第102章  窮屈な二重奏



 シロッコとガディが準備を整えて連邦軍の遊撃艦隊の捜索を開始した事は、グリプス−ルナツー間の航路を狙っていたみさきたちにすぐに察知された。航路に対する通商破壊戦の要点は索敵にあるので、みさきたちは空母を伴って多数の索敵機を運用していたのだが、そのうちの1機がサイド7宙域を出てきた戦闘艦艇の群れを捕まえたのだ。
 複数のアレキサンドリア級重巡洋艦を擁する10隻程度の艦隊で、かなり多数のMSを積んでいると思われる部隊だ。これとぶつかれば面倒な事になるのでどうしたものかと思い、雪見と浩平にどうしたものかと尋ねた。

「船が10隻くらいにMSが多分50機以上かな、勝てると思う?」
「また、随分とはっきり聞くわね。勝てないって言ったらどうするの?」
「それは勿論、相手せずに逃げるよ」
「まあ無理しても一銭の得にもならないからなあ」

 浩平は給料分以上に働きたくないので早期撤退を主張したが、雪見は多少相手をしてやったほうが良いんじゃないかと異を唱えている。今回の目的は陽動なのだから、大怪我しない程度に暴れるのも仕事のうちだというのだ。
 働きたくない浩平と働けと言う雪見の討論、というより駄目社員と課長の駄目話を聞きながらみさきはしばし悩み、そして雪見に艦隊を移動させると告げた。

「雪ちゃん、とりあえずここから動こうか」
「みさき?」
「まあ、雪ちゃんの言う通り一度くらいは相手しておいた方が良いかなって思って。危なそうだったらすぐに逃げ出すから準備だけはしておいてね。浩平君はMS隊の用意を。少数で一撃して帰ってこれるようにね」
「……たく、仕事熱心ですねみさきさんは」

 ぶつくさ言いながらも決定された方針には従うのか、浩平は仕方無さそうな顔で艦橋から出て行った。彼が不真面目なのは何時もの事なのでみさきは全く気にしないが、真面目な雪見はやれやれという顔をしている。

「全く、あれじゃそのうち長森さんに愛想尽かされるんじゃない?」
「瑞佳ちゃんはああいう浩平君に惚れてるんだよ」
「はあ、恋は盲目って事ね」
「うふふ、雪ちゃんだって人の事言えないと思うんだけどな?」

 みさきのからかう様な声に雪見は少し頬を染めてみさきの傍から離れていってしまった。雪見が斉藤大佐に気があるのは公然の秘密であり、斉藤の耳にも入っているはずなのだが、2人の仲が進展したという話は聞かない。まあ少々年が離れているので斉藤の方もそういう気にならないのかもしれないが。

 みさきの指示で艦隊が集合して移動を開始する。アリシューザとクラップ級巡洋艦3隻がグリプス方向に護衛空母が巡洋艦と駆逐艦を連れて暗礁の方へ避難していく。フォレスタル級空母は脆いので戦闘空母として使うには向かない。




 みさきたちに捕捉された事に未だ気付いていないシロッコ艦隊は周囲を索敵しながらゆっくりと動いていたのだが、敵発見の知らせがない事にシロッコは首を傾げていた。自分たちがこの辺をうろついていればちょっかいをかけてくると思っていたのだが、これでは 拍子抜けしてしまう。
 シロッコが感じていた梯子を外されたような感覚はガディにも共通する物だった。どうして仕掛けてこないのか、陽動ではなく本当に補給線に対する妨害だけが狙いだったのだろうか。

「どうも面白くないな、既に撤退したのか? 艦長、定時連絡はどうなっている?」
「はあ、全て予定通り送ってきています。消息を立った機はありません」

 シスコ中佐が抑揚の無い声でシロッコに答える。彼はシロッコの指揮下に配属されたティターンズ士官で、シロッコに対しては特に敬意を払っている様子は無い。彼だけではなく、指揮下に配属されたティターンズの将兵はシロッコに敬意を持っている様子は無い。シロッコとしては能力さえあれば良かったので忠誠心までは求めていなかった。どうせバスクが送り込んできた番犬なのだから。
 だが、敵は余程上手く部隊を動かして尻尾を掴ませないのか、それとも本当に逃げてしまったのか。サラに見つけられないとなると本当に居ないのかもしれない。

