第109章  あゆとシロッコ




 作戦が開始されて10日、戦果は16隻に達した。残された時間は短いがこれなら何とか20隻は超えるだろうと作戦司令部では安堵の声が漏れている。だが最大目標であったアトラスやジ・Oは依然として姿を現さず、マイベックは焦燥感を隠せなくなってきていた。
 祐一達も幾度か出撃して発見されたティターンズ部隊を容赦なく叩き潰していたが、それはいずれも本命ではなくこのまま取り逃すのかもしれないと漠然と思っていた。

 そんな状況に変化が訪れたのは、10日目の昼頃であった。今日も何事もなく過ぎるのかと諦め顔であった祐一に突然艦橋から呼び出しがかかった。名雪にパイロットを集めておいてくれと言い残し、また応援要請かと思いながら艦橋に赴いた祐一に、艦長のニエダ大佐が待ちに待った出番だぞと告げてきた。

「相沢少佐、無駄飯ぐらいもこれまでだな。いよいよ出番だぞ」
「と言いますと、まさか見つかったんですか!?」
「ああ、今報告が届いた。ジ・Oが出たとな。既に本艦はそちらに向かっているし、川名中佐の隊も向かっている。君はMS隊を率いてこれを殲滅するのだ」

 これでマイベック准将の心労も減るだろうな、と思いながら祐一は敬礼して艦橋を去り、パイロットルームで訓練以外にする事がなく暇を持て余していた部下たちに出番が来たぞと伝えた。

「よおし、お前らいよいよ出撃だぞ。やっとジ・Oが出てきた。ここで頑張って無駄飯ぐらいの風評を返上するチャンスだ。特にあゆとトルク」
「何でボクが無駄飯ぐらいなんだよ!」
「そうだぞ、俺より舞の方が食ってるぞ!」
「……トルク、ちょっと向こうで私とお話しする」

 若干1名が余計な事を言って教育的指導を受けている間に、祐一は任務の内容を部下たちに説明した。とはいえ、やる事は説明するまでもなく決まっているのだが。彼らの仕事はただ1つ、ジ・Oの殲滅である。

「という事で、出撃するぞ。MSはゲタに乗せて出す準備が整っている、5分で全機発艦だ!」

 祐一の号令を受けてパイロットたちが自分の機体へと向かっていく。それを見送って自分もG−9に行こうとした時、祐一はパイロットルームを漂う愚か者に一声かけた。

「トルク〜、戦いには間に合うように来いよ〜」
「お、おう……」

 舞にボコボコにされたトルクは、シェイドとして得た頑丈な体と再生能力に感謝しつつ部屋から出て行く祐一にプルプルと手を振った。




 シロッコたちを発見した連邦艦隊は無理をせず、祐一達の来援を待ってひたすら時間稼ぎに徹していた。ジ・Oやグーファーを相手にMS戦で歯が立つ筈もない事は先刻承知のことで、無理をしても勝てない事が分かっているのだから勝てる連中が来るまでひたすら敵を拘束し、ここに縛り付ける事に全力を傾けている。
 最初から時間稼ぎに徹している敵を前に、シロッコも流石に攻めあぐねていた。ロンバルディアとサラミス2隻のシロッコ艦隊であったが、敵が最初から時間稼ぎに徹して損害を押さえる戦い方をしているせいで撃破することも撤退する事も出来ないでいる。

「ええい、面倒な奴らだ。こちらに近付いてくるでもなく、さりとて離れるでもなく」
「自分の仕事を弁えた指揮官のようだな。すぐにこちらに敵の増援が殺到してくるぞ艦長、私が出て敵を引き受けるから、艦隊を撤退させたまえ」
「タイタニアで出られますか?」
「いや、あれはサラに任せたよ。どうも私にはファンネルというものは合わないらしい」

 シロッコ自身はジ・Oの方が性に合っていたようで、最新鋭のタイタニアはサラに譲ってしまっていた。元々ジ・Oが前衛でパラス・アテネが中衛、タイタニアが後衛でフォーメーションを組むのが理想的な状態なので、前に出たがる傾向のあるシロッコがタイタニアを使う必要は無い。それにタイタニアはファンネルに攻撃力の比重を傾けている分、機動性などの基本性能ではジ・Oに及ばないのだから。

 既に出撃しているMSに加えてシロッコのジ・Oが残りのMSを率いてロンバルディアを出撃する。それを見送った艦隊は撤退を開始し、そうはさせまいと連邦MS隊が押し出してくる。

