『あなたに白い花束を』第六部

(43)

 艦の外には、こんなにも、星々が煌めいているとは、竜介は、初めて気づいた。

 ヤマトの進行方向が、銀河系の中心方向であることも、その理由のひとつであるが、慌ただしい生活の中で、わざわざ、『星を見る』ことなど、考えたことがなかった。今日も、作戦の目的が達成されたわけではなく、時間も押し迫っている状態なので、緊急時には、変わりがないのだが、竜介にとって、穏やかな日であった。

 部屋の灯を消して、星を眺めていると、宇宙(そら)の中に、吸い込まれそうになる。闇の中の闇。考えてみると、ヤマトの装甲で守られている世界にいる自分は、何と弱い存在だろう。そして、宇宙に流れている時間と比べると、自分の生きている時間は、なんとはかないものなのだろうか。

 

 ユキは、眠っている進の体の包帯を換えていた。進の唇は、軽く閉じられ、進から聞こえるのは、静かな寝息の音のみだった。最後に残った手首の包帯をほどいている時、進に着けられている機械の数値が、上昇していった。

「ユキ......」

 かすれた声が、ユキの耳に飛び込んできた。小さな音だったが、二人っきりの静かな空間では、十分、聞こえる音量だった。

 ユキは、手を止め、顔を上げた。

 同じ目線になりたかったのか、進は、起き上がろうと、腕で、上体を起こそうとした。

「あ、だめ」

 ユキは、体にうまく力が入らず、身体の痛さにしかめた顔をした進の体を、手で支えながら、もとに戻し、ベッドのサイドに付いているボタンを押した。ベッドは、ゆっくり角度を付けて、楽な体勢になるように、平面から、屈曲した。

 身体が楽になって、ホッと、息をはいた進を見て、ユキは、微笑んだ。

「身体の具合は、どう?」

 ユキの姿を見て、進は、なぜか、恥ずかしくなった。目をそらした進を、ユキは、少し心配顔で覗き込んだ。

「ああ、身体中が、ぼぉっとして......、酒に酔った時みたいに、頭が少しくらくらしてる」

 機械に表示される、呼吸と心拍数が少し増えただけであるのを確認して、ユキは、進が恥ずかしがっていることに気がついた。進は、細かいことまで、覚えてはいないだろうが、自分がどういう状態だったかは、何となく知っているようだ。ユキは、安心して、また、イスに座り、外しかかった包帯を、巻取っていった。

 進は、ただ、黙って、その作業を眺めているだけだった。もう、何年も、看護婦をしているユキにとっては、包帯を、付け直すことは、当たり前のことだったが、進には、手品か、魔法を施されているかのように思えた。

 

(44)

 手際よくこなすユキの姿を見て、怪我をした他の乗組員たちもこんな風に、彼女の顔を見ているのかと想像した。

『自分のためだけにいて欲しい』

 進は、今まで、そんなことを考えたことがなかった。そして、自分の気持ちが、ユキに対する気持ちが、少し変わったことに気づいた。

 包帯が外れ、ユキが、薬を塗られたシップのようなものを剥がした。進は、自分の傷を見て、自分がどういう状態だったのか想像した。

「ずいぶん、暴れたんだな」

「少しね」

 ニコリと答えるユキを見て、進は、少し、顔を赤らめた。

「誰が知っているんだ」

 恥ずかしさを隠すためなのだろうか、進は、目を閉じて、自分の右手を目の上に持っていった。

「真田さんと、島君と、佐渡先生。それと......」

「それと?」

「もうひとり、土門君」

 きっと、志郎と大介と、酒造の三人の名が出てくる事を、予期していただろうと思ったユキは、竜介の名前を出すのを、わざと勿体ぶった。案の定、進は、竜介の名を出した時、大きなため息をついた。

 

 左手の包帯を巻き終えたユキは、進の顔の上に横たわっていた進の右手をそっと、下ろした。ユキに、右手を動かされ、再び、目をあわせる状態になった進は、顔を壁側に向けた。

「大丈夫よ」

 ユキは、進が、自分自身のことを責めないように、今度は、一緒に考えていきたいと思った。

「大丈夫よ、みんなそんなことで、あなたのこと嫌いにならないわ。完璧な人間なんか、いないのよ」

 ユキの言葉に、進はユキの方に顔を向けた。ユキは、優しい瞳で、進を見ていた。進は、初めて、ユキが好きであると自覚した時のことを思い出した。自分は、ユキの美しいこの笑顔が好きだと、そう初めて自覚した時を。

