第8章  反連邦勢力の力

 


 ヒッコリーを襲撃した連邦部隊は、エゥーゴとカラバの連合部隊を追い込んでいた。敵の主力はエゥーゴの新鋭機部隊であり、他の旧式機は物の数ではない。スードリから指揮をとっていた佐祐理は意外と弱い抵抗に安堵していた。

「どうやら、このまま押し切れますね。舞とトルクさんも祐一さんたちが押さえ込んでくれてるようですし、これで終わりですかね」

 あの程度の戦力で自分たちの追撃を食い止められるとでも思っていたのだろうかと、佐祐理はカラバの目論見の甘さを内心で笑っていた。これで相手がファマス戦役時代に散々梃子摺らされた斉藤やみさき、ショウといった強敵たちや、あるいは秋子や北川のような、味方でよかったと思えるような名将だったなら、あの程度の戦力でもかなり梃子摺らされた可能性が高い。特に斉藤と北川は少数の戦力を上手く使い回して恐ろしいほどの戦力に仕立ててしまう。
 だが、目の前のカラバ部隊にはそんな指揮官は居ないようだ。動きは鈍いし、迎撃の手際も誉められた物ではない。実戦経験だけは豊富そうだが、そういった訓練を積んではいないのだろう。

「まあ、下手に上手くなられても困りますしね。そろそろ止めといきますか」

 佐祐理はまだ温存していた第2波の投入を考えた。戦況は圧倒的とはいえないが、こちら優性に推移しているのは確かだ。ザクやジム改ではシュツーカF型主力の自分たちに勝てるわけが無い。機体の世代が全く事なるMSでは、多少の数の差では流石に無理があるのだ。すでにファマス戦役でジムコマンドやジム改がシュツーカに歯が立たなかったという事例がある。

 だが、増援を出そうとした時、スードリのレーダーマンが接近してくる部隊を発見した。

「大尉、3時の方向から新たな機影が高速で接近してきます。数はおよそ5機」
「5機・・・・・・高速ということは下駄履きのMSか、戦闘機かですか。敵味方識別信号は?」
「信号は味方ですが・・・・・・」
「目標は呼び出しに応じません。ミノフスキー粒子で届いていないのかもしれませんが」

 レーダーマンと通信兵が困った顔で佐祐理に答える。通信が繋がらないと言うのは戦場では珍しいことではないので、それを理由に敵と断定することも出来ない。もしかしたら声をかけておいた近隣の連邦部隊かもしれないのだ。
 佐祐理はしばし考えた後、格納庫に出す指示を変更した。

「MS隊は臨戦態勢で待機。いつでも出せるようにしておいてください」

 それだけ指示すると、佐祐理はシートに腰を沈め、じっとヒッコリーを見据えた。

「なんだか、面白くありませんね。嫌な予感がします。何なんでしょうね?」

 佐祐理は近づいてくる新たな部隊を、何故か味方とは思えないでいた。一体、何が迫っているのだろうか。

 佐祐理がNTだったわけでもないだろうが、迫る5機のベース・ジャバーには合わせて10機のMSが乗っていた。うち9機は旧式のジムUであったが、1機は見たことも無い新型機であった。彼らは何処の部隊なのだろうか。

 

 

 だが、佐祐理たちがヒッコリー基地に対する攻撃を継続している時、スードリにとんでもないニュースが飛び込んできていた。それは、まさにエゥーゴの宣戦布告とでも呼べるものであったのだ。
 それをジャブローから受け取った佐祐理は、彼女らしくも無く表情を驚愕の形に歪めていた。

「まさか、そんな事が・・・・・・」
「大尉、何が?」

 副官が初めて見る上官の驚愕顔に驚きを覚えながらも問いかける。佐祐理はそれに直接答えようとはせず、手に持っている電文を渡した。受け取った副官が紙面に視線を走らせ、佐祐理と同じく驚愕してしまう。

