第104章  芹香の決意


 

 連邦軍の作戦が開始される前、まだみさきたちが暴れまわっていた頃にグリプスで1つの話し合いが行われていた。宇宙軍を統括する2人の中将であるバスクとエイノー、そして来栖川の代表である芹香がグリプスに集まり、ジャミトフと予想される連邦軍の攻勢にどう対処るのかを決定する為だ。
 この会談でジャミトフはティターンズとしての方針を3人に伝え、可能な限り迅速に作戦を遂行するようにバスクとエイノーに命じた。

「焦土作戦、ですか?」
「そうだ、サイド6に住む10億人そのものを連邦に対する足枷として利用するのだ。幾ら連邦の生産力と輸送能力が凄まじいとはいえ、10億人の生活を支えるのは楽では無かろうて」

 サイド6から全ての物資を引き揚げ、各種生産設備を含む社会インフラを破壊して連邦軍に無血開城してやるというのが、ジャミトフの下した決定だった。連邦は地球圏の守護者であり、ティターンズに支配されている地域を解放するという大義名分を掲げている。当然そこに済む市民は連邦市民であり、連邦には生活を保障する義務が生じてくる。
 だから連邦は必ずサイド6を支える為に大量の物資を使ってくれるはずだ。その輸送路を攻撃すれば最小の労力で連邦軍を疲弊させる事が出来る。そして疲れきったところを見計らって反撃し、サイド6を奪還すれば良い。
 この話を聞かされたバスクとエイノーは共に不服そうな顔になった。2人ともこのような消極的な戦略を好まないタイプなので色々と言いたい事もあるのだろう。バスクはコロニーレーザー砲の建造を進めていたし、エイノーは艦隊戦を挑む為の用意を進めていたのだから。

「閣下、ここで引けば帰って危なくなるのではありませんか。サイド6からは直接グリプスを攻撃する事も可能です、下手をすればグリプスUの改造にも支障が出かねません」
「既に艦隊の出撃準備は整っております。連邦艦隊に引けはとっておらぬと思いますぞ」
「2人の意気込みは分からんでもないが、その戦いで勝てたとしても我が方も大きな被害を蒙るだろう。連邦は次を送り込んでこれば良いが、こちらにはそれを迎え撃つ兵力はあるのか?」

 連邦の戦力はティターンズを上回っている。決戦を挑めば一度は勝てるだろうが、連邦は即座に次を送り込んでこれるがこちらにはそれを迎え撃つ事はまず出来ない。連邦軍を撃退するには完勝が要求されるのだ。MSの全てをグーファーで更新出来ていればあるいは可能だったかもしれないが、とてもそれだけの数をそろえることは出来そうも無い。グーファーは地上でも必要とされているのだから。
 まともに戦って本当に勝てるのか、と聞かれたに等しい質問にバスクとエイノーは顔を紅潮させて怒りを露にしたが、それを爆発させる事はなくじっと耐えていた。勝てると言いたいが、おそらく良くて辛勝、まず相打ちという結果に終わる事は容易に想像できる。そしてジャミトフの言うとおり連邦の次の攻撃に対処する余力は残っていないだろう。

 サイド6という罠に連邦を嵌めるというジャミトフの作戦は、もし失敗すれば連邦軍に無傷でグリプスを直撃できる橋頭堡を与えかねない危険な物であるが、もし成功すれば当面連邦軍に再侵攻を断念させるだけの損害を強いる事が出来る筈だ。


 だが、この作戦にはもう1つの問題があった。サイド6のインフラを破壊してしまう、それはすなわち、サイド6にある来栖川の工場も破壊する事を意味している。だからこの戦略を採用するには芹香の同意が必要なのだ。

「芹香殿、貴女のお考えを聞かせて頂きたいのだが?」
「……来栖川は、サイド6を守りきるつもりで準備を進めていました」
「それは分かっております。ですが、予想される連邦の動員兵力は3個艦隊以上、サイド6には2個艦隊程度が向かうでしょう。それに抗し切れますか?」
「…………」