「ヤザンを呼んだが、無駄になってしまったかな。彼には残念な結果になったかも知れんな」

 あの戦い好きの男は勇んでやってきただろうに、敵が逃げたなどと聞けばさぞかし落胆する事だろう。後で何か言っておいた方が良いかなどと考えて、シロッコは思考をこれからどうするかに切り替えた。
 だが、アレキサンドリア艦長のガディ中佐はシロッコとは違う考えだった。彼は敵の動きから目的はこちらの注意を引く事だと察していたから、出てきた艦隊を無視して撤退するとは考えなかった。少なくとも自分なら一撃加えていく。

「油断するなよ、敵はまだ必ずこの近くに居る。我々を何処かからか狙っている筈だ」
「居ますかね、もう逃げてしまったのでは?」
「いや、俺ならまだ逃げない。そしてここまで踏み込むような任務を任されるような奴だ、敵もここで逃げるような腰抜けじゃないだろう」
「では、このまま全周警戒を継続します。ですが、余り長引くようだとパイロット連中が疲れて文句言いますよ?」
「我慢させろ、待つのも仕事だ」

 余り長く即応待機でパイロットをコクピットで待たせておくと疲労が溜まっていざという時に役に立たなくなる恐れがある。だからコクピットから降ろしておく方が良いのだが、敵がすぐ傍に居るのが確実なら何時でも出せるようにコクピットで待機させておく必要がある。
 シロッコも待機させていたのだが、彼は敵は近くに居ないと判断して待機を解除してしまっている。この辺りは現場叩き上げのガディの経験が物を言ったのだろう。

 そしてガディの読み通り、みさきたちはすぐ近くに潜んでいた。濃いミノフスキー粒子と黒色ガス、そしてデブリを利用して距離を詰めてきていたのだ。自分たちの近くを気付かぬままに通過していく敵を確認したみさきは、敵が2つの集団で動いているのを見て首を傾げていた。

「数は大体情報通りだけど、どうも2つの部隊が合同で動いてるみたいだね。何なんだろ?」
「急いでたから動ける部隊を集めただけ、という感じじゃないの。連邦もよくやるじゃない」
「そうなんだけど、片方は警戒厳重なのにもう片方は警戒レベルを下げてるような。なんかおかしくない?」
「統一した指揮官が居ないって事かしらね。まあティターンズも余程慌ててたんでしょ」

 警戒の為に周辺に配置されているのはバーザムとマラサイばかり、数も想像していたほどではないようなので、これなら何とかなると雪見は判断した。

「ところで、みさきはどうするの。ゼク・ドライとジェダのテストもしなくちゃいけないんでしょ?」
「そうなんだけど、まだあれは余り信頼出来る期待じゃないから、どうしようかと思ってね。浩平君たちにはゼク・アインで出てもらった方が良いかなって思って」
「そんな事言って、今回は実戦試験も兼ねてるんだからそうもいかないでしょ。長森さんのシューティストの事もあるし」
「連邦軍初の本格的なサイコミュ搭載MSか。でも、なんでテンペストの発展型がガンダム顔なの?」
「ブームなんでしょ、きっと」

 ここ数年、連邦もティターンズもエゥーゴもガンダムタイプのMSを大量に作っている。元々ガンダムとは連邦軍が作った実験機のシリーズでしかなく、アムロ・レイ少尉のRX−72、73の異常なまでの戦果が伝説となって1人歩きしてしまっただけの存在なのだ。

