第1話   儀式から再び幕は上がり


 

 宇宙世紀0085年11月21日。ティターンズは宇宙でこれまで問題となっていた一連の反連邦活動の取締りに乗り出した。各地に潜伏するエゥーゴ勢力を狩りだし、弾圧し始めたのだ。グリプスの工廠が本格稼動を開始した事が大きい。ティターンズの主力艦であるサレキサンドリア級重巡洋艦は少しづつ数が揃えられており、旧式化しているサラミス級巡洋艦に変わる戦力として徐々に配備が進んでいる。
 更にはアナハイムが新型MSのマラサイの供給を始めた事も大きかった。これを受け取ったティターンズはその性能に狂喜し、さっそくグリプス工廠や来栖川重工などの企業でライセンス生産を行わせている。ガンダムマークUは高性能だがコストが高いので、マラサイは丁度いい主力量産機となったのだ。
 このように質で勝る事になったティターンズは連邦内部で再び力を増しだしていたのだ。秋子やリビックを始めとする穏健派と激しい抗争を繰り返しながらもじわじわと勢力を広げてきたティターンズは、その力をもっていよいよエゥーゴを、しいてはその背後にいると思われる秋子やリビック、コーウェンらを失脚させる為に。

 

 だが、これまではさほど大規模な戦闘は行なわれなかった。そう、エゥーゴが本格的な戦闘を仕掛けてこなかった為、纏まった被害が出ていなかったのだ。その状態が破られたのが3日前である。サイド2のデプリ帯を航行していた連邦のサラミス改級巡洋艦1隻が消息を絶ったたのだ。ただの事故の可能性もあったが、それでも一応の可能性を考慮してティターンズの艦隊が派遣される事になった。
 そして、彼らは武装した小集団を発見する事になる。

 今も再建中のサイド2で、エゥーゴに属すると思われる部隊とティターンズの部隊が激突している。旧式の輸送艦を改造したらしい母艦を中心に5機のMSを出してティターンズと戦っているが、そのMSはいずれもファマス戦役や一年戦争で活躍していたという旧式機で、ガンダムマークUとマラサイで武装するティターンズMS隊に対抗出来るような戦力ではなかった。
 ティターンズ側はアレキサンドリア級重巡洋艦アル・ギザとサラミス改級巡洋艦2隻が出動しており、MS9機を繰り出してエゥーゴを叩いていた。アル・ギザ艦長の長瀬源三郎中佐は、敵対しているエゥーゴ部隊にいささか哀れみと疑念を込めた眼差しを向けていた。

「おいおい、あれはザクにジムコマンドじゃないか。多少改良してあるみたいだが、あんな物が我々相手に役に立つと思ってるのか?」
「戦いたくてもそれなりの機体が無いのでしょう」
「・・・・・・エゥーゴがマークUに匹敵する高性能機を投入してきてるって話、聞いてないの、柳川君?」

 長瀬は試すような光を眼に宿して柳川を見る。この男とは長い付き合いで、長瀬はこの使いこなし難い男を使いこなせる数少ない男である。柳川も長瀬には頭が上がらず、こうして部下としてついているのだ。

「それに、君も出なくて良いの?」
「あのくらい、葵と貴之に任せておけば大丈夫ですよ。俺が出る必要はありません」
「羅刹なんて大層な名前で呼ばれてるわには、相変わらず淡白だねえ」

 長瀬にからかうような口調で問われた柳川は、眼鏡を直すと一瞬だけその本性を、ウォーモンガーとしての本性を表情に閃かせた。

「つまらない戦いはご免でしてね」
「相変わらずだねえ」

 長瀬はやれやれと長年の部下を見た。こういう奴だと分かっているので今更咎めはしないが、この危ない所が他者に受け入れられないのだと分かってくれれば、この男はもっと伸びる筈なのだが。おかげで指揮官としては2流なのである。まあ、本人が一向に気にしていないようなのでどうしようもないのだが。

「しかし、確かこの宙域だよねえ。連邦の哨戒部隊のサラミスが消息を絶ったのって?」
「その筈です」
「ハイザック3機積んでたんだろ。こんな奴等に負けるとは思えないんだけどねえ」

