眠りに入る子ども(トロイメライ2)

  

   
2220年(復活篇直後)ヤマト艦内
 
「艦長、お忙しいところ、すみません」
 艦長室の進の元に入った通信は、医務室からだった。
「美晴先生、何か?」
 島次郎との打ち合わせが終わったばかりの進は、目の前の次郎に目で合図を送り、次郎に退出を促した。
「お嬢さんのことですが」
「美雪のこと? わかりました、今から医務室に伺います」
「ありがとうございます。そうしていただくと、こちらも助かります」
 美晴の声を聞き終えると、進は、部屋を出て行こうとしている次郎に声をかけた。
「すまなかったな、次郎くん」
「いえ、いいんです。いろいろお話を伺うことができたので」
 進は、次郎の横をすり抜け、上着を羽織ながら、かけていった。
(ホントに変わってないな。いいパパぶりは)
 次郎は、小学生の美雪と遊ぶ進の姿を思い出していた。地球防衛軍に入りたての次郎が、兄の墓参りに行ったとき、墓参りが済んだであろう親子とすれ違った。普段着の進がじゃれている娘を追いかけていた。(ああ……)次郎が思った瞬間、向こうも気がついたのか、声をかけてきた。「次郎…くん?」そうして、次郎は、久々に進と再会をした……

「艦長、すみません」
 美晴に案内されたベッドの上に、泣きじゃくっている美雪がいた。
「うなされながら寝ていたので、多分、怖い夢を見たと思います」
「美晴先生、ありがとうございます。墜落事故のことを思い出したのでしょう」
 進は美雪のベッドに座り、美雪の頭をそっとなでた。
「先生、美雪は私の部屋に連れていきます」
「どうぞ、艦長。艦長の側が一番かと思います」
 うなづくと進は、ベッドのシーツごと美雪を抱き上げた。
「ありがとうございます、美晴先生」
 美晴は、進を見送った。
「鬼神のごとくに戦う男も、人の親か……」
 美晴はゴーグルをはずすと、髪を大きく揺らした。
「さあ、こちらももう一仕事しますか」
 慣れた手つきで髪を上げると、白衣のポケットに入れていたピンで留めた。

「お父さん……」
 一言もしゃべらずに、涙を流していた美雪は、進の胸の中で、小さな声を出した。
「うん?」
 進は立ち止まり、腕の中の美雪を見た。
「お父さん、私……」
「ん?」
「展望室に行きたい……」
「展望室?」
「うん」
 進は腕を一旦緩めるようにして、抱きなおした。美雪の顔を確認すると、進は、微笑んだ。
「いいよ」
 進の歩幅が大きくなったのか、美雪の体は、進の足が前にでるたび揺れた。
(ああ)
 美雪は、小さい頃に抱いてくれた父を思い出していた。大きく揺さぶって、わざと落としそうにしたり、上へほうり投げたり。
 トゥトィーン
 後部展望室のドアが開くと、進は、ゆっくりと進んでいった。美雪は体を伸ばし、進の腕から飛び降りるように下りた。
 美雪をくるんでいたシーツを丸めながら、進は美雪の後姿を追った。窓の手前で、くるりと振り返る美雪の姿を、進は思い出と重ねていた。
「パパとママの青春の思い出……だね」
 美雪の言葉に、進はうなづいた。
「そう、パパとママの青春の思い出……お母さんから聞いた?」
「うん。それから、お母さん、ヤマトに乗っている時のお父さんは、航海のことばっかり考えていて、ほとんど二人のことは考えてくれなかったって言ってた」
 美雪はくすりと笑った。
「ホント、悪い恋人だった。そうだね、仕事のことで頭が一杯だった」
 進と美雪は、窓を背にして、ドアの方を見ながら並んでいた。
「でもね、そういうお父さんは、とてもカッコよかったのよって」
「そう……」
「お父さんは?」
 進は、美雪の顔を見た。
「お父さんは、その時、お母さんのこと、どう思っていたの?」
「とっても好きだったよ。でも、お母さんに『パパとママの青春の思い出』って言われた意味がわからないくらい幼なかった。そして、お母さんのことが、自分にとってどんなに大切な人だったかって気づいたのは、随分後だった」
 美雪のまつげが微かな上下を繰り返していた。
「よかった。お母さん、両思いだったんだね」
 美雪の笑みがつぼみが開くように進に向けられると、進も笑みを返した。
「さあ、艦長室へ行こうか」
「うん」

 進は艦長室で、報告書や記録をチェックしながら、今後の航海を考えた。
(わからないことばかりだな)
 ため息をつくと、また、別の報告書を取り出し、チェックを入れていく。ふと後ろを振り向くと、ベッドの布団のすきまから、美雪が進を見ていた。
「なんだ、眠れないのか」
 進は、頭の辺りを布団の上からなでた。
(しかたがない)
 進は、ベッドに腰掛け、靴を脱ぐと、美雪の横に寝転がった。
「さあ、寝ようか」
 数分後、美雪の耳に進の寝息が届いた。
「お父さん?」
 美雪は布団から体を出すと、進は、すでに寝入っていた。進のすうすうと規則正しくたてている呼吸の音が、美雪には心地よかった。
「お休み、お父さん」
 美雪は、自分にかかっていた布団を進の体にもかけ、より進の体の近くに体を潜らせた。
 
 そして、二人の寝息が、艦長室に静かに静かに流れていった。


 おわり




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