第5話  ジャブローに吹く風


 

 降下部隊を次々に発進させていくエゥーゴ。とにかく100機も降ろせばジャブローは堕ちるというのがその頭にはある。それは間違ってはいないだろうが、果たしてそれだけの数を降下させられるだろうか。ブライトは秋子の艦隊を真っ向から迎え撃ちながら、其の事に頭を悩ませていた。

「こちらは頑張ってあと1時間持つかどうかだろう。それだけあればMSを降下させる事は出来が、水瀬提督がそれまで動かずにいてくれるかどうか」

 ブライトはすでに逃げる算段をはじめていた。エゥーゴはとにかく逃げ足が速いことで定評がある。その気になれば緊急展開軍を振り切る自信はあった。だが、降下が完了するまでここに踏み止まらなくてはいけないのだ。それに耐えられるかどうかの方が問題なのである。
 だが、その時、緊急展開軍から飛び出してきた三つの機影が、ブライトの計算を完全に崩壊させてしまう事になる。

「敵艦隊より大型MA3機の出撃を確認。機種は・・・・・・・G、GP−03デンドロビウムと、Gレイヤーです!」
「なんだとぉ!?」

 ブライトが驚愕の叫びを上げた時、アーガマより少し前に出ていた駆逐艦が強力なメガ粒子砲の直撃を受けて爆発、四散してしまった。
 

「この攻撃は!?」
「GP−03のメガ粒子砲です。奴ら、降下部隊の方に向かっていきます!」
「いかん、止めろ!」

 艦砲が3機のMAに向けられるが、単発で命中する戦艦の主砲ではデンドロビウムやGレイヤーのIフィールドバリアを撃ち抜く事は出来ない。それらは空しく光りの飛沫を上げるだけに終わり、デンドロビウムと2機のGレイヤーは降下軌道に入ろうとしているエゥーゴMS隊に襲いかかった。
 このMAに絶望的な反撃を開始したのがデュラハンである。

「ちっ、このままじゃ降下前に半数はあいつに食われるな。フェイ、俺に付いて来い。セルゲイとレベッカはそのまま降下だ。指揮は川澄がとれ!」
「少佐、その機体じゃ無理。私とトルクが戻ったほうが!」
「川澄、お前はもう重力に捕まってるだろ!」

 そう、舞とトルクの百式改は降下を開始してしまっている。フライングアーマーを使って降りる機体は、そのまま迎撃に出て来る連邦の成層圏迎撃機を撃ち落として制空圏を確保する任務がある。舞とトルクが離れる訳にはいかないのだ。
 降下していく舞とトルクを見送って、デュラハンは降下部隊のMSを40機ほど呼び戻した。

「いいか、2/3は何としても降下させるぞ。あの3機を維持でも食い止めろ!」
「少佐、アーガマ隊が!」

 アーガマ隊所属のMS部隊が3機のMAに向っていくのが見えた。その数14機、栞は正面に出てきたリックディアスとネモ、メタスを見て小さく笑みを浮かべた。

「無駄ですよ、その数じゃ私は止められません!」

 コンソールを操作し、兵装コンテナから1本の筒が飛び出していく。一見大型ミサイルにも見えるそれをエゥーゴMSは難無く回避して見せたが、回避したと思ったそれから無数のマイクロミサイルが飛び出してきたのを見て驚愕の叫びをあげた。そして、多くの者はそれが最後の叫びとなった。
 この攻撃を回避できたのはほとんどがメタスであった。MA形態の機動力でマイクロミサイルを振り切ったのだ。逆にリックディアスやネモは半数以上が食われてしまう。エゥーゴMSを蹴散らした栞は真っ直ぐに降下部隊へと向ってきた。

「降ろさせる訳にはいかないんですよ!」

 降下しようとするMSめがけてメガ粒子砲を叩きこむが、流石に地球に近付きすぎており、長距離からのビームは容易く軌道を外れてしまう。メガ粒子砲も荷電粒子砲の一種なので、地磁気には弱いのだ。
 栞は仕方なくミサイル攻撃に切り換えようとしたが、それよりも速くデュラハン率いる迎撃隊が襲いかかってきた。

「堕ちろ、このデカブツ!」

 クレイバズーカを次々に叩きこみ、GP−03を破壊しようとするが、栞は機動力に物を言わせてこの攻撃を避けきってしまう。そして攻撃してきた小癪なリックディアスをみた。

