第3章   開戦


 サイド2宙域に少数ずつに分散して集まってきたエゥーゴ艦隊。その陣容はまさにエゥーゴの総力を集めたといえる強力なものであった。何しろ数だけは多数が揃っている。ただ、その多くはファマス戦役以前に建造された艦の改装だったり、商船改造の仮装巡洋艦だったりするが。
 全軍の旗艦であるアーガマの周辺には、この作戦の為に新鋭のアーガマ級機動巡洋艦2隻、アイリッシュ級戦艦4隻、やや旧式のアキレウス級戦艦2隻、リアンダー級巡洋艦5隻、セプテネス級駆逐艦15隻、完全に旧式のマゼラン改級戦艦2隻、サラミス改級巡洋艦8隻が集まっているのだ。これに戦力に数えて良いものかどうか疑問だが、仮装巡洋艦が20隻ほどある。
 アーガマの艦橋で、ブライトは各部隊の指揮官を集めて今後の事に付いて話し合っていた。

「我々の攻撃目標であるジャブローだが、事前の攻撃でペンタは叩いてある。地球軌道の索敵能力は激減しているだろう」
「だが、今のペンタにはあの水瀬艦隊の一部が入っているという話ではないか?」

 ブライトにヘンケンが苦い声で問いかけた。ペンタ駐留の低軌道艦隊と水瀬艦隊の一部。どちらが厄介かは火を見るより明らかだ。

「ああ、巡洋艦4隻、MS20機ほどが入ってるらしいな。まあこの程度なら気にする必要も無いのだが、問題はサイド5からの援軍だ。やつらの足は速いぞ。もし降下前に殺到してこれば、相当な苦戦を覚悟しなくてはいかん」

 水瀬秋子の擁する最強の戦闘集団、クリスタル・スノーは弱体化したとはいえ、まだまだ恐るべき相手だ。先にペンタに現れた部隊に仕掛けた攻撃隊は、クリスタル・スノーを付けた僅か7機のMSに手痛い損害を受けている。もしこれが48機も集まっている天野大隊が出てきたら、どれほどの損害を受けるか分からない。
 加えて、あのサイレンのメンバーが幾人も残っている。「血塗られた戦乙女」七瀬留美や「天駆けるうぐぅ」月宮あゆなどは化け物じみた強さだという。彼女等をよく知る舞やトルクでさえ「戦ったら負けるかも」などと答えるほどの強さなのだ。2人ともエゥーゴ屈指のエースであるだけにその言葉には誰もが暗くならざるを得ない。 
 ブライトは宙域にあるサイド5を指差し、その指を地球軌道まで引っ張ってくる。

「サイド5から地球軌道にくるにはそれなりの時間がかかる。我々の降下を阻止する事は出来ないだろう」
「なら良いのだが、もし出て来たらどうするのだ?」

 スチムソン中佐が不安を見せる。元々ファマスの士官だったのだが、エゥーゴに自ら身を投じた人物だ。バッセルマンは水瀬秋子を甘く見る事に激しい抵抗を覚えている。ファマス戦役で叩きのめされた相手だから無理も無いのだが。
 仮に水瀬艦隊、つまり緊急展開軍が総力をあげて出撃してきた場合、あの水瀬秋子の総指揮のもとに100隻以上の大軍がやってくる事になる。その中にはラザルス級空母が4隻も含まれており、天野大隊のような化け物部隊や、ふざけた強さのパイロットが存在している。もし彼らが本気で出てくるなら、自分たちに勝ち目はないのだ。

「まあ、水瀬艦隊が出てくるか否かはまだ分からんとしか言えないな。それよりも、確実に出てくるであろうティターンズにどう対処するかだ。やつらは常に数個の任務部隊を編成して展開させている。今回も必ず幾つかの部隊が攻撃してくるだろう」

