SNOW DANCE 3 ぼくにできること
 

 兄との思い出は、年々薄れていく。兄の蹴ったボールは、どのくらい強かったとか、兄は、どのくらいの背丈があったかなどの些細なことは、ぼくが成長するに従って、わからなくなってしまった。

 しかし、今でも、鮮明に憶えているのは、あの雪の日のこと......

 

 白色彗星との戦闘のあと、兄は、ヤマトに乗って、地球に戻ってきた。よく憶えてないが、大きな怪我をしたらしくて、地球に着くと、すぐに集中治療室に運ばれていった。しかし、驚異的な回復力で、二日後には、一般の病棟に移ることができた。

 兄に会えることが嬉しくて、面会が許可されると、ぼくは、勇んで、兄の病室に駆けていった。

 しかし、そこで見たのは、全く無表情の兄だった。多少の記憶障害を残しているので、そっとしておいて欲しいというのが、担当医の話だった。母も、

「今は、見守ってあげましょう」

と、少しさみし気に言った。

 

 それでも、ぼくは、兄の力になりたかった。知っている限りのヤマトと白色彗星との話を、一所懸命、兄に話した。兄さんはいつも、

「そう......」

と、繰り返すだけだった。

 もう、兄の心は、戻ってこないんじゃないかと、とても心配になった。

 父も、

「少し、時間がかかりそうだな」

と、病室から出ると、ぼそっと言っていた。

 でも、ぼくは、何とか、前の兄に戻って欲しかった。

  

 それから、二十日ほどして、古代さんがやって来た。兄の友人で、宇宙戦士訓練学校の頃から家に遊びに来ていた人だ。

「すみませんが、二人っきりで、話がしたいのですが......」

 古代さんは、母に持っていた花束を手渡しながら、そう言った。

「どうぞ」

 母とぼくは、部屋から出た。

「島、すまない......」

 ドアの向こうから、そんな言葉がもれて聞こえた。

 それから、どのくらいの時間がたったのだろう、古代さんは、芳しくない表情で部屋から出て来た。

「すみません。私の為に部屋から追い出してしまって......」

「いいえ、大介は、きっと、あなたの話を一番聞きたかったのに違いないわ」

 白い花が活けられた花瓶を持っていた母は、疲れているはずなのに、にっこりして答えた。

「すみませんでした。ぼくが、彼の、島のことをもっと気にかけてあげれば......」

「あなたも、大変だったでしょう。生きて戻れただけでも、よかったと思っていますよ。この戦いで、どれだけの人が犠牲者になったか」

 古代さんの顔が急に曇った。母は、それに気づき話題を変えた。

「古代さん。また家にも遊びに来て下さいね。大介も、私たちも、待っています」

「ありがとうございます。では」

 ピシッと、背を伸ばし、軽く会釈をする古代さんを見て、母も、軽く頭を下げた。ぼくも、母に頭を押さえられて、頭を下げた。

 ぼくは、古代さんが二十歩遠ざかったのを確認すると、兄の部屋に飛び込んだ。

 兄は、ぼおっと、窓の外を見ていた。

「大介兄ちゃん......」

 その言葉に、初めて兄は、反応した。ぼくの方に振り向いてくれたのだ。

「兄ちゃん。次郎だよ」

 兄は、どうしたらいいのか、迷っていた。何を迷っていたのだろうか。

「次郎......」

 兄は、消えそうな程小さな声で、ぼくの名を呼んでくれた。それが、とても嬉しかった。

「次郎、古代は?」

 明らかに、兄の目は、昨日までと違っていた。

「古代さん?古代さんなら、さっき帰ったよ」

 兄は、ベッドから降りようとした。

「ダメだよ、兄ちゃん」

 ぼくのその声が聞こえたのか、母が、部屋に入って来た。

「大介、ダメよ。まだ、そこまで体力が回復してないわ」

 母は、兄を制止し、部屋の隅にあった車イスに座るように言った。

「次郎、あなたが押して行きなさい」

「えっ、ぼくが」

「早く、古代さんが行っちゃうわ」

 母は、兄が寒くないようにと、ガウンの上に用意していた上着まで着せた。

 ぼくは、兄を乗せて、走った。病院は走っちゃ行けないとわかっていたけれど、兄の願いを叶えてやりたかった。その時、ぼくにできることは、それだけだったから......。