「赤いMS、良い動きですが・・・・・・・この感じはっ」

 栞はリックディアスのパイロットの正体に気付いた。ファマス戦役中に感じた事のあるこの気配は、間違い無くあの男、デュラハン・カニンガムだ。

「遂に出てきましたね、カニンガム少佐!」

 栞は急いであゆに連絡をとった。自分の仕事は数を落とすことであり、こういう手合いはあゆの仕事だからだ。それに、GP−03は1機を相手取るのは向いていない。
 あゆのセイレーンと回線を繋いだ栞は、飛び込んできた声に眉をひそめた。

「うぐぅぅぅぅぅぅ!」
「・・・・・・いきなりうぐぅですか。梃子摺ってますね、あゆさん」

 あゆがこの口癖を叫んでる時は、大抵余裕がない時だ。相手が誰かは知らないが、かなりの凄腕パイロットらしい。

「まあ、あゆさんが負けるとも思えませんし、こっちは放って置くとして」

 長年の友人に随分と酷いことを言う栞。果たしてこれは信頼から来る言葉なのか、それともあゆなど所詮はその程度の存在なのか。謎は深まるばかりである。
 栞は少し考えて、今度は回線を祐一に繋いだ。

「祐一さん、聞えますか?」
「おう栞か、聞えるぞ」
「良かったです、今暇ですよね。暇ならちょっとお願いしたい事があるんです」
「まて、暇とは何だ、暇とは!?」
「カッコ良いヒーローになれるかもしれませんよ?」
「何だ栞、丁度手が空いてたんだ」

 あっさりと掌返した祐一に、栞は何となく哀れみを覚えた。影が薄いのがそんなに辛いのかと言いたくなる。まあ無理もあるまい。日頃から影が薄いだの、なんだのと散々言われてる祐一だ。たまには目立ちたいという気持ちが前に出るのは仕方ないだろう。だが、それでも栞は内心で「情けないです、祐一さん」という呟きを漏らしていた。

「敵に赤い死神が出てきました。迎撃をお願いして良いですか?」
「俺は構わないが、あゆは?」
「うぐぅって言ってました」

 何とも訳分からない言葉だが、何故か祐一は納得して頷いてしまった。

「なるほどな、それじゃあ仕方ないか」
「はい、お願いします」

 何故かこれで通じてしまう。あゆとは一体どういう扱いを受けているのだろう。
 だが、とにかく祐一のジム・FBは部下2機を引き連れてデュラハンのリックディアスに向かってきた。向こうは2機のリックディアスが居る。数では勝っているのだが、祐一はどうしたものかと考えてしまう。

「相手は名だたるあの赤い死神、デュラハン・カニンガムか。俺1人じゃあ手に余るかなあ」
「どうします、隊長?」

 部下が問い掛けて来た。昔からの部下ではなく、新たに配属された新兵から足を洗える程度の技量を持つパイロットだ。役立たずではないが、頼りにする気にはならない。

「・・・・・・もう少し集めるか。数には余裕があるし」

 そう、すでに戦場の支配圏は自分たちの手にある。デュラハンは仲間を呼び集められないが、祐一は望むだけの援軍を呼ぶ事が出来るのだ。
 祐一の呼び掛けに応じてたちまち10を超すMSが集まってくる。集団戦闘力を重んじるこの部隊はとにかくこういう動きは素早い。シアン曰く「一対一なんて考えるな、数で押し潰せ!」の、祐一は正当な後継者でもある。また、秋子は隠れも無い物量主義者だ。
 次々に手勢を集める祐一を持て、デュラハンは顔を顰めた。

「おいおい、いくらなんでもこりゃ卑怯だろ」
「どうするのさ、D。ざっと見ても15、6機はいるよ?」

 フェイのいささか気後れした問い掛けに、デュラハンは咄嗟に答えられなかった。こいつ等がどれだけの腕を持ってるか分からない以上、最悪の想定をする必要がある。つまり、こいつ等が全員クリスタル・スノー級だという想定を。

「・・・・・・死ねって言ってるようなもんだな」
「何か言ったかい?」
「いや、何でも無い」

 頭の中に浮かんだ絶望的な状況を慌てて打ち消してしまう。普通に考えればあんな部隊がゴロゴロしている事は有り得ないので、目の前にいるのはそこまで強い連中ではないと考えるのが妥当だろう。というか、そうであって欲しい。

「フェイ、8機相手に出来るか?」
「あいにくと、私はアムロ・レイじゃないんでね」

 通信機から肩を竦める雰囲気が伝わってくる。デュラハンはこの状況で余裕を失わないフェイを頼もしく思ったが、いずれにせよ、2人で戦うのは無理だというのが解答のようだった。

