『あなたに白い花束を 4』

(26)

 ユキは、目の前の状況についていけなかった。

 今まで何度も死地をかいくぐってきたはずなのに、ただ呆然と、他の者たちの行動を眺めているだけだった。目の前の進は、他の乗組員にヤマト艦内に運ばれ、艦医佐渡酒造によって、適切かつ迅速な手当てを受けている。進は、身体の内外の花粉を取り除くため、ていねいに洗浄されていた。カプセルの中の進は、目を開けることなく、普段寝ている顔となんら変わりがなかった。

「いかんな、だいぶ体内に取り込まれているぞ」

 酒造は、独り言を呟きながらも、手は次の動作に移っていた。ふっと、動作を止めて酒造は、ユキを見た。

「ユキ、すまんが、そこの酒をいっぱいくれんか」

 ユキが、かなり混乱していると思っていた酒造は、あえて、ユキに声をかけることをしなかったが、酒でも飲まなければ、この空気に耐えかねてしまう。ユキ以外に、真田志郎や、島大介も、処置室の様子をずっと伺っていたからだ。この2人は、今回の探査を中断して、安全地域にヤマトを移動し、とりあえず自分の仕事をこなして、処置室にやってきた。進の状況次第、次の行動を考えなくてはならない立場にある。酒造は、手術用の手袋をはずし、髪の毛のない頭をかいた。そのしぐさで、志郎と大介は、処置がすんだことを知った。

 ユキは、酒造に言われた通り、部屋の隅にあった一升瓶を持ち上げ、愛用の特大おちょこ(茶わんなのだが)にそそいだ。いつもなら、軽いお小言のようなジョークを言うのだが、今は、そこまで言葉が出なかった。

「先生」

「ああ、すまんな、いつも。くーーっ」

 酒造は、一気にユキから渡された酒を飲み干した。飲んでいる最中、ちらりとユキの顔を見るのだが、いつものユキのはつらつとした姿は、みじんにも感じられなかった。そのせいか、いつもの飲み干した後のそう快感を感じることができなかった。

「佐渡先生。艦長の様子はどうなんですか?」

 酒造の一杯飲み終わるのを待っていた大介が、詰め寄った。その言葉に反応して、ユキも酒造の方へ視線を向けた。

「身体の内外の洗浄は、できる限り完璧なはずだと思う」

 酒造は、ユキの方に、持っていた特大おちょこを差し出した。ユキは、反射的に、酒をそそぐ。

「それじゃ、艦長の意識は、いつ戻るのですか、先生」

 志郎の言葉の後、酒造は、少しきっとして、真面目な顔になった。そんなことは、今まででも、数える程しかないことである。ユキにそそいでもらった酒を再びぐっと飲み干した。その様子を、大介と志郎とユキは見守った。

「しかし、かなりの量の花粉が、身体に吸収されとる。習慣性が高い成分なのでな、禁断症状がどのくらいでるか......。あとは、艦長の身体がどの程度もつかの問題じゃ」

 三人は、次の言葉を発することができなかった。そして、進を上陸させたことを各々後悔した。

 

 

(27)

 竜介は、進が治療後、艦長室に運ばれ、ほぼ数日安静が必要な状態であることを知らされた。ヤマトは、この惑星(島大介は、『マンドレイク』と呼んでいたが)の探査を完全に打ち切り、新たな星探しに出発した。惑星マンドレイクの探査の副責任者だった竜介は、次の探査は、補助的な役割のみになった。責任者だった坂東平次は、引き続き、真田志郎の補助を受けて責任者をやることになった。すっかり、時間を持て余した竜介は、一つの名案を実行に移していた。

 ヤマト艦内には、乗組員の食料を供給するための農場がある。より、効率をあげるため、短期間に成長するように改良された作物が育てられている。竜介は、その農園の片隅に、白い花が咲いているのを思い出した。

 