 兄の顔は、後ろから見ることはできなかった。でも、玄関が近いのに、古代さんの姿を見つけることができなくて、ぼく以上、焦っていたのかもしれない。ぼくは、そのまま、玄関のドアを開けて、外へ出た。間に合って欲しい、ただそれだけだった。

「古代さーん!!」

 ぼくは、今まで生きていた中で、一番大きな声で叫んでいた。古代さんは、エアカーに乗ろうとしていた。

「古代さーん、待って下さーい!」

 もう、ダメかと思った、その時、古代さんは、振り向き、ぼくたちのことに気づくと、こっちに走って来た。

 全速で戻って来たのだろう。古代さんは、ぼくたちのそばに来た時、息が苦しくて、言葉が出せない程だった。

「ど、どうしたっ、んだい」

 はあはあ、肩で息をしながら、古代さんは、ぼくと兄の顔を交互に見た。

 兄が、そんな古代さんに話しかけた。

「俺に遠慮するな。絶対に」

「何を?」

「お前は、幸せになってもいいんだよ。古代」

「なんだ、そんなこと......」

「絶対に、俺に気を使うな」

 古代さんは、ニコリと微笑んだ。

「ああ、わかった。お前も、早く元気になれ。説教は、それからでも、遅くはないだろう」

「そうだな......」

 古代さんは、兄の言葉を聞くと、にっこり微笑んでうなずいた。

「じゃあ」

 古代さんは、軽く手を上げ、そのままエアカーの方へ戻っていった。兄は、瞬きもせずその後ろ姿を見送っていた。

 

 はらはらはら......

 白い物が上から舞い降りて来て、車椅子のグリップを握っているぼくの手の甲にとまった。すっと、消えるのを見て、ぼくは、それが雪だとわかった。

「兄ちゃん、部屋に戻るよ」

 兄の頬にも、雪がついていた。そして、身体の温かさで、解けていった。

 返事がなかったが、兄の身体のことを考えて、ぼくは、部屋に戻ろうと車椅子の方向を変えようとした。その時、兄の頬の水滴が雪ではないことに気づいた。

 兄の目からは、幾筋もの幾筋もの涙がこぼれ落ちていた。兄は、空を見上げ、そして、目を閉じた。 頬を撫でるように、雪は、兄に降っていた。兄は、何かを感じているように、じっと、身体を集中させていた。

 兄は、何を感じていたのだろうか、ぼくには、わからなかったし、今もわからない。

 それから、兄は、表面上、以前の兄に戻った。父も母も喜んだが、ぼくは知っていた。兄は、一人、空を眺めていることが多くなったことを。

 

 その後、兄は、ヤマトの中で死んでしまった。地球での葬儀の時、ぼくは、古代さんに叫んでしまった。

「どうして、兄さんを、生きて帰してくれなかったんですか」

 古代さんは、何も言ってはくれなかった。その言葉は、どんなに彼を傷つけてしまったのだろうか。古代さんだって、大事な友を失ったのだ。子どものぼくは、その時の古代さんの姿を見て、ちょっぴり言い過ぎてしまったと、思っただけで、自分のことで精一杯だった。父と母は、簡単な挨拶を済ますと、ぼくの腕を取って、古代さんから引き離すように、その場から去った。

 あれから、何年たったのだろうか。

 古代さんは、家には来なくなった。ただ、母から、兄のお墓に行くと、たびたび、白い花束が供えられていることを聞いたことはあった。

 もしかしたら、ぼくは、兄の背丈を超えてしまったかもしれない。明日、ぼくは、古代さんの元へ行く。彼の下で働くために。

 彼に謝りたい。そして、あの日、兄と何を話したか聞きたい。それが、今のぼくにできること......。

 

END

illustration by YUKIKOさま

 YUKIKOさんのHPへいく



押し入れTOP