 長瀬は不精髭の生えた顎を擦りながら面白くなさそうな顔で目の前の宇宙を見ている。その視線の先には何があるのだろうか。
 2人の見ている先では旧式MSを翻弄している部下たちの姿がある。松原葵と阿部貴之の駆るマークUがスコアを伸ばしているかもしれない。2人ともまだ若いが、あれで撃墜スコア10機以上を記録するエースである。柳川がいなくてもあの程度の部隊を蹴散らすのは訳がないのだ。
 実際、葵と貴之の強さは際立っていた。マークUの性能もあるが、2人の指揮するティターンズ部隊には隙というものがない。だが、それ以上に目の前の部隊が余りにも弱すぎた。動きもバラバラで、明らかに寄せ集めという事が分かる。
 葵はこれが本当にエゥーゴの部隊なのかどうか、疑問を持ってしまった。

「貴之さん、こいつら、本当にエゥーゴなんですか?」
「どういう事、葵ちゃん?」

 MSの始末を部下に任せている貴之が面白そうな顔で聞いてくる。

「これまでに聞いていたエゥーゴ部隊とは全く違います。前にガウンランド隊が交戦したエゥーゴ部隊は新型MSで武装し、パイロットもベテラン揃いの部隊だったと聞いてます」
「エゥーゴにもいろんな部隊があるって事じゃないの?」
「なら、良いのですが・・・・・・・」

 葵の不安は晴れなかった。実戦経験豊富な士官としての部分がこの戦闘におかしさを感じさせる。本当にこんな弱体な部隊が連邦の哨戒部隊に打撃を与えたのだろうか。

 長瀬と葵の感じた疑念は正しかった。ここから少し離れたデプリ帯の中に3隻のエゥーゴ艦が潜んでいたのである。全てエゥーゴで建造された新造艦で、アーガマ級機動巡洋艦アーガマと同型艦ベルフォリス、アイリッシュ級戦艦のアイリッシュの3隻である。指揮を取っているのはアーガマに座上するブライト・ノア大佐である。

「思っていたより速かったな、ティターンズの動きも」

 アーガマの艦橋からサイド2のコロニーの残骸を見ながら、ブライトは呟いた。

「なあに、何とかなるさ。数なら引けを取らない。質では勝ってるだろう」

 そんなブライトに気さくに声をかけたのはアーガマMS隊隊長のデュラハン・カンンガム少佐だった。もとは第1艦隊にいたのだが、エゥーゴ結成にあわせて部下ごとこちらに移った連中だ。直属の3人はいずれもかなりの実力を持つエースである。

「だが、マークUがいる。それにあれはアル・ギザだ。アル・ギザには羅刹、柳川裕也がいるぞ」
「俺だって赤い死神なんて呼ばれてるぜ。まあ、任せてくれ」

 ブライトはこの男とどうにもそりがあわなかった。常に楽天的で、物事の良い面しか見ようとはしない。作戦を立てるならば多少悲観的な方が良いというのに。
 ブライトは視線を戦場に戻した。今戦っているのはエゥーゴの部隊ではない。単なる反連邦ゲリラであり、たまたまこの宙域に潜伏していたに過ぎない。いうなれば被害者だ。助ける義理も無ければ、仲間意識もない。
 だが、ブライトは彼らが全滅する前に手を出すつもりであった。艦長席に腰掛けると、表情を引き締める。

「全艦戦闘配備、ティターンズに仕掛けるぞ。MS隊は直ちに発進!」
「全艦戦闘配備、MS隊は直ちに発進!」
「ベルフォリス、アイリッシュに発光信号送ります!」

 アーガマの艦内に警報が鳴り響く。パイロットスーツを来たデュラハンが格納庫に来ると、すでにお馴染の部下たちが格納庫で待っていた。セルゲイ・カークランド少尉、レベッカ・プルシエンコ准尉、フェイ・マリニナ准尉の3人で、このチームでここ数年やってきているのだ。

「揃ってるな」
「はい、少佐」

 セルゲイが答える。彼は隊ではデュラハンに匹敵する実力を持つ超エースだ。デュラハンは口元に好戦的な笑みを浮かべる。

「お前達、いよいよティターン正規部隊に真っ向から勝負を挑めるぞ。リックディアスとマークU、どっちが上か試す良い機会だ」
「テストじゃリックディアスの方が上だったんでしょう?」