 ブライトの出した問題には誰もが頷いてしまう。前にブライト率いるアーガマ隊が交戦したアル・ギザ隊を始めとして、ティターンズにはアレキサンドリア級重巡洋艦1隻と、サラミス改級巡洋艦2〜3隻に駆逐艦5〜6隻を組み合わせた任務部隊が8個存在し、このうち半数が常に作戦行動に当たっているのである。
 仮にこの全てが出動してくれば、地球軌道に辿り着けない可能性もない訳ではないのだ。
 もっとも、歴戦のブライトやヘンケンは、この任務部隊が全て出てくる可能性はゼロだと見ている。自分たちの出撃に先立て幾つかの小規模な作戦を他の部隊が展開する事になっており、この陽動で半数は引き付けられると見ている。だからこちらにくるのは多くて4つ、実際には2個任務部隊という所だろう。
 それくらいならどうとでも出来るというのがブライトの読みだが、予想できないのは周辺の連邦部隊の動きだ。日和見な部隊もあれば、ティターンズ寄り、エゥーゴ寄りな部隊もある。そもそも、最大の問題である水瀬秋子が未だにティターンズ、エゥーゴのどちらに付くのかさえハッキリしていない。いや、水瀬秋子がスペースノイドの味方であることは確実なのだが、かの提督はエゥーゴに味方するという姿勢を全く見せないのだ。
 秋子と並ぶスペースノイドの最大擁護者たるハンフリー・リビック長官には誰も期待していない。かの御仁が連邦の枠から抜けるとは思えないからだ。

 結局、幾ら話し合っても緊急展開軍の動きだけは予想できなかった。秋子の判断1つで動く事の出来るこの部隊は余りにも強力であり、無視する事は出来ない勢力だが、その動きを想定する事が出来ない以上、無視するしかないのだ。もし仮に出てくれば、その時は熾烈な戦いが行なわれる事になるだろう。
 この会議では、各部隊の役割が取り決められた。
 ブライト率いるアーガマが全体を纏める旗艦となり、ジャブロー攻撃部隊の総指揮を取る。ヘンケンのラーディッシュを中心とする護衛部隊は、降下部隊の天頂方向に位置し、必ず現れるであろうティターンズ艦隊、連邦艦隊に備える。スチムソンは仮装巡洋艦部隊を纏める。この部隊は降下用のMSを搭載するだけの部隊で、言ってしまえば揚陸部隊だ。
 この3つの集団がジャブローに降下させる予定のMSはおよそ150機。これだけあればジャブローを堕とす事は不可能ではないというのが、エゥーゴ上層部の判断だった。確かにこれだけ降下させればジャブローは堕ちるだろう。
 だが、3人の中を過る苦い気持ちは消えはしない。確かに連邦の腐敗ぶりは目に余る。だが、全てが腐っている訳ではない。ジャブローを守るのはかつて機動艦隊にあって水瀬秋子の片腕と称されたマイベク・ウェスト准将だ。その手腕は決して舐めてかかれるものではない。
 降下部隊を指揮するデュラハン・カニンガム少佐の指揮ぶりに期待するしかないが、ジャブローのMS隊には、あのクリスタル・スノーの倉田佐祐理大尉の率いる倉田大隊がいる。かつてのメンバーを未だに半数は残す、ジャブロー守備隊でも最強と目される戦闘集団だ。これが何処に出てくるか分からないが、これとぶつかった部隊は殲滅されかねない。クリスタル・スノーマークを付ける部隊は、少数でもとてつもない脅威となる事が確認されており、これが少なくとも2個中隊が纏まっているとなると、とてつもない脅威と言うしかない。
 この他にも強力な部隊が幾つか存在しており、負ける可能性も無いとは言えないのだ。

「そういえば、地上のカラバはどうしているのだ?」

 ヘンケンの問いに、ブライトは海岸を指した。

「大戦中のユーコンが5隻、沿岸部からミサイル攻撃をしてくれる事になっている。これに水陸両用MS部隊も参加する手筈になっている。それに、ジャブロー内にも我々に呼応して決起する部隊がいくつかあるという報告も受けている」
「そうか、ならばそれなりに頼って良いと言うことか」

 地上にもそれなりの部隊が展開してくれると分かり、ヘンケンは愁眉を開いた。スチムソンはまだ思案顔だったが、文句を言う事は無かった。

 

だが、ブライトたちが考えているより、ティターンズも連邦も有能であった。エゥーゴの艦隊が集結している事はすでにティターンズや秋子、リビックの知る所となっていたのだ。エゥーゴが月面に拠点を持っている事は公然の秘密であり、監視員やら諜報員やらを月面に多数送り込み、エゥーゴの動きを監視していた。
 このエゥーゴの艦隊集結を知ったバスクは直ちに指揮下の艦隊に出撃を命じた。