「仕方ない、逃げるか」
「逃げるって言っても、逃がしてくれるかい。向こうにはジム・FBがいるよ?」
「少なくともジムUは振り切れるぞ」
「・・・・・・損はしないってかい」

 フェイも頷いた。確かにこの数を相手にすると思えばマシな選択だろう。そうと決まれば動きの早い二人。さっそく逃げに入ってしまう。祐一はそれを見てすこしうろたえた。


「おい、赤い死神ともあろう男が、いきなり逃げるかあ!?」

 慌てて追撃をかけるが、リックディアスの機動性はジムUを上回っているので、ジム・FB以外は追いつけない。かくして壮大な鬼ごっこが始まった訳だが、これは完全に祐一の判断ミスだった。いくらエースでも、逃げ回るだけなら脅威では無いから放っておけば良いのだが、追い掛け回してしまったことで無駄に兵力を動かしてしまったのだ。

 

 降下していくエゥーゴ部隊。突入してきた栞達は容赦なく彼らにミサイルとビームを叩き込み、機体を打ち砕き、展開されたバリュートを引き裂いていく。僅か一度通過しただけの攻撃なのに、20近いMSが失われているのだ。降下部隊の指揮をとっている舞は歯軋りして頭上を行くGレイヤーの巨体を睨み付ける。

「・・・・・・栞、よくも!」

 かつての仲間を憎む事など出来はしない。栞たちは自分の役目を果たしているだけであり、秋子が自分たちを見逃す筈は無いと分かってもいた。でも、それでも、部下を殺されたという悔しさはある。何も出来ない自分への不甲斐なさもある。自分は、艦隊の無事を祈りつつ、ジャブローを落とすしかないのだ。

 降りていく降下部隊を見送ったブライトの表情は厳しかった。120機出したのに、実際に降りたのは70機程度だ。かなりの数が迎撃に反転したそうだが、堕とされた機数は半端な数ではあるまい。70機といえばそれなりの数だが、はたしてこれでジャブローを堕とせるかどうか。

「・・・・・・やれるだけの事はやった。あとはMS隊に期待するだけだ」

 ブライトは降下部隊から視線を外すと、前方に展開する艦隊を見据えた。水瀬秋子率いる大艦隊だ。

「これより、撤退に移る。各部隊指揮官に伝達!」
「了解!」

 アーガマから信号弾が上がる。それを見たエゥーゴ部隊はそれまでの艦隊行動を放棄し、まるで蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。それを目の当たりにした連邦の艦長達は突然のことに反応が遅れ、即座に追撃に移れないでいる。
 リオ・グランデの艦橋にある秋子も、突然のエゥーゴの動きには流石に唖然とせざるを得なかった。

「いきなり艦隊を解いて、小集団での脱出を図ると言うんですか!?」
「提督、どうされますか?」

 ジンナの問い掛けに秋子は少し悩んだ。自分の部下たちは少数での機動戦は得意とは言えない。自分のスタイルのせいなのだが、緊急展開軍は大軍として動くと強いのだが、小部隊での戦闘では今1つだ。こういう戦闘ではティターンズの方が余程慣れている。
 だが、ここで逃がす訳にもいかない。秋子は仕方なく各艦隊指揮官に命令を出した。

「これより追撃戦に入ります。各艦隊ごとに手近な敵艦隊を捕捉、殲滅しなさい。空母部隊はここに固定、損傷機の回収と漂流者の捜索を行いなさい」

 秋子は自らリオ・グランデを前に出した。後方には空母部隊と護衛艦隊が損傷艦と共に残される。各分艦隊指揮官たちは自分の手勢を率いて手近な目標を目指したが、こと逃げるということに関してはエゥーゴは非常に慣れていた。何しろこれまでのエゥーゴの標語は「1も2も無く、とにかく逃げろ!」だったのだから。戦力が整うまで無理できなかったエゥーゴの艦長たちは、とにかく逃げる事に慣れていたのだ。余り誉められた事ではないのだが。

 連邦艦隊に追撃されたエゥーゴ部隊の中で、真っ先に捕まったのはやはり仮装巡洋艦部隊だった。所詮は輸送艦や貨物船に武装を施しただけ物であり、足も遅ければ装甲も無い。火力そのものもかなり低い。ようするにとても狙いやすい目標だったのだ。仮装巡洋艦の艦長に出きる事は降伏するか、絶望的な反撃を命じるかのどちらかしかない。そして、そのほとんどは空しく撃破される運命にあった。

