110章  ペズン失陥



 ネオジオン艦隊の接近に対し、同方面軍司令官のクライフ・オーエンス中将はペズン基地守備隊の退避を基地司令に命じた。命令を受けたペズン基地守備隊は非戦闘員を急いで輸送船に乗せて脱出させようとしたのだが、ネオジオン艦隊の動きは連邦軍の予想を上回る物で、敵がムサイなどの旧式艦を含まない、新鋭艦だけで編成された艦隊である事を教えてくれている。
 敵の動きの速さから撤退完了までにここに殺到してくると判断したペズン基地司令のヒッシャム少将はなりふり構わずに輸送船を脱出させる事にし、戦闘艦はここで輸送船が安全距離に達するまで時間を稼ぐ事にした。運び出すのはゼク・ドライ関係の技術資料だけにとどめ、物資などは全て遺棄していく。出来れば破壊してしまいたいが、破壊している時間が今は惜しいのだ。
 迎撃の為に残るのは駐留艦隊の巡洋艦4隻とMS48機のみ。6隻の駆逐艦と戦闘機、哨戒艇は全て輸送船の護衛に回す。ペズン基地の砲台も入れれば多少は持ち堪える事が出来る筈、という読みがヒッシャムにはあった。

「まあ、奇跡的に敵の一撃を跳ね除けれればコンペイトウからの救援部隊が到着してくれるさ」

 ヒッシャムはそう言って渋る部下たちを送り出し、輸送船をコンペイトウに向けて進発させた。勿論ヒッシャム本人もそんな可能性に期待しているわけではないが、そう思わないと空元気も湧いてはこない。
 もし本当に間に合ってくれれば、ペズンは持ち堪える事が出来るだろう。だがいまや旧式化著しいジムUや、力不足が明らかとなりつつあるジムVではネオジオンのMS相手に何処までやれるか。
 ペズン基地にあるペズン工廠はジムUからジムVへの改修を主に担当していた工廠で、連邦宇宙軍の中ではそれなりに重要な工廠だったのだが、こうなっては放棄も致し方ないといえるだろう。

 退避していく輸送船と護衛艦を見送りながら、ヒッシャム少将はネオジオン艦隊の動向を尋ねた。

「敵の動きはどうなっている?」
「そろそろこちらの警戒ラインに入りますね。哨戒機の報告よりも少し多いようです」
「まあそうだろうな。こちらの迎撃準備は?」
「既に完了しています。司令、そろそろガングードの方に移られた方がよろしいのではありませんか?」
「基地内の人員は?」
「砲塔の自動化設定を行っている砲塔要員以外はガングードに乗り込みました。他には司令部要員だけです」
「分かった、では司令部機能をガングードに移そう。砲塔要員も早く退去させろ」

 残っている戦闘要員は巡洋艦に乗せて脱出させる。とにかく今はクライフの命令どおり、1人でも多くの将兵を脱出させる事を最優先させねばならない。できればネオジオンがあと1時間足踏みしてくれれば無傷での撤収も可能なのだろうが、それは虫の良すぎる期待だったろう。
 撤収完了まであと40分というところで、遂にネオジオン艦隊が防衛ラインに突入してきたのだ。




 レウルーラからは撤退を開始しているペズン基地の様子が確認されていたが、戦闘艦艇とMSが迎撃の構えを見せている事からこちらと一戦交える意思はあるようだと判断され、キャスバルは前衛をペズンに向けて前進させる事にした。だが彼らは重厚に敷設されている機雷原に停滞を余儀なくされる事になる。
 戦略拠点として使う事を考えられていなかった基地だけに配備されている戦力は少ないペズンであったが、だからこそ防衛用の機雷や戦闘衛星などは十分な量が回されていた。人手は重要度の高いコンペイトウに優先されたので、ペズンには安価な防衛用装備を優先して回されただけであったが、それがネオジオン艦隊を食い止めるのに意外に役に立ってくれていた。
 ネオジオンはエゥーゴと同じく正面装備に特化しているので対機雷戦などに使う掃宙艦のような装備は持っていない。連邦やティターンズなら機雷戦も日常的に行われているので掃宙艦も多数保有しているのだが、ネオジオンにはそんな艦を保有する余裕はない。
 だからネオジオンは機雷の排除を艦砲とMSで行うしかなかった。進路上の機雷を砲撃で片端から破壊し、撃ち漏らしをMSが破壊していくという形だ。だがこれは掃宙の確実性に欠ける方法で、処理から漏れた機雷に引っかかる艦が必ず出てくる。これを連邦やティターンズは嫌い、掃宙艦による確実な航路の安全確保に努めているのだ。
 ネオジオンも1年戦争で散々連邦軍の機雷戦に悩まされた筈なのだが、掃宙という地味な分野には力を注いではないなかった。


