第108章  狐狩り


 

 マイベックの指揮の元、大規模な掃討作戦が開始されて丸1日が経過した。今の所ティターンズの艦やMSが発見されたという報告は無く、マイベックは旗艦として使っているクラップの艦橋でじっと敵発見の知らせを待っていた。
 マイベックの隣についている副官は作戦開始からすでに1日が経過したのに全く何の変化もないというこの状況に本当に大丈夫なのだろうかと司令官に尋ねたが、マイベックは敵もまだ暴発するには早いさと気にもしていない口調で答えた。

「焦るな大尉、心配しなくてもいずれ我慢出来なくなった奴から穴から出てくる。この任務で必要なのは忍耐力だぞ。獲物が隠れ家から出てくるのを待つのも狩りの醍醐味だと思え」
「ですが、あまり時間をかけすぎるとジャブローや艦隊司令部が何か言ってくるのではありませんか?」
「水瀬提督は分かっている筈だ、その心配は無い」

 自分に全て任せると秋子は約束したのだ。秋子は自分で言った事を違えるような人ではない、ジャブローが何か言ってきても秋子のところで全て止めてくれるだろう。だから自分はそんな後方の事情は気にする必要は無く、ただじっと待っていれば良いのだ。既に部隊の配置も作戦の伝達も完了しており、不測の事態が起きない限りは現場指揮官の判断に任せて良い。
 マイベックが宇宙に呼ばれて2週間で作戦開始となったのだが、秋子はこの作戦を2週間で片付けろとマイベックに要求してきた。それ以上はサイド6も艦隊も持たないと。
 だがこれはかなり無茶な要求で、マイベックも困った顔で命じてきた秋子を見返していた。

「提督、貴女の無茶には慣れていますが、これはこれまででも飛びぬけて無茶な命令ですね。2週間で掃討できる訳が無いでしょう?」
「言いたい事は分かりますが、サイド6の窮乏状態と作戦参加中の艦艇の消耗を考えるとあまり待てないんです。敵の動きを押さえる為に大規模に部隊を動かしましたから、多くの船をドック入りさせないといけません。それに兵員の休養も必要です」
「交代用の部隊は無いのですか?」
「予備の第6艦隊をサイド7方向に回しましたし、第1艦隊は2度の船団護衛で艦を消耗し、再建途上です。第2、第5艦隊はそれぞれコンペイトウ、サイド2に置かれていますからこちらには回れません」
「……無い無いずくしですね。という事は、これ以上の兵力増強も望めないという事ですか。観艦式の時に見たあの大艦隊は何処に行ったんです?」
「宇宙の彼方此方に散ってしまっていますよ。地球軌道の押さえにも数十隻回してますし」

 船は酷使すると傷んでドック入りしないといけなくなる。兵員も長期航海で疲れてるから休暇を出さないといけない。そして後方に下がって戦力の補充と訓練を行う必要もある。そのために常に交代用の予備が必要で、第1艦隊と第6艦隊がその為にサイド5に常駐している。だが今回は第1艦隊が消耗しすぎて再建途上、第6艦隊は任務を帯びて出撃している為、予備が不足している状態なのだ。
 この問題に対処する為に秋子はマイベックにかなり無茶な要求を叩きつけ、マイベックはそれを出来る訳がないと抗議している。
 しかし命令は命令であり、マイベックは2週間という期限付きで航路の掃除をするという無理難題を任される事になった。流石にこの期間で掃討を完了するのは無理だろうが、数を減らせばそれなりの効果が見込めるだろうと自分を納得させるしかなかった。
 そういう意味では、とにかく2週間は文句が来る事はないと言える。その後に作戦を継続するか、効果十分と判断して輸送船団を送り出すかは秋子の判断する所だろう。

「……だが、あまり時間をかけると確かに面倒か。今までの索敵データを出してくれ。特に大型の障害物とミノフスキー粒子の濃い宙域だ」
「メインに表示させます」

 現在までの哨戒部隊による捜索範囲から確認された、船が隠れられるくらいの大型の障害物やミノフスキー粒子濃度の高い宙域が表示されていく。敵が見つからなくとも隠れていそうな場所くらいはある程度予想が付く物で、特に艦艇のような大型の物を隠すにはそれなりの大きさの障害物が必要となる。それらに艦砲を叩き込んでいけば嫌でも奴らは出てくるだろう。
 マイベックはコロニーの残骸や未登録の小惑星などを選び出し、それらに手近な部隊に砲撃を加えて燻り出すように命じた。