「う、うわあああああ!!」

 迫り来るGP−03の巨体と、振り翳される巨大なビームサーベルに駆逐艦の艦長が絶叫するが、そのまま横薙ぎに振られたビームサーベルは容易く駆逐艦の艦体を真っ二つにしてしまった。その傍で仮装巡洋艦の1隻が対艦ミサイルを続けて食らって爆散していった。
 次々に食われていく味方の艦隊を、ブライトやヘンケンは歯軋りして見殺しにする事しか出来ない自分たちの不甲斐なさを呪うしかなかった。仮に今反転して迎撃しても、敵はアーガマをあっさりと撃沈して他の艦を追うだけだろう。頼みのMS部隊も半ば壊滅状態であり、反撃などすればたちまち殲滅されかねない状況なのだ。せめてもの救いは、散り散りの乱戦になったことで、GP−03やGレイヤーが広域破壊兵器を使えなくなった事だろう。おかげで一方的な殺戮だけは防げている。
 ブライトは追撃してくる艦隊を見て、舌打ちして幾つかの指示を出した。

「後部砲塔、牽制の砲撃を加えろ。それと、ダミー隕石をありったけ出せ。機雷を付けるのを忘れるな!」

 アーガマ、ベルフォリス、アイリッシュの3隻からダミー隕石が放出され、自分たちと追撃艦隊の間を遮っていく。それに砲火が命中して大爆発したのを見た連邦艦隊は流石にその足を止めた。

「くそっ、機雷か!」
「回り込め。奴らを逃がすな!」

 急いで迂回した追撃艦隊だったが、新鋭艦だけで構成されたアーガマ隊の機動力は圧倒的で、その僅かな間に連邦艦隊を振りきってしまった。それを見送った追撃部隊の艦長たちは歯軋りして悔しがったが、流石に追い付けるものではない。

 追撃している栞たちもそろそろ戻ろうかという時になって、いきなり近くを航行していた友軍のサラミスが強力なビームに貫かれて爆発を起した。

「なんです、戦艦ですか!?」

 だが、そちらに戦艦の反応などはなく、変わりに金色のMSが1機いるだけだった。なにやら大きなビーム砲を使っている。

「あれは・・・・・・この感じは、ファマス戦役でも感じた事があります」

 暫し過去の記憶を手繰る栞。そして、その答えに行きついた彼女は流石に驚いてしまった。

「まさか、エターナル隊のヴァル・ヴァロのパイロットですか!?」

 エターナル隊のヴァル・ヴァロパイロット、フレデリック・クライン。エターナル隊の戦闘隊長であり、強力なNTでもある彼は、カノン隊からさえ恐れられた凄腕なのである。
 クラインの百式改が構えているのはメガバズーカランチャーだ。エゥーゴが他勢力に先駆けて開発に成功したMS用の高出力エネルギー砲で、当たり所によっては一発で戦艦を沈めることが可能である。
 照準の中で慌てているMSが右往左往するのを見ながら、クラインは近くにいるもう1隻のサラミスを狙ってトリガーを引き絞った。再びメガバズーカランチャーが咆哮し、射線上にいたMS数機を巻きこんでそのサラミスを完全破解した。

 栞はこの百式改を狙ってメガビーム砲を放ったが、百式改はあっさりと回避するとこちらにメガバズーカランチャーを向けてきた。

「まずい!」

 あれを受けてはいけないと察知した栞は急いでその場から逃げ出したが、放たれたエネルギーの余波がIフィールドに干渉して淡い光芒を生み出している。栞はこれだけ離れても影響があるのかと、その威力に戦慄した。

「MSでも扱える、強力な砲台ですか。あんな物まで用意していたなんて」

 まさかエゥーゴにこれだけの兵器を開発する力があったとは。あれの直撃を受ければGP−03のIフィールドとて持たないかもしれない。Iフィールドは確かにメガ粒子砲を弾けるが、Iフィールドジェネレーターの出力が限界に達すれば撃ち抜かれてしまうのだから。
 そして、クラインの方でも栞に気付いていた。過去に幾度も戦った部隊の中に、確かに覚えのある気配があった。

「ちっ、外したか。まあ、あいつら相手にこんな物当たりはせんかな」

 エネルギーを使い果たしたメガバズーカランチャーを捨て、ビームライフルとシールドに持ち替える。最初からあの化け物MAと殴り合うつもりはなく、追撃してくるMSを適当に追い払って逃げるつもりだ。それに、クラインは追い縋ってくる敵艦隊の中に、とんでもない相手がいるのに気付いてもいたのだ。

