第106章 T2船団の惨劇


 

 それは、連邦軍が2度目の船団を送り出した時に起きた。最初の船団が想像していたよりも大きな被害を出した為、今度は護衛を本格的に強化して送り出した。今回は敵のアレキサンドリア級やドゴス・ギア級の出現に対処する事も考えて旧式戦艦が4隻も同行し、守りを固めている。サラミスの数も増やされ、MAとの交戦に備えてフォレスタル級警戒空母も2隻投入されているという豪華さだ。
 更に前衛部隊として足が長く、高速で戦場に駆けつけられる高い巡航性能を持つアキレウス級巡洋戦艦とリアンダー級巡洋艦で構成された部隊を2つ追加し、敵の出現に備えた。これは宇宙艦隊に残されている予備部隊にかなりの負担をかける供出であったが、サイド6まで輸送船を確実に送り届ける為にはやむを得ない。

 輸送船団の総指揮はフェルディナン・フォッシュ少将が任命され、第1次船団より遥かに強化された護衛に守られながらサイド6目指して出航していった。輸送船と合わせた総数は100隻以上に達する大船団である。
 当然ながらこの第2次船団、符丁T2船団の出航はすぐにティターンズ側に察知されたが、その護衛の多さには流石のバスクも攻撃命令を躊躇わされた。どう考えてもちょっとやそっとの攻撃で抜けられる数ではない。
 だが船団を無傷で通すわけにはいかない。足手纏いを抱えて全力で戦えない連邦軍を各個撃破していくというのが今回の焦土作戦の肝なのだ。多少数が多いからといって諦めるわけにはいかない。それに、この船団を叩けば連邦軍は輸送艦と護衛につけてやる艦艇のやり繰りが出来なくなるだろうという狙いもあった。そうすれば他の戦線から艦を引き抜くか、少ない護衛で輸送を継続するかの2択を迫られる。ここは多少無理をしてでも戦うべきだろう。

「来栖川の連中にも出撃を命じろ。出撃させてある全遊撃部隊にも攻撃命令を出せ。温存していた新型機も投入して構わん、この船団を血祭りに上げるのだ!」

 このバスクの命令にグリプスの司令部は騒然となった。ティターンズは来るべき連邦との決戦に備えて新型機の開発を進め、幾つかを既に量産化して配備を進めていた。それをバスクは輸送船団への攻撃に投入しろと言い出したのだ。
 虎の子、切り札とも言えるこれらの新型の投入には幕僚たちから反対意見が出されたのだが、バスクはそれを聞き入れなかった。ジャミトフの出したこの消極的な作戦への不満と、この作戦の効果への理解が重なって彼は全力を叩き込むように命じていたのだ。
 各所に潜伏して次の獲物を待っていた遊撃部隊は、このバスクの命令に驚いていた。まさかこんなに早く切り札を切るとは予想もしていなかったのだろう。それは暇を持て余して遊撃部隊に参加していたシロッコも同じで、バスクの思い切りの良い命令に驚きを隠せないでいた。

「まさかあのバスク中将がこんな命令を出してくるとはな。単なる戦争屋だと思っていたが、意外にあの禿頭の中身は考えるという事が出来たらしい」
「パプテマス様、余りそういう事を仰らない方がよろしいかと」
「ふふふ、サラは心配性だな。これでも褒めているつもりなのだがね」
「私には貶しているようにしか聞こえませんでしたが」
「そうか、私の悪い癖だな。少し自重するとしようか」

 含み笑いを零してシロッコはサラとの話を打ち切り、艦長にロンバルディアを前に出すように命じた。バスクの許可が出た以上大人しくしている事は無い、派手に暴れさせてもらおうというのだ。

「せっかくの機会だ、私もタイタニアの実戦テストをさせてもらうとしようか。サラ、お前はポリノーク・サマーンで周辺の敵部隊の位置を探れ。手近な部隊を我々で叩くぞ」
「ですが、船団が通るには、まだ早いのではありませんか。前衛部隊が来るのももう少し先だと思うのですが?」
「いや、前回あれだけ叩かれたのだ。同じ失敗を無策に繰り返すほど連邦は無能ではあるまい。前衛部隊のさらに前方に複数の警戒部隊が広域展開してこちらの位置を探っている筈だ。我々はまずそれを叩き、奴らの後方に回り込む。ああ、ついでに適当な連中に声をかけておいてくれ」

