第103章  リーフ、動く



 みさきたちの戦いを離れた所から観戦していた雪見は、ジェダは概ね想定通りの性能を発揮してくれているが、ゼク・ドライはまだまだ完成度が低いと思わずにはいられなかった。送られてくるデータは複数箇所に異常が起きている事を示しており、更にスペック上でも予定していた性能に達していない部分も見られる。やはりまだ早かったのだ。

「でもまあ、データは取れたようね。そろそろ引き上げましょうか」

 撤退を促す信号弾を上げさせ、MS隊の収容準備に入らせる。幸い向こうはアレキサンドリア級を除けば旧式艦ばかりだから逃げれば楽に振り切れる。問題は敵に増援があった時くらいだが、その時はその時だ。今は撤退支援の為に牽制の支援砲撃でもするか。そんな事を考えた時、いきなりレーダー手が敵襲を告げてきた。

「深山少佐、ミノフスキー干渉波の逆探に反応3、左舷方向、俯角20度です!」
「何が出てきたの?」
「干渉波の反応だけですので、大まかな数しか。レーダーが役に立ちませんからまだ識別も出来ません」
「……全艦回避運動、防御スクリーンを左舷方向に集中させて。総員対ショック態勢を!」

 雪見の指示が飛び、4隻がスラスターを吹かせて急激に位置を動かす。そしてすぐにメガ粒子ビームが襲い掛かり、アプディールの左舷側にビームを逸らせる燐光を浮かび上がらせた。幸いに全て逸らせたが、その衝撃は馬鹿にならず艦は激しく揺さぶられた。艦内のクルーの中で不運な者はその衝撃で壁に叩き付けられたりしている。
 雪見は艦長席の椅子を掴んでどうにか体を固定していて、やはり撃ってきたかと苦々しそうに呟いた。しかしまさか、このアプディールをこれだけ揺るがすとは、撃ってきたのは戦艦だろうか。

「別のパトロール部隊に見つかったようね。これ以上は居られないわ、全軍今すぐ撤退よ!」
「しかし、MS隊はまだ交戦中ですが?」
「合流予定ポイントは分かっているから、後から追いついてくる。みさきたちのナビゲーション能力なら問題無いわ」

 みさきの部隊は任務の性格上、かつてファマスに居た者やサイド5に合流してきた火星やフォスター1基地に展開していた外洋系艦隊のクルーが集められている。彼らは単艦で広大な宇宙を動き回る事が出来るばかりか、MSも平気で単機で行動することが出来る。この高度なナビゲーション能力は外宇宙で戦うには必須の能力で、みさきたちがルナツーとサイド6の哨戒網を迂回するのに大いに役立っている。ようするに彼女たちは、通常航路を大きく外れた、迷子になる危険が高い辺境宙域を大回りしてやって来たのだ。
 雪見の命令で撤退を開始する艦隊であったが、そこに今度は分離させて合流ポイントに伏せさせていた空母と護衛艦から急報がもたらされた。彼らも発見されたというのだ。

「副長、別働隊より緊急通信です。敵のパトロール部隊に発見されたので、合流ポイントを第2ポイントに変更すると!」
「……参ったわね、集結ポイント変更となると、MS隊が危ないか。再度信号弾を上げて、今度は命令よ」

 先ほど出したのは撤退を促すだけの物であったが、今度は有無を言わせぬ撤退命令の信号だ。如何なる状況でも急いでここから退かないと集まってくる敵に袋叩きにされかねない。
 そしてアプディールの主砲が動き出し、敵艦隊の方を向く。3隻の巡洋艦もアプディールに合わせて砲を動かし、一斉に主砲を斉射した。10を超えるビームが敵艦に向かい、アクアプラス級戦艦を捕らえる。それもやはり燐光に包まれる船体に有効弾とはならないかに見えたが、1条のビームが防御スクリーンを貫いて船体を捕らえ、装甲を抉り取った。


 アプディールから撤退命令の信号弾が上げられたのを見た浩平と瑞佳は雪見らしくない強引な命令に何事が起きたのかと思ったが、撤退命令が出た以上は退かなくてはならない。問題は目の前にいるジ・Oだろう。これの強さは半端なものではない。