 この命令を受けた各部隊は早速デブリに対する艦砲射撃を開始し、メガ粒子ビームでこれらを次々に撃ち抜いていった。ただのデブリにビームを叩き込み、発生する爆発で破片を飛散させている様はただデブリを増産しているだけにも見えるが、やがて砕けるデブリの中から2隻の巡洋艦が姿を現した。
 姿を現したのはティターンズのアレキサンドリア級とサラミス級で、崩壊するコロニーの外壁から離れながら、MSデッキからMSを発進させていた。どうやら一戦交える覚悟を決めたらしい。
 出撃してきたティターンズのMSはバーザム8機とガブスレイ3機で、これまで航路で襲撃してきた敵部隊で間違いない。アレキサンドリア級が居る事を考えると数が少ないように思えるが、整備が難しく稼働率が低い可変機を多く積んでいると考えればこんな物なのかもしれなかった。
 出てきた敵を見て連邦艦隊は砲をデブリから2隻の巡洋艦に向け、砲撃を再開する。2隻の戦艦と4隻の巡洋艦が飛び出してきた2隻に砲撃を集中し、狙われた2隻は防御スクリーンと対ビーム粒子弾でこれに対抗しようとしたが、4隻のサラミスはともかく2隻のマゼランの砲撃を持ち堪えるのは流石に無理があったとしか言えない。旧式戦艦とはいえ連邦のマゼランは幾度かの改装で砲力を強化され、砲戦ならば新鋭艦にも負けない物を持っている。そんな物を相手に巡洋艦が砲戦で勝てるはずが無かった。
 4度目の全力射撃を受けてまずサラミスが防御スクリーンを撃ち抜かれ、直撃を受けた。そのまま立て続けに直撃弾を受け、船体の彼方此方を破壊されたサラミスはたちまち残骸へと変えられてしまう。
 そしてそれを追うようにアレキサンドリアも7度目の砲撃で直撃を受け、同じように次々に直撃を受けてしまった。幅広いカタパルトデッキがビームに貫かれて穴だらけにされ、巨大な艦橋が直撃を受け、正面のガラスが内側からの爆発で砕けて中身と共に飛び出してくる。
 そして遂に爆発物にでも引火したのか、格納庫辺りから大爆発を起こしてアレキサンドリアは木っ端微塵に砕け散っていった。


 艦隊戦が一方的な殺戮に終った頃にはMS戦も片が付いていたかというと、こちらはそう簡単ではなかった。8機のバーザムはともかく、3機のガブスレイは厄介な相手で、連邦側のジムVやゼク・アインを得意の加速力で振り切り、強力なフェーダインライフルと両肩のメガ粒子砲で撃ち落していく。
 ジムV隊が数で劣るバーザムを包囲して1機ずつ叩き落し、ゼク・アインが高速で逃げ回るガブスレイをマシンガンで叩き落そうとする。複数機に銃撃を集中されたガブスレイの1機が直撃を受けて装甲板の破片を散らせるが、それでもガブスレイは大型マシンガンから放たれた砲弾に耐えてみせ、銃火を振り切って脱出する。装甲材が変わったのか、それとも防御設計そのものを見直したのかは分からないが、ガブスレイの防御力は昔の型よりもかなり強化されているようだ。
 だがそれでも多勢に無勢、バーザムを片付けたジムVがビームライフルとミサイルで攻撃に加わってくるようになると流石に回避にも無理が出てきたようで、遂に1機がビームの直撃を受けて推進器を抉り取ってMAモードでの機動を不可能にし、MS形態へと移った所を狙われてしまい、集中砲火を受けてあっという間にズタズタにされてしまった。
 それを見て恐怖に駆られたのか残り2機の片方が戦場からの逃亡を図り、速度に物を言わせてMS隊を振り切って何処かに行ってしまう。もう片方は先ほどマシンガンに捉えられて被弾した機体のようで、こちらは逃亡する様子が無い。どうやらダメージを受けて脱出する術を無くしている様だ。MS形態でフェーダインライフルを構えて戦う意思を見せているが、掃討を終えたジムVとゼク・アインに囲まれた事で観念したのか、ライフルを手放して投降信号を出し、コクピットハッチを開放してパイロットが出てきた。





