、竜介の手は、ユキの腕をしっかり掴んでいたため、ユキも、その場で転んでしまった。

『痛い』

 草の上に転がった形になった竜介は、視線が下の方になったため、つまずきの元を発見することができた。

 それは、ショルダー式の探査装置だった。進の持っていたものだった。

 

(21)

 そして、竜介は、自分の目の前に転がっている物を見つけた。竜介は、息を大きく吸い込んだ。

 竜介は、倒れているユキに手を貸し、起こした。膝をついたまま、ユキと向かい合い、両手を掴んだ。小さい子供を諭すように、竜介は、そっと、手を握った。それは、幼い頃、母がそうしてくれたのを思い出していたのかも知れない。

「班長、大丈夫ですか?」

 ユキの頬には、涙がこぼれ落ちていた。はじめは、視線をはずしていたユキは、何度も繰り返される手を握りしめる動作によって、落ち着きを取り戻したのか、竜介と目を合わせられるようになった。

「大丈夫ですか?」

 少し手を振りながら竜介は、ユキの瞳をのぞいた。

「ええ、少し落ち着いたわ」

 これ以上のことを言ったら、耐えれるのだろうか、竜介は、ユキの状態を心配した。しかし、言わなければなるまい。

「班長、今、大事な物を発見しました。一つは、探査装置です。登録ナンバーを確認していませんが、艦長が持っていたものと思われます。もう一つは......」

 竜介の声がだんだん小さくなっていった。竜介は立ち上がり、進の持っていた小形の探査装置を持ち上げた、そして、もう一度、さっき転んだ辺りにしゃがみ、赤い物を持ち上げた。竜介は、とても大事なものを持つように、両手で抱えていた。

「もう一つは、ヘルメットです」

 ユキもある程度予測していたのだろうか、多少うつろだが、竜介の方に近付いてきた。竜介は、両手で大事に抱きかかえていたヘルメットを、ユキの方に差し出した。ユキはまるで、小さな赤ん坊を抱きかかえるように自分の胸と腕でそのヘルメットを包み込むように抱きしめた。

 一つの目標は、達成された。それは、最悪の結果だったが。竜介は、ヘルメットの通信回線をONにした。

「土門です。今、艦長と別れた地点にきています」

 竜介は、つばを飲み込んだ。

「艦長の遺留物のみ発見。艦長が持っていた探査装置とヘルメットを発見しました」

 竜介の通信を聞いたドクターや他の乗組員の落胆のため息や声が、ヘルメットから伝わってきた。

「わかった、今すぐ、コスモハウンドを移動させる。土門、森両名は、その場から動かないように」

 コスモハウンドで連絡を受けたドクター鈴木は、竜介にそう答えると、すぐに、傍らにいる通信班の乗組員にヤマトに通信を入れるように命じた。

『艦長、あんたがやられるなんて......』

 年下の機転のきく進が、いとも簡単に連れ去られたとは考えにくいが、なぜヘルメットをはずしたのか、ドクター鈴木は、その点が合点できなかった。

 

(22)

 太田健二郎の連絡で、第一艦橋にのぼった真田志郎は、その状況にがく然とした。一番恐れていた状況--進が行方不明--であったからである。

 志郎は、彼等が何の目的で進を連れ去ったのか、今わかっている状況からは、判断しかねていた。

 わかったことは、進が健二郎に頼みごとをしていたこと、そのデータから、進は、この星に知的生命体がいるのではないかと予想をしていたことだった。この星の大陸の大部分に繁殖している植物は、地球の動植物の進化とは異なり、植物の形態をしているものが、知的な発達が著しく、思考する力を持っている---進は、そう考えたのではないのだろうか。

 『なぜなんだ。なぜ、古代だったんだ......』

 志郎は、自分自身に疑問を投げ掛けた。

 彼等は、ダミーの探査機と、正常に動いている探査機を的確に判断して、行動している。そして、その行動は、一糸乱れず、進が連れ去られたあと、一斉に通常の姿に戻っていった。花粉をまき散らし、動物達を森に誘い込んでいた。

「なぜ、古代が狙われたんですか?」

 大介は、志郎の方を振り返り、意見を求めた。志郎は、答えかねていた。そのことで、第一艦橋にいる乗組員たちの動揺させるわけにはいかない。

「目的はわかりません。しかし、悪意があるようには感じられないのです。むしろ、古代艦長に対して、友好的な感情で、接しています。古代艦長を殺すようなことは、ないと思います」

