第4章   降下作戦


 宇宙世紀0086年1月12日、地球軌道を目指すエゥーゴ艦隊が、自分達を阻むかのように展開する連邦艦隊に気付いたのは、作戦開始まで後2時間という時であった。地球軌道上に展開する艦隊を、前方に位置していた駆逐艦エリクソンのレーダーが捕らえたのだ。

「艦長、前方に艦影多数、横列に展開しています!」
「やはりいたか、アーガマに至急連絡だ。本艦はここに固定、敵の動きを待つ!」

 エリクソンからの通信を受け取ったアーガマでは、直ちに所定の作戦にしたがって艦隊を展開させ始めた。

「アーガマ隊は前方に出るぞ。ラーディッシュ隊は上方に展開。降下部隊は降りる事だけを考えろ。後2時間で降下軌道に入るぞ!」

 アーガマを中心とする艦隊が前に出てきて、MSを展開させていく。降下部隊の為の道を切り開く必要があるので、なるべく早くケリを付ける必要がある。デュラハンらエースパイロットを軒並み地球に降下させる事になっているので、アーガマにある超エースは1人しかいない。
 赤いリックディアスに乗るもう1人のエースパイロット、「真紅の稲妻」ジョニー・ライデン少佐だ。かつて、ジオンで勇名を馳せた男である。
 ライデンはリックディアスのコクピットでブライトの通信を受けた。

「ライデン少佐、降下部隊はこのまま地球軌道に直進させる。敵を進路上から退かせるんだ!」
「新兵の訓練ばかりで飽き飽きしてた所だ。久しぶりに暴れさせてもらうぜ、艦長」

 ライデンは久しぶりの実戦に心が躍るのを感じていた。この戦場特有の高揚感が彼は好きなのだ。別に好戦的という訳でもないのだが、この辺りはパイロットの性とでも言うのだろう。祐一や北川のような人物にもそういう部分はある。そういう感性を全く持ち合わせていないのは、あゆや瑞佳ぐらいだろうか。
 因みに、ジョニー・ライデンと言えば真紅の機体、というイメージがあるが、じつは有名なMS−06R2を渡された時、彼はそのカラーリングを見て激高したのである。

「なんだこの色は、俺に的になれとでもいうのか!?」

 シャア・アズナブルと違ってまともな感性の持ち主であったライデン少佐は、真紅の機体で戦場を駆けるなど冗談ではないと担当者を罵ったのだ。だが、周囲の兵士に与える心理的影響という物もあり、ライデンは渋々この機体を受け入れた、というエピソードがあるのだ。
 そんな訳で、彼自身は別に赤色が好きという訳ではないらしい。

 出撃して行くMS隊を見て、ブライトは艦隊を密集させた。今回の目的は突破であり、敵の殲滅ではない。敵が退いてくれればそれが1番良いのだ。何処の部隊かは知らないが、素直に撤退してくれればあり難い。

「我々の敵は連邦軍ではないのだ。何故それが分からない」

 ブライトは小さな声で敵部隊の指揮官を罵った。自分の基地で大人しくしていれば良いものを、何で出てくるのだ。
 だが、その苛立ちも、敵からの通信を受け取るまでであった。通信士が敵艦からの通信を傍受したのだ。

「艦長、敵からの通信です」
「通信だと。よし、繋いでくれ」
「了解、2番です」

 暫し待つと、小さな通信モニターに40代くらいの将官の姿が映し出された。その人物に見覚えがあるブライトは敬礼する。

「これは、オスマイヤー少将」
「ブライト大佐、久しぶりだな。ファマス戦役以来か」

 懐かしそうに表情を緩めるオスマイヤー。かつては共に戦った戦友同士、色々と思うところもあるのだろう。だが、それも一瞬ことだ。すぐに表情を引き締めると、ブライトに命令口調で勧告してきた。

「ブライト大佐、今すぐに機間を停止し、武装を解除せよ。これは命令だ。従わない場合、我々は君達を反乱軍として殲滅する」
「・・・・・・少将、少将は今の連邦の実情に疑問は無いのですか。ティターンズなどという輩が我が物顔でうろつき、自己の権勢をひけらかす。これが我々の勝ち取った未来ですか。我々はこんなものの為に一年戦争を、ファマス戦役を戦い抜いたのですか!?」
「言いたい事は分かる。だが大佐、不満があるからといって暴力に訴えるのは間違っているだろう。我々は軍人なのだ。そして、軍人こそもっとも自制を必要とするのだ」

