第6話 親友、相撃つ
ジャブローに降下してきたエゥーゴ部隊。その先鋒部隊20機は、SFSとして機能するフライングアーマーを駆り、迎撃に上がってくる連邦戦闘機に立ち向かって行った。
連邦軍戦闘機の迎撃はまず、成層圏にまで駆けあがれるTIN・コッドによって行なわれた。軽武装だが、この高度まで上がれるという性能それ事態がこの機体を現在でも主力迎撃機の1つとして君臨させている。
この迎撃を、20機のMSは難無く突破して見せた。軽武装なので、MSにとってはさほどの脅威とはならないのだ。だが、本当の脅威はこれからである。成層圏を抜ければ、次に待っているのは連邦の主力戦闘機であるダガーフィッシュ部隊が出てくる。これは火力も大きく、速度性能にも優れる厄介な敵で、現在でも対MS戦闘において有用とされる唯一の戦闘機である。
地上から成層圏高射砲が撃ち上げられ、自分たちの周りで炸裂している。ジャブローの防御力は一年戦争以来、確実に強化されているのだ。上がってきたダガーフィッシュ部隊もビームガンやミサイルで攻撃してくる。それに対して、舞は命中率の高い両肩のビームパルサーガンでパルスビームを撃ちまくり、上がって来たダガーフィッシュを撃ち落としてしまう。
だが、ダガーフィッシュの中に、素晴らしい加速で勢いよく向ってくる小集団を見つけ、その動きに舞は引っかかるものを感じた。
「あの動きは、何処かで・・・・・・」
真っ直ぐにフライングアーマーに乗るネモに突っ込み、擦れ違いざまにミサイルを叩き込んで背後に抜けて行くその戦法を見て、ようやく舞は思い出した。かつて、自分のいた部隊の戦闘機隊が散々使ってきた戦法だったから。
「出てきたの、キョウ!」
クリスタル・スノーの中で唯一の戦闘機部隊、ユウカ戦闘機大隊。戦闘機部隊でありながらMS部隊と五分に渡り合うというふざけた戦闘集団であり、奇襲や長距離侵攻等の作戦い従事し、MAまで配備されていた強力な戦闘集団。
戦後になってユウカ戦闘機大隊は解散されたが、キョウは信頼する部下を伴ってジャブローに降りたのである。恐らく彼は、ジャブローで新たなユウカ戦闘機大隊を作り上げたのだろう。
向ってくるダガーフィッシュを頭部バルカンで仕留めながら、舞は必死に辺りを見まわしていた。もしキョウがいるなら、その動きで分かるかもしれないと思ったから。
だが、流石にそれは無理な話で、いくら舞でも沢山の中からキョウのダガーフィッシュを見つけるのは無理であった。
そんな事をしている内にバリュート降下してきた部隊が次々にパラシュートを開き、減速に入っていく。打上げられる対空砲火と戦闘機の襲撃でパラシュートを破壊され、地上に落ちていくMSが後を断たない。MSは減速用に追加スラスターを取り付けているので、タイミングさえ間違わなければ大丈夫な筈だが、何機かは失敗して激突する事になるだろう。
「流石にジャブロー、簡単には通してくれない」
ジャブローの防空能力に辟易していると、いきなり部下のネモがフライングアーマーごと地上からのビームに撃ち抜かれ、爆発してしまった。どうやら高度が下がったのでビームが有効になってきたらしい。
「カラバは何をしてるの。援護はどうした?」
舞は地上の友軍の不甲斐なさに腹を立てていたが、カラバもこの時全力で援護していたのである。カラバは出しうる限りの戦力、ユーコン6隻を繰り出してミサイル攻撃を加えていたのだが、ジャブローの濃密な対空火力に阻まれて思うような成果を上げていない。出してやった水陸両用MS部隊もジャブロー防衛隊のMSや戦車に阻まれて、未だに降下地点の確保が出来ないでいるのだ。
それなりの犠牲を払いながらも降下してきたエゥーゴMS隊は、降下した途端に連邦MS部隊の迎撃を受ける事となった。群がってくる敵機の大半は旧式機や大戦中の鹵獲機器なのだが、中にはジム・RMなどの主力機も混じっており、エゥーゴ部隊をかなり苦戦させている。なにより数が多い。