 志郎を代弁するかの様に、第一艦橋に呼ばれたルダが答えた。

「古代艦長は、他の人と比べて、意志が強い。普段から、かなりいろいろな面で、意識しながら行動しています。超能力者とまではいきませんが、ある種、特殊な能力を持った人は、カンがよかったり、運が強かったりするものです。他の人に比べて、内なるパワーも強いのです。もしかしたら、偶然、彼等と波長があったのかもしれません」

「波長ですか?」

 ルダの言葉を大介はくり返した。

「そうです。彼等には、明確な言葉はないでしょう。けれども、感情を感じ取ることはできます。彼等は、彼等にも理解できる強い感情を感じ取ってしまったかも知れません」

「彼等は、知的生命体なのですか?」

 ルダの傍らにいた揚羽武は、ルダの言葉から感じ取ったことを素直に言葉に出した。

「たぶん、そうなのでしょう。私達の言う文明や、文化はもってないかも知れません。しかし、思考する能力は、十分あると思います」

「惑星の植物達の意識の統一も可能だということか......」

 ルダの言葉を聞いていた志郎は、少しずつ自分の考えをまとめていった。

「それでは、私達が訴えれば、彼等は、ある程度答えてくれる可能性もあるんですか?」

 今回、志郎のかわりに第一艦橋にいた坂東平次は、探査中には、周りを見ることができなかったが、こうして、後ろからルダたちのやり取りを聞いていて、やっと落ち着きを取り戻していた。

 平次の言葉は、第一艦橋にいた者の心に響いた。平次の言葉に希望を見い出したのか、 皆一斉に、後ろの平次を見た。

「あ、あの、すみません。よけいなことを言ってしまって」

 平次は、皆の注目を浴びて、恥ずかしくなってうつむいた。その視線の中に、柔らかいルダの視線もあった。

「そうです。でも、彼等は、私達の様に言葉を使いません。だから、うまく伝えるのは、難しいかも知れません。私達が、強く思って、彼等に伝えるしかないのです」

 ルダの言葉に、皆黙ってしまった。普段、自分の意志を伝える『言葉』というものが役に立たない。それの意味することを各々考えていた。

「我々は、願うことしかないのか」

 目を閉じ、祈る。なんて単純で、なんて、難しいことか。大介は、ふと、テレサが祈っていたことを思い出した。

 

 

(23)

 ユキと竜介は、草原の中に立っていた。成すすべがない。そういう言葉は、今の状態にぴったりだ、竜介は思った。風が吹き、草がなびいていた。花粉の濃度が濃くなったのだろう。あたりは一枚薄いベールがかかったように、だんだん遠くのものが霞んできた。

 進のヘルメットを抱えていたユキは、何を思っているのだろうか?竜介は、声をかけずにいた。どんな言葉をかけたらいいのか解らなかった。

 竜介は、自分の足下に、何か、植物ではない何かが、落ちているのを見つけた。上半身を曲げて、手をのばして、その小さな紙を拾い上げた。

『あっ』

 竜介は、その一枚の紙を裏返したとき、声がでそうだった。美しい笑顔の少女---皆が、進の姪だと言っていた少女が移っている写真だった。竜介が写真を見たのは、つい数時間前のことだったのに、もう何日も前のことの様に感じてしまった。しかし、すぐ横に、呆然として立っているユキにこの写真のことを告げることができなかった。なぜなのだろうか、竜介は、自分でも解らなかった。そして、竜介は、今になって、食堂の進の様子が、いつもと違っていたことに気がついた。あのとき、どうして進は、ユキに写真を見られまいとしていたのだろうか。

 2人は、コスモハウンドの到着をただ待つだけだった。

『最善を尽くせ』 

 竜介は、進の言葉を思い出した。 自分のすべきことは、何なのだろう。

 竜介は、写真をぎゅっと握りしめた。

 

 コスモハウンドに戻った竜介は、すぐに、ヤマトの第一艦橋の大介たちに、通信を入れた。ユキは、ほとんどの体力と気力を使い果たした状態で、椅子に座り、頭をうなだれていた。下に垂れた髪のせいで、顔は見えなかった。しかし、見えたとしても、その顔は、悲しみに溢れ、涙を流しているに違いなかった。竜介は、通信がヤマトとつながるまでの、ほんの短い時間、ユキの姿を見つめた。