 ジャミトフの問いかけに芹香は静かに目を閉じ、じっと考え込んだ。実の所、リーフの中にはバスクとまではいかなくても、エイノー並の強硬派はかなり多い。今回の連邦の攻勢に対しては断固として徹底抗戦するべきだという意見がリーフの中では支配的だと言って良い。
 そして芹香は彼等の意を汲んでこの場に来ていたのだが、まさか開口一番にジャミトフがサイド6の放棄を言い出すとは流石に予想していなかった。勝てないなら勝てそうな状況を作るために全力を尽くそうとするジャミトフの考え方は、恐らく浩之達に伝えても納得させられる物ではないだろう。彼らはただ、来栖川の関連施設と人員を守る為にこれまで訓練を重ねてきたのだから。ようやくこれまでの訓練が役に立つ時が来たという段階になっていきなりこれでは、素直に従うとも思えない。
 だが、不満だから従えないでは組織として成り立たない。だから芹香はジャミトフの求めに頷いてみせた。

「リーフは、私が何とかしましょう」
「ありがたい、よろしくお願いしますぞ芹香殿。もし必要であれば私が直接赴いて話をしてもよろしいが?」
「ご心配には及びません、私も来栖川ですから」

 ジャミトフの好意を芹香は何時もの眠そうな顔でやんわりと、だがきっぱりと拒否した。来栖川の事は来栖川で解決する。例えジャミトフであっても口を挟む事は許さない。芹香は言外にそうジャミトフを威嚇し、そしてジャミトフは芹香の意思を受け入れてそれ以上は言わなかった。歴史ある巨大財閥には彼らだけに通じる独自のルールがある、ならばそれに任せた方が事は穏便に進むだろう。
 しかし、芹香はただ納得した訳ではなかった。彼女は何時ものぼんやりとした表情のまま、だが目に宿る光の強さだけはジャミトフにも通じる強さを感じさせてジャミトフに宣言した。

「……ですが、来栖川は必ずサイド6に戻ります」
「勿論、我々もそう思っておりますよ芹香殿」
「……そうではありません、これは私たちの意地なのです」
「意地、ですか?」
「……シスターズは、もう来栖川だけなのです、ジャミトフ閣下」

 かつて地球に君臨していた伝統ある5つの巨大企業群、ファイブ・シスターズの最後の生き残りである来栖川。彼らは1年戦争で一度衰退し、いくつかの新興企業の後塵を拝するという屈辱に甘んじる事となった。もうあのような屈辱を受けるつもりは無い。来栖川にはもう下がる後背地は無いのだから。


 ジャミトフの決定は3人を完全に納得させる事は無かったが、それでも3人は与えられた責務は完璧に果たすべく努力した。バスクはサイド6からグリプスへの物資の搬送と施設の破壊、そして情報の隠匿に全力を傾け、エイノーは輸送船団が教われないよう護衛に力を尽くし、多数の警戒部隊を常時動かして連邦に付け入る隙を見せなかった。そして芹香は社内の抵抗をどうやったのかは知らないが解消し、サイド6にある来栖川の資産を可能な限り運び出し、動かせない物は全て爆破処理を終えたのである。
 そして連邦軍はこのティターンズの急激な方針転換を察知する事が出来ず、大量の輸送船の動きと戦闘艦隊の活発な活動をティターンズはサイド6で決戦を挑む覚悟を固めたのだと勘違いしていた。何しろ情報隠蔽の為に真相を知るものは出来る限り少なくし、他の部隊にはサイド6で迎え撃つ準備をしていると通達しているほどだ。おかげでルナツー艦隊の動きは鈍く、それも連邦軍の判断を迷わせている。
 ただティターンズ側に誤算があったとすれば、全ての仕事を終えるより早く連邦軍が来てしまったことだろう。連邦軍の戦力集結と展開の速さはティターンズの予想を完全に超えてしまっていたのだ。いや、ティターンズの輸送力が乏しかったと言うべきか。そのためにティターンズは予定に無かった戦闘を余儀なくされてしまう。