 これに対してはシロッコ率いるジ・O隊がジムV中心の連邦MS対を最初から圧倒した。シロッコ側はジ・Oとグーファーで編成された出鱈目な部隊であり、MS戦に限るならば余程の事が無い限り負けることは無い。
 火器の威力、機動性の双方で大きく相手を引き離すシロッコ隊はジムV隊を全く寄せ付ける事のない編隊機動を見せ、距離を取って冷静にビームライフルで撃墜するという手に出た。ジムVもビームライフルで応戦するが、ジムVの持つ旧型のライフルではグーファーやジ・Oにはもう役不足で直撃しても装甲を抜けなかった。頼みはミサイルであったが、これも距離を取られると誘導が甘くなるという問題がある。
 宇宙では交戦距離が長いので、発射から着弾までのタイムラグが大きいミサイルは対艦用としてはともかく、MSや戦闘機などの小型機への攻撃用としては効果的とは言い難い物となっている。連邦のジムVやネオジオンのズサのようなミサイルを中心とした装備を持つMSは基本的にばら撒いて敵の動きを牽制し、他の主戦機を支援するという役割を振られる事が多かった。

 ジムVを1機、また1機と撃墜していくシロッコたち、MSの動きが止まった事で3隻の巡洋艦は戦場を離脱できそうであったが、周囲に広がっていたポリノーク・サマーンの1機から敵機接近の報が届いた。来る事は分かっていたのでこれに驚く事は無かったが、やってきた部隊の編成には興味を持った。

「Zタイプ多数に、新型のガンダムが2機。あとはネロにネモ、ゼク・アインか。連邦の新型のガンダムというのは珍しいな」
「データベースとの照合で1機は素性が分かりました。地上軍が幾度か交戦している新型のガンダムで、ガンダム9号機のようです。愛称はG−9」
「素っ気無い名前だな。まあ良い、お前たちも艦隊に合流しろ。こちらも敵と一戦交えた後、予定合流ポイントに向かう」

 シロッコは偵察隊を撤退させ、自らは新手を迎え撃つ態勢をとった。こちらは20機、数でなら若干劣勢といった所だ。他はどうでも良いが、2機の新型ガンダムというのには大いに興味が湧いていたのだ。
 ここで一戦交えてみた、という好奇心が彼をここに留めてしまった。部下にZやネロの相手をさせて自分とサラで2機のガンダムを相手取ろうと思っていた。

「サラ、私の後ろで支援を頼む。私は一当てしてみるとしようか」
「パプテマス様、ですが、敵がどれほどの高性能機か分からないのですよ?」
「無理をするつもりはない、心配するな」

 サラの不安をシロッコは自信で跳ね除けたが、今回は聞いておいた方が良かっただろう。現れた2機のガンダムはシロッコのジ・Oに引けを取らない強敵だったのだから。そのうちの片方は前に一度会っているアムロ・レイのようだ。どうやら彼は連邦に落ち延びていたらしい。
 いきなり背筋を突き抜けた殺気に慌てて機体を下げたシロッコ。その頭上を戦艦の艦砲と思われるビームが貫いていった。至近を強烈な粒子ビームが貫いていき、粒子の飛沫をで機体が激しく振動する。

「これは、艦砲射撃なのか!?」

 迫る強力なNTの気配、そしてシェイド特有の不快な気配が間違いなく迫っている。あるいはカイラム級戦艦などがこちらに向かっているのかもしれないが、そんな報告は受けていない。メガバズーカランチャーの類かとも思ったが、すぐに2射目が襲ってきた事からその可能性を捨てた。メガバスーカランチャーは連射できるような代物ではない。
 新型のガンダムというのはアトラスやゲーマルクのような第4世代級の重MSなのか、とシロッコは思ったが、姿を現した2機の白いガンダムにシロッコは目を疑った。それは白と青を基調とした近接火器で重武装にしたアサルトタイプのMSと、白と黒を基調とした背中に3基のバインダーをMSだ。重武装というなら青い方だが、あれは実弾火器主体のMSで大型ビーム砲など装備しているようには見えない。だがもう片方も大型のビームライフルしかないように見えるのだが。
 一体何が撃ってきたのかとシロッコが疑問に思っていると、白と黒のガンダムがビームライフルを放ってきた。回避運動中だったので今度は余裕を持って回避できたのだが、それは先ほどから2度、自分を襲った粒子ビームに間違いなかった。あれはこのガンダムのビームライフルから発射されたビームなのだ。