「浩平、少しでいいからあれの動きを止めてくれるかな?」
「なんか考えでもあるのか?」
「シューティストのライフルはストライカーと同じ物だからね、ジェダのライフルより強いんだよ。当たればあの装甲だってきっと」
「……こっちのライフルのビームじゃ当たっても致命傷にはならないか。ちっ、しょうがねえ」

 有効な武器を持ってるのが瑞佳だけでは仕方がない。グレネードが直撃すれば別だが、弾速に欠けるグレネードはかなり近付かないと命中が見込めないのが悩みどころだ。そしてこいつは当たってくれるような間抜けではない。
 ではどうするか、と考えた浩平はビームライフルのエネルギー残量を確かめると、接近格闘戦を仕掛けることにした。

「やっぱ俺はこっちの方が似合うんだよな!」

 ライフルを手にジ・Oとの距離を詰めていく浩平。それを見たシロッコはまさかこのジ・Oに接近戦を仕掛けてくるとは思っておらず、感心した声を漏らしていた。

「ほう、私に挑むつもりか。その意気や良しだが、実力が伴っているのかな?」

 先ほどの動きから熟練パイロットである事は分かっているが、それ以上には見えない。自分を梃子摺らせるような相手とは思えなかったのだ。
 だが、接近戦を仕掛けてきたジェダの強さはシロッコの予想を超えていた。どうやら中距離よりも近距離で真価を発揮するタイプであったらしい。しかも接近してきた所に隠し腕によるビームサーベルの一振りに反応して回避してみせた。既にデータが取られて対応されてしまっているのだろうが、それでも良く反応して見せたものだ。ヤザン並とまではいかないが、それに近いレベルなのではないだろうか。
 だがそれでも所詮はオールドタイプ、凄腕では選ばれたNTには及ばないという事を教えてやる。シロッコはそう決めるとジ・Oをそれまでにない速さで動かし始めた。

「教えてやろう、天才と凡人の差という物を。そしてそんなMSでは私には勝てないという事を!」

 ジ・Oがビームライフルを連射し、浩平のジェダを追い払う。浩平は何とか距離を詰めようと隙を伺おうとしたのだが、シロッコの射撃の腕前はそんな余裕を浩平に与えはしなかった。浩平はベテランの勘でこれ以上留まったら死ぬと悟り、急いで距離をとろうとするが、ジェダの機動性ではジ・Oから距離を取ることなど出来る筈も無かった。ジ・Oが振るったビームサーベルがシールドを半ばから切り取り、続けて放たれたビームがライフルを右手ごと破壊してしまう。

「甘いな、私から逃げられると思うのかね?」
「大尉、下がってください!」
「むっ?」

 浩平のジェダを追い詰めようとしたシロッコの周囲に2機のジェダが現れ、ビームを放ってくる。こちらもそれなりの腕のようで、自分の放ったビームを回避して見せている。だが浩平に比べれば明らかに格下で、シロッコの動きを阻害するには到底足りなかった。

 このまま押し切ってやる、そう考えて左手にビームサーベルを持たせたシロッコだったが、不意に脳裏を過ぎった死の気配に機体に急制動をかけさせた。そして自分の間隔の正しさを証明するかのようにビームが眼前を貫いていき、更に回避運動に入ったジ・Oを狙った射撃が続いて襲ってくる。

「これは、長森瑞佳か!?」

 シューティストが離れた所から狙撃をしている。どうやらあの機体には長距離での砲戦も可能な機能が備わっていたらしい。更にビットが飛来してまた攻撃を加えてきている。これはシロッコにとって勝てない相手ではないのだが、面倒な相手ではあった。

「ええい、サイコミュ兵器とは敵にすると面倒な物だな。まあこれはキュベレイのファンネルほど厄介ではないが」

 こちらを狙っている1基に狙いを定めてライフルのトリガーを引く。1射目は外れたが、続けて放った3射目がビットを撃ち抜き、これを破壊する事に成功した。だが更に2基が襲い掛かってきてこれへの対応に追われることになる。
 ビットにシロッコが集中している隙に浩平と瑞佳はジ・Oから距離を取り、逃げ出す機会を掴んだ。獲物が離れた事を悟ったシロッコは浩平が囮だった事を察し、それを見抜けなかった自分に少し苛立ったが、すぐに気を取り直すと残りのビットの始末にかかった。