 その様は連邦側宙域から艦隊が溢れ出した、と表現するのが最も適切だろう。総数100隻を超える大艦隊がサイド6を目指し、その後方に大規模な輸送船団が続いている。これほどの大規模な動きを察知されないで居るのは不可能で、当然ティターンズもサイド6に援軍を差し向けていたのだが、主力が展開するルナツーに対してはヘボン少将の第4艦隊が対峙しており、ナウメンコ少将のティターンズ第3艦隊を牽制していた。
 連邦の大艦隊がサイド6を目指して動き出したという情報は既に哨戒部隊からの報告で伝わってきていたのだが、今第3艦隊を動かせばルナツーにヘボンが前進してきて一気に落とされてしまうかもしれない。それを恐れるティターンズ上層部はナウメンコをルナツーに留めていたのだ。
 だが血気盛んなナウメンコはこの消極的な動きに不満を漏らしていて、幾度と無く艦隊の出撃を上層部に進言し続けている。

「目の前の第4艦隊をルナツーの総力を持って撃滅し、サイド6の連邦軍を側面から急襲しましょう!」
「敵艦隊に勝てたとしても、こちらも大きな損害を受けるのは確実なのだぞ。そうすればルナツーが裸になるではないか!」
「サイド6が落ちれば、敵はグリプスを直撃できるようになるのですよ。そうなればルナツーを保持していても無意味でしょう!?」

 ナウメンコは眦を吊り上げて消極的なルナツー司令部に怒鳴っていたが、ルナツー司令部は首を縦には振らなかった。実際問題としてサイド6とルナツーでは軍事上の価値が全く異なる。もしルナツーが陥落すれば、連邦軍はサイド6などとは比較にならない良好な宇宙基地を手に入れることとなり、グリプスはその脅威の前に膝を折るしかなくなるのだから。
 だが第4艦隊を率いていたヘボン少将はルナツーの部隊を引き出したいのか、嫌がらせのような超長距離攻撃を加えだした。ルナツーから反撃を受ける心配の無い距離からミサイルを時折放ち、ルナツーに迎撃させ始めたのである。
 勿論ルナツーの防衛線はこの程度の攻撃で破られるような事は無いのだが、それはただでさえ怒り心頭に達していたナウメンコたちの怒りを更に煽り立てる効果があった。

「くそ、ワイアット提督の腰巾着だった男が舐めた真似を。これだけコケにされても司令部は出撃を許可せんと言うのか!?」
「はあ、それがどうやら、うちの司令部じゃなくてグリプスのバスク中将の意向のようなんです。どうも上の方で連邦への迎撃プランが纏まったようですね」
「迎撃プランが纏まっただと。あのバスク中将とエイノー提督が合意点に達したというのか?」

 あの犬猿の仲の2人の意見が一致するというのは珍しい話であるが、状況を考えれば有り得ないとも言い切れない。幾らなんでも絶対防衛ラインに穴が開く瀬戸際の状況でなお対立を続けるほど無能な筈が無いのだから。
 だが、2人とも守るより攻めるタイプのはずだが、何故出撃を止めるのだろう。まさか2人揃って臆病風に吹かれた訳でもあるまいに。



 ルナツーから敵が出てこない事にヘボンは残念そうな顔をしていた。せっかく挑発を繰り返しているというのに、敵はまるで乗ってくる気配が無い。特に血気盛んなナウメンコが自重しているのは不思議に思えた。

「青二才が、らしくも無く自重しておるようだが?」
「提督、どうやら敵には戦う気が無いようですな」
「ああ、これだけ挑発しても一発も撃ち返して来んところを見ると、そのようだな。正直意外だったが、さてどうしたものかな」