 不思議そうに聞いてくるレベッカに、デュラハンはいささか困った顔になった。

「まあそうなんだが、お偉いさんは実戦でそれを確かめたいらしい。技術部の奴らも自信が欲しいらしいしな」
「Z計画ですか。確か、カミーユとか言いましたっけ」
「そう、若干15歳でZ計画のテストパイロットをしているガキさ。あいつの進めてる次世代新型MS開発計画。その為にも景気の良い話が欲しいのさ」

 あと、口には出さないが、これには政治的な思惑もある。エゥーゴの新型機がティターンズを撃破したとなれば、それはスペースノイドにエゥーゴの存在と実力を広く知らしめることが出来る。スポンサー企業の高感度を上げることもできる。その為の、言ってしまえば見世物なのだ。この戦闘は。
デュラハンはこういう不純物混じりの作戦は嫌いなので、余り乗り気ではない。ティターンズに喧嘩を売るのは一向に構わないのだが、こういう目的で戦うのは好きではない。
 頭をガシガシと右手で掻くと、デュラハンは全員に出撃を命じた。


 エゥーゴ部隊の接近に最初に気付いたのは、武装輸送船を逃がすまいとしていたマラサイだった。近付いてくる新たな多数の機影に慌てて機体を翻し、戦う態勢を取る。

「松原中尉、新たなMSが来ます。数は少なくと10機以上!」
「なんですって!?」

 葵は驚いた。まさか今の段階で増援が来るとは思っていなかったから。

「全機、態勢を整えて。迎撃するわよ。長瀬中佐に応援要請を!」
「は、はいっ!」

 部下の1機が艦隊の方に戻っていく。ミノフスキー粒子が濃くて、ここからでは通信が届かないのだ。葵の周りに部下のマラサイが集まってくる。その隣では貴之の隊が集結を終えていた。

「葵ちゃんの勝ちだね。お見事」
「貴之さん、こんな予想当たっても嬉しくありません」
「だよねえ。さてさて、どういう奴らかな?」

 面白そうに貴之はやってくる敵MSを待った。そして、現れたのはドム系列と思われるゴツイMSが6機と、ジム系と思われる緑色のMSが12機だった。何れも新型機だという事に2人は軽い衝撃を受ける。

「参ったね、こいつは。まさか全部新型機だなんて」
「エゥーゴの部隊、という事ですね」
「多分ね。噂のマークUとタメ張れる新型ってのは、あのドムみたいなやつだろうねえ」

 貴之はリックディアスを見てそう判断した。先頭の奴だけ赤い色で、あとは黒い色をしている。向こうのが数が多い事に、葵は不安を隠せないでいる。

「どうします、後退しますか?」
「・・・・・・そうだねえ。相手の実力も分からないし、艦隊の前まで下がろうか」

 一度退こうとする2人。だが、それを黙って見ているようなデュラハンではなかった。

「逃がさねえよ!」

 デュラハンの放ったクレイバズーカが号砲となった。一気に加速して追い縋ってくるエゥーゴ部隊に、葵と貴之は仕方なく迎撃する事にした。MSの数だけ見ても16対9と大きく開いており、かなりの不利を覚悟しなくてはならない。ただ、長瀬や柳川が自分たちを見捨てるとは思えないので、援軍が来るまで持ち堪えるしかないと考えてはいる。

 2人の考えは正しかった。救援要請を受けた時点で長瀬は艦隊を前進させ、残るMSに出撃を命じている。すでに前方では戦闘の光が見えており、戦いが始まっている事を教えている。

「参ったな、思ってたより多そうだ」

 長瀬は面倒くさそうに頭を掻くと、全艦に砲撃準備を命じた。

「MS隊を援護する。全艦砲撃用意、柳川達に射線上に入らないように警告をだせ!」
「しかし、すでに松原隊、阿部隊は乱戦になってますが?」
「初弾は威嚇だ。それで松原達なら距離を取る!」
「りょ、了解!」

 アル・ギザとサラミス改2隻が横に並び、主砲を戦場へと向ける。そして、3隻から強力なビームが一斉に放たれた。ビームの火線が戦場のすぐ傍を貫き、戦うパイロット達を驚かせる。