 ヤマトに乗り込んですぐの頃、竜介は、農園で迷子になったことがあった。その時、ヘトヘトになってたどり着いたのが、その花の前だった。自分が本当に情けなくて、それまで忙しくて忘れていた、両親のことを急に思い出した。竜介は、壁にもたれて、花を眺めていた。

『そう言えば、とうさん達に花すらお供えできなかったな』

 竜介の頬には、涙が流れていた。目を閉じて、上を向いても、涙は、頬をつたって首筋にまで流れた。

「どうした?土門」

 竜介は、その場になぜ進がいるのか、その時はわからなかったが、竜介と同じ目線になるように腰をおろした進の姿をみて、泣きついてしまった。進は、そんな竜介の気持ちを察し、話を聞いてくれた。花を手向けれなかった竜介に、自分のやり方で両親にあげるように 、花を数本切ってくれた......

 そのできごとから、竜介は、両親の亡くなったことをひどく悔やむことはなくなった。

 

『艦長、驚くだろうな』

 竜介は、進が驚いて、少しにこりとして微笑み返す姿を想像し、思わず、一人にやにやした。次の探査前の打ち合わせまで、数時間あきができた竜介は、さっそく農園に出かけた。そして、農園内を管理しているコントロールルームの責任者に、理由を言って、彼の反応を待った。

 

「ああ、あの艦長の花ね。いいよ。そういう理由なら」

「艦長の花って」

 竜介は、その責任者の言葉に驚いた。

「あの花、艦長が育てているんだよ。何だ、お前そのこと知らなかったのか」

 知らなかった......、竜介は、あの日、進があの花の前に来た理由がやっとわかった。

「そう、艦長が、ほぼ毎日世話している花だよ。改良もやっているんだけどね、ここの植物は、みんな促成栽培しているせいか、あの花も、持ちが悪くってね。お前の案、いい利用法だと思うよ」

「はぁ......」

 竜介は、自分の知らない話に驚きをかくせなかった。竜介は、農園の片隅に植えられている花のことを他の人が知っているのを初めて知った。

「そうそう、班長もきっと、花のところにいるよ」

「生活班長がですか?」

「ああ、さっき、艦長に花を届けたいって言って農園に入っていったから」

 竜介は、ユキにあったらなんと説明しようか迷った。しかし、農園は、うっそうと繁っており、かつ、あのできごとから、農園で迷子にならなくていいように、かなり、園内を覚えた。ユキから隠れるところは何箇所でもある。例え、出会っても、進の様子がきけるのではないか。どっちに話が進んでもいいように、竜介は、ユキには内緒にしてもらうよう、責任者にお願いした。

 

 

(28) 

 竜介は、なぜかかくれてしまった。農園の片隅に植えられている白い花の前にユキの姿を見た瞬間に。進が快方に向かっていると聞いていたのに、明らかにユキの顔は、その情報が、ねじ曲げられたものであることを物語っていた。花を虚脱した瞳で見つめているユキの横顔。竜介は思わず、作物の陰に完全に隠れるように、しゃがみ込んだ。

 ユキは、声を出さないように、口元を押さえていた。良く見えなかったが、目を閉じ、少しうつむいた姿を見た竜介は、ユキが泣いているのだと気付いた。進の部屋に持っていくのだろうか。ユキの手に握られた小さな花瓶には、一輪の白い花があった。それは、彼女の心をあらわしているかのように、小刻みに揺れていた。

『どうゆうことなんだ』

 竜介の心からは、さっきの進の驚く顔ばかり考えていた、あのうきうきした気持ちが去ってしまった。そしてひたすら、ユキが立ち去るのを、息を殺して待った。

 

 ユキは、花を見つめていた。進は何も言わなかったが、ユキは、進がほぼ毎日のようにここに来て、花の手入れをしていたのを知っていた。

『あなたは、ここで、何を考えていたの?』

 その答えを聞くのが怖かったのかもしれない。あの再会の日以来、進が変わっていく姿を、ただそばで見守っていることしかできなかった。再会を心から喜び、愛を確認しあったあの日。その反面、進が感情をかなり押さえ、独り苦しんでいるようにも見えた。

