第115章  太平洋の嵐


 

 ルナツーへの連邦軍の攻勢は、連邦とティターンズの双方に重要な意味を持った戦いとなった。ルナツー司令部から戦闘の詳細を受け取ったグリプスでは早速首脳部を集めた会議が行われ、この戦いが連邦軍にとって1つの実験だったのではないかという回答を導き出していた。
 バスクの参謀たちが送られてきたレポートや映像を纏め上げた報告書を読み上げ、連邦軍がのMS編成がこれまで一部の部隊で見られていたMS部隊の4機小隊編成に切り替わって来ている事、MSにエゥーゴから流出したと思われるMS、アナハイムの施設から入手したデータからジェダと呼ばれていたジェガンのベース機が加わっていた事などが注目点として上げられている。

「連邦の4機編成小隊は例の天野大隊が開戦前から採用していたもので、その有用性は当時から認識されておりました。ただ部隊編成の機数を増やす事のデメリットも大きく、我々は採用を見送っていたのですが、連邦軍はこれを本格的に導入したようですな」
「何故我々は採用を見送ったのだ?」
「簡単です、現在の中隊数を維持したまま、必要な機数を揃えられる算段が付かなかったのです」

 エイノーの疑問に参謀はティターンズとしての問題から採用できなかったという事情を説明した。連邦軍がMS部隊を大隊単位で動かすように、ティターンズは中隊単位でMS部隊を運用している。理屈としてはこれにMSを追加すれば良いのだが、それだけの機材を用意できる目処が立たなかったのだ。加えて編成を変更すればそれに伴ってあらゆる物を変更しなくてはいけなくなり、それだけの時間も金も資材もティターンズにはそろえる余裕が無かった。だからティターンズは従来の編成のままでいたのだ。
 ただ、この編成で激突すると中隊同士の戦いではティターンズが数で圧倒される事になる。ルナツーでは連邦の中隊の迎撃にこちらの中隊をぶつけ、数の差で撃破されてしまう部隊が続出している。今回は始めてであったから仕方がないかもしれないが、今後はこれへの対応を考えなくてはいけない。だが、どうすればいいのだろうか。
 バスクもこの問題には頭を悩ませていた。ティターンズのMS隊編成は極端に言えば主力艦であるアレキサンドリア級重巡洋艦の艦載機の数を元にしている。アレキサンドリア級が常用12機だからこれより増やすとなると運用面で問題が出るのだ。サラミス級も本来は常用3機であり、常用4機となると不都合が出てくる。連邦軍は豊富な空母や輸送艦を持っているので予備機の不足をカバー出来るのだろうが、こちらはそうはいかないのだ。

「12機のバーザムなら16機のジムV相手に対抗出来るだろうが、16機のゼク・アインには歯が立たん。どうしたものかな?」
「グーファーなら優位に立てるだろうが、これの生産も要求に追いつかないのだ。何しろ送った傍から失われているからな」

 バスクが右手で顔を押さえてMSの消耗に補充が追いついていない事を愚痴る。コクピットの脱出ポッド化などによってパイロットの生存性が向上し、撃墜されたMSの数ほどパイロットを消耗しているわけではない。だからMSを失ったパイロットに生産されたMSを送っていけば良いのだが、補充した機体がすぐに失われている状況なのだ。
 加えてティターンズの誇るグリプスの工業力は巨大な物であったが、流石にジャブローには及ばない。その工場は常時フル稼働し続けていて、旧式化がはっきりとしているマラサイを未だに生産し続けている。理由は簡単で、新型機のラインに切り替えるだけの余裕が無かったのだ。
 本来ならティターンズの生産ラインは全てバーザムとグーファーに切り替わる予定だったのだが、連邦との消耗戦で今生産しているMSのラインを止める事が出来なかったのだ。幸いにハイザックからマラサイへの移行は開戦前に完了させていたが、その後はずっと今の状態が続いている。
 連邦がジャブローやサイド5でジム系のラインを戦いながら順次ジムVやゼク・アイン、ストライカーといったMSに切り替えていくのをバスクは歯噛みしながら見ているしかなかったのだ。