 敵部隊を1つ撃破したという知らせにマイベックは大きく頷き、そして少し安堵した。2日目で1部隊を潰したなら上出来という所だろう。このまま燻りだしを続けていけばいずれ航路上の掃討も満足できる程度まで進む筈だ。問題はアトラスという名前が判明している量産型サイコガンダムやまだ名称不明の量産型のジ・Oが出てきた場合であるが、これに対してはこちらも用意してある強力な打撃部隊をぶつけて撃破する他無いだろう。
 その為にわざわざ秋子から虎の子のラザルス級正規空母を1隻借り受け、これに祐一率いるエース部隊やZプラス隊などを乗せている。ジェダの試験中隊もここに回されていた。護衛としてクラップ級巡洋艦2隻に駆逐艦4隻を割り振ってあり、前線部隊の要請に応じて急行する事になっている。この部隊だけ新鋭艦が回されているのは、新型機を運用するには旧式のサラミスやマゼランでは色々と不都合が多く、大型で余裕がある空母が必要になったからだ。
 特に20m級を超えるνガンダムやゼク・ツヴァイ、ガンダムmk−Xは巡洋艦では運用が困難で、新型戦艦か空母でないと満足に運用できないほどに厄介な代物となっている。この辺りは最初から広いMSデッキを持たせた艦を量産してきたエゥーゴやティターンズに先見の明があったと言えるだろうか。連邦軍でこれらの大型MSを円滑に運用出来る艦は空母を除けばラーカイラム級戦艦だけだから。
 まあ、逆に言えば連邦軍は大型空母を正規艦隊に十分な数配備する事が出来たので戦艦や巡洋艦のMS運用能力には拘っていなかったという事なのだが。これは各勢力の運用ドクトリンの違いの表れだろう。


 かつて軽空母として活躍したプリンストンの名を受け継いだ大型空母プリンストンは護衛艦と共にサイド6までの通常航路を進んでいた。マイベックの指示で何時でも援護部隊を送り込めるようにという意味の他に、自らを囮として敵を引き寄せるという狙いもある。少数の護衛を伴うだけの大型空母という獲物は敵から見ればかなり魅力的な筈で、欲をかいて出てくる奴らが出てくるかもしれない。
 出来ればサイコガンダム辺りが出てきてくれれば七瀬たちの借りが返せるんだが、と祐一は思っていた。プリンストンにはνガンダムやG−9をはじめとしてガンダムタイプの強力なMSが揃っている。今度出てこれば返り討ちに出来る自信は十分にあるのだ。それに近くにはみさきたちの部隊も行動しているので、いざとなれば援軍として呼び寄せる事も出来る。

「さてと、敵はどう出てくるかな。G−9は対アトラス戦を想定して近接戦闘パックを装備させておいたが、出てきてくれるかな?」
「祐一〜、出てこないならその方が良いよ」
「何言ってるんだ、俺たちの仕事は航路上の脅威の掃討だぞ、ならあの化け物は俺たちが仕留めるべきだろ」
「でも、大丈夫かなあ。あゆちゃんはνガンダムをまだ乗りこなせてないみたいだし、私の武器も間に合わせの大型火器だよ?」
「Zガンダム用のハイパーメガランチャーの事か。あれ使えるようにゼク・アインは改修してある筈だけど?」
「あれ戦場で狙撃するのには全然使えないよお。一応使っては見たけど連射は出来ないし発射時にタイムラグもあるし。私より真琴の方が上手く使えると思うよ」
「真琴はオーエンス中将が手放さなくてな。コンペイトウの迎撃部隊には彼女が必要だって言ってさ」

 今回の作戦の為に精鋭部隊の多くを各方面から引き抜いたのだが、コンペイトウ方面には穴埋めとして真琴率いるフォックスティース隊が送り込まれている。祐一としてはこの部隊も引き抜いて今回の作戦に投入したかったのだが、これはクライフからきっぱりと断られた。ただでさえ精鋭が引き抜かれて苦労してるのに、穴埋めにやってきた部隊まで引き抜かれたらコンペイトウを抜かれるぞと言われてしまい、祐一もマイベックも引き下がるしかなかった。

 それで仕方なく名雪にこれを渡したのだが、渡された方は私は狙撃手であって大砲屋じゃないんだといって文句言いまくりであった。だがこれならアトラスの装甲を確実にぶち抜く事が可能なので、名雪は対アトラス戦に備えてこれを何とか使ってもらわなくてはいけないのだ。極論すれば名雪はアトラス戦で頑張ってくれれば他は出撃しなくても良い。量産型のジ・Oや厄介な可変機に対してはこちらで用意したZプラスやνガンダム、mk−Xで十分対応する事が可能な筈だ。
 あゆに渡されたνガンダムはゴータの開発チームによると未だに目標とする性能を達成していない、というよりも必要な新素材が未だに未完成なのがネックになっていた。革新的な新素材という触れ込みのサイコフレーム、粒子サイズのコンピューターチップをフレーム材料に鋳込み、小型化が困難だったサイコミュを飛躍的に小型化すると共に駆動系もパイロットの意思を伝える事で機体の追従性を飛躍的に高める事が可能になるという。
 だが、ゴータは脱出して来たアナハイムの技術者に加えて連邦軍の技術者も加えてνガンダムの設計データと共に持ち込まれたサイコフレームの試作品を元に開発を行ったのだが、未だに完成を見ていない。
 元々これはネオジオンから持ち込まれた技術の1つで、グラナダを通じてアナハイムに共同開発を持ちかけてきたという代物らしい。アナハイムはこれを受けてグラナダとフォン・ブラウンで開発を進めさせていて、連邦に持ち込まれた試作品はフォン・ブラウンで開発されていたものだそうだ。グラナダにあった開発データと試作品はアクシズに渡った筈だが、こちらがどの程度まで開発が進められていたのかは技術者たちにも分からないという。アナハイム内の開発局間の壁は高く厚い物で、横の繋がりはほとんど無いも同然でグラナダで何をしているのかはフォン・ブラウンからでは分からなかったらしい。最もこれはグラナダ側も同じで、彼らもフォン・ブラウンで何が行われていたかは知らない筈だという。
 ただ開発はネオジオンでも行われていて、これにグラナダの開発データが加わったことを考えれば確実にこちらより先行しているだろうという予想はされており、νガンダムの完成前にサイコフレームを採用したNT専用機が完成するのは確実と見られている。別に新型である必要は無く、従来のゲーマルクやキュベレイに組み込むだけでも機体性能の向上が見込めるだろう。