 ロンバルディアはサラミス2隻を伴って連絡された連邦船団へと向かっていった。このとき既に周辺のティターンズが船団に五月雨式に襲い掛かって波状攻撃を開始していたのだが、前回よりも一段と強化された護衛部隊と充実した迎撃MS、戦闘機部隊に阻まれて容易に船団に取り付けなくなっていた。

 今回はそれが来る事を想定して最初から準備をしていたのだろう、苦労して迎撃を突破したガブスレイにまた新たなMS隊が襲い掛かり、遂に狙われたガブスレイはMS形態をとって対MS戦に移行させられてしまう。こうなればしめた物で、後は数で押し潰してしまえば良い。
 他にもハンムラビやメッサーラが突入してきていたが、迎撃を全て抜けてこれる機体は少なかった。僅かに突破した機体に対しては、船団周辺に配置されている戦艦や巡洋艦が対空砲火で弾幕を張り巡らせてくる。どうやら船団の傍の巡洋艦は防空型のサラミスのようで、船体そのものが真っ赤になっているような錯覚をしてしまうような銃撃を加えてきている。
 あんな所に飛び込んだらひとたまりも無い、そんな恐怖に囚われたパイロットたちが遠くから及び腰でミサイルを発射して退避に入ってしまうが、そんな距離から少数のミサイルを放っても容易く迎撃されてしまい、効果は無かった。


 ミノフスキー粒子が登場した初めての戦争であった1年戦争では対応が間に合わず、ミサイルはロケットと変わらない無誘導兵器に近かった。だが戦後は対応が進み、艦載の大型ミサイルなら多少の改善が見られるようになっている。だがそれは艦載ミサイルの話で、MSや戦闘機の使うミサイルは依然として近距離でないとアテに出来ない。
 だから対艦攻撃機は重いミサイルを抱えて西暦時代の雷撃機のような突撃をしなくてはならないし、MSは対MS戦用にミサイルではなく近距離専用に限定して威力の大きいグレネードなどを使用するようになっている。また、有線誘導型も広く使われていた。


 しかし、迎撃ミサイルにも対空砲火にも臆せず突っ込んできた数機のガブスレイの砲撃を受けて護衛についていたフリゲート2隻が完全破壊され、、サラミスも2隻が中破と呼べ損害を出した。
だが被害は護衛艦に留まり、ティターンズが狙っていた輸送船への被害は皆無だった。それどころかこの最初の襲撃でティターンズは5機のガブスレイと1機のメッサーラを失っていて、ティターンズとしては全く割に合わない取引となっている。
最初の襲撃を元にとりあえず迎撃のプランを練り直した連邦軍であったが、それはそれなりに有効であったらしい。前回に比べて被害が驚くほど減っているのだから。
 撤退していくティターンズ部隊に送り狼を出してフォッシュ少将は中破したサラミスに駆逐艦を付けてサイド5に後送し、船団を組みなおしてサイド6に向かった。この様子なら今回は無事にサイド6に到着できるのではないか、そんな期待を抱かせる幸先の良さであった。
 しかし、そんな彼の期待は脆くも打ち砕かれる事になる。2度目の襲撃も跳ね除けた船団の前に、リーフのグエンディーナが姿を現したのだ。





 グエンディーナの艦橋にはリーフの指揮官である藤田浩之の姿もある。彼は目の前の連邦の大船団の姿に最初息を呑んだが、すぐにそれを振り払って虚勢を張る。指揮官が動揺を表に出す事は許されないのだ。

「こいつは、獲物に困らないな。委員長、準備は出来てるか?」
「サイコガンダムもスティンガーもOKやけど、本当にあれに手を出すんかいな?」
「会長の決定だからな、俺たちは従うだけさ」
「綾香の奴が文句言いに行っとるんやろ、それ終わるまで待っても良かったんと違うか?」
「委員長、その辺にしとけよ。先輩だって何も考えてない訳じゃないんだからさ」

 来栖川の中ではサイド6放棄を決定した芹香に対する不満がくすぶっている。サイド6での決戦を望んでいた者、連邦との妥協を考える者などさまざまではあったが、芹香の方針に異議を唱える者たちが来栖川の中に増えてきている。その裏には1年たっても終わりが見えない戦いへの苛立ちや焦りがある。リーフもそうだ。彼らは軍事組織ではあるが、軍隊ではない。その規律は軍に比べれば緩く、兵士たちにはこのような長期戦を戦うような覚悟は無かった。
 そして彼らの不満の根底にあるのは、ティターンズと組むという選択をした芹香の判断に対する反感であった。会長がティターンズと組まなければ、俺たちは連邦側で楽が出来ていたんだと。つい1年前はティターンズの優勢に後押しされて誰もが戦勝に酔い、喝采を上げていたというのに、だ。
 隣で不満を漏らしている委員長もそんな1人だった。気持ちは分からないではないが、反対するならば何故1年前にしなかったのだ。

