第7章  北米追撃戦

 

 アウドムラを奪取したエゥーゴは、舞の指揮の元で何とか北米のヒッコリーを目指していた。万が一に備えてカラバの支援を取り付けておいたのが役に立ったのだ。アウドムラをヒッコリーに先導してくれているのはかつてホワイトベース隊にいたハヤト・コバヤシである。
 アウドムラに乗り込んできたハヤトは、舞と握手を交わすと、これまでの苦労を労った。

「ジャブローのことは聞いています。かなり酷い目に合われたそうですね」
「・・・・・・宇宙では秋子さんに襲われ、地上ではマイベック参謀長が出てきたから、仕方が無い。負けるかもしれないとは思ってた」
「そういえば、貴方もカノン隊出身でしたね」
「ええ、秋子さんたちの強さは誰よりもよく知ってる。正直、全滅しなかっただけ良かった」

 ファマス戦役で名を上げたエースパイロット、川澄舞をしてここまで言わせるのだ。よほど激しい戦いだったのだろうとハヤトは想像した。

「しかし、まさか水瀬提督が敵に回るとは思いませんでした」
「・・・・・・秋子さんは、連邦に剣を向ける者を絶対に許さない」

 舞の返答に、ハヤトは怪訝そうな表情になった。

「どういう事です。水瀬提督程の人が、今の連邦の腐敗ぶりに気付いていないと?」
「違う。秋子さんは連邦の中で多分、一番現状を憂いてる人だと思う。だけど、あの人は軍人が軍事力で政権を覆そうとすることを絶対に認めない。だからエゥーゴも絶対に認めない」
「それが、民衆を苦しめることになってもですか?」

 ハヤトの問い掛けには静かな怒りがあった。現実に気付きながら、あれほどの力がありながら、それでも秋子は動かないというのだろうか。だとしたら、それはハヤトにとって許せるものではなかった。
 だが、舞は何やら寂しそうに微笑を浮かべると、小さく頭を左右に振った。

「多分、秋子さんは正しい。だから祐一もあゆも、みんながあの人についていく」
「状況に流されるだけの者が正しいと?」
「秋子さんは、戦いで犠牲になる人のことを常に考えてしまうから。あの人は、民間人を苦しめるような闘争を心底嫌ってる。もしこの蜂起が民衆の手による革命だったら、秋子さんは力を貸してくれたと思う」
「・・・・・・水瀬提督は、常に民間人を最優先に考える人だとは聞いていましたが」
「うん、秋子さんはそういう人。だから沢山の人に慕われてる。ティターンズの中にも秋子さんの支持者はいると聞いてる」

 そう、連邦全体を見渡しても、秋子ほど人望に溢れる指揮官はいない。彼女のためなら平気で命を投げ出す将兵とてどれだけいることか。もし秋子がエゥーゴに味方してくれていれば、おそらくエゥーゴの戦力は現在の数倍に膨れ上がっていたはずだ。言い換えるなら、秋子がエゥーゴにはっきりと敵対して見せたことで、かなりの戦力が連邦に残る道を選んだことだろう。
 ハヤトにしてみれば、舞の話は面白いものではない。それほどの人物なら自分たちの味方をしてくれれば良いのに、何で敵になるのだ。
 だが、今はそんな事を話す時ではない。ハヤトは気持ちを切り替えると、これからの事を話し出した。

「まあ、後は我々カラバに任せてください。ヒッコリーには打ち上げ用のシャトルが準備してありますから、みなさんはそれで宇宙に上がってもらうことになります」
「MSは無理なの?」
「さすがにMSは諦めてください。エゥーゴの方からもその辺りのことは了解済みです」

 まあ、30機近いMSを収容出来るシャトルや艦がそうそう用意できるはずも無い。パイロットを打ち上げられるだけでも良しとしなくてはなるまい。
 だが、舞にはそう簡単にことが進むとはどうしても思えなかった。あのマイベックがそう簡単に自分たちを見逃してくれるとは思えない。それなりの戦力で追撃を出すか、北米の連邦部隊に自分たちの迎撃を指示した可能性が高いだろう。

「・・・・・・もう一戦、覚悟する必要があるかも」

 それは、舞の実戦経験が告げる勘であった。そして、それは当たっていたのである。

 

 