「いいか、軌道計算からして、奴らがサイド2宙域に潜んでおる事は間違いない。必ず燻り出してこれを殲滅せよ!」

 グリプスでそう怒号を発し、グリプスにあった主力艦隊が出撃して行った。総指揮はバスク自らが取り、旗艦にはティターンズの誇り、ドゴス・ギアが当てられている。ドゴス・ギアは同型艦であるクライゼム、カシュールを伴っており、更にこれに旧式のサラミス改級巡洋艦8隻とセプテネス級駆逐艦8隻、新鋭のマエストラーレ級駆逐艦4隻が付いている。戦艦以外は旧式の艦が多いが、これはグリプス駐留の主力艦隊が、実際には敵との交戦を余り考えていない部隊だからである。流石にグリプスまで喧嘩を売りに来る部隊はそうそう居るものではない。
 
 ティターンズの出撃と時を同じくして、ルナツーからも艦隊が出撃していた。リビック長官直率の第1艦隊から分派された部隊で、戦艦2隻、巡洋艦6隻、駆逐艦12隻からなるそれなりに強力な部隊だ。全てがファマス戦役時の改装艦だが、これだけ揃うと無視できない戦力となる。
 ルナツーの長官用執務室のモニターで出撃して行く艦隊を見ていたリビックは、渋い表情を崩さぬままに傍らに立つクルムキン少将に問いかけた。

「間に合うと思うかね、参謀長?」
「微妙ですな。エゥーゴの集結した目的が不明ですし、到着した頃にはすでにもぬけの空、という可能性の方が高いと思われます」
「ふむ、やはり、推進剤の無駄じゃったかな」

 リビックは地球圏の宙域図を見た。サイド2は未だに復興が進まず、デプリの回収も完了していない暗礁宙域だ。再建されたコロニーシリンダーはまだ11基で、住民は2000万人程度とかなり少ない。当然守備隊も少なく、監視の目が届かないのだ。
 ただ、その分エゥーゴを初めとする不穏分子の巣窟となる事は予想されており、あらかじめ監視網は整備されていたのである。
 この監視網にエゥーゴ艦と思われる所属不明の戦闘艦が次々と引っ掛かった事で、リビックはエゥーゴ部隊の集結を知ったのだ。期せずしてティターンズと同じ判断を下したリビックだが、彼には自分の読みが本当に正しいのか自信が無かった。もしかしたら、敵の目的は別にあるのではないのか。自分は敵の動きに惑わされ、悪戯に戦力を分散させているのではないのか。
 だが、未来を予知できる訳でもないリビックにはこれ以上の事は出来ない。幸いにしてリビックはこの程度の兵力を割いても全く問題とならないほどの大兵力が手元にあり、仮にエゥーゴが他方面で騒ぎを起しても対処する事は充分可能だ。
 だが、リビックには敵の目的が絞り込めないでいる。一体、エゥーゴは何を狙っているのだろうか。


 そして、宇宙のもう1つの巨大な存在、サイド5の水瀬秋子もまたこのエゥーゴの動きに気付いていた。ただ、彼女の動きはバスクともリビックとも異なっていた。秋子は情報を受け取ると、緊急展開軍に全力出撃を命じたのだ。

「オスマイヤーさん、貴方の手元にある全艦艇で出撃、ペンタへ先行して下さい。私は主力艦隊を率いて後続します」
「て、提督、いきなりどういうことなのですか。エゥーゴが再度ペンタを襲うとでも?」
「いえ、彼らの目的はペンタではありません。とにかくオスマイヤーさんはペンタまで進出、エゥーゴが現れたら遅滞戦闘をしていて下さい」
「了解しました」