 参謀との話を打ち切ってヘボンは1人考え込んだ。彼がエニーから受け取っていた命令はルナツーの敵艦隊を封じ込める事、可能ならば一戦し、敵戦力の漸減に努めること、というものである。だから別に無理して戦う必要は無いのだが、ヘボンとしてはここでナウメンコを撃破し、功績を立てておきたかったのだ。
 彼としては秋子はともかく、エニーやクライフのような若手の下に置かれたのは正直言って面白くない。確かにファマス戦役で出番がなかった自分が出世せず、出征していた2人が昇進したのは当然の事かもしれないが、それでも忸怩たる思いを抱え込んでいる。また、彼の昇進が止まっている理由の1つとして彼が失脚させられた旧主流派の人間であった事も上げられるだろう。ワイアットやコリニーに仕えていた彼は2人が戦死、あるいは失脚した事で未来も閉ざされてしまったのだ。
 後はこのまま退役するまで飼い殺しと思っていたところにこの戦争が勃発し、一躍正規艦隊の司令官に抜擢される事になった彼はこの幸運を逃すまいと功績を立てる機会を狙っていたのだが、これまで大きな功績を立てる機会にも恵まれず、ティターンズとの小競り合いに終始してきた。だから彼はこの作戦で戦いたがっていたのだが、残念な事に敵は出てきてくれなかった。流石に1個艦隊でルナツーに仕掛けるのは自殺行為なので論外である。
 出てきてくれないなら仕方が無い、また次の機会を待つか。ヘボンは今の機会を諦め、また待つ事にして艦隊を下がらせた。余計な被害を出して水瀬秋子の心象を悪くするのは得策ではないだろうから。
 それに、宇宙軍にはあのコリニー提督が復帰しているので、古巣に戻るという手もある。これまで秋子に仕えてきた繋がりが無駄になってしまうが、復帰したばかりで手駒が乏しいコリニーに取り入るほうが出世コース戻る近道かもしれないのだから。




 ルナツー方面の押さえが成功している間にエニー率いるサイド6攻略艦隊はサイド6に迫っていた。前衛を勤めるオスマイヤーの第6艦隊は既にサイド6正面に敷設されている機雷の排除を始めていて、進路上に時折爆発の光が輝いている。

「機雷で時間稼ぎか、意味あるのかしら?」
「迎撃の準備の為、ではないでしょうか?」
「これだけの大部隊が作戦の為にサイド5に集まってたのよ、ばれない訳無いでしょう。もし気付いてなかったらティターンズは底抜けの無能集団って事になるわ」
「ですが、時間稼ぎ以外に機雷を敷設する理由があるでしょうか?」

 そう問われるとエニーとしても困ってしまう。確かに時間を稼ぐ理由は自分たちを迎え撃つ準備以外には無い筈なのだが、ルナツーからの増援は無いのだから多少の努力など何の意味もない事は分かっている筈なのだが。

「グリプスからの増援はどの程度入っているの?」
「グリプスからはエイノー提督の指揮する艦隊が出撃していますが、その所在は未だに不明です。それと作戦が始まる少し前から多数の輸送艦がサイド6とグリプスの間を往復しています」
「それは聞いてるわ。輸送艦が大量の物資をサイド6に運び込んでると考えていたけど、敵はサイド6で決戦を挑んでくるつもりなのかしらね」

 大量の輸送艦と時間稼ぎとしか思えない機雷。これを考えれば敵はサイド6で万全の準備を整えて待ち構えていると見るべきだろうが、敵はまさか1年戦争の時のようにサイドそのものを戦場にするつもりなのだろうか。コロニーを盾にされれば自分たちは迂闊に撃てなくなり、著しい不利を強いられるのは確実なのだから。こちらも残敵掃討戦でコロニーを戦場にする覚悟はしていたが、サイドそのものを戦場とするような戦いは考えていなかった。
 既にティターンズは撤退が済んでいたとはいえ、サイド1を戦場にした過去もある。ジャミトフがそんな非道な作戦を認めるとは思えないが、状況的に止むを得ないと苦渋の決断をしたかもしれないし、そうでなくともバスクが独断で実行に移す可能性は十分にあるのだから。

「コロニー内戦闘を覚悟しなくちゃいけないかもね」
「準備はしてありますが、10億人の命を危険に晒す戦いですか。出鱈目すぎてピンときませんよ。ジオンの連中もこんな感じだったんでしょうか」
「そうね、私も正直実感が湧かないわ」

 1度の戦いで10億人が死ぬかもしれない戦闘、そのような戦いは過去に一度しか起きていない。1年戦争の序盤戦であった1週間戦争である。この戦いでジオンは50億以上の人間を抹殺し、地球に回復困難な打撃を与えている。あの惨劇を自分の手で再現するかもしれないなどと、これまで考えた事も無かった。