 ユキは涙をぬぐった。こんな顔をして、人前には出れない。多くの乗組員には、進は順調に回復していることになっている。かなり、細かく目の周りを押さえたユキは、左手に握られていた花瓶に自分の顔が写っているのに気付いた。

『平静さを装わなければ、笑顔を作らなければ......』

 ユキは、花瓶に写った自分の顔に、言い聞かせた。少しでも、気をゆるめると、涙がでてしまう。しかし、こんなことでは、他の乗組員たちに悟られてしまう。涙のため、すすっていた鼻から、息を吸い込むと、ユキは、両手で花瓶を握りしめ、花の前から立ち去っていった。

 

「ユキさん、随分時間かかりましたね」

 農園のチェックをしている乗組員が、ユキに声をかけた。他意はない。ただ、挨拶程度なのだが、ユキは、気を引き締めた。

「どの花がいいか、考えちゃったわ」

 目一杯の笑顔をし、そう答えるのが精一杯だった。

「艦長はいいなあ。きっと、艦長喜びますよ。早く、花の手入れできるまで回復できるといいですね」

「そうね。でも、元気になると、また無茶しちゃいそうだわ」

「はは、それもそうですね」

 ユキは、足早にそこを通り過ぎた。無邪気な農園責任者とこれ以上の会話は、耐えれなかった。

『平静さを装わなければ、笑顔を作らなければ......』

 

(29)

 農園の作物の陰にかくれて、ユキの姿を見ていた竜介は、自分の目的を忘れ、そっと、ユキの後をついていった。艦橋を昇るエレベーターの中まではついていけないので、竜介は、ユキがエレベーターに乗った後、どこまで行くのか、点滅するランプを見つめていた。おおかたの予想通り、エレベーターは、艦長室まで昇って、一旦、停止した。竜介は、もう一機のエレベーターのボタンを押して、飛び乗ると、迷わず艦長室のナンバーを押した。

 艦長室前で、ドアが開くとそこには、アナライザーが門番のように立っていた。しかし、竜介は、自分の推測がほぼあっていることを確信した。

「ドモンサン、カンチョウハ、オヤスミチュウデス。キョウハ、オヒキトリクダサイ」

 アナライザーの言葉の後、竜介は、一つの賭けをした。

「アナライザー、今、生活班長に頼みごとされたんだけど」

「ソレデハ ボクガ ココデキキマス」

「それじゃ、困るんだ。班長にじきじきに頼まれたんだ。班長、農園で詰んだ花を持っていただろう。その時、艦長のこと聞いたんだ」

 アナライザーは、考えていた。多分、命令違反になるのではないかと考えているのだろうか。頭部のメカ類がチカチカと点滅していた。

 アナライザーを力づくで、どかせるのは、多分無理であろう。竜介は、何を言ったら、アナライザーがこの場から去るのか、そればかり考えた。

「真田副長が、次の探査のことで、アナライザーを呼んでいたので、部屋の見張り番を替わって欲しいって、班長に言われたんだ」

 チカチカ光っていたアナライザーの頭部は、一瞬、全体が光ったように見えた。

「ワカッタ。ドモンサン、デハ、ダレモ イレナイヨウニ、ミハッテイテクダサイ」

 ユキが艦長室に入る前に、『ちょっと、休んでいてもいいわよ。探査も控えているし』と言われていたことと、竜介に言われたことをアナライザーは、混同していた。そのため、アナライザーは大きなミスを冒してしまった。アナライザーにとっては、アイスル、ユキの言葉は絶対である。その気持ちを知っていながら、そのことを利用してしまった竜介は、多少後ろめたさを覚えた。

「ああ、艦長のこと、他の人に知られちゃまずいからな」

 やけに、アナライザーがあっさりと去っていったことで、竜介は、自分の推測通りであることを確信した。アナライザーが、エレベーターで去っていくのを見送った後、竜介は、艦長室のドアノブに手をかけた。