 機雷の除去を進めていた4隻のエンドラ級巡洋艦は機雷を排除した空間をゆっくりと進んでいったが、先頭を行く1隻が早くも触雷し、艦首に爆発の閃光を生じた。艦首を吹き飛ばされた巡洋艦がなおも惰性で暫く前に進み、2つ目の機雷に触れて止めを刺される。
 力尽きたように進路を外れ、左側へと流されていく巡洋艦の脇を後続の船がすり抜け、前へと進む。機雷原を大きく迂回すれば被害を受けないだろうが、余り時間をかけると今度はコンペイトウからの増援部隊が到着してしまうので、多少の被害は止むを得ない。敵がさっさと逃げ出してくれればよかったのだが。


 巡洋艦がはやくも1隻大破したのを見たキャスバルは顔を顰めてその様子を見ていたが、また新たな閃光が生まれて2隻目の巡洋艦が船体中央に大穴を開けられてしまった。

「また1隻やられたか、これ以上被害が増えると後で軍令部が煩いだろうな」
「総帥、そのような事は後で考えられた方がよろしいのでは?」
「余り被害が大きいと、戻った後で色々とな……」

 戦いの最中にも目の前の敵よりも本国の政敵を気にしなくてはいけないキャスバルの境遇に、ライル艦長は同情の眼差しを向けてしまった。元々総帥になりたかった訳でもなく、ただアクシズ内の騒動を治める為に止むを得ず総帥に就任しただけなのに。本人は一介のパイロットで居たかったというのはアクシズ内では有名な噂だ。
 何とか4隻目の巡洋艦が機雷原を突破し、出口の守りに付く。前衛が切り開いた航路を抜けて本隊もペズンを目指したが、その頃には連邦側も最後の脱出船である巡洋艦ガングードがペズンを離れようとしていた。

「総帥、連邦の艦隊が逃げに入ったようですが、いかが致しますか?」
「多少は戦果を稼いでおかねば面目が立たんさ。それに、グレミーの事もある」
「では、レウルーラは予定通りペズンに入り、作業の指揮を取ります」
「ああ、そうしてくれ。私はRジャジャで出撃する事にする。コバヤシ准将も子供の相手で辟易しているだろうしな」
「はっ、了解しました」

 艦橋を出て行くキャスバルを見送ったライルは視線を眼前のペズンへと戻すと、右手で顎を弄りながら今回の出撃に合わせるように広まりだした噂の事を考えてしまった。

「今回の総帥の出撃、実はグレミー・トトの指揮下に加えられたNT部隊の子供が目当てだという噂が広まったが……まさかな」

 それはアクシズ時代から囁かれているゴシップの類であり、出所不明の下世話なネタでしかなく、誰もが使う指導者を揶揄したジョークでしかない。何時の時代でも偉い人というのは適当な事を言われる物で、いちいちそんな噂に真面目に取り合うような者は居ない。
 だが、この噂の出所はNT研究機関の、フラナガン機関出身者であるといわれている。それが誰なのか分からない辺りがまさに噂だが、今回の出撃にあわせてハマーン・カーンの機嫌が加速度的に悪くなっていたという話もある。

 あの噂、何処まで本当かとライルが考えていると、オペレーターが連邦のMS隊と我が軍のMS隊が接触した事を告げてきた。それを聞いてライルは噂の事を頭から追いやり、MS隊に要塞までの航路の安全を確保するように命じたが、ネオジオンMS隊は予想外の苦戦を強いられる事になる。



 ペズンに向かったガ・ゾウムやドライセン、ザクVは大量に配置されていた要塞砲や戦闘衛星の抵抗を排除しながら進んでいたのだが、要塞正面で脱出するサラミスを守るように展開した3隻のサラミスとMS隊の迎撃を受けた。
 艦砲射撃を受けて散ったネオジオンMSにジムUやジムVが果敢に挑みかかっていく。当初は旧式機ばかりで余裕を持って叩き潰せると考えられていたが、旧式のジムU、ジムVは彼らが思っていたよりも遥かに速く、そして機敏に動いてネオジオンのパイロットたちをと惑わせた。