 これは宇宙軍だけではなく地上軍も同様であり、ティターンズの3大拠点となっていたキリマンジャロ、マドラス、キャリフォルニアベースではせっかく新鋭機が完成したのに生産が遅々として進まないという問題が起きている。もっとも地上では機体の性能差が宇宙ほどには出難いので、1機のグーファーよりも2機のマラサイをという要求がなされており、グーファーの配備の遅れは特に問題視はされていなかった。既に連邦の手に渡ってしまったが、ニューギニア工廠が完成させたバーザムが稼働率の高さとどんな装備もドライブ出来るという利便性の高さから人気となっている。特に現在の生産型は操縦性の悪さも多少改善が見られるのでますます需要が増えていたのだ。
 そして地上では宇宙では生産されない陸戦兵器の数々も生産しなくてはいけないし、水中用MSやMAも作らなくてはいけない。連邦軍はアクアジムVに加えて旧ジオン軍で使われていたMSMシリーズの水中用MSを復活させたばかりでなく、メタス・マリナーなどの水中専用MAまで投入して制海権の確保を図っており、これに対抗する為にティターンズもネオジオンから入手した水中用可変MSのハイドラクスの配備を進めているのだが、劣勢は否めなかった。

 この制海権の喪失は深刻な問題で、太平洋のキーストーンと言えるハワイ基地は周辺海域を実質的に封鎖された状態で孤立させられてしまった。海鳴基地にはハワイ攻略用と思われる大船団が集結を開始しているが、これを攻撃する為の戦力はもう地上軍には無い。情報部は連邦地上軍が大規模な行動を起こそうとしている事を掴んでいたが、それが北米を狙っているのか、それともキリマンジャロを攻撃するつもりなのかがはっきりとはしていなかった。ただ海鳴基地の動きを考えると、北米を狙っているのではないかと地上軍は判断していたのだが。


 暫くの沈黙の後、バスクはなんとも憂鬱そうな声でこのルナツー戦が教えてくれた事を口にした。

「つまりだ、我々はこれから先、MS戦で連邦に勝利する事が難しいということだな。連邦宇宙軍はMS戦術をより強力なものへと進歩させたが、我々にはそれに対応する事も出来ず、これを制する性能をもったMSの量産は間に合わないと」
「そう断言する事もないと思いますが。こちらもジェガンが最終テスト中です。ジェガン用の生産ラインもグリプス内で整備が整っています」

 バスクの言葉に参謀たちが反論したが、バスクは彼らの主張に頷く事は無かった。確かにジェガンは良いMSだが、ジェダと比較して確実に優位に立てるというMSでもない。利点はコストパフォーマンスの良さであり、現用主戦機として十分な性能を持ってはいるがグーファーやネロのような超高性能機というわけではないのだ。
 この状況を打破できる可能性を秘めているジ・Oの量産型であるブレッタの生産も始まっているが、これの数が揃うにはまだ時間がかかる。バスクとエイノーはブレッタの運用では意見を一致させていて、中途半端に各部隊に少数配備するような事はせずに纏まった数で運用する事にしていたので、これの編成と訓練が終るまではグリプスから動かすつもりは無かった。
 また、もう1つの不安として連邦が随分前から進めていたゼク・アインの後継機であるゼク・ドライが完成間近だという情報の事もある。すでに試作機なのか、それともテスト機なのかは分からないがゼク・ドライと思われるMSが幾度か戦場で確認されており、これが何時実戦配備されるのかにティターンズは神経を尖らせていた。情報ではこれは完成すれば従来機とは一線を画する性能を有する画期的なMSとなると言われていて、グーファー以上の性能を持っているのではないかと危惧されていた。

「まあ、ルナツー方面は良いだろう。サイド6の方はどうなのだ、エイノー提督?」
「正直、楽ではないな。広大な宙域を挟んでにらみ合っている為に船の傷みと推進剤の消費が馬鹿にならん。連邦軍はかなり多数の部隊を交代で動かしているようだが、それに対抗するのは不可能だ」
「何故連邦はそれだけの部隊を動かせるのだ。サイド6のインフラは破壊した筈だが?」
「どうもサイド6にかなりの数の工作艦と浮きドックを入れて基地機能を代替しているらしい。補給艦も入れている事が確認されている」
「……後方支援の充実振りはさすが連邦、というところか。フォスターUは戦前からその手の装備が充実していたからな」
「宇宙艦隊の母港として整備を進められていたからな、仕方がない」