 通信モニターからオスマイヤーが消える。秋子は一息つくと傍らに立つ祐一と名雪を見る。

「悪いですけど、2人も出撃です」
「それは構わないですけど、何故ペンタに?」

 祐一は首を捻っている。ペンタはボロボロであり、再度襲撃する価値があるとは思えないのだ。だが、秋子は首を横に振った。

「違います。エゥーゴの目標はペンタではありません。彼らの目標は、恐らく地球、それもジャブローです」
「ジャ、ジャブロー!?」

 名雪が驚愕した声を上げた。ジャブロー、それは南米にある連邦軍の統合作戦本部が置かれている最重要拠点だ。当然防御は固く、核の直撃にさえ耐えられると言われている。そんな拠点にエゥーゴは喧嘩を売ってくるというのだろうか。名雪にはにわかに信じられなかった。

「で、でも、ジャブローって守備隊とか、物凄く沢山いるんでしょう。そんな所を攻めても、負けるだけだと思うけどなあ」
「確かに、ジャブローにはマイベックさんも佐祐理さんもキョウもいるからな」

 名雪の反論に祐一も同意する。ジャブローに喧嘩を売るなど、正気の沙汰ではないだろう。だが、秋子はそう思わないようだ。

「バイエルライン中佐からの情報なんですが、エゥーゴが何処かの連邦軍重要拠点を襲撃する可能性があると言って来たの。そして、ペンタを襲撃した事から、狙いは地球だと考えたの。そして、地球でエゥーゴが総力をあげて襲撃する価値のある場所は、ジャブローとダカールしかないですから」
「何故ジャブローがが襲われると?」

 祐一は何故ジャブローだと判断したのか、その理由が見えない。その問い掛けに、秋子はニッコリと笑って答えた。

「ダカールは地球連邦政府の首都です。どういう理由があれ、そこを襲撃すれば連邦は総力をあげてエゥーゴを討伐しにかかりますし、イメージ的にも低下は避けられません。流石にそこまでの覚悟は無いでしょう」

 秋子のだした答えに、祐一は考えこんでしまった。祐一の頭の中ではエゥーゴはジオン残党と同じような扱いなので、そんな外聞を気にしたりするだろうかと思うのだ。最も、自分より秋子の方が戦略家としては遥かに勝っており、自分には予想できない事を秋子なら読むだろうという気もする。

「分かりました。俺達も出撃します」
「お願いします。私もリオ・グランデで出撃しますから。当然、栞ちゃんの部隊も持って行きますよ」

 秋子の言葉に、祐一と名雪はビシリと身体を硬直させてしまった。

「・・・・・・あ、秋子さん、あれを使うつもりですか?」
「使う為に作ったんですから、当然でしょう。お披露目にも丁度良いですし、上手く行けばここでエゥーゴを壊滅状態に追い込めます」

 ニコニコと語る秋子。だが、祐一も名雪も栞の部隊を投入する事には抵抗を感じてしまう。あの部隊が相手となると、それはもう戦闘ではない。一方的な虐殺だと2人は考えているから。それほどまでに違うのだ。栞の部隊の戦闘力は。
 2人が出撃の準備をする為に退室した後、秋子は2人には語らなかったもう1つの考えを口にした。

「エゥーゴの成長は速過ぎますね。確かにティターンズの横暴に対する反抗という側面はあるでしょうけど、それにしても速過ぎます。僅か数年でジャブローを狙えるほどの戦力を蓄えるなんて。アナハイムが動いているのは分かっていますが、それ以外にも何かが・・・・・やはり、G8でしょうか」

 秋子はファマス戦役終結後からファマス結成に関わった資金の流れを追っていた。すると、複数のルートを通じて少しずつ、目に付き難い形で資金が流れている事が分かったのだ。1つ1つは大した金額ではないが、合計するととんでもない金額になる。そして、この背後には旧G8の影響下にある企業があったのだ。
 この時点で秋子は危険を感じ取り、暫く調査の手を控えざるを得なくなった。流石の秋子もG8をまともに敵に回す度胸は無かったのだ。彼らは地球圏の影の支配者であり、連邦大統領でさえ逆らう事の出来ない巨大な存在だ。
 どうしてなのかは分からないが、G8は世界が混沌としている状況を望んでいるらしい。今回のエゥーゴの蜂起の影にもそんなG8の影が見え隠れしており、秋子の心労の種となっている。
 そして、秋子はもう1つの不安をもっていた。それは、自分たちがエゥーゴの降下を阻止出来るかどうかである。戦って負けるとは思っていないが、地球軌道に間に合うかどうかは微妙な所なのだ。