 アウドムラを追撃するべく出撃した佐祐理は、ガルダ級超大型輸送機のスードリに部隊を乗せて北米を目指していた。アウドムラを追跡しているホークアイの報告から大雑把な目的地を割り出した佐祐理は、北米のある地点に印をつけた。

「多分、ヒッコリーを目指してますね」
「ヒッコリー、シャトルベースですか」
「ええ、そうでしょうね。宇宙に逃れるつもりでしょう」

 佐祐理はペンをしまうと、少しだけ意外そうな声を出した。

「でも、ちょっと吃驚しました」
「何がですか?」
「いえ、アウドムラがヒッコリーを目指す可能性も考えてはいたんですが、こちらの追撃を振り切るには近すぎますし、北米は連邦やティターンズの勢力が強いエリアですから、カラバの支援も大したものは期待出来ない筈です。佐祐理だったらヒッコリーは囮で、そのまま太平洋に出て北京を目指します。あそこだったら反連邦勢力が強いですから、脱出できる算段はつくでしょうから」
「つまり、馬鹿正直にヒッコリーを目指すとは思わなかったと?」

 部下の問い掛けに、佐祐理は少しだけ困った顔で頷いた。

「あははは、まあ、ヒッコリーなら楽な仕事です。付近の連邦基地に迎撃要請を出してください」
「すでに出してあります」
「宇宙からの応援は?」
「緊急展開軍からレーザー通信で回答が来ました。MS部隊をパナマ上空に降下させるそうで、拾ってくれと。後、オスマイヤ−少将より追申で、馬鹿を何人か送るから、上手く使ってくれ、だそうです」
「・・・・・・馬鹿、ですか、オスマイヤー提督ったら、相変わらず口が悪いですね」

 どうやら変わっていないらしい上官に、佐祐理は微笑んだ。しかし、いったい誰を寄越すつもりなのだろうか。馬鹿と言うくらいだから問題児なのだろうが。

「あゆさんか、栞さんか、それとも・・・・・・」

 脳裏に1人の男性の姿が浮かんだ。カノン隊の中でも屈指のお馬鹿だった、あの陽気で、その場にいるだけで周囲を明るくさせてくれる戦友の顔が。だが、さすがにそれは無いだろうと自らの想像を否定する。

「ま、まさか、祐一さんを回す筈が無いですよねえ」

 祐一はいまや緊急展開軍の戦闘隊長だ。彼が部隊を離れて行動するなど考えられない。だが、秋子の下には祐一の代わりを勤める人材には事欠かないのも事実であり、その気になれば祐一を派遣する事も不可能ではない。もし祐一が栞やあゆ、中崎といった連中を連れて転がり込んできたら・・・・・・。
 佐祐理はその光景を想像し、胃が痛くなるのを感じてしまった。傍から見ているなら楽しいメンバーだが、部下に持つとなると心労の種でしかないだろう。
 だが、事態は佐祐理の想像の斜め上を行くほどに最悪であった。そして、秋子の手駒は、佐祐理の想像を超えて豊富だったのである。そう、あのファマス戦役で秋子はかなりの手駒を分散させられていたが、すでに新規の人材を彼女は手にしていたのだ。普段は在野にありながら、有事にはいつでも彼女の求めに応じられる人材を。

 

 

 地球軌道上に、1隻のジャンク屋の船が航行していた。そのすぐ近くを連邦軍のアキレウス級巡洋戦艦1隻とリアンダー級巡洋艦2隻がついている。いずれも緊急展開軍に属する軍艦だ。その艦隊からバリュートをつけたMSが次々に発進していく。その中には、何機かの連邦MSとは異なるフォルムを持つMSがいた。
 その中の1機、シュツーカの流れを感じさせる無骨なMSに乗る祐一が艦橋に通信を入れた。

「スードリは、ちゃんと拾ってくれるんだろうな?」
「そいつは大丈夫です。スードリは今、パナマ上空にいますよ」
「なら良いんだけどな。しかし、まさかこいつで大気圏突入をすることになるとはな。秋子さんも人使いが荒すぎるぜ」
「RMS−141ゼク・アインですか。先行量産型でしたよね」
「地上での実戦データを取れって事だな。まあ、シアンさん経由で回された機体だって事だしな。正式に採用されたらサイド5でも生産するらしい」
「じゃあ、がんばって頂かないと」
「降りるのは俺なんだぜ」