 第一艦橋に、通信がつながったとき、竜介は、そこに、ルダや志郎がいることに気付いた。

「すみません。島副長、真田副長。ルダ王女、あなたの助言にもかかわらず、艦長を見失ってしまいました。私達は、どうしたらいいのでしょうか」

 竜介は、不思議な力を持つ、ルダに助けを求めた。進をあきらめて、この場を去るわけにはいかなかった。しかし、ルダの瞳は、いつもの、神秘さはかげり、第一艦橋にいた乗組員たちの顔は、芳しくない。

「我々は、祈るしかないのだ、土門」

 志郎が重い口を開いた。

「言葉が通じない彼等に伝えるために、我々は、祈るしかないんだ」

「そんな......」

 竜介は、そんな、悠長な気持ちを理解できなかった。

「艦長が連れていかれたんですよ。森を焼きましょう。連れ戻すんです。どんなことをしても」

「ダメだ、土門。力づくにでたら、古代を返してはくれない」

 大介は、力の恐ろしさに怯えていたテレサを思った。

「祈って下さい。今はそれしか......」

 ルダの言葉は、力がなかった。ルダも自分の弱さを感じていた。

『こんな私が、シャルバートを信じている人たちをすくうことができるのだろうか?』

 

 

(24) 

 ユキは、『祈るしかない』という言葉に、顔をあげた。そして、必死で訴えている竜介の姿を、ぼんやり見つめた。竜介の姿を見ていたユキは、竜介の手に握られた、一枚の紙に気がついた。ユキは直感で、食堂で見た写真だとわかった。ユキは、竜介がコスモハウンドに乗る前に、何か拾う動作をしたのを思い出した。竜介は、自分のことを気づかって、隠しているのだろう。そんな竜介の姿が、食堂でユキに見せまいとして写真を握りしめていた進の様子と、だぶって見えた。

 ユキは、皆が目を閉じて祈っている間、そっと、ヘルメットを持って部屋から出ようとした。

 ビューン。

 ユキが部屋を出る音をきいた瞬間、竜介は、ユキが部屋を出ていくことに気付いた。

「班長、何を......」

 ユキは、そのまま、何も言わずドアを閉めた。そして、更に、外へ出るためのドアヘ進んでいった。

外部へ出るドアと、そのドアは同時にあかないようにできていた。誤作動で、開く危険性を少しでも回避するようにできていた。竜介のボタンのタッチが、ほんの瞬間おくれてしまった。そのため、ユキが外のドアをあけている間、内側のドアは、開かなくなってしまった。竜介は、追いかけようとしたが、追いかけることができなくなってしまった。

「班長、どこへ行くんですか?帰ってきて下さい。」

 竜介は、スイッチが入っているか解らないが、ユキのヘルメットの通信機に声をかけた。返事はないが、ユキの息が小さく聞こえる。どうやら、通信機はONになっているようだった。

 コスモハウンドの船外モニターで追っていくと、ユキは、進が連れていかれた森の方に進んでいた。竜介は、ユキを追っていこうとして、ヘルメットに手をかけた。そのとき、竜介は肩を掴まれ、ぐいっと引っ張られた。竜介が振り向くと、ドクター鈴木が肩をつかんでいた。

『行かせてやれ』ドクターはそう言いたげだった。

「でも、それでは、班長まで、危ない目に......」

 竜介が、そう言いかけたとき、ユキの声がした。

「お願い、返して。彼は、私達の大切の人なの。お願い......」

 ユキは森の木々に向かって叫んでいた。

「大丈夫だ、生活班長は、ヘルメットをちゃんとかぶっている。少し、様子を見よう」

「しかし......」

 ドクターの提案を、竜介は、賛成しかねた。

「俺たちに、何ができると言うのだ。相手は、言葉が通じるかどうかもわからないんだぞ。彼女の艦長への思い以上のものはないんだ」

 ユキの進を助けたいと言う気持ちは、確かに、乗組員たちのそれとは、比べられない程だろう。しかし、竜介は、ユキだけでも助けたいと思った。進を失ったユキの姿が想像できても。