「な、何だこいつら、やけに速く!?」
「右から来るぞ、誰か援護しろ!」
「おい、1機の反応がいきなり2つになったぞ!?」
「落ち着け、ダミーに惑わされるな!」

 右側から迫ってきたジムV2機のレーダー反応が距離を詰めたところでいきなり4つに増えたのを見て、ドライセンのパイロットが焦りを見せている。それを隊長が叱責したが、その隊長のザクVがいきなり右腕をビームに撃ち抜かれ、消し飛ばされてしまった。右腕を失ったザクVが後退して3機のドライセンが前に出たが、その彼らの前に現れたのはレーダーが示すとおり4機のジムVであった。信じがたい事に彼らは接触するギリギリの密着状態で距離を詰め、数を少なく見せていたらしい。
 敵パイロットは技量が高い、とネオジオンMS隊の指揮官が認識した時には、既に2割近い数を撃破されてしまっていた。敵は技量に優れているだけではなく、明らかに戦い慣れているようで動きに無駄が見られない。一隊が味方機の一部を分断するように動き、孤立した部隊を別のMS隊が確実に叩き落すという教科書通りの戦い方を実行してみせている。
 性能で劣る筈の敵機に撃ち減らされたネオジオンのMS隊は態勢を立て直す為に大きく後退し、艦隊の所まで戻った。逃げ戻ってきたパイロットたちはなんでこんなところにこんな精鋭が居るんだと口々に喚きたて、キャスバルからペズン周辺の制宙権を確保しろと命じられたグレミーは戸惑ってしまっていた。まさか送り込んだMS隊がこうも簡単に叩きのめされて戻ってくるとは予想もしていなかったのだろう。

「ま、まさか、報告ではジムUとジムVしかいないと聞いていたのに……」
「いや、報告通りのようだぞグレミー大尉。帰ってきた連中はジムと戦闘機しか見ていないようだ」

 呆然としているグレミーにショウが現実を直視させるように少し大きな声で告げる。そのショウの話にグレミーはビクッと肩を震わせ、そしてまさかという顔でショウの方を振り返った。

「そんな、そんな旧式機にザクVやドライセンが一方的に叩きのめされたと?」
「余程いいパイロットが揃っていたか、余程いい指揮官がいたかだな。もしかしたら偶然教導部隊が来ていたとかもしれんが」

 連邦軍に限らず、軍隊にはパイロットを鍛え上げる為の教導部隊が存在する。かつてペズンに居た教導団はこれとはまた別の組織で、これは新兵器のデータ取りなどを任務としていた。アグレッサーとも呼ばれる彼らはエース級が揃っていて、当然ながら並の部隊より遥かに恐ろしい相手となる。そんな部隊がたまたまここを訪れていた可能性をショウは考えたが、だとすれば自分たちにはツキが無かったとしか言えまい。
 最も、今回連れてきた部隊がア・バオア・クーにあって連邦軍と戦い続けている連中に比べれば明らかに見劣りする本国軍のパイロットで編成されたMS隊である事を考えると、敵が特に精鋭であるとは限らないかもしれないのだが。将兵の全体的なレベルではネオジオンは連邦に及ばないというのが長年戦い続けてきたショウの偽らざる本音であったから。

「それで、どうするねグレミー大尉。虎の子のNT部隊を前に出すか?」
「で、ですが、貴重なNT部隊に損害が出たりしたら」
「戦う以上損害が出るのはやむを得ない事だろう。1年戦争でもこの戦争でもNT部隊は投入されているが、無傷で済んだ事など無いのだからな」

 ファマス戦役ではNT並の戦闘能力を持つシェイド部隊も投入されているが、やはり無傷ではすまなかった。その事を思えば、NTといえども損失は覚悟しなくてはいけないのだろう。

「まあ、NT部隊といっても実質は強化人間部隊だがな」

 誰にも聞こえないようにボソリと呟くショウ。自身もNT能力を持つ身であり、そこを買われてNT部隊の補佐役に抜擢されたわけであるが、彼としては強化人間というのがどうにも好きにはなれないでいる。キャスバル本人は強化人間という存在に対して完全否定という立場には居ないらしいが、自分はこの不快感を何とかしたかった。