 オスマイヤーは淡々とブライトを諭した。この主張は秋子の主張でもある。秋子はどんな理由があれ、軍人が武力を持って政府に反抗するのを決して許そうとはしない。今回のエゥーゴの決起に秋子が参加していない理由も、まさにそこにあった。如何なる理由があれ、軍人が武力で政治を正そうとするのは間違っていると秋子は考えているから。
 そして、その考えはオスマイヤーらの部下にも浸透し、秋子の配下からは誰一人エゥーゴに参加してはいない。
 オスマイヤーに諭されたブライトはしばし考えたが、どう言っても退きそうに無いと悟ると、残念そうに息を吐いた。

「少将、どうしても退いては貰えませんか?」
「くどいぞ、大佐。私は連邦の軍人だ!」
「・・・・・・分かりました。ですが、我々はそこを通してもらいます!」
「良かろう、話し合いはここまでだ。通りたければ力づくで突破して見せろ!」

 それを最後に、オスマイヤーからの通信は途絶えた。ブライトは遣り切れなさを床を蹴ることで発散させると、憂鬱そうに口を開いた。

「オスマイヤー少将がいるという事は、あれは緊急展開軍の艦隊か」
「艦長、敵もMSを出しました!」
「やる気だな、仕方ない」

 緊急展開軍となれば、連邦の精鋭部隊だ。舐めてかかることは出来ない。ブライトは艦長席に座ると、指揮下の全艦艇に指示を出した。

「全艦、砲戦用意。敵は少数だが侮るなよ。ティターンズ以上の強敵と思え!」
「サチワヌ、モンブランは右舷に、サンフランシスコ、キールラントは左舷に移動。凸形陣を作れ!」
「MS隊は艦隊の前方左右に展開。主砲の射線を妨害するなよ!」

 アーガマの艦橋がにわかに活気付き、アーガマ隊に属する艦やMSが動きだす。だが、それが終わるよりも早くオスマイヤーが動いた。

「砲撃開始、奴らの出鼻を挫け!」

 旗艦であるマゼラン改級戦艦のコンゴウが主砲を放ち、半瞬遅れて他の艦も主砲を撃ちはじめた。ビームとミサイルの火線がエゥーゴ艦隊に叩きつけられ、防御スクリーンに弾かれて明後日の方向に捻じ曲げられる。飛来したミサイルが弾幕に捉えられて火球に変えられる。
 そして、エゥーゴ艦隊からも反撃が加えられた。防御スクリーンというスキル防御手段の登場により、艦隊戦は一年戦争よりも格段の難しさを見せている。何しろ距離や角度によっては戦艦の主砲でさえ容易く弾かれるのだ。必然的に両軍は距離を詰めあったり、砲撃を集中することで防御スクリーンを破ったり、実体弾で防御スクリーンを無視するという選択を迫られる事になる。
 MSクラスのビームライフルなど、防御スクリーンを展開されれば余程肉薄しないと意味が無くなってしまった。だが、それはMSをかなりの危険に晒す事になる。必然的にMSはバズーカを携帯したり、ミサイルを装備するようになる。あるいは対艦攻撃機に任せると言う選択をする事になる。
 エゥーゴは対艦攻撃機として使う事の出来るメタスを量産して使う選択をし、連邦はアヴェンジャー攻撃機やダガーフィッシュを未だに使っている。今回も連邦軍はジム・FBやジムUの護衛を受けながらアヴェンジャーを突入させている。
 この連邦MS部隊に対し、エゥーゴはネモとリックディアスで迎え撃った。機体性能では確実に上回るネモとリックディアスを使うエゥーゴ部隊は最初から連邦部隊を飲んでかかっていたが、彼らはすぐにその報いを受けることになった。
 狙いを定めたジムUやジム・FBが次の瞬間には目の前から消え、多くのパイロットは我が目を疑った。

「なに、消えただとっ!?」

 それで動きを一瞬でも止めた機体は、たちまち三方から集中される攻撃に被弾して損傷、あるいは破壊されてしまった。見事な編隊機動を見せる連邦MSにエゥーゴMSは機体性能で勝りながら押されていた。
 やがて、自分たちが戦っている敵の正体に幾人かが気付きだす。