 管制員の軽い言い方に、祐一は苦虫を噛み潰しながら応じた。そして今度は一緒に降下する部下たちに通信を入れる。

「さてと、準備はいいか、問題児ども?」
「祐一さん、誰が問題児ですか!」
「祐一〜、それって私も入ってるの?」
「そうだぞ、この美男子星の超エリートを捕まえてなんて言い草だ!」
「(私は違うと主張するの!)」

 部下たちの文句に、祐一は深々とため息をついた。まったく、何でこいつらが配属されたのだろうか。

「・・・・・・長森さん、とりあえず、折原の世話は任せる。俺は栞と名雪だけで手一杯だ」
「はう〜、ごめんね相沢君、うちの浩平が迷惑かけて」
「いや、良い。もう慣れてきたから」
「まてまて、その言い方では、まるで長森が俺の保護者のようではないか?」
「というか、結婚してないだけで、ほとんど奥さんみたいなもんだろうが」

 祐一に呆れた口調で言い返されて、浩平は言い返す言葉に詰まってしまった。そして今度は瑞佳がトリップしてしまう。

「わ、私が浩平の奥さんって・・・・・・そんな、まだ早いんだよもん」
「ちょっとまてこら!」
「あ、でも、その・・・・・・子供は男の子と女の子が1人づつ欲しいかな〜。猫達も一緒に住んで良いよね?」
「だから落ち着け!」

 怒涛の勢いで妄想を突き進ませる瑞佳に、浩平が慌てまくった声をかける。それで我に返った瑞佳が真っ赤になって落ち着きを失っている。そんな2人に、祐一は心底呆れてしまった。

「お前ら、出撃前に夫婦漫才はやめろよな」
「(この2人はいつもこうなの)」

 2人と一緒にジャンク屋をやっている上月澪が祐一に彼女の悲しい日常を端的に語ってくれた。こんな夫婦漫才をいつも見せられてはそりゃ居辛いだろう。
 祐一はこんな連中を率いて戦い続けたみさきや雪見に本気で尊敬の念を抱こうとしていたりする。だが、雪見が自分を指して「折原君の魂の双子」と評しているのを知ったら、さぞかし文句をぶちまけたに違いない。人間とは、案外自分のことは分かっていないものだから。

「さてと、そろそろ行くぞ、折原は長森さんと上月を、俺は栞と名雪を連れて行く」
「了解、先に出てくれ」

 浩平に言われ、先に出撃する祐一たち。何で全部隊を束ねる祐一がこんな任務を仰せつかったかというと、彼の能力と、緊急展開軍の指揮形態に原因があった。
 彼を送り出すとき、秋子はこう言ったのである。

「大丈夫ですよ、七瀬さんも美汐ちゃんもいますし、あゆちゃんや中崎さんもいますから。祐一さんが抜けても指揮系統に問題を生じることは無いでしょう」

 悲しい言葉だった。まあ、緊急展開軍の実務は天野が取り仕切ってるわけだし、サイド5駐留軍の方は七瀬がいれば確かに問題は無い。あゆや中崎も指揮官として少しは成長してきている。
 だが、何となく自分の存在意義を否定されたような気がして、祐一は面白くなかった。名雪を連れて来たのも秋子への反発の現われだったかもしれない。秋子は名雪を常に手元に置いておきたがっているから。
 もっとも、祐一は知らないことであったが、有事の際には祐一を地球に派遣することは前から決めていた事なのである。はっきり言うと、秋子はサイド5の戦力に自身を持っていた。仮にティターンズやエゥーゴが攻撃してきても、祐一たち抜きでも十分守りきれると判断していたのだ。もっとも、祐一が不要という訳ではない。祐一の人望はかなり高いものであり、癖の強い緊急展開軍のパイロットたちを使いこなして来た実績は彼の有能さを証明するものだ。
では、なぜ祐一を地球に派遣するのか。それは、祐一をシアンに元に送るためであった。祐一は指揮官として成長してきたが、今は壁にぶつかっている。今の祐一には師が必要なのだ。そして、祐一が素直に受け入れられる師といえば、シアンしかいない。そしてシアンはこの提案を呑んでいる。だからこその祐一の派遣なのだ。
 秋子としては、いずれ来るであろうティターンズとの全面対決に備えて、祐一を育てる必要があったのだ。もやは、祐一はただのパイロットに留まっていられては困るのである。祐一は、あの『絶対者』の異名を持つシアン・ビューフォートの後継者なのだから。