「オスマイヤーさんが間に合ってくれれば良いですけど。敵が降下するのは覚悟しないといけないでしょうね」

 最悪の事態を考慮して、秋子は執務机を離れた。久しぶりに、実戦の指揮をとる為に宇宙港へと向って行く。実戦の勘が鈍っていないかどうか、実は少し不安だったりする秋子だった。


 こうして、ティターンズとルナツー艦隊はサイド2を目指し、緊急展開軍は地球軌道を目指した。結果として言うなら秋子の読みが正しかったのだが、秋子と緊急展開軍をもってしても間に合うかどうかは微妙な所だ。何故なら、秋子達が動くよりも早く、エゥーゴは行動を起していたからである。
 サイド2の暗礁宙域を探し回ったティターンズとルナツー艦隊は、結局推進剤を無駄に消費しただけで、小型艇1隻すら発見できなかったのである。この事にバスクは激怒したが、それは建設的な意味を一切持たない行為でしかなかった。最も、仮にエゥーゴの真の目的を看破したとしても、ここからではどうしようもない。今から地球軌道を目指しても、推進剤切れで宇宙を漂流する事になるのは避けられないからだ。

 ティターンズ艦隊とルナツー艦隊を躱したエゥーゴ艦隊は、一路ジャブロー降下ポイントを目指して移動を開始していた。各艦の中ではMSの最終チェックが行なわれ、降下用MSがバリュートパックを搭載したり、ウェイブライダーに固定されたりしている。
 そんな中で、降下部隊の仮装巡洋艦に移っていた舞は、自分のMSにバリュートパックがとりつけられるのをじっと見ていた。舞が乗るMSはMSR−100SA量産型百式改と呼ばれるMSだ。通称は百式改。Z計画の過程で生まれた百式を量産型として再設計したMSで、ティターンズのガンダムマークUに優位を保てる高性能を有している。両肩にはビームガトリング砲を装備し、ビームライフルとビームサーベル、シールドを持つ強力な攻撃型MSである。
 この金色のMSはエース級パイロットに優先して支給されている。今回のジャブロー攻撃隊の中では舞の小隊の他に、新たに編成されたトルクの小隊にも支給されている。この6機が今回参加する百式改の全てだ。まだ生産が始まったばかりの高級量産機なだけに、その調達数は思うように伸びてはいない。
戦争は総力戦であり、多少性能が良い機体を小数揃えるよりは、多少性能が落ちても数を揃える方が正しいのだ。その為、百式改やリックディアスよりもネモやメタスの生産が優先されているのだ。
数の威力をよく知る舞にしてみれば、その判断を否定する事は出来ない。前の上司だった秋子は物量戦を得意とし、とにかく敵より多数の兵力を揃えて、正面から相手を叩き潰すという正攻法を得意としている。口の悪い者は秋子を物量戦しか出来ない卑怯な指揮官とか、無能を数でごまかしているとか言うが、そんな意見は舞からすれば冷笑の対象でしかない。その数を揃え、運用することがどれほど難しいかを無視しているからだ。百隻単位の大軍を手足の様に動かし、相手に正攻法を仕掛ける秋子の戦術は、実際に相対した斉藤や久瀬は恐怖とともに思いだし、自分に語ってくれた。水瀬秋子を食い止めるのは、素手で津波を食い止めるほどに難しいと。
 今度は自分が秋子とぶつかるかもしれないのだ。何故かは分からないが、不思議と確信が持ててしまう。秋子は、必ず自分たちの前に立ちはだかってくると。
 物思いに耽っていた舞の肩を、後ろからトルクが叩いた。

「どうした舞、そんな深刻そうな顔をして?」
「トルク・・・・・・貴方は気楽そうね」
「おいおい、そりゃ酷いな。これでも毎日苦労してるんだがね」

 トルクは苦笑いを浮かべて舞の隣に立った。キャットウォークから格納庫を見下ろし、頑張っている整備兵達を見る。

「懐かしい光景だ、ファマス戦役の頃には毎日のようにこの光景を見ていた。人の汗と吐息、オイルの臭いが入り混じる格納庫か。また、ここに戻ってくるとは思わなかった」
「・・・・・・ごめんなさい」
「舞が気にするような事じゃない。俺が決めた事だからな。ただ、身体が鈍ってるのには参ったよ。久しぶりに乗ったら、まともにMSが動かせやしない」
「・・・・・・その割には、良い腕だった」
「そりゃどうも」

