手紙
ばさばさ……
緑深い森。ここは、特別森林地区。
木の陰から人影が飛び出す。同時に複数の銃の音が響いた。
だだだだだ……
「ヤマト側最後の一人が消えました」
探知機を見ていた太田健二郎が、隣の真田志郎に声をかけた。
「三連敗だな」
「艦長がいたら、何言われるか」
真田志郎の言葉に、南部康雄が答える。
「いなくても、後からこの状況を知ったら……」
進は、何度も地球防衛軍本部と日本アルプスのドッグの間を行き来していた。色々な打ち合わせ、または、交渉事を秘密裏にするため、時間と労力が無駄になるが、時間がある限り、自分の足を使うことにした。先日、急に退艦命令が出た揚羽武について、あれこれと手を尽くしてみたが、軍の抱えている事情は、進にどうにかできるものではなかった。
各班、発進準備の中、戦闘班は、白兵戦の演習を、地上戦を得意とする地上部隊と行っていた。20対20の白兵戦をドック周辺の森で行い、体についた発信機に擬似戦闘用の銃があたったり、素手でその発信機のスイッチを切られると、発信機から生命反応が消えたという情報が発せられ、その隊員は、戦闘から抜ける。戦闘員が0になった時点又は、各チームに一人ずつ設定した大将がやられた時点で終わりという、ごく簡単なルールの演習であった。武器は、本当の火気を使わずに行うので、肉体的には傷つくことは少ない。パルチザンとして、地上での戦闘に慣れている地上部隊は、単純なトラップや不意打ちを使い、ヤマト戦闘班チームを翻弄していた。ヤマト側は、一勝することなく、負け続けていた。
「あああ……」
加藤四郎は、ため息をついた。そして、頭を抱えて、座り込んだ。毎回フルに出ていた四郎は、大将ということもあって、常に狙われ、体も神経も、疲れ果てていた。しかし、反省会を開き、また、明日のメンバーを決め、作戦会議をしなくてはならない。
『こんなことなら、空飛んでいた方が楽なのになあ』
気を入れなおして、ふっと立ち上がろうと見上げると、すぐ横に、艦長の古代進が立っていたのに気づいた。
「あ、あ、艦長」
四郎は立ち上がろうとするが、足が滑ってうまく立ち上がれない。その四郎の腕を、進が引き上げ、四郎はどうにか立ち上がることができた。
「すみません」
進の目を見ないように、四郎は頭を下げた。
「疲れているようだな」
進の声は、やさしかった。四郎は、この連敗のことを聞かれたら、どうしようか、そればかりが気になって、言葉を捜していた。
「あの、艦長」
四郎は顔をあげて、進に話し始めた。先に話した方が、少しでも気が楽になるかもしれない。
「ん?」
四郎は頭が痛くなった。
「加藤、大丈夫か?」
そう進に言われながら、四郎は何を言われているのか分らなかった。
「だ、大丈夫です、艦長。このくらい……」
四郎の体はいつの間にか進に抱きかかえられ、目の前が暗くなっていった。
「過労じゃな。睡眠不足、神経も参っているみたいじゃな。立っているのも精一杯だったはずだ」
進は医務室のベッドで死んだようにぐっすり寝ている四郎の傍らで、佐渡酒造の治療をずっと見ていた。
「人に言えなかったのか......」
進はため息をついた。
「艦長、第一艦橋からです」
インターホンに連絡が入ってきたようだった。
「艦長。第3地上部隊の倉橋隊長から、明日の演習についての連絡が入ってますが」
太田健二郎の声が機械越しに聞こえた。
「わかった。今日と同じような内容で、明日もよろしく頼むと伝えてくれないか。それと、ここ三日間の演習の内容の記録を受け取ってもらえないか」
「わかりました」
進は、その声を聞き終わるか終わらないかのうちに、インターホンから離れた。加藤四郎が目を覚ましかけたからだ。
「艦長......」
「目が覚めたか」
進は静かに優しい声を掛けた。
「すみません」
口惜しいのか、四郎の目は潤んできた。
