第100章  震える宇宙


 

 ジャブローの承認を受け、サイド6を奪還するために動き出した連邦宇宙軍。ただし今回は秋子が動く事は許されず、後方からティターンズ戦線全体の指揮を取る様に命じられた為、秋子は今回の作戦をエニー・レイナルド中将に一任する事にした。元々エニーは対ティターンズ戦線の指揮官であるのでこれは問題は無い。またこの処置により第4艦隊司令官のヘボン少将がこの作戦の間ルナツー方面の全体を指揮することとなり、更に作戦の為に第6艦隊のオスマイヤー少将も加わってきた。
 秋子に作戦を任されたエニーはやっとこのときが来たかと喜び、秋子の要請を二つ返事で了承した。

「ルナツーじゃないのがちょっと不満だけど、いよいよ反撃か。長かったわね」
「サイド6を奪い返さないと連邦軍の面子的にも不味いですから。それにルナツーは今回動員する戦力では落とせませんよ。あそこを正攻法で落とすならソーラーシステムも準備しないと」
「投入するのは第1艦隊と第6艦隊の混成艦隊で、オスマイヤーが率いるわけね。それに後方に支援艦隊2つ、随分と景気良く出してきたわね」
「そのために準備してきたんですから、最初くらい派手に行きたいんですよ。いきなり躓いても嫌ですしね」
「そうね。でも秋子、サイド5がかなり手薄になるけど良いの。クライフが文句言わなかった?」

 エニーの問いかけに対して秋子は何時ものにっこり笑顔で答えて、エニーはやっぱり色々言われたんだと察した。
 実際のところネオジオン方面を担当するクライフは今回の作戦にかなり難色を示していた。何しろコンペイトウに対する補給線の維持は専属の護衛艦隊の他にサイド5の第1艦隊から抽出された部隊の仕事だったのだ。その第1艦隊の戦力が引き抜かれてしまったら、護衛が薄くなってネオジオンの遊撃部隊に食われる可能性が高くなってしまう。
 だが、作戦に際してコンペイトウ基地から斉藤や久瀬といった主力級の人材の引抜をちらつかされ、クライフも頷くしかなかった。援軍のアテどころか戦力の引き抜きなんて言われては抵抗のしようも無いではないか。

「とりあえず、作戦発動まではエニーはルナツーへの圧力を強めてくれるかしら。物資の割り当ても増やすし、必要なら多少の戦力増強も認めますから」
「ルナツーの戦力を封じ込めろ、という事かしら?」
「確実にサイド6を奪還したいですしね。それと、気になる情報もありまして」

 秋子はデスクの引き出しから情報部から送られてきた書類を取り出し、エニーに渡した。それを受け取ったエニーは書類に目を通し、表情を険しくした。

「秋子、これって?」
「1年戦争で使われたコロニーレーザー砲ですよ。グリプスをコロニーレーザー砲に転用するという計画は戦前からありましたが、強行していたようですね」
「相当の物資を割り当てていたって事か。これまでティターンズの動きが鈍かったのはそのせいって事ね」

 グリプス2のコロニーレーザー砲への改造そのものはかなり前、戦前から開始されてはいた。だからコロニーレーザー砲の存在そのものは別におかしな事ではないのだが、問題なのはその大量の資材を必要とする建造を戦時下で進めていたということだ。連邦軍もまさか総力戦の真っ最中にそんな余裕があるとは思ってはおらず、コロニーレーザー砲の建造には余り注意を払っていなかったのだ。
 だからいつの間にかそれが進んでいた事が判明した時は誰もが吃驚し、そして秋子にこれの破壊を命じてきた。これを命じられた秋子はどうやってルナツーの向こうにあるサイド7のグリプス2を叩けばいいのかと悩んでいて、未だにその答えは出ていない。サイド6を落としてもルナツーがある限り簡単にはサイド7には手を出せないのだ。

「そういう事だから、エニーにはルナツーの戦力を可能な限り弱体化させてほしいのよ」
「あんたね、それって楽な仕事じゃないわよ。あそこには裏切った第6艦隊が常駐してるんだから」
「ええ、だからお願いしてるのよ。こんな無茶を頼めるのは貴女かクライフさんくらいですから。リビック提督がご健在だったら私がやっていたんでしょうけどね」
「リビック提督か、提督がご壮健だったら、今頃サイド7に進軍してたかもしれないわね」