「ああ」

 進は、笑顔で答えた。志郎や大介や酒造に対する信頼は、ヤマトに乗ってからのいろいろなできごとで、揺るぎないものとなっていた。そんなことは、自分でもわかっていたはずなのに、どこかで、傷つけることを恐れていた。乗組員に自分の弱さを見せてはいけない、艦長は、かくあるべきだと、勝手に思っていた。進は、ユキに対しても、自分の部下に対しても、完璧な人間であろうと、思い上がった気持ちが、心のどこかであったことを認めた。

 進の笑顔を見て、ユキは再び、動作を続けた。

 

(45)

 ユキの指先の動きを、横顔を、進は一人の男として見ていた。でも、それは、自分だけではなく、他の人も同じ想いで見ているかもしれない。今までの事を考えると、『嫉妬』していなかった自分の方が、変だったのかもしれない。クルクルと動く手をみながら、進は、押さえ込んでいた『古代進』の気持ちがほぐれていくのが分った。

「ごめん」

 進の思いがけない言葉に、ユキは顔を上げた。

「何、謝っているの?」

「今まで、自分の気持ちだけで、決めていた。二人のことなのに」

 ユキは、進が、二人の関係に触れてくるとは、思わなかった。

「出発前の約束---艦長と部下の関係でいようって、自分の都合だけで言っていた」

「そんなことない。それは、私も納得したことだから」

 ユキは、進が、艦長になる前の進となんら変わりがないことに、気づいた。

「それだけじゃない。最近は、ずっと、君の気持ちも聞かずに、こう思っていると勝手に、自分で決めつけていた」

 進が恋人として、自分に話しかけている姿を、ユキは、真摯な気持ちで、見ていた。進の気持ちを、体全体で受け止めたい。進が、一生懸命話す姿を、抱き締めたい気持ちにあふれた。その気持ちは、二人が、艦長とその部下であるという、約束のために、行動には出せなかったが。

「サーシャに対してもそうだった。彼女の気持ちを全然知らずに......」

「誰かの側にいて、その人の事を想っているだけでも、十分、幸せなことだってあるわ。でも.......」

「でも?」

 何でもないと、顔を振るユキを見て、進は、幸せだと思った。自分の事を、こんなにも愛してくれる人がいる幸せ。それは、悪い事でなく、それが、幸せと思う事は、ごく普通の感情なのだと思った。

 

「地球に帰ったら、あのお墓に行きたいな」

 それは、もう、叶わない事なのかもしれない。だが、進は、ユキと一緒に行きたいと思った。

 まだ少し、花粉の影響が残っているのか、進はいつもより、興奮気味に話をし続けた。取り留めのない話から、サーシャの事まで。進は、自分の心の膿を吐き出すかのように、喋り続けた。ユキは、話をしている進と、笑い、悲しみ、そして共感しあった。身体がふれあう事はなかったが、何気ない、この二人っきりの時間が、二人にとって、とても貴重な時間に思えた。

 ただ、進は、今まで思ってもみなかった厄介な思いが、自分の中にあることを発見してしまったが。

 

 

(46)

 竜介は、何日振りかで、艦長室に呼ばれた。

「土門竜介、入ります」

 ワゴンを押しながら竜介は、艦長室に入った。艦長室には、ベッドに寝ている進とその傍らにユキがいた。

「すまないな、土門。わがままを言ってしまって」

 進の元気な声を聞いて、竜介は、安心した。

 竜介は、早速、ワゴンを 艦長室の奥へ運び、カップと、ソーサーをセットした。

 ポットの中にお湯を注ぎ、ティーコゼで覆う。その間、竜介は、ユキと進の二人の何気ない会話を心地よい音楽のように聞いていた。

「艦長、今日は、レモンなしで、香りを楽しんで下さい」

 竜介は、進のテーブルに、今煎れるたばかりの紅茶をそっと置いた。

 カップを持ち上げ、香りを嗅いでいる進の動きが一瞬とまった。

「解りましたか、艦長。あの花の花びらで作った紅茶です」

 竜介が言うと、進は、微笑んだ。そして、カップに、口を付けた。

「いい香りだね、それに、味も」

 進の褒め言葉に、竜介は、少し舞い上がった。

「はい、軍人をやめても、喫茶店のマスターができます」

「それも、いいね」

 ユキや進の笑顔を、こんなに早く見る事ができて、竜介は、ホッとした。暫くの間、竜介は、紅茶の話をして、二人を楽しませた。柔らかな表情の二人を見ていた竜介は、二人の空間の奥に、一輪の白い花を見つけた。

