トロイメライ

  

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西暦2220年、地球……

「次郎君、救命艇の予想の飛行ルートを教えてくれないか」
 進はフィールドパークからの救命艇が行方不明である話を聞き、次郎にたずねた。
「わかりました」
 ヤマトからは救命艇が出、フィールドパーク付近を探索した。
「落下した機体が見つかりました」
 通信機からの声に、次郎は、進の顔を見たが、進は、パネルを見つめたままだった。
 次郎は救命艇へ通信を送った。
「着陸して生存者を探せ」
「了解」
 画面には、白衣を着たフィールドパークの職員たちの姿が映っている。
「木がいいクッションになってくれたようですね」
 次郎の言葉に進は、近くのマイクにスイッチを入れ、医務室の佐々木美晴を呼んだ。
「美晴先生、けが人が多数いるようです。準備をお願いします」
「わかりました、艦長」
 美晴は、さっと髪を束ねて留めると、新しい白衣を出し、着替えた。
「さっ、戦闘開始だ」

 救助が始まると、やがて、第一艦橋のパネルには、次々と生存者の映像と名前が出てくる。
 そして、『古代美雪』の名前が出たときは、第一艦橋が湧き上がった。
「古代艦長、お嬢さんの美雪さんが」
 救命艇から、悲壮な声で通信が入る。
「救命艇に載せていたライオンの子どもが行方不明だから探しに行くとおっしゃって」
 進の唇が小さく動いたのを次郎は見逃さなかった。
「けが人の収容は?」
 進が言葉を発した。
「ほぼ完了しました」
「では、至急ヤマトに帰還せよ」
「しかし、お嬢さんが」
「けが人の治療が優先だ。すぐに発進して、ヤマトに戻れ」
 「ああ、困ります」と通信担当の男は、別方向に向かって叫んでいた。
「お父さん……お父さん、地球を助けて。佐渡先生もアナライザーも残るって言うの。私も残る……だって、せっかく動物たちが生きていけるように地球の自然が戻ってきたじゃない。お父さんだって、お父さんだって、そんな地球が」
 マイクに向かって進に話してきたのは進の娘の美雪だった。
「お母さんは言っていたのよ。お父さんなら、最後まで地球を守ることをあきらめないって」
 進は手をぎゅっと握り締めていた。次郎は、何も言わない進の気持ちがわかるような気がした。確かに、何度も死線を超え、仲間の死も乗り越えてきた進が、どんなにか悔しいか。
(古代さん、言わないと……)
 次郎の言葉は届かず、美雪は画面から立ち去ってしまった。艇内で、ひともんちゃくあったようで、通信はしばらく途切れていたが、別の男が通信に出た。
「艦長、すみません。お嬢さんを止めることができませんでした」
 美雪は外へ出て行ってしまったらしかった。
「かまうな。至急、救命艇はヤマトへ戻るように」
 進はそれだけ言い終えると、第一艦橋から出て行ってしまった。
 その様子を見ていた第一艦橋のメンバーはさすがにそれぞれ思うところがあったのか、口を閉ざしたままだったが、徳川太助が口火を切った。
「くやしいな」
 次郎も進の出て行った扉を見ながら、太助に相槌を打った。
「そうですね。決断をして、一人で背負って。17年前の繰り返しですね」
「ああ」

 上条了はコスモゼロの前に来ていた。そして、コスモゼロを整備しだした。
(まだ、俺たちはあなたの力にはなれないか)
 小林淳の姿を、やはり格納庫に見たとき、自分の同じ思いの淳に気づいた。このヤマトでの戦闘で、彼こそが古代進の若い時に一番近いのではないかと、上条了は、小林淳の活躍を焦燥の想いを持ちながら見ていた。
「上条、そんなことしなくても、コスモゼロ、いつでも飛べるように、整備係に頼んでおいたから、大丈夫だぞ」
「ありがとう」
 しかし、二人は進から、戦闘配置のまま待機を言い渡され、第一艦橋に戻る。そして、二人は、第一艦橋で、軽やかに飛び跳ねるように飛び立ったコスモゼロを見送った。
「すごいな、艦長は」
「ああ」
「俺たちと同じくらいの歳から、ヤマトや地球の運命を背負っていたんだから」
 