 リビックは実績、人望共に申し分ない人物で、ジャブローからの横槍さえ跳ね除けるほどの豪腕で宇宙軍を引っ張ってくれていた偉大な宇宙艦隊司令長官であった。サイド1からの撤退戦で戦死していなければ秋子の変わりに宇宙艦隊司令長官なり宇宙軍総司令官になって、秋子は艦隊を率いてティターンズに決戦を挑んでいただろう。
 そしてエニーは秋子が淹れてくれたコーヒーを一口啜ると、地上に降ろしている部下の事を訪ねた。

「ところで秋子、地上に降ろしてる名雪ちゃんたちは何時呼び戻すつもり?」
「すぐにでも呼び戻したいんだけど、コーウェン将軍やマイベックさんが手放してくれなくてね。それに、地上の方も中々忙しいみたいだし」
「そりゃねえ、私だって手元に来たら返さないわよ」
「あらあら」

 連邦でも指折りのエースパイロットたちだ、そりゃ手放さないだろう。それに秋子はこの作戦を祐一たち抜きで、美汐を中心とするMS隊でケリを付けるつもりでいた。幸いにして人材はエゥーゴを吸収した事で補充が出来ている。アムロや舞、トルクにクラインといったエースたちが入った事で地上に降ろしたパイロットたちの穴は埋められたはずだ。
 エゥーゴの部隊は技術獲得を目的として多くの艦が接収されてしまったが、一部の艦は実戦部隊に戻され、更に連邦の艦艇を与えられて正式に独立部隊を編成している。データ収集が終われば接収された艦艇も改装を受けた後に戻って来るはずだ。
 エゥーゴ艦隊はヤング准将を司令官とし、かつてブライト・ノア大佐が率いていた部隊名、ロンド・ベルを引き継ぐ形で再編成されている。当然アムロたちもここに配属されており、MSはジムVが配備されている。彼らが持ってきたネモ系MSやネロ、Z系列機やメタス系列機は全て連邦軍にもっていかれてしまったのだ。ヤング准将はせめてゼク・アインの支給を求めたのだがにべも無く拒否されている。本来ならジム改でも良いくらいだと担当者は言い放ったくらいで、エゥーゴからの離脱者が嫌われている事を示していた。まだ後方部隊はジムU装備である事を考えれば優遇してもらえたと言えるだろう。
 この配慮は秋子が行ったもので、前線で戦う部隊はジムVかゼク・アインで統一するべしという方針を貫いた結果であった。エゥーゴも同様にと言う秋子の指示もあり、新品のジムVがエゥーゴに回されたのだ。まあこれは前線に回す部隊への配慮だけではなく、補給面では機体が統一されていた方が都合が良いという事情の方が大きいのだが。
 このロンド・ベル隊の投入に関しては意外にも反対は少なかった。信用されているとかではなく、単に相手がティターンズなら喜んで戦うだろうという計算が働いたのだ。彼らはまだ半分敵という目で見られているのだから。味方扱いされだしているジオン共和国軍よりも立場はかなり低いと言えるだろう。




 作戦の概要が関係各部署に伝えられ、早速準備が始められる。作戦に必要な戦力はどれくらいか、それを動かすために必要な支援艦艇はどれくらい必要か、サイド6の制圧に必要な地上兵力の規模は、現地での活動に必要な物資量は、などなど、やらなくてはいけない仕事は多い。特に後方勤務を担当するランベルツ中将の忙しさは殺人的な物となる。

「閣下、どう計算しても輸送船の数が足りませんよ。コンペイトウへの輸送にサイド2からの避難、それに地球や月面都市との輸送路の分にかなり取られていて、サイド6にすぐ回せる船がありません。整備中や修理中の船も多いですし……」
「なら一時的に定期便用の船を削ってこちらに回すしかないだろう。たく、これじゃ輸送船が何隻あっても足りんぞ」
「ですが閣下、今回の任務は戦闘への随伴です。そちらへ回す船を引き抜くとなりますと、コンペイトウ方面からになりますが?」