「ビットというのはこれほど距離が離れていても使えるのか。エルメスとかいうMAがコンペイトウに超長距離攻撃を仕掛けて多大な戦果を上げたという記録は前に見たが、これは馬鹿に出来ん利点かもしれんな」

 ネオジオンとの技術交換でシロッコの木星師団はサイコミュ技術とファンネルを手にしてはいたが、ファンネルは基本的に自分の身を守るための戦闘機でしかなく、このような攻撃機的な運用は出来ない。まあビットの冗長性を切り捨てて近接戦闘用と割り切ったおかげであそこまで小型化出来たのだから当然と言えば当然なのだが。
 連邦軍はファンネルに関する技術が無いのか、それともビットに未来を見たのかは分からないが大型のビットを選択したらしい。ファンネルとビット、どちらが優れているのかはこれからの戦いで明らかになっていくだろうが、シロッコは2人の追撃などそっちのけでタイタニア用に開発したファンネルのスペックを思い浮かべ、あのビットとどちらが便利そうかを比べだしてしまっていた。この辺りは技術屋の悲しい性と言うべきだろうか。
 



 ジ・Oが追撃を諦めたのを確認した浩平は助かったと声に出し、体の力が抜けていくのを感じていた。ジ・Oはこちらを圧倒する強さで、戦いがもう少し長引いたら間違いなく負けていただろう。

「じょ、冗談じゃねえ、もう囮なんてやらねえぞ長森、命が幾つあっても足りねえよ!」
「ご、ごめん浩平、でも私の方もギリギリだったんだよお」
「たくっ、あゆもそうだけど、NTってのは反則過ぎるだろ。なんだよあの強さは?」

 自分も自他共に認められたエースパイロットなのに、まるで歯が立たなかった。あれでは並みのパイロットでは話にもならないのだろうか。他の2機も合流してきて、脱落者がいないことを確かめた浩平はすぐに引き上げるぞと言った。

「これ以上こんな所に居るのはごめんだな、アプディールと合流してずらかろうぜ」
「同感だよ、ビットも全部使っちゃったしね」
「みさきさん達の方も無事だといいんだけどな」

 さっさと逃げようと2人はアプディールへと向かおうとしたが、そこで2人はアプディールも危機に陥っている事を知った。艦隊は既に敵の別働隊と砲戦を開始していたのだ。




 ヤザン隊が敗れた、それを聞かされたシロッコはまさかと思ったが、相手を考えれば仕方がないかと自分を納得させた。敵はあの川名みさきの部隊で、向こう側にはそのみさきが居たようなのだ。彼女を相手に生き残っている事の方が凄いというべきだろう。
 それに出てきている敵はいずれも新型機を用いている。データが無い相手に苦戦するのは現代戦の性格上どうしようもない事でもある。コンピューターに登録されていない機体は装備や性能が未知数なのでコンピューターが相手の出方を予測できず、上手く対応出来ないから。

「潮時、か。ロンバルディア、撤退の信号弾を上げろ」

 連邦の新型の性能を掴めただけでも自分としては収穫だと言える、とシロッコは思っていた。無理に追撃をかければ艦隊を仕留められるとは思うが、バスクの為にそこまでしてやる義理は無い。それに、面白い連中が出てきたようだから見物に回るのも悪くは無いだろう。

「リーフか、奴らが動いているのは珍しいが、果てさてどういう心境の変化かな、芹香殿?」

 リーフはこれまでティターンズの要請が無ければ極力戦闘を回避する方向で居た筈なのに、自分から向かっていくとは思わなかった。これはリーフがバスクの要請を受けたのか、それとも来栖川が積極作に転じた事を意味するのか。
 いずれにせよ、彼らの久々の戦いぶりを是非見物させてもらおう。シロッコは勝手にそう決めると、さっさとロンバルディアに戻っていってしまった。




 この時アプディールに攻撃を仕掛けてきたのはリーフに属する部隊の1つ、長瀬源三郎元ティターンズ中佐が率いている艦隊だった。、リーフだけが保有するアクアプラス級戦艦のフィルスノーンを旗艦とする新編成の艦隊で、今回が初の任務となっている。
 司令官の藤田浩之に命じられて出撃してきた彼はアプディールを発見して砲撃を加えさせたのだが、思っていたよりも遥かに強力な防御スクリーンを展開する敵艦の性能には驚きを隠せないでいた。そしてフィルスノーンの防御スクリーンを貫いた砲力にも。