「ところで、雪ちゃんが作ってる新型はどうなってるの?」
「新型じゃないわよ、損傷して前線から下げられたストライカーをベースに作った改修機だってば」
「瑞佳ちゃんと留美ちゃんが使うんでしょ。エトワールとタイラントを再現するって言ってたんだから」
「まあね、前のはもう使えないし、水瀬提督からも技術検証用に作って欲しいと頼まれてもいたしね。フォスターUの工廠を借りれたから前の時より楽だったわ」

 ファマス戦役の際に雪見はブレッタをベースにエトワールとタイラントというカスタムMSを製作した事があり、パイロットも技量もあってか当時最強のMSと言われたジャギュアーを凌ぐ性能を発揮、連邦軍に多大な犠牲を強いたという過去がある。
 彼女のその技術は連邦に移ってからはジムVの開発に役立てられ、グリプス戦争前にどうにかジムVを完成、前線に投入出来るようになったのだ。

「まあ、あれは次の機会よ。まだ完成してないしね」
「完成したら2人とも喜ぶよ」

 自分もそんなの作って欲しいなあ、と暗に強請るみさきであったが、雪見は完璧にそれを無視してみせた。みさきは余りMSには乗らないので作ってやっても楽しくない。それに、みさきの強さは反応速度でも身体強度でもなく、補助脳を解した未来予知にも等しい状況予測なので乗機はジムVでもmk−Xでも余り違いが出ない。

「ほらほら、あんたも出撃しなさいな。ゼク・ドライが待ってるわよ」
「うう、ドライよりジェダの方が安心なんだけどなあ」

 ジェダはRGM−88Xのままであるが、エゥーゴから持ち込まれた時点で既に完成していた。今回持ち込まれたのはそれに連邦の技術を加えて改良し、規格統合をした連邦製ジェダだ。だからXナンバーが取れていないが完成機といっても差し支えない。
 だがゼク・ドライは違う。こちらはエゥーゴの技術を導入してようやく問題が解決したとはいえ、まだまだ増加試作の域を出ていない未完成な機体だ。一応試作機によるテストではゼク・アインに勝る性能を発揮しているが、信頼性という面では不安が拭えない。
 しかしこれもお仕事、みさきは嫌々という顔で艦長席から腰を上げ、格納庫へと向かっていった。それを見送った雪見は全艦にミサイル発射用意を命じる。指揮官としてみさきが優れているのは発想と咄嗟の判断力で、実際に動かすのは雪見の仕事なのだ。
 程なくして艦隊各艦からミサイル装填完了の知らせが届き、MS隊も出撃したという知らせが届いた。それを受けた雪見は頷くと、艦橋の戦術モニターに映る敵艦隊を見た。

「さてと、悪いけどこちらのテストに付き合ってもらおうかしらね」





「出てこないな、こちらを見て退いたのか、それとも?」

 右手の人差し指で座席の肘掛をトントンと叩きながら思案するシロッコ。既にサラの物も含めて4機のポリノーク・サマーンを出しているのだが敵発見の知らせは来ないのだ。余程上手く韜晦運動をしているのか、やはり逃げてしまったのか。

「まあ出てこないならそれはそれで構わんのだが……」
「移動熱源探知、恐らくミサイル、こちらに向かってきます!」
「何、回避運動だ。主砲は直ちに迎撃!」

 シスコ艦長が対処指示を出し、艦が急激な動きをする衝撃が体を襲ってくる。そして主砲発射の振動が伝わり、メガ粒子ビームの光が視界に広がった。

「対艦ミサイルか、何処から撃ってきた!?」
「熱源は1次方向、数は約30です。正確な位置は特定できません!」
「ちっ、30発なら4,5隻というところか。MS隊を出して周辺警戒をさせろ。それと斥候を出して敵の位置の特定を。艦長、場合によっては私もジ・Oで出る」
「了解しました、艦隊はお任せください」