 輸送船が途中の航路上で敵の襲撃を受けて消耗してしまうので、運用する側としては何時も足りないと嘆くものだが、今回は本当に足りなかった。何しろ消耗に補充が追いついていない。特に乗組員の養成が追いつかず、艦隊司令部からは被弾したら船を捨てて乗組員だけは救えという厳命が出ているほどだ。何しろ輸送船はそれこそ毎日のように完成しているが、運用する人間の養成はすぐにはいかないからだ。サイド5に避難している民間人から募集を募っているが、素人を船乗りに仕立て上げるのは楽ではない。船長に至ってはもう小型船の船長経験者で間に合わせるという有様なのだ。
 まあ比較的安全な後方の航路でならまだそれで何とかなるが、問題は危険な宙域に向かう船だ。こちらはきちんとした船団を組み、強力な護衛艦隊の指示に従って整然と動かなくてはいけない。当然ながら輸送船の船長や乗組員にも相応の経験の技量が要求される。
 そんな状態だったので、とにかく動かせる船が足りなかった。護衛艦はいざとなればフォスターUに残っている艦艇を掻き集めれば済むが、戦地に向かう輸送船となるとそうもいかない。


 だから大規模作戦を遂行するほどの輸送船を集めるのは連邦軍といえども容易なことではない。宇宙軍でも最大の工廠設備を有していたルナツーとグリプスがティターンズの手に落ちたのだから数を増やすのも簡単ではない。
 こうなると候補に挙がってくるのがファマス戦役時に活躍した輸送コンテナだが、これは戦闘宙域を航行するようには作られていない。だが安全な航路でなら輸送船の代用に使う事が出来る。コンテナ自体は大量に保存されていたので、これを現役復帰させて引き抜かれた輸送船の代用に使う事をランベルツは決定し、部下に輸送船の配分の変更を命じると共に、必要な物資の不足分をジャブローから取り寄せる手配を始めた。戦闘用の物資ではなく、サイド6制圧後の市民に供与しなくてはいけない生活物資の類だ。サイド6に潜り込ませている諜報員からの報告でサイド6市民はティターンズへの戦時体制への協力を強いられていて、生活に困窮している事が分かっている。奪還後に素早く彼らに物資を供与し、連邦への感情を大きく改善しようと目論んでいたのだ。
 それに、どうせ秋子が準備するように言ってくる。それなら先に手配しておいた方が楽で良い。




 艦隊司令部がサイド6攻略の準備に入ったのと合わせて、MS隊も早速再編成を始めていた。天野は第1艦隊と第6艦隊のMS隊を攻略作戦用の編成に再編成し、訓練を始めなくてはいけなかったのだ。祐一が戻るまでの間は中佐の肩書きを貰っているのでこれだけの部隊を指揮下におけるが、やはり若すぎる上に女性という事もあって若手のパイロットたちには軽んじられていた。
 祐一が頼み込んで信頼している一部の隊長クラスのパイロットたちに天野を立ててもらっていたが、それは権威を補強する意味では有効であったが、十分なものではなかったのだ。1年戦争とファマス戦役における彼女の実績を知っている古参のパイロットたちは天野の実績に敬意を払っていたので統制上の問題は起きていなかったが、いずれトラブルを引き起こす危険を張らんでもいた。
 今回の作戦ではコロニー周辺の敵機を掃討する為の部隊とコロニー内制圧用の部隊に分けなくてはならない。コロニー内戦闘用とコロニー外戦闘用の装備はかなり異なるので、同じ装備で2つの任務を兼任する事は出来ない。コロニー外戦闘用の装備はコロニー内で使うと威力が大きすぎ、コロニーに穴を開けてしまいかねないからだ。だからコロニー内ではビームライフルや大型マシンガンではなく旧型のジムライフルを装備し、ミサイルやグレネードもコロニー内戦闘用に爆薬量を調整した物が装備される。
 このコロニー内戦闘にこそベテランが必要なので、天野はそちらにベテランを重点的に回していた。そうなるとコロニー外での戦力が不足してしまう。ティターンズがどれだけの戦力を持ってくるかも分からない。特にグーファーをどれだけ持ってくるのかが分からないのが痛かった。