「フィルスノーンの砲撃を防ぐとはなあ、あの船強いんだねえ」
「長瀬さん、そんな人事みたいに言わないでください」
「柳川は熱心だねえ。でもどうするの、こっちの最新鋭戦艦の主砲が効かないとなると、MSで接近戦でもする?」
「それも考えましたが、あちらは逃げに入っています。加速に入られたらMSでは追いつけないでしょう」
「じゃあこのまま砲撃するしかないよね。とりあえず距離を詰めるとしようか」

 近付いてメガ粒子砲の威力と命中率を上げ、スクリーンを破ろうというのだろう。艦隊の砲撃が退いていくアプディールに集中され、アプディールの周囲に燐光が輝いている。防御スクリーンの技術においては連邦は余程優れているようでかなり持ち堪えているが、それでも無限に持つ訳ではあるまい。
 一方、狙われたアプディールの方は状況は刻一刻と悪くなっていた。アクアプラス級はカイラム級に匹敵する巨艦で、サイズに見合った砲力を有している。ノルマンディー級がサイズの割に攻防の性能が高すぎるのだ。だがそれでも自分の1.5倍近い巨艦と随伴する巡洋艦の砲撃を集中されたら無事では済まない。防御スクリーンを生み出す強磁性体は過負荷に悲鳴をあげ、艦橋は幾つもの警報に包まれている。

「少佐、このままでは艦首スクリーンが持ちません!」
「MS隊の収容は!?」
「後ろの巡洋艦に全機収容を確認しています!」
「なら良いわ、全艦戦闘宙域から全速で撤退。残ってるミサイルとダミー隕石をあるだけばら撒きなさい!」
「しかし、グエンディーナ級を振り切れますかね?」
「振り切れるわよ、その為に足が速くて長い船だけで来たんだから」

 そうは言っても、本当に振り切れるかどうかは自信は無かった。グエンディーナ級もファマス戦役後に建造された新鋭艦なので、足が遅いとも思えないからだ。ただ他は旧式のサラミスなので、単艦で追ってくるという無茶をしなければ難なく振り切れる筈だった。
 ただ1つ負に落ちないのは、リーフの攻撃にさほど積極性が見られないことだった。こちらを追い払う事しか考えていないのか、積極的に戦うなと命令されているのかは分からないが、雪見には戦う気があるようには思えなかったのだ。
 だから逃げても追ってはこないのではないかと雪見は思っていたので、多少での距離が取れれば逃げ切れると考えていた。そして雪見の見たとおり、長瀬原三郎には無理追いする気は無かった。

「まあ、今日は適当な所で切り上げようかね。ここでカードを切りたくもないし」
「良いんですか、多少は戦ってみせないと司令官の不況を買うのでは?」
「その時はその時さ、気にするような事じゃない。ここはクルーに実戦を経験させられただけで満足しておくべきさ」

 仕事に対してどうにも熱意という物が感じられない上司に、柳川は俯いて右手の人差し指でメガネの位置を直す事で無言の抗議をしてみせたが、長瀬は気付いたそぶりも見せなかった。相変わらず捕らえどころの無い男である。

「良いんですか、多少は戦ってみせないと後で問題になりますよ?」
「なあに、言い訳は考えてあるよ。気にしなさんな」
「……サイコガンダムの方はよろしいんで?」
「あれのお披露目はこんなどうでも良い戦いじゃなくて、もっと派手な所の方が良いとは思わない?」
「サイド6、ですか?」

 地球連邦はルナツーかサイド6のどちらかに来る、というのがティターンズ内に流れている噂であったが、来栖川ではまず間違いなくサイド6に来ると見ていた。そしてサイド6には支社と工場があるので、ここを奪取されるのは非常に困るのだ。
 だから来栖川の指導部は軍事力の増強と周辺警戒の強化を打ち出した。当主である来栖川芹香もこれを了承し、サイド6とグリプス周辺でリーフの活動が活発化しだしたのだ。この決定がもう少し早ければ浩平たちは暴れる事も出来ずに逃げ出していただろう。来栖川の艦艇は旧式が多いし、MSも今ひとつ地味なスティンガーであるが、ネオジオンやティターンズと違って安定した強さがあり、厄介なのだ。