「馬鹿な、月面方面艦隊が、連邦宇宙軍から離反しただと・・・・・・」
「エゥーゴの動きに同調した、という事でしょうね」

 宇宙の勢力は混沌としている。サイド5やルナツーは完全な連邦軍部隊であるが、その他はどれが親ティターンズなのか、親エゥーゴなのかさえ分からない。ただ、秋子やりビックの影響が大きく(現在の連邦宇宙軍将兵の人望は、この2人に集中していると言われる)、今まで暴発は抑えられてきた。そして、緊急展開軍の戦闘力は先の地球軌道防衛戦ではっきりと示されており、その軍事力に恐れをなすだろうと考えられていたのだが。

「予想以上に反連邦勢力は大きかったという訳ですね。月のアナハイムがエゥーゴの後援企業である事は公然の秘密ですが、月面方面艦隊はアナハイムにでも懐柔されていたんでしょう」
「なるほど。ですが、月面方面艦隊は戦艦コンスティレイション、ヴェナスを中心に30隻以上の艦艇を保有しています。あれがそっくりエゥーゴに加わったとなると、かなり面倒な事になりますね」
「・・・・・・ティターンズが無茶しなければ良いんですけどね」

 佐祐理は、ティターンズがこれを契機に月面への武力侵攻をしないかどうかを心配していた。彼らは対エゥーゴ作戦に関しては相当の権限が与えられており、秋子といえども中々口を挟めない。この月面方面艦隊の蜂起を口実にフォン・ブラウンやグラナダといったエゥーゴの母港に対して武力進駐をする可能性が高いのだ。
 これらの港にエゥーゴ部隊が隠れているのは周知の事なので、ティターンズがエゥーゴの討伐を理由にする限り、誰も異論を挟めない。

 


 そして、決起したのは月面方面艦隊だけではなかった事を、佐祐理たちはすぐに思い知る事になる。接近していた未確認部隊がヒッコリーに現れ、祐一たちに攻撃を開始したからだ。
 攻撃を受けた祐一は罵声を上げて舞の前から大きく後退した。

「畜生、何処のどいつだ。俺にいきなり撃ってきた馬鹿は!?」
「祐一さん、あのジムUおかしいです。味方じゃないみたいですよ!」

 栞はやってきたジムU全てが味方を攻撃しているのを見て、これを敵だと認識した。祐一は撃たれた時点で敵と認識しているので、栞の言葉は免罪符以外の何物でもなかったりするのだが。

「とにかく、こいつらも纏めてぶっ飛ばす!」
「祐一さん、意気込みは買いますけど、まずは舞さんに勝ってからでないと」

 現在2人は舞の百式改と全力で戦っている最中であり、とてもそちらを相手にする余裕は無い。この新手の加入は状況を著しく悪化していた。更に悪い事に、その中の1機は明らかにエース級というか、化け物だった。栞がジムUと一緒に現れた重MSを見て吃驚する。

「ええええ、そんなのアリですか!?」
「なんだ、どうした栞?」
「こんな展開インチキです。苛めです。秋子さんに言いつけますよ!」
「だから、何言ってるんだ栞?」

 いきなり訳の分からない事を言い出す栞。栞には相手が分かってるのだろうが、ニュータイプという奴の反応は分からない奴には電波受信中にしか見えない。いや、栞に言わせるとその表現でも間違いとは言い切れないそうなので、今現在の栞は受信中なのかもしれない。
 栞はひとしきり文句を立て並べると、ようやく祐一の質問に答えてくれた。

「あの青いMSに乗ってるの、アムロさんです!」
「ちょっと待たんかい!」

 祐一は悲鳴を上げた。冗談ではない。今でも楽じゃないのに、更にあの白い悪魔まで敵に回すというのか。
 これでは負けると考えた祐一は、スードリに焦りまくった声で応援を要請した。

「佐祐理さん、今すぐ第2派を出してくれ!」
「もう出しましたよ。もう少し持ちこたえてください!」

 佐祐理の返答に祐一は多少安心したが、とりあえず援軍が到着するまでは持ち堪えなくてはいけない。目の前には舞、空の上にはアムロ、そして味方は栞のみ。この状況でどうしろというのだ。
 その時、ふいに祐一はある事を思い出した。そういえば、さっきから2人ほど足りないという事に。