「艦砲級のビームライフル、そんな物を連邦が作ったというのか」
「パプテマス様、ファンネルを出します!」
「サラ、お前は青い方を頼む。私はあの黒いのを叩く!」

 青い方からは何も感じないが、黒い方は間違いなくNTだ。それもあの長森瑞佳に引けを取らない程に強力なNTに違いない。

「どれほどの物か、試させてもらおうかガンダムのパイロット!」

 ジ・OのビームライフルもMS用としては過剰なほどに強力な大型ライフルだ。威力なら負けていないとシロッコも射撃戦を受けて立つが、目の前の新型、νガンダムは今度は威力を抑えたビームを連射してきた。どうやらあれはモード切替が出来るライフルらしい。
 ジ・Oとνガンダムは暫く互いに有利な位置を占めようと激しくドッグファイトを演じていたが、運動性ではジ・Oが僅かに勝り、加速性ではνガンダムが勝っているようでジ・Oが好位置に付けばνガンダムが振り切って仕切りなおし、またジ・Oがという戦いを繰り広げている。ただ腕はシロッコの方がやや勝るのか、それとも性能でジ・Oが勝るのか、νガンダムをジ・Oは確実に追い詰めていった。
 向こうのほうが速い、という事をあゆは認めないわけにはいかなかった。νガンダムの性能が劣るとは思いたくないが、明らかに向こうの方が反応が速い。加えてとても大きな力を相手から感じる。そのプレッシャーはアムロや瑞佳、あの火星で戦った赤い彗星と比べても遜色ないレベルのものだ。間違いなく相手は強力なNTなのだろう。

「でもこの感じは、アムロとも瑞佳さんとも違う、もっと嫌な感じだ」

 NTとしての力に目覚めて何よりも嫌だったのか、この相手の本質のようなものを感じてしまうことだった。あゆはキャスバルやシロッコのような教条的な何かを持っているわけではない、ただこの激動の時代の中で食べていく為に軍人を選んだだけの普通の人間だ。秋子というツテがあった事は彼女にとって僥倖で、推薦書を書いて貰って名雪と一緒に士官学校に進めたのだ。そんな彼女にとってこの力は素晴らしい物ではなく、ただ迷惑なだけの代物でしかないのだろう。最も、この力のおかげでこれまで生き残れたというのも確かなので、完全に否定する事も出来ないのだが。
 少なくとも、アムロ級のNTが使うジ・Oを相手にまだ生きているのはあゆのNT能力のおかげだろう。シェイドとしての力は反応を多少速くしたのかもしれないが、実感としては何も無いというのがあゆの感想だ。時々つくみや化する事と、翼人の神奈と名乗った少女から貰った僅かな可能性を掴み取る力くらいだろうか。最もこれもどう役に立っているのか、あゆには分からない。
 シロッコのプレッシャーと、時折頭の中に流れてくるシロッコの声があゆを苦しめていた。うぐぅうぐぅと喚きながらジ・Oから必死に逃げ回っていたあゆは、敵の攻撃に耐えかねて祐一に文句をぶつけた。

「うぐうううううう、初めてのMSでいきなり相手がこんなのっておかしいよ、間違ってるよ、祐一君のインボーだよ!」
「煩いぞあゆ、ならお前がこっちの相手するか!?」
「こっちよりマシな気がするんだよ。名雪さん助けて―っ!」
「そこで何故俺ではなく名雪に助けを求めるか!?」

 名雪は対アトラス戦に備えて今回は出撃を見合わせている。というかあゆのνガンダムのライフルを除けば後は名雪のハイパーメガランチャーくらいしかあの化け物には通用しそうに無いので、数が居ても余り意味が無いのだ。
 だからMSの大半をこの戦いに投入したのだが、何であゆはすぐ傍に居る俺ではなくここに居ない名雪に助けを求めるのかと祐一は怒ったが、あゆにしてみれば祐一よりも名雪の方が頼りになると言いたいだろう。

 その祐一はといえば、タイタニアのファンネル相手に結構苦労していた。ただmk−Xでサイコミュ兵器相手は慣れている祐一であったので、多数のファンネルを相手にしても焦る事は無かったのだが。この手の兵器は奇襲性が命であり、来ると分かっているファンネルなどただの低威力のレーザー砲台でしかない。

「来るのが分かってりゃ怖くねえんだよ、ファンネルなんてのはな。それに、動きが鈍いぜ、まだ慣れてないな!」

 ファンネルを狙ってミサイルの飽和攻撃を仕掛け、1基、また1基と落としていく。時折機体を直撃するレーザーもあるが、装甲の薄い部分に当たらなければそうそう撃ち抜かれることも無い。逆に近接戦闘パックの瞬間的な攻撃力に圧倒される形でタイタニアはファンネルを失っていってしまった。ファンネルのレーザーは余り遠くに撃てない、という弱点が祐一の射程に踏み込まなくてはいけない事を意味してしまったのが、サラの不幸だっただろう。
 自分の放ったファンネルが次々に落とされていく様を目の当たりにしたサラは混乱し、そして恐怖していた。こんな馬鹿げた話が合ってたまるものか、何でNTでもないただの人間がこんなに強いのだと。