 グリプス宙域を離脱していくアプディール隊が途中で空母部隊と合流し、ルナツーを迂回して外洋に出る航路に入った所でリーフは追撃を諦めた。彼らには未知の宙域を手探りで航行するような技術は無いのだ。それを平然とやってみせる辺りは流石は軍隊だと言うところだが、元軍人の長瀬はあんな真似は通常の部隊には出来ないと分かっていた。

「面倒な奴らだね、あれは」
「外洋系艦隊でしょうかね?」
「だと思うよ、火星とフォスター1から大艦隊が帰還したって聞いたことがあるからね」
「こんな芸当が出来る部隊が多数あるとすると、防衛計画の立て直しを迫られるでしょうね。航路を塞いでも関係なくグリプスを直撃出来るとなれば、こちらに聖域は無くなる事になる」
「そうだよねえ、こりゃバスク中将が今度こそ頭の血管切れて倒れるかな」

 なんだか愉しそうに言う長瀬。どうやら彼はバスク中将の事が余程嫌いであるらしい。だが柳川はバスクの好戦的なところが嫌いではなかったので長瀬に頷く事はしなかった。彼はバスクの下品なやり口はすいてはいなかったが、彼が戦いを呼び寄せるという点が気に入っていたのだ。

 柳川が不満そうなのに気付いたのだろう、長瀬は彼の方をポンと叩いてそう焦るなと諭した。

「焦んなさんな、そんなに待たずに出番は回ってくるよ」
「別に焦ってなどいません」
「そうかい、その割には顔が少し強張ってるように見えるけどな」

 長瀬のからかうような言葉に柳川は不貞腐れたようにそっぽを向いてしまう。悔しいがこの男には勝てないと頭で分かっているのだろう。そして長瀬は艦隊にこの宙域からの撤退を指示した。ティターンズの救助活動を手伝おうかと申し出てはいたのだが、ガディもシロッコも断ってきたのだ。





 グリプスに対する輸送路の破壊、これは被害としては小さかったが、ティターンズ指導部の受けた衝撃は大きかった。連邦はティターンズが持たない通常航路を外れた宙域を航行する能力があることがはっきりしたからだ。しかもルナツーを迂回してグリプスに迫り、そしてまたルナツーを迂回して帰還できるほどの超長距離を行動できるというのだ。
これはティターンズの防衛計画を根底から崩壊させかねない物で、長瀬が予想したとおりバスクは激怒して周囲に当り散らしている。

「なんという事だ、これでは前線に応援を回すどころか、こちらに防衛用の兵力を引き抜かねばならんではないか!」
「お、落ち着いてください中将、敵にこれだけの超長距離侵攻能力があることは脅威ですが、グリプスを攻略出来るほどの大軍を送れるとも思えません。厄介ではありますが致命傷とはならないでしょう」
「もし送り込めたらどうする。敵のクラップ級にはリアンダー級以上の航続距離があることが明らかになったのだぞ!?」

 確認された敵艦隊には補給部隊の姿は確認されていなかった。何処か途中の宙域で合流したのかもしれないが、それはそれで面倒な話になる。この広い宇宙で何処に居るのか分からない補給部隊を探して叩き潰すなど、大海で小魚1匹を探すようなものだからだ。

「敵の襲撃を防ぐ有効な策はないのか?」
「とりあえずの手段として常時哨戒部隊を展開させるくらいしかありません。それと合わせて監視衛星の敷設を進め、哨戒網を構築するのが最善かと」
「……衛星による哨戒網の構築か、時間がかかるな」

 ルナツーやサイド6周辺と、その中間宙域には分厚い哨戒網があるが、流石にその外側に向けては広がってはいない。衛星の数とて無限ではないし、敷設していくのも楽ではない。ただばら撒けば良いというものではないからだ。機雷原も存在するが、やはり通常航路に重点的に構築されていて航路から外れている宙域には無い。
 一番効果的なのは連邦のように多数の空母を配置し、多数の友人哨戒機と哨戒艇で常時哨戒し続ける事だが、そんな真似が出来るのは連邦軍だけだろう。