「・・・・・・名雪、お前、何処で遊んでやがる!?」

 通信機に向かって怒鳴りつけると、向こうから眠そうな声が返ってきた。

「酷いよ祐一〜、私、ずっと攻撃の許可を待ってたんだよ〜。あんまり遅いから眠りそうだったのに」
「寝るな!」
「一応まだ起きてるよ〜」
「なら早く援護してくれ。どうもさっきから敵が自由に動いてると思ったら、お前がさっぱり援護しとらんではないか!」
「うう、分かったよ」

 祐一に散々文句を言われた名雪はしょぼくれながらライフルの照準を適当なMSに向けた。


 ファマス戦役中、ファマスパイロットの間に流れた1つの伝説が存在する。何処からとも無く飛来し、仲間を確実に喰ってしまう悪夢のような敵。奴は戦場の外にいて、信じられないほど遠くから自分たちを狙い撃つ、まさに地獄から来た死神だと。

 その狙撃手は「美貌の死神」水瀬名雪と言った。


 それはいきなり襲い掛かってきた。かなり高空を高速で飛んでいたドダイ改がいきなり撃ち落されたのだ。MSは慌てて飛び降りたものの、誰が撃って来たのかが分からない。そうするとまた1機が落とされた。これはもう間違いない。どこかにスナイパーが隠れているのだ。
 アムロはディジェを操りながら周囲に視線を走らせた。

「何処だ。誰が狙っている?」

 その時、ふいに感じた悪寒に慌ててドダイ改を左右に振る。すると、下方からビームが直前までいた場所を貫いていった。アムロはそのまま止まることなく動き回り、敵の狙撃に3射まで空をきらせた。

「いい腕だな。まさか、名雪か?」

 祐一や栞がいるのだから、名雪がいてもおかしくは無い。だが、出来れば敵に回したくは無かった。舞やトルクが言うように、彼も名雪に狙われる事だけはご免だったのである。何しろ、宇宙ではレーダー抜きの光学照準で超遠距離射撃を正確に撃ち込んでくるのだから。
 一方、射撃を回避されまくった名雪は著しくプライドを傷つけられていた。

「ううう〜、また躱された」
「<名、名雪さん、怒っちゃ駄目なの>」

 護衛役の澪が怒っている名雪を宥めている。でもまあ、相手を考えれば名雪の射撃を躱されるのも無理は無いのであるが。むしろアムロに冷や汗をかかせる名雪を褒めるべきであろう。

 

 

 アムロの加入で戦況は完全にカラバに傾いてしまった。スードリには既に第22航空団を始め、北米でも次々と連邦に反旗を翻し、カラバに合流した部隊の報告が寄せられている。これらの部隊と連邦に留まる部隊の戦闘も各地で発生しており、自分たちの周囲が既に味方ではない可能性まで出てきている。
 佐祐理は遂に戦闘の中止と現空域からの撤退を決意した。

「スードリを前進させます。祐一さんたちに急いで戻るように指示を!」
「無茶です、スードリで砲火の中に行くなど!」
「MS隊を収容するだけです。急ぎなさい!」

 珍しい佐祐理の怒鳴り声に、副官は慌てて操舵手のところに行ってしまう。佐祐理はキャプテンシートに腰を沈めながら、悔しそうに呟いた。

「シャトルを落とすのは、諦めるしかなさそうですね」

 ここまで来ては止むを得ない。今は自分たちの安全を確保する方が先だ。

 

 だが、撤退命令を受けた祐一の方も楽ではなかった。迂闊に背を向ければ瞬殺されかねない程の実力を持つ舞が相手なのだから。駆けつけてきた第2波も思ったほどの活躍はしていないらしく、自分たちの不利を覆すに至っていない。