 そんな苛立ちを抱えながらも浩之は仕事に意識を移した。格納庫のサイコガンダム部隊の指揮官を呼び出し、この作戦の目的を改めて伝達する為だ。

「柳川さん、待ちに待った出番だぜ」
「ああ、待たされたよ司令官殿。しかし良いのか、完成したばかりのアトラス6機を一度に投入してしまって。失敗すれば全て失ってしまうぞ?」
「何だよ、随分と気弱だな。負けるつもりだったの?」

 柳川の心配を浩之は悪そうな笑みを浮かべて笑い飛ばす。こういう時の浩之の顔は悪人面もあって極悪人に見えるので、周囲の部下たちが少し引いてしまっていた。そして柳川は浩之の問いに舌打ちし、肉食獣の笑みを顔に浮かべた。

「勘違いするな、俺が心配しているのは帰る艦が無くなっているのではないかという事だ」
「それこそ無用の心配だと思うぜ」

 それこそ無用の心配だと思ったが、言い返す前にいきなり艦が振動し、そんな暇は無くなってしまった。

「どうした!?」
「敵艦隊からの艦砲射撃です、この距離で当ててきました!」
「防御スクリーンは正常に作動中、被害はありません!」
「ちっ、良い腕してやがるな。こっちも応戦しろ、MS隊は?」
「サイコガンダム、スティンガー共に出せます!」
「よし、派手にやるとするか!」

 浩之は全艦に艦載機の出撃を命じ、出撃後は横一文字隊形をとるように命じる。艦隊砲戦を挑むつもりなのだ。
 浩之の命令を受けてグエンディーナとサラミスからスティンガーが出撃していく。そしてグエンディーナから一際巨大なMS、量産型サイコガンダムが出撃を開始した。愛称はアトラスとされているが、まだ定着しているとは言い難くサイコガンダムと呼ぶ者の方が多い。
 アナハイムからの技術者と技術資料の接収によってジェネレーターの小型化に成功し、27m程度と試作機の設計より一回りほど小型化されており、絶大な火力を誇っている。また鈍い運動性を補う為に全身に対ビームコーティングが施されていて、防御力も高かった。
 このアトラスの出現は迎撃に出てきた連邦MS隊に動揺を誘った。サイコガンダムの情報は連邦軍内に広く知れ渡っており、一目でその系統の機体だと分かるアトラスの姿はジムVやゼク・アインでは歯が立たない化け物だと教えてくれている。動きが乱れた敵機の様子に柳川は仕方が無いかと一抹の同情を覚えたが、攻撃の手を緩めようとは思わなかった。近くにいたゼク・アイン隊を狙って胸部の3連拡散メガ粒子砲を放ち、一瞬で3機のゼク・アインを仕留めてた。

「さあ、久しぶりに狩りを楽しむとするか。せいぜい頑張れよ貴様ら!」

 ほとんど移動砲台であったが、高い防御力と圧倒的な火力、そしてサイコミュ兵器を併せ持ち、そこそこの機動性を持つ量産型サイコガンダム、アトラスはティターンズが始めて完成させた第4世代MSである。その製造コストは凄まじい物であったが、ネオジオンのゲーマルクと並ぶこの時代最強最悪の機体の1つである事は間違いなかった。
 そんなものに対して最近では性能不足が指摘されがちのジムVでは話にもならず、ゼク・アインのマシンガンもサイコガンダム系の過剰な重装甲の前にはどうにも威力不足のようで致命傷を与えられないでいる。
 これまでもジムVやゼク・アインの火器が敵MSの防御力の向上について行けなくなっているという指摘は現場から出ていたのだが、それに対する対策はどうにも後手後手に回っているのが連邦軍の実情だ。現在の所、確実にサイコガンダム系にダメージを与えられるのはアヴェンジャー攻撃機が運用するスピアフィッシュ対艦ミサイルくらいだ。ビーム兵器で通用するとすればメガバズーカランチャーくらいだろうか。
 アトラスは試作型のようなIフィールドバリアを装備していないので防御力は劣る筈であるが、それでもジムVの旧型のビームライフルでは手に余る相手だ。その戦闘中、柳川のアトラスは20以上の直撃を受けていたが、損傷こそ受けたものの致命傷を負う事はなく無事に生還している。
 