 

 

 大気圏に突入していく6機のMS。ゼク・アイン1機、ガンダムマークU3機、ジムスナイパーU1機、そしてエトワール1機という、何となくバランスの悪い編成である。だが、これが佐祐理に送られる援軍であり、舞たちを仕留める為の部隊であった。そして、そのパイロットたちは全員が超一流と呼べるだけの実力を持つエースパイロットなのである。

 パナマ上空でこの部隊を回収した佐祐理は、MSから出てきたパイロットを見て度肝を抜かれてしまった。

「はええええ、祐一さん、栞さん、名雪さんまで!?」

 まさか本当にこの面子が来るとは思っていなかった佐祐理は驚愕してしまっていた。クリスタル・スノー出身のパイロットたちも驚きを隠せないでいる。やってきた祐一たちは佐祐理の驚きように困った笑顔を浮かべていた。

「まあ、秋子さんの指示でね。しばらく厄介になるよ」
「そうだったんですか。祐一さんたちが来てくれたのは大助かりですよ。うちには舞やトルクさんに対抗できるパイロットはいませんからね」
「やっぱり、舞たちなのか。宇宙で交戦した時に無線を傍受した奴らがそう言ってたが?」
「はい。間違いありません。金色のMSを使ってました」
「そう、か・・・・・・」

 佐祐理の話を、祐一はわずかな衝撃とともに受け止めた。ある程度の覚悟はしていたのだが、いざそれが現実として目の前に突きつけられるのは嬉しいものではない。
 佐祐理は、今度は視線を祐一たちの背後にいる3人に向けた。

「そちらの方々は?」
「ああ、長森瑞佳さんと上月澪、あと馬鹿が1人いるけど、独房にでもぶち込んで死なないように餌をやっといてくれればいいから」
「こら待て、誰が馬鹿だ!?」
「お前以外に誰がいる?」
「何を言う、お前に比べればまだマシだろうが!」
「いや、お前の方が馬鹿だ!」
「いや、お前だ!」

 いきなり格納庫でギャアギャアと騒ぎ出す2人に呆れ交じりの冷や汗を流しつつ、佐祐理は名雪に問いかけた。

「えっと、どういう人たちなんですか、名雪さん?」
「えっとねえ、この人たちはあのエターナル隊のパイロットで、とっても強い人たちなんです。ちなみにあの人は折原浩平君です」
「はあ、何と言うか、祐一さんに負けず劣らずな人みたいですね」
「うう、すいません、後でちゃんと言っておきます」

 申し訳なさそうに瑞佳が頭を下げてくる。すでに台詞が奥さんというか、お母さんというか。流石はエターナル隊パイロット軍団の良心と呼ばれた女だ。もっとも、彼女の努力が報われた事は無いのだが。
 そして新鋭機4機、旧式とはいえ高級機が1機、ファマス戦役中のカスタム機が1機という、何とも整備性が悪そうなMS群を抱えて、スードリは一路ヒッコリーに進路をとった。
 ちなみに、案の定というか、こんなMSを任された整備兵たちは泣く事になるのである。

 

 

 ヒッコリーにはカラバの部隊が集結して守りを固めていたのだが、そこを守っているMS部隊を見た舞は流石に冷や汗を隠しきれなかった。

「ジム改、ザク、ドム・・・・・・」
「こいつはまた、骨董品ばかりだな」

 辺境地区の警備部隊に回されるようなロートル機ばかりである。とてもではないが追撃してくるであろう連邦部隊と対抗できるとは思えない。

「どうする舞、こいつらを頼りにシャトルに乗り込むのか?」
「・・・・・・私はまだ、死にたくない」
「同感だな。宇宙には他の奴らを帰して、俺たちはここに残るか?」
「・・・・・・宇宙から降下してきたという部隊も気になる。何と言うか、物凄く悪い予感がする」

 舞の第六感とも呼ぶべきものが危険を告げている。まさか祐一たちが降下してきたとは流石に思わないが、増援である事は間違いないだろう。それに、多分近くの連邦部隊も来ているだろうから。
 そして、舞とトルクの予感は外れなかったのである。