 だが愚痴っていても始まらない。バスクは今やれることをやるように指示を出し、これからどうするかを地球のジャミトフと話し合う為に専用のレーザー回線が使える会議室へと向かっていった。敵の侵攻目標にグリプスを加えないといけなくなったから。




 3箇所への同時攻撃を終えた連邦宇宙軍は間を置かずに次の動きに出た。ルナツーとサイド6、双方に対して小規模な襲撃を強化してきたのだ。2隻の巡洋艦、4隻前後の駆逐艦という少数の部隊が入れ替わり立ち代りティターンズの防衛線を押し、数機のMSが嫌がらせをするように哨戒圏内に踏み込んで攻撃を加えてくる。
 これに対してティターンズも必死に迎撃を繰り返し続けたのだが、それはティターンズが最も恐れていた消耗戦の始まりであった。既に地上ではベンガル湾を挟んで消耗戦が始まっており、インドのティターンズは膨大な物資を消耗していたのだが、それが宇宙でも起きたのだ。
 ティターンズは連邦軍を迎撃する為に膨大なエネルギーと弾薬、推進剤を消費する羽目になった。グリプスの生産力は膨大ではあるが、それでもこれだけ戦闘が続けば補充が追いつかず、備蓄を食い潰してしまう。
それは連邦も同じ筈で、拠点から遠く離れている分負担は大きい筈なのだが、連邦は生産力もさることながら輸送船の船舶保有量で圧倒的で、前線に消耗した物資を十分に運ぶ事が出来るという強みがある。それがあるからこそ連邦はこれほどの大規模な攻勢に出れたのだ。

 これはエニーの指揮で行われている作戦の一環で、大規模な消耗戦を仕掛けてサイド6に援軍を送れなくする作戦であった。ティターンズの方が拠点に近い分補給面では圧倒的に有利であるが、その差分はこれまで我慢を重ねて備蓄し続けてきた物資の量と船舶量で補えるという自信がある。そして何より、兵站という分野においては連邦軍は他勢力を寄せ付けないノウハウの蓄積があるのだ。何しろファマス戦役では火星にまで兵站を維持して大艦隊を送り込んでみせた実績がある。あれに比べればサイド5からサイド6やルナツーまでを維持することなど大した負担ではない。
 特別に秋子から借り受けた宇宙艦隊旗艦であるカノンの司令官用の椅子に腰を下ろしているエニーは、カノンの凄まじい指揮能力に驚嘆を通り越して呆れていた。この1隻で一方面の全部隊を直接指揮出来るという触れ込みは本当だったようで、エニーはこの艦から文字通り作戦に参加している全部隊の動きを把握し、指示を出すことが出来ていたのだ。

「呆れた物だわ、どういう情報処理能力と通信能力よ。戦闘濃度のミノフスキー粒子の中でも機能を失わないなんてね」
「便利な船です、このままずっと借りられませんかな」
「無理言わないでよ、この船動かすだけで補給担当士官が悲鳴上げるんだから」

 確かに凄い船だが、こんな巨大戦艦、動かすだけでも大量の物資を消費するし、大量の乗組員が消費する物資の量も大変なものだ。このような大作戦でなければ秋子でも使おうとは思わないような、文字通りの伝家の宝刀なのだ。

「ところで、オスマイヤー少将の第6艦隊の方はどうなの?」
「作戦予定宙域に集結を開始しています。既にラー・カイラムを中心とする旗艦艦隊は宙域に到着、未到着の部隊や増援艦隊の到着を待っています。現在集まっているのは42隻」
「まだ半数、という所ね。作戦開始予定日までには揃うんでしょうね?」
「それは大丈夫かと。ですが大丈夫なんでしょうか、エゥーゴの残党も参加させて?」
「大丈夫、だと良いんですがね」

 それはエニーだけではなく、この作戦に参加している連邦軍の将兵に共通する不安であった。ジオン共和国軍の部隊も参加しているのだが、こちらは既に信頼を得ているので疑われてはいない。エゥーゴはまだ等分の間は辛い日々をすごす事になるのだろう。