「こんな任務、さっさと終らせて元の仕事に戻りたいな。ここは息が詰まる」
「コバヤシ准将、あの、よろしいですか?」
「あ、ああ、何かな大尉?」

 愚痴っていたショウはグレミーに背中から声をかけられ、少し慌てながら振り返って何かと尋ねた。グレミーは通信用紙を手にキャスバル総帥から総攻撃の命令が届いている事を伝え、我々もNT部隊を出してこれに参加しようと思うと言って来た。
 これにショウは力攻めする事に決めたのかと呟き、これ以上時間をかけて敵の増援を相手にするよりは良いかと覚悟を決めた。

「分かった、出そう。それと艦隊も前に出した方がいいと思うが」
「は、了解しました」

 グレミーは敬礼して指示を出す為に部下たちの所に戻っていく。それを見送ったショウは胸の前で腕組みすると、思っていたより真面目で良い青年ではないかとグレミーを評価していた。彼の噂は聞いていたが、てっきりザビ家の後継者としての尊大さが鼻に付く世間知らずの坊やだと思っていたのに、こうして話してみると経験不足ではあるが真面目で任務に忠実な、将来有望そうな若手将校という感じである。しかも僅かであるがNTとしての力も感じ取れていた。

「デラーズ閣下の暴走かと思っていたが、これは案外面白い人材なのではないかな?」

 ショウ自身はどちらかというとファマス派に近い立場で




 グレミーたちを大苦戦させた連邦のMS隊というのは、ショウの予想したとおり偶然基地に来ていた精鋭部隊であった。たまたま新品のジムキャノンVとジムVを受領しに来ていた真琴のフォックスティース隊が居た事がグレミーたちの不幸だったといえるだろう。連邦有数の精鋭部隊が相手だったのだから叩きのめされるのも無理はない。

「機体の仕上がりを見るには丁度良い相手だったわね」
「隊長、完熟テスト終ったばっかりなんですから、壊さないで下さいよ」
「MSなんて戦って壊れるのが当然の機械なんだから、気にしなくて良いのよぅ!」

 前使っていたジムキャノンVを酷使して使えなくしてしまった真琴の言い分に部下がおいおいと呆れた声を漏らす。だがまあ、MSは消耗が激しい機械で壊れるのも早い。一度出撃したら暫く使えない事も多く、パイロットは連戦では違う機体を乗り継いで戦う事も多い。
 そういう意味では真琴の意見も一理あるだろう。まあ整備兵や補給担当にしてみればふざけるなと怒鳴り返したくなるだろうが。

「でも、これで終わりじゃないでしょうね。次はどう来ると思う?」
「出てきた戦力が中途半端でしたからね。こういう時のネオジオンの次の手は多分、NT専用機でしょう」
「キュベレイかゲーマルクかあ、あれ強いから嫌なんだけどなあ」

 ファンネルは鬱陶しい、というのが真琴に限らず連邦パイロット全般の意見だ。分かっていればミサイルのようなものだから対処するのは不可能ではないが、一度に複数から狙われると対処できなくなってしまう。あの手のはあゆたちに任せておくのが正しいのだろう。
 ネオジオンの動きに警戒しながらどうするのか話し合っていると、ヒッシャム少将からペズンから撤退しろという命令が届いた。遅れていた撤収作業が完了したようだ。真琴もやれやれと肩の荷を降ろし、艦隊に続いて部下たちをつれてここを離れていく。
 だが、ネオジオン軍はペズン守備隊を黙って行かせてやるつもりはないようだった。先ほどの戦いが余程彼らのプライドを刺激したのか、ネオジオン軍は今度はキュベレイとゲーマルクを先頭に押し立てて第2波を送り込んできたのだ。それにはデータベースに登録されていない新型機までが含まれている。

 これに対してフォックスティースとペズン駐留MS隊が果敢に迎え撃つ構えを見せたが、やはりNTの投入は大きかった。ゲーマルクから放たれたマザーファンネルから多数のチルドファンネルが飛び出し、ジムUやジムVに容赦なく襲い掛かっていく。1方向からの攻撃なら問題無く対処できただろうが、同時に他方向から撃たれると対処できるパイロットは限られてくる。
 味方機の数は先ほどの戦いで40機を下回っている。損得比で言えばこちらの圧勝だが、敵はこちらより数でも性能でも勝るのだ。そんな敵を相手に何時までも戦い続けられる筈が無い。
 真琴は少しだけ考え、そして自分が今如何しなければいけないのかを受け入れて残念そうに笑った。