「お前一人に押し付けたからな。一人で背負い込むなよ」
「すみません」
進はあえて四郎から離れてた。
「明日は、俺が出る。お前は、しっかり寝ておけ。出航前まで、体調は、元に戻しておけよ」
「ハイ」
四郎は、進の笑顔に答えた。今まで進一人に頼りきっていたことを感じ、そして、何とかしなければと思った数日間。四郎は自分自身が強くならなくてはと思った。
『まだ、経験も少ないしな』
うまく力配分できない四郎を見て、進は任せっきりにしてしまったことを反省した。
「さあってと」
進は届けられた三日間のすべての演習の記録に目を通した。
「明日は、あなたが?」
森ユキは、進に紅茶を差し出した。
「ああ、加藤が頑張って来たのを無駄にしたくないからね」
進は差し出された紅茶を飲みながら、レポートを読み続けていた。
『やっぱり、性に合っているのかしら』
ユキは、うれしそうに読んでいる進を見て、そう思った。
「今日の演習は、私が大将で、南部砲術長と二人で攻めにいく。みんなは、副大将の安田について、自分たちの陣地を守るように」
それぞれに地図が配られ、陣地の周りに大体の位置が記入されていた。
「守っている者が全員、やられてしまったらどうしますか?」
進の隣には、上機嫌の南部康雄がいた。康雄は、進が答える前に答えた。
「やられることを考えるな。とにかく守れよ」
「南部は、やる気満々だったな」
島大介が、分散していく、隊員たちの発信機が発する点滅を見つめていた。
「爆弾やトラップのこと考えるのが好きですからね、南部は」
太田が時計を気にしだした。数字は、減っていき、0に近づいていく。
「3,2,1,0始まります」
「始まったか」
「古代も意地があるからな」
『無理をして欲しくない......』
元気に飛び出していった進を見て、やはり、進は体を動かしていた方が好きなのだと思った。
『かなり、欲求不満になっていたからなあ。書類や会議ばかりで......』
ユキは、スクリーンに映る緑深い森を見つめていた。
「南部、何とかできそうか」
進は、しゃがみこんで何かを作っている康雄の横に立って、不意の攻撃に備えていた。
「なんとか」
康雄は、腰のベルトに挟んだいくつかの道具を器用に使っていた。進は、感心しながら、こまごまと動く康雄の手を見ていた。
「今度の航海は、艦外に出させてくださいね」
作業を続けていた康雄が、手を動かしながら、進に話し掛けた。進が外に出ることが多かった今までの航海では、康雄は、その席を埋める為、必ず艦内にいる必要があった。しかし、進が艦長になったことで、進の艦外行動が減ることは、目に見えていた。
さっ
木の葉がかすかな音を立てて揺れた。
進は銃をぎゅっと握り締めた。
「南部……」
進の小さな呼び声で、康雄も、手に持っていた道具を腰に戻した。
がざざざざざ……
音と共に、人影が走り出す。二人は、二手に分かれ、息を潜める。人影は、誰かがいるという当てが外れて、周りを何度も振り返っていた。進と康雄は、わざと何もせず、やり過ごした。
やがて、男が動き出すと、先ほど、康雄がしゃがんでいた辺りに近づいた。
じゃらじゃらじゃらじゃら……
紙をこするような音がし、男は音の方向に銃を向け始めた。
『今だ』
何かが動き出し、銃を構えた男は、照準機から、周りの景色を伺った。
がさっがさっがさっがさっ
何かが、ゆっくり地面を這っていった。男は、音の方向に銃を向ける。
「あうっ」
男が不意に倒れた。倒れた男の首にぶら下がっていた発信機のボタンを押す。ボタンを押したのは、進だった。男が物音に集中していた時、進がゆっくり近づいていたのだった。
「じゃ、南部、続きは、頼むぞ」
直ぐ近くには敵はいないと判断し、進は康雄と別れた。
別れた康雄は、また、少し離れたところで座り込んだ。
『意外な一面だな』