「はあ、総指揮官なんてやるものじゃないですね。苦労ばかりで見返りなんてさっぱりです」
「美汐〜、そんなに文句言うなら他の人に押し付けるとか、久瀬でも呼びつけたら?」
「久瀬さんは斉藤大佐が手放しませんから。深山中佐は自分の隊の運営で大忙しみたいですし」
「祐一なら平気でやらせてるわよ?」
「あの人はシアン中佐と一緒で人を使う事にかけては天才ですから。全く、気が付いたら仕事を押し付けられているんですからやってられませんよ」
「大変ねえ。ところで美汐、前に頼んだ事なんだけど……」
「FAZZなら使用許可は下りませんよ、あれはデータ取りのために分解されてしまいましたから」
「じゃ、じゃああのでっかい主砲だけでも!」
「あんなのZZ系列機くらいしか撃てませんよ、戦艦の主砲以上の威力があるビーム砲なんてジムVで撃てるわけないでしょう」
「あうう〜、でも、でもあれは砲撃屋のロマンが詰まってるのよぅ、大きい大砲は良い物なんだってば」
「そんなに欲しいのでしたら私じゃなくて秋子さんに申請すればいいでしょう?」
「とっくに駄目だしされてきたわよぅ!」

 秋子が駄目と言ったなら自分には何も出来ないに決まっているだろう。天野は呆れた顔で自分に文句を言ってくる親友の顔を見つめていた。どうやら真琴は他勢力のMSが持つ圧倒的な火力に魅せられているようで、自分も撃ちたくて仕方がないのだろう。
 連邦軍には今現在もそういった大火力型の重MSを開発する計画はない。あくまでも汎用主戦機の改修型で対応しようとするだけだ。今開発中のゼク・ドライとジェダにも砲撃型の計画は存在しているのだが、それはあくまでも砲撃型というだけで、第4世代MSのような化け物ではない。
 いっそメガバズーカランチャーでも渡してやろうか、エゥーゴ残党からの技術導入のおかげで強力なメガコンデンサー技術が手に入ったので、メガバズーカランチャーの連続発射も可能となっているし、エゥーゴが開発していたメガライダーと呼ばれる砲撃型のスペースジャバーもある。どうしても大砲を撃ちたいのならこれで我慢してもらうという手もあるかなあと天野は考えていた。





 連邦宇宙軍が攻勢に出る準備をしている。その事はすぐにティターンズの知るところとなった。連邦内に潜ませているスパイがもたらした情報、サイド5を監視している潜宙艦からの報告、そしてジャブローからサイド5に向かう輸送船の数の増加、これらを纏め上げた情報部は連邦軍が構成に転じようとしているという結論を出した。
 ただ、まだ何処が狙われているのかは分かっていない。まだかなり上の方だけで話が進められているようで、こちらの情報網に流れてこないのだ。流石のティターンズの情報網も秋子たちの傍にまでは近づけないでいたのだ。
 バスクはこの知らせに不快そうに表情を歪めていたが、ゴーグルの為に細かい表情を読むことは出来ない。そしてバスクは気を落ち着かせるために葉巻を一本取り出して先を切り、火を付けて大きく煙を吸い込んだ。

「……ふう、それで、情報部の予想はどうなっておるのだ?」
「はい、これまで収集した情報によりますと連邦軍の戦力はおよそ2個艦隊以上、これに支援艦隊も合わせれば4個艦隊、200隻前後の大部隊と想定されています。これだけの部隊を動かすだけの価値ある目標となりますと、今の宇宙には3箇所しかありません。ルナツー、サイド6、そしてここサイド7です」
「……奴らが何を狙っているのか、それが分かれば戦力を集中して迎え撃てるのだがな」
「それにつきましてはもう少し時間を頂きたく思います、現在も調査を進めておりますので。幸いジャブローにはこちらの協力者が多数居ますから、こちらから何らかの情報が引き出せるかと」
「フォスターUに潜り込めれば楽なのだがな」
「残念ながら、宇宙艦隊司令部は水瀬提督の子飼いの部下で固められていまして、協力者を得る事も諜報員を送り込む事も容易ではありません。余程勘の良い憲兵でもいるのか、送り込んだ部下はすぐに連絡が途絶えてしまいます」
「ちっ、厄介な奴らだな」