「こいつ等、後から後から!」
「セルゲイ、どうするの、このままじゃ押し切られるよ!」
クレイバズーカでジム改を破壊したレベッカが焦った声を上げる。この戦闘における2人のスコアはすでに8機に達していたが、言い換えるならそれだけ敵が多いという事だ。いくらセルゲイがデュラハンと肩を並べるエースでも、レベッカがデュラハンに認められるだけの技量を持っていても、この数相手では溜まったものではない。加えて数えるのも馬鹿馬鹿しいほどの対MSトラップや戦車、トーチカが効果的に配置されているのだ。セルゲイがデュラハンでも同じ罵声を上げていただろう。
そして、2人はこの戦闘で防衛郡を指揮していると思われる人物のプロフィールを思い浮かべ、苦い思いと共にその凄さを実感していた。
「元機動艦隊、いや、カノン隊参謀長、マイベック・ウェスト准将か。あの水瀬秋子中将の片腕と呼ばれ、防御戦やゲリラ戦闘の名人」
「どうしてあの艦隊出身者って、こんなに凄い人ばかりなのよ。川澄大尉やアルハンブル大尉もそうだけどさ!」
そう、このジャブロー降下作戦は全てカノン隊関係者が立ちはだかって来ている。軌道上で迎撃してきたオスマイヤー、その後現れた水瀬秋子本人と、強力なMS部隊。そして上空で迎撃してきたユウカ戦闘機隊、そして今度は地上での執拗な迎撃だ。まったくもって鬱陶しいとしか言いようが無い。
そんな2人の所に、舞から通信が入った。
「セルゲイ、レベッカ、まだ生きてる?」
「川澄大尉」
「生きてますよ」
「そう、じゃあ、第1飛行場まで来て。そこを押さえる」
「「了解!」」
舞の指示を受けて、2機のリックディアスは飛行場へと向かっていった。
飛行場では舞とトルクの百式改を中心とする20機ほどの部隊が旧式機中心の守備隊を撃破しようとしていた。目的は飛行場を制圧して、失敗した時の為に脱出用の機体と滑走路を確保する為だ。幸いにしてここには2機のガルダ級輸送機があるので、その片方を確保できれば良い。
舞は滑走路上で頑張っていたジムUを撃破して滑走路に飛び出した。たちまち砲火が殺到するが、舞もシールドを構え、両肩のビームパルサーガンとビームガトリングガン、右腕のビームライフルを撃ちまくりながら突入していく。元々これだけの火器を使うには不足気味のジェネレーターがたちまち悲鳴を上げ、計器類が危険を知らせるが舞は気にせずに撃ちまくらせている。距離さえ詰められれば、舞はその技量にものを言わせて防衛線を食い破れる自信があったのだ。何故なら、舞は格闘距離ならシアンとさえ互角に渡り合えるのだから。
そして、守備隊の列に飛び込んだ舞の百式改は、瞬きする間に3機のMSを破壊されていたのである。何時の間にかビームライフルからビームサーベルに持ち換えられていたのだ。運良くその攻撃範囲外にいたジム改が怯えてマシンガンを向けるが、そのトリガーを引くより早くその腕は消滅していた。
「う、うわあああああああっ!!」
そのパイロットは目の前にいるMSのパイロットが人間とは思えなかった。幾ら旧式機とはいえ、この強さは何なのだ。
舞は右腕を失い、戦意を失ったと見えるジム改に拘ったりしなかった。目的はスコアの向上ではなく、あくまで飛行場の制圧なのだから。無力化できればそれで良いのだ。
機体を振り向かせて見ると、すでにもう1機の百式改が飛び込んできて同じように防衛線を食い破っていた。破壊されたガンタンクUやジムキャノンが見える。それを見て舞が嬉しそうに表情を緩めた。
「流石トルク、よく付いて来た」
自分の動きに付いて来れるのは、この部隊ではトルクだけだ。セルゲイやレベッカでも舞のパートナーとしては役不足である。S級シェイドというのは、それ程に凄まじい強さを持っているのだ。トルクは腕が落ちているが、それでもS級シェイドであり、ニュータイプでもある。未だに地球圏有数のパイロットであることは確実なのだ。