 化け物が出た、という知らせはすぐに船団司令部のフォッシュ少将の元にも届き、彼は仰天して椅子から飛び上がってしまった。浮き上がった後慌てて天井を蹴って床に戻り、どういう事かを問う。

「どういう事だ、今度は何が出てきた、例のジ・Oか、それとも新型のMAか!?」
「新型のMAが正しいかもしれませんね。どうやらサイコガンダムの量産型のようです。数は6機」

 参謀が送られてきたデータを表示させ、アトラスの姿をフォッシュに見せる。それはさながら小型化されたサイコガンダムmk−Uか、はたまた大型化されたガンダムmk−Xかという代物で、全身に装備されたビーム砲に物を言わせて周囲のMSを近寄らせないでいた。

「今はどうなっている?」
「前衛部隊がこれを食い止めようと戦力を集めていますが、難しそうです。周辺を固めている護衛部隊を前衛の後ろに移動させて2線を形成させた方がよろしいかと」
「それでは、敵の増援にどう対処する?」

 護衛は無限ではない。前衛部隊が危ないのは分かるが、周辺の部隊まで動かしたら船団を守るのは直衛艦隊だけとなってしまう。そうなったら船団は裸と同じになってしまうではないか。
 この問題に対して参謀たちは答える術を持たなかった。そもそも今回の護衛は前回レベルの脅威に対処できる程度の戦力で、前回を超える脅威に対してはどうしても不利になってしまう。この状況は護衛部隊は明らかに力不足であった。
 このままでは船団に取り付かれ、大きな被害を出してしまう。ランベルツ中将からできるだけ輸送船の喪失は避けてくれと命じられていたフォッシュは暫く悩みに悩んだが、前衛部隊のサラミスが沈んだという知らせを受けて遂に決断を下した。

「参謀長、現在の船団の位置は?」
「は、サイド6までの中間宙域よりサイド5寄りの位置、行程の4割辺りといったところです」
「よし、船団を反転させろ、サイド5に戻る」
「か、閣下、それは!?」

 艦隊司令部の許可なしに作戦を中止して良いのか、参謀たちはそう言って反対したが、フォッシュはランベルツ中将から無理をするなと言われていると言って反対を押し切った。そして通信参謀にフォスターUに船団を戻す事にした旨を伝えるように命じ、急いで船団をサイド5に向けて引き返させた。
 だがこれだけの規模の船団を短時間で針路変更させるのは楽ではない。航法参謀以下航法士官たちが必死に計算を重ね、各艦の軌道計算を行う必要が出てくる。それぞれに勝手に動くと陣形がバラバラになったり最悪衝突する船が出るからだ。

 ただ、その間に前衛が突破されてはかえって犠牲が増えるので、フォッシュは本隊の直衛として待機させていた切り札を投入することにした。ランベルツたちは護衛の強化の為に優秀なパイロットや高性能な機材を集めようとしていたが、それはすぐに揃う物ではない。だからとりあえずという事で第1艦隊から虎の子の七瀬大尉率いるサイレンを回して貰っていたのだ。




 大船団が苦労しながらどうにか回頭を完了して進路をサイド5に向けた頃には前衛艦隊の被害はかなり拡大していたが、まだ突破を許してはいなかった。途中から加わったサイレン隊もあってどうにかアトラスの群れを支えている。
 引き返すのは残念だが、船と物資があればまた来る事が出来る。そう自分に言い聞かせてフォッシュは船団をサイド5に戻そうとしたのだが、そこに遂に恐れていた物が来た。周辺を警戒していた部隊からティターンズの艦が姿を現したという知らせが入ったのだ。こちらが転進したのを見て向こうから出てきたのだろう。
 これに対してフォッシュは遂に直衛艦隊を差し向けて迎撃を命じた。ここからサイド5までのこう路上には敵は居ない筈なのだから、あの追撃部隊を振り切れれば逃げ切る事が出来るという目論見を持っていたのだが、そんな彼の予想はすぐに裏切られる事になる。自分たちの進路を塞ぐかのように新たな敵艦隊が姿を現したのだ。