「班長が、毎日水を換えているせいか、その花は、元気ですね。艦長が意識を取り戻す前からだから、もう、何日も」

 竜介の言葉に、進は少し驚いた。だが、その場で、それを口には出さなかった。

 

「土門、もうひとつ、頼みたい事があるんだ」

 進は、ベッドの横のイスに座っていたユキの目配せをした。

「真田さんと、島に、この間の惑星の報告書を届けて欲しいんだ」

「私に、ですか」

「ああ、おまえが、一度読んで、それから、二人に渡して欲しいんだ」

 報告書は、もう、すでに地球に送られているし、なぜ自分が......。竜介が、少しあっけに取られている間、ユキは、自分の分のカップをかたづけ、艦長室の奥に置かれたワゴンに運んでいった。

「私が、読んでからですか?」

「ああ」

 進は、テーブルの端に片付けられ、重ねられていた書類を差し出した。受け取るべきか、迷った竜介は、助けを求めるように、ユキの方の目をやった。ユキは、微笑んで、少しうなづき、受け取る事を促した。

 竜介は、ユキの方をみ見つつ、進から、書類を受け取った。なぜ、自分がこの書類を読まなければならないのだろうか......。

 竜介が、呆然としている間、ユキは、ワゴンのに紅茶のセットを片づけ終わっていた。

「土門君、艦長には、少し休んでもらいますから、私達は、退出しましょ」

 ユキが、部屋を出ようと、ドアの方に、ワゴンを運んでいく。

「班長、それは、私がやります。それでは、艦長、真田副長と島副長には、必ず渡しますから」

「たのむ」

 

 竜介は、ユキに、ワゴンを取られたまま、艦長室を後にした。

 

 

(47)

「それは、私がやりますから」

 ユキから、ワゴンを取ろうとした竜介の手が、取っ手を掴んでいるユキの手と重なった。そのため、強引に、取っ手を掴む事ができなかった。

「これは、私が運んでいくわ。それより、艦長に頼まれた事、お願いね」

 ユキは、なぜか、嬉しそうだった。そう、あの時の笑顔と同じ......。竜介は、自分の焦った顔を見られまいと、一歩下がって歩いた。

 

 艦長室にいる間,ユキは、進の唇ばかり、気になっていた。

 進が正気に戻った時のくちづけは、果たして偶然だったのか、それとも、無意識だったのか、意識していたのか。生真面目な進は、決して、正直には答えてはくれないだろう。でも、それは、はっきりしなくてもいいのだ。何十年後の二人の思い出として残るだけなのだから。ユキの中で、あの温かさと感触は、はっきり刻まれていた。ユキは、誰も知らない秘密を、ひとり噛み締めていた。笑顔がもれているとは、知らず。

 その笑みをみた竜介は、また、美しいと意識してしまった。たぶん、進の事を考えていると、分っていても、その美しさは、半減する事はなかった。

 竜介は、エレベーターでは、天井を眺め、通路では、ユキの後ろを歩いて、何気ないそぶりを演じていた。しかし、高鳴る胸の鼓動は、ユキに聞こえてしまうのではないかと思う程、大きくなっていった。通路のベルトが流れる音のみが、静かに、二人の間に流れているだけだった。竜介は、この沈黙をどうにかしたい衝動にかられ、何を話したらいいのか、半ばパニックになっている頭で考えた。

 

「そ、そうだ、報告書は、副長たちが司令部に提出していましたよ。なんで、また......」

 竜介は、ユキがその事を進に言わなかったのか、不思議であった。

「艦長は、報告書が提出されている事を、知っているわ。」

 ワゴンの方向を変えるため、ユキが止まった。そこで、竜介は、振り向いたユキと目があった。一瞬、心臓が止まりそうになった。

「えっ、あっ、じゃ、じゃあ、どうしてなんですか?」

 驚きのあまり、どもってしまった竜介に向かって、ユキは、にっこり微笑みながら言った。

「あなたや、島君や、真田さんに、聞かせたいのよ」

「?」

 ユキは、食堂の方に向かって、ワゴンを押していった。竜介は、立ち止まって、ユキの言葉を繰り返した。

『僕や副長たちに聞かせたい?』

 

 

(48)