「・・・・・・川名大佐、まさか、敵に回ってるなんてな。あの人と殺りあったら命が幾つあっても足りんよなあ」

 そう、敵にはあの川名みさきがいるのだ。あの、自分が知る限り最強のパイロットが。


 みさきはあえて敵中に躍り込んだりはしていなかった。悪く言えば働く気が無い、良く言えば艦隊を守っているのだ。僅かに立ち向かってくるエゥーゴMSを蹴散らしているだけで、その本当の力を隠している。

「ふんふん、流石は水瀬提督だよね〜。こんな楽な戦いは初めてだよ〜」

 みさきは上機嫌だった。これまで敵より大軍で戦った事など無い身である上でので、大軍で相手を押し潰すというのがこれほど楽出来るとは、これまで知らなかったのだ。そして、味方にした時の水瀬秋子の頼もしさも。

「私達、こんな人を敵に回してたんだよねえ。やっぱり久瀬中将は凄かったって事なんだろうなあ。アヤウラが必死になってたのも何となく分かるよ」

 確かに、正攻法で倒そうとしたらとてもではないが勝てないだろう。この人は勝てる戦いしか挑まないように見えるが、言いかえるなら勝てる状況を作った後でないと動かないという事なのだ。相手より多数の兵力を揃え、正面から堂々と相手を叩き潰しに来る。正面から挑んで勝てないなら、勝てる状況が来るまでゲリラ戦闘を仕掛けて相手の消耗を誘う。ひたすらその方針を貫くのだ。派手さは無いかもしれない。
斉藤のような戦術家に較べると戦下手にも見える。だが、これまでの戦いで秋子は戦術レベルではほとんど負けた事が無いのだ。自軍の損害も少ない。この現実を考えれば、秋子がどれほど有能か分かるだろう。

 みさきはジムVの性能テストをしながらゆっくりとリオ・グランデを守っている。彼女の仕事はこの機体を仕上げる事であって、敵機を落とす事ではない。だから無理をする必要が無いのだ。
 などとのんびり構えてると、いきなり1機のネモがリオ・グランデを狙って飛び込んでくるのを見つけた。これが旗艦だと見抜いたらしい。

「命を無駄にしない方が良いよ−、って言っても、聞いてくれないよねえ」

 みさきは肩アーマー上部に取り付けられているミサイルランチャーからミサイルを撃ち放った。8発のミサイルがネモに向って行き、ネモが回避行動に入る。だが、回避運動に入った所をみさきに狙われ、ビームライフルで右腕を吹き飛ばされてしまた。仰け反った所に続けてミサイルが襲い掛かり、これに止めを刺した。
 みさきの実力を考えなくても、ネモとジムVではジムVの方が強力らしい。何を置いても火力に圧倒的な差があるからだ。


 リオ・グランデでは、秋子が戦いが終わったのを感じていた。周囲に見える光の華が随分減っているし、味方の損害報告が入らなくなっている。秋子は遂に追撃の中止命令を出した。

「もう良いでしょう、敵の1/3は仕留めたはずです。これ以上追撃しても成果は無いでしょう」
「では、艦隊を纏めます。しかし、予想よりも損害が大きかったですな。巡洋艦4隻、駆逐艦7隻が沈められました。MSも30機以上を喪失しています」
「そうですか」

 秋子の声がやや沈んだものとなる。出来れば損害は少ない方が良いのに。
 失った命は2度と戻っては来ない。倒した敵にも家族や友人はいるだろう、死んでいった部下も同様だ。戦争である以上、敵に少しでも大きな損害を与える事は当たり前であり、躊躇っていれば次に戦う時には自軍の損害をより拡大する事になりかねない。
 それを理解している秋子は、敵と戦う時には一切の躊躇はしない。倒せる時には徹底的に相手を叩きのめしてしまう。それは過去の戦いぶりを見れば分かる事だ。彼女の戦いぶりがいかに恐ろしいか、敵対した者なら骨見に染みている事だろう。
だが、同時に彼女は戦いが終わった後、何時もその犠牲を後悔しているのだ。散っていった命を忘れてはならない。犠牲から目を背けてはならない。それが、秋子が自分に課している縛めであった。それを気にしなくなった時、その時こそ、秋子が軍人として堕落する時であるだろう。


 撤退の信号弾を見た祐一は舌打ちした。結局デュラハンのリックディアスと一騎打ちを演じる事となった彼は、持ち前の近接戦闘での強さを発揮できる近距離戦を挑んだのだが、デュラハンもこの距離では無類の強さを発揮する化け物だったのである。
 2人の超エースの戦いは激しいものだったが、僅かずつデュラハンが有利となろうとしている。やはり、シアンをして手強いと言わせるだけの事はあるのだ。