 この新素材が完成していないので、νガンダムには従来のバイオセンサーを搭載した状態で今回の作戦に臨んでいる。ビームライフルなどの基本武装も全てアナハイムの設計を元に作られた新型で、出鱈目な威力の大型ビームライフルに小型ミサイルとビームキャノン搭載のシールド、ハイパーバズーカ、ビームサーベルも空のファンネルラックに2本と左腕に1本の3本、更に頭部60mmバルカン2門という、最新型のNT専用機としてはやや物足りない武装を持っている。νガンダム用に開発が進められているフィン・ファンネルもまだ未完成なので持って来れなかったのだ。これは従来のファンネルとは比較にならないほど大型なので、コンテナも収納するのではなく吊り下げるという独特の方式が採用されている。独自のジェネレーターを持ち、メガ粒子砲を装備する事から分類上はファンネルではなくビットと呼ぶべきだが、開発チームがファンネルと呼んでいたのでそのまま通ってしまったらしい。

 このνガンダム、未完成でありながら極めて高いレベルでバランスが取れており、祐一のG−9と比較しても遜色ない物と評価されている。アムロ曰く、アナハイム製ガンダムの集大成とも言うべき機体で、個々の能力では過去のガンダムタイプに劣る部分もあるが総合点で圧倒しているという。背中のテールバーニアスタビライザーがZ系の流れを伺わせ、ビームライフルの威力はフルパワーで撃てば戦艦の艦砲並という凄まじさを誇っている。在来のガンダムに比べて軽武装、小型でZガンダム程度の大きさに納まるにもかかわらず3000KW近い大出力ジェネレーターを搭載しているのもこの新型ビームライフルとファンネルの為だろう。
 幾度かのテストで分かった限りではパイロットの差を考慮してもゼク・アインやジムVでは勝負にもならず、mk−Xやゼク・ツヴァイでも分が悪い評価が出されている。これでサイコフレームとフィン・ファンネルが搭載されれば手に負えない化け物になるだろうというのが祐一達の評価であった。





 連邦軍が大規模な掃討作戦を開始したという知らせはグリプスのバスクの元にも届き、バスクはエイノーにこれの排除は出来ないかと問うたのだが、これに対してエイノーは渋い表情で頭を左右に振った。

「無理だ、連邦軍はこちらの動きを押さえる様に動き出している。ルナツーだけでなくサイド7にもな」
「連邦軍がそれほど大規模に艦隊を動かしていると?」
「第4艦隊がルナツーを、第6艦隊がサイド7を牽制する位置に遊弋しサイド6に後詰として第3艦隊がおる。他に幾つかの小艦隊が行動していて穴を上手く塞いでおるわ。忌々しいが迂闊に船を出せん」
「連邦軍も総力戦に出て来たということか。では送り込んでいた部隊を呼び戻すか?」
「それをすればサイド6への道を開く事になるぞ。どうせ奴らは何時までも留まってはおれんのだし、このまま我慢させ続けるというのも手だが」
「ううむ、だがそうは言っても現場で戦っている者たちに撃たれっぱなしでいろと言うのもな」

 元々ティターンズの将兵はその初期の結成理由を見ても分かるとおり、血気溢れる者が多い。言い換えると攻撃的な性格の者が多いのだ。ガディが心配していたのもそれで、守るよりも攻めるというタイプに偏っている。
 バスクもそういうタイプで、考えるよりも叩くという思考に陥りやすく、思慮の足りない行動をしてはジャミトフを苛立たせていた。流石に中将の階級を与えられて宇宙軍の総指揮を任されて以降はそういう行動も減っているが、ネオジオンのコロニー落としを黙認しようとするなど、ジャミトフを激怒させる判断をしたこともある。