 実は秋子本人も含めてあそこにはNTが沢山居るため、その手の連中はあっさり看破されてしまうのだが、そんな非常識な方法で諜報員を炙り出されているとは想像も出来ない、というより出来たら怖い、ティターンズ情報部は犠牲ばかり増えてさっぱり成果が上がらないフォスターUへの工作を続けるよりも、ジャブローへの工作をする方が良いと判断して重点をそちらに移している。
 バスクは情報部の士官に苛立たしげに頷いて下がるように言うと、傍らに控えているジャマイカンに敵が3つの拠点のどれを狙ってもいいように、それぞれに対応した作戦を立案しておけと命じた。

「ジャマイカン中佐、君の考えでは水瀬は何処を狙うと思う?」
「は、私の推測ではサイド6ではないかと」
「理由は?」
「ルナツーを攻めるには戦力が中途半端に思われます。また、サイド7を直撃するのは些か冒険に過ぎると考えます。途中で発見され、袋叩きにされるでしょうからな」
「サイド6は防御も弱く、配置されている戦力も十分ではない、か」
「はい、我々がサイド6を守りきろうと考えるなら、サイドを出て艦隊決戦を受けて立つしかありません。コロニーを盾にして構わないと言われるのでしたら別ですが」
「流石にそれはジャミトフ閣下の許可を取らねば不味いな」

 かつてサイド2、30バンチを独断で毒ガス攻撃したバスクであったが、流石に宇宙軍を預けられる身となっては政治的な配慮をしなくてはならなかった。もっとも本人はそういう配慮が余程気に食わないのか、自分で言った事に舌打ちを隠そうともしなかったのだが。
 ジャマイカンは作戦部に戻って早速対応を検討しますと言い残して部屋を後にし、残されたバスクは咥えていた葉巻を灰皿に押し付けて潰すと、なんとも面白く無さそうな顔で腕を組んだ。

「連邦が退役士官の大量復帰を実施したのは知っている。あのモグラどもを再び登用したと聞いた時は笑ったものだったが、まさかそれで事態がこう動くとはな」

 連邦宇宙軍は十分な戦力をそろえながら何故かこれまで積極的に動こうとはしなかった。宇宙軍はこれまでひたすら守るばかりで、積極的に動いたのは地球周辺の制宙圏争いと航路確保くらいだった。
 それは地上でまず反攻に出るという1年戦争の戦略の再現を考えているのだろうというティターンズの読み通りであったのだが、秋子の負担が増大しすぎて動きたくても動けなかったというもう1つの真実には届いていなかった。まあ自分たちがこれまで戦っていた相手が実はそこまで困っていたなどとは普通思わないだろう。

 そしてバスクはどうやってサイド6を守るかと考えた。1年戦争の戦訓を見ても分かるが、サイドとは守り難く攻め易い場所だ。特に相手に民間人の被害を考慮する気が無いとき、それは悲劇的な結末をもたらしてしまう。だがこの点は心配する必要は無いだろう。連邦軍はサイド6を奪還しに来るのであって破壊しに来るのではない。サイド6の市民は連邦市民であり、彼らがジオンのような無差別攻撃を仕掛けて来る筈が無い。そんな事をすれば戦後の統治に関わってくる。
 だがそれは連邦軍の事情であり、ティターンズにとってはそうではない。ジャミトフは許さないだろうがティターンズならサイド6のコロニーを盾に戦う事も出来るのだ。そしてバスクはそういう作戦を躊躇わずに実行できる指揮官でもある。だからバスクはいざとなればサイド6のコロニーの盾にして戦う事も考えてはいた。