「こいつ等、クリスタル・スノーだ!?」
「まさか、緊急展開軍に残ってる最後のクリスタル・スノー大隊、天野大隊か!?」

 緊急展開軍に残る最後のクリスタル・スノーだけで編成される天野大隊。その実力は連邦内でも並ぶ者無しと言われる、まさに水瀬秋子の虎の子の部隊である。それを投入してきたという事は、彼女は間違い無く本気だという事だ。
 噂に違わぬ凄まじい技量を見せるクリスタル・スノーのパイロット達。その雪の結晶のマーキングはファマス戦役で敵からは死神と恐れられ、味方からは何者よりも頼もしく映っていた。
今まさに、その死神が蘇ったのだ。往年の力が決して錆び付いていない事を実力で証明して見せている。3機での連携した動きで敵1機を追い詰めるという独特の戦法も、大隊長の指揮で全体が常に統一した動きを見せるその特徴的な戦い方は未だに顕在のようだ。
 天野はジム・FBを駆りながら直属小隊の護衛のもと、エゥーゴMSを包囲下に置こうとしていた。

「第4中隊は敵の上方を塞いでください。数は向こうの方が多いですが、敵の本体が来る前にこのまま半数は堕とします。ヘープナー中隊はまだ後方で待機を」

 ヘープナーはファマス戦役終結時は倉田大隊にいたが、今ではオスマイヤーの元で1個中隊を纏めている。今回は天野の指揮を受けているのだが、天野の部下ではない彼の中隊は1段低い評価をされてしまっている。もっとも、ヘープナー自身もそれが正しいと分かっているから文句は言わない。
 だが、ヘープナー以外の2人は文句を言ってきた。

「うぐぅ、天野さん、ボクはまだここに居るの?」
「そうだぜ天野、せっかく来たんだし、少しは仕事させてくれよ」
「あゆさんと中崎さんは・・・・・・まあ良いでしょう、お好きになさってください。ウォーミングアップも必要でしょうし」

 天野と共に来ていたあゆと中崎。2人は言うまでも無くエゥーゴのエースに対抗する為に来ているのだ。エゥーゴに参加したパイロットの中に、あの「赤い死神」デュラハン・カニンガム少佐がいる事が分かっており、もし出てきたら天野でも手に余る強敵だからだ。
 だが、今の所そのような強敵がでてくる気配は無い。ならばこの最強のカードを切ってしまっても問題は無いだろう。
天野の許可を受けた2人は戦場へと躍りこんで行った。あゆは未だにファマス戦役時代に愛用していたセイレーンを駆り、中崎はティターンズから供与されているガンダムマークUの連邦カラーに乗っている。この2人のエースパイロットの加入により、戦闘は完全に連邦ペースとなってしまった。

 瞬く間に味方の識別信号が消えていくのをアーガマから見ていたブライトは、艦長席から立ちあがり、ベテランの彼らしくもなく唖然としてしまっていた。冗談ではない、強い強いと聞かされてはいたが、まさかこんな化け物だったとは。味方の時はさほどとも思わなかったが、いざ敵に回すとその強さが良く分かった。
 
「MS隊を下がらせろ。このままだと全滅するぞ!」
「撤退信号は出していますが、半数ほどは敵に捕まっています!」
「この短時間で半数が戻れないだと、そんな馬鹿なことが・・・・・・・」

 ブライトは自分たちの予想が甘すぎた事をようやく悟った。緊急展開軍の戦闘能力を低く見積もりすぎていたのだ。まさか、この程度の戦力でここまでの強さを発揮するとは。

「やむをえん、艦砲射撃を加えろ!」
「ですが、それでは味方も巻き込みます!」
「ある程度は覚悟の上だ。このままだと全滅させられるぞ!」
「りょ、了解!」

 急いでアーガマの砲手が主砲の照準をつける。他の艦にも命令が伝達され、主砲の発射準備が整えられた。

「全艦、主砲発射準備完了!」
「ようし、撃てえ!」

 アーガマがまず砲門を開き、僅かに遅れて他の艦も次々に発射しはじめた。ビームが戦闘宙域を貫き、そこで戦うMS達をビビらせる。指揮をとっていた天野は乱戦中に艦砲を撃ちこんでくる敵の非常識ぶりに流石に慌ててしまった。

「何を考えてるんですか、こんな乱戦中に艦砲射撃などしたら、味方撃ちの危険が高いというのに!?」

 天野は急いで部下達にこの宙域からの離脱を命じた。うかうかしてると直撃を受けて要らぬ損害を出してしまう。だが、天野の歴戦の部下達は天野の指示を待つまでもなくその場から逃げ出していた。言われなくても自分の判断で動き回れるのがベテランと呼ばれる条件の1つだ。
 これに対し、エゥーゴパイロットはまだ経験が浅いのか、自分の判断での行動を許容されていないのか、すぐにその場から逃げようとはしなかった。この為、エゥーゴMSは艦砲の直撃を受けて4機が消滅してしまった。
 だが、この犠牲の元にエゥーゴMS隊は後退に成功し、戦線の立て直しが計れたのである。態勢を立て直されてしまった天野は特に悔しがるでもなく、自分の部下を終結させ、再度の攻撃の機会を伺うことにした。