「ちっ、流石にシアンさんが自分と同等、と言うだけあるか!」

 ビームサーベルで開いてのビームサーベルを払いのけた祐一は流石に毒づいてしまう。対するデュラハンも祐一の強さに感心してしまっていた。

「俺を相手にここまで戦えるのか。流石は元クリスタル・スノーの大隊長にして、シアンの後継者だけの事はある。川澄やトルクが褒めるのも分かるな」

 だが、それでも自分よりは弱い。出鱈目に強いのは確かだが、自分に勝てるほどの腕では無い。機体がもう少し良ければ分からないが、ジム・FBでどうにか出来る腕ではないだろう。
 だが、デュラハンも知らない事が1つだけあった。それは、祐一には常に恐るべきスナイパーがお守りについているという事である。
 デュラハンがそれに気付いたのは、自分とジム・FBを分かつように放たれたビームによってである。いきなり飛来したビームに驚き、慌てて距離を取る。

「なんだ、何処から撃ってきた!?」

 全ての索敵機器を総動員しても、撃ってきたMSの姿は無い。あるいは艦砲のニアミスかとも思ったが、その可能性はすぐに打ち消された。自分を狙うように続けてビームが飛んできたからだ。その余りに正確な狙撃にデュラハンが背中に氷を入れられたかのような怖気を感じた。

「この距離でここまでの正確な狙撃だと、どんな化け物だ!」

 これだけの腕を持つスナイパーに、デュラハンは一人だけ心当たりがあった。常に相沢祐一と共にあり続ける連邦最高のスナイパー、舞やトルクに「絶対に狙われたくない」とまで言わせるあの「美貌の死神」水瀬名雪だ。

「ちっ、相沢1人ならともかく、更にもう1人化け物を抱えこむ度胸は流石にねえな。逃げるか」

 そう決めると、デュラハンはリックディアスを反転させて逃げ出した。それを祐一が追おうとしたが、追いかけてきた名雪に止められる。

「祐一、撤退命令が見えなかったの?」
「だが、あいつをここで逃がすのは!」
「祐一は隊長さんなんだから、こういう時は見本にならないと駄目だよ。もう、そういう所は昔から変わらないんだから」
「・・・・・・名雪、今日はきついぞ」

 恋人に窘められて、祐一は渋々追撃を諦めた。

「しかし、まさか散り散りになって逃げるとはなあ。正規軍なら使わない手だぞ」
「エゥーゴはゲリラ戦が得意だっていうからね。もともとこういう小部隊で動く方が正しいんだよ。でも、逃げ足速かったよね」
「ああ、あいつらを追い詰めるのは、骨が折れそうだ」

 逃げ去って行く光点を見送りながら、祐一と名雪はこれからの戦いに思いを馳せた。新型MSで武装し、高い技量を持つパイロットを揃えるエゥーゴは、手強い敵だと言える。これからはもうティターンズだけに任せておくとは言えなくなるのは間違い無かった。

 

 地上では、ジャブロー防衛隊が大騒ぎで迎撃準備を初めていた。MSが出撃し、戦闘機隊が次々に発進して上空に航空機の笠をかけていく。そのスピードはなかなかのものであった。
 防御指揮官の発令所では、ジャブロー防御指揮官であるマイベック・ウェスト准将が各方面に指示を出している。

「戦車隊は所定の配置のまま待機。MS相手に機動戦を挑もうなんて考えるなよ。待ち伏せに徹しろ。戦闘機隊は奴らが降りてくる前に数を減らせ。MS隊は迎撃位置につかせろ。砲台は射程に入りしだい撃って構わん!」

 元々は秋子の参謀長であり、類稀な防御戦の名手でもある彼が整備してきたジャブローの防御システムは、降下して来るエゥーゴMS隊をてぐすね引いて待ち構えていた。
 そんな中で、彼の直属である優秀な部下が2人いた。

「それで、俺達はどうしますか、准将?」
「あはは〜、何を言ってるんですかキョウさん。ジャブローに挑戦してくるような人たちには、それなりのお仕置きをしてあげるに決まってますよ」

 蜂蜜色の柔らかそうな髪を緑色のリボンで纏めた女性士官、倉田佐祐理大尉が同僚のキョウ・ユウカ少佐に何を分かりきった事を、と言いたげに怖い事を言ってくれる。キョウはそれを聞いてオイオイと冷や汗を流し、マイベックは苦笑を浮かべた。

