「白い恋人達」
吐く息が白い。
母の故郷の北海道にやってきた大介は、道に迷ったらしくて、なかなか待ち合わせの場所に行くことができなかった。どんどん、裏道に迷い込んだらしくて、まわりに人が歩いておらず、道を聞くこともできない。雪も降り始め、だんだん暗くなってきた。
『和(かず)ちゃん、怒ってんだろうな』
待ち合わせの時間から、もう30分近く過ぎている。迎えに来ているはずのいとこの和実(かずみ)は、きっと怒っているに違いない。もしかしたら、この寒さに耐えかねて、帰ってしまったかもしれない。
『まいったな』
これが真っ暗闇の宇宙だったら、絶対迷うことがないのに、この真っ白の世界は、どうも苦手だった。
母が書いてくれた地図を、上着のポケットから取り出した。もう一度わかりやすい所に出て、地図通りに歩き始めるのが、こういうときの定石だろう。まずは、大通り・・・・・・
そう思って歩いていた大介は、また迷った。歩いてきた道を戻ってきたはずなのに、大通りに出れない。
『まずいな』
少し風が出て、雪が顔に突き刺さってきた。命のことも考えなければならなくなってきた。こういう危険が近づいてくると、何となくわかるようになってきたのは、今までのヤマトの航海のお陰だろうか。何とか、早めに広い通りに出なければならない。その反面、どうでもいいやと投げやりな自分もいる。
この旅行自体、乗り気ではなかった。先の航海の後、心身共に重傷だったこともあり、家の中でも気を使っていた。家族が腫れ物に触れるかのごとく、大介を扱う。地上勤務になったことも拍車がかかり、両親は、『大介のダメージは、仕事にも支障があるのか』と考えているようだ。
『まったく・・・・・』
手にもった土産の箱を頭の上に乗せ、雪を防いだ。
『ばあちゃんに好きな饅頭持っていけなんて』
こんな事で死んだら、ばあちゃんが悲しむだろう・・・・・大介は少し気を取り直し、歩き始めた。
『あそこの角、なんか見たことが・・・・・』
大介は、走り出した。
「はっ、はっ、はぁ」
建物の角にに手をつき、景色を眺めるが、そこは、大通りではなかった。
パッと灯りがともる。どうやら、一定の暗さになり、街路灯が点灯したようである。
「あっ」
大介は、雪の中に、見覚えある姿を見つけた。
『テレサっ』
体中光を発する女体が浮かび上がった。金色に光る髪、そして、ほっそりとした姿態・・・・・・
『まさか』
大介は、さっき『このまま雪の中で遭難しても・・・・・』と思ったことを恥じた。彼女にそんなことが知られたらきっと、嫌われてしまうだろう。雪吹雪く中、大介は、その輝く姿態に一歩一歩踏み出した。一気に近づくと消えてしまいそうな気がした。
「大介ちゃん」
その声の方を向くと、いとこの和実が立っていた。和実はいきなり走り寄ってきて、大介の頭やコートの肩の雪を払った。和実は、大介の持っていた紙をサッとさらった。
「何、これ。道がおかしいじゃない。伯母さんったら」
大介は、和実の言葉を聞いてない。
「大介ちゃんも、大介ちゃんよ。時間通りに来ないし、携帯電話を切っているし、会えないかと思っちゃったじゃないの」
大介の視線は、ひとつの方向をずっと見つめたままだった。
「どこに行くの?大介ちゃん」
大介は、さっきの光り輝く女体へと駆けていった。
「大介ちゃん?」
大介は、呆然とした。
そこにあったのは、氷でできた髪の長い女性の像だった。
「ああ、先週終わった雪祭りでの、氷の像のコンテストの残りね。今週は気温が低いから、溶けずに残っちゃったのよ」
大介は、手袋をはずし、像に触れた。指先が冷たい。
もう一度会いたいと願った大介の気持ちが、この像をテレサに見せたのだろうか。こうして冷静に見れば、ただの氷像である。
「大介ちゃん、おばあちゃんが昨日から楽しみにしていたよ。今日は、うんとおいしい鍋食べさすぞって」
大介は、和実に腕を引っ張られながら、何度もあの氷の像を振り返った。さっきは、確かに輝いて見えたはずだった。しかし、表面に雪がついてしまったからか、もう、輝いてはいない。ただの氷の像に戻っていた。
『永遠に、君と触れ合うことができないのか』
確かに見たと思ったのに。でも、それだけではやはり満足できない自分がいた。
『君は、そうやって、たびたび僕の目の前に、一瞬だけ現れるだけなのかい』
大介のため息が白い霞となる。
街の喧噪が聞こえてきた。大介は、やっと、明るい大通りに出ることができた。
end
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