 ヒッコリー近くまで来たスードリの艦橋から、佐祐理が指示を出した。

「援軍はまだですか?」
「あと少しかかるそうです」
「時間稼ぎではないでしょうね」

 友軍の動きの悪さに舌打ちしつつも、佐祐理は仕方なくスードリ単独での攻撃を決意した。

「このまま逃がすわけにもいきません。ミサイル第一波を発射。第三射後、MS隊第一波を出します。指揮は祐一さんで」
「了解です!」

 スードリから30発ほどのミサイルが撃ち出される。それは正確にヒッコリーを目指していたが、途中で迎撃を受けてたちまち撃ち減らされてしまった。

「迎撃地点に向けて第二派を発射。3分後に第三派を!」

 佐祐理の指示ですばやく第二派ミサイル群が放たれ、迎撃してきた陣地を攻撃する。当然反撃があるが、何発かが陣地を捉えたらしく、地上に紅蓮の炎が上がった。そしてすぐに第三派が放たれ、その陣地に更なる痛撃を与える。
 迎撃を黙らせた佐祐理は格納庫に指示を出した。

「MS隊出てください。スードリはこのまま直進します!」
「了解、相沢隊出ますよ、佐祐理さん」
「あははは〜、祐一さん、給料分は働いてくださいね」

 さりげなく釘を刺された祐一は、背筋に冷たいものを感じてしまった。そして、それを振り切るように部下に指示を出す。

「ようし、佐祐理さんのお達しだ。頑張るぞ、お前ら!」
「祐一、なんか情けないよ」
「祐一さん、へたれてます・・・・・・」

 長く共に歩んできた同僚にまで情けない目で見られた祐一は少し凹んだが、すぐに気を取り直すと機体をベース・ジャバーに乗せた。これは2機のMSを運搬できるサブ・フライトシステムで、地上軍ではポピュラーに使われている。祐一の隣には栞のマークUが付いた。

「名雪は澪と一緒に後方から援護。折原は長森さんと来い」
「分かったよ」
「(任せてなの)」
「久しぶりの実戦だな。鈍ってなけりゃ良いが」
「浩平、お仕事前に弱気な事言わないの」

 それぞれに返事を返すと、祐一と栞に続いてスードリから飛び出した。更に8機のシュツーカが続く。ヒッコリーに向かう途中で、栞は隣に居る祐一に問いかけた。

「祐一さん、良いですか?」
「何だ、戦闘前だぞ?」
「・・・・・・舞さんとトルクさんが出てきたら、どうしますか?」
「その事か。正直言うと、手加減できる相手じゃないからな。もしぶつかったら、本気でやるしかない」

 そう、舞とトルクは半端な実力ではない。あの2人とサシで戦えるのは、サイレンでもシアンかあゆ、アムロ、七瀬ぐらいのものなのだ。

「せめて、北川が居てくれたらな」

 祐一は、自分にとって最高の相棒である男を思い出した。今はアジア地区で頑張っているらしいが、あいつが隣に居てくれたらと思わずにはいられない。祐一と北川、このコンビはカノン隊最強とまで呼ばれ、ジム・FBに乗った祐一とジムUに乗った北川は、性能面で遥かに勝るセイレーンを駆る、サイレンでも最強の1人であるあゆを模擬戦で倒しているのだ。
 ここに北川が居てくれたら、トルクだろうが舞だろうが負ける気はしないのに。などと無い物ねだりをする祐一であった。

 


 そして、ヒッコリーではサイレンが鳴り響いていた。対空砲火が開かれて飛来するミサイルを打ち落とし、MSが迎撃配置についていく。そんな中に、トルクと舞の百式改と、リックディアスが2機、ネモが4機いた。

「迎撃に入る。シャトルが上がり次第、私たちはアウドムラと共にここを脱出するから」
「「「「「「了解!」」」」」」

 部下たちの威勢の良い返事に僅かに表情を緩めた舞は、返事をしないトルクに話しかけた。

「トルク、どうしたの?」
「・・・・・・いや、どうも、最悪の敵が来たようだな」

 トルクの掴み所のない返事に舞は首を捻ったが、すぐにトルクがNTであることを思い出し、何かを感じたのだろうと察した。

「トルク、相手が誰か、分かる?」
「ああ、分かるが、何でこいつらの気配がしやがる」

 物凄く迷惑そうな声を出すトルクに、舞は少しだけ苛立った声を出した。

「トルク、いったい誰なの?」
「・・・・・・相沢に、栞に、名雪だな。あと、エターナル隊のエース級が3人だ」

 トルクの答えに、舞は時が止まったかのような衝撃を覚えた。

「ゆ、祐一に、栞に、名雪が?」
「ああ、参ったよなあ。何でこんな所で会うんだよ」

 よりにもよってこんな無防備な所でこんな連中に襲われるとは。相手はいずれも超エースであることは間違いなく、油断すれば自分も死ぬかもしれない。こいつらは、NTやシェイドだからと言っていられる相手ではないのである。そのくらいの優位性は平然と突き崩されかねない強さを秘めているのだ。