「まあ良いですか。こちらの目的は遅滞戦闘ですし、向こうが積極的な行動を取らないのなら願ったり叶ったりです」

 天野は味方の被害を報告させた。損失機は3機、損傷機は8機と、思っていたよりも多い。自分達よりも良い機材を使い、数も勝る敵を相手にした事を考えれば、普通なら無視して良いほどの犠牲だと思うだろうが、天野大隊ともなるとこれが普通であり、むしろ圧倒できなかった事の方が珍しいのである。
 
「損傷機は艦に戻って機体の修復を。消耗の大きい第3中隊は第4中隊と合流し、臨時に1個中隊を編成。指揮は第3中隊長のラコーニ大尉に任せます」
「ですが隊長、もう一戦するんですか?」
「やるかどうかは向こうの出方次第ですが、このまま退く事はないでしょう。もう一戦するでしょうね」

 天野は、エゥーゴがそれほど弱腰とは思っていない。地球軌道にわざわざ艦隊を揃えてやってくるような相手なのだ。そして、ブライトは決して弱腰な指揮官ではなかった。MS戦の不利を悟ったブライトは一度MSを下げ、艦隊砲戦に持ち込もうとしていたのだ。
 接近してくるエゥーゴ艦隊に対し、オスマイヤーは天野を下がらせた。砲撃戦を受けて立つつもりなのだ。

「艦隊を密集させろ。防御スクリーンを正面に集中して守りを固める。対ビーム榴散弾、迎撃ミサイルを全門装填しておけ!」
「しかし提督、数ではこちらが遥かに劣ります。正面から撃ち合えば確実に撃ち負けますが?」
「だからと言って、ここで退く訳にもいかん。水瀬提督が来るまで、ここに少しでも長く拘束するのだ」

 オスマイヤーの命を受けて、艦隊は密集体形を取っていく。対するブライトは陣を左右に展開し、扇形を取らせた。数を生かして火力を一点に集中するつもりだ。そして、ほとんど同時に両軍は砲門を開いた。ビームとミサイルが相手に向けて叩きつけられ、干渉しあったビーム同士がプラズマ雲を生み出して軌道を逸らし、あるいは霧散していく。ミサイルも途中で次々に破壊されてしまい、相手になかなか届かない。
 この砲戦は、最初からオスマイヤー艦隊にとって負けが確定している砲戦である。徐々に撃ち負け出した連邦艦隊はビームとミサイルに晒らされるようになり、迎撃ミサイルが放たれ、防御スクリーンがビームを弾いて燐光を発する。
 オスマイヤーも乗艦のコンゴウの防御スクリーンがビームを弾く度、襲い来る振動に艦を揺さ振られる。うち続く振動にオスマイヤーは指揮官席に身体を固定して耐えながらも矢継ぎ早に指示を出した。

「距離を詰められるな。敵に気付かれないよう、少しづつ後退するんだ。これ以上距離を詰められると防御スクリーンも持たんぞ!」
「駆逐艦パーカーに直撃弾2、中破しました!」
「パーカーもか・・・・・・・」

 オスマイヤーの顔に苦渋の色が浮かぶ。このままでは数を一方的に磨り減らされてしまう。だが、まだ逃げる訳にもいかないのだ。秋子は自分に時間を稼げと言った。あの提督が部下を死地に送り出して見捨てる筈がない。

「良いか、最後まで諦めるなよ。もうすぐあの水瀬提督が駆けつけてくれる。あの人が部下を見捨てる筈がないんだ。だから絶対に最後まで諦めるな!」

 オスマイヤーの激に誰もが頷く。連邦広しと言えども、秋子ほど将兵から人望を集める提督はいない。それは、秋子は部下を絶対に切り捨てないという確信と、その戦歴から来ている。どのような戦いであっても常に勝利と共にあった彼女の信頼感は絶大なものがある。
 水瀬提督は大軍を率いて必ずここに駆けつけてくる。その確信があるからこそ、オスマイヤー艦隊は崩れを見せない。どれだけ不利な状況であっても諦めずに戦い続ける。その粘りにさしものブライトにも焦りが見え始めた。