 竜介は、しぶしぶドクターの言葉にしたがった。後ろ髪を引かれる思いで、モニターのある部屋まで戻った。

 モニターに写し出されたユキを見守るコスモハウンド内には、ユキのヘルメットの通信機から聞こえる声が響きわたった。コスモハウンドに搭乗している乗組員たちは、息を殺し、彼女の声を聞いていた。そして、進の帰還を祈った。静かな、空気までもとまっているに感じられる程、皆、ジッと画面を見つめていた。

「お願い、大切な人なの。私達にとって、私にとって。おねがい、連れていかないで......」

 ユキの頬には、幾すじの涙があふれ、つたっていた。そして、声もだんだん、嗚咽にかき消され、途切れ途切れになっていった。

「つれて...つれていかないで......。おねがい、かえし......て......」

 コスモハウンド外にいるユキの姿は、ヤマトの第一艦橋のビデオパネルにも写し出されていた。志郎や大介は、ユキの姿をみながら、ひたすら、進の返還を待ち望んだ。待つしかない。

 森の入り口の木のところまで進んだユキは、木の幹に手をあて、叫んだ。コスモハウンドは、かなりに森の近くに移動していたが、森の周辺部は、みるみる間に草がだんだん覆い茂っていくので、これ以上、森に近づくことができなくなった。

「古代君を、古代君を返して。連れて...連れて行かないで」

 志郎は、もうこれ以上、ユキに危険を冒させられないと判断した。

 

(25)

「古代君を返して」

 サワッ、ザワワッ、

 枝が揺れはじめ、木々が少しずつ動き始めた。

[ た ち さ り な さ い ]

 コスモハウンドやヤマトに乗っているものすべての人が、そんな呼びかけを聞いた。いや、聞いたというより、頭の中に、文字を打ち込まれたという感じであった。

 森の木々は、いっそう激しく揺れ始め、枝は生き物の様に、まるで、触手で何かつかもうとするかの様に、動き出した。

 志郎は、危険を感じた。植物たちが一斉に、何かをしようとしているように感じた志郎は、思わずマイクに向かって叫んでいた。

「土門、ユキを助けにいくんだ。早く」

 志郎と同じく、大介も、

「ヤマト、発進準備にかかれ」

 マイクに向かって、叫ぶ。

 コスモハウンドからは、竜介ら数名、ユキを連れ戻すため、飛び下りた。

 森は、その全体が一個の生き物の様に、うにゃうにゃとうねり、形をかえていった。そして、何かを吐き出そうとしているかの様に、そのうねりは、リズムを持ち始めた。

「班長、危険です。ヤマトに戻ります」

 竜介は、呆然と立ち尽くすユキの腕をとった。

「あの人がいなくては、だめなの」

 ユキが竜介を振りほどこうと腕を激しくふった。その力は、どこから出てきたのだろうと思う程、強く、竜介は、振り払われそうだった。しかし、ユキの反対の腕をもうひとりがつかんだため、なんとかユキを捕まえることができた。

イヤ。古代君!!

 ユキの叫びが響いたとき、森の中から、一つの大きな物が吐き出された様に出てきた。

 緑色をした、まるで、蛾の繭のような物が、ユキ達のすぐそばにおろされた。緑色に見えたのは、木の枝が複雑に絡み合って楕円の卵の形になっていたからであった。

 竜介たちは、不意にあらわれた物体に向けて、銃を構えた。

 緑の繭は、まるで、膨らみ切ったつぼみが開くように、絡み合った枝を解きほぐしていった。少しずつ、枝は森の方に戻っていき、薄くなった繭の中に、何かが横たわっていた。

「古代君」

 ユキは、竜介たちから離れ、薄くなった繭の枝を払って、繭の中心に近寄っていった。

「古代君」

 中に横たわっていた進を見つけ、ユキは、上半身を抱き上げた。ユキは何度も進を揺さぶるのだが、進は目を開けることはなかった。しかし、胸の緩やかな動きから、ほぼ正常に呼吸しているのがわかる。

「古代君」

 進の胸に顔を埋め、ユキは、喜びの声で叫んだ。

 あとから近付いた竜介は、進とユキの無事を確認した。進を囲んでいた木の枝は、ほとんど、繭の形から解き放たれ、森の方へ引っ込んでいった。

 ユキに抱かれた進は、穏やかな寝顔で、深い眠りについていた。

 

(26)につづく


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