「これは、長瀬中佐たちの砲撃ですか!?」
「離れるんだ葵ちゃん、次は当ててくるよ!」

 ティターンズのMSが次々と乱戦から離れようとするが、それを見たデュラハンが追い縋ってきた。

「距離なんか取らせるかよ!」

 距離を取られれば砲撃に晒されると分かっているデュラハンはこのまま乱戦状態を維持しようとしたが、ネモ隊の動きが僅かに遅れた。そこを艦砲射撃に狙われ、2機が直撃を受けて火球へと変わってしまう。それを見たデュラハンは舌打ちしてしまった。

「ちっ、味方は何やってやがる!?」

 デュラハンの非難に答えるかのようにアーガマとベルフォリス、アイリッシュがデプリ帯から姿を現した。

「ティターンズ艦隊の動きを封じるぞ。向こうはアル・ギザ以外は旧式だ。撃ち負けるなよ!」

3隻のエゥーゴ艦が砲撃を開始した。エゥーゴ対ティターンズの初めての本格的な艦隊砲戦が開始されたのである。殺到する砲火に長瀬は顔を顰めて砲撃をそちらへと向ける。両軍の砲火の中をMS部隊は乱戦に突入しようとしていた。ティターンズ側も柳川率いるMS隊が加入した事で戦力的な不利は補われている。
 柳川は赤いリックディアスに目をつけた。こいつが1番良い動きをしている。

「良いだろう、俺の獲物はこいつだ!」

 デュラハンの方も自分を狙っているマークUに気付き、迎え撃つ事にした。クレイバズーカを構えて2発撃ったが、あっさりと回避されてしまう。それを見てデュラハンは直感的に敵の正体を察した。

「出てきやがったな、羅刹!」

 相手に不足は無い。デュラハンはリックディアスを横に滑らせてクレイバズーカを叩きこんだが、柳川はそれを簡単に躱している。

「ちっ、こいつは近付かないと駄目みたいだな」

 デュラハンはクレイバズーカを捨てると、ビームピストルを構えての近接戦闘に入った。マークUがビームライフルで攻撃してくるが、近付けばビームピストルの方が有利になる。柳川は嬉しそうに笑いながら間合いを開こうとしたが、それを許すようなデュラハンではない。柳川はビームライフルをアタッチメントに固定すると、バックパックからビームサーベルを引き抜いて斬りかかった。

「へっ、面白いじゃねえか。俺と格闘戦をやろうってのか!」

 デュラハンもビームピストルをしまうとビームサーベルを抜いた。互いにこっちの方が得意なので、迷う事は無い。

「はっはははっはっはっ、いいぞ、もっと俺を楽しませろおおおお!!」
「これで終わりにしてやるぜ!」

 柳川裕也とデュラハン・カニンガム。エゥーゴとティターンズの戦いは、この2人の激突によって始まったのだ。そして、これが後にグリプス戦争と呼ばれる事になる、新たな戦乱の時代の幕開けとなった。

 

 この動きにより、各地でティターンズ対エゥーゴの戦いが始まっていた。地球ではティターンズとカラバの部隊がやはり激突している。この対立を、秋子は遠くから眺めているかのように静観していた。
 この状況でも動かない秋子に部下である祐一が問いかけた。

「良いんですか秋子さん?」
「なにがですか、祐一さん?」

 執務机から顔を上げた秋子は不思議そうな顔で祐一に問いかけた。祐一はここ最近の情勢を口にし、秋子は動かなくていいのかと再度問い掛ける。だが、秋子は興味なさそうに祐一を見返した。

「その為のティターンズですよ。お仕事を真面目にしてくれるなら良いじゃありませんか」
「良いかもしれませんが、このままだとあいつ等がまた増長しますよ」

 祐一も秋子のもとでMS隊の総指揮を取るようになって2年。祐一もすっかり裏の事情というものに慣れてしまっていた。だからこそティターンズの勢力が増す事を好ましく思わないのだが、秋子はどうでも良いらしい。

「仮にティターンズが私達に何らかの形で矛先を向けてくるなら徹底交戦しますが、そうでないなら放っておきますよ。私の任務はサイド5の守備ですから」
「でも、緊急展開軍司令官でもありますよ」