外での活動もなかなかできると進は、感じた。この日を待ちわびていたのか、康雄の背中には、いくつかの『お宝』が押し込まれていた。その姿を見ていた進に、康雄はVサインを送った。
進は注意深く進んでいた。何しろ自分は、大将役である。ヤラレることがあったら、負けである。加藤四郎の、ここ数日の成果を見るため、それは、避けたい。他の隊員たちがどれだけ必死に守るのか、その様子を見てみたい。
そっと、木の陰からのぞき込む。向こうの大将の倉橋育男は、ずっと、スタートの地点にいるらしい。というのは、この3日間、一度も誰も見ていない。進は姿を見て、確信した。
『やはりな』
そこには、ごろりと昼寝をしている倉橋育男がいた。
周りには誰もいない。遠くで、康雄が仕掛けたトラップが起こした大きな音が聞こえた。
『行くか』
進は銃を構えた。
シュッ
しかし、当たらなかった。ほんの一瞬のずれで、体の向きが変わり、進の撃った模擬弾は外れた。
進は読まれていただけでなく、自分に位置まで知らせてしまったことを悟り、あたりを見渡した。倉橋の姿は見えない。死角に逃げたに違いない。向こうは地上戦のプロフェッショナルである。進は不自然な音を聞き分けるために、全神経を集中させた。
『しまった』
進が思うのが早いか、進の後ろから伸びてきた腕が進の首を絞めるのが早かったか。
進はわざと体の力を抜いて、後ろに倒れた。男は、さっと、身を引いた。進は、そのまま倒れた。
『うっ』
胸についている発信機に伸びた手を払い、進は横に転がり、そこで、体制を立て直して立ち上がった。
「古代艦長か」
倉橋育男が息を整えながら、進の名を呼んだ。進は身構えたまま、次の動きに控えていた。倉橋は、おもむろに胸の発信機をはずし、地面に置いた。
「やっと会えた」
『わざとなのか』
進は、倉橋の動きを見守った。
「別に何も裏はない。ただ古代艦長に会いたいと思っていた。今回の演習も、勝ち続けていれば、きっとあんたに会えると思っていた」
進は、身構えるのを止めた。その姿を見て、倉橋育男は足を組んで座り始めた。
「ありがとう。なかなか時間がないって聞いていたもんだから。森ユキさんに」
「ユキに?」
「ああ」
倉橋は暗黒星団帝国が地球に降りてきたとき、パルチザンの指揮をしていたという。そこでユキと知り合ったという。
「あんたの話も色々聞いていた。あんなべっぴんさんが、惚れた男はどんな奴かなって興味もあってな」
倉橋は腕をついて体をそらし、リラックスした体勢になった。その姿を見て、進も胸の発信機を地面に置いた。倉橋は進に座るように促した。進はそれに従った。倉橋は進が座るのを確認すると、また、口を開いた。
「それに」
倉橋がもったいぶって、言葉を止めた。
「それに?」
「ああ、それに、あの斎藤始もお前のことを、いい奴だと言っていた」
「斎藤が?」
進は、白色彗星の都市で最期を遂げた、空間騎兵隊の隊長の名をここで聞くとは、思わなかった。
「そう、斎藤は俺の同期でね」
倉橋が何かを思い出したのか、にやりとした。
「斎藤が、あいつらしくなく、手紙を俺に残していったんだ」
進は何も言わず聞いていた。
「手紙なんてもん、書くような奴じゃなかったのにな。あいつが死んだ時に、あいつの遺品のなかにあってね。俺のもとに届いたんだ」
涙もろいのか、話しながら昔のことを思い出したのか、倉橋は指で目じりをこすった。
「あいつ、『いい奴にめぐり合えた。次飲みに行く時に紹介するぜ』ってな。ただ、それだけだった。ホントは、もっと何かを書きたかったのか、何度も字が消されていてな。時間がなかったのか、そのままになっていた。あとで気づいて、消された字の跡を鉛筆でこすったら、古代艦長、あんたの名前が出てきてね。うまい言葉が見つからなくて、消してしまったんだな。あんたの名前まで。あいつらしい」
「そう、か…..」