 舞の賞賛に、トルクはおどけて返して見せた。実際、トルクは腕が鈍ったと言うが、その技量は衰えなど感じさせない凄まじいものであった。ラーディッシュで百式改を受領したトルクは、すぐに機体を使いこなして見せたのだ。全くブランクを感じさせないその実力は、ラーディッシュ隊の歴戦のベテランパイロット達でさえ寄せ付けず、往年の「黒い雷」トルビアック・アルハンブルの復活をまざまざと見せつけたのだ。
 だが、トルクを良く知る舞には、トルクの衰えが分かった。確かにトルクは強いが、それは舞の知るトルクの強さではなかった。あのファマス戦役も終盤に見せたトルクの凄まじい強さ、シアンにさえも迫った強さを知る舞には、今のトルクがどれほど衰えたかが分かるのだ。
 今でも充分超一流のパイロットで通用するだろうが、シアンやみさき、茜のような最強クラスのシェイドや、あゆや栞のようなNTを相手取ればかなりの苦戦を強いられるだろう。
 もし舞が戦えば、恐らく今のトルクには確実に勝ててしまう。今のトルクには、あの頃の覇気が無いのだ。

「・・・・・・トルク、この作戦、無事に終わると思う?」
「終わるんじゃないか。少なくともそういう予定なんだろ?」
「トルク、私は真面目に聞いているの」

 むっとした顔をする舞に、トルクは両手を上げて降参の意を現し、表情を少し引き締めた。

「多分、秋子さんは出てくるだろうな。ティターンズや他の連邦部隊が気付いたんだ。秋子さんが気付かない筈が無い。緊急展開軍の総力をあげて出てくると思うぜ」
「やはり、そう思う?」
「思うと言うか、秋子さんだしな」

 何故かその一言で納得できてしまうので、2人はなんだかおかしくなってしまった。あの最強の提督を相手にするというのに、不思議と落ちついている自分がおかしく感じてしまう。

「そう、そうよね。あの秋子さんなら、出て来るのが当然」
「そして、秋子さんが出てくるなら、当然あいつ等も出てくる」

 そう、秋子の持つ危険な刃、クリスタル・スノーの中でも一際凄まじい強さを持っていたサイレン隊。彼らの半数は今なお秋子の元にあって健在なのだ。月宮あゆ、七瀬留美、美坂栞、中崎勉といったメンバーは揃っており、これにサイレンではないものの、相沢祐一や水瀬名雪、天野美汐といったパイロットもいる。彼らと戦えばどれだけの被害が出るか想像も付かないのだ。
 それに、秋子は隠れも無い物量主義者だ。その辞書には大軍で来るのは卑怯だなどという、軍事ロマンチストの妄言は書いてない。圧倒的な大軍でこちらを押し潰しに来る筈だ。彼らに率いられた大軍がいずれ必ず自分たちの前に現れる。2人はそう確信していた。