「なんてしぶとい奴らだ。この状況でまだ崩れないのか」
「艦長、MS隊が敵に阻まれた艦隊に取りつけません!」
「あの旧式機で、数でも劣っていながらこの強さか。噂に偽りは無しということだな」

 艦隊同士の射線上から離れた所でMS同士の戦いが行なわれているが、その中でも一対の翼の様に見えるバインダーを装備したMSの強さは明らかに群を抜いている。あの機体を知らぬ者は連邦群にはいない。ブライトもファマス戦役で散々見てきた機体だ。

「うぐうううぅぅぅぅぅぅ!」

 戦場に木霊する「うぐぅ!」の声。この奇声が轟く時、その戦場はまさに地獄となる。サイレン隊でもシアンや七瀬と並んで最強と謳われた超エース。「天駆けるうぐぅ」こと、月宮あゆ中尉の登場は、エゥーゴMS隊に恐慌を引き起こした。

「や、奴だ、天駆けるうぐぅだ!」
「来てやがったのか、あの化け物!」

 3年も前の旧式機でありながら、その強さは未だに驚愕するべきレベルだ。もともとあゆとアーセンが趣味で作り上げた最強のシェイドMSであり、その性能はファマス戦役最強であったのだから、今でも通用するのは当然だ。そこに更にあゆが乗っているのだから、手が付けられなくなるのも無理は無い。
 これに立ち向かっていった機体は例外なくまともな勝負も出来ずに堕とされている。このままでは不味いと感じたライデンは、自分が相手取る事を決めた。

「退け、そいつの相手は俺がする!」

 リックディアスを突っ込ませながらクレイバズーカを2発撃つ。それは容易く回避されたが、注意を自分に向けさせる事は出来た。
 あゆも迫り来る強烈なプレッシャーには気付いていた。敵の中でも一際大きな存在感を持つ相手。それが来たのだ。

「誰だか知らないけど、君を倒せばとりあえずどうにかなりそうだね」

 あゆの見立てでは、このリックディアスのパイロットは祐一と同等くらいの腕だろう。勝てない訳ではないが、楽に勝たせてくれる相手でもない。
 この2人の対決は、ライデンにとって余りにも不利だった。シャアと同じくスピードと運動性重視の戦法を取るライデンにとって、自分よりも速く動けるセイレーンはかなりやり辛い相手だ。加えてパワーも向こうの方が高い。
 必死に機体を操りながらも、ライデンは焦りの罵声を漏らしている。

「畜生、こいつが「天駆けるうぐぅ」か。化け物ってのは噂半分じゃなかったって事かよ!」

 放たれるビームライフルのエネルギー弾は恐ろしいほどに正確であり、全力での回避を強いられている。このままでは反撃など夢のまた夢だろう。こいつには自分では勝てないという事はすぐに分かってしまった。
 対するあゆも、思ったより粘りを見せるリックディアスに少し焦りを見せている。さっさと片付けて他の機体を堕とすつもりだったのに。こうも梃子摺らされるとは。

「うぐぅ、この人、強いよ」

 何を言っても泣き言に聞えてしまうのは、本人の日頃の行いのせいだろうか?


 
 この圧倒的に不利な戦況で、それでも戦いを継続出来るのは、指揮官の実力と将兵の錬度がやはり桁違いなのだろう。並の指揮官ならとっくに壊走させられている筈だからだ。
 連邦最強の2つ名は伊達では無いようだ。圧倒的に不利な状況でなお崩れずにいる。だが、少しずつ押し込んでいくことで、どうにかエゥーゴはジャブローへの降下軌道を確保しようとしていた。

「艦長、ジャブローへの降下軌道が開きました!」
「良し、降下部隊に出撃命令を出せ。奴らをここから一歩も通すなよ!」

 ブライトの指示を受け、スチムソン率いる仮装巡洋艦部隊が地球へと降下していく。ある程度運んだら、そこでまずフライングアーマー装備の先発隊を出し、少し遅れてバリュート装備の本隊を降下させることになる。
 スチムソンは旗艦であるオマハの艦橋で降下部隊を指揮しつつ、小さな疑問を感じていた。

「おかしいな、あの水瀬秋子があの程度の部隊だけをぶつけてきたと言うのか。俺の知る限り、あの女は敵より少数では戦わない筈だが」

 この疑問に誰かが答えてくれるでもなく、降下部隊は遂にフライングアーマー部隊を発進させはじめた。舞とトルクの百式改の姿もある。
 トルクは百式改の傍で整備兵と打ち合わせをしていたのだが、舞の声に顔を上げた。見れば舞がキャットウォークからこちらに飛んできている。