舞とトルクが突入してきた事で、連邦の守備隊はようやく崩れた。ネモやリックディアスも突入してきてその傷痕を広げにかかり、守備隊は逃げて行ってしまったのだ。
ガルダ級輸送機のアウドムラを確保したエゥーゴはそのまま地下に突入しようかと思ったが、そこに別部隊からの救援要請が入って来た。
「こ、こちらカレント隊。川澄大尉、応援を回してください!」
「どうしたの?」
「そ、それが、地下への突入ゲートを見つけて入ろうとしたのですが、駆けつけてきたMS部隊に阻まれました!」
「貴方の部隊は、確か1個中隊だったね?」
「そうですが、敵は1個大隊規模です。しかも、全てあのシュツーカです」
「シュツーカ?」
その名に、舞は眉を顰めた。MDF−03シュツーカ。ファマス戦役でファマスが主力とした主力の量産型MSで、最後の最後まで連邦を苦しめ続けた傑作MSだ。たしか、ジャブローで生産されているとは聞いていたが、その配備部隊は多くなかった筈。ジャブローでシュツーカを装備している部隊といえば・・・・・・・・・・
「カレント、私達が行くまで持ち堪えられそう?」
「難しそうですが、大尉が来られるのですか?」
意外そうに問い掛けてくるカレントに、舞は焦りを見せる声で答えた。
「ジャブローでシュツーカを装備する部隊。それは、佐祐理の部隊しかない!」
「佐祐理?」
「倉田佐祐理。クリスタル・スノーの大隊長の1人で、戦術家としての能力は北川と並ぶ最高の指揮官。まともに戦ったら、確実に負ける!」
佐祐理の怖さを舞はよく知っていた。いや、クリスタル・スノーの4人の大隊長。この内の2人、北川潤と倉田佐祐理は間違い無く名将の名を与えられるに足る指揮官だ。彼らに率いられた兵は実力以上の力を発揮し、数倍の敵を相手にして支えてしまうほどの強さを見せ付けたのだ。
佐祐理が敵にいる。その事が舞の心に暗い影を落としている事は確かだ。だが、舞は佐祐理と戦う覚悟は固めていた。エゥーゴに移る事を決めたその日に、いつかこういう日が来ると覚悟していたのだ。すでに祐一達とは戦ってしまった。自分はぶつからなかったけど、キョウが空にいる事も確実だ。そして、遂に佐祐理も出てきた。
「トルク、1個中隊連れてカレントの援護に向う。付いてきて!」
「おいおい、1個中隊も引き抜いたら、ここがヤバイぞ」
「ここに他の部隊は集結している。もうすぐ全部集まる筈。それに、向こうの相手は手強い」
「・・・・・・まさか、佐祐理さんか?」
トルクの問い掛けに、舞は返事をしなかった。だが、その沈黙がトルクに答えを教えてしまう。トルクも彼女と戦う覚悟はしていたのだから。
「分かった、行くか」
「トルク、ご免」
「何謝ってやがる。相手が佐祐理さんじゃ、俺達が行かないと相手出来ないだろうが」
殊更に明るい声を出してみせ、トルクは舞の負担を軽くしようとした。舞もトルクの気遣いに感謝しつつ、近くの味方機を呼び集めてカレント隊の援護に向った。
第1飛行場が制圧されたのを知ったマイベックの対処は素早かった。予備に残してあったMS部隊と周辺の戦車隊をそこに向け、奪還を命じたのだ。あわせて飛行隊に空からの攻撃を命じる。ただ、滑走路を潰すなよという指示が、パイロット達を縛っていた。
カレント隊と交戦していた佐祐理は、事実上この付近を完全に支配下に置いていた。佐祐理は護衛の2機のシュツーカを従えて高地に陣取り、小隊レベルの部隊を巧みに動かしていたのだ。すでに15機のMSがエゥーゴ部隊の迎撃の動き回っており、手元には21機が残っている。更に上空には偵察機を張り付け、常時情報を得ているのだ。
現在も彼女の機体の戦術モニターに周囲の敵味方の動きが大まかに把握出来るように映し出されている。そこでは、敵機を示すマークを味方機のマークが徐々に包囲しようとする様子が映し出されていた。当初は12機いた敵機も、今では8機にまで減っている。