「ファンネルがあっという間に、ふざけないで下さい、こんな馬鹿げた話が!」

 ファンネルがダメならビームライフルとサーベルで片を付けてやる、と意気込んでサラは接近戦を挑んだが、それは祐一相手には間違った選択だっただろう。祐一は近距離戦限定ならアムロやシアン、舞といった化け物とも互角に渡り合える実力の持ち主なのだから。
 ジ・Oとνガンダムのようにビームライフルを手にドッグファイトを始めた2機は、こちらは簡単に優劣が見えてきた。近接戦闘パックを装備したG−9の機動性はνガンダム以上で、しかも祐一の技量はサラを遥かに上回る。幾らサラがNTであるといっても補える差ではなかった。

「は、速い。まさか、パプテマス様のお作りになられたタイタニアを上回るなんて!?」

 タニタニアの機動性はジ・Oに及ばない、という事は分かっているつもりであったが、それでも超一流の性能を与えられたMSには違いない。それが歯が立たないとは、どういう性能なのか。
 サラの屈辱など知る由もない祐一は、タイタニアの性能を大した物ではないと見切っていた。ファンネルは確かに脅威だが、それさえなければジ・Oよりも弱い。並のパイロットでは一方的に叩き落されるだろうが超一流のパイロットならばむしろジ・Oよりも相手にし易いだろう。少なくとも祐一のようなパイロットならば楽な相手だった。
 だが、一気に距離を詰め、タイタニアが反応しそうになった所で左側に素早く回り込んで斬り付けようとしたG−9にいきなりショルダーアーマー部から細いサブアームが襲い掛かり、発生させた小型のビームサーベルで振るわれようとしたG−9の右腕上腕部を半ばから切り落としてしまった。
 ビームサーベルを右腕ごと失った祐一は慌てて閃光弾を発射して撹乱しながら距離を取り、自分の迂闊さに歯軋りして悔しがった。

「隠し腕かよ。ジ・Oにもゼク・ツヴァイにもあった奴なのに、完全に忘れてた!」

 ジ・Oがそういう装備を持っていることは過去の交戦記録で確認されており、注意が呼びかけられていた。そして連邦軍にもゼク・ツヴァイという同様のサブアームを装備したMSがあるし、開発中のゼク・ドライにもやはり備わっている。一般的とまでは言わないが、今ではそこそこ見かける装備の1つなのだ。
 あの新型がジ・Oの後継か派生か、とにかくその類なのは間違いなく、当然隠し腕を持っている可能性があることを予見しておくべきなのに、その可能性を失念して格闘戦で仕留めようとしてしまった。完全に自分の判断ミスでの敗北だった。自分の方が腕が上だという慢心もあっただろうか。

 機体が損傷した祐一はタイタニアから距離を取った。タイタニアの方もファンネルを全て使い果たしたようで追撃してくる様子はない。やはりあれはファンネルを中心とした攻撃機のようだ。
 そこで祐一は全体の戦況の把握を試みた。他のジ・Oやグーファーの相手はZプラスやネロが行い、ネモやゼク・アイン、それに最初から居た部隊のジムVが支援をしている。
 ネロではやはりジ・Oの相手は厳しいようだが、Zプラスならどうにか渡り合えている。基本装備のスマートガンと2基のビームガンという火力とZガンダム並の機動性のおかげだろう。でも接近戦の間合いに入ってしまうと勝負にならないし、防御力も低いのでジ・Oのビームライフルで撃たれたら一撃で落とされてしまう。だから中距離からの一撃離脱にひたすら徹しているようだ。
 そんな中で一際目を引くのが、やはりアムロのZプラスだった。他の機とはまるで動きが違うので識別信号を確認しなくても一目で分かってしまう。NT特有の高速機動で他のZプラスが付いていけていない。NTは敵の射撃の射線を撃たれる前に感じ取ってしまうと言われていて、あゆや栞も説明は出来ないが何となくどこが危ないか分かるので、そこを避けて動いているだけだと言っていた。
 普通のパイロットは周囲を警戒しながら回避運動を織り交ぜて動くのが普通なので、一見すると自殺行為としか思えないNTの機動に付いて行けないのだ。これは1年戦争で既に起きていた現象で、ララァ・スン少尉のエルメスの動きに歴戦パイロットの駆るリックドムは追随できず、護衛任務を放棄してしまった。それどころか赤い彗星と呼ばれたシャア・アズナブルでさえ足手纏い扱いされる体たらくで、アムロとララァの戦いではララァの邪魔にしかならなかった。

 ジ・Oのパイロットたちもアムロの動きに付いていけないようで、1機のZプラスを3機のジ・Oが必死に追い掛け回している。他にもジ・Oと1対1で渡り合っているネロがいるが、あれは恐らく舞かトルクだろう。流石に超人レベルの2人なら格下の機体でもジ・O相手に渡り合えるらしい。
 こいつらがジ・Oの大半を引き付けてくれているので、残りの1機のジ・Oと12機のグーファーを他のMSたちが数に物を言わせて相手にしている。このままならグーファー全てとジ・Oの4機か5機は仕留めれそうだ。