 サイド5は秋子の緊急展開軍の母港として、そしてゆくゆくは宇宙艦隊司令部をここに戻す事を目指して大規模な整備が進められていた。フォスターUが拠点として運ばれたのもサイド5の再建資材の調達と拠点機能を兼ねている。
 そのためにサイド5にあるフォスターUは同時期に整備されたグリプスと並んで連邦宇宙軍で最も新しい設備で満たされた基地の1つとなった。ただグリプスが生産開発拠点としての機能を重視されたのに対し、フォスターUはあくまでも宇宙艦隊の拠点としての機能を重視され、大艦隊の泊地としての機能を優先されている。だから要塞には大量の宇宙港が設けられ、多くの艦を整備、修理する為の各種ドックが充実しているのだ。
 そのフォスターUに大量にあった浮きドックを巡洋艦でサイド6まで曳航して来たのだろう。おかげで連邦艦隊は中破以上の被害を受けなければサイド6から下がる必要はなくなっている。
 このサイド6の奪還作戦は幾度か考案されてはいたのだが、いずれも勝算無しという事で白紙に戻されている。サイド6には1個艦隊が既に入っていて守りを固めているので、これを撃破するとなるとこちらは100隻程度を投入しなければ勝算は見込めないだろう。勿論そんな艦隊を用意するだけの余力は今のティターンズにはないので、強力な新鋭機であるアトラスやブレッタの投入によって数の不足を埋めるという案が出されたのだが、ブレッタはともかくアトラスをそれだけの数揃えることが出来るのかという問題が浮上している。また数が揃えられてもアトラスの性能を引き出せるような優秀なパイロットを集めるのは容易ではない。各戦線からエースを引き抜いたりしたら戦線のバランスが崩れかねないのだから。


 真っ向からの勝負では勝利は覚束ないというので、連邦が避難を進めていたサイド2への牽制攻撃というプランも出された。サイド2の住民は輸送船団でサイド5への移住が進められていて、既にその大半は移住を終えているはずではあったがまだ作業を継続されている。このサイド2に長距離ミサイル攻撃を加えて連邦の艦隊をそちらに向けさせようという物だったが、連邦軍はこちらにもかなりの艦艇を既に割いているので見込みは薄いだろうと判断されている。


 なんとも憂鬱な空気が会議室を支配している。強気のバスクでさえ肩を落とし、これからどうやって戦えばいいのかと意気消沈しているのだ。だが、神は徹底的に彼らを見放していたようで、この憂鬱な茎に止めを刺すかのような急報が地球からもたらされた。

「中将、地球のアーカット中将より緊急の連絡が届きました!」
「一体何事だ?」
「パナマ基地に展開していた連邦部隊が北上を開始、パナマと相対していた北米軍第101師団と交戦状態に入ったという知らせが!」
「戦況は?」
「数の差が圧倒的なので、北米軍は退却を許可したそうです」

 来るべき時が遂に来た、と誰もが感じた。南アジアとアフリカでは今も激しい戦いが続いているが、これまで海に守られた北米にはさほど戦火は及んでいなかった。だが遂に連邦は北米の奪還にまで手を出してきた。それはつまり、連邦にそれだけの余裕が出てきたということだろう。
 冷え冷えとした空気が漂う会議室の中で、誰もがそう遠く無い将来に確実に訪れるだろう破滅の時を予感してしまい、誰もが口を閉ざしてこれからどうすればいいのかと悩んでいた。




 その攻撃は、驚いた事に白昼から始まった。ミノフスキー粒子の濃度が上昇した兆候はなく、レーダーは何時も通りに機能している。だからいきなりレーダーパネルに多数の飛行物体が表示され、オペレーターが声を上げる。