「なかなか頑張りますね。でも、もう限界みたいです。早めにここを片付けて飛行場の奪還に行かないといけませんし、もう2個小隊を出して駄目押しをしますかねえ」
彼女の頭の中では、すでにここの勝利は決定しているらしい。その計算は奪われた第1飛行場の奪還に向けられている。
だが、その計算も上空の偵察機からの警告が来るまでだった。
「こちらホークアイ5、倉田大尉、敵の新たな部隊が迫っています。数は12機!」
「・・・・・・12機ですか、多いですね。時間的には後どれくらいですか?」
「およそ、8分です」
「8分ですか。分かりました」
佐祐理は素早く状況を計算すると、指揮下の全機に声をかけた。
「ちょっと余裕が無くなっちゃいました。これより全機で今交戦中の敵を殲滅し、敵の増援部隊を各個撃破します。火力小隊はここから援護してください」
佐祐理に命じられ、大砲を構えた3機のシュツーカと、護衛の3機がその場に残り、残る15機が一斉に低位置を離れてエゥーゴ部隊に襲い掛かっていった。突撃していく部隊の上空を援護の180ミリキャノンの砲弾が通過していき、敵機の傍に着弾して小さなクレーターを作っている。
佐祐理は、久し振りに戦場を駆ける高揚感に、少しだけ頬を緩めていた。この辺りの危険な所が彼女は危ないと言われる所以だろうか。殺し合いが好きな訳ではないが、戦場の緊張感が彼女に心地よいのは確かなのだ。
カレントは敵の圧力が急激に増したことで、いよいよ自分達を潰す気になったのだと感じた。向ってくるシュツーカの数が明らかに増え、飛来するビームも増えているから。
「くそっ、これまでかよ!」
必至にリックディアスを動かしながらクレイバズーカを撃つが、敵のシュツーカの動きは巧みなもので、かなりの熟練兵が動かしていると分かる。恐らく、クリスタル・スノーなのだろう。
その内の1機、隊長機と思われる大型の通信アンテナを背負ったシュツーカを見て、カレントはせめてあいつを道連れにしようと考えた。
「倉田佐祐理、せめて貴様だけでも!」
カレントのリックディアスがそのシュツーカに向ったが、佐祐理はそれを見ても慌てたりはしなかった。
「あら、佐祐理が狙いですか。命知らずですね」
確かにカノン隊の中では目立たない佐祐理だが、それは周りが化け物だらけだった為であり、佐祐理自身の技量が低い訳ではない。他の部隊にくれば十分トップエースが張れるぐらいの腕はあるのだ。現に、佐祐理はジャブロー守備隊の中では最高の技量を持っている。
カレントのリックディアスが振るってきたビームサーベルに宙を切らせた佐祐理は、迷うことなく右腕の110mm速射砲を叩き込んだ。至近距離で絶大な威力を発揮するこの砲は、破壊力が大きい、射界が広いという点で頭部の60mmバルカンよりも有効だ。反面装弾数では劣っている。
110mm速射砲を至近距離から受けたリックディアスは、佐祐理の想像を超えて長く持ち堪えて見せた。ガンダリウムγ装甲の強度は佐祐理の予測を上回っていたのだ。だが、それでも永遠に防げる訳ではなく、その距離は余りにも近すぎた。
装甲を撃ち抜いた110mm弾がリックディアスの内部で炸裂し、機体を内側から引き裂くのを目の当りにした佐祐理は、すぐに迫り来る敵機に意識を向けた。今更敵兵の運命になど気を取られる事は無い。もう、そんな感性は失われているのだ。
佐祐理が隊長機を仕留めた頃には部下達が残る敵機を掃除し終えていた。ただ、こちらも無理をした為に2機が擱座させられ、パイロットが脱出している。
当面の敵を撃破した佐祐理は、次の敵を迎え撃つ為に迎撃の体形を取らせた。敵の動きはホークアイ5のおかげで手に取るように分かる。迫ってくるのが舞だとは流石に分からなかったが、すでに舞は佐祐理の掌で躍っていたのである。
ただ、問題は舞とトルクは、佐祐理の罠を食い破りかねないほどの実力を持っているという事である。
敵の動きを監視していた佐祐理は、敵が予定ポイントに達した時点で部下に攻撃を開始させた。