「まあ、倉田の言う通りだな。水瀬提督がかなり数を減らしてくれたようだし、負ける算段はしなくても良いだろう。降りてくるのはざっと70機だが、それくらいの数に押し入られるような防備は敷いてないつもりだ」
「じゃあ、俺達はどうするんです?」
「勿論、迎撃に出てもらう。2人の部隊は自由に動いてもらって構わんよ。私があれこれ指示するより、その方が良い働きをするだろう」

 マイベックの言葉にキョウと佐祐理は笑いながら頷いた。付き合いが長いだけに、お互いにこの辺りの事は良く分かっている。クリスタル・スノーの大隊長の中でも屈指の戦術家であった倉田佐祐理大尉と、数百を数えた機動艦隊所属の戦闘機隊を纏めていたキョウ・ユウカ少佐の指揮能力は尋常なものではない。放っておいても自分の判断で敵に大打撃を与えてくれるだろう。

 だが、3人はまだ知らない。今降りてくる敵の中に、かつての戦友がいる事を。そう、川澄舞と、トルビアック・アルハンブルが。宇宙に続いて、地上でもかつての戦友同士の戦いが起きようとしていた。


 だが、マイベックは敵を宇宙から降って来る相手だけと考えていたのだが、実際には違っていた。宇宙以外にも、敵はいたのである。
 それに最初に気付いたのは、発令所のレーダー手であった。

「准将、海岸側から無数の移動物体を感知。ミサイルと思われます!」
「ミサイルだと・・・・・・まさか、カラバか!?」

 海側から飛来する多数のミサイル群。それに対してジャブローからも迎撃ミサイルが放たれ、ジャブローの空に無数の閃光が煌く。その内の何発かはチャフであったらしく、たちまちレーダーが無力化されてしまった。ミノフスキー粒子ならまだ逆探知がかけられるのだが、チャフを蒔かれるとすぐには手が打てない。
 あえてミノフスキー粒子を使わないカラバに、マイベックは舌打ちを隠せなかった。

「ちっ、実戦慣れしてる奴らだ。こちらのレーダーを潰されたぞ」
「マイベックさん、迎撃配置の変更を」

 普段は准将と呼ぶのだが、状況が切迫してくると佐祐理は昔の呼び方に戻ってしまう癖がある。もう直りそうも無いので、マイベックも放っておいている。

「そうだな。ミサイルという事は、潜水艦がいるのだろう。水陸両用MSを上陸させてくるかもしれんから、そちらへの備えも必要だな。予備から幾つかそちらに回そう。だが、お前達は回せないぞ。敵の主力はカラバじゃないんだからな」

 そう、あくまで敵の主力は降下して来るエゥーゴMS部隊だ。雑魚相手に主力を割く訳にはいかない。その辺りは佐祐理も心得ているので、別に文句を言ったりはしなかった。

 マイベックの元を辞した佐祐理は、真っ直ぐにMS格納庫へとやってきた。そこには自分の鍛え上げた大隊があるのだ。格納庫では自分の部下達が待っており、自分の姿を見ると敬礼して向えてくれた。
 その中には機動艦隊時代から見知った顔もあれば、ここに来て新たに加わった顔もある。流石に両者の間の技量差は大きかったが、それでもこの2年間でかなりの腕には仕上げたと自負している。何しろ、佐祐理はジャブローきってのシゴキ魔だったのだから。彼女の指揮下に入った者はまず彼女の容姿に見惚れ、次いでその穏やかな性格に安心し、そして、その本性に神を呪うのだ。
 彼女を知る者は彼女をこう呼ぶ。「天使のような悪魔」と・・・・・・・
 勿論、彼女の前でそんな呼び方をする者はいない。誰だって命は惜しいのだから。


 佐祐理は部下たちを人取り見て回ると、何時もの明るい声で話出した。

「あははは〜、今日は訓練じゃなくて実戦ですよ。初陣の人は物陰でガタガタ震えてても良いですけど、先輩の傍からだけは離れちゃいけませんからね」

 佐祐理の冗談に場が湧いた。だが、クリスタル・スノーを付ける者は逆にビビっている。自分の上司が笑いながら言葉のナイフを振り回せる女性だと骨身に染みて知っているから。