 ドアを開けたら、何をユキに言うか、何も考えていなかった。先を考えずに行動してしまうことは、進に何度も注意されたことであった。『まあ、それがいいところでもあるんだけどね』そう進に言われて、プラスに受け取ろうと思った。どうせ、なかなか治せるものでもない。

 カチッ

 ドアには、カギがかかっていなかった。

『自分の気持ちに素直に......』
 竜介は、部屋の主に了解もとらず、艦長室を開けた。

 

 

(30)

「土門君。」

 驚いた顔をして、ユキは、叫んだ。

 ユキは、ベットでぐっすり眠っている進の手首に、包帯を巻いていた。進の腕には点滴と、簡単な医療装置が取り付けられていたが、それ以外は、普段と何も変わらなかった。しかし、そばにいるユキの叫んだ声にも、ビクッとも動かない様子は、普段の進から考えられないことだった。

 竜介は、進とユキに近づき、進の手首の包帯を見た。包帯を巻くために、少しめくられていたベッドのふとんから、ベルトらしきものを見つけた。

 突然竜介は、ふとんを、必要以上にめくりあげた。竜介は、一瞬、目を疑った。進の身体は、何本かのベルトに固定されており、ベルトの当たる位置すべてに、包帯が巻かれていた。 傷の位置から、進の傷はどうやら、そのベルトが原因であるようだった。

 竜介は、まるで仇でも見るような、厳しい目で、ユキを睨んだ。

「どう言うことなんですか?」

 竜介の言葉が終わるか、どうかのとき、

「土門君、離れて!!」

 ユキは、竜介の腕をとって、ベットから離れた方へ、引っ張った。ユキに突進されたような体制になった竜介は、ユキとともに床に転がるように倒れた。

 ガシャーン。

 ベットのそばに置かれた、医療用の器具が床にたたきつけられた。竜介は、ユキの体温と感触を感じつつ、音のした方へ目をやり、驚愕した。

 片方の腕のベルトが外れていた進は、外れていた腕で、医療器具を力ずくで外し、ユキがほう帯を巻いていた時に使っていた道具を、その手で払ったのだった。そこにいた進は、竜介の知っている進ではなかった。息は荒く、目は、飢えた肉食獣のように鋭く、ギラギラしていた。竜介は、傍らのユキを見た。ユキは、涙を浮かべて見守っていた。もう、この状態を何度も見たに違いない。決して、目をそらさないで、進だけを見つめていた。

「サーシャ......」

 進の声が、聞こえた。声はかすれていたが、確かに、『サーシャ』と呼んでいた。『サーシャ』とは?竜介は、強い視線に負けそうになりながら、その視線の方向を再び見た。

「サーシャ、サーシャー」

 腕や身体に巻かれたベルトを今にも引きちぎる勢いで進は起き上がり、こちらに手をのばしていた。その力強い動きと、叫びと裏腹に、進は、かなり苦しそうに肩で呼吸していた。

「サーシャー、行くんじゃない。サーシャー!!」

 自分たちを見ていたと思っていたが、進は、違うモノを追いかけているようであった。ベルトの当たる部分には、すべてほう帯が巻かれていたが、ほう帯のところどころに赤い血がにじんでいた。

 ガシャン、チャリーン、リーン。

 周りのものすべてを落とし、進は、ベルトをギシギシきしませていた。倒れたまま、竜介の胸の内側で、ユキは手で耳を押さえ、進の声とベルトのきしむ音から耳を閉ざしていた。

 

 

(31)

 進の声は、野獣が苦しみに耐えかね、うなっているかのように、竜介には聞こえた。がんじがらめに縛られていたのは体だけでなく、心の奥底まで締め付けられている、そんな状態に見えた。