「しかし、エイノーは認めんだろうな。奴に任せると外洋で艦隊戦に持ち込みかねん。今回は他の奴に任せるか」

 だが、そうは言ってもティターンズには大軍を纏められる指揮官がいない。自分が艦隊を率いて動けば良いのだが、その場合後方に居るシロッコや来栖川がどうう動くかが分からない。ティターンズはジャミトフに対する忠誠で纏まっているが、シロッコの木星師団と来栖川はティターンズではない。シロッコは木星の意向を受けてジャミトフに協力しているだけであり、来栖川も財閥としての存亡をジャミトフに賭けただけに過ぎない。積極的な敵ではないというだけで、バスクからすれば味方とは言えない存在であった。
 ティターンズ最大の泣き所は寄り合い所帯というところだ。連邦やネオジオンはばらばらではあるが、統合の象徴のような何かがある。だがティターンズにはそれが無いのだ。本来のティターンズはジャミトフに忠誠を誓っているのだが、連邦からの転向組みはそうではない。そしてシロッコや来栖川は利害の一致で手を組んでいるだけで部下ではなく同盟相手でしかない。
 逆にティターンズの強みは相手が連邦だけな事と、戦力的に決して連邦に引けを取らないという事だ。数は確かに負けているが圧倒されるというほどでもなく、兵器の性能差を加味すれば互角に近い勝負をする事も可能である。

「ナウメンコ少将の第3艦隊をルナツーから外してサイド6に送り込むか。だが奴ではレイナルドやオスマイヤー相手には不利を強いられる。奴らに勝てるとなるとエイノーしか居ないが……」

 連邦宇宙軍の前線指揮官はこちらより遥かに充実している、という事をバスクは苦々しい思いで噛み締めさせられた。こちらにも人材が居ないわけではないが、大部隊を率いた事のある歴戦の将となると自分とエイノーくらいしか居ないのだ。ナウメンコもファマス戦役で部隊を率いていた身ではあるが、まだ今1つ頼りない。エイノーの下で戦うならば問題は無いが、全軍を率いてエニーたちと戦わせるのはかなり分が悪い。
 散々に悩んだ末、結局バスクは部隊をエイノーに預ける事にした。迎撃の具体的なプランはジャマイカンたちの報告を待たねばならないが、こちらはこちらで動かせる部隊を用意しなくてはいけないのだ。幸いにしてここ最近は大きな戦いも無かったので、戦力の強化は順調に進んでいる。サイド7には編成された戦隊が多数訓練に励んでいるので、これを纏めて迎撃艦隊を編成する事は十分に可能だった。





 連邦の侵攻計画を察知したティターンズは迎撃体制を整えるためにルナツーとサイド6の戦力の増強を始める事にしたが、両方に十分な戦力を展開できる訳でもなく、どちらかを切り捨てる必要がある。だからティターンズ上層部は連邦の攻略目標を絞り込むために情報収集に力を入れていたのだが、連邦の防諜体制も中々にしっかりしていて何処を狙うのかははっきりとはしなかった。ただ攻勢に出ること事態を隠すつもりは無いようで、大軍が堂々とサイド5に集結して訓練を始めている姿が偵察に出ている潜宙艦や偵察機によって確認されている。
 そしてそれと時を同じくして、ルナツー方面に対する連邦軍の圧力が俄かに高まった。連邦軍は数隻の巡洋艦、駆逐艦による小部隊で防衛ラインの各所を押し、時にそれを踏み越えてティターンズの警戒衛星などを破壊してきたのだ。
 これは明らかに攻勢の前兆で、ルナツー司令部では連邦軍の目標はルナツーではないのかとグリプスに言ってきている。最初はこれを陽動だと切り捨てていたバスクも、毎日のように届く連邦軍の攻撃に流石に迷いを見せ始めた。何しろ連邦軍の攻撃はルナツー戦線のほぼ全面に渡って行われており、防御力の弱いところを探っているようにしか思えない動きをみせていたからだ。
 ルナツーか、サイド6か、それとも本当にサイド7なのか。連邦の狙いが読めないティターンズは対応に苦慮する事になった。何処に来られても対応できるように艦隊を中間宙域に配置して来援させる手もあるが、下手をすれば各個撃破の格好の餌にされかねない。バスクは情報部の無能を口汚く何度も罵っていたが、それで状況が改善するわけでもなかった。
 また戦力の不足を埋めるために地上から部隊の一部を回してもらうようにジャミトフに要請したのだが、アーカットと協議したうえでジャミトフはこれを退けている。連邦軍の攻勢はどうにか食い止めたものの、ティターンズ地上軍の消耗もまた激しく、現在は再建途上だというのがその理由だ。地上で味方が苦戦しているというのはバスクも知っていたのでぐうの音も出ない反論であったが、それでもバスクにはアーカットが戦力を出し渋っているようにしか思えなかった。
 援軍のアテもなく困ってしまったバスクは、仕方なく月のグラナダを通じてネオジオンにコンタクトを取る事にした。キャスバルと話をする事は無理でも、それ以外の派閥と話を付けてコンペイトウ方面への圧力をかけてもらったり、部隊をサイド2方面に動かして牽制してもらうくらいの事はして貰えるだろう。勿論ただのわけは無いが。
 この任務の為にジャマイカン中佐はアレキサンドリアに乗って早速グラナダに向かい、そこでこちら側に接触してきているネオジオン側の連絡員と話をつけることになった。