 そう、秋子はファマス戦役後に編成された新組織、緊急展開軍の司令官を兼任している。これは立地上全てのサイドと月面、地球軌道に睨みを効かせられる関係でサイド5に置かれた部隊で、最新の装備を持っている。祐一はこの緊急展開軍MS隊隊長であり、サイド5のMS隊隊長には七瀬が就任している。どちらかと言うとこの緊急展開軍の方が戦力は充実しており、有事には秋子の判断で出撃する事が出来る。この緊急展開軍とサイド5駐留軍を合わせた戦力は連邦宇宙軍の中でも最大級の物であり、特に緊急展開軍は通称で水瀬艦隊と呼ばれている。
 まあ、言ってしまえばティターンズへの対抗勢力として生まれた組織で、秋子の判断があれば何時でも出動出来るのに、何故か秋子はこの部隊を動かそうとはしない。

「それよりも祐一さん、MS隊の仕上がりはどうですか?」
「流石にクリスタル・スノーを再建するのは難しいですね。俺もそれなりの訓練メニューを課してますけど、まだまだです。昔からの奴等に比べると比較にさえなりません」
「そうですか。出来るだけ急いで仕上げて欲しいんですけどね」

 ニコニコと言う秋子に、祐一は怪訝な顔を向けた。なんで急ぐ必要があるのだろうと。

「あの、なんで急ぐ必要があるんですか?」
「いえね、その内必要になるかと思って」

 まるで何かが起きますよ、とでも言っているかのような秋子の物言いに、祐一はあやうく自分のボールペンを落としそうになった。

「あ、秋子さん?」
「うふふ、まあ、私だって何時までも静観してるつもりはありませんよ。ティターンズへの牽制が必要な時もあるでしょうし、場合によっては実力で止める事もあるでしょう。その時に備えて祐一さんにはMS隊の準備をしておいて欲しいだけです」
「・・・・・でも、俺達の使えるMSは旧式が多いです。新鋭のマラサイで固めてるティターンズには分が悪いですよ」

 祐一は顔を顰めた。今の自分の手元にある機材は大半がジムUベースのMSばかりだ。ジム・FBのような高性能機もあるにはあるが、それでさえティターンズのガンダムマークUとは分が悪いと言われている。パイロットの実力も平均して向こうの方が上だ。祐一の昔からの同僚や部下ならばティターンズのパイロットを上回る技量を持っているのだが、今やそれは極一部となっている。唯一天野大隊だけはかつての機動艦隊の頃の人員編成をそのまま維持しており、当時の戦闘力を維持しているのだが、天野大隊だけに頼りきる訳にもいかない。

「現時点でティターンズと戦うなら、確実に勝てると言えるのは天野の部隊だけです。後の連中は苦しいですよ」
「祐一さんは、どうですか?」
「俺なら負ける気はしませんね。自慢で言うんですが、これでもサイレンの連中にだって張り合えると思ってます」

 祐一の自身満万の答えに秋子は微笑を浮かべた。彼の自身は相変わらずだ。いや、シアンが去って部隊を率いるようになってからはより頼もしくなったといえる。あの頃の素晴らしい仲間たちは、今では各地に散ってそれぞれの任務に励んでいる。幾人かは音信不通になってしまったが、それでも多くの者が時折ここを訪れては旧交を暖めていく。秋子には彼らこそが誇りであり、自分の手にした最も大切な物だと考えている。
 だが、世界の情勢は必ずしも秋子を喜ばせるものではない。増長し、拡大を続けるティターンズ。それに対抗すうかのように結成されたエゥーゴ。両者の対立構造はすでに修復不可能な所にまで達しており、MSや艦艇まで用いた武力衝突にへと発展しているのだ。今はまだ小規模なものでしかなく、ティターンズ以外にこれといった被害を受けた部隊はいないが、それでも確実に新たな戦争の時代が目の前へと来ている。

「難しいものですね、平和の維持とは」
「そうですね。平和を守る為に俺達は武器を取る。でもその武器は平和を壊す道具でしかない」
「そう、私達軍人は、平和を守ると言って、結局は平和の最大の敵でしかない」