 艦長に任せて格納庫に向かおうかと考えたシロッコであったが、不意に感じた気配にシロッコはまさかと顔を上げてミサイルが飛んできた方を見た。

「……これは、確か長森瑞佳に、川名みさきか。それと確か上月澪だったか?」

 先の地球軌道会戦で遭遇した水瀬秋子の要するエースたちの気配が感じ取れる。前に戦った時は未熟なNTというべき連中であったが、あれから少しは成長したのだろうか。
 彼女たちが出てきているのならば面白い事になる。シロッコは地球軌道での戦いの続きを楽しもうと思い、ジ・Oへと急いだ。



 迫るミサイルに向けて迎撃が開始され、艦砲の光がミサイルに向けて次々に伸びていく。そのうちの何発かが着弾したようで爆発の閃光が輝き、1つ、また1つと輝きが増えていく。
 だが、その爆発が収まる前に第2波が飛来してきた。今度の射線は第1波よりも僅かにずれており、敵が艦隊を動かしている事を教えてくれていた。このことに気付いたガディは相当に戦い慣れている、それもジオン流の戦術を身に付けている奴らだと察し、MS対に出撃を命じる。敵がジオンの指揮官だとすれば、艦隊の攻撃が止んですぐにMSが突入してくる筈なのだ。連邦軍の指揮官はMSと艦隊火力を組み合わせる戦術は得意ではない。
 程なくしてガディの予想は的中した。敵のミサイル攻撃に続いて20機前後程度のMSが襲い掛かってきた。直ちに出撃したマラサイとバーザムが迎撃に出たのだが、MS戦は連邦側が一方的にティターンズを叩く展開になった。連邦側のMSは何時ものゼク・アインとジムVでマラサイやバーザムで対応できる筈だったのだが、最初からいきなり圧倒されたのだ。
 自分が迎撃に出したMS隊が一方的に蹴散らされたと聞かされたガディはどういう事だと声を荒げたが、それに対する答えはMS隊が敗北して突破を許したという残酷な現実であった。

「駄目です、MS隊突破されました!」
「馬鹿な、こんな短時間でか!?」
「MS隊が敵機はジムVではなく、見たことの無い新型だと言ってきています。艦長、これは!?」
「新型だと、映像を回せるか!?」
「カメラ映像転送されてきました、モニターに出します!」

 オペレーターがMSから送られてきた映像を艦橋のモニターに映し出す。それを見たガディは、ジムVに似ている様で微妙に違うMSを見てジェガンに似ていると思った。なんというか、ジムVとジェガンの中間的な外見をしている。

「こいつは、連邦がエゥーゴから手に入れた新型機なのか?」
「グリプスでテストしてるジェガンとかいうMSに似てますし、そうかもしれませんね」
「だが、そうなると厄介だぞ。もうマラサイは完全に2線級機に格下げだな」

 マラサイはジムVとは互角に戦う事が出来ていたが、ジムVに勝る高性能機が出てきたとなれば戦力比が逆転してしまう。それはティターンズの敗北に直結するのだ。

「何てことだ、この状況をすぐにグリプスに送れ。それと救援要請も出すんだ、我々は敵戦力を甘く見すぎていたぞ!」
「……駄目です、ミノフスキー粒子が濃すぎます、通信が届きません」
「レーザー回線も駄目か?」
「周囲のゴミが多いですから、届くかどうか……」