「新たな艦影3を確認、ロンバルディア級1とサラミス級2です!」
「ロンバルディア級だと、ティターンズの最新鋭の重巡じゃないか!」

 ロンバルディア級はアレキサンドリア級の拡大発展型で、MS搭載能力と艦隊指揮能力を強化された旗艦用重巡洋艦だ。だがその1番艦はシロッコに譲られ、木星師団の旗艦として使われることが多い。
 今回もその木星師団が10時方向に出現し、船団の進路を塞ごうとしていたのだ。だがたったの3隻、フォッシュはこれを蹴散らして突破する事にし、残されている戦闘艦にあの部隊を叩き潰すことを命じた。

「敵は少ない、このまま突破だ。参謀長、付近に味方は!?」
「救援要請は出していますが、いまだ何処からも。ミノフスキー粒子の濃度も高く、通信が届いていない可能性もあります」
「連絡艇は出しているのか?」
「出してはいますが、未だに何の連絡もありません」

 フォッシュは悔しそうに右拳を左手に打ち付けると、眼前の敵の突破に集中する事にした。援軍のアテがつかないのなら自力で何とかするしかないのだ。幸い、まだMSの数には若干の余裕があるし、戦闘機も残っている。あの程度の数を蹴散らすのは造作も無いだろう。
 だが、事態はすぐにフォッシュの対処能力を超えるほどに動き出した。ロンバルディアに続いて、彼方此方からサラミスやアレキサンドリアが姿を現し、砲撃を加えてきた。駆逐艦の姿が無いのは、やはり航続距離の問題から随伴していないのだろうか。
 これらに対してフォッシュは残っている全ての艦を繰り出して迎撃を命じる。もうここまでくればマゼランも矢面に立つしかなく、4隻のマゼランが接近する敵艦隊に砲撃を浴びせかけた。4隻のマゼランの砲火を集中された不幸なアレキサンドリア級はたちまち全身をメガ粒子ビームに撃ち抜かれ、赤熱化しながら爆散してしまった。



 迎撃に出たゼク・アイン隊48機はティターンズ艦隊から出撃してきたMSと退治するように展開を開始した。敵から出てきたMSは20機、こちらの半数以下でしかない。これならば勝てると指揮官が踏んだのだが、コンピューターが行った機体照合データを確認した彼は、その結果に凍り付いてしまった。

「ジ・Oが8機、だと?」

 勿論それはジ・Oではなくジ・Oに似たMSなのかもしれない。ジ・Oの量産型と思われるMSが出現するかもしれないという情報は連邦軍内にも伝わっていたので、これが出てくることは決しておかしくは無い。だが、おかしくは無いが事態としては最悪だった。今目の前には、最強クラスのMSが8機もいるということになるからだ。他の反応はグーファーなのだが、それがまだマシに思えてくるような相手だと言えるだろう。
 

 ゼク・アイン隊から悲鳴のような通信を受け取ったT2司令部は騒然となった。前から噂はあった、情報部からも警告が来ていた新型機が遂に姿を現したというのだろうか。

「TD11からの報告は確かなのか?」
「間違い無いようです、これまでに確認された敵の新型機のデータが概ねで一致していますから」
「よりにもよって、こんな時にか。七瀬大尉を呼び戻せないのか!?」
「無理です、現在サイコガンダムと交戦中です!」
「閣下、まだサイレンも2機残っておりますし、MS隊ももう1個大隊あります、早々突破されはしません」
「ならいいのだが……」

 これまでの交戦結果を考えると、性能に勝る敵を完全に防ぎきる事は難しい。何機かは迎撃を抜けてくる事を覚悟しなくてはならないだろう。そうなった時、艦隊の対空砲火だけで防ぎきれるだろうか。フォッシュは不安げに戦闘が開始された宙域を見つめていた。
 頼みの綱は七瀬がこちらに残してくれた2人のサイレンメンバー、名倉友里と由衣の姉妹の駆るゼク・ツヴァイであるが、どうなるか。





 逃げていく船団前方で新たな戦闘の光は遠くグエンディーナからでも確認できた。浩之は獲物を横取りされたという不快感に舌打ちをし、どいつが仕掛けたのかを部下に尋ねる。そしてその答えを聞いて浩之の表情は明らかな嫌悪に歪んでしまった。

「木星師団だと、あのいけ好かない気障野郎の部隊かよ。あんな奴の引き立て役なんざ御免だぞ俺は」
「でもこの場合はしゃあないやろ、無傷で返したらバスク中将にどやされるで?」
「くそお、柳川さんたちは何やってんだ?」
「敵の新手に苦戦してるようやな、ゼク・ツヴァイやらmk−Xやらがまとまって出てきたわ。多分あれが噂のサイレンだと思うけど」