 だが、今更引く訳にもいかない。サイド6を盾にするのが有効だと思わせるわけにもいかないのだ。ラーカイラムのオスマイヤーから機雷の処理完了の知らせを受けた彼女は、サイド6攻略部隊指揮官のダニガン中将に攻撃開始を命令した。




 エニーの許可を受けたダニガンはしばしの逡巡の後、全軍に前進を命じた。それを受けてオスマイヤーの第6艦隊を主力とする前衛艦隊が進軍を再開し、揚陸船団を護衛する斉藤艦隊がそれに続く。遊撃の位置にはロンド・ベル隊と任務部隊4つが展開し、周辺を守っていた。この前衛艦隊だけでもティターンズの主力艦隊を相手に出来る戦力であるが、まだ後方にはエニーの第3艦隊と支援艦隊2つが待機している。数で考えれば負けるはずが無いだろう。仮にエイノー艦隊が出現したとしても、十分に迎撃出来る筈だ。
 だからエニーは負けることは考えていなかった。彼女の興味は何時、何処で敵が出てくるかだけだ。サイド6に入る前に敵の大規模な抵抗があると考えていたが、敵が最初からサイド6に立て篭もっての戦いを仕掛けてくるというのは困った事態ではあるが、そっちがその気ならこちらも覚悟を決めるのみ。

 サイド6に向けて進軍を続けていた第6艦隊は、サイド6から20隻ほどの艦隊が出てくるのを確認した。

「敵艦隊が出てきました。アクアプラス級1、マゼラン級3、サラミス級16です。駆逐艦の姿は確認できません」
「ふむ、コロニー配備のMSや戦闘機があれば駆逐艦の支援は不要ということか。戦艦と巡洋艦の数だけみればこちらとさほど変わらない規模だな」

 宇宙駆逐艦は突撃艇を大型化する方向で発展した兵器なので、基本的に接近戦を想定されている。艦隊砲戦の主役は戦艦であり巡洋艦だ。だから艦隊砲戦ではティターンズ側も引けをとっていないと言えるのだが、出てきた艦艇を見る限りティターンズでは無さそうであった。
 アクアプラス級が居るのだから、あれはリーフ艦隊なのだろう。リーフが最初から真っ向勝負を挑んでくるのは珍しい事態であるが、オスマイヤーとしてはティターンズよりずっと戦い易い相手に思えた。装備は立派でも所詮は民間の武装組織、本気を出した軍隊の相手が務まると思っているのだろうか。

「このまま艦砲射撃で敵を撃ち崩す。素人とプロの差を奴らに思い知らせてやれ!」
「提督、MSはどうなさいます?」
「まだ待機させておけ、距離が詰まったら出撃させる」

 各艦の艦載機と後方の空母に待機しているMS隊はそのまま待機を命じられ、戦艦と巡洋艦が前に出て艦隊砲戦を挑む。それに対してリーフ艦隊が先に砲門を開き、メガ粒子ビームが艦の周囲を貫いていく。だが距離が少し遠く、直撃は出なかった。 
 超長距離砲撃は今の時代では効果的ではない、そんな事も分からないのかとオスマイヤーは嘲笑を浮かべたが、予定していた砲戦距離に近付くと砲門を開かせた。連邦艦隊からメガ粒子ビームが放たれ、リーフ艦隊最前列に居る4隻のサラミスへと集約していく。砲撃を集中されたサラミスは防御スクリーンの燐光に包まれ、必死にこの猛威にあがらってみせ、何とか初弾は防ぎきって見せた。だがそれで強磁性体が破損しスクリーン強度が著しく低下してしまう。
 防御力を失ったサラミスが後退して無傷な艦が前に出てくるが、リーフ艦隊の不利は明らかであった。そもそも艦の第6艦隊は最新ラーカイラムと砲戦型マゼラン、それに同じく新鋭のクラップと砲戦型サラミスで編成されている。母艦型に改装されたマゼランとサラミスで編成されているリーフ艦隊が砲戦で勝負できる筈も無かった。
 撃ち崩され、サイド6方面に後退していくリーフ艦隊。その脆さに所詮は民間警備部隊かと苦笑を浮かべてオスマイヤーは艦隊を前進させたが、目の前の敵以上に憂慮するべき脅威が出現したとカノンから連絡がもたらされた。