「それで、あんたに会ってみたかった」
そこで、倉橋はポケットから小さな紙と小さな水筒を取り出した。倉橋はしわがいくつか入った小さな紙を広げて、進に渡した。その紙には、
<倉橋育男殿 いい奴にめぐり合えた。次飲み行く時に紹介するぜ。・・・・・・>
と書かれていた。
続いている部分は、何度も消しゴムのかけた跡と、倉橋が鉛筆でこすったのか、黒く塗りつぶされていた。
<ヤマト・・・古代という・・・・・お前・・・・・・>
強く書いた部分だけが、うっすらと、跡として残っていた。
『斎藤……』
進は目を閉じ、斎藤始の最後の姿を思い出した。
「兄貴よ、いい艦長になってくれ」
倉橋は水筒の小さなフタを器用に回し、開けると、進に差し出した。その時、これがただの飲み物ではないことを知った。
二人とも、勤務中の身である。酒を飲むべきではないことは、もちろんわかっている。倉橋は、あえて進に、選択権を与えた。
「飲むか」
進は受け取り、口に持っていった。匂いを嗅いだだけで、強い酒だとわかった。それでも進は、一口含んだ。
「くっ、ん」
むせるのだが、必死にこらえた。
「ハハハ、少しきつかったかい。斎藤も俺もなかなか酔えなくてね。つい、強い酒が好きになっちまって」
進は、唇を手でぬぐった。そして、持っていた水筒を、倉橋に返した。
「良かった、あんたに飲んでもらって」
倉橋は、ごくんと一口飲むと、残りを地面にぼたぼたと流した。
「これで、斎藤も地球に帰って来られたぜ」
進がさっき取ったフタを渡した。倉橋は受け取ると、きゅっとかぶせた。二人は、しばし目を閉じた。
「古代艦長」
声の聞こえる方向に目をやると、そこに森ユキが立っていた。
「古代艦長、お仕事中すみません。さっき、司令本部から連絡が入って。揚羽隊員が戻って来るそうです」
「わかった。それにしても、ユキ、ここがよくわかったな」
「艦長の携帯している通信機の位置で場所を確認したのよ。倉橋隊長、演習は?」
倉橋が手を揚げた。
「ここは、休戦だよ、ユキさん。どうだい、今回の戦況は?」
倉橋と進の、すっかりリラックスをしている姿を見て、ユキは、倉橋が思いを遂げたことを知った。
「両軍とも、後数名だったわ。後は、大将次第ね」
進は、立ち上がった。ゆっくりしている時間が、今の進にはない。
「倉橋隊長、ヤマトの乗組員のための演習、ありがとうございます」
倉橋も、すっと立ち上がる。
「いや、こっちも、いい経験をさせてもらった。願いもかなったし」
倉橋は、手を差し出した。
「ヤマトの健闘を祈ります。斎藤の最期の居場所だったんだ、無くさないで欲しい」
進は頷き、倉橋の手を握り締めた。
「倉橋隊長が古代君と会いたがっていたの、そういう理由だったのね」
「ああ」
「倉橋隊長、今回の演習が始まってから、あなたのことで何度も問い合わせしてきたの。でも、私用だから、忙しいあなたに気を使わせたくないから、言わないでって」
進は、斉藤始が倉橋に宛てた手紙を思い出していた。
「ところで、古代君は?」
「ん?」
「古代君がもらった、斎藤君からの手紙のことを話したの?」
進の脳裏には、同じように不器用な字で書きなぐられていた手紙があった。それは、斉藤の遺品の中にあって、進に届けられたものだった。
<11番惑星に立ち寄ってくれてありがとう。今度は、地球にいる、生きている俺のダチに会わせるよ>
「いや」
「なぜ?」
「口惜しいじゃないか、俺だけしか斎藤から手紙をもらってないと思ってたから」
ユキは、進の顔が、そんなに口惜しい顔をしているとは思えなかった。
進はヤマトに向かって急ぎ足で歩き始めた。ユキも進に遅れまいと、小走りになった。
なぜ、この話を書いたのか、知りたい方はこちらを読んでね。
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