「くそっ、舞の奴!」

 祐一はゼク・アインをホバーさせて高速移動しながら拾い上げたビームマシンガンを撃ちまくっていた。祐一と舞の勝負は舞の方が若干優勢で、祐一は格闘戦から射撃戦に切り替えるしかなくなったのだ。栞もビームライフルでやはり舞との近距離射撃戦に徹している。
 舞は百式改に搭載されている3つの火器を総動員していたのだが、すぐにビームライフルだけになった。百式改のジェネレーターは3つのビーム兵器を同時に使うには不足気味なのだ。まして、最強の武器であるロングメガバスターに至っては使えるかどうかさえ危ぶまれる代物である。
 このままでは不味いと考えた舞は、目標を祐一から栞に切り替えることにした。単純な強さなら栞は祐一にさほど引けを取らないが、戦い方、特に身を守るという事に関してははっきりと劣る相手だからだ。

「栞を仕留めて、祐一と一対一に持ち込む!」

 舞はそう決めると、部下のリックディアスのパイロットを呼び出した。

「メナセ、あの新型、暫く押さえ込んで!」
「た、大尉、そんな無茶な!?」

 メナセと呼ばれたパイロットは悲鳴のような声を上げた。舞と渡り合えるような実力を持つクリスタル・スノーのパイロットを1人で相手にしろなどと言われれば当然の反応だろう。

「お願い、少しの間でいい。あの新型を、祐一の動きを止めていて」
「・・・・・・相沢祐一、あの、クリスタル・スノーの4人の大隊長の中でも最強といわれる」

 メナスは震え上がった。クレイスタル・スノーの4人の大隊長、彼らはいずれも際立った技量を持つが、その中でも相沢祐一はサイレンに列せられればTOPに食い込めたのでは、と言われるほどの技量を持と言う。その有名ぶりは連邦軍の中で知らぬ者はいないほどだ。そんな化け物と戦えと言うのだろうか。この上官は。
 だが、彼女には舞が頼み込むと言う意味が分かってもいた。これでもあの30バンチ事件を共に体験した仲なのだ。あの川澄舞が人を頼るという事は、それだけ余裕が無いという意味なのだ。

「・・・・・・あんまり長持ちはしませんよ」
「構わない、2〜3分でケリを付けれると思う」
「なら、頑張ります!」

 メナスのリックディアスがクレイバズーカを続けて撃ち放つ。祐一もそれに応戦したが、メナスは全く足を止めずにひたすら動き回っていた。回避運動も定石半分、勘半分でやっているので、流石の祐一も手を焼いている。ビームマシンガンのパルスビームでは分厚いガンダリウムγ装甲を持つリックディアスを破壊するのは難しい。

「ちっ、これだから重MSってのは!」

 接近してビームサーベルでケリを付けたくても、相手が乗ってこないのではどうしようもない。祐一がメナスに手間取っている間に、舞は栞に勝負をかけた。
 一時的とはいえ、舞とタイマンする事になった栞は悲鳴を上げながら必死に機体を操る羽目になった。

「じょ、冗談じゃありません、舞さんとサシで勝負なんて出来ますか!」
「栞、悪いけど、手加減は無し」

 舞は栞のガンダムマークUとの距離を詰めにかかった。栞は逃げの一手に入るが、機動性ではマークUは百式改に及びはしない。装甲を削ってまで追及した機動性は未だに並ぶ物が無いのだ。
 懐に入られた栞はバルカンポッドで弾幕を張りながら慌てて下がろうとした。自分の質力で舞と格闘戦をやったら、何回切りあえるかという所だからだ。祐一ならともかく、自分では舞とは戦えない。
 だが、舞と栞の実力差は栞が距離を取る事を許さなかった。この辺りのタイミングの見極めの悪さが栞が弱いと言われる所なのだが、栞はまだそれに気付いていない。そして、成長しなかった代償に、マークUはライフルを持つ右腕を切り落とされたのである。

「し、しまったっ!」
「これで、終わり」

 百式改のビームサーベルが横薙ぎに振るわれ、マークUのシールドを半分にしてしまう。これでもう、栞には身を守る術さえ失ってしまった。

「栞っ!」
「させません!」

 祐一が慌てて栞の援護に入ろうとするが、メナスの邪魔が入って思うように動けない。そのメナスの妨害と栞の窮地に、祐一は自分の中で何かが切れる音を聞いた。

 