「あぅ、一度くらい、彼氏作ってみたかったかも」
「隊長?」
「悪いわね皆、ここがフォックスティース隊の最後の戦場になりそうよぅ」

 自分たちが踏み止まらないとペズン守備隊は全滅してしまう。天野大隊と共に連邦最精鋭の一角を担うフォックスティース隊が居ればこそ敵の第1波は撃退できたのだ。ここから自分たちが抜けたりすれば、残りの部隊では束になっても勝負にはならないだろう。12機の犠牲で4隻の船と数十機のMSや戦闘機を逃がせるのならば、躊躇する理由は無い。
 真琴の決断を聞かされた部下たちは最初何も言えなかった。それは自分たちに死んでくれと言っている言葉だったから。でもそれだけだ、誰も真琴の決断を責めたりはせず、ただ自分の仕事を受け入れてくれている。

「最後の晴れ舞台がネオジオンのNT部隊ですか、悪い死に場所じゃないですね」
「ゲーマルクの1機でも仕留めていけば、地獄で先に行った奴らに自慢出来ます」
「そろそろ女房と子供に会い行こうかって、思う時もありましたよ」

 全員最後まで付き合ってくれるという部下たちに、真琴は嬉しさと同時に哀れみを抱いてしまった。この中隊には誰も後に残される者が居ないのだ。自分も身内は無く、残される者の心配をするような身ではない。いや、真琴の友人たちの中にも身内の心配をしなくてはいけない者など数えるほどしかない。両親がどちらも健在なのは祐一くらいで、結婚して家庭を持ったのもシアンくらいだ。
 1年戦争ではジオン公国に20億、月に10億、そしてサイド6に10億がいて、残りに60億を超える人間が居た。このうち50億人以上が殺害されたわけで、これを考えれば連邦軍に籍を置いている人間で身内が助かったというのは月かサイド6に居た者を除けばごく稀な幸運を掴み取った者だけだろう。そしてそんな幸運を掴んだ人間は真琴の周りには居なかったという事だ。
 せめて美汐が後を追ってくるずっと先であるように、とフォスターUに居る筈の親友に瞬きの間思いを馳せ、真琴は高らかに宣言した。

「よぅし、それじゃあフォックスティースの最後の戦いをしようじゃないの。あいつらが悪夢にうなされる位に私たちの強さを刻み込んでやるのよぅ!」
「イエス・マム!!」

 真琴たちが命を賭けてネオジオンを通すまいと最後の戦場に向かう。それは、グリプス戦争のMS戦において特筆されるほどの戦いであった。



 MSが始まっている。基地に残されていた最後の戦闘員を満載したガングードと3隻の巡洋艦が安全圏に逃げ切るまでの時間を稼ぐ為に連邦のMSと戦闘機が命を賭けてネオジオンのMS隊を食い止めようとしている。
 それはネオジオンにとっては悪夢のような戦いだったろう。12機のジムVとジムキャノンVの活躍に引き摺られるようにして他のジムUやジムVが果敢にドライセンやザクV、ガ・ゾウムに挑みかかり、これと互角に戦っている。
 勿論何時までも続くはずは無く、いずれは押し切られてしまうだろう。だがこの時だけは確かに数で劣る連邦の旧式MS隊に質と量で勝るネオジオンMS隊は完全に気圧され、押されていたのだ。両者を隔てていた物はただ2つ、経験と勢いである。ネオジオンのパイロットの多くは経験が致命的に不足しているのだが、これがこの戦いで連邦に押される原因となっていた。簡単に言えばネオジオンのパイロットたちは連邦の決死の勢いに飲まれてしまっていたのだ。

 この連邦の勢いに飲まれていたのはパイロットたちだけではなく、ザザダーンのグレミーも同様だった。味方機が次々に撃墜され、あるいは損傷して引き返してくる体たらくに怒りと同時に焦りを覚え、無謀な命令を出してしまっている。