「いくぞ舞、俺とお前で1人2機だ!」
「やるしかないけど、出来れば勘弁して欲しい」
「頼んでみるか、相沢に?」
「流石に無理だと思う」
「だよなあ」

 舞の返事に小さく笑うと、トルクはビームライフルを構えた。

「行くか」
「ええ!」

 トルクと舞は、友と戦うべく銃を構えた。時代を代表する最強のパイロットに分類されるこの2人をして冷たい汗をかかざるを得ない強敵が、まさに目の前に現れようとしている。そして、本当に救い難いことに、トルクも舞も、かつての仲間と戦うという心理的な罪悪感を感じながらも、どこか嬉しそうなのだ。戦士としての性とでも言うのか、自分と張り合えるほどの強敵と戦えるという高揚感を感じていたのである。
 そして、対空砲火の爆発が彩る空を、何機かのベース・ジャバーが突入してきたのである。


 祐一はベース・ジャバーを操りながら、佐祐理に言われた目立つ金色のMSを探した。自分たちはその為に来たのだから。

「栞、見つけたか?」
「いえ、まだですが・・・・・・左ですね。トルクさんを感じます」
「こういう時はNTは便利だよな。レーダー要らずだ」
「そこまで便利なものでもないんですけどね。って、居ましたよ!」

 栞の示す先には、確かに2機の金色のMSの姿があった。その周囲に数機の旧式MSが見えるが、そんな物は2人にとってはどうでも良い相手だ。目指す目標は、あの2機なのだから。

「行くぞ栞!」
「はい、祐一さん!」

 ベース・ジャバーから同時に飛び降りる2機のMS。それに対空砲火が向けられたが、逆に近くに居るザクUが撃破されてしまった。地上に降り立ったゼク・アインがビームマシンガンを構えて近くに居る旧式MSに狙いを付ける。

「さっきから煩いんだよ、お前ら!」

 ビームマシガンが断続的にパルスビームを撃ちだし、対空砲火を放っていた3機のザクUやジム改をスクラップに変えてしまう。大気圏内では1発辺りの出力が弱いビームマシンガンでは新鋭機相手では役不足な火器だが、この手の旧式MSの掃除には非常に使い勝手が良い。反面、ネモやマラサイといったガンダリウムγ合金装甲を持つ相手には致命傷とは成り難い。
 祐一のゼク・アインによってたちまち数を減らされたカラバのMS部隊の不甲斐なさを罵りつつ、舞は祐一に襲い掛かろうとしたが、その前にガンダムマークUが立ちはだかった。

「連邦カラーのガンダムマークU、誰が使ってる?」

 名雪はありえない。となれば祐一か、栞かだろう。右肩のビームパルサーガンが続けてパルスビームを放ったが、それは容易くシールドに弾かれてしまった。マークUが反撃にビームライフルを撃ち返してくる。格闘戦を避けるその動きに、舞は相手が栞だと察した。

「祐一なら距離を詰めてくるはず。なら、相手は栞か。あの化け物から降りて、マークUに乗り換えたのね」

 年下の戦友の可愛らしい表情を思い浮かべた舞は、一瞬トリガーを引くのを躊躇ってしまった。そこを付いて栞が更に距離を開いてしまう。中距離を保たれると、栞のが有利となってしまうのを知る舞は、すぐに距離を詰めようとしたが、その目前に無骨なデザインのジオン系のフォルムを持つMSが割り込んできた。左手に構えたビームサーベルが横薙ぎに振るわれ、百式改のシールドの上部が1/3ほど失われてしまう。