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 一瞬、舞の脳裏を栞の笑顔が過ぎったが、それを振り切るように舞はサーベルをコクピットめがけて振るおうとして、突然脇に現れた殺気にサーベルの動きを横薙ぎに変えた。振るわれたビームサーベルが突き込まれたビームサーベルを弾く。そこにいたのは祐一のゼク・アインだった。

「ゆ、祐一!?」
「それ以上、栞に手を出す事は許さないぞ、舞」

 どうして祐一がここに。メナスはどうしたの? 舞は慌ててメナスのリックディアスの姿を探し、そして息を呑んだ。メナスのリックディアスは両腕を破壊され、戦闘力を失っていたのだ。

「メナス、大丈夫?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 だが、何故か返事が返ってこない。怪我でもしたのかと思ったが、随分遅れてボソボソとした返事が返ってきた。

「・・・・・・何が、起きたんですか? 私、ミスはしてません」
「どういう事?」
「・・・・・・分からないんです。気が付いたら両腕を破壊されていて」

 舞はメナスの答えに慄然としていた。メナスの腕は決して悪くは無い。だから祐一の相手を任せたのだし、リックディアスを与えられたのだ。そのメナスが反応する事さえ出来なかったと言うのだろうか。もしそうなら、祐一は一瞬でも自分以上の動きを見せたというのだろうか。

「・・・・・・・・・まさか、そんな事が?」

 舞は栞のマークUを背中に庇う祐一のゼク・アインを見据える。見た目は変わらないのだが、何故か放たれる威圧感が変わっている様な気がして、少し機体を下がらせた。

「・・・・・・祐一、お兄ちゃんが認めた数少ない人。やっぱり、何かあるの?」

 舞は、祐一が自分に勝てるとは思っていない。少なくとも、これまでは思っていなかった。だが、祐一はシアンが後継者と認めた男なのだ。てっきりそのカリスマ性を買っていたのだと思っていたのだが、もしシアンが、祐一の眠っている力を察していたのだとしたら・・・・・・・・・

 

 祐一は中破しているマークUを庇いながら少しずつ退いていた。佐祐理からの後退命令が出たのだ。
 
「栞、退けそうか?」
「逃げるのは大賛成ですが・・・・・・」

 栞の返事もどこか歯切れが悪い。今のままでも負ける気はしないのだが、勝てる気もしないのだ。何しろ与えるダメージよりも受けるダメージの方がでかいのだ。このままではジリ貧になりかねない。
 もっとも、舞の方もかなり厳しい状況なので、持久戦になったら舞の方が不利なのだが。
 もう一方のトルクは舞よりもやばかった。何しろ瑞佳が相手というのが大きい。実は純粋NTとしてはファマス戦役中、アムロやシャアに次ぐ強さを持っていたのが彼女なのである。バランス型であり、どの距離でも強い瑞佳はエトワールでトルクの百式改に互角に近い勝負を演じる事が出来るのだ。
 実は、バランス型のパイロットというのは往々にして弱い場合が多い。カノン隊では栞や天野、佐祐理、中崎などがそうだが、彼女らの強さはカノン隊の中では今1つと認識されている。これに対し、近距離での格闘戦を好むのが祐一や舞、七瀬、シアンなどだ。そして中・近距離での射撃戦を好むのが北川、真琴、あゆなどである。流石に遠距離戦をするのは名雪ぐらいだが。
 このように、バランス型はどの距離でもそれなりに戦える代わりに、どの距離でもそれなりの強さしか持っていないのだ。これはまあ当然といえば当然なのだが、この例に当て嵌まらないのが瑞佳である。瑞佳は確かにTOPにはなれない。だが、どの距離でも強いのだ。これがまさに瑞佳の強みだった。トルクは近距離以外では瑞佳に勝てない事をすぐに悟る事が出来たため、エトワールとの距離を詰めたがったのだが、浩平のマークUの為にそれも出来ないでいる。

「ちい、これじゃあ不利だな。どうする?」

 自問しながら浩平のマークUにビームガトリングガンを叩き込む。だが、これも撃ちすぎでいい加減使えなくなりそうである。ジェネレーターも過度の武器使用に悲鳴を上げっぱなしであり、何時オーバーヒートで緊急停止するか分からないのだ。このバランスが崩壊するのも先の事では無いかもしれない。