 水瀬秋子がファマス戦役の頃に編成したファマスのエース部隊に対するカウンター部隊であったサイレン。それは戦役終結後に解散されたが、この戦争勃発に伴って再建され、必要と判断された戦線に戦力補強や急場凌ぎなどの為に投入されている。ティターンズ方面でもしばしばルナツー戦線や地球周辺にそれと思われる部隊が現れ、しばしば手痛い被害を受けてきた。
 だが、まさかアトラスまで止めるような連中とは。無茶苦茶にも程があるだろう。浩之は顎に手を当ててじっと考え、保科参謀長に今から押し出して船団に追いつけるかと尋ねた。

「委員長、今から前に出て追いつけると思うか?」
「時間制限無しなら、追いつけると思うよ」
「時間制限、ね。連邦の援軍が来ると思うか?」
「そりゃ来るやろ、何時もその辺を沢山うろついとるくらいやし」

 最悪、あの性質の悪い川名隊や斉藤隊が出てくるかもしれない。保科参謀長は暗に撤退を勧め、浩之もそれを拒否する理由はなかった。シロッコが出てこなければもう少し頑張ったかもしれないが、出てきたのだから仕方が無い。
 それに、今相手にしている連邦の前衛艦隊も楽な相手ではない。アトラスの出現に最初こそ混乱していたが、それを立て直すとリアンダー級が高速で有利な位置を取るように動き回り、こちらに砲撃を浴びせてきている。未だに沈んだ船は居なかったが、無傷の船も無い。グエンディーナもミサイル2発の直撃を受け、カタパルトデッキ1つを潰され格納庫にも穴を開けられている。こちらも撃ち返しているのだが操艦でも砲術でも連邦はこちらに勝るようで、どうにも劣勢を強いられている。それが浩之には不甲斐なかったのだが、今更どうしようもない。
 グエンディーナから撤退の信号弾が上げられ、リーフ艦隊は連邦軍との戦闘を打ち切って撤退に入った。既にそれまで交戦していた連邦艦隊は叩きのめしてあり、追撃される心配もない。
 撤退の信号弾を確認した柳川は残念そうであったが、彼は命令にはそれなりに忠実だったので仕方無さそうに部下に撤退を命じた。

「司令官殿が引けと言ってるようだ、貴之、松原、自分の隊を連れて下がれ」
「了解です、柳川さん」
「駄目ですよ大尉、指揮小隊が最後尾なんて!」
「いいから言われた通りにしろ松原。貴之、こいつを引き摺ってさっさと戻れ」

 本当は柳川も退くつもりだったのだが、彼は厄介な奴を相手にしていたので簡単には退けなかった。アトラスより2周りほど小さな重MS、ゼク・ツヴァイが2門のマシンガンを手に自分目掛けて撃ちまくってきている。流石にそうそう装甲を抜かれる事はないが、それでも直撃弾の振動が立て続けに襲ってくるのは気持ちのいいものではない。それに装甲は破られなくても剥きだしの砲門は破壊されてしまうのだ。
 肩アーマーとスカートに乙女と書かれたゼク・ツヴァイ、こんな分かり易いマークを描いているのはサイレンの七瀬くらいだろう。本当は部隊マーク以外のこの手のパーソナルマークは個人を特定されて狙われる元になるので良くないのだが、この時代のパイロットたちは好んで思い思いのマーキングを施していた。まあ中には機体をパーソナルカラーで塗り分けるような連中も居るので、それに比べればマーキングはマシかもしれないが。

「ええい、流石によく動くな。だがその銃ではアトラスは落とせん、どうすつもりだ七瀬大尉?」

 その通りだ、どれだけ撃ちこんでも致命傷を与えられない、という現実は撃たれている柳川よりも撃っている七瀬を追い詰めている。このままでは先に銃が壊れるか弾が尽きるかだ。それにあの小型サイコガンダムは巨体の割には結構よく動き、こちらに度々無駄玉を使わせてくれる。そして反撃に飛んでくる拡散メガ粒子砲は厄介だったし、両手がインコムになっていてこれにもビーム砲が搭載されている。七瀬にmk−Xとの訓練でインコムとの豊富な戦闘経験が無ければ危なかっただろう。
 マシンガンでは致命傷にならない、かといってビームサーベルでの白兵戦に持ち込んでもあのデカブツの持つビームサーベルには敵わない。悔しいがこちらの手持ちの武器ではあれに致命傷を与えるのは困難だと認めざるをえなかった。