「トルク、貴方は地球は初めて?」
「いや、新兵時代は地球にいたぞ」
「そう、私は初めてだから、少し不安」

 生粋のスペースノイドである舞には、地球という場所は未知の場所なのだ。重力下での戦闘というのがどういうものかも頭でしか分かってはいない。未知の戦場では誰しもが不安になる。舞といえども例外ではないのだ。
 トルクは舞の肩に手を置くと、2度ポンポンと叩いた。

「心配するな、俺に付いてこれば何とかなる」
「・・・・・・余計に心配かも」
「おいおい」
 
  苦笑を張り付けるトルク。舞はファマス戦役の頃に較べて本当に表情が豊かになり、ユーモア感覚も磨かれている。色々と苦労をしてきたのだろうと想像はつくが、あえて聞きはしない。お互い、余り良い過去を背負っている訳ではないのだから。
 そして、それぞれの機体へと散っていく。

「舞、先に出るぞ」
「私も次に出る」

 次々に発進していく先遣部隊。だが、彼らが降下に入るよりも早く、地球の陰から幾つもの光が現れた。射線が通った事でレーザー観測機が機能し、それの正体を判別する。そして、それが判明したとき、アーガマの艦橋でレーダー手が絶叫した。

「地球の陰より新たな艦隊を確認。数、およそ100隻!」
「100隻だと、何処の部隊だ!?」

 ブライトが艦長席から立ちあがって叫んだが、すぐに自分の言葉を後悔した。何を馬鹿なことを言っているのだ。そんな艦隊、考えられるのは1つしかないではないか。
 そう、遂に来たのだ。あの水瀬艦隊が、水瀬秋子中将が。


 現れたのは緊急展開軍主力であった。秋子自身が座嬢するリオ・グランデの姿もある。秋子はオスマイヤー艦隊がまだ持ち応えている事を確認すると、全軍にエゥーゴ艦隊への攻撃を命令した。

「全艦突撃、オスマイヤー艦隊を救出し、エゥーゴ艦隊を叩き潰します!」

 秋子は直率の本隊を真っ直ぐオスマイヤー艦隊とエゥーゴ艦隊の間に割り込ませながら、2つある分艦隊に側面や上方、下方に回りこむように指示を出した。
 緊急展開軍にはオスマイヤー少将の他にも2人の分艦隊司令官がいる。かつてはリビックの配下で活躍し、高速部隊を率いた戦闘に定評があるアーレイ・バーク准将と、地味だが堅実な指揮ぶりを評価されるサローム・シドレ准将である。双方とも巡洋艦、駆逐艦で編成され、足の遅い戦艦は伴っていない。
 2人とも20隻ほどを率いてバークは左側面に、シドレは下方に回り込もうとした。流石に消耗著しいオスマイヤーは後退している。
 だが、戦力を分散させた秋子の判断に、マイベックに変わって参謀長の座についているジンナ准将が懸念を示した。彼は南アジア系の浅黒い肌を持つ40代後半の人物で、一年戦争ではアジア方面で活躍していた。ファマス戦役には参加していない。

「提督、僅か20隻程度では、各個撃破の対象となりはしませんか?」
「敵の数は少ないです、何とかなるでしょう。今は時間の方が惜しいです」
「ですが、犠牲が大きくなりますぞ?」
「多少は覚悟の上です。それに、こちらが払った犠牲に見合うだけの代償は払わせますよ」

 クスリと笑う秋子。だが、その横顔を見てしまったジンナは背筋が凍り付くかのような畏怖を覚えた。同じ笑みなのに、纏う雰囲気が変わるだけでこうも変われるものなのかと思うほど、秋子は時折恐ろしい笑みを浮かべる。そう、この笑みを浮かべる時、秋子は本心から怒っているのだ。