 竜介は、ひとり、進の報告書を読んだ。そこには、あの惑星---マンドレイク---の生物は、特殊な進化をしており、地球でいう植物の形態をしているものの方が、知的生命体であること、そして、彼等は、テレパシーのようなもので、相互の意思を交わしている事が書かれていた。動物の形態をしているものは、多少の知能はあるものの、植物たちに穏やかに支配されている。動物たちは、あの花粉によって、植物たちに癒され、植物たちの実や本体の一部を食べて生きている。植物たちもまた、必要なだけの動物を栄養として食している。

 それは、進の動植物に対する造けいの深さから、導かれた一つの説なのか、それとも、彼等の様子を内から観察した結果なのか、そこまで明確に記していなかったが、竜介は、あの星におりた一人として、進の話に納得していた。

 そして、自分の感情に、過剰に反応した彼等は、初めて出会う異星の生命体に、どうしたらいいのか戸惑い、彼等の方法で、自分の事を癒してくれた事が、書き綴られていた。

 

「で、どう思った?」

 報告書を渡した大介に、そう聞かれた時、竜介は、自分の感想を述べた。

「確か、地球に送った報告書には、危険な生命体として書かれてますよね。でも、もしかしたら、彼等は、地球人の事を理解してくれて、共存させてくれるかもしれません」

「でも、古代は、そんな事を望んで、これを書いたわけではない」

 志郎は、大介から受け取って、進の報告書を斜め読みをしながら答えた。

「じゃあ、なぜ?」

「『彼等が癒してくれた。』古代は、乗り越えれたんだ、きっと。ふっ、相変わらず......。素直じゃないな」

 志郎がぼそっと、つぶやき、報告書を大介に渡した。大介は、その報告書を、トラッシュボックスに入れた。

「あー、そんなー」

 細かく刻まれ、跡形もなく消えてしまう運命の報告書の事を思うと、竜介は、思わず声に出してしまった。 

「やっと、なんでおれたち二人が、副長かって、ことに気づいてくれたのかな?」

 志郎が、大介の方を向いて、つぶやいた。

「そう、思いましょう」

 大介は、そう言いながらボタンを押した。進の報告書は、塵のように細かく粉砕されていった。

 

(49)

 ルダは、揚羽武とともに、艦長室を訪ねた。

「ルダ王女をお連れしました」

 武は、となりに立つ、ルダをちらりと見て、中の進の反応を待った。

「どうぞ」

 進の許可がおりると、武はドアを開けた。そして、ルダに部屋に入るように勧めた。

 部屋には、進がベッドを起こした状態で、待っていた。

「こんな、格好で、すみません。ルダ王女。どうぞ、イスにお座り下さい」

 進は、ベッドの脇のイスを、ルダに勧めた。

「いいえ、そんなに、お気を使わないで下さい。古代艦長」

 ルダは、進に微笑むと、後ろの武を見た。武が『おすわりください』と言わんばかりに、手ぶりで、イスに座る事を勧めた。

 武のルダとのやり取りを見ていた進は、ホッとしていた。

 家族の事、ガルマン・ガミラスの事、そして自分の事......。武は、自分の悩みに抜け出せずにいた。それは、自分が解決しなければならない事なのだが、武が、抜け出せずにいるのを気づいていた進は、あえて、武にルダの護衛を任せた。いまだに、武の問題は解決していないようであったが、武の気持ちに少し余裕がでてきたように思えた。

 ルダは、二人の勧めを断わる事ができず、イスに座った。

 武は、ルダの座る動作に釘づけになっていた。ルダは、 少女の面影を残していたが、その物腰には、気品と、風格が感じられた。それは、彼女の立場上、身についたものなのであろう。武は、姿だけでなく、地球で出会った女性にはない、その美しい物腰に心奪われていた。それは、神々しいという対象ではなく、もっと別な、自分の中で特別な存在としての対象として。

 武は、ルダの柔らかな動作ずっと見続けたいという欲望を押さえ、一礼して、艦長室から出ていった。

 

「惑星探査の時、助言してくださったと、後から、知りました。お礼を言いたかったのですが、わざわざ来ていただく形になってしまいました。すみません」

 進から、まず話を切り出した。

「結局、私は何の役にも立ちませんでした」

 伏せめがちで、申し訳なさそうな表情をするルダに、進は再び、言葉をかけた。

「でも、あなたは、あなたの力を隠そうと思えば隠す事ができたのに、そうなさいませんでしたよ」

 ルダは、進の言葉にハッとした。確かに、今まで、ボラ−に捕まり、流刑の地ファンタムに送られる時には、自分の力を隠し通した。力を、自分の奥深い所に押し込め、心を閉ざして、何も出来ない振りをし続けた。確かに、進の言う通りであった。

