雪の華

 何度目のクリスマスが街にやってきました。
 一人の青年が、一つの決心をしました。
 ずっと、心のどこかに思っていたのかもしれません。けれど、『冬』というものが、とても、寒く思えたことが、思い立った原因かもしれません。
 そうではなくて、もう、ずっと前から、密かに計画していたのかもしれません。



「あら、雪だわ」

「本当だ」

 男が答えると、女は、そっと手を差し出しました。すると、一つの雪が休む場所を見つけたように、そっと舞い降りてきました。

「きれいね」

「ああ、小さいけれど、一つ一つ、華のような形の結晶をしているんだ」

 手のひらに降りた、ひとひらの雪は、手の温かさのせいでしょう、すうっと溶けていきました。
 しかし、雪は、次から次へと、女の手のひらに、ふうわりと舞い降りてくるのです。

「僕達の命も、宇宙から見れば、この雪のようにはかないものだろうね」
 
 そう言う男の指先にも、雪が舞い降りました。男は指先を小さく振り、今さっき舞い降りた雪を払いました。振り落とされた雪は、そのまま、地面へ向かって、ゆっくり、ゆっくり、降りていきました。けれども、降り始めの雪は、地面にたどり着くと、地面に吸い込まれていくように、すわっと消えていってしまいました。

「確かに、宇宙から見れば、小さいのかもしれない。人間だって、小さな結晶の塊なのかもしれない。一つ一つは、はかなく、小さなものだけど、たくさん集まれば……」
「危ない」
 女の肩が、反対方向に歩いている老人の肩にぶつかりました。男は、とっさに手を伸ばし、女の肩を抱きかかえました。

「これは、これは、すみません」
 老人は、頭の帽子を押さえながら、深々と頭を下げました。

「いえ、私たちも、話に夢中になっていましたから」

 老人は、同じくらいの年齢の女性を伴っていました。その女性も、老人と同じくらい深々と頭を下げていました。やがて、頭をもたげると、若い二人の様子を交互に見ました。
「よかったわ。お腹の赤ちゃんにもしものことがあったら、大変ですからね」

 「本当にすみません」
 若い二人は、頭をぺこりと下げました。

 その姿を見ていた老夫婦は、にこりと微笑みました。

「こちらこそ。これから大変ですね。でも、楽しい日々がきますよ……赤ちゃんが来ると」
 女のお腹を見ていた老女の目元に、幾すじものしわが広がっていきました。

 男と女は、顔を見合わせました。

「ああ、そう言えば、あの頃は、いろいろあったな」

「そうですよ。本当に大変でしたけどね」

「あの時は、驚いたなほら、あの時だ」

 老夫婦は、お互い同じ想い出を思い出しているようでした。若い男女には、それが何なのかわかりませんが、ただ、それが、老夫婦にとって、とてもいい想い出だったことはわかりました。


「すみませんな、ついつい、昔を思い出してしまって……」
 老人は、自分の帽子で頭を撫でながら、照れ笑いをしていました。

「素敵な想い出みたいですね」
 
「ええ、それは、それは」
 老女の目元のしわは、一段と深く刻まれていきました。

 男と女は、また、顔を見合わせました。

「では、メリークリスマス。今年のクリスマスには、素敵なプレゼントが来ますように」
 老夫婦は、二人に軽く会釈をすると、ゆっくり歩いていきました。

 若い二人は、老夫婦が楽しく話をしながら歩いていく様を、しばらく見ていました。
 
「帰りましょうか」

 男は、そっと、女の肩を抱きかかえました。
「帰ろう。家へ」





「本当にいいの?」
 男が書いた紙を女は受け取りました。
「ああ、この子のために……」


 窓の外には、雪が降っていました。まるで、やむことを知らないように、次から次へと降っています。そして、地面には、ほんの少し、白い雪が残っていました。

「そうだ、昔は、たくさんの雪が降ると、雪の重さで、家がつぶれちゃうこともあったんだって」
 男は、窓辺に立って、窓の外の雪を見ながら言いました。
「一つ一つは、小さくて、すぐに溶けちゃう雪だけど、たくさんの雪が降り積もると重たいんだ」

「まるで、想い出みたい」
 
 男は、何かを言おうとしましたが、言葉を飲み込みました。
 
「全然はかなくないね」
 
「そうだね」

 二人は寄り添って、やがて降り積もっていく雪たちを、眺めていました。
おわり 
(2003.11.27書き上げました)
イラストBYよっしーさま


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