 そんな攻撃的な性格が多いティターンズなので、撃たれっぱなしでじっと耐えるというのはかなり難しい。エイノーもこの点は大いに頭を痛めているところで、命令を無視して動く事もあるので困っているのだ。階級とエイノー個人の圧倒的な声望がどうにか傲慢な士官たちを押さえ込んでいるのだが、今戦場にエイノーは居ないのだ。

「この攻撃が何時まで続くかは分からんが、痺れを切らした馬鹿が打って出るかもしれんぞ」
「出ていって勝てそうなのは、シロッコと藤田の部隊くらいか」
「そうだな、ガブスレイやギャプランではあの数には対抗しきれまい。戦場から脱出を図れば逃げられるだろうが、流石に可変機が単独でルナツーやグリプスに辿り着く事は出来んだろうし」
「回収の為の部隊も出せんしな。少数でも艦を送れれば良いのだが」
「1隻2隻なら出来るかもしれんが、発見されれば間違いなく撃沈されるだろうな。かといって大規模に動けば間違いなく発見される」

 1隻2隻なら出せない事も無い、というのは今現在でも潜伏中の部隊に補給を届ける為の輸送艦と護衛艦を送り出していたからだ。敵の封鎖も完璧ではなく、小型の高速輸送艦と駆逐艦程度なら網の目を掻い潜って突破させる事も不可能ではない。最も輸送艦と駆逐艦では発見されたらひとたまりも無く沈められてしまうので、発見されないようにひたすら逃げ回りながらの航行になるのだが。

 圧倒的な戦力を前に身動きする事さえ出来ない。それが本気を出した連邦軍とティターンズの力の差なのだ。多方面に分散していたからこれまでティターンズを封じ込められなかったが、全力を振り絞ればティターンズを完全に黙らせてしまう事も不可能ではない。
 まあ実際にはこれほど大規模な動員を続ける事は不可能だし、コンペイトウやペズンに対してネオジオンが大規模な攻勢に出てきたら増援を送る事も出来ない。この作戦が完了したら部隊を元の配置に戻さないと大変な事になってしまうだろう。
 それはティターンズにも予想できる事なので、黙って待っていればいずれ敵は去っていくと予想できるのだが、現場で頑張っている艦長たちにそれは難しいだろう。となれば別の手を考えるしかない。

「ふむ、こうなれば、奴らの手を借りるか」
「奴ら?」
「ネオジオンにコンペイトウへの大規模な攻撃を依頼するのだ。あちらが騒がしくなれば水瀬も兵を下げざるをえないだろう」
「ネオジオンだと。だが、どうやって奴らを動かすのだ?」
「奴らが欲しがっているルナチタニウムやヘリウム3をダシに使えば乗ってくるだろうよ。とにかくグラナダに話を通してみる」
「まあ、それはそちらに任せよう。こちらはこちらで封鎖を破る方法を考えてみる」

 エイノーは通信を切ると、バスクの策が何処まで当てになるかと考えて軽く頭を振り、デスク上の内線で参謀たちを招集した。、とにかく今はルナツーかグリプスで敵の封鎖を破る事だ。





 作戦開始から1週間、マイベックの作戦は順調とはいえなかったがそれなりに成果を上げていた。ティターンズが敷設したと思われる機雷を排除し、トラップを破壊し、隠れていた船を見つけては容赦なく沈めている。沈めたり鹵獲した船は8隻になっていたのだ。
 だがこれでは秋子の期待には答えられない。これまでの情報では最低30隻程度は潜伏している筈なのだ。

「撃沈6、拿捕2か。普通に考えれば文句の無い戦果なんだが、今回はこれでは足りんだろうな。当初予想されていた敵の3割程度では航路の安全が確保できたとは言えん。それにまだ噂の化け物が出てきていない」
「アトラスとジ・Oですな。流石に切り札を任されている部隊ですから、そう簡単には出てきてくれないのでしょう」
「出てきて欲しいのだがな。そいつらを潰せば後は何とか出来る相手ばかりだ。護衛なんて足枷のない状態で戦える今なら勝ち目は十分にあるんだが」

 そいつらを潰す為に周辺を手薄にしてまで最高のパイロットとMSを集めたのだ。出てきてくれなければ何の為に秋子に無理を頼んだのか分からなくなる。あいつらが始末できないなら、せめて20隻くらいは始末したいところなのだが。

「何か良い手は無い物かな、ゴミが多すぎて効率が上がらん」
「いっそのこと、ソーラーシステムでも持ってきて片っ端から焼き払いますか?」
「はっはっは、そいつは豪快な手だな。ならコントロール艦としてカノンも借りてくるか」
「そりゃ良いや、すぐに仕事が終りそうです」