 舞とトルクに予知能力があったわけではないだろうが、確かにこの時、サイド5から大艦隊が出撃していた。先行するオスマイヤー艦隊が欠けてはいるものの、旗艦リオ・グランデを中心に戦艦12隻、大型空母4隻、軽空母4隻、巡洋艦32隻、駆逐艦50隻を擁する緊急展開軍の主力部隊だ。スペースノイドの最大擁護者と言われ、スペースノイドから絶大な信頼を寄せられる水瀬秋子は、同時に地球連邦という巨大な力の象徴でもあるのだ。その温厚な笑顔からは想像も出来ないが、彼女は戦う時には徹底的に相手を叩き潰してしまう。
 今回も秋子は一切の手加減をするつもりは無かった。エゥーゴを叩き潰す決意を固めての出撃である。これだけの部隊を動かしながら、なお正規のサイド5駐留軍は無傷で残されている。このサイド5駐留軍だけでもかなりの大軍であり、ティターンズが4個任務部隊繰り出してきても撃退出来るだけの戦力が整えられている。
 これだけの後方部隊があるからこそ、秋子は心置きなくサイド5を留守に出来るのだ。サイド5に運ばれてきている緊急展開軍とサイド5駐留軍の拠点、フォスターU宇宙要塞。ここにはこれだけの艦隊戦力を維持出きるだけの能力が備えられている。
 この要塞に残り、サイド5を守るのは秋子がここに来て新たに招いた指揮官で、ランベルツ少将という。派手さは無いが堅実な手腕を持ち、これまで小さな実績を積み重ねてきた老練の提督である。秋子は彼の綻びを見せない手堅い指揮能力と、誠実な人柄を買って彼を招いたのだ。不敗の名将と名高い秋子に望まれた事は、彼の軍人生活のなかでも最大級の出来事だっただろう。後は定年まで田舎の基地で大過なく過ごすのだという時期になって、いきなり連邦内でも中道派の有力者である秋子自らに招かれたのだ。その時のショックは筆舌に尽くし難い。
 サイド5に来たランベルツは、そのままフォスターUの後方事務総監となり、フォスターUを事実上取り仕切っている。ランベルツはこの厚遇に感激し、生まれて初めて与えられた重職を嬉々とこなしていた。
 この新たなナンバー2に、当初誰もが不信の目を向けていた。はかばかしい実績があるわけでもない、何処にでもいそうな少将がどうしてこのサイド5の実質的なナンバー2に収まっているのだろうか。幾ら人材が減ったとはいえ、秋子の手元にはまだまだ有意な人材がいるというのに。
 だが、これらの意見に対して、秋子ははっきりと言い放ったのである。

「ランベルツ少将を求めたのは私です。彼の能力に不満があるなら、それは私の判断が信じられないという事ですね?」

 言葉口調は穏やかだったが、そこには幾多の戦場を潜り抜けてきた名将、水瀬秋子の覇気があった。彼女の外見に騙されたものは、大抵すぐに後悔する事になるのだが、本気を出した秋子は見かけによらず物凄いプレッシャーを感じさせるのだ。今回も秋子のプレッシャーに晒された一同は顔色を青褪めさせてすごすごと引き下がっている。
 これで少なくとも表向きにはランベルツを卑下する者はいなくなったが、依然としてランベルツを軽視する傾向はなくなっていない。サイド5には能力主義が厳然として貫かれており、高位につくにはそれなりの能力を要求されるのだ。今の所、ランベルツは後方事務総監の仕事は順調にこなしており、少なくともこの役職につく能力はあったことを示している。
 だが、それが有事に対処する能力があることには繋がらない。今の所、ランベルツにサイド5のナンバー2たる資格があるかどうかを試す機会は与えられそうもなかった。


 主力艦隊に先行して進発していたオスマイヤー艦隊は、かなり早くペンタに到着していた。戦艦2隻、巡洋艦4隻、駆逐艦12隻を擁するオスマイヤー艦隊が加わった事でペンタの防衛隊は飛躍的に強化されたが、これでもエゥーゴ艦隊に較べれば微々たる戦力でしかないことを彼らはまだ知らない。
 ペンタには先に緊急展開軍から割かれた巡洋艦4隻と、元からいた戦艦1隻、駆逐艦6隻があったので、これを加えて1個艦隊を新たに編成する。このオスマイヤー艦隊には急ぎ乗りこんできた最強の部隊があった。
 オスマイヤーの隣に立つ若い女性士官は、いささか緊張した表情で地球を見ていた。

「地球ですか、こうして見るのは久しぶりです」
「天野大尉は、この2年はサイド5から離れていなかったからな。懐かしいかね?」

 オスマイヤーと共に来ているのは、緊急展開軍でも最強の部隊の1つである天野大隊である。前回の祐一達の苦戦から、度数以下の戦力ではエゥーゴに対抗できない事が分かり切っているため、今回は最初からこの部隊をぶつける事にしたのだ。
 美汐は指揮下の48機を束ねて作戦に参加しているが、直属部隊以外に更にあゆと中崎を付けられている。まさに精鋭中の精鋭なのだ。