「南西より高速移動物体探知、反応からミサイルと思われます。こちらへの着弾は推定5分後!」
「ミノフスキー粒子の濃度は!?」
「正常値です!」
「なら迎撃ミサイルで応戦しろ。それと空軍に戦闘機のスクランブルを命じるんだ!」

 まず間違いなく対地攻撃用の多弾頭ミサイルだろう。連邦軍の潜水艦から発射された物に違いないだろうが、嫌がらせにしては数が多い。迎撃には骨が折れそうだと防御指揮官が考えていると、それに続いて更なる続報が飛び込んできた。

「北西よりも新たな移動物体です、数は55!」
「高高度レーダーが弾道コースで突入してくる物体を捉えました、軌道爆撃です!」
「超大型の降下物も探知、ガルダ級と思われます!」

 次々に飛び込んでくる敵の攻撃の知らせと、ガルダ級超大型輸送機の接近、こちらのレーダー探知範囲に飛び込むタイミングを合わせてきたのだろうが、ここまで大規模となればもう嫌がらせではない、本格的な攻勢と見て良いだろう。
 防衛司令部から真珠湾のハワイ基地司令部に急報が告げられ、敵の本格的な攻撃が始まった事が伝えられる。それを知らされた司令官は急いで全部隊に戦闘配置に付くように命じたが、状況は彼らが対処するよりも早く、加速度的に悪化を始めていた。

 ハワイ諸島周辺で対地ミサイルが迎撃ミサイルの迎撃を受け、次々に撃墜されていく。多くは本隊を砕かれて部品を撒き散らしながら海へと落下しているが、中には弾頭が衝撃だ作動したのか、空中で爆発している物もある。
 そしてその迎撃を突破したミサイルが次々に空中で子弾を分離させ、地上にシャワーのように子弾をばら撒いていく。これに対してティターンズ側は対空砲火で最後の迎撃を試みていて、落ちてくる無数の子弾を空中で撃破しようとしている。それは無駄な努力ではなかったが、全てを阻止するには到底足りなかった。
 基地に多数の子弾が落下し、赤い煙が着弾点にあがっている。それに対して基地の消火隊が集まってきて火を消そうと準備に入るが、敵はそんな時間を与えてはくれなかった。ミサイル第1波に続いて今度は軌道爆撃の突入弾がオアフ島に降ってきた。突入弾とは大昔の弾道ミサイルのようなもので、その威力と衝撃は凄まじいく、着弾と同時に地震が島を襲い、次いで衝撃波が周囲にあるものを吹き飛ばしていく質量兵器の一種だ。
 南極条約を意識してか、使用された突入弾は小型の物ばかりのようであったが、守備隊に与えた衝撃は相当なものであったろう。守備に当たっている将兵は動揺し、持ち場を離れて逃げ出す者も出てきている。あんな物が自分たちの上に落ちてきたら、地下深くに作られた掩蔽壕にでも入っていなければ助からないだろう。
 そしてまた対地ミサイルが飛来し、クラスター弾をばら撒いていく。迎撃に回す戦力が低下したのか、着弾した子弾は先ほどよりもかなり多い。

 この後更に4波にわたるミサイル攻撃が続き、地上の施設といわず防御陣地といわず粗ごなしに叩かれた後で、オアフ島のワイキキビーチに1年戦争で猛威を振るったジオンのMSMシリーズ、その中でも最も厄介だったMSM−07ズゴックが美しい砂浜に次々に上がって来た。だがそれはジオンのMSではない、機体にははっきりと連邦のマーキングが施されているからだ。


 この時ハワイを襲っていたのは潜水艦から発進したアッガイ部隊とズゴック部隊、そして1機のガルダ級超大型輸送機から降下してきたMSと空挺部隊だった。水陸両用MS部隊が海岸から上陸して橋頭堡を形成し、物資を揚陸している。敵の迎撃部隊が少ないのは輸送機から降下してきたMS部隊の方の迎撃に部隊を取られているからだろうか。
 ワイキキビーチに上陸したズゴック部隊は海岸の微弱な抵抗を排除して沿岸を制圧し、続いてアッガイの護衛を受けた水中発進型の揚陸艇が海岸に乗り上げ、海兵と車両、物資を吐き出していく。それに混じって3機の見慣れない新型MS、ジャギュアーも上陸していた。これはジャブローからテスト用に回された機体で、テスト名目で回されてきた機体だ。見慣れない新型機ゆえに目立つ為か敵の攻撃は集中を浴びる羽目になり、機体表面に幾つもの着弾を示すペイントが塗られていく。だがジャギュアーたちは何事もなかったかのように前進を続け、守備隊のMSを撃破して進路を切り開いていく。