 まさか本当にカノンを借りてくるわけにはいかないが、ソーラーシステムがデブリ掃除に役立つというのは嘘ではない。コロニーレーザーやメガ粒子砲などとは異なり、一度ソーラーパネルを展開すれば何度でも連続使用が可能なソーラーシステムは大型のデブリでも容易く気化蒸発させて消し去ってしまう事が出来る。ネオジオンのコロニー落とし阻止にも使用され、地球に向かうコロニーを1分とかからずに気化してしまったほどだ。
 射程もかなり長いので、これで邪魔な大型デブリを片っ端から焼き払っていくのはやろうと思えば出来ない事ではない。まあ流石にこのような任務でソーラーシステムやカノンを使わせてくれる筈も無いので、冗談でしかないのだが。

「まあ冗談はこのくらいにして、本当にどうするか、誰か妙案は無いか?」
「妙案と言われましても、既に虱潰しにデブリを調べ回っているわけですし、これ以上細かく探すというのも不可能かと思いますが」
「それに、隠れている筈のネオジオンの潜宙艦も発見されておりません。どうも、黒色ガスの中に逃げ込んでいる訳ではないようですな」

 捜索している哨戒部隊の仕事ぶりが悪いとは思わない。やはりサイド6までの間の航路を全て掃除するにはこれだけの数を集めても足りなかったのだ。ミノフスキー粒子散布下の戦場に対応して光学や熱探知、レーザーなどを用いた索敵手段が中心となったが、それは1機辺りの索敵範囲や遠距離に対する精密な走査能力を低下させる事態を招いている。積める機材には限界があるのでどうしても状況に合わせた機材が優先される事になる。1年戦争前のようなレーダーを中心とするシステムならもっと1機辺りの担当宙域を広げながらより確実な捜索が可能だったのだが。
 だが無い物を強請ってもしょうがない。今ある哨戒艇や偵察機で探し回るしかないのだから。

「こうなったらフリゲートを回してもらうか?」
「残念ですが、フリゲートは船団護衛に優先されています。ただでさえ各航路から巡洋艦を引き抜いて手薄になっていますからね、頼んでも回しては貰えないでしょう。通常航路の護衛用として幾らあっても足りないと文句の絶えない船ですから」

 ファマス戦役で大量に建造されたフリゲート艦は、その使い勝手の良さで航路護衛の主力として活躍している。ほぼ同時期に同じく必要とされて建造された駆逐艦が艦隊随伴用としては中途半端だとして嫌われているのとは対照的で、ファマス戦役以降は使い勝手の悪さを指摘されるようになった駆逐艦と違って航路の安全を守る主力艦として使われ続けている。
 実の所、ファマス戦役で駆逐艦が生まれたのは足の長い突撃艇が欲しい、という事情からであって、ファマス戦役以降は使い所が難しくなってしまったのだ。対艦攻撃力の不足に悩んだ連邦が苦肉の策として生み出した物で、火星まで大艦隊で運用するには特に問題とはならなかった。
 しかし戦後の地球圏では足が長くMSの運用も出来、砲戦能力もある巡洋艦が重宝され、中途半端な駆逐艦の出番は少なかった。戦後に新規設計されたマエストラーレ級駆逐艦は先代のセプテネス級とは全く異なる小型巡洋艦とでも言うような艦に変化を遂げている。
結局、駆逐艦を大規模に運用できるのは各種支援艦艇と空母を随伴させている正規艦隊くらいで、他の部隊では帯に短し襷に長しで、どうにも使い方を見出せなかったのだ。
 連邦もティターンズも新規建造される艦の中心は巡洋艦で、駆逐艦の建造数が多くないのもこの艦に見切りをつけている証だろう。ネオジオンはそもそも駆逐艦を保有していない。駆逐艦はファマス戦役という人類史上最大の広大な戦場に対応する為に生まれた異端児だったのかもしれない。だが、もし戦場が再び火星やその先まで広がる事があれば、再びこのような艦が必要とされる時代が来るのだろうか。




 マイベックたちの悩みを他所に、祐一達は出番が来ないこの状況で暇を持て余していた。作戦が開始して1週間、出撃したのは僅か2回で戦果はゼロなのだからしょうがないのかもしれないが。
 何時出撃がかかるか分からないので待機はしているが、MS対を束ねる隊長としては些かだらしないと非難されても仕方の無いくらい、祐一はだらけていた。その情けない姿に名雪が困った顔で注意している。

「祐一〜、一応表向きはピシッとしていなよ〜、部下に示しが付かないよ〜」
「大丈夫だって名雪、ここに居る奴らは今更偉ぶったって意味が無い奴らばっかだから」
「そういう問題じゃないよ〜」