「提督、カノンから通信です。第4任務部隊が新手のティターンズ艦隊と交戦状態に入ったと。敵艦隊の数は50隻前後との事です」
「例の出撃したというティターンズ艦隊か。そっちが迎撃の本命か?」
「数から言えばそうかもしれませんな、第4任務部隊は大丈夫でしょうか」
「勝ち目の無い戦いを強要するようなレイナルド提督じゃないだろう、心配するな。それより、こちらへの指示は来たか?」
「いえ、何も無いようです。これは我々は予定通りサイド6へ向かえということでしょうか?」
「そういう事だな、艦隊はこのまま前進、天野中佐に出番が来たと伝えろ」

 サイド6攻略作戦の主役は戦艦ではなくMSだ。ここから先は天野たちが中心となって敵機の掃討に当たってもらわなくてはならない。
 ラーカイラムの格納庫で命令を受けた天野は何だか渋い顔をしてそれを受け取った。

「中佐、ですか。やはりどうにも違和感が拭えませんね。私にはまだ大尉で十分でしょうに」
「溜息ついてると余計に幸せが逃げますよ中佐。まあ、相沢少佐に目を付けられたのが運の尽きって事ですね」
「へープナー大尉、一言多いですよ。貴方も少佐の悪い癖が移りましたか?」
「ああ、これは失礼しました」

 天野に睨まれたヘープナーは大げさに首を竦めてみせて逃げていく。背の低い、華奢な体躯の女性士官に大きな体のヘープナーが凄まれているのは傍から見ると滑稽であるが、ここに居るベテランパイロットたちはそれを愉快そうに笑う事はあっても、嘲るような事は無かった。クリスタル・スノーを付けるパイロットたちですら黙って従うほどの実力を彼女が持っていることを誰もが理解しているからだ。
 だが、明るい笑い声の中で天野はますます立腹したようで、全員にさっさと機体に乗り込むよう大声で命令した。それを受けてパイロットたちが慌てて自分の機体へと向かい、天野は困ったものだと言いながら自分のゼク・アインへと向かっていく。これが天野大隊の何時もの出撃風景であった。


 サイド6に向かった天野たちはサイド6宙域に入る前にティターンズとリーフの苛烈な反撃を受けた。バーザムやマラサイ、スティンガーといった見慣れたMSが4機、5機程度の編隊を組んでこちらに向かってきているのが後方の艦隊から伝えられ、こちらも対MS戦の陣形に組み替える。

「グーファーの反応は?」
「今のところ、それらしき反応はありません」
「おかしいですね、グーファーでなければ不利を強いられる事は分かっている筈ですが?」

 元々バーザムはゼク・アインに対してやや不利なのだ。性能では引けを取ってないし生産性も悪くなく汎用性も高い優れたMSだが、とにかく操縦性に難があって扱い難いという欠点は未だに改善されていない。だからベテランが乗っているバーザムは恐ろしい相手であるが、戦いが始まって随分たつこの時期にそれほど沢山のベテランが揃う筈は無い。あのバーザムの中の何割かは大して経験も積んでいないパイロットが乗っているはずだ。
 何故あんな中途半端な戦力なのか、天野は敵は何を考えているのだろうかと思案を巡らせようとしたが、そんな時間を敵は与えてくれなかった。

「大尉、敵機が大きく散会しました!」
「くっ、私たちを抜けて艦隊に取り付くつもりですか。させませんよ!」

 編隊ごとに大きく散会した敵に対して天野も部隊を分けて対応するしかなかった。ただこちらの方が数は多く、自分たちが突破されてもまだ後方には第2波以降の部隊と直援機があるので抜かれても慌てる事は無い。
 ティターンズ、リーフのMS隊は最初の反交戦の後、そのまま錬度で遥かに勝る天野大隊に引きずり込まれるように乱戦に持ち込まれてしまい、多くがそこで足を止められてしまう。僅かに突破した少数の機が艦隊を目指したが、彼らもまた迎撃を受けて辿り着くことは出来なかった。
 双方のMS同士の戦いは激しかったが、短時間で数で圧倒する連邦側の勝利に終わり、ティターンズ、リーフの残存機は追い散らされるようにしてサイド6方面に逃げていく。そして艦隊も同様に撤退を開始し、サイド6方向に退いていくのが確認できた。