 オペレーターが困り果てた顔で答える。それを聞いたガディはどうするかと一瞬考え込み、そして仕方無さそうに指示を出した。

「止むをえん、時間はかかるが連絡艇を出せ。それと全艦に伝達、艦隊を少しずつグリプス方向に後退させろ!」

 MS戦で不利であるなら、距離をとって接近戦を仕掛けられないようにするしかない。距離を詰めて懐に入られたら船はどうしても不利だからだ。しかもこの部隊の実力は相当な物で、かなりの古参兵であることが伺える。もしかしたらクリスタル・スノーや化け物揃いと言われるあのサイレンかもしれないのだ。
 そのガディの不安にはすぐに1つの回答が与えられた。連絡を受けてミサイルの発射方向に向かったポリノーク・サマーンの1機が映像と解析データを送ってきたのだが、その情報から敵が例のアプディールとクラップ級巡洋艦3隻である事が分かったのだ。
 アプディールの名を聞いて何とも思わない者はティターンズには居ないだろう。ノルマンディー級戦艦の1隻であの川名みさきが乗っている連邦でもっとも活躍している戦艦で、各地でティターンズやネオジオンの部隊を次々に破ってきた艦だ。
 あのアプディールが居る以上、あのファマス戦役におけるファマス最強部隊の1つ、エターナル隊が居るのだろう。それならばあのMS隊の凄まじい強さも納得が出来る。あれは化け物だらけの部隊なのだ。
 そんな奴らを相手に真っ向勝負など冗談ではない、ガディは全艦に全速でこの宙域からの退避を命じて逃げに入ったが、オペレーターが木星師団が続かない事を報告してきた。シロッコは彼らと戦うつもりなのだ。



 ガディが逃げに入った事はシロッコも気付いていたが、彼は退くつもりは無かった。せっかく待ち望んでいた時が来たというのに、ここで逃げてどうするというのか。

「ガディ艦長も存外不甲斐ないな、せっかくの新型、性能を見ずにどうするのか」

 既にヤザンたちは前に出ている。シロッコのジ・Oもそれに続こうとバーザムを伴って前に出たのだが、彼はそこで見慣れない新型MSの攻撃を受ける事になった。多数の小型砲台が周囲から襲い掛かってきて、四方からビームを放ってきたのだ。

「これは、ファンネルなのか。連邦軍がサイコミュ兵器を完成させたのか!?」

 このような兵器はかつてハマーンのキュべレイが使ってきたし、情報ではネオジオン軍は同様の兵器を装備したMSの開発を進めて幾つかの機種が完成しているという。また自分も来栖川の協力を受けて独自にジ・Oをベースとしたファンネル搭載MSタイタニアの開発を進めている。だからこの種のサイコミュ兵器を連邦が投入してきても不思議は無い筈なのだが、シロッコは驚いた。まさか連邦がこの種の兵器を投入してくるとは思っていなかったのだ。

「やってくれるな、この感じは長森瑞佳のようだが」

 暫くこのファンネルのような兵器を観察していたシロッコは、すぐにこれがファンネルではなくビットである事に気付いた。ジェネレーターと思われる熱源反応があるし、放ってくるのもレーザーではなくメガ粒子ビームだからだ。ファンネルはバッテリー式だからメガ粒子砲は搭載出来ない。
 今も護衛についていたバーザムの1機がメガ粒子砲に貫かれ、爆散してしまった。中々に厄介な相手のようだ。ファンネルのレーザーなら当たり所が悪くなければバーザムが1撃で落とされるという事は無いので、このビームの威力の程が伺える。

「だが、まだ慣れてはいない様だな。動かし方がハマーン・カーンに比べて遥かに稚拙だぞ、長森瑞佳!」

 ビットの軌道を感じ取り、その先にビームライフルを向けてトリガーを引くシロッコ。放たれたビームは動き回るビットに吸い込まれるように向かっていき、1つを撃ち抜いて破壊した。
 ビットを砕かれた瑞佳はサイコミュに返ってきたフィードバックノイズに顔を仕掛けた。ビットが破壊された瞬間、このようなノイズが走るのだ。これはテスト段階で分かっていた事であったが、完全に消す事が出来なかった。これはサイコミュ技術がまだ未熟だからであるが、それでも何とか軽減する事には成功し、テストパイロットをしていた瑞佳も我慢出来る程度に収まったと判断した事でとりあえず実用化にこぎつけたのだ。
 だから破壊されればこのようなノイズが入ることは覚悟していたのだが、いざそれに襲われると例えようの無い不快感が駆け抜ける事は否定できなかった。