 このバークとシドレの動きにヘンケンが対応した。上方に位置していた部隊を二分し、それぞれにぶつけたのだ。

「奴らを降下部隊に近付けるな。なんとしても食い止めろ!」

 ヘンケンの命令で新旧混在のラーディッシュ隊がこの2部隊と激突する。これまでとは異なり、統制された艦隊戦ではなく、機動力を生かした乱打戦の様相を最初から見せていた。ただ、バーク艦隊やシドレ艦隊が高速艦だけで編成されているのに対し、混成部隊であるラーディッシュ隊はかなりの不利を強いられた。速度性能が異なる艦艇同士が機動戦をやると、陣形が保てずにばらばらに成り易いのだ。まして、充分な訓練を積んでいる緊急展開軍と異なり、エゥーゴ部隊は普段は少数手段で行動しており、このような大規模集団での訓練など積んではいない。
 実戦と訓練というのは異なる。実戦経験豊富な部隊は訓練度も高いと思われがちだが、実際には全く異なる。前線で実戦を続けると確かに戦う為の技量は磨かれるが、これは戦場で生き残る、そして敵を殺す技量が磨かれると言う事なのだ。部隊行動や細かな機体操作など、基礎的な事や、全体的な技量は日を追うごとに低下してしまう。この為に、前線で頑張っている部隊は一定期間が過ぎると後方に下げられ、再訓練を受けるのだ。
 エゥーゴはこの訓練が決定的に足りないのだ。元々が烏合の衆であり、強い個人の集合体であるエゥーゴは部隊間の連携がかなり悪い。基本的に数隻、多くても十数隻程度の部隊でしか動かないからだ。また、その強さや協調性も指揮官個人の資質に恐ろしく左右される。また、グラナダやフォン・ブラウンなど、所属母港によって気風に差があり、ヘンケンなどはグラナダの艦隊を「戦意が無い!」と言って罵倒した事もある。
 今回の作戦ではエゥーゴも歴戦の艦長を集めたという事もあり、これまでは大きな問題も起きてなかったのだが、このような高速で動き回る機動戦闘では指揮系統にかかる負担は並大抵のものではない。まして、ブライトもヘンケンも、大軍を率いた経験が無いのだ。
この為、エゥーゴ部隊は混乱をきたした。ブライトやヘンケンの指揮を受けられなくなった部隊はたちまち集団から外れた動きをするようになり、孤立していく。

 エゥーゴの混乱を見て取った秋子は、祐一にMS隊の発進を命令した。

「祐一さん、降下するMSの半数はなんとか阻止してください」
「難しいですが、やってみます。それと、栞の部隊を先に出してください」
「分かりました」

 秋子は格納庫との通信を切ると、傍らに立つ参謀役というか、特別に連れて来た人物に声をかけた。

「雪見さん、みさきさんにも出てもらいますよ」
「しかし、良いのですか。あれはまだ試作段階から抜けてませんが?」
「ジムシリーズの最新型です。完成度は十分でしょう」

 そう、川名みさきと深山雪見は、服役後に揃って秋子にスカウトされていたのだ。身寄りがあるわけでもなく、明日の生活にも困っていた2人は、少佐という階級を提示されて断ることはできなかった。それに、水瀬秋子という人物が、悪い噂とは無縁であったことも大きかった。
 結果としてこの賭けは成功し、2人は連邦の進めてい新型MS開発計画を任され、なんとか量産試作にまでこぎ付けたのだ。
 そう、みさきが乗ろうとしているのは、XRGM‐85RジムV。サイド5で開発が進められている新型量産機であった。
 祐一と同じく格納庫にいたみさきは、出撃前の最後の食事に勤しんでいた。それを見てしまった整備兵や新兵達が度肝を抜かれている。やってきた祐一や名雪ですらも流石にうんざりした顔をしていた。

「みさきさん、頼むから食事はその辺りにしといてくれない?」
「その声は祐一君だね。うーん、でも、出撃前はやっぱり緊張してお腹がすくからなあ」
「・・・・・・普通、逆だと思うんですけど?」

 名雪の突っ込みもみさきにはなんの効果も無い。すでに彼女の腹には60枚を越す食パンが消えている。見ていて胃が痛くなるような彼女だが、その実力はシアンをして「自分以上」と言わしめるほどのパイロットである。一年戦争でもファマス戦役でも、秋子やシアン、あゆは機体性能の差があって何とか戦えたような相手であり、まさに最強といえる超人である。
 ただ、シアン同様に性格はかなり緩く、自分たちはこんな人に散々苦戦させられたのかと思うと、情けなくなってもくる。ただ、自分たちの気風にはあっていたのか、すぐに馴染んでしまったが。