 グラナダに入ったジャマイカンは、宇宙港の一室でネオジオン側の連絡員と話し合いの場を持った。互いに敵同士ではあるが、敵同士であるからこそこういう場では剣呑な雰囲気を作らないように配慮するものだ。
 連絡員は入ってきたジャマイカンに挨拶して握手の手を差し出し、ジャマイカンもそれを握り返して向かい合うように椅子に腰を下ろす。この会談をセッティングしたのはグラナダ市の行政府であり、グラナダが今でもサイド3との間にパイプを持っている証だった。

「さて、こちらの用件は伝わっていますかな?」
「勿論です、連邦の背後から牽制をしてくれでしたな。しかし、少々無理が過ぎるとは思いませんかな?」
「無理なのは承知で頼んでいるのだ、我々が負ければ困るのはそちらだろう?」
「それは確かに」

 ジャマイカンの問いに連絡員は苦笑いを浮かべた。確かにその通りで、ティターンズが負ければネオジオンは返す刀で滅ぼされてしまう。2正面作戦を強要できている状況だからこそネオジオンはどうにか生き長らえているのだから。
 ティターンズが負けるのは人事では済まされない。そう言って協力を求めてくるジャマイカンに対して、連絡員はどういう見返りがあるのかを尋ねた。

「中佐の仰りたい事も分かりますが、こちらも上の都合がありまして。手ぶらで説得するのは難しいのですよ」
「……ちっ、一体何が望みだ?」
「今こちらが出してきている条件ですと、水や食料、ヘリウム3などですか。より大きな部隊を動かせと言われるのでしたら更に魅力的な材料が欲しいところですが」
「なるほど、地球への航路を失って物資不足に陥っているわけか。分かった、バスク中将に掛け合ってみよう。必要量を教えてくれ」

 幾らコロニーがほぼ完全な自給自足環境を確立しているとはいえ、無から有を生み出せるわけではない。当然外から輸入しなくてはいけない物資はあるのだ。特に水は大問題で、アステロイドベルトから氷質の隕石を引っ張ってくるか、地球から直接運ぶ以外に入手する術が無い。再生を繰り返して再利用しているとは言っても、少しずつ失われるのは避けられないのだから。
 そして核融合炉の燃料であるヘリウム3はヘリウム採掘船団によってしか手に入らず、それは全て連邦とティターンズが押さえている。新規に地球圏で手に入らない以上、これの入手はネオジオンにとっても死活問題となる。
 その程度で良いのならばバスクも反対はすまいと判断したジャマイカンはそれを快諾し、上層部に話してみると約束した。連絡員も満足そうに頷いて交渉が上手く行く事を願うとジャマイカンにエールを送っている。

「ところで、1つ聞いてもいいかな?」
「それは内容にもよりますな」
「簡単な事さ、君はカーン派の人間だという事だが、ダイクン派やザビ派とのツテはあるのかね?」
「さあ、それは企業秘密という奴ですよ」