「MS隊に退くなと言え。砲術長、砲撃は出来ないのか!?」
「ここで撃てば味方撃ちの危険が大きすぎます」
「構わん、多少のリスクは覚悟の上だ!」
「お、お待ちください、味方の主砲に撃たれたら兵たちの士気が……」

 流石に不味いと思った副官がグレミーを止めようとするが、頭に血が上っているのかグレミーは聞き入れようとはしなかった。その様を見てやれやれと溜息を漏らし、ショウがグレミーを止めに入る。

「落ち着けグレミー・トト、将がうろたえれば兵が動揺する」
「しかし閣下、このままではMS隊の損害が馬鹿になりません。既にキュベレイを2機も失っているんですよ!」
「そんな事は後で考えろ。今は目の前の事態への対処だ。手持ちの戦力で如何する事も出来ないのなら、次にするべき事は何だ!?」

 ショウに怒鳴られたグレミーは次にすべき事と問われ、はっとなって肩を落とした。

「すぐにキャスバル総帥に増援の要請を出します」

 頭に血が上っていた事を自覚したのだろう、グレミーは慌てて事態の収拾の為に動き出した。その様子を監督しながらショウは、帰ったらこの被害についてデラーズ総長にまた色々言われるだろうなあと想像し、ちょっと落ち込んでしまっていた。ショウとしては悪いのは自分じゃないと文句の1つも言いたいだろうに。




 4隻の巡洋艦がある程度離れたところで、真琴は戦場に残っていた残存のMSや戦闘機に戦場からの離脱を許可した。本来ならヒッシャム少将が命令を出すべきところだが、既にガングードとの通信は途絶している。ミノフスキー粒子のせいで通信が届かない距離にまで開いてしまったのだろう。
 真琴の命令を受けて比較的敵機の少ない宙域を突破してジムUやジムVが戦場を脱出していく。それを許すまいとネオジオンのMS隊が追いかけてくるが、それを阻もうと逃げようとしていたMSの何機かが反転して乱戦に持ち込んでくる。真琴たち以外にも腹を括っていた者が居たようで、自分たちが捨石になって大勢を逃がそうとしている。
 真琴は4機の部下を連れて大元のゲーマルクを叩く為に前に出ようとしていたが、それはNT部隊を守るように前に出てきたネオジオンMS隊に阻まれてしまった。

「邪魔よぅ!」

 2門のビームキャノンが咆哮し、迂闊に接近戦を仕掛けようとしてきたドライセンを木っ端微塵に打ち砕く。その隣に居たザクVを部下のジムVがミサイルで仕留めている。
 だが、それが真琴達の限界だったようだ。

部下たちが1人、また1人と撃ち落される中で、それでも真琴は必死に戦い続けていた。この時フォックスティース隊がたたき出した戦果は驚嘆するべき物で、ネオジオン軍は12機のジムを叩くのに2倍以上の数を叩きつけ、そのほとんどが逆に撃破されるという信じ難い被害を蒙り続けている。
この惨状を見かねて遂にキャスバル率いるRジャジャとドーガまでもが真琴達のほうに現れ、フォックスティース隊は完全に退路を失う事になる。

「隊長、敵の新手です。Rジャジャ3機に新型が12機!」
「いよいよ本命のお出ましね。誰か、逃げれそうな奴は居る?!」
「こっちは残り6機、周りは敵だらけですよ隊長、逃げる算段なんか付きませんよ」

 この状況から逃げ出せるのは本当にサイレンのトップクラスのエースくらいだろう。1人当たり3〜4機を落とせるなら別だが、流石にそれは出来そうも無い。いい加減新品の機体も悲鳴を上げているし、何よりもう弾もエネルギーも推進剤も無いのだから。

「艦隊は多分安全圏よね。他のMS隊も半数は逃がせた。上出来じゃない」
「隊長、どうします?」
「ここまで来たんだから、船を沈めるのも良いと思わない?」
「おっ、良いですねそれ。乗りますよ」
「ジオンの糞ったれを1人でも多くつれてあの世に行くとしましょうや!」