「敵が退きますが、どうしますか中佐?」
「もちろん、追撃しますよ。各中隊は損害を報告しなさい」

 天野は各部隊を纏めて撤退したティターンズの追撃に入った。それは当初から予定されていた行動だったので別に問題は無かったが、後方から見ていたオスマイヤーには余りにも脆すぎるように見えた。サイド6にはティターンズの大部隊が置かれて鉄壁の守りを固めていると聞かされていたのに、出てきたのは機雷の他には中途半端な数の艦隊とMS部隊だけ。幾らなんでも少なすぎる。


 オスマイヤーの不安を他所にMS隊はサイド6宙域に侵入していったのだが、そこで彼女たちは意外な事態に直面する事になる。天野大隊を含む3個MS大隊が慎重にサイド6に進んでいったのだが、彼らは何時までたっても迎撃を受ける事も無く、そのままサイド6のコロニー周辺に辿り着いてしまった。

「どういう事でしょうね、これは?」
「敵機の姿が無い、ですね。迎撃も」

 第2中隊を預かるヘープナーが天野の問いに困惑気味に答える。どういう訳か分からないが、サイド6にはティターンズやリーフのMSも艦艇も見られないのだから。
 天野はMS隊を各コロニーの偵察に向かわせて情報を集める事にしたのだが、集められた報告はいずれも予想していなかったものであった。サイド6内にはティターンズやリーフの姿は見られない。ただし軍施設や来栖川関係の施設は軒並み破壊されていて、宇宙港もキッチリ爆破されてすぐには使えなくされている。
 これが何を示しているかは考えるまでも無い。ティターンズはサイド6を完全に放棄して撤退したのだ。天野は釈然としない物を感じながらも集めた情報を全てラーカイラムへと送り、オスマイヤーにこれからどうするかの判断を委ねた。
 報告を受けたオスマイヤーはどういうことだと不審に思い、とりあえず艦隊を前進させずに揚陸艇に乗せた陸戦隊をコロニーに送り込んで調査させる事にした。どう考えても罠としか思えないからだ。
 その陸戦隊からもティターンズの迎撃はないという報告が届き、そしてサイド6市長からティターンズが少し前からサイド6から撤退を始めていたという証言が得られて、ティターンズが本当にサイド6から撤退した事が判明した。


 この報告を受けたエニーは拍子抜けした顔でオスマイヤーの報告を受けていたが、とりあえずオスマイヤーにサイド6への進駐と残兵の捜索を命じ、自らは艦隊を纏めてエイノー艦隊の迎撃に向かう事にした。すでにダニガンがこれと戦っているが、やや劣勢を強いられているからそちらを支援しなくてはいけない。

「敵が居なかった、か。まあ市街戦しなくて済んだのは助かるんだけど、何だか釈然としないわね。最初迎撃に出てきたのは最後の撤収の為の時間稼ぎって訳?」
「無血開城は喜ばしい事と思いたいのですが、重要な戦略上の要所を戦わずに明け渡すというのも不自然な話ですな」
「ええ、でも行かない訳にもいかないのよね。サイド6を制圧して拠点化しないといけないし、今後の運営もあるからね」
「まあそちらはジャブローから来る連中の仕事でしょう。我々は制圧だけ考えるべきかと」

 参謀の進言にエニーは納得したように頷き、第3艦隊から半数に及ぶ30隻を割いてダニガンの応援に向かわせる事にした。敵の思惑が何であるにせよ、せっかく出てきたエイノー艦隊を無傷で帰す事は無い。ここで可能な限りのダメージを与えておけば次に来るルナツーなりグリプスなりへの侵攻が楽になるのだから。出来ればエイノーを仕留めてもらいたいところだが、それは流石に望みすぎというものだろう。




 ティターンズがサイド6を放棄したという知らせはすぐにサイド5に居る秋子の元にも届き、秋子はなんとも渋い顔をしてその報告を受け取っていた。レーザー回線を開いて秋子にそれを伝えたエニーは、やはり気に食わない様子ねと秋子の表情を見て笑っている。