「いいえ、それは、あなたの方こそです。古代艦長。デスラー総統の事を揚羽さんから、少し聞きました。あなた方は、私一人のために、ガルマン・ガミラスからも追われるようになったのです。私さえ、ヤマトにいなければ、デスラー総統とあなたは、友として、戦う事はなかったのに」

 進は、ルダの言葉に首を振った。

「今でも私にとって、彼は、大事な友です。ただ、彼と私の行く道がずいぶん隔たってしまいました。それは、あなたと出会う前から、気づいていたことです。私は、彼がいつか、私の事を理解してくれると信じています。力を過信している間、私達の求めている平和が来ない事を、彼ならいつか、気づいてくれる。そう信じています」

 ルダは、デスラーが、この青年に惹かれる理由が分かるような気がした。

「あなたのその意志の強さに、あの惑星の植物たちも、惹かれたのですね」

「いいえ、私は、そんな意志の強い人間ではありません。ルダ王女。私にも、いろいろな不安や悩みをたくさん持っています。ただ、ただ一つ、自分の中で、確かな、大切な『もの』があるのです。あの惑星の生き物たちは、その事を再確認させてくれました」

 晴々とした、自信の満ちた目で語る進を見て、ルダは、羨ましいと思った。

 いつも、シャルバートの女王として生きる事を求められ、自分を信じてくれる人々の思いに沿うように生きてきた。自分は本当に、たくさんいる信者たちに答える事ができるのだろうか。一人の人間として、自分にとって、本当に大切な物とは、何なのだろうか?皆を支えていくために、しっかり大地にはった根の部分を自分は持っているのだろうか?

「何か、御希望がおありでしたら、何なりと、おっしゃって下さい。私たちに何ができるか分かりませんが、できる限りことをしたいと思っています」

 その言葉がルダの心の中に波紋のように広がっていった。人は、自分が受けた優しさを他人に広げていく力を持っている。

「ありがとうございます。この艦に乗せて下さった事だけでも、とても感謝しています」

「いいえ、困った方を助けるのは、当たり前のことです。でも、本当に、自分を救えるのは、自分だけです」

 進は、優しい笑みを送った。

「そうですね」

 ルダもそう言って、笑みを返した。

 進の寝ているベッドの傍らの花を見て、ルダは、にっこりした。

「彼らは、余程あなたの事が、気になったのですね」

「ええ、やさしい、やさしい『ひと』たちです」

 

 進との会談を終え、ルダは、再び自分の部屋へ、武とともに、歩いていた。

『一人の人間として、大切なものが、自分にはあるのだろうか?』

 ルダの心にその疑問が、リフレインしていた。

 

(50) 

 進は、時間のほとんどを眠りに費やしていた。身体が心が、十分な休息を欲していたからであった。そして、その休息も終りが近づいていた。もう、あのエスカレーターでの別れの夢を見る事はなかった。ヤマトのエンジン音は、子守り歌のように、進に眠りを運んでいた。

 目をさますと、志郎が、ベッドの傍らにいた。進は、眠りが深かったせいか、自分が今どこで何をしているか、一瞬、気がつけずにいた。

「あ、ああ、真田さんでしたか、すみません。少し、ぼぉっとしてしまって」

 進でも、こんなに、気を許して寝ている事もあるのだと、志郎は、少し笑った。それは、自分達を、信頼してくれている証拠でもあった。

「すまんな。できる限り、早く回復してもらうため、寝ていて欲しかったんだが」

 落ち着きがなく、何か言いたげな志郎を進は不思議に思った。

「なにか?」

 志郎は、部屋の隅に立て掛けてあった物を、進の見えやすいベッドの側に運んできた。志郎は、簡単に覆われていた布を外し、中の『モノ』を進に見せた。

 進は、息を飲んだ。そして、少し恥ずかしそうに、様子を伺っている志郎の顔を見た。進と目があうと、志郎は、外した布を慌てて拾い、たたみだした。

「これがホントの原因だったんですね」

 進は、志郎が、こんな姿を自分に見せてくれた事が、嬉しかった。

「ああ」

 志郎は、進の反応を見て、ちょっと安心したようだった。

 進は、再び志郎が持ってきた『モノ』をジッと見つめた。志郎は、それが気になり、考えながら見ている進の目を覗き込んだ。

「真田さん」

 進は、顔を上げ、志郎と視線をあわせた。

「これ、食堂に飾って、みんなに見てもらいませんか?」

「これを?」

「ええ、だめですか?」

 志郎は、進の意外な提案に驚いた。進の顔は、何も迷ってはいなかった。

「艦長が、そう言うのなら」

 進の晴れやかな顔を見て、志郎は、安心して、答える事ができた。

 