 古参の連邦軍兵士には1年戦争の生き残りが多い。特に当時のスペースノイド出身者はジオンに家族や友人を皆殺しにされた事もあってか、ジオンに対して憎悪のような感情を抱いている者が多い。秋子もその傾向が強く、ジオンに対してはより感情的な怒りを見せる事がしばしばある。
 真琴もそんな1人であり、ティターンズは裏切り者として忌避していたがネオジオンに対してはただ憎いという感情しか湧いて来ない。ジオン共和国軍も最近になってやっと味方だという認識が共有化され来たというほどで、連邦のジオンコンプレックスの深さは想像を絶する物がある。
 とはいえ連邦とティターンズの泥仕合のような戦争に嫌気が差し、キャスバル率いるネオジオンを支持するスペースノイドも居ない訳ではない。特に貧困層にはその傾向が強く、反連邦感情がそのままネオジオンに対する期待に裏返ってしまっている。
 もし彼らが決起してネオジオンに合流しようなどという動きを見せたりすれば、秋子もジャミトフも容赦なく彼らを叩き潰すだろう。そうなったら事態はさらにややこしくなってしまう。
 もっとも、そのネオジオンが占領しているサイド3では反ネオジオン感情の高まりが天井知らずであり、連邦の力を借りてネオジオンを叩き出し、ジオン共和国を復活させようとする地下活動が活性化しているのはどういう皮肉だろうか。

 ザザダーンに迫るジムキャノンVとジムV3機に直衛のガ・ゾウムが迎撃に向かうが、この4機を阻むには役不足も甚だしかった。少し離れていたキャスバルもその卓越した技量に感嘆の声を漏らしたほどで、真琴達はネオジオンの妨害を突破しながらザザダーンへと迫る。

「総帥、このままではザザダーンが!?」
「心配するな、もうカミーユ君がカバーに入っている」

 キャスバルの示す先では、3機のドーガがザザダーンを守るべくジムVの前に立ち塞がろうとしている。皮肉な事にそれはエゥーゴからネオジオンに亡命したカミーユの部隊だった。防衛線を突破してきたジムキャノンVとジムV1機に3機のドーガが上方から襲い掛かり、その足を止めようとする。

「なんでこんな所にまで来るんだ、そんなに死にたいのかよ!?」

 カミーユのドーガが迫るジムキャノンVにハンドグレネードを放つが、ジムキャノンVはそれを回避するとドーガを無視してザザダーンに向かおうとする。そのジムキャノンVを狙って3度ビームライフルを放つが、蛇行するジムキャノンVを捕らえる事は出来なかった。これで距離を詰めたジムキャノンVガ両肩のミサイルランチャーからミサイルをザザダーンに向けて立て続けに放ち、3発のミサイルに直撃されたザザダーンが身悶えしている。

「外した、いや避けたのか僕の射撃を!?」
「何をしている、カミーユ君!」

 何時の間にかキャスバルのRジャジャがカミーユの取り逃したジムキャノンVに取り付き、3度目の射撃でこれの足を止めた。行き足を止められたジムキャノンVのビームキャノンがRジャジャを狙うが、キャノンを向けた頃にはもうRジャジャはそこにはおらず、Rジャジャが一気に距離を詰めようとしている。一度接近戦に持ち込まれたら格闘戦に特化しているRジャジャに支援機のジムキャノンVが相手になる筈も無く、数度の交戦で懐に飛び込んだRジャジャがライフルから形成したビームソードをキャノンのコクピット辺りに突き刺し、これを仕留めた。

「私の期待を裏切るなよカミーユ君、こうも簡単に突破を許すようでは困るぞ」
「す、すいません総帥!」

 叱られたカミーユは恐縮してしまったが、内心ではその期待を疎ましく思っていたりする。自分が期待されてるのはNTだからであって、他の部分ではない、という事をカミーユ自身が察してしまっている為だが、同時にネオジオン内に流れるギスギスした空気に早くも嫌気がさしているという事情もあった。