「やっぱり、放棄したとは思ってないのね?」
「負ける、とは思いません。ですが楽に勝てるとも思っていませんでした。少なくともまともに一戦もせずに手を引くとは想像もしていませんでしたね」
「ふうん、それじゃあどうして撤退したのか、水瀬司令長官のお考えを是非聞きたいものね」
「嫌味な言い方ねエニー。ティターンズの狙いは多分、私たちの補給戦の破壊でしょうね。ファマス戦役の際に私たちがやったような」
「ふん、あんたもそう思うのね。敵は物資を残らず引き揚げて、ご丁寧に生産設備や宇宙港施設まで破壊していってくれてるわ」

 ファマス戦役の際に連邦軍は地球圏に侵攻してきたファマス軍に対して徹底した補給戦寸断作戦を実施し、ファマス軍を衰弱死寸前にまで追い込んで撤退させた事がある。あの作戦の再現をティターンズは狙っているのだろうか。
 だが、この手の作戦を考え付くのはバスクやエイノーのような血気盛んなタイプの指揮官には出来ない。アーカットのような知将型の指揮官の仕事の筈だ。彼らを黙らせ、更にサイド6に支社を有していた来栖川も従わせてこの作戦を実行させたのは、おそらくジャミトフ本人だろう。
 適当に戦って撤退したのも最後の撤収部隊の為の時間稼ぎと、戦力の温存の為だったのだろう。サイド6には相当な数の諜報員が潜んで今もティターンズに情報を送っている筈だ。
 そして自分たちはサイド6のインフラが再建されるまでの間、10億人の生活を当面支えるだけの物資を送り続けなければならない。連邦政府には彼らの生活を保障してやる義務があるのだから。

 だが、保証してやるのは勝手だがそれを実行するには凄まじい困難が伴う。まあ10億人分の物資を集めるのは何とかなるかもしれない。元々サイド5にはこの作戦の為に当面の生活を支えられる程度の備蓄が用意されており、その輸送計画もあったからだ。だがそれはサイド6のインフラや物資を使える事が前提の作戦で、焦土作戦をとられた場合を想定しての量ではない。サイド6の市民を支えるには地球から更に大量の物資を回してもらわなくてはいけないだろう。はっきり言って気が遠くなるような話だ。

「この話を通したら、ジャブローの担当者が泡吹いて倒れるかもしれませんね」
「輸送計画を立てる兵站部も大変だけど、物資を集めてこなくちゃならない政府の官僚連中もたまったものじゃないでしょうね。別に余ってる訳じゃないでしょうし」
「欧州や東南アジアはかなり酷い状態で、今現在復興中という事ですからね。でもとりあえず食料だけは送ってもらわないと」
「サイド5にある農耕コロニーからの収穫じゃ賄えないの?」
「流石にすぐに収穫出来るというものではないですよ」

 無茶言うなと秋子は苦笑いを浮かべたが、そんな物を当てにしなくてはいけないほどに今回の件は厄介であった。全く、ティターンズも面倒な事をしてくれたものだ。
 そして秋子達の予想した通り、この事態を聞かされたジャブローは上から下までの大騒ぎとなり、兵站部は悲鳴を上げる事となる。




後書き

ジム改 ティターンズは対決を避けました。
栞   決意ってサイド6を放棄する事だったんですか!?
ジム改 いや、最初は総力戦にしようかとも思っていたのだよ。
栞   何で止めたんです?
ジム改 ジャミトフの言うとおり、どう考えてもティターンズが負けるから。
栞   何しても勝ち目がないって所まで追い込まれたんですか。
ジム改 現在で言えば準備万端整えて襲ってくる米軍を食い止めるようなものだし。
栞   降伏考えたほうが早くありません?
ジム改 降伏したら許してもらえると思う?
栞   無理ですよねえ、身内の裏切り者ですから最初から敵だったジオンより性質が悪そうです。
ジム改 そういう事、だからティターンズは戦うしかないのだよ。
栞   投げた賽は振り直せないんですね。