島大介は、隣の親友を、必要以上に気にしていたことをその時知った。
恋人と別れ、意気消沈している友、古代進を、今まで以上に、理解できるという、変な自信があった。
どんな風な声をかけ、どんな会話をすればいいのか、まわりの人々は、戸惑っていた。『気持ちがわかる......』
そのことは、なぜか、埋めがたかった二人の距離を、すんなり埋めてくれたような気がした。
しかし、その<喜び>も、つかの間だった。進のまわりに、一人の少女が、いつもくっついていることに、気がついた。それは、誰よりも、進のことを見ていたから、わかったことだった。
食事の時、進は、食欲がないのだが、ずいぶん無理をして、詰め込んでいた。それでも、何か思い出すのか、手の動きが止まり、片付けようとする。すかさず、例の少女が近づき、何か言っている。きっと、食事を食べるようにとでも、言っているに違いない。
大介は、次第に、イライラしてきた。その役は、自分がやるはずなのに......。
時折、進が見せる笑みが、また、大介の心を逆なでる。なぜ、自分の恋人以外に、その笑みを向けるのか......。
大介のその思いは、ひょんなことをきっかけに、吹き出した。
ある日、大介が、一人、第一艦橋にいる時だった。突然、開いたドアから、少女が部屋を覗き込むように入ってきた。
「なんだ、澪か」
その少女の姿を見て、大介は、声をかけた。声をかけなければ、そのまま行ってしまうように思えた。
「古代ならいないよ」
どうやら、確信をついたのか、少女は、目をぱちくりさせた。
「すみません、島航海長。お仕事を邪魔してしまって」
形ばかりの返事をして、少女が立ち去ろうとした時、大介は、思っていることを言ってしまった。
「あまり、古代のそばにいないでくれないか」
少女は、立ち止まって、振り向いたが、何も反論しなかった。
「君は、余りにもユキに、古代の恋人に似ている。君がそばにいると、あいつに、彼女を思い出させる」
少女はジッと、大介の目を見ていた。
「君がいくら古代を好きになっても、あいつは、ユキを忘れられない。あいつは、今でも、どこかで、ユキが生きていると信じている」
大介の言葉のあと、機械の音だけが小さく艦橋に響いた。二人とも、時間が止まってしまったように、動かなかった。というより、動けなかった。
「好きになっては、いけませんか?」
少女が、小さい声で答えた。小さくて、少し震えていたような弱々しい声だったが、大介は、彼女の言葉に反論できなかった。
「失礼します」
少女は、きびすを返し、走り去ってしまった。
大介は、少女に酷なことを言ってしまったと思ったが、一度出してしまった言葉は、もう戻らない。
大介は、知っていた。親友は、少女などには、目を向けてなかった。ただ、恋人に似た容姿だけを追いかけていたのだということを。
地球への帰還途中、大介は、イメージルームで海を見た。『大きな波を見たい』そうリクエストして。
絵に書いたような景色。カモメが飛んでいる。ふいに、大きな波がきた。大介は、イメージルームだと気づかなくて、飛沫がかからないように、手で顔を覆った。しかし、それは、映像だけで、濡れることはなかった。『これは、ただの映像なのだ』
そう、心に強く思い、二度めの波を待った。大介の決意も空しく、あの大きな波は、何分待っても来なかった。そのうち、大介は、待っているだけの自分が、侘びしく思えた。
目を閉じて、思い出す。愛しい人の面影を。けれども、どんなに鮮明に思い出せても、映像の波と同じで、想い人に触れることはできない。
『それでも、生きていかなくてはならない。彼女がそう望んだから....』
大介は、部屋から出ていく時、映像を操作していた男に声をかけた。
「大した波じゃなかった」
大介の言葉を聞いて、男は、目をぱっと輝かせた。
「大きな波--- BIG WAVE---より、大きな波があるんです。TSUNAMIって言うのだそうですよ」
「TSUNAMI?」
「ええ、澪さんが教えてくれたんです。彼女は生前、よく、航海長が見た波の映像を見ていたんですよ。ええ、長い時間見てました。一度大きな波が来ると、ついつい、次の大きな波が来るのを待ってしまうのだそうです。でも、なかなか二度めのTSUNAMIは、来ないらしいです」
少女は、自分の恋は、結ばれぬものだと知っていたのだ。そして、少女は、滅多に来ない二度めのTSUNAMIを待っていた。
本当は、少女に、自分を見てもらいたかったのではないかと、大介は思った。彼女なら、自分の気持ちをわかってくれたかもしれない。でも、それは、もう、かなわぬ思いであった。
END
illustration by YUKIKOさま
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