 激しく聞こえるきしむ音は、進の身体を縛り付けていたベルトが限界に達しつつあることを伝えていた。

 ガチャ、ガタン

 竜介の緊張を解いたのは、ドアの開く音であった。

「ユキ、大丈夫か」

 ドアが開くや否や、二人の男が飛び込んできた。二人は、竜介には、目もくれずに、一人は進の身体を押さえ、一人は、通信機の受話器をつかんでいた。

「佐渡先生、艦長室へ」

 短くそれだけ伝えると、進の身体を先に押さえ込んでいた男と共に押さえ始めた。

「サーシャ、行かないでくれ、サーシャ!」

 二人とも、進の叫びを全身で受け止めていた。竜介には、二人が力を入れている後ろ姿が、祈っているように見えた。

「真田副長、島副長......」

 竜介は、二人の姿をただ見守っていた。ただ見守るしかなかった。少しでも声をかけようとすれば、再びベルトは限界まで、引っ張られ、切れてしまうかもしれない。切れたらどうなるのか、竜介は、考えたくはなかった。

 

「どうしたんじゃい、また、暴れ出したのか」

 いつの間にか、佐渡酒造がやってきていた。その部屋にいるものすべてが、一種、異様な雰囲気の中にいた。酒造を見るなり、志郎が叫んだ。

「佐渡先生、お願いします。もう、ベルトの限界です」

 その声を聞いて、酒造は部屋に入るなり、鞄から、少し大き目のハンコのようなモノを出した。そして、志郎と大介が押さえている進の近くに近寄ると、進の左肩に当て、スイッチを押した。

「サーシャ......」

 一分もたたぬ間に、進は崩れるように、ベットに沈んだ。まだ、少年っぽさを残した顔は、髪が乱れ、いつもよりやつれてみえた。手は何か掴んでいるように、握りしめていた。酒造は、素早く新しい装置を鞄から出し、進の口元にマスクをつけ、再び点滴の装置をつけた。その効果がでたのか、進の必要以上荒かった息は、多少落ち着き、顔色も気持ちよくなった。

 竜介は、この部屋にいる人々を、ひとりひとり観察した。二人の男、志郎と大介は、立ち上がったが、息はまだ落ち着いていなかった。大介は、ベットにもたれて、息を整えていた。志郎は、ユキと竜介の方に体を向けた。やはり、かなりの体力を消耗したのか、肩で息をしていた。ユキは、志郎の視線を感じて、やっと、落ち着きだした様だった。

「アナライザーが、理由(わけ)の判らんことを言っていたので、気になって来てみれば......」

 竜介は、志郎の言葉に少し腹がたった。そして、すぐ目の前のユキが何かを言いたげだったが、竜介は自分から切り出した。

「なんなんですか、これは。艦長の身体はどうなっているんですか」

 大介は、志郎に助けを求めるように視線を向けた。

「サーシャって誰なんですか。どうして......」

「艦長は、禁断症状が出てるんじゃ、あの惑星の花粉の」

 酒造が、竜介の言葉をさえぎった。

「お前さんに、嘘をついても、よけい勘ぐるだけだしな」

 酒造の言葉の後、さっきまで、震えていたユキが二つめの質問を答えた。

「サーシャは、古代艦長の姪、イスカンダルのスターシャと古代守の忘れ形見。真田さんが親代わりに育てた少女。真田澪と言う名で、皆に呼ばれていた......」

 志郎は、ユキが何も知らない竜介に、なぜ、こんなに話すのか、理解できなかった。

「私が知っているのは、それだけ。古代君は、いつも、彼女のことにふれると、自分のこと、責めていたわ」

 髪をかき上げると、ユキは立ち上がった。

「私も知りたいの。いったいサーシャと古代君の間には、何があったの? 彼は、何に苦しんでいるの?」

 ユキは、誰ともなく、自分の気持ちを投げかけた。その横顔は、不安で一杯の彼女の気持ちを表しているかのように、歪んで見えた。

 

 

(32)

 ユキは、進と再会した夜のことを思い出していた。

 地球から脱出しようとしていた最中、二人の手は、離れ、そして、お互いの消息が判らぬまま、それぞれの戦場で戦っていた。そして、再会。二人は、何度も何度もお互いを確かめ合うためにお互いを求めた。

 いつの間に、寝てしまったのか、ユキは夜中に目がさめた。傍らには、進が、そして、ユキの手は、進の手に握られていた。進の呼吸の音が聞こえる。そして、温かさも。もう夢ではない。