 戦っている双方が撤退を望んでいるのに、微妙なバランスが両者の動きを縛っている。これでバランスが崩れればまだ動きようもあるのだろうが。
 このバランスを崩す鍵となるものは、この場には1つしかない。そう、シャトルだ。既にカウントダウンは始まっており、打ち上げは目前に迫っている。これが上がれば舞たちがこの場に留まる理由もなくなり、祐一たちが無理攻めする必要もなくなるのだ。
 奇しくも、両者が共にシャトルが上がる事を望みだしていたのである。そして、遂にシャトルが上がった。旧式であるだけに大気を汚染する科学ロケットを使用しており、白煙を曳きながら空へと駆け上がっていく。それを見送ったトルクは、アウドムラに通信を入れた。

「ハヤト艦長。シャトルは出したから、俺たちも退こう」
「分かっている。アウドムラを超低空で暫く飛ばすから、駆け込んでくれ!」

 ハヤトの言うとおり、アウドムラは滑走路上を危険な超低空で飛んでいた。そこに向けて生き残っていたカラバMSやエゥーゴMSが全速で向かっていく。祐一たちはそれを無理に追おうとはしなかった。見逃してやろうなどという情け心を出したわけではなく、たんに追撃する余力が無かったのだ。
 だが、まだ余力を残している機体もあったりする。

「このまま何も仕事しないで終わるのは御免だよ!」

 名雪のジムスナイパーUが続けてビームを放ち、逃げようとするジムUとドムを1機ずつ撃墜してしまった。

 しかし、これで戦闘は一応の終結を見た。佐祐理はスードリをヒッコリー宇宙港に留める事はせず、一度完全に安全と言えるパナマにまで下がる事にした。既に世界中でエゥーゴやカラバの決起が始まっており、ティターンズ部隊と激しい戦闘を繰り広げているのだ。出来ればそんなものとは関わりたくは無い。
 だが、動かないわけにもいかないのだ。自分たちの任務はアウドムラ追撃なのだから。

「逃がす気は無いんですけどねえ」

 地図を見ながら佐祐理が嘆息する。アウドムラの行き先は分かっている。北京の宇宙港以外に宇宙に出る術は無いのだから。あるいはどこかでシャトルを手に入れてアウドムラから打ち上げるかだ。

「とりあえず、スードリは北京を目指しますが、途中で海鳴基地に寄りますね」
「海鳴基地って、まさか・・・・・・」

 聞き覚えのある名に、祐一の顔が微妙に引き攣った。それを見て佐祐理が何とも楽しそうに祐一の問い掛けを肯定してみせる。

「あはは〜、そうですよ。シアンさんに助けを求めるんです」
「まあ、舞にトルク、アムロとくるなら、シアンさんの手も必要だとは思うけどさ」
「なんか、また怒られそうですよね。腕が鈍ってるぞ――!! みたいな感じで」

 栞もちょっと引き気味だ。機動艦隊時代のシアンのシゴキ魔ぶりは有名で、祐一たちは嫌になるほどに鍛え上げられている。海鳴訓練校を卒業してくる新人パイロットは技量が高い事で知られるようになったのも、シアンが校長になってからの事だ。
 そして実は、ここにいるメンバー全員があの頃より腕が落ちたかもと思ってたりするので、シアンに怒鳴られるというのは他人事ではないのである。

「でも、シアンさんが来てくれるなら百人力だよ〜」
「まあ、あの人が負けるってのは、ちょっと想像できないからな」
「そうですねえ。しかもあそこには久瀬さんとか郁未さんとか、リシュリュー隊の方々もいるそうですし、あの里村茜さんもいますしねえ」
「・・・・・・なんつうか、物凄く危険な所じゃないのか、その基地?」