「全機、攻撃開始です!」
佐祐理の命令を受け、シュツーカの全機がビームライフルや90mmマシンガンを撃ち出した。敵の姿は見えないが、佐祐理が撃てば当たると言うのだ。
そして、舞はカレントとの連絡が途絶えた事で、カレントの運命を悟った。恐らくは全滅したのだろう。やはリカレントでは無理だったかと悔やんでしまう。
だが、その悔やみも僅かな時間であった。いきなり正面からビームや実弾が飛んで来たのを見て、慌ててシールドを構えて後退する。
「クッ、読まれてた!?」
「舞、不味いぞ、2機食われた!」
トルクの警告に慌てて味方の反応を確認すると、10機連れてきていた筈なのに、もう8機に減っている。どうやら、こちらの動きは相手に筒抜けだったらしい。制空圏が無い事がこうも戦況に響くとは思わなかった。地上での実戦経験が無いという事が、舞に初戦での敗北をもたらしたのだ。
だが、これで退くような舞ではなかった。
「全機突撃開始、私とトルクが突入するから、続いて!」
「舞、大丈夫か!?」
「やるしかない。佐祐理を自由に動かす訳にはいかない!」
舞は百式改を突っ込ませた。それを追うようにトルクも突入していく。たちまちこの2機に砲火が殺到するが、2人はそれを意に介さずに突っ込んだ。下手に動きを止めて回避するより、更にスピードを上げる方が当たり難くなるものだと、2人はよく知っているのだ。
そして、シュツーカの列に突っ込んだ2人はビームサーベルとビームライフルで敵を仕留めだした。瞬時にして4機のシュツーカが残骸へと変わり、舞が次の目標に向かおうとする。だが、トルクは足を止められていた。シュツーカの1機がトルクの斬激を受けとめたのだ。
「なんだと、こいつ!?」
「トルク、気をつけて、その機体は!」
そ、そのシュツーカの方には見間違え用の無いマーク、雪の結晶が描かれていたのだ。相手がクリスタル・スノーだと悟ってトルクは舌打ちを隠せない。
「ちっ、もう出てきたか!」
「トルク、後ろ!」
舞の警告を受けてトルクは慌てて機体を後退させる。その直後に火線がそれまでいた所を貫いた。この部隊は手強い、と2人は認めるしかなかった。
2人が敵を掻き回した隙に部下達も突入してきており、戦場はたちまち乱戦となった。舞もトルクも目の前に現れた敵を倒すので手一杯になってしまう。
それをじっと観察していた佐祐理は、2機の金色のMSの強さにいささか困っていた。
「ふええ、強いですね、あの金色のMS」
「どうしますか、隊長?」
「あれは私でも勝てませんよ。タイマンはご免です」
「では?」
「何時も通り、フクロにしましょう」
そういう事を楽しそうに言ってはいけません、佐祐理さん。だが、それで佐祐理も部下と共にその金色のMS、舞の百式改に襲い掛かった。舞も新たな敵に対してビームガトリングガンを放つ。だが、狙ったシュツーカが容易くそれを避けてこちらにビームを放ってきたのを見て、流石に表情を改めた。どうやら、かなりの強敵らしい。
だが、機体に描かれているマークを見てしまった舞は、トリガーにかけた指から力を抜いてしまた。1つはクリスタル・スノー。そしてもう1つは、蝶結びのリボン。こんなマークを使う知り合いが、確かに舞にはいた。
舞は咄嗟に通信回線を開き、目の前の機体に話し掛けた。
「・・・・・・佐祐理、いるの?」
「え・・・・・・?」
通信機から聞こえてくる聞き慣れた声。まさか、有り得ない、彼女が自分の敵になるなんて絶対に有り得ない。
「・・・・・・なんで、なんでそこに居るんですか、舞?」
「私は、エゥーゴだから」
「舞は、佐祐理がここにいると知って、来たんですか?」
馬鹿げた質問だ。舞は自分がジャブローに居る事くらい、知っている筈なのだから。だが、それでも否定して欲しかった。ここにいるのは、自分がここに居るとは知らなかったからだと言って欲しかった。