 祐一は処理し終えた書類の山を纏めた。ファマス戦役から3年。秋子も自分も心労が目に付くようになっている。この宇宙で平和といえるのはこのサイド5と月くらいのもので、たの全てのサイドではティターンズの横暴な振る舞いに住民は苦しめられている。このサイド5だけは秋子という余りにも巨大な存在があるのでティターンズも強い顔が出来ないのだが、秋子の力もサイド5にしか及ばない。
 結果としてサイド5には多くの人々が移り住むようになり、再建されたコロニーシリンダーは多くの住人でかつての活気を取り戻している。他のサイドでは人口が少なく、空のシリンダーさえあるという現状で、サイド5がどれほどスペースノイドに望まれ、渇望された平和な場所であるかがわかる。

 そのサイド5では緊急展開軍の艦隊が訓練を行っていた。旧機動艦隊の流れを汲むこの部隊は通常の連邦部隊としては装備と整備が充実しており、ラザルス級宇宙空母を4隻も保有している。これにファマス戦役で得られた戦訓をもとに設計され、建造が進められているカイラム級戦艦やクラップ級巡洋艦が加わればその戦力はますます充実する事になるだろう。
 今、ラザルス級空母セント−を中心とする部隊が演習を行っていた。演習の指揮を取っているのは天野美汐大尉である。サイド5司令官の秋子のサポートをすることが多い祐一に代って実質的な緊急展開軍のMS隊を纏めている人物である。まだ20歳という若い人物だが、その能力を疑う者はいない。かつて、機動艦隊の誇る4個MS大隊、クリスタル・スノー隊の中の1つ、天野大隊を率いた程の女性士官であり、その指揮能力は現在のサイド5に並ぶ者がない。流石にかつていた北川や佐祐理には僅かに及ばないものの、名指揮官である事は間違いない。
 今日も天野大隊を中心とする部隊を訓練して回っていた。実質天野大隊はサイド5においてはアグレッサーブ隊のように機能しており、その脅威的な技量を後進に伝えている。元々クリスタル・スノー隊は全員が教官レベルだとまで言われており、その意味では何の問題もない。
 だが、実際に指揮を取っている天野は、自分直属の部隊以外の余りの動きの悪さに苛立ちを隠せないでいた。
 
「まったく、困ったものです。これでは実戦でどこまで役に立つか」

 天野の目にはまだまだ役立たずと映っている。だが、これでも連邦の通常部隊としては精鋭なのだ。たんにクリスタル・スノーを見慣れてる天野の基準が間違ってるだけである。
 これが現在の秋子の部下たちの姿であった。実戦から離れていても


 月面都市、フォン・ブラウン。そこは月の中心であり、アナハイムの本社がある。また、公にはされていないが、ここにはエゥーゴの拠点もある。その最下層、ジャンク屋などが乱立する治安の悪い地区に、1人の場違いに上品なビジネススーツに身を包んだ女性が現れた。艶やかな腰まで届く黒髪が目を引くかなりの美人だ。
 その女性は、連邦軍大尉、いや、今はエゥーゴ大尉、川澄舞であった。舞はここに人探しに来ていたのだ。

「・・・・・・ここにいるのね、トルク」

 トルビアック・アルハンブル元連邦軍大尉。かつて連邦を裏切り、ファマスへと身を投じた男。そこで我が身をシェイドと化し、自分たちに挑んできた男。戦役後は暫く収監されていたが、釈放された後消息を絶つ。
 その男をやっと見つけることが出来たのだ。彼はここのジャンク屋で働いているらしい。住所も分かっており、舞はそこを目指して歩いていた。腐ったような臭いのする最下層だが、舞はこういう場所が嫌いではなかった。
 そして、その住所に辿り着いた。外では肩腕の男が何やらパーツを機械から引き剥がしている。

「すいません」
「あん?」

 男はこちらを見て、訝しげな顔になった。

「誰だい、ここはあんたみたいなお嬢さんが来る所じゃないぜ」
「人を、探しています。ケリィ・レズナー元ジオン軍大尉ですね?」

 舞の問い掛けに、ケリィの顔色が変わった。視線にいささか警戒色が混じる。

「誰だい、あんたは?」
「川澄舞大尉。エゥーゴの者です」
「エゥーゴ・・・・・・あの、騒ぎを起してる奴らか。言っておくが、俺は関わるつもりは無い」
「貴方じゃない、貴方の所で働いてる人、トルクに用があってきた」