「......シャ.....」

 ユキは、進が何かにうなされているように感じた。進は、以前から、よくうなされていた。両親を亡くした時の夢ばかりくり返して見るのだと言っていた。また、その夢を見ているのだろうか。進の頬には、涙がつたっていた。

 そっと、進の頬を流れる涙を薬指と小指で拭った。そして、手のひらで頬をおおう。そこでユキは、手が止まった。

「サーシャ、行くな、サーシャ」

 何を言っているか、はじめは判らなかった。数日後、ユキの代わりに、ヤマトに進の姪のサーシャが乗っていたこと、そして、死んでしまったことを記録から知った。その記録を見た瞬間、ユキは、何も言ってくれない進とに距離を感じた。離れていても、生きていると信じていたあの時の方が、進の心を感じることができたのに。ユキは、進からの愛を感じることができても、進の心にはられたバリアのようなものを取り除くことができなかった。

 

 海の見える丘に、進は墓を建てた。墓碑には、何も刻まれていなかった。しかし、それは、明らかに父と母、兄とスターシャ、そしてサーシャの墓だと、ユキは知っていた。埋葬するものが何もない、けれど、振り返る場所が欲しくて作った。進は、そう言っていた。

 はじめて二人で、墓参りをした時、進がぼそっと言ったことが、進から唯一聞いたサーシャの話だった。

「オレのせいなんだ。サーシャが死んだのは」

「......」

 ユキは、何も答えることができなかった。

「もっと、オレがしっかりしていれば......」

 地球に帰還後、賞賛の嵐に対して、進はどんどん、無口になっていった。他人の評価がよければよい程、それを苦痛と感じていたようだった。

「あなたの責任じゃないわ」

 ユキの声は、届いていないようだった。きっと、何を言っても進は、自分の責任だと言い張るだろう。進は、誰かに責めてもらいたかったのかもしれない。

 その後、二人は黙ったまま、ただ、海を見ていた。

 

 

(33)

「もしかして、この写真と関係があるのですか?」 

 竜介は、ポケットから、一枚の写真を出した。機会があったら、ちゃんと進に返そうといつも写真をポケットに入れていた。まさか、こんな状況で、返すことになるとは思ってもいなかったが。

 大介と志郎は、少し驚いていたようだった。竜介の手から、写真をとったのは、志郎だった。

「なんで、おまえが?」

「艦長を探しに行った時見つけたんです。黙っていてすみません」

 ユキの目に触れないように返そうと思っていたことを、竜介は言えなかった。

 写真をしばらく眺めていた志郎は、目を閉じ、小さなため息をついた。『俺がこの写真をなくさなければ......』ユキの誤解を解くために、志郎は、口を開いた。

「これは、俺の誕生日の日に写したんだ」

 志郎は、少女が嬉しそうに笑っていたあの日を思い出した。

 

 志郎は、仕事に追われていた。不完全のままのヤマトの発進。親友の娘のことが気になりつつ、寝る時間を削って、チェックと修理、そして、改良をくり返す日々をすごしていた。

 その日の夜も、寝る前に、一日の作業内容をチェックしていた。

 コン、コン。

 優しくドアをたたく音が聞こえた。『この叩き方は......』志郎は、確認もせず、ロックを外した。

 ぱぁん、ぱん、ぱぱん。

 突然のクラッカーの音に、志郎は一瞬、何がおきたのか判らず、一歩引いてしまった。

「真田のおじさま、お誕生日おめでとう!!」

 白い花束を抱えた、少女が突然、目の前に飛び込んできた。その余りにも無邪気な行動に、驚きつつ、少女の笑顔の美しさに、見とれてしまった。

「どうしたの?真田さん?」

 いつの間にこんなに美しくなったのだろう。少女の成長の速さに、いつも驚かされていたのだけれど、それとは違った驚きだった。最近忙しかったせいか、久しぶりに、こんな間近に少女の顔を見たせいなのだろうか、志郎は、少女が一人の女であることを知った。