 自分の手は明かさない方針か。まあ答えを期待していた訳でもないのでジャマイカンは小さく苦笑いを浮かべるだけに留め、話を別の方に移した。

「ところで、最近そちらは余り上手く行っていないと聞いているのだが?」
「内輪揉めは何処にでもあることですよ、そちらも余り人のことは言えないでしょう?」
「まあ、バスク中将とアーカット中将の不仲は有名だったからな。だがまあ、2人ともジャミトフ閣下には忠誠を誓っているから、そちらほど深刻ではない。暗殺騒ぎも無いからな」
「……これは手厳しいですな」

 サイド3の中で起きている事件の詳細まで知られているらしいと分かった連絡員は少しだけ苦しそうな顔をした。今サイド3の中ではテロが横行しており、ネオジオンの役人や軍人が何人も仕掛け爆弾によって殺害されていた。今のところ狙われているのは警護対象となるような重要人物ではないので致命的な被害は出ていないが、警護対象でないだけに守る事は困難でもあった。
 これらのテロが誰の犯行によるものなのかは未だに分かっていない、犯行声明さえ出ていないのだ。犯行声明を出さなければ誰がやったものかが世界に伝わらないので、政治的には何の意味も無い行動になってしまう。となればこれは政治的な手段としてのテロではなく、身内による対立勢力への攻撃か、地下に潜った共和国残党のレジスタンスの攻撃なのかもしれない。
 だがそんな内輪の問題を外部に流すわけもなく、厳重な情報統制の元で事件はニュースにも流れないようになっている筈なのだが、人の口に戸は立てられないという諺の通り、これらの事件はたちまち広まってしまった。それらの噂を辿って真実を捕まれたということなのだろうか。

「身内の騒動で自滅して、連邦に付け込まれるような事は無しにしてもらいたいものだな。今そちらに倒れられてはこちらも困る」
「ご忠告、肝に命じて起きましょう」

 分が悪くなったと悟ったのか、連絡員は席を立つとそそくさと部屋を出て行ってしまった。用件は済んだのでジャマイカンもそれを止める事はなく、同行してきた随員に今後の指示を出して下がらせて残っているコーヒーを口に運んでいた。

「ふん、ネオジオンと手を組んだ三角関係を維持しなくては連邦に滅ぼされてしまう、か。ティターンズも追い詰められたものだな。私もそろそろ身の振り方を考える必要があるという事だな……」

 ティターンズが結成された時、この組織に入れば栄達への近道になると信じて移籍したのだが、どうも沈む船に乗ってしまったようだ。バスクやアーカットならばともに沈むのも本望だと思うかもしれないが、ジャマイカンは共に沈んでやるつもりなどなかった。何とかして連邦に居る知人と接触し、連邦への復帰の手立てを確保して船から逃げ出してやる、そう決めたジャマイカンはどうやるべきか、思案を巡らしだした。




後書き

ジム改 実はティターンズで一番活躍してるっぽいジャマイカン中佐でした。
栞   小悪党タイプのくせに地味に活躍してるんですよね。
ジム改 原作でも無能って訳じゃなかったんだけど、小悪党っぽいんだよねえ。
栞   マ・クベと一緒で前線に出てくるのが間違いってタイプですしね。
ジム改 そっして連邦宇宙軍は遂に反抗作戦を開始するんだが、前途はなんか多難。
栞   私たちも居ませんしねえ。
ジム改 いや、お前らはわりとどうでもいい。
栞   酷っ!?
ジム改 宇宙では浩平たちが活躍するのだ、地味だがあゆに次ぐ強さのNTも居るし。
栞   瑞佳さん、強いんですけど強いって印象が無いんですよね。
ジム改 アムロを止められるくらい強いんだけどねえ。
栞   ところで、ドライとかジェダって何時頃出るんです?
ジム改 ドライは随分前に試作機が出来てる。エゥーゴの技術導入で完成に近付いてる。
栞   ジェダは?
ジム改 あっちのがドライより早いだろうな、ジムVと共有部分が多いし。
栞   ティターンズがジェガンを出してくる前に勝負に出ないと厳しそうですね。
ジム改 まあな。それでは次回、サイド6攻略のために人材がサイド5に集まってくる。再編成された艦隊での大規模な演習が繰り返され、徐々に陣容が整いだした。そしてその様子を観察していたティターンズは、連邦軍の底知れぬ物量に恐怖しだしていた。次回「宇宙のバランス」で会いましょう。