「でも問題は、俺がドジ踏んで中破したって事だよなあ」

 右腕を持っていかれた以上、もうビームライフルもビームサーベルも使えない。G−9は重MSではないのでシールド無しでは防御力は心許ない。となると使える火器は両足のグレネードコンテナに腰のガトリングガン、そして背部に背負い式で装着されているミサイルコンテナくらいになる。頭部のバルカンは迎撃用で頼りにならないだろう。
 この装備では目の前に居る新型を倒すのは無理だろう。だが向こうも武器の大半は使い果たしているようだし、牽制くらいは出来るだろうか、そう考えていた祐一であったが、決断するよりも速く敵の方が動いてしまった。それまで互角の戦いをしていたティターンズ側がいきなり逃げ出したのだ。
 それまでの均衡が崩れ、追撃を受けたティターンズは瞬く間にジ・O2機を撃墜されるという損害を受けてしまう。退くならもっとやりようもあるだろうに、なんでいきなり逃げ出したのだ。誰もがそう疑問を抱いたが、その答えは戦場に向けて放たれてきた複数のビームが教えてくれた。明らかに艦隊からの艦砲射撃と分かる大量のビームが逃げ出したティターンズの艦とMSに襲い掛かり、サラミスが直撃を受けて落伍し、不運なグーファーが真後ろからビームを受けて上半身を吹き飛ばされてしまう。
 連邦の増援を知って彼らは逃げ出したのだ。これ以上敵が増えたら逃げる事も出来なくなる、と相手の指揮官は判断したのだろう。こちらに川名隊が向かっている事は司令官から聞かされていたので、みさきのアリシューザが駆けつけてくれたのだろう。



 川名隊の来援は戦場の流れを決定付けた。それまででも連邦の数に対して木星師団の質が拮抗していた状況だったのに、そこに更に連邦有数の精鋭部隊が加わってきたのではもう抵抗する術は無いと言っても良い。
 シロッコはみさきが迫っている事を感じ取り、これ以上戦えば脱出が不可能になると判断して戦闘を切り上げた。

「ちっ、川名みさきが出てきたか。この辺りが潮時という事か」

 シロッコは撤退の信号弾を上げると、νガンダムに向けて一度体当りを食らわせた。重量で2倍もの差がある相手から体当りを受けたνガンダムはシールドで受け止めたが弾き飛ばされてしまい、大きく姿勢を崩してしまう。あゆもまさかMSで体当りを仕掛けてくるとは思っておらず、回避が間に合わなかった。

「む、無茶苦茶だよ、あの巨体で体当りなんて!」

 ジ・Oの頭頂高は25m近くにも達する。下手な重MSよりも巨大なのだ。だがMSは脚部で相手を蹴る事や、ショルダーアーマーを装備する機体ならばタックルなどをする事を考慮されているが、真っ向から体当りするような戦術までは考えられていない。そんな真似をすれば敵機だけではなく自分にもダメージが来るからだ。手で殴りつけたりすれば当然マニュピレーターも壊れてしまう。
 νガンダムはかなり頑丈に作られているので機体が分解したりする事はないが、構造的に脆い可変機などはこの種の攻撃を受けると機体が分解したり、歪んで変型不可能になることもある。
 それをいきなりやってきたのだから、ジ・Oのパイロットは正気ではないか、あるいは余程機体の強度に自信があるのだろう。
 あゆは衝撃に目を回しかけていたが、それでも反射的に機体を下がらせ、安全な距離を取ろうとする。この辺りは長い訓練で見に付いた動きが自然とでてきてしまったのだろう。咄嗟の時に反射的に体が動くか否かは訓練の積み重ね次第で、ベテランが戦場で長生きできる理由でもある。

 νガンダムが退いたのに合わせてシロッコのジ・Oも距離を取り、撤退していった。この勝負はシロッコの優勢勝ちだと言えただろうが、シロッコにはこの戦いでどうしても分からない事があった。NT同士が接近すると一種の思考リンクというか、共有状態が生まれる事はNTならば経験から学んでいる事で、シロッコも敵味方のNTとその状態になったことは幾度もある。だが、今回はその状態に陥って首を傾げてしまっていた。

「うぐぅ、とは一体何の事だ?」

 互いの意思と意思が繋がっている状態では互いの本質が出る筈だが、新型ガンダムの女性パイロットから伝わった思念はうぐぅうぐぅという鳴き声のような代物であった。これが何を意味するのかさっぱり分からなかったシロッコは、暫く真剣に悩み、サラを心配させる事になる。