「これじゃエゥーゴと同じじゃないか、いやもっと酷いんじゃないか?」

 これがネオジオンに移った後のカミーユの率直な感想であった。なまじ高レベルのNTとしての力が高い感受性を与えてしまっている事も裏目に出ていて、カミーユはネオジオンの中に流れる嫌な空気と醜悪な対立構造に精神を磨耗させていたのだ。
 これがアムロなどであればある程度割り切って考える事も出来ただろうが、残念ながらまだ若く、感情を制御し切れてるとは言えないカミーユには無理な事だった。その鬱憤をぶつけられるのはもっぱら共にネオジオンに移ったライデンだったのだが、彼もこのネオジオンの空気に馴染めなかったようで、程なく上層部から疎まれてア・バオア・クーに飛ばされてしまっている。
 そしてカミーユは今ではキャスバルの元でNTパイロットとして同行する直属の部下となっているのだが、総帥直属である筈なのにその待遇は決して良いとは言えなかった。いや、はっきり言ってしまうと悪かった。軍部はデラーズの影響下にあるので、そのデラーズと喧嘩しているキャスバルの側近に取り立てられた元エゥーゴの小僧に軍部が良い顔をするわけも無く、強力なNTでありながらカミーユに上等な機体が回される事は無かったのだ。
 それどころか出撃の機会も与えられず、これまでコア3で飼い殺しに近い状態に置かれていた。その意味ではミネバの親衛隊長であるガトーに似ていると言えるかもしれない。




 ペズンの近くまでやってきた援軍の艦隊は、そこでペズンから脱出してきた輸送船を回収する事となった。最後にはボロボロのMSや戦闘機に護衛された巡洋艦部隊を収容した。巡洋艦ガングードと共にペズンを脱出してきたヒッシャム少将の口からペズン基地の陥落とフォックスティース隊の全滅が伝えられ、救援艦隊の司令官は如何するかの判断をクライフに預けた。

「そうか、沢渡たちはペズン守備隊を脱出させる為に殿に残って玉砕したか、何時も陽気な彼女には相応しくない最後という気もするが、最後にこれだけ暴れ回って逝ったか」

 ペズン陥落とフォックスティースの全滅という知らせはクライフを意気消沈させ、敵に多数のNT専用機の姿があったという報告を聞いて無理をせずに引き返してこいと命令した。最後まで留まっていた生き残りたちの話ではフォックスティース隊の戦いぶりは壮絶なもので、玉砕と引き換えに倍程度の敵機を撃墜し、さらに戦艦1隻、巡洋艦1隻を撃破したらしい。その中にはキュベレイやゲーマルクといったNT専用機も含まれており、最初から玉砕覚悟だったとしか思えないような後先考えない戦いをしていたという。
 最終的なネオジオンの損害は参加兵力の4割を喪失、ないし損傷させられるという甚大なもので、ペズンのような戦略的価値の低い拠点を攻略するには割に合わない大損害を蒙ったといえる。
 しかもこの後、ペズンを維持する事は出来ないと判断したのか、ネオジオンはペズンを核兵器で爆破処理し、全軍をサイド3へと引き揚げてしまった。まあペズンに残されていた未処分の技術資料などは手に入れただろうし、ペズンが無くなれば連邦の勢力圏にアクシズで直接圧力をかける事が可能になる。やろうと思えば再びサイド5を直撃する事も可能だろう。まあやったらアクシズでも帰って来れないだろうが。



 しかし、このペズン陥落は単なる戦線の整理だけに留まらない巨大な影響を連邦軍にもたらす事になる。ペズンの失陥と沢渡真琴の戦死、この2つの報を受け取った秋子は報告したジンナ参謀長の前で座っていた執務机の椅子から崩れ落ちるように床に倒れてしまったのだ。
 水瀬秋子宇宙艦隊司令長官が倒れる、この知らせは連邦全体を震撼させる事態であった。




後書き

ジム改 ペズン消滅、秋子さん倒れるという回でした。
栞   真琴さん、戦死ですか?
ジム改 連邦の限界が彼女を死地に追いやったとしか言えません。
栞   秋子さんも倒れちゃったら、誰がその穴を埋めるんです?
ジム改 ぶっちゃけもう人が居ないけど、まあエニーだろうね。クライフより先任だし。
栞   ジャブローから誰か来ないんですか?
ジム改 ワイアットとか生きてれば良かったんだが、戦死してるし。
栞   連邦の人材不足も深刻ですねえ。
ジム改 そう、深刻なの。というか他にも色々と厳しいのよ。
栞   限界は近い、という事ですか。
ジム改 近いというか、どの勢力もとっくに限界は超えてる気がするけどね。
栞   それでは次回、ペズンと秋子さんと失った連邦政府は容易ならざる事態に焦りを見せ、この戦いの終り方の修正を考え出します。それは連邦が完全勝利を諦めた瞬間でした。一方、秋子さんが倒れたという知らせを聞いたティターンズとネオジオンもまた動き出します。次回「歴史は動いた」で会いましょう。