 祐一や名雪、佐祐理の話を聞いた浩平が呆れた感じで呟く。海鳴基地は規模だけは大きいが、所詮は辺境の田舎基地なのだ。そんな所にファマス戦役で勇名をはせた猛者たちがゴロゴロしているのだから、彼が呆れるのも当然といえる。
 実際の所、彼らはシアンが手元に保護していると言った方が正しい。シアンの手元に居る、という事は、そのまま彼女らが秋子、そして連邦軍中道派の影響下にあるということを意味している。特に海鳴基地の属している極東地域はティターンズを中心とする強硬派の影響力が弱い地域に属している。太平洋艦隊司令長官であるバルコム大将、オーストラリア方面軍司令官のコーウェン大将など、中道派の将官が強い影響力を持っているためだ。
 ただ、その為にティターンズに反対する勢力の活動も活発で、カラバ系組織の温床ともなってしまっているのだが。これらの勢力の狩り出しに北川たちが奔走している事を考えると、功罪は些か微妙だろう。

 いずれにせよ、スードリはアウドムラを追撃して太平洋に出る事になる。北米ではカラバに合流した連邦部隊を撃滅するためにティターンズが陸軍を投入しているが、敵の数が想像以上に多くて手を焼いているらしい。アジア方面でも多少の混乱が続いているようだが、こちらは前からこの手の活動が多かっただけに即応可能な部隊が多く配置されており、活動が連動する前に次々に各個撃破されてしまったようだ。

 むしろ問題となっているのは宇宙で、月面方面艦隊に続いて幾つかの独立艦隊が決起し、月面都市の防衛隊などと合流して一大勢力を築いたのだ。これに対してティターンズがグリプスから艦隊を出したのだが、迎撃して来たエゥーゴ艦隊と激突、月の上空で激しい艦隊戦を展開している。
 双方20隻前後の巡洋艦、戦艦を繰り出しての大規模艦隊戦となったが、結局双方とも同程度の損害を出して戦場を後にしている。月を守り切ったのだからエゥーゴの勝利と言えるだろうが、消耗戦になればエゥーゴの敗北は確実なので、同程度の損害を受けたのはエゥーゴにとってはかなりの打撃と言えた。
 なお、この戦闘ではエゥーゴ、ティターンズの双方が新型の可変MSを投入しており、双方の艦隊がこれまでのMS戦の常識を超えた遠距離から第一撃を加えあった事で有名となる。この時エゥーゴが投入したのはZガンダムと呼ばれる試作機で、ティターンズが投入したのはガブスレイと呼ばれる機体であった。
 この戦闘は、連邦軍が一切関与しなかった大規模戦として歴史に残る事になるが、同時にティターンズと連邦軍の立場の違いを明確にしたともいえる。対エゥーゴ作戦においてはまずティターンズが、という役割分担が明確になったのだ。

 ただ、この時秋子が動かなかった事に付いては、後にさまざまな憶測を呼んでもいる。秋子はエゥーゴの隠れシンパなので、エゥーゴと本格的な微力衝突をするのを嫌ったのだ、などという滑稽無等な噂までが流布したほどだ。
 実際には月都市の民間人を戦闘に巻き込むのを嫌った、議会の親エゥーゴ系議員が連邦軍の出動を邪魔したからなどの政治的な理由や、他の連邦部隊に同調する動きがないよう睨みを利かせていたという軍事的理由がある。何と言ってもリビックの擁する機動戦力であるルナツー駐留の第1、第2、第3艦隊は連邦の主力部隊であり、これだけでティターンズの宇宙戦力を凌ぐ規模になる。この3個艦隊が臨戦態勢に入り、さらに単独では連邦最大最強の武力集団である秋子の緊急展開軍までが拠点であるフォスターUから全力出撃し、サイド5の領空ギリギリの所に展開を開始するという威嚇行動にまで出ている。

 この露骨な威嚇がエゥーゴに寝返ろうとした部隊を相当数押さえ込んだのは間違いないのだが、エゥーゴにとってより深刻な問題は、各サイドの市民の反応である。エゥーゴがはっきりとした形で決起したというのに、それを支持する市民が思ったより遙かに少ないのだ。これはエゥーゴにとって他の連邦部隊が動かなかった事以上に大きなダメージとなっている。
 古来より、ゲリラ戦に勝利するには三つの原則を満たす必要があるとされている。