 ティターンズは最後の最後で大きな被害を受けたが、それでも何とか祐一達を振り切って戦場から脱出してみせた。追撃をかけた祐一達が確認したのはサラミス1隻が降伏、ジ・O3機、グーファー5機の撃墜で、生き残ったMSも大半は損傷を与えている。殲滅には程遠かったがこれ以上戦えない程度には痛めつけたと言えるだろう。





 マイベックの作戦が開始されて12日目、地球連邦軍に衝撃的な事態が発生した。ア・バオア・クーではなくペズン基地と向き合っていたアクシズからネオジオン艦隊が出撃し、ペズン基地に向かっているという報告が哨戒部隊よりもたらされたのだ。
 これを受け取ったクライフは驚愕してコンペイトウに集結させていた艦隊から高速艦をペズンに向かわせたが、ペズンがかなり持ち堪えてくれなければ間に合うとも思えない。クライフはペズン守備隊に要塞を死守させるか、無理をせずに撤退して増援部隊と合流後、奪還させるかを選択しなくてはならなかった。

「敵戦力はどの程度だ?」
「確認されているだけで戦艦クラス1隻に巡洋艦が10隻前後というところです。これだけでMSは80機程度は積んでいるでしょうな。実際には艦艇15隻前後、MS120機という辺りではないでしょうか?」
「戦艦はサダラーンかな、ペズン基地の守備隊は?」
「巡洋艦と駆逐艦が10隻程度にMSと戦闘機が100機程度です。あそこは元々根拠地ではなく、大規模な部隊を駐留させる余裕に乏しかったので」
「それは分かっている、元々はジオンの研究所で、戦後は研究所の他に教導団の基地となって試作機の試験場になっていたのだからな。これまで主戦場から離れていたからあえて大部隊を配備する必要を認めていなかったのだが」

 ペズン基地はこの戦争が始まった時に教導団がクーデタ―に参加しようとした時にこれを鎮圧しようとした守備隊とクーデターに組しなかった教導団部隊が戦い、戦場となった。だが大きな戦いといえばその時くらいで、後はネオジオンとの最前線の一翼を担いながら実際に攻撃を受けた事は無く、今日まで平穏な日々を過ごしていた。だから秋子もクライフもここには有力な部隊を配置せず、小規模な守備隊と哨戒部隊を置く程度に留めていたのだ。MSや戦闘機の数は充実しているが大半は2線級の機体で、強力なネオジオンの新型機と渡り合える戦力ではない。
 質と数の双方で勝る敵を相手に、幾ら要塞に篭る利があるとはいえ勝負になるのか。それを考えたクライフはすぐにその可能性を放棄した。どう考えても一蹴される以外の結末は無い事が分かりきっているではないか。

「ペズン基地に急いでコンペイトウに撤退するように伝えろ。人員を最優先し、物資などは破壊して構わないと。ネオジオンの奴らにくれてやる必要は無い。それと動力炉も使えないようにしておくのを忘れるな、防御施設を使われると奪還する際に面倒だからな。奪い返した後に直せば良い」
「了解しましたが、要塞の放棄を我々の一存で決めてよろしいのでしょうか。せめて水瀬長官に伺いを立てた方が?」
「構わん、水瀬長官は話の分かる方だ」

 秋子は自分にネオジオン戦線の全権を委ねてくれている。ならば自分の判断を尊重してくれる筈だとクライフは確信していた。だが、まさかペズンを狙ってくるとは。これは敵が巧妙だったというよりもこちらが迂闊だったと言うべきであり、クライフの失態というべきだろう。ペズンを悪戯に手薄にしてしまった事に関しては秋子もお咎め無しとはしてくれないだろう。
 まあ、ペズンをすぐに奪還すれば小言も減るさ、とクライフは楽観して考えていたのだが、その余裕はすぐに消し飛ぶ事になる。ネオジオン艦隊の巡航速度は連邦の予想よりもはるかに速く、ペズン基地の撤退が完了するよりも早くネオジオン艦隊は殺到してきたのだ。