「レオン、ダメよ。そんなところに入っちゃ」
 美雪は、崩れた機体の間に入って、雨をしのいでいるライオンの子どものレオンを連れ戻そうと隙間に入った。
「レオン、心配ないよ」
 美雪が抱きかかえようとしたとき、美雪の腕を蹴って、駆け出してしまった。
「レオン、待って」
 母親代わりに世話をしてきたつもりだった。それでも、レオンにとっては、ありがた迷惑だったのかもしれない。
(そうよね。ホントは仲間の所に行きたいよね)
 ガサ
 重なりあった機体の破片が、何かの弾みで美雪の体の上に覆いかぶさってきた。
(バチがあたっちゃったね。ゴメン、レオン)
 ずっと雨に打たれていた美雪の体は次第に冷たくなっていった。
「お父さん……」
 思わず出てしまった言葉。美雪は自分の頬に涙が流れている事に気づいた。
(何かあると、お父さんがいつも助けにきてくれたっけ)
 仕事で忙しかったはずだった。そんなことを微塵に感じることなく、美雪は育った。だが、この三年間、父のいない暮らしがどんなにかさみしかったか。母に愚痴を言っていたのは美雪だった。
 しかし、母は、ホントは父をとても信頼して待っていたのではないか。不安だった美雪の様子を母は心配そうに見守ってくれていたのではないのか。
(お母さん。お母さんを悲しませていたのは私だったんだ。お父さんのこと嫌いって平気でお母さんの前で言っていた。お母さんはそんな私を気にしていたんだ)
 
 空から、雨音に混ざって、別の音が響いてくる。人工的な音。
 そして、美雪の目の前に父が現れた。
(お父さん)

 バサッ
 美雪の背中に進のコートがかぶる。
 お母さんを一緒に探しに行こうという父の言葉に美雪は初めてうなづいた。
 「一緒に」、そう言って欲しかったのだと美雪は気づいた。
「救助終了。今からヤマトに戻る」
 進は、そう通信機に向かって話すとぼんやりしていた美雪を抱えた。
(ああ、そうだ)
 やさしい父は、時として、とてもさみしげな目をしていた。そんな時、進はいつも無言だった。
 美雪は、進の腕の中で、進が周りの景色を地面を、木々を、空を見ているのに気がついた。
(お父さんは誰よりも、森ができて動物たちが森で暮らすことを喜んでいた)
 進は美雪がフィールドパークであった話を、最後まで聞いてくれていた。そして、いつもやさしい目でうなづいてくれた。
「一人であがれるか?」
 美雪は、進の指示に従い、後部の座席に体を入れた。
 コスモゼロの発進に、森に住む鳥たちが騒ぎ、飛び立った。美雪は思わず声を上げた。
「鳥、昔よりたくさん住んでいるんだ」
「ああ。さっき、野うさぎの遺体もあった。機体が落ちた時に巻き込まれたのだろう、かわいそうに」
 森は、いつの間にか、たくさんの動物が生活しつつあった。
(レオン、あなたは自然に帰ることができて、満足?)
 そして、機体は、ヤマトへと向かった。後ろは青い宝石のような地球。目の前には、一隻の艦(ふね)が美雪たちを待ち構えているかのように空間にあった。
(あれがヤマト。お父さんの艦(ふね)……) 
 アクエリアス氷塊の中に沈んでいると美雪が聞いていた艦(ふね)……
 進が語ることがなかったヤマト。二人の乗った機体はヤマトの中に吸い込まれていった。
「美晴先生、娘をお願いします。重い物にはさまれていました。骨折などはなさそうですが、検査だけお願いします」
 進はそう言って、何もなかったかのように第一艦橋へ向かって、かけていく。進にはするべき仕事がある。
(お父さん、いつも仕事を放って、私を助けに来てくれた)

 第一艦橋では、進の部下たちが待っていた。
「艦長、どんなことがあっても、俺たち、艦長を一人しませんからね」
 上条了が進に向かっていうと、他のメンバーたちも、うなずく。
 進は目を閉じ、小さく微笑んだ。ホンの少し。第一艦橋の大型パネルには、ヤマトの後ろに控えている地球が映し出されていた。
(地球が助かる道はもう本当にないのか?)
 地球に刻々と迫ってきているカスケードブラックホールのある前方を進は見据えていた。

 

おわり


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