 寝転がって室内を漂っている祐一を捕まえて揺さぶる名雪であったが、祐一は頑として起きようとはしなかった。また馬鹿なことを考えているというのは容易に想像が付くが、寝ている祐一を名雪が起そうとしているのは中々に珍しい光景かもしれない。
 そんな2人の様子に舞は口では困ったものだと言いながら、表情は彼女にしては珍しく微笑んでいた。ここにはエゥーゴ出身のパイロットも多いが、彼らは祐一の奇行に戸惑った状態から今度は舞の微笑みに驚かされるなどと、別の意味で苦労させられていたりする。
 エゥーゴのパイロットたちの多くはZプラスやネロ、ネモといったMSに搭乗する為に集められたパイロットたちだが、彼らは本当にこんな指揮官で大丈夫なのかと不安に駆られてしまっている。祐一の実績は無論彼らも承知しているのだが、実物を前にして最初抱いていた信頼感が完全に揺らいでいるのだろう。

「あ、あのアムロ大尉、本当に大丈夫なんでしょうか?」
「相沢少佐かい。心配いらないさ、ファマス戦役の頃もこうだったからな。あの頃と全然変わってないよ」
「よくそれでファマスに勝てましたね?」
「切り替えがキッチリしてる人なのさ。これで戦場に出たら別人みたいに真面目になるから、驚かされるぞ」
「北川が居れば面白い掛け合いが拝めただろうけどな」

 アムロの話にトルクが茶々を入れて含み笑いをしたが、それに対してアムロと舞はなんとも言えない複雑な顔をしてトルクを見ていた。

「な、何だその目は?」
「トルク、お前がそれ言うか?」
「……トルクも同類、昔はつるんでよく悪さをしてた」
「ち、違うぞ、俺は相沢ほどお馬鹿キャラじゃなかった!」

 必死に過去の自分を否定するトルクであったが、アムロと舞の冷めた視線が変わることはなかった。むしろ祐一と組んで迷惑をかけるのは北川よりもトルクの方だったのだから。そういえばもう1人のお馬鹿、キョウはどうしてるだろうかと舞が呟くと、それまで祐一にかまけていた名雪が諦めた顔で教えてくれた。

「キョウさんならジャブローで飛行隊を任されてるよ。でもあっちこっちに応援に回されてるから、今何処に居るってのはちょっと分からないかな。私たちも何度か一緒に戦ったんだよ」
「そう……、佐祐理は?」
「倉田さんもジャブロー防衛隊でMS大隊を纏めてるけど、やっぱり彼方此方に派遣されてて大変みたい。舞さんの事心配してたから、一度連絡入れてみたらどうかな?」
「……今はまだ、気持ちの整理が付かないから」

 グリプス戦争の初期、エゥーゴは連邦の最大拠点であるジャブローに侵攻しており、舞もジャブローに降下して佐祐理と交戦している。あの時に佐祐理とは決別をしているので、今更顔を合わせるのもどうにも気まずいのだ。それに、お互いに部下や同僚を失っていも居る。名雪などは昔のように接してくれているが、今ここに居ないあゆはどうすれば良いのか未だに気持ちの整理がつかないらしく、顔を合わせようとはしてくれない。
 これはアムロやトルクも同じで、あゆはかつて仲間でありながら敵となり、殺しあった舞やアムロ、トルクにどう接するべきかで戸惑っているらしい。

 最も、連邦には他勢力からの転向組がかなり多い。元ファマスがその代表だが、他にもジオン共和国の亡命艦隊やアムロたちエゥーゴの敗残兵、そしてティターンズ側に付いた元連邦将兵や生粋のティターンズの将兵もいる。
 元連邦の将兵は部隊ごとティターンズに組した後、連邦に負けて降伏した連中が大半だが、ティターンズからの転向者は大半がティターンズのクーデター直後に離反した者たちだ。そういう意味では連邦軍は過去に余り拘らない懐の深い組織だと言えるのかもしれなかった。

 祐一達が無聊を慰める術もなく退屈な日々を過ごす状況は当分変わりそうにもなかった。それは祐一にとってはそう悪い物ではなかったが、マイベックたちにとってはトロ火でじわじわと焼かれ続けるような焦燥の日々が続く事を意味していた。





 マイベックらの努力が実を結んだのかどうか、それを判断する秋子は結果に些か渋い顔をしていた。一週間で8隻というのはそれなりの成果だが、航路を完全に掃除したとは言い難い。しかも最大の目標であるアトラスは確認されていないのだ。
 こちらの被害がほとんどゼロというのは大したものだが、航路の掃除が完了しなければ余り意味が無い。何時までもこんな大規模な出兵は続けていられないのだから。