だが、舞から帰って来た答えは、余りにも残酷であった。
「知ってる。私は、佐祐理と戦う覚悟も決めてきた」
「・・・・・・そんな、舞、なんで?」
「30バンチ事件。私は、あの時サイド1にいた。30バンチを、ティターンズから守り切れなかった」
舞の声には静かな怒りがある。あんな事をしたティターンズへの怒り。守れなかった自分への怒り。そして、そんなティターンズを未だにのさばらせている連邦への怒り。その怒りが、舞に佐祐理と戦う道を選ばせたのだ。
だが、佐祐理にはそんな覚悟は無かった。誰よりも信頼していた親友が、まさか自分に銃を向けてくるなどと、これまで想像もした事は無かったのだ。
「舞・・・・・・佐祐理は・・・・・・・」
舞は、もうそれには答えなかった。佐祐理の心情は手に取るように分かる。彼女は、この現実を受け入れられないでいるのだろう。人は信じていたものに裏切られた時、このように抜け殻になってしまうのだ。
舞が攻撃に移ろうと思った時、通信機から飛行場制圧部隊の隊長の声が響いてきた。
「川澄大尉、すぐに飛行場に戻ってください!」
「どうしたの?」
「もう限界です。敵の数は増える一方で、このままでは退路を断たれます!」
「・・・・・・分かった、すぐに戻る」
舞は通信を切ると、トルクたちに撤退の指示を出した。そしてもう一度佐祐理に通信を繋ぐ。
「佐祐理、私は自分の選択を後悔してはない。佐祐理を倒す覚悟もしている・・・・・・でも、まだ佐祐理にはその覚悟はないみたいね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・今日は退くけど、次に会ったら、今度は敵として倒す」
それだけ言い残して、舞の百式改も退いて行った。それを追撃しようと動く者もいたが、隊長機が動こうとしないのを見て足を止めてしまう。
「隊長、どうしたんですか、隊長?」
1人が声をかけるが、それを先輩格のパイロットが止めた。
「よせ」
「何故ですか?」
「いいから、暫く1人にさせてやるんだ」
佐祐理はすでに通信を切っている。彼女は今、全ての指揮を放り出していたのだ。1部隊の指揮官としてはあるまじき行為だが、舞と敵同士になったという現実が、佐祐理にそれほどの衝撃を与えていたのである。
「・・・・・・舞・・・・・・・なんで・・・・・・舞・・・・・・・」
答える者は居ない。だが、佐祐理は問い掛けずにはいられなかった。あの舞が、自分を殺すと言ったのだから。親友だと思っていた、あの舞が。
先の百式改のパイロットが舞だと気付いたクリスタル・スノーのパイロット達は、佐祐理の衝撃を考えてしばらく1人にする事を選んだのだ。
飛行場ではマイベックが送りこんだMSや戦車部隊がエゥーゴ部隊を追い込んでいた。すでにアウドムラの発進準備は整えられ、降下してきた味方が戻ってくるのを待っている。
滑走路上で必至に敵を食い止めているセルゲイは、舞がまだ戻らない事に焦っていた。
「川澄大尉は、アルハンブル大尉はまだか!?」
「もうすぐです!」
アウドムラのブリッジから答えが来る。だが、どこに居ると言うのだ。その時、セルゲイの疑問に答えるように飛行場を囲んでいた連邦部隊の囲いが崩れた。そこから数機のMSが飛び出してくる。その先頭に2機の百式改を見たセルゲイは喝采を上げた。
「来たぞ!」
「援護するわ!」
レベッカがクレイバズーカとビームピストルを撃ちまくる。セルゲイや周囲のネモもそれに倣った。だが、連邦機の反撃も激しく、舞に付いて来たMSも3機がアウドムラに辿り付く前に破壊されてしまった。結局、カレント隊を助けに向った12機の内、アウドムラに辿り付けたのは僅かに4機でしかなかったのである。
アウドムラに舞達が駆けこんだのを合図に、アウドムラは遂に発進した。ガルダ級輸送機の巨大な機体が滑走路を駆け、ゆっくりと空へと登って行く。それをジャブロー守備隊は追い撃ちしたが、余りの巨体にとどめを刺すには至らなかった。