1. 地元住民の積極的な支持と献身的協力
2. 逃亡、休養、訓練、再編成を安全に行える拠点・後背地
3. 兵器や物資の安定供給を約束してくれる支援国家

 これらを満たさない限り、ゲリラ戦で勝利する事は出来ないのだ。3年前のファマス戦役は内戦であったが、ファマスはこれらのうち2つを満たしていた。火星という後背地を持ち、そこにある生産施設やジオン残党、地球圏の一部企業の支援を取り付けることが出来たファマスは、あれだけ長期に渡って連邦と戦い続けることが出来たのだ。
 エゥーゴは月を拠点とし、月面都市住民の支持はそれなりに得ているのだが、各サイドのスペースノイドの支持が余りにも少ないのだ。理由は幾らでも考えられる。ジャブロー攻撃の失敗を初めとして、幾つかの作戦における敗北。ティターンズに対して起こしたアクションが少ないこと。そして何よりも、ティターンズの脅威からスペースノイドを守っているのは実質的にはリビックと秋子の2人だと思われているからだ。
 各サイド駐留軍が動かなかったのも、彼らがリビックや秋子の影響下にあるからだ。彼らは実力が未知数のエゥーゴよりも、圧倒的な戦力と充分すぎる実績、人望を持つ連邦の実力者を選んだのだ。

 エゥーゴとしてはティターンズの影響を受けていない連邦正規軍と激突するのはなるべく避けたかったので、リビックや秋子との関係を明白な武力衝突にまで進展させるのは躊躇っていた。連邦は眠れる獅子である事は誰もが知る事実であり、決して起こしてはならないのだ。それが当面のエゥーゴ指導部と、エゥーゴ支援企業の一致した考えである。
 彼らはこの戦争を自分たちとティターンズのみの限定戦争としたいと考えており、間違っても連邦主力を呼び込むような事になってはならないと決めていた。そして、出来ればリビックや秋子を味方に引き込みたいとも考えていた。もしこの両者を引き込めれば、事実上ティターンズは問題とはならず、連邦の現体制を打倒する事さえ不可能ではなくなるからだ。
 ただ、2人がこれからどういう動きを見せるのか、それは誰にも分からなかった。彼らがティターンズに付くのか、エゥーゴの付くのか、それとも中立を維持するのか、その行動によって宇宙の勢力図が描き変わるのは確実となっているだけに、その動向には宇宙中の耳目が集まっている。

 


機体解説

MSK−008ディジェ
兵装  ビームライフル 又は クレイバズーカ
    ツインビームソード
    60mmバルカン×2
<解説>
 エゥーゴが開発したリックディアスを元に、カラバが開発した攻撃型重MS。アムロなどのエースパイロットの手に渡され、かなりの戦果を挙げている。カラバは高性能機を保有していないので、このディジェの完成はカラバにとって大きな力となった。



後書き
ジム改 さてさて、あっちこっちをたらい回しにされる舞とトルク、2人の明日は何処だ?
栞   私、危うく殺されるところでした・・・・・・
ジム改 まあ生きてるからいいじゃん
栞   こ、この外道作者、大切なパートナーを殺そうとするなんて
ジム改 は、パートナー?
栞   私は後書きのパートナーでしょうが
ジム改 いや、お前は後書きの支配者では?
栞   まあどっちでも良いです。問題は、私あっての後書きだということです
ジム改 ・・・・・・別に、君以外にも後書きに出たい奴はいるのだがな
栞   だ、誰ですか!?
ジム改 最近出番のない美汐とか、真琴とか
栞   ・・・・・・脇役の癖に身の程知らずな
ジム改 オイオイ(汗)
栞   まあ良いです。ところで、今日の祐一さんは一瞬だけど強かったですね
ジム改 まあ一応主人公だしw
栞   祐一さんって、もしかして怒りのスーパーモードでもあるんですか?
ジム改 似たようなもんだな。火事場の馬鹿力と言っても良い
栞   じゃあ、そのモードが発動すればみさきさんにだって勝てるんですね?
ジム改 栞、世の中には絶対に越えられない壁というものがあるのだよ
栞   ・・・・・・起きないから奇跡なんですね