秋子はMS隊に出撃を命じると、今度は空母部隊の旗艦であるエセックスに繋いだ。

「エセックスへ。MA部隊を出してください」
「了解しました」

 秋子の命令を受けたエセックスでは大騒ぎになっていた。ラザルス級大型空母の巨大な船体の下部に固定されている巨大なMA、GP−03デンドロビウム。GP計画が生み出した化け物であり、拠点防衛用として開発された最強最悪の機体である。栞はこのGP―03に乗り、量産型のGレイヤー部隊を率いている。
 このGレイヤーというのは、GP−03のオーキス部分だけで完成されるMAで、ステイメンなどが省かれている。おかげでコストは下がったのだが、それでも破格の超高級機であり、サイド5でしか生産されてはいない。それでも生産数はごく僅かであり、秋子の緊急展開軍とサイド5駐留軍にさえ僅かに6機が配備されているにすぎない。このうち2機が栞と共にここにやってきている。
 栞はGP−03のコクピットから部下の2機に通信を入れた。

「いいですか、突撃してまず一撃し、敵艦隊を突き崩します。オスマイヤー艦隊の借りを倍返ししますよ!」
「「了解です」」
「それじゃあ出発です、しおりん軽騎隊出撃ですよ!」
「・・・・・・隊長、やっぱりその名称は止めませんか?」
「駄目です」

 きっぱりと言い切られ、部下達はガックリと項垂れてしまう。美坂栞少尉、絵と同様にネーミングセンスも最悪な女であった。そして、こんなネーミングの部隊に襲われるエゥーゴもまた、可哀想としか言えないだろう。
 そして今、白い悪魔達は解き放たれた。連邦に仇なす者達を、うち滅ぼす為に。


 



機体解説


XRGM−85R ジムV
兵装  ビームライフル 又は バズーカ
    ビームサーベル×2
    60mmバルカン×2
    8連装ミサイルランチャ−×2
    連装対艦ミサイル×2
<解説>
 ジムUに続く連邦の次期主力候補MSの1つで、コストの安さと、ジム系列パイロットなら機種転換がすぐに終わるという利点がある。また、火力も極めて高い。サイド5とジャブローで開発が行なわれており、ジャブローでは陸戦型が、サイド5では宇宙型が開発されておる。とはいえ、機体その物に大きな差があるわけではなく、第2世代機の特徴であるムーバブルフレームは同じ物である。つまり、外装の交換を行うことでどちらにでも転用出来る融通性がある。
 基本的にはとてもコストパフォーマンスに優れる機体で、マラサイ以上の性能を目指して開発されてはいる。


RX−78 GP−03 デンドロビウム
兵装  多すぎです・・・・・・・
<解説>
 GP計画で生み出された拠点防衛用MS。だが、実際にはMA。いろいろあって秋子が貰い受け、量産型まで発展している。とにかく高機動、大火力、重防御の3つを追及されており、巨大な機体に付けられるだけの武装とスラスターを搭載されている。余りに出鱈目な機体の為、パイロットを選ぶという問題もある。
 扱いに困った祐一はこの機体を栞に押しつけたのだが、何故か栞は大喜びでこれを受け取った。その時の栞の言葉は「これで私の時代が来ます!」であったというが、定かではない。

FFA−03 Gレイヤー
兵装  メガビーム砲
    大型ビームサーベル×2
    Iフィールドジェネレーター
    兵装コンテナ×2
<解説>
 デンドロビウムの量産型で、オーキス部分だけで完成されている。ステイメンの変わりに戦闘機のようなコクピットが増設されており、生存性は低下してしまっているが、量産性と整備性はかなり向上している。だが、それでもその生産コストはふざけたもので、これ1機で巡洋艦が建造できるとまで言われるほど高価なのである。この機体のコストを聞かされた秋子は卒倒してしまったという逸話まである程である。別名「史上最強の金食い虫」。
 一応秋子の所有する6機が栞の「しおりん軽騎隊」に属しており、作戦に応じて投入されるが、運べるのがラザルス級大型空母だけという運用上のデメリットもあり、基地に配備される防御兵器として運用するのが正しい姿である。



後書き
栞   遂に私が出てきました!!
ジム改 おおう、いきなり気合が入ってるね?
栞   当然です、遂に私の時代が来たんです!
ジム改 ムッチャ強気ですね?
栞   ふっふっふ、今度の機体はガンダム最凶と歌われるデンドロビウムですから
ジム改 なるほど、この機体なら負けることは無いと
栞   ふっふっふ、もう三下とか、引き立て役なんて言わせません!
ジム改 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・
栞   どうしたんですか?
ジム改 い、いえ、なんでも
栞   うふふふふふ、あはははははは!!
ジム改 (い、言えん、あれは強過ぎて滅多に出せないなんて)
栞   では次回、「ジャブローに吹く風」でまた会いましょう!