「これじゃどうにもならないわね、向こうも退くみたいだし、全機一旦後退、残念だけど手の打ちようがないわ」
「でも、七瀬大尉!」
「いいから一弥とみさおは後退しなさい、中崎君は2人を連れてって。澪は私と一緒に殿!」
「へいへい、分かりました」
「了解なの!」

 他の部隊と呼吸を合わせて七瀬たちも撤退を開始する。悔しいが、今の武装ではこれ以上どうする事も出来ない。向こうが退いてくれるというなら願ったり適ったりだ。だが、この戦いで七瀬はあの小型サイコガンダムの特性に既に気付いていた。その圧倒的な火力から対艦戦や対要塞戦には向くだろうが、その動きの悪さから対MS戦には全く向いていないということに。

「動きは鈍いし、あの巨体じゃ簡単に弾を貰う。あれは攻撃機向きじゃないわね」

 七瀬の見たとおり、アトラスのコンセプトは拠点防衛用の移動砲台だ。元々サイコガンダム系自体がジオンのビグザムの流れを汲むもので、圧倒的な火力で敵を蹴散らす為に作られている。アトラスは試作機よりも小型で機動性は上がっているが、本来の運用はやはりルナツーやグリプス、月面の防衛用だろう。攻撃に使っても今回のようにMSに邪魔されて上手くいかないに違いない。
 それは実際に使った柳川も感じた事で、この巨体ではMSには対応し辛いと感じていた。使うのならアトラスだけではなく、MSの支援を受けながらその圧倒的な火力を生かすという戦い方になるだろう。だが、そこまでしてアトラスを対MS戦に使うメリットがあるとも思えない。

「少々惜しい気もするが、これは艦載機として運用するには向かんな。素直にグーファーを使った方が良さそうだ」

 使った者、戦った者の双方がアトラスに同じ評価を下した。それは珍しい事であったが、それはこの時代を特徴付けるMSの大型化、大火力化という流れに警鐘を鳴らすものであったかもしれない。エゥーゴのZZ、ネオジオンのゲーマルクなどもそうであるが、恐竜的進化を遂げたこれらの第4世代MSは1機で戦場の勝敗の行方すら左右しかねない恐ろしい存在となったのだが、余りにも巨大であったり維持、運用コストが莫大であったりして中々戦場に投入出来ないし、もし撃破されたりしたら補いきれないダメージを蒙るという代物になってしまった。
 連邦がこの手の兵器に手を出そうとしないのはこれらの欠点が治安維持軍としての連邦軍には全く合わないという理由による。1機のゲーマルクやZZより10機のジムVが欲しいというのが連邦軍だからだ。
 だが有事ではそうも言っておられず、間に合わせ的にガンダムmk−Xなどを作って対応してきたのだが、それも限界が見えてきている。そろそろ何とかしないといけないのかもしれない。



 リーフが撤退を開始した。という知らせはすぐにシロッコの元にも届き、シロッコはロンバルディアを呼び出してどれだけ叩いたのかを尋ねた。

「ロンバルディア、どれくらい沈めた?」
「こちらで確認した限りでは21隻に直撃を出し、8隻は完全破壊しています。他にも戦場に突入してきた部隊がありますが、そちらの戦果は不明です」
「なら半数は叩いたか。よし、十分だ。敵の援軍が出てくる前に退くとしよう。そろそろ怖い奴らが出てきそうだからな」
「了解しました、信号弾を上げます」

 通信を打ち切ったシロッコは出していたファンネルを呼び戻した。彼の眼下では1隻のマゼランがタイタニアのファンネルとビームライフルに船体を穴だらけにされ、彼方此方から爆発の光を上げながら漂っている。
 自分に突っかかってくるMSは居ない、どうやらこの場にはあまり強力なMSも優れたパイロットも居なかったようで、先行させたブレッタやグーファー隊相手で大体掃討出来てしまった。
 後は護衛艦を片付けながら輸送船を食っていけば良かった。もっと多くの戦力を持ってきていれば全滅させる事も可能だったろうが、まあそれは望みすぎというものだろう。