「驚いた?進おじさまに教えてもらったの。はい、お誕生日おめでとう」

「あ、ありがとう」

 少女に抱えられていた花束を受け取った志郎は、その後ろに、進がケーキと飲み物を持って立っているのに気がついた。

「おじさまも入って」

 少女は、入り口で様子を伺っていた進に手招きした。

「仕事中でしたか?」

 遠慮がちの進に志郎も、入ってこいと手で合図した。

 

 

(34)

 

「驚いたよ、久々に」

 志郎は、ケーキにろうそくを立てている少女を見守っている進に声をかけた。

「そうでしょ。一度やってみたかったの」

 ろうそくを数えながら、少女が振り返って答えた。

「サーシャに、本で読んだみたいなお誕生日会をやりたいなんて、言われて......」

「おじさま、それは言わないって、約束したでしょ」

 少女は、いつの間にか、進を『おじさま』と呼んでいる。ヤマトに戻ってきた頃、かなり落ち込んでいた進も笑顔を見せるようになった。二人は、兄弟のように、仲がよかった。仕事の忙しさは進も変わらないのに、よく少女の面倒を見ていたし、少女も、覇気がない進を笑わしたり、進が食事をたくさん残すことを怒ったり、細かく世話を焼いていた。父親の死も、なんとか乗り越えているようであった。

「やっと、ろうそくの準備ができたわ」

 電気を消すように少女に指示されると、二人の男は、少女に言われるままに部屋を暗くした。

「ハッピーバースディ トゥーユー、ハッピーバースディ トゥーユー......」

 ろうそくの炎がゆれる。うたを歌う少女の横顔を見て、志郎は、進に父親役を譲ろうと思った。

「...ハッピーバースディ トゥーユー。真田のお父様、お誕生日おめでとう!!」

 ろうそくを吹き消す。しかし、三十本近くのろうそくを消すのは結構大変な作業だった。

「頑張って、後6本残っているわ」

 少女の言葉に、促されて残りのろうそくを消した。が、志郎はその途中、ひとつ、気になることが頭に浮かんだ。

ヴィーィ、ヴィーィ。

 志郎の部屋の非常点滅灯が、チカチカ点灯しだした。

 志郎は、艦内の管理センターに、すぐ連絡を入れた。

「困ります。工場長。申請なしで、火を使わないで下さい。もう少しで、スプリンクラーが作動しそうだったんですから。特に、部屋の電気を消したままだと、機械の方が、いつもより敏感にに反応してしまうので、注意して下さい」

「すまない。ちょっと、ろうそくをつけたくなって」

「ろうそくの使用は自由ですが、今度、使用する時は、必ず申請して下さい」

 インターホンに映らないところで、進と少女が、声を殺して笑っている。志郎が、受話器を置くと、二人は、声を出して、笑い出した。

 志郎は、その二人を見て少しホッとした。今この時は、こうして、別れた恋人や死んだ父親のことを忘れていられるのだろう。その晩は、遅くまで、三人で語り合った。少女の両親のこと、少女が小さかったこと......。

 

「この花、すぐ枯れてしまうのね」

 数時間前、進と切った花は、もう散りかけていた。

「ヤマト農園は、促成栽培しているせいか、この花もすぐ枯れてしまうんだ」

「そう」

 進の答えに、少女は気のない返事をした。花びらが落ちていく姿を見ていた少女が、急に立ち上がった。

「記念写真撮りましょ。私、そういう写真持ってないからほしいな」

「記念写真?」 

 二人の男は顔を見合わせた。

 少女は、志郎の部屋にあるカメラを探し出した。地球人と比べ、勘が鋭い少女は、部屋の主である志郎ですら探せないモノでもすぐに見つけることができた。少女は、テキパキと、カメラをセットすると強引に、二人の男を、カメラの前に立たせた。