「では皆さん、出撃です。分かってると思いますが、死んじゃ駄目ですよ」

 佐祐理の訓令に部下たちは一斉に敬礼し、それぞれの機体に散っていった。それを見送った佐祐理もまた、自分の機体へと足を向ける。
 倉田大隊のMSは、連邦機らしくない曲線の多いフォルムを持つ、ザクに似たMSである。そう、かつてMDF―03のコードナンバーで呼ばれた、ファマスの傑作MSシュツーカ。その最新型であるF型である。元々はファマスで生産されていた最新型のD型を元に、連邦規格に完全に手直しして、さらに性能を向上させた連邦版シュツーカなのだ。その性能はジムUを引き離しており、一部の試作機や少数生産機を除けば名実ともに最強の第1世代MSと呼ばれている。
 そのコクピットに収まった佐祐理は、何の因果かと苦笑してしまう。リニアシートと全天周スクリーンは連邦製、機体も連邦製ではある。だが、この機体は3年前に自分たちが散々苦しめられた敵機の直径の子孫なのだ。大勢の仲間を殺したMSに、今自分が乗っている。皮肉な話だ。

「ですが、性能は良いんですよねえ。ジムVが採用されるまではこれに乗るしかないんでしょうねえ」

 佐祐理は、自分がテストパイロットを勤めているジャブローご自慢の最新型MS、RGM−85ジムV。その陸戦型を使えれば、より楽になれるのだがと思ってしまう。だが、まだ試作機であり、実戦に出す訳にはいかないのだ。
 無い物ねだりをしても仕方がないと、佐祐理はそのマイナス思考を脇に追いやった。そしてシールドとビームライフルを持ち、機体を発進させる。
 遂に、ジャブロー防衛線の幕は上がった。その結末がどうなるのか、それはまだ分からない。


 


機体解説
MSR−100SA  量産型百式改
兵装  ビームライフル×1
    ビームサーベル×2
    頭部60mmバルカン×2
    シールド

<解説>
 エゥーゴが完成させた高級量産機で、金色に輝くボディが特徴。拡張性、汎用性とも非常に高く、さまざまなオプション装備が用意されている。その性能は地球圏でも屈指のものであり、現行の機体としては最高の1つである事は間違い無い。ただし、百式シリーズの特徴である、装甲の不足だけは解消されていない。
 その高性能からパイロット達から配備が切望されているが、まだ一部のエースにのみ配備されるに留まっている。


MDF−03F シュツーカ
兵装  ビームライフル×1
    110mm速射砲×2
    ビームサーベル×2
    シールド
<解説>
 連邦の量産しているシュツーカ。その性能は戦役中のD型を凌いでおり、恐ろしい程に高性能な機体となっている。ただし、生産数はさほど多くないのが欠点で、ジャブロー防衛隊など、一部の部隊が装備しているだけに過ぎない。性能的にはジャギュアーに迫るほどで、攻走守の全てが高いレベルでバランスがとれている。ジムUが主力の連邦軍としては異色の存在と言える。
倉田大隊は全機をこれで固めている珍しい部隊である。

 


後書き
ジム改 さて、ようやくジャブロー戦です
栞   何というか、エゥーゴが情けないです
ジム改 秋子さんと真正面からぶつかって誰が勝てるかい
栞   でも、秋子さんって強いんですか?
ジム改 同数兵力で戦ったら、斉藤にあっさりと負けるだろうね
栞   じゃあ弱いんですか?
ジム改 弱いとは言えない。秋子さんは負けない状況を作って負けない勝負を挑む人だから
栞   なんだか、卑怯くさく聞えますね
ジム改 指揮官としては正しいよ。秋子さんは戦術家じゃなく、戦略家だから
栞   えうう、ヒーローなら少数で多数を撃ち破るべきです!
ジム改 秋子さんの部下にそんなロマンチストはいないぞ
栞   ドラマ性がないです!
ジム改 なんとでも言え。戦争ってのはほとんどの場合、数が多い方が勝つのだ
栞   まあ良いです。ところで、ジョニー・ライデンさんはどうなったんですか?
ジム改 彼? 一応生きてるよ
栞   あのあゆさんとサシでやって良く生き残れましたね
ジム改 そりゃまあ、あの人もジオン屈指のエースだった男だからねえ。かなり強いよ
栞   実際、誰くらいなんです。祐一さんより強いんですか?
ジム改 勿論、祐一より強いよ。一応七瀬とも戦えるレベルだし
栞   うわ、あのオールドタイプ最強の七瀬さんとですか!?
ジム改 このSSだと、腕は良いのだが出番がない、という人が多いからねえ
栞   私の出番はいつ頃でしょう?
ジム改 ・・・・・・・・・・・・・さあ?