「うううう、浩平、気持ち悪いよ〜」
「どうした長森?」
「ビットを1つ失ったみたいだよ、そのフィードバックが来たんだよ」
「ああ、住井がそんな事前に言ってたな。まだやれそうか?」
「だ、大丈夫、頑張れるもん」

 ビットはまだ3つある。それにシューティストの性能も並のMSを大きく凌ぐ高性能なのだからビットが無くなっても十分に戦える。
 浩平はビットを落としたと思われるジ・Oを見た。ジ・Oは分類では第2世代の筈だが、桁違いの高性能を誇っているという。ティターンズが何故あの機体を量産化しないのか連邦軍が不思議に思うほどに恐ろしいMSだ。今使っているジェダもジムVなどと比べるとかなりの性能向上が見られるのだが、ジ・Oとは比較する事も出来ない。

「あんなのが出てくると知ってりゃ、ゼク・ツヴァイを持ってきたんだけどな。ジェダじゃ厳しいってレベルじゃないぜ」
「浩平は無理しなくていいよ、あの人の相手は私がするから」
「馬鹿言うな、足手纏いにはならないつもりだぜ。澪、悪いが他の奴らの相手を頼むわ。俺は長森とあの化け物をなんとかするから」
「ちょっと、私1人でハンムラビ3機は無理なの!?」

 澪が悲鳴を上げた。彼女もサイコミュ技術のスピンオフで完成した通訳機を介することで戦闘中に擬似音声による意思疎通が可能となったのだ。失った発声機能を回復する技術にもメドがたってきたのでいずれ手術をすることでこんな特殊な装置も不要になる筈だが、それまではこういった便利な機械に頼らなくてはいけない。それでもこれが完成した時は澪は大喜びし、作ってくれた住井に抱きついていた。これまで手話とスケッチブックしか意思疎通の手段を持たなかった彼女にとって、これは革命的な補助器具だったのだ。少々大きすぎて個人携帯できないのは欠点であったが。

 澪が悲鳴を上げているのも当然だ。この時彼女が相手をしていたのはあのヤザン率いるハンムラビ隊だったのだから。ヤザンだけでも厄介なのに、サラにラムサスとダンケルという2人のエースが加わっている。澪1人では荷が勝ちすぎるだろう。
 ジェダはジムUやジムVが装備しているもっともポピュラーなビームライフルを装備していたが、これはハンムラビ相手には少々威力不足で、直撃を出しても空しく装甲に弾かれてしまっている。このライフルはバーザム相手でも威力不足が指摘されていて、新たにガンダムmk−U用のライフルを発展させた新型の開発が進められていたが、今回は間に合わなかった。
 ハンムラビが放ってきたビームをシールドで受け止めたが、1年戦争からずっと使われ続けてきた標準シールドではこのビームに対して役不足であった。盾の表面は溶解し、次は耐えられない事をはっきりと示している。

「ま、不味いの、これじゃ持たないの!?」

 役立たずになった盾を捨てて身軽になった澪のジェダだが、それでもまだハンムラビの方が速かった。3方から襲い掛かってくるハンムラビを振り切ろうと回避運動を続ける澪だったが、機動性に勝る敵を振り切るのは無理であった。
 澪を追い詰めたヤザンは楽しそうな顔で、高揚した闘争心を隠そうともせずに部下に指示を出した。

「ラムサス、ダンケル、海ヘビを使うぞ!」
「分かりました大尉!」
「了解!」

 ラムサスとダンケルが応じ、3方からワイヤーガンを放つ。それはジェダの四肢に絡みつき、その動きを封じる。ワイヤーに絡め取られた澪は引き千切ろうと機体を動かすが、これは切れなかった。

「な、何なのこれ?」

 一体何をするつもりなのか、そう疑問に思ったのだが、次の瞬間には強烈な電気ショックが体を襲い、澪は絶叫を上げてしまった。これはジオンのヒートロッドと同系列の電撃兵器だったのだ。
 このままでは感電死か機体が爆発するかを待つだけ、さあどちらかとヤザンが機体の眼差しを向けていると、飛来した砲火がワイヤーを千切ってしまった。