「舞、舞だな!」
「その声は、やはり祐一!」

 自分をこの距離でヒヤリとさせる相手、相沢祐一が出てきたのだ。舞もビームサーベルを抜いてこれに応戦する。

「舞、剣を引け!」
「祐一、私は自分が間違ってるとは思わない」
「佐祐理さんもいるんだぞ。お前、佐祐理さんを殺す事になっても良いのかよ!?」

 祐一の問い掛けに、舞は一瞬だけ躊躇った後、はっきりと答えた。

「祐一、私は、佐祐理を切る覚悟は出来ている」
「・・・・・・・・・・・・」
「勿論、祐一も同じ。エゥーゴの邪魔をするなら、倒すだけ」

 舞の回答に、祐一はしばらく答えなかった。通信機からはミノフスキー粒子の雑音が聞こえてくる。そして、暫くした後、ようやく祐一が答えた。

「もう一度だけ言うぞ。武器を捨てろ、舞!」
「くどいっ! 私の決意は変わらない!」
「・・・・・・そうか、分かった」

 祐一はビームマシンガンを捨て、アタッチメントに固定してあったビームライフルに持ち替えた。

「なら、佐祐理さんが悲しむ前に、俺がこの手で仕留めてやる」
「出来るの、貴方の腕で?」
「甘く見るなよ、舞!」

 祐一と舞が至近距離でぶつかり合った。もともと近距離での戦いを得意とする2人だ。距離をとる事はありえない。抜かれたビームサーベルが鍔迫り合い、百式改のビームガトリングガンが咆哮し、ゼク・アインのサイドアーマーからグレネードが放たれる。2人とも超エースであるだけに、その戦いは余人の介入を許さない凄さがあった。
 その戦いに栞のマークUが割り込もうとする。

「私が居る事を、忘れてもらっちゃ困りますよ!」

 放たれたビームが百式改を掠める。装甲が薄い百式改がビームライフルの直撃を受けたらただでは済まないので、舞は栞の援護に顔を顰めた。栞も目立たないとはいえ、一流のパイロットではあるのだ。伊達に元サイレンのメンバーではない。

『祐一1人でも生易しい相手じゃないのに、栞まで!』

 内心でこの状況を罵りながらも、舞は僅かに口元に笑みを浮かべていた。久しく無かったこの感じ。強敵を前にして感じる高揚感。勝てないかもしれないという焦り。振るう一撃を的確に返してくるという満足感。それらは、舞の中にある闘争心を満足させるに足るものだった。


 

 そして、この状況で、トルクはなぜ舞の援護に来ないのかというと、彼は舞以上にやばい状況に追い込まれていたのである。百式改を操りながら必死に敵の攻撃を凌いでいるのだが、彼の前に現れたガンダムマークUとエトワールは、絶妙のコンビネーションを発揮して自分を追い詰めてきたのだ。

「くそ、この感じは、長森瑞佳だな!」

 通信を介さずとも、NTの感応能力で通じ合えるトルクと瑞佳は、この状況で話し合うことが出来た。

「トルビアック・アルハンブルだね!?」
「エターナル隊のパイロットだった貴様が、何で連邦にいる!?」
「色々わけがあるんだよ!」
「ちっ、なら、そっちのマークUは折原浩平か!」
「そうだよ、さあ、観念するんだよ!」

 エトワールが援護を、マークUが格闘戦を挑むというこのコンビは、トルクをして付け込む隙を見出せないほどに息の合ったコンビであった。流石に祐一と北川ほどの完璧なコンビネーションではなかったが。

「サシでなら負ける気はしないが、2人同時ってのは無理がありすぎるな。しかも長森の奴、かなり強力なNTじゃないか!」

 本当なら瑞佳が前に出るべきではないのかと思うのだが、どの距離でもそつなく戦えるのが彼女の強みであり、近接戦闘に秀でている浩平に自然と前衛を任せる傾向があるのだ。そして、近接戦闘では瑞佳は浩平に勝てないのだ。それほどに浩平は近距離では強かった。このあたりは祐一に似ている。
 だが、ファマス戦役でシアンとさえ五分に渡り合ったトルクが、いかに超エースの浩平と瑞佳の2人がかりとはいえ、こうも苦戦するはずが無い。これは、そのままトルクの技量が落ちていることを示していたのだ。ファマス戦役で何もかもを失い、落ちぶれて月の地下に潜った2年間は、ファマス戦役でも最強の1人に列せられるエースから、その技量と覇気を奪ってしまっていたのだ。