 クライフの参謀が予想したとおり、ネオジオン艦隊は哨戒部隊が確認した数よりも多かった。実際には戦艦2隻、巡洋艦12隻という有力な艦隊だったのである。特に戦艦の1隻はアナハイム技師の協力を得てようやく完成した新造戦艦レウルーラで、指揮官席にはキャスバル総帥自らが座っている。この艦隊は総帥直卒の主力艦隊なのだ。
 ネオジオンが動いた理由はこうだ。ティターンズから連邦の脇腹を突いて欲しいと依頼されたネオジオンはどうするかで意見が割れたのだが、反対するデラーズらザビ派を押し切る形でキャスバルが出撃を決定している。この際にデラーズらを黙らせたのがキャスバル自らが出撃すると宣言した事である。
 ジオンには未だに根強い指揮官先頭の慣例が存在し、しばしば艦隊指揮官や戦隊指揮官が自らMSを駆って前線に出たり、提督が旗艦を前に出すという無茶を繰り返した。特に1年戦争の序盤、1週間戦争では指揮官先頭を真面目に実行したせいで緒戦で多くの指揮官が戦死し、作戦行動に支障をきたす事態を招いてこの習慣を禁止する命令が出たほどだ。
 総帥が出るという事になって、他勢力の足の引っ張り愛が日常茶飯事のネオジオンも流石に足を引っ張る事は出来なかった。真面目にやればここまで迅速に動けるのかと当のキャスバルが感心してしまうほどの速さで艦隊が編成され、出撃準備が整えられたのだ。
この作戦に当たってキャスバルが座乗するレウルーラの他に同行しているもう1隻の戦艦ザザダーンにはデラーズのごり押しとも言える要求でグレミー・トトが指揮官席に座っていた。グレミーはデラーズが新規編成されたNT部隊を預けられており、ザザダーンにはこのNT部隊が乗り組んでいる。
 このグレミーを押し付けられた形となったキャスバルとしては正直困っていた。グレミーは色々と噂の耐えない男であるが、それ以上に厄介なのはデラーズの実質的な主君のような存在だという事だ。それはつまりデラーズ率いるザビ派のTOPである事を意味していて、万が一にも負傷、いや戦死させるようなことになれば内戦に繋がりかねない危険を孕んでいるのだ。
 デラーズの顔を立てるためにはグレミーに武勲を立てさせなくてはいけないが、同時にグレミーを無事に帰さなくてはいけない。キャスバルとしては虎の子のNT部隊と貴重な主力戦艦をこんな大した経験も無い若造に任せたくは無かったのだが、軍に関してはデラーズがTOPなのだ。そのデラーズがグレミーをこの地位に就けたのだから、キャスバルといえども口を挟むわけにはいかなかった。キャスバルは1年戦争のギレンのような圧倒的な権力を手中にした独裁者ではないのだから。

 この厄介な問題に対して、キャスバルは頼りになる補佐役をグレミーに付ける事で対処しようとした。実戦経験豊富なショウ・コバヤシ大佐をキャスバルはグレミーに付けてやり、グレミーが馬鹿をしないよう見張らせる事にしたのだ。ショウにとってはいい迷惑であっただろうが。
 デラーズとしてもグレミーの経験不足をキャスバルが不安に感じることについては反論のしようがなく、キャスバルの要請を受け入れてファマス上がりのショウを受け入れざるを得なかった。彼としてもグレミーを失うという危険を恐れる気持ちがあったのだろう。

 この作戦に先立って、キャスバルは幾つかの指示をハマーンとアヤウラに出していた。自分が居ない間、デラーズが蠢動して何かしでかさないように内側に目を光らせておいて欲しいと。この頼みを受けたハマーンとキャスバルは神妙な顔でそれを引き受けたが、そんな心配をしなくてはいけないほどにネオジオンは滅茶苦茶になってしまったのかと思うと、遣る瀬無い気持ちにさせられてしまう。あの1年戦争の時でさえ内乱の可能性までは考慮されていなかったというのに。



 レウルーラの艦橋で作戦の事よりも身内の敵の事を悩み続けていたキャスバルに、艦長のライル中佐が遠慮がちに声をかけてきた。

「総帥、よろしいでしょうか?」
「うん、どうしたライル?」
「いえ、お疲れのようでしたので。艦橋は私に任せてリビングでお休みになられてはどうですか?」
「いや、大丈夫だ。ちょっと考え事をしていてな。それより、そろそろか?」
「はっ、MS第1波の出撃用意が整っております。ア・バオア・クーからの報告ではコンペイトウから連邦艦隊が出撃したようですが、こちらには間に合わないかと」
「なら良い、ペズンの連邦軍の様子は?」
「かなり動いているようですが、迎撃の準備なのか撤退なのかはまだ分かりません。撤退であれば余計な被害を出さずに目的を達成できるのですが」
「判断出来ん以上、こちらは当初の予定通り行くだけだ。梃子摺るようなら私も出る」

 最も、ペズン基地には碌な戦力など配備されていない事は分かっている。配備戦力は旧式艦が10隻に旧式MSが100機程度、この程度に遅れをとるような戦力を持ってきてはいない。艦艇は半数が新鋭艦でMSは全てがネオジオン体制に切り替わって以降に作られた新世代機で固められている。ネオジオンの成立移行、これほどに質的に充実した艦隊が編成されたのは初めての事であった。
 もっとも、この艦隊を編成する為に各方面に回される予定だった新造艦と新型MSが全て回されてしまったので、その分だけ各戦線の戦力が不足する事になったのだが。今回ア・バオア・クーに集結してクライフと対峙しているのは旧式艦とガザ系MSが大半を占めている。数だけは多いのだが、これではコンペイトウに跳ね返されてしまうだろう。