「ちっ、何処から撃ってきた!?」
「大尉、上方から敵機です、ゼク・アイン……いや、データが照合しない?」

 ラムサスが情報から迫るゼク・アインのようなMSを報告するが、それはゼク・アインとは機体形状が合わなかった。改良型の類ではなく、完全な新型機のようだ。そのサイズはゼク・アインより2回りほど小さく、現行の標準的なサイズよりかなり小さな機体だ。だが持っているのはゼク・アインと同様の大口径マシンガンのようで、これを右腕だけで保持し、左腕には標準型のシールドを装備している。
 間違いなくゼク・アインの後継機だ。その動きもゼク・アインのデータとは比較にならないほどに良く、ハンムラビの照準が追いつかない。パイロットの腕も相当なものだ。

「た、大尉、こいつは!?」
「焦るなダンケル、手強いが3対1だ、囲んで落とせ!」
「大尉、さっきのジムモドキがこっちに!」

 ダンケルが澪のジェダに襲われ、追い込まれている。3機が相手ではどうしようもなかったが、1対1なら負けはしない。ヤザンならともかく、他の2人が相手なら澪の方が腕も経験も勝るのだから。

「さっきはよくもやってくれたの!」
「こいつ、クモの巣を食らってボロボロの癖になんて動きだ!」
 
 自分を翻弄する動きをみせるジムVの改良型にダンケルは驚き続け、そして必死に逃げ回った。追いつかれてビームサーベルを使われたりしなければ装甲で耐えられるという自信があったからだ。
 だが、彼は知らなかった。ジェダにはビームライフル以外にも武装があったのだ。澪はビームライフルが効果的でないことは既に分かっていたので、距離を詰めて格闘戦に持ちこもうと考えていたがそれは難しいと悟り、腰のグレネードを使う事にした。こちらはある程度詰めれば十分に命中が見込める。
 また距離を詰めてきたジェダを見てまた格闘戦に持ちこむつもりかとダンケルは慎重に距離をとっていたが、今度はそうではなかった。ジェダはいきなり腰からグレネードを発射してきたのだ。それに吃驚して回避しようとしたが、右足が直撃を受けて吹き飛ばされてしまう。

「うわあああ、た、大尉!」
「ダンケルっ。ええいくそ、退くぞラムサス。俺が殿に付くからお前はダンケルを守れ!」
「了解です!」

 まさか自分たちが2機のMSにこうも手を焼くとは思わなかった。相手が新型機でデータが無いという不利があるといってもだ。今相手をしているこの新型もたくみに自分の射撃を避け、時々嫌がらせのように反撃を加えてきている。まるで自分が遊ばれているような感じでヤザンはかなり苛立っていた。これまでも苦戦した事はあったが、遊ばれていると感じたのはこれが初めてなのだ。

「畜生、この俺が、こんな屈辱を味合わされるとはな!」

 遊ばれるくらいならいっそ撃ち落せとさえ思うのだが、何故かゼクの新型は直撃を送り込もうとはしなかった。
 何故みさきが遊ぶような動きをみせていたかといえば、単に機体が故障していただけであった。まだXナンバーが取れない試作機だから仕方が無いのかもしれないが、ゼク・ドライの右腕側にある補助アームがマシンガンの反動を完全に吸収しきれずに壊れてしまったのだ。

「話じゃ腕2本でマシンガンを使えるって事だったけど、肝心の補助アームが壊れちゃ意味無いよね。おかげでまともに当たらない」

 補助アームが使えなくなった事で銃をまともに使えなくなってしまった。反動を受け止めきれずに銃身がぶれ、弾が狙った所に飛んでくれない。これでは幾ら先が読めようが何の意味も無い。
 ただ、それでも至近弾を送り込んでハンムラビを追い込んで見せたのはみさきの腕の良さを示していただろう。適度に距離を詰めていたのもブレの誤差を減らす為だ。