「今回は出てこなかったか、出来ればこのタイタニアで君と再戦したかったのだがな、川名みさき」

 自分を幾度となく戦慄させ、その影に怯えさせた最強のシェイドと呼ばれる女。彼女ともう一度戦い、そして勝つ。それが今のシロッコの密かな望みであった。




「間に合わなかったか」

 船団は壊滅状態だ。ノルマンディーの艦橋からその惨状を目の当たりにした斉藤は、あまりの被害の大きさに愕然としてしまっていた。T2船団からの救援要請を受けて急いで駆けつけたのだが、僅か1時間の間に船団は壊滅させられてしまったらしい。ここに来る途中で逃げていくティターンズのサラミスを発見したので行きがけの駄賃とばかりに撃沈しておいたが、そんな戦果など何の意味も無い。
 一体護衛艦隊は何をしているのかと憤慨したくなったが、それも主力の筈のマゼラン4隻の残骸が発見されるまでであった。更に輸送艦に混じって貴重なフォレスタル級が大破して漂流しているという知らせまで届き、斉藤は後から来る筈の他の部隊を当てにしつつ救出活動と残存部隊の統制に全力を傾けざるをえなかった。



機体解説

NRX−011 アトラス
兵装 胸部3連装拡散メガ粒子砲
   ハイメガバスター
   前腕部有線誘導端末(ビーム砲2門)×2
   インコム×2
   ビームキャノン兼用ハイパービームサーベル×2
<解説>
 サイコガンダムの量産型。ティターンズが遂に実戦に投入してきた第4世代MS。技術的な壁にぶつかっていたが、アナハイムの技術者をグリプスに連れてきてその問題を解決した。結果的に27メートルサイズにまで小型化に成功したが、運動性は悲しいほどに低い。それを補う為に全身を重装甲と強力な対ビームコーティングで守り、実弾にもビームにも十分すぎる防御力を持たせている。流石に艦砲には耐えられないが、その装甲は度重なるMSからの攻撃を跳ね返し他ことからもその頑強さが伺えるだろう。
 攻撃力に関しては現用量産型MSの中では最高に位置し、並ぶ物はない。だがその運用には多くの制約があり、どうやって使っていくかなど課題も多いMSである。また、アトラスの出現は連邦に装備の強化の必要性を屋でも認識させるという事態も招いている。


PMX−004 タイタニア
兵装 ビームライフル×2
   ビームサーベル×2
   ビームソード装備隠し腕×4
   ファンネル×8
<解説>
 シロッコが製作した5機目の機体で、ジ・Oをベースにした中距離戦闘用MS。基本的に単機での運用はあまり考えておらず、ジ・Oやパラス・アテネ、ポリノーク・サマーンと連携した編隊戦闘を前提とした設計が行われている。そのコンセプトゆえに運動性能はジ・Oに及ばず、ファンネルを中心とした射撃戦を中心に戦うしかない。
 極めてバランスが取れた優秀な機体であるが、この機体はシロッコとしては今1つ気に入らないらしい。


PMX−005 ブレッタ
兵装 ビームライフル×2
   肩アーマー50mmバルカン砲×2
   ビームサーベル×2
<解説>
 ジ・Oの純粋な量産型MS。名前はファマス戦役の不遇の名機ブレッタのそれを受け継いでいる。機体性能、武装共にジ・Oと同等であり、強力なジェネレーターを搭載している事、機体のサイズが一回り小さい事などではむしろ勝っている。
 ただジュピトリス系MSに共通する癖のある操縦性という欠陥も受け継いでおり、第2世代機でありながら一般兵向きとは言い難い機体となってしまっている。



後書き

ジム改 T2船団は壊滅、フォッシュ少将戦死という結果に終りました。
栞   なんか、弱くないですか。
ジム改 多分、アトラスが来なければサイド6に辿り着けたとは思うよ。
栞   シロッコさんたちの方はどうにかできたと?
ジム改 あっちなら従来の方法で対処出来たから。でもアトラスは違う。
栞   でっかいだけのMSでは?
ジム改 いや、連邦にはサイコガンダムに対する恐怖心があるのだ。
栞   ……ビームもミサイルも聞かず、1機で全てを蹴散らしながら突き進む化け物ですか。
ジム改 うむ、初代はまさに無敵、2代目もデンドロビウムと互角以上という無敵ぶり。
栞   つまり、連邦はアトラスのネームバリューにびびったと?
ジム改 平たく言うとそうなる。
栞   な、情けないですよ、それ……。
ジム改 一度染み付いた負け犬根性は中々抜けんのだよ。