「ドーガの性能テストにはもってこいの戦場か」
「そうなる事を祈ります、ガザ系に変わる主力MSが我が軍にはありませんからな。あれが物になってくれれば大分楽になります」
「少々偏りすぎたからな、うちのMSは」

 これはキャスバルの失敗でもあった。コンペイトウを守る連邦軍との戦いでネオジオンのMSの大半が連邦MSと互角、ないしは劣勢という現実を前に、ネオジオンは1機辺りの攻撃力を徹底的に追求した攻撃型MSばかりの開発を推し進め、バランスの取れた汎用主戦機の開発を怠っていた。その結果としてキュベレイやゲーマルク、ハンマ・ハンマといったNT専用機の種類が増え、1機で多数の連邦MSを相手にすることが可能となった。
 だが、その反動として一般パイロットは相変わらずのガザDやガ・ゾウムでジムVやゼク・アインの相手をしている。しかも敵は改良を重ねてだんだんと性能向上しているのにこちらはこれといった改良は行われていないのだ。
 ガザ系に変わる主戦機として期待されたのがドライセンであったが、地上やコロニー内での戦闘を主眼に開発された機体なので宇宙では威力を発揮し辛いという問題がある。要塞内部に突入できれば別だが、空間戦闘では本領を発揮できなかった。
 そしてネオジオン開発スタッフが次期主戦機として開発したザクVは確かに申し分ない性能を持った機体であったが、コスト高が災いしてガザ系を更新することは不可能であった。その後も改良が重ねられて性能向上が図られたものの生産性の向上と低コスト化は達成できず、依然としてネオジオン軍の主力機としてガ・ゾウムの生産が続けられる羽目になったのだ。
 この問題を解決するため、ネオジオンはアナハイムに開発を依頼してあったドーガをベースにザクVで得たノウハウを加え、新型主戦機の開発を進めてきた。その結果完成したのがAMS−117Cドーガで、コストパフォーマンスが非常に高い機体に仕上がっている。
 ただ、ドーガはザクVとは異なり純粋なジオン系MSとは言えない。開発を担当したのはアナハイムであり、概観を見てもそれまでのジオン系とは異なる、どちらかというとファマス系のフォルムを持つMSとなっている。
 この事がドーガ採用に際して問題となったのは言うまでも無い。アクシズ時代に既にゴブリンが高性能を認められながらも主力となれなかったように、ドーガも潰されかねない危険があった。
 だが、幸いな事に逼迫した状況がドーガの運命を変えた。連邦とティターンズが新型の開発を終えて続々と戦場に投入し始めたという現実が流石に頑迷だったネオジオン軍上層部を妥協させたのだ。ティターンズが既に実戦投入しているグーファーや開発中のジェガン、連邦のジェダやゼク・ドライなどに対して性能と数の双方で負けない主戦機が必要不可欠となったのだ。
 順調にいけばガザやドライセン、ザクVといった在来機と順次更新されていくはずだが、果たしてどの程度使い物になるか、それはこの戦いが終るまで分からなかった。




後書き

ジム改 νガンダムの初陣は終った。
栞   あゆさんはシロッコより弱いんですか?
ジム改 腕は互角くらいだけど、機体で負けた。フィンファンネルとサイコフレーム無しのνガンダムはただのMSだから。
栞   ジ・Oはやっぱり強いって事ですか。
ジム改 伊達に最強MSの一角を占めてるわけじゃないよ。
栞   でも、G−9が意味不明です。強いのか弱いのか。
ジム改 戦場の状況とミッションパックが上手く噛み合えば最強の一角に入るよ。
栞   今回優勢だったのはそのおかげですか?
ジム改 それもあるけど、祐一に接近戦を仕掛けられた時点でサラじゃ話にならないから。
栞   相変わらず接近戦だけならまさに主人公級の強さなんですね。
ジム改 中距離になると一気に弱くなるけどね。
栞   それでも良いじゃないですか、私なんてNTなのに雑魚扱いです。
ジム改 大丈夫だ、君の方がサラより強いから。
栞   ……そんなに弱いんですか、あの人?
ジム改 サラが弱いんじゃなくて自分が強いんだと自惚れようよその辺は。
栞   なら活躍シーンを下さいよ! それでは次回、ペズン宇宙基地に迫るネオジオン軍。基地駐留部隊は撤退を進めながら迎撃戦をする事に。楽な戦いになると楽観していたネオジオン軍でしたが、予想だにしない抵抗を受ける事に。次回「ペズン陥落」で会いましょう。