それを確認したマイベックはキョウに通信をいれた。
「ユウカ大尉、アウドムラ、堕とせるか?」
「堕とせと言われれば堕としますが、良いんですか?」
ガルダ級輸送機の建造費は半端なものではない。1機失えば、それは大変な損失となるのだ。そこを付かれてマイベックは返答に屈っした。上層部に判断を仰げば、おそらくは奪還しろと言うだろう。そんな事が出来るかと言いたくなるが、言われたらやるしかなくなる。
「・・・・・・分かった、戻って来い。これから追撃隊の編成に入る」
「足取りを見失いませんか?」
「偵察機はつけるさ。ホークアイなら捉まる事もないだろう」
マイベックはこのまま敵を見逃すつもりはなかった。降りてきた70機の内、半数以上は片付けたものの、30機近い敵を取り逃してしまった。このまま奴らを見失えば、自分のプライドはズタズタになるだろう。
だが、冷静な部分ではエゥーゴの戦いぶりを評価してもいた。あの少数でジャブローに挑み、脱出した手際はなかなかに見事だったと言える。余程実戦慣れしているのだろう。
「追撃隊の指揮は倉田にやらせるか。ジャブロー勤務で暇だったろうしな」
マイベックは佐祐理に残されたスードリを与え、アウドムラの追撃に当たらせようと考えていた。敵を仕留めるなら全力で、というのがマイベックの考え方であり、機動部隊を使うなら佐祐理のような経験豊富な士官の方が良い。
「北米に抜けられる前に掴まえたい所だが、そうもいくまいな。問題はどこを目指すのかだが・・・・・・」
考えられるのはオーガスタ研究所の襲撃か、それともキャリフォルニアベースの襲撃という所だが、あの残存戦力で重要拠点に喧嘩を売るとも思えない。だが、なら何処に行くのかと問われると、流石のマイベックにも分からないのだ。
海鳴基地でのんびりと過ごしているシアンは、何時ものように屋上でのんびりと昼寝を楽しんでいる。一応訓練校の校長も兼ねているのだから、たまには訓練をしてやれよといわれる事もあるのだが、面倒は嫌だと言ってこれまでまともに仕事をしていない。
そこに何時ものように久瀬がやってきた。
「中佐、また昼寝ですか?」
「中尉も一緒にどう。気持ち良いよ」
「僕は結構です。それより、いささか厄介な事が起きました」
久瀬が1枚のファイルをシアンに渡す。受け取ったシアンはその中に目を通して僅かに眉を顰めた。
「ジャブローにエゥーゴが降下してきただと。度胸がある連中だな」
「ジャブローは敵を撃退した様ですが、残存がアウドムラを奪って脱出したという事です。おそらく、何処かのシャトルベースを目指しているのでしょう」
「・・・・・・となると、北米のヒッコリーか、あるいは北京か」
地図を思い浮かべてシアンはやれやれと上半身を起した。その顔には迷惑そうな色が見て取れる。
「まったく、せっかく残りの軍人生活をぐーたらして過ごすという俺の人生設計が、まさか2年で終わるとはなあ」
「ぐーたらしないで下さい。それより、どういう意味です?」
久瀬の問い掛けに、シアンは逆に問いかけた。
「久瀬中尉、君なら真っ直ぐにヒッコリーを目指すかい?」
「いえ、そんな簡単に読まれる所には行きません。僕なら海上に出て追撃を振り切ります」
「合格。なら、奴らが何処に来るか分かるだろう?」
「・・・・・・北京、ですか」
久瀬は自分で言っておきながら、それが信じられなかった。まさか、途中で燃料が尽きてしまうだろう。ミデア輸送機でも無理だ。だが、そこまで考えて久瀬は奴らがアウドムラに乗っている事を思い出した。
「・・・・・・確かに、辿り付けますね」
「ああ、困ったものさ」
シアンは本当に面倒くさそうに小さくため息を吐くと、久瀬を見た。
「中尉、悪いけど、北川に連絡をつけてくれるかな。一度こっちに来てくれと」
「それは構いませんが、来ますかね?」
「物資の一部を分けてやれば喜んでくるだろ」