 舞の言葉に、ケリィは視線に殺気を込めたが、舞が怯まないのを見ると仕方なさそうに立ち上がった。

「分かった、ついてきな」

 舞が頷いたのを見て、ケリィは仕事場の方へと歩いて行った。それについて舞が歩いて行く。仕事場の中では作業着を着た男が黙々と部品の整理をしていた。いささか薄汚れてはいるが、舞はその男に見覚えがある。
 ケリィは中に入ると男に声を変えた。

「おい、トルク。客だぞ」
「客、俺にですか?」

 トルクはウェースで手を拭いながら近付いてきたが、ケリィの背後に立つ女性を見て足を止めた。

「ま、舞?」
「久しぶりね、トルク」

 トルビアック・アルハンブルと川澄舞。かつてカノン隊でともに戦い、そして敵となった偉大なパイロットの再会であった。


機体解説
RX−178 ガンダムマークU
兵装  ビームライフル×1
    ハイパーバズーカ
    ビームサーベル×2
    頭部60mmバルカンポッド
<解説>
 ティターンズの開発した象徴的なMS。ガンダムタイプで、ムーバブルフレーム構造と最新のチタン・セラミック複合装甲を持ち、ほぼ第2世代MSの特徴を備えている。いささか高コストではあるが、ティターンズの主力高級機として多数が生産されている。
 本来はティターンズの専用機であったが、開発過程における議会を通過しない予算などの重大な違反が発覚し、連邦軍への供与を約束させられてしまっている。結果としてマークUは連邦軍でも運用される事になった。こちらはティターンズカラーではなく、白と紺に塗り分けられている。

RMS−108 マラサイ
兵装  ビームライフル
    ビームサーベル×2
    60mmバルカン×2
<解説>
 アナハイムで開発された第2世代MS。ガンダリウムγ装甲を持ち、コストの高いマークUに代ってティターンズの主力となった。ジオン形のフォルムを持つことから分かるが、ハイザックに近い操縦感覚を持つ。その為、この機体はハイザックのパイロットには好評であったが、ジム系列機を愛用するパイロットには嫌われる傾向にあった。

RMS−099 リック・ディアス
兵装  クレイバズーカ×1
    ビームピストル×2
    ビームサーベル×2
バルカン・ファランクス×1
<解説>
 史上初の第2世代MSで、ドムの外見を受け継ぐ重MSである。ガンダムマークUに匹敵する高性能機だが、コスト的には優位に立っている。エゥーゴは本気を量産して主力にしようとしたが、流石にコスト的に無理があったため、更なる機体の開発が行なわれることになった。

MSA−003  ネモ
兵装  ビームライフル×1
    ビームサーベル×2
    60mmバルカン×2
    シールド
<解説>
 ジムの流れを汲む第2世代MS。エゥーゴの主力機で、ジムUから逐次機種転換が行なわれている。マラサイとほぼ同等の性能だが、コスト的にはやや安価。ガンダリウムγ製の装甲を装備するが、初期生産型はルナチタニウムを採用していた。
 ただ、やや火力的に非力であり、将来的な敵の新型機に対応できるかは微妙な問題となっている。

アーガマ級機動巡洋艦
<解説>
 エゥーゴの建造した新型巡洋艦。ホワイトベースのイメージを持つ優美な艦で、戦闘力も高い。バリュートを装備すれば大気圏への単独降下、作戦行動も出来る。非常に優秀な艦だがその分建造費も高く、余り多数は建造されていない。
 1番艦のアーガマはエゥーゴの旗艦として運用されることが多く、艦長はあのブライト・ノア中佐が勤めている。

アイリッシュ級戦艦
<解説>
 エゥーゴの建造した主力戦艦。アーガマと違って大気圏には降りられないが、その分総合性能で優れている強力な戦闘艦である。特に砲火力に優れており、MS搭載数も勝っている。コスト的にもアーガマ級より安価で、こちらはそれなりの数が建造されている。



後書き
ジム改 やっとこさ始まったグリプス編。まだインターミッションも終わってないのに良いのだろうか
栞   皆さん覚えていますか、栞ちゃんですよ〜
ジム改 相変わらず宣伝活動に余念が無いねえ
栞   だって、私また出てないんですよ!
ジム改 いや、君はまだ出られない訳がある
栞   何でです?
ジム改 ・・・・・・君の愛馬は凶暴過ぎるのだよ。だからだ
栞   ・・・・・・・・・・何に乗せる気ですか、一体?