「誕生日会、やりましょう」

「えっ?」

 志郎は、荷物を抱えて、艦長室を出ようとした時、突然かけられた進の言葉に驚いた。志郎は、驚きのあまり、脇に抱えた荷物を落としそうになった。

「サーシャのです。あの時、約束したんです。今度は、サーシャの誕生日会をしてあげるって」

「そうだな。澪が喜びそうだな」

 二人は、あの日の少女の笑顔を思い出した。

 

(51)

 進は、艦長室のイスに座り、天井のガラスを見上げた。

 艦長室の窓の外には、無数の星々が、その輝きを競っていた。自分の存在は、この宇宙に比べたら、塵以上の小さな存在であろう。それでも、その命は、限りある時間を全うするため、一所懸命生きている。進は、煌めく星、目には見えない星、一つ一つにそれぞれ棲む、あふれんばかりの多くの命を愛おしく感じた。 

 進は、ベッドから、起き上がり、上着を羽織った。ベッドの傍らには、白い花が、その様子を見守っているように、ひっそり、息づいていた。

 進は、急に振り返り、花瓶を両手で握りしめた。

「ありがとう。いつも側にいてくれて。もう、大丈夫だよ」

 

[さ よ う な ら] 

 進には、花が答えてくれたかのように、思えた。ただ、そう言って欲しかったのかもしれない。進は、あのマンドレイクの生き物たちが、ずっと、自分の側についてきてくれたと信じていた。そんな事、あり得ないと、他の人には言われるだろう。しかし、あの優しく、温かい気持ちを、いつまでも信じていたいと思った。

 

 トゥルルールーン。

 第一艦橋の扉が開き、イスに座っている者すべてが、一瞬、進の方を振り返った。進の席には、竜介が、そして、その横には、坂東平次が座っていた。ユキは、進の確かな歩みを見て、微笑んだ。

 進は、滅多に座らない艦長席に座った。

 志郎が、艦長席の進の方に体を向けた。

「艦長、やはり我々の航路は、何ものかに、トレースされている形跡があります。今回は、3回連続の小ワープを行います」

 志郎の言葉を聞いて、進は、うなずいた。その様子を見ていた大介は、ワープ準備を始める。

 進は、こんな風に、信頼できる仲間を後ろから見守るのも悪くはないと思った。いつも、皆の期待を背負って、戦闘班長の席に座っているのとは違う。この席にふさわしい艦長になろうと、気負い過ぎていたのかもしれない。

 

 艦長室のベッドの脇の花瓶の花が揺れた。

 パラ、パラッ

 花びらが、花瓶の置かれている棚に落ちていく。

 

「ルダ王女、ヤマトはワープ航法による航行になります。どうか、こちらのイスに、おすわりください」

 揚羽武は、窓の外の景色を眺めていたルダに、声を掛けた。

「もう、お別れですね」

 ルダは、窓の外に向かって、小さな声でつぶやいた。

「えっ?」

 武は、ルダがなんと言ったのか、聞き取れなかった。

「いいえ、何でもないのです。ただ......」

「ただ?」

「いいえ、なんでも」

 ルダは心の中で呟いた。

[さようなら、やさしい『ひと』たち] 

 

 

 ワープ前、食堂には、誰もいない。しかし、その入り口には、一枚の絵が架けられていた。

 満面の笑顔を浮かべた少女が描かれたその絵は、乗組員たちの航海中の疲れを癒してくれることだろう。白い花束を抱えた少女は、永遠に、そこに生きる人たちに微笑みかける。

 その絵の下に、小さく、タイトルが書かれていた。

『あなたに白い花束を』

 

 

 日に日に巨大化する太陽。人類は、すでに地上から地下都市に、その住処(すみか)を移動していた。

 惑星探査を続けるヤマトを、ボラ−連邦とガルマン・ガミラスの艦隊が追う。ヤマトは、新たな地球を見つける事ができるのであろうか?

 人類滅亡まであと73日。

 おわり

イラスト:IKUYOさま



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