「マイベックさんは良くやっていると思いたいですが、少々物足りませんね」

 どうしたものかと秋子はジンナ参謀長とランベルツ事務総監に相談したが、2人とも答えようがなかった。既に出せるだけの兵力を投入しているのに、これ以上の増援を送り込めというのだろうか。送れと言われれば送るが、それには何処からか更に兵力を引き抜かなくてはならない。ただでさえ各戦線の指揮官たちから文句が来ているのに、これ以上引き抜けば何を言われるか分かったものでもないし、もし敵が大きく動いたら対応出来なくなってしまいかねない。
 いっその事、敵の動きを封じ込めている間に今用意出来ているだけの船団を送ってしまおうかという意見が作戦部より出ていたが、十分な護衛を手配出来ないという問題から兵站部が難色を示している。これ以上無駄に船と物資を失うのは何としても避けたいというのが兵站部の本音であった。
 この護衛に関しては作戦部から通常航路の護衛や哨戒に使われているフリゲートを回してはどうかという提案も出されていたが、これには艦隊司令部から待ったがかかった。航路の安全確保は宇宙艦隊司令部直属で新設された護衛艦隊司令部の管轄であるが、ここがフリゲートの投入を拒否してきたからだ。
 フリゲート艦は護衛艦隊のワークホースであり、通常航路の安全確保に欠かせない艦である。またフリゲートは対艦戦用ではなく、その装備は敷設されている機雷や潜宙艦などに対処する為の物だから本格的な敵の襲撃を受ければ対抗など出来ないというのがその理由だった。駆逐艦や巡洋艦も配備されているがそれらはいずれも旧式艦で、しかも護衛用に改装されているのでやはり対艦戦など出来ない。
 そんな艦を投入しても役には立たないという護衛艦隊司令部の主張を秋子が受け入れたのだ。これには作戦部も兵站部も不承不承という感じで従ったが、たかが新設部署如きが口を出すなという思いがあっただろう。



 この艦艇の都合が付かないという問題を抜きにしても、今秋子には船団を出せない訳があった。コンペイトウを預かるクライフから気になる報告が寄せられたからだ。

「アクシズが攻勢に出るような動きをみせている?」
「オーエンス中将が、そのように言ってきております。ネオジオンに攻勢の兆候ありと」

 報告を受けた秋子は何故今になって、と思わずにはいられなかった。これまでコンペイトウとア・バオア・クーとの間で小競り合いを続けていたネオジオンが、久々にコンペイトウに総攻撃を仕掛けてくるとでも言うのか。 
 ア・バオア・クーに多数の艦艇が集結しているという偵察機の報告を受けてクライフは第2艦隊を中心とする対ネオジオン方面軍を動かしている。だが戦力を引き抜かれて弱体化している今のネオジオン方面軍では持ち堪えられないかもしれず、クライフは引き抜かれた戦力の復帰を求めてきていた。
 コンペイトウを抜かれる事は容認できないので増援を送るしかない。だが今マイベックに預けている精鋭を戻す訳にもいかず、仕方なく秋子は再建中だった第1艦隊から部隊を抽出し、更にジャブローで輸送艦代わりに使う為に全部回したラーカイラム級戦艦を何隻か戻すようにコーウェンに要請した。引き抜いた戦力と釣り合うとまでは言えないが、クライフが文句を言ってこない程度は揃えた筈だ。
 これらの処置を終えた後、秋子は少し疲れた顔で何故こうも問題が重なるのかと呟いていた。

「サイド6だけでも頭が痛いというのに、今度はネオジオンですか。全く、楽をさせてはくれませんね」

 ここのところ、疲れが溜まっている。流石にもう年は隠せないかと秋子は苦笑いを浮かべる。1年戦争以来、ずっと戦い続けてきた。特にこの戦争が始まって以降はずっと激務を続けている。そろそろ誰かに宇宙艦隊司令長官を変わってもらって後方に下がり、休養を取りたいところだ。だが恐らく大統領もゴップも自分の願いを聞きいれはすまい。将官が枯渇している今の連邦宇宙軍で、全軍を纏められるような人材は他に居ないというのは自他共に認めざるを得ないのだから。
 あの時リビックが無事にサイド5に辿り着いていれば、それはどれほど繰り返した愚痴だろうか。秋子は今またそれを繰り返した、リビックが生きていれば、私はもっと楽が出来ていたのだと。




後書き

ジム改 連邦軍は最悪の状況で2正面作戦を展開する羽目になりました。
栞   毎度の事ながら、忙しいですね。
ジム改 秋子さんは過労死しそうなくらいに働かされているから。
栞   でも、いざとなったらクライフ中将とかエニー中将に任せて休養をとっても良いんでは?
ジム改 あの2人が抜けると2つの戦線を指揮する人が居なくなるの。
栞   何でこんなに人が足りないんでしょう?
ジム改 過去の2度の戦争とファマス戦役でかなり減ってたのよ。特に宇宙軍は。
栞   そしてティターンズとエゥーゴで更に減ったという事ですか。
ジム改 そして優秀な士官も減ったので、更に頭が痛いわけだ。
栞   人材不足って、兵器の不足より深刻かもしれませんね。