北川大隊の貧乏ぶりは有名だ。天才指揮官とまで呼ばれる北川潤の指揮能力と、ビスケット1枚まで管理していると呼ばれる鬼の副官美坂香里の手腕のおかげでアジア地区屈指の部隊と呼ばれているが、その内情は御寒い限りだったのである。過去に幾度かシアンも同情して物資を供出した事があるくらいだ。
「あいつの力を借りないといけないかもしれない」
「この基地の戦力では、無理だと?」
「無理だろうねえ。MSの大半は旧式のジム改や、ザクUとその改装型だよ。パイロットの腕がよくても限界があるさ」
「シアン中佐でも?」
久瀬の問い掛けは、シアン_正体を知ってのものだ。最強のシェイドの1人にしてニュータイプ。その実力は川名みさきを除けば間違いなく最強であり、あのアムロ・レイでも五分の条件では苦しいだろう。
久瀬の問い掛けに、シアンは小さく首を横に振った。
「無理だな。俺も腕に自信はあるが、機体性能の限界は超えられないよ」
「分かりました」
久瀬は敬礼をすると、屋上を後にしようとした。だが、その背中に声がかけられる。
「ああ、そうだ、中尉」
「はい?」
振り返る久瀬。シアンは立ち上がると大きく背を伸ばし、傾いている太陽を見た。
「俺、定時で帰るから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
久瀬の視線に殺気が混じった。それを顔の表面で散らしながらシアンは言い訳のように話を続ける。
「未悠が、娘がね、翠屋のシュークリームが食べたいと駄々をこねるんだよ」
「・・・・・・仕事と娘さん、どっちが大事なんですか?」
「勿論娘だ。娘のためなら俺は喜んで連邦に牙を向くぞ」
この駄目親父め、と久瀬は言ってやりたかったが、あえてそれは口にしていない。それに、仕事より娘を優先するシアンに、何となく好感を抱いているのも事実なのだ。前に遊びに行った時は、未悠ちゃん(2歳)に抱きつかれて困ったものだが、楽しかったのも事実なのだ。郁未も昔に較べると随分物腰が柔らかくなり、まさに母親になっている。
だが、副官である自分がそれを口にする訳にもいかず、恨めしそうに溜息を吐くだけでせめてもの非難をして見せた。
「分かりました。翠屋に行くなら、恭也君に宜しく言っておいて下さい。また稽古をしに行かせてもらうと」
「なんだ、君は高町家に行っていたのか?」
「はい。良い腕ですよ。僕とサシで渡り合えるとは思いませんでした。それに、あそこに行くとフィアッセ・クリステラに会えるんですよ」
久瀬は彼女のファンだったりするので、これはかなり嬉しい事であった。
「・・・・・・そういえば、もうすぐティオレ・クリステラがコンサートで来日するんだったな。ひょっとして警備の兵を出さねばならんのか?」
「勿論です。僕自ら指揮をしますから」
「・・・・・・余り張り切りすぎないようにね」
少し呆れながら、シアンは屋上を後にした。そして基地を出た辺りでもう一度屋上を見上げる。
「・・・・・・高町恭也、御神、か」
なんの因果かと思う。だが、シアンは憂鬱な考えを振り払うと、何時もの惚けた雰囲気をまとって街へと歩き出した。可愛い娘が、自分と御土産の帰りを待っているのだから。久瀬に言ったことは決して冗談などではない。妻と娘のためなら、シアンは何を敵に回してでも戦うつもりだったのだ。何も持たない自分が、初めて得た、本当の宝物なのだから。
機体解説
ガルダ級輸送機
<解説>
世界最大の超大型輸送機。なんと9800tの物資を搭載でき、10基の熱核ジェットエンジンで空を飛ぶ化け物である。かなり多数のMSを搭載して輸送する事も可能。その建造コストは凄まじく、1機でも失えば洒落にならない事になる。
RFT−107 ホークアイ
<解説>
連邦の擁する戦術偵察機で、高速であらゆる索敵機器を搭載している。直接戦闘が出来る機体ではないが、ミサイルさえ振り切るその速度性能はこの機体の生存率をかなり引き上げている。