 浩平は瑞佳の援護を受けながらマークUのシールドで百式改のシールドを付いた。ほんの僅かな押しだが、軽量級である百式改は容易く浮いてしまう。

「しまった!」
「もらったぜ!」

 マークUのビームライフルがゼロ距離でシールドに押し当てられ、ビームを撃ち出す。回避不可能とも思えるこの攻撃を、何とトルクはシールドを捨てることで回避していた。もっとも、右肩にあったビームガトリングガンは失われてしまったが。
 まさか、回避されるとは思ってなかった浩平は流石に驚いた。

「マジかよ!」
「浩平、どうするんだよ?」
「あせるな長森、俺にはまだ奥の手がある!」
「え、そうだったの?」

 そんなものまったく知らなかった瑞佳が驚いた声を上げる。だが、瑞佳の驚いた声に、浩平は自身ありげに断言して見せた。

「はっはっは、かかったな長森、そんな物、あるわけなかろう!」
「ええ、また騙したんだね、浩平!?」
「まだまだ甘いな、これくらいのジョークも見抜けないとは!」
「ううう、戦闘中にボケるのは止めてっていつも言ってるのにい〜」

 戦闘中にもかかわらず、ボケたことを言い合う2人。これでトルク相手に隙を見せないのだから大したものではある。彼らには彼らの戦い方があるということなのだろう。


 そして、戦いは第二ラウンドへと移行していく。


 


機体解説

RX−178 ガンダムマークU
兵装  ビームライフル 又は ハイパーバズーカ
    ビームサーベル×2
    頭部バルカンポッド
    シールド
<解説>
 ティターンズが開発した高級量産機。ガンダムの名を受け継ぐだけあってその性能はかなり高い。試作機の段階では量産は見送られる予定だったが、チタン・セラミック複合材の改良によって問題が解決し、量産にこぎつけた。だが、開発段階で予算の不正使用が発覚したため、裏取引で連邦軍への供与が約束されてしまった。
 第二世代MSの特徴をほとんど完備するMSで性能的にはリックディアスとどっこいどっこいというところ。秋子の手元にもそれなりの数が配備されている。ティターンズと連邦ではカラーリングが異なるという特徴もある。


RMS−141 ゼク・アイン
兵装  速射型ビームスマートガン
    ビームライフル
    ビームサーベル×4
<解説>
 多用途性に富んだ汎用MS。ジオン系のフォルムを持つシュツーカの発展型で、両肩のマウントラッチを兼用することでさまざまなオプション装備を使いこなす事が出来る。本来はティターンズで運用される予定であったが、シアンから流された情報で秋子にこの機体の事が伝わり、教導団に圧力をかけて開発データと実機を提供させたという経緯がある。
 祐一が使っているのはサイド5で組み上げられた機体であり、実戦データをとるという目的もあって提供された。正式採用前の機体でありながら信頼性は抜群な本機を、祐一は大変気に入っている。


後書き
ジム改 ついに浩平と瑞佳、澪が復活
栞   あの人たち、今まで何してたんです?
ジム改 ジャンク屋やってた。その辺りのことはそのうち書くから気にするな
栞   まあ良いですけど。あと、問題は祐一さんです!
ジム改 な、何か問題でも?
栞   大有りでしょう。何で祐一さんが舞さんと張り合えるんですか!?
ジム改 お前、何気に酷いな。祐一は決して弱くないぞ
栞   おかしいです。こんなに強い祐一さんなんておかしいです!
ジム改 祐一の立場って一体・・・・・・
栞   貴方がそうしたんじゃないですか
ジム改 まあそうなんだけどね。祐一の実力は実際に凄いんだよ
栞   まあ、舞さんと渡り合えるぐらいですから、凄いんでしょうけど
ジム改 もっとも、栞がいなかったら押し負けるけどねw
栞   サシの勝負じゃ結局負けるんですか!
ジム改 当たり前。実力差は冷酷なのだよ。だから数で挑むんだろ
栞   まあ、それはそうですけど
ジム改 では次回、苦戦する舞とトルクを襲う銃弾。あの名雪がその力を見せます
栞   トルクさんも舞さんも大変ですね。愛の逃避行に見えなくも無いですが
ジム改 君も相手見つけてやってみるかね?
栞   絶対に遠慮します。まだ死にたくはありません