「そろそろ引き上げ時かな、雪ちゃん、聞こえる?」
「ええ、聞こえるわよ。片方は退いたけどもう片方は全力で応戦してきてるから、手を焼いてるわ」
「そっか、そろそろ潮時だと思うんだけど、どうかな?」
「ええ、そうするわ。折原君たちの方も梃子摺ってるみたいだしね。それに、そろそろこっちの艦のダメージも馬鹿に出来なくなってきてるし」

 アプディールと3隻のクラップは既に何発もの直撃弾を受けて馬鹿にならない被害を出している。アプディールの攻防の性能はこの場にある艦の中では最強の物だが、やはりアレキサンドリア級重巡の相手は楽ではないのだ。


 そしてロンバルディアもまた、相次ぐ直撃弾に身を悶えさせていた。砲数ではロンバルディアが勝るが一撃の威力ではアプディールが勝っている。そして装甲でも負けているので、一撃一撃の被害が馬鹿にならないのだ。あれと撃ち合うには同じ戦艦のマゼランやドゴス・ギアが必要だろう。
 このままでは撃ち負ける、それが分かったシスコ艦長は顔色を青ざめさせていたので、敵が後退を始めたという報告に緊張の糸が切れ、体から力が抜けてしまった。

「ひ、退いたのか?」
「間違いありません、戦艦を殿に巡洋艦から撤退を開始しています。敵MSも後退を開始しているようです」
「そうか。よし、こちらも退くぞ。これ以上食らったら船が沈められてしまう!」

 ホッとしてシスコ艦長が艦隊に後退を命じる。それを受けて被弾の後が目立つサラミスも一緒に後退を開始し、双方の短いが激烈な砲撃戦は終息を向かえる。だが、この戦いの最後を締めくくるかのように双方のMS隊がまだ衝突を続けていた。



機体解説


GTS−X103 シューティスト
兵装 ビームライフル
   シールド
   頭部60mバルカン×2
   ビームサーベル×2
   ビット×4
<解説>
 ゴータ・インダストリーが連邦軍と協力して完成させたNT用MS。ファマス戦役で使用されたテンペストを参考としてストライカーのフレームを流用して組み上げられている。本機はサイコミュ兵器の技術検証機であり、さまざまな新技術が試験目的で組み込まれている。


RGM−88X ジェダ
兵装 ビームライフル
   シールド
   3連装グレネードラック×2
   頭部60mmバルカン×2
   ビームサーベル×2
<解説>
 連邦軍がエゥーゴから入手した機体を連邦規格に手直しし、性能を見直した機体。Xナンバーが付いてはいるが、ほとんど完成している。あらゆる面でジムVを上回る性能を持ち、ゼク・アイン以上にコストパフォーマンスの良いMSとなっている。
 宇宙軍はゼク・ドライと共に新たなハイ・ローミックスのロー側として期待をかけている。



後書き
ジム改 遂に登場、ジェダとゼク・ドライ。
栞   ドライは随分前からテストしてましたけど、ジェダは早いですね。
ジム改 実機と開発チームとデータがセットで手に入ったからな、そりゃ早いさ。
栞   そしてやっとNT専用機ですが、なんだか寂しいですね。
ジム改 連邦はこれが初めてなんだ、文句言うな。
栞   ティターンズは?
ジム改 あちらはサイコガンダム系で経験積んでるからな。ビットも作ったことがある。
栞   連邦は10年以上遅れすぎです!
ジム改 基礎技術は一番高いんだけどね。
栞   次回は浩平さんたちですね。
ジム改 浩平というか、瑞佳だな。
栞   ところで、シューティストってジ・Oより強いんですか?
ジム改 ビットが無かったらジ・Oのが遥かに上。
栞   ちょっと!?
ジム改 第2世代最強とは、MS単体の性能では最強という意味なのだよ。