「エゥーゴ、来ると思いますか?」
「どうだろうな。水瀬提督は来ると確信しておられるようだが、俺には半信半疑としか言えん」
「ですが、秋子さんはこの手の読みを外した事がほとんどありません」
「そうだな、来ると見ていた方が良いことは確かだ。念の為無人の哨戒衛星と偵察機を出しておいてはある。奇襲を受けてはたまらんからな」

 オスマイヤーはエゥーゴを侮る事はしていない。敵は来るという前提で迎撃作戦を立て、綿密な哨戒網を作り上げている。だが、流石のオスマイヤーも敵が自分たちを遥かに凌ぐほどの圧倒的な戦力を揃えている事までは思い至っていなかった。これまでエゥーゴは多くても10隻程度の中規模な艦隊でしか行動した事はなく、まさか60隻近い大軍で行動しているなどとは思いもよらないでいる。加えて、敵のMSはその半数以上が第2世代MSに切り替わっている。自分たちが未だにジムU、ハイザックといった第1世代機から脱却できていない事を考えると、この差は大きかった。

 そして、遂に接近するエゥーゴ艦隊がオスマイヤーの哨戒網に引っ掛かった。その数にオスマイヤーは顔色を失ってしまう。自分たちの2倍以上の大軍だ。秋子の部下であるオスマイヤーも物量主義の傾向があり、数が力という発想をする。つまり、自軍の2倍以上の敵というのは、彼にしてみれば絶対に相手をしたくない敵なのだ。
 だが、やらなくてはならない。秋子にはここで遅滞戦闘をして時間を稼げと言われているのだから。あの秋子が無茶な事を言うのだから、何か考えがあるのだろう。
 
かくして、地球軌道で再び戦闘が始まる。かつて、カノンで共に戦った仲間達が刃を交え、殺し合う時が来たのだ。そして秋子もまた、ここに向っている。エゥーゴVS秋子。スペースノイドを守ろうとする者達が、異なる立場の為に戦わなくてはならない。だが、これが戦争なのだ。個人の考えなど戦争には反映されない。ただ、指導者の求める未来の為に兵士は死ぬのだ。
 連邦とエゥーゴの、初めての本格的な対決、これは、ファマス戦役以降、曲りなりにも保たれてきた平和の終焉を意味していた。誰が望んだ戦争なのか、これからどうなるのか、その未来図を描いている者は、まだ少なかった。

 

ドゴス・ギア級戦艦
兵装  大型単装砲+2連装砲×3
    単装砲×4
    大小火器多数

<解説>
 ティターンズが建造した大型の次世代型新造戦艦。宇宙空間での戦闘を考えて作られた艦で、バーミンガム級戦艦を元に設計が行なわれている。実に8基ものMSカタパルトを装備し、戦闘空母的な性格を強めている。カノン無き今、砲撃力は地球圏でも最大最強の物で、連邦のバーミンガム級戦艦よりも新しい設計である為、砲数が少なくても砲力では勝っている。
 ティターンズでは旗艦として運用されることも多いが、どちらかというとグリプスに留め置かれている事が多い。エゥーゴが最も恐れている戦艦でもある。


後書き
ジム改 ううむ、難産だ。この辺りはどうすればいいのか悩んでしまう。
栞   どうしたんです、何時もみたいに勢いで書けば良いじゃないですか?
ジム改 グリプス編は関わる勢力が多くて困ってしまうのだよ。
栞   つまり、力関係で苦しんでると?
ジム改 それもある。
栞   じゃあ、私を何時出すかで悩んでるんですか?
ジム改 それはどうでも良いんだが。
栞   じゃあなんですか!?
ジム改 うむ、実はだな、エゥーゴが余りにも弱すぎるのだ!
栞   そうですか、結構強そうですけど?
ジム改 一見するとな。だが、実際には連邦とティターンズを同時に相手取るんだぞ。
栞   まあ、そうですけど。
ジム改 そうなるとだ、エゥーゴの戦力はいかにも非力なんだよ。
栞   でも、もう百式までいるんですし、大丈夫じゃあ?
ジム改 このSSでは、性能は数で補えるというのを忘れたのか?
栞   あう、そうでした。となると・・・・・・
ジム改 そう、補給力に劣るエゥーゴは弱いのだ。
栞   盲点でしたね。