「うん、ちょうどいい。おじさま、動かないでね」

 そして、セルフタイマーのボタンを押すと、二人の間に入り込んだ。

「ちゃんと、くっ付かないと、きちんと入らないわ」

 そう言って、少女は二人の腕を取り、引き寄せた。

 

 

「じゃあ、これは、その時の写真なのですか?」

 竜介は、志郎に聞き返した。

「ああ。サーシャの死後、俺が形見でもらったんだ」

 

 

(35)

「何も、やましいことなどないんだ。ただ単に、古代は、澪を可愛がっていただけなんだ。叔父として」

 志郎の言葉に、ユキは反発した。

「ただ、それだけで、どうして彼はそんなにも自分を責めるんですか?」

「あの時は、澪がいる要塞を波動砲で、撃つしか、方法はなかった。澪に言われたのだ、私ごと撃ってと。古代は、一度、ためらったよ。泣いて撃てないと。でも、最終的には、自分で撃ったが」

 竜介は、進が波動砲を撃つのをためらったことを聞いて驚いた。

 

『そのうち、お前に砲術専門になって欲しいんだ。きっと、お前は、俺以上になれるよ』 

『そうでしょうか?』

『おれは、だめだった。だが、お前は、大丈夫だよ』

 竜介は、その時、進が何を言っていたのか、よく判らなかったが、進が、その時ためらったことで何か限界を感じたのではないかと思った。

 

 島大介は、志郎とユキのやり取りを聞いて、<真田澪>=<サーシャ>を思い出していた。

 ユキと離ればなれになって、進がかなり滅入っているのを、大介は傍らにいて感じていた。ただ、そのことを本人に言えばかなり気にしただろう。大介自身、テレサを失ったとき、どんなにか、生きることに苦しみを感じたか。しかし、家族や自分の周りにいるの人たちの存在、そして、なによりも、自分の中にあるテレサの血を大切にしたいという気持ちが強くて、生きなければいけないと思うようになった。

 『では、古代は?』 進の場合、兄も失い、自分たちがそばにいて見守ってあげなければならないのに、忙しさの余り、声をかけることすらままならなかった。そんな時に、進のそばにいたのは、一人の少女だった。

 何となく、ユキに似ているその少女が、進のそばにいることを、大介は、快く思わなかった。

 ある日、大介は、第一艦橋で、航路のミスがないか、一人遅くまで、チェックをしていた。毎日、皆バタバタすごすなか、自分の担当は、自分できちっとチェックをしておきたかった。

トゥルルールーン

 第一艦橋のドアが開く。そこにあらわれた少女を見て、大介は一瞬、ユキがあらわれたのだと思った。

「なんだ、澪か」

 ひょいっと、頭だけ、のぞかせたその少女の姿を見て、大介は、声をかけた。声をかけなければ、そのまま行ってしまうように思えた。

「古代ならいないよ」

 どうやら、確信をついたのか、少女は、目をぱちくりさせた。

「すみません、島航海長。お仕事を邪魔してしまって」

 形ばかりの返事をして、少女が立ち去ろうとした時、大介は、思っていることを言ってしまった。

「あまり、古代のそばにいないでくれないか」

 少女は、立ち止まって、振り向いたが、何も反論しなかった。

「君は、余りにもユキに、古代の恋人に似ている。君がそばにいると、あいつに、彼女を思い出させる」

 少女はジッと、大介の目を見ていた。

「君がいくら古代を好きになっても、あいつは、ユキを忘れられない。あいつは、今でも、どこかで、ユキが生きていると信じている」

 

「好きになっては、いけませんか?」

 少女が、小さい声で答えた。小さくて、少し震えていたような弱々しい声だったが、大介は、彼女の言葉に反論できなかった。

「失礼します」

 少女は、 走り去ってしまった。

大介は、少女に酷なことを言ってしまったと思ったが、その後、彼女にこの件を謝ることができなかった。特に、暗黒星団帝国本星で、彼女が進の姪のサーシャだとわかった時、大介は、大いに後悔した。

『好きになっては、いけませんか?』
 大介の心の中で、その言葉が何度も何度もこだましていた。

 

(36)につづく


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