「でも、良いニュースもあったそうじゃない。川名中佐の部隊で実戦テストをやってたジェダ、正式採用が決まったんでしょう」
「ええ、そうらしいですね。ジムVのラインの幾つかがジェダ用に整備されていた影響で暫く新品の受領が滞っていましたが、やっとその忍耐が報われましたね。この作戦には間に合わないでしょうが、次の作戦ではジェダで編成された大隊を投入できるでしょう」
「ええ、これでバーザムを完全に旧式機に追いやれるわ。ジムVじゃ手を焼く相手だったからね」
「ですが、ティターンズもマイナーチェンジに当たるジェガンを入手している筈、遠からずこれが出てくるのでは?」
「……いえ、遠からずじゃなく、もう配備されているかもね」

 ジェガンはティターンズが来栖川に開発を委託していて、これはサイド7とサイド6の工場で開発が続けられている筈だが、連邦情報部は来栖川が2種類の新型機を仕上げようとしているという情報を掴んでいた。1つはエゥーゴから流れたジェガン。そしてもう1つはティターンズが時々戦線に投入し、連邦軍に洒落にならない損害を強要してきたサイコガンダムの量産型である。どちらも完成すれば連邦にとっては大きな脅威になる筈だ。
 そしてそれとは別にこのグリプス戦争開戦頃からリーフとティターンズが戦線に投入するスティンガーの改良型の配備が進められている。こちらは既に相応の数が配備されているようで、偵察機が撮影してきた写真や映像には編隊を組んで行動している改良型スティンガーの姿が確認されていた。問題はどの程度まで性能向上しているかだ。ネモやジムV、マラサイといった各勢力の主力MSは改良に告ぐ改良を加えられて初期型とは比較にならないほどの性能向上を遂げているので、スティンガーも相応の性能向上していても不思議ではない。
 ただネオジオンだけは別で、ここは改良型や派生型には熱心ではなく、矢継ぎ早に新型を投入し続けている。有名なのがガザ系で、型番が変わるたびにまったく違う機体になってしまっている。性能向上型はガザCを強化したガザDと、残っていたガザCを改修したガザC改くらいだ。
 現在はザクVには改良型が確認されているが、ドライセンやガ・ゾウム、ズサといった他の主力機には性能向上型がほとんど確認されていない。そしてサイド3ではザクVの発展型と思われる新型機の姿も見られるようになっていた。既に量産しているのか、開発中なのかはまだ分かっていないのだが。

「まあ、何にしても今は仕事をするだけよ。こんな戦争、さっさと終わらせなくちゃね」
「それは同感です」

 1年戦争とファマス戦役、この2つの戦争で地球圏は疲弊していたのに、またこんな戦争が起きてしまった。世界中の市民もいい加減にしてくれと言いたいだろうが、それ以上に軍人たちももう勘弁してくれと思っている。何故なら市民は逃げられるが、軍人は立ち向かわなくてはいけないのだから。既に2度も死線を潜り抜けてきたのに、また戦場に出なくてはいけないなど、冗談ではない。戦争に行くなど一生に一度で十分だ。
 だからさっさとこんな戦争は終わって欲しい。政府や上層部の思惑など自分たちの知った事ではない、自分も死にたくないし部下を死地に送るのも嫌なのだから。だからエニーの言葉に参謀長は大きく頷いたのだ。



後書き

ジム改 次回はいよいよサイド6だな。
栞   地上が出ないと私の出番がありません。
真琴  代わりに私の出番が来るのよう!
栞   むう、貴女は存在自体が忘れ去られてたマコピーさん!
真琴  勝手に忘れないでよ!
栞   ふっ、地味な砲撃機に乗ってる己が身の不幸を呪うが良いです。
真琴  な、なによう、栞だってあゆの引き立て役の癖に!
栞   ひ、引き立て焼くとは何ですか、私は真琴さんより強いんですよ!
真琴  距離を置いたら私の方が強いわよう!
栞   何を言うんですか、NT相手にOTが勝てるとでも!?
真琴  NTって言ってもピンきりだし。
栞   違います、私は岩にぶつかったりMS盗もうとしたりなんてしないんです!
ジム改 お前らその辺にしとけ、どっちもガトーとかよりは弱いんだから。
真琴  あれは!
栞   人間じゃないんです!
ジム改 おいおい、それでは次回「芹香の決意」で会いましょう。