 アッガイとズゴックはそのまま橋頭堡を固め、真珠湾軍港には上陸した地上部隊が制圧に向かった。オアフ島はかつては要塞化された巨大な軍事基地であったが、現在では北米大陸とユーラシア大陸とを結ぶ太平洋の中継基地でしかないのでそれほど多数の守備隊が居る訳ではない。MSも旧型が少数配備されている程度で、上空から降下してきたZプラスとゼク・アインの相手をするには余りにも役不足だった。地上ではまだ価値があるとはいえ、流石に2線級MSであるハイザックやジムUでは対抗するのは難しかったのだ。
 加えてこの降下部隊の指揮を取っているのはあのシアンだった。海鳴の部隊はマドラス攻略作戦から外された代わりに北米反抗作戦に回されていたのだ。シアン本人はズゴックに乗って橋頭堡の確保を指揮していて、降下部隊の方はレイヤー少佐が指揮していた。
 シアンは橋頭堡周辺にMSを展開させて警戒配置に付かせると、M級潜水母艦部隊から発進してきた揚陸艇が物資を降ろして戻っていくのを確認しながら現在の戦況を後方の潜水母艦に尋ねた。

「こちらバレンタイン・リーダー。司令部、現在の状況を知らせてくれ」
「こちら司令部。スケジュールは予定通り進んでいる、後続のミデア輸送機部隊も予定空域に到達、間もなく橋頭堡に着陸する。MS部隊は周辺の対空兵器の制圧を急げ」
「バレンタイン・リーダー了解、聞いたかお前ら、周辺の敵歩兵の掃討を急げとよ」
「さっきからずっと対人センサーを全開にして探してますよ中佐」
「今の所発見された目標はありません。周辺に出した歩兵からも敵発見の知らせは無し、主戦場北西に移ってこっちは静かなもんです」
「キャリフォルニアベースでもこんな感じなら楽でいいんですがね」

 部下たちの軽口を適当に窘めてシアンは警戒を続行するように命じる。潜水艦とは敵艦船への攻撃を行う為の兵器であり、輸送艦では無い。現在ではMS運搬艦というイメージも出来ているが、それでも潜水艦を輸送艦代わりに使うなんて事は普通は考えない。ジオンはオデッサで部隊の撤退に大量のユーコンを投入しているが、これも全体としてみれば微々たるものだった。
 だが、連邦は潜水艦の数に物を言わせたらしい。特に大型のM級潜水艦、ジオンに鹵獲された艦はマッドアングラーと呼ばれていたが、これは艦内にMAを搭載できるほどに巨大な格納庫を持っている。これらの大型潜水艦が輸送艦としての仕事をしていたのだ。まあ居住性は最悪なので、長期間の航海には向かないだろうが。
 シアンはジャギュアーを移動させ、撃破判定を受けたティターンズ役のジムUやハイザックたちの傍でMSから降り、集まっているパイロットたちに苦言をぶつけた。

「お前らなあ、いくら旧式機主体だって言っても脆すぎるぞ。演習だからって気を抜いて無いか?」
「そうは言われましても、防ぐのは容易ではないですよ。こっちのが数が少ないんですから」

 パイロットたちは無理を言わないでくれと零す。シアンたちはキャリフォルニアベース攻略に向けた大規模な演習を行っていたのだが、守備側の迎撃が余りにも弱く、本当にこれでいいのかと疑問に感じていた。キャリフォルニアベースの守りはこれよりはるかに頑強だと予想されている筈なのに。 



 シアンたちの上陸に少し遅れて、ガルダ級から多数のドダイ改が飛び出してきた。上には2機のMSを積み、一気に地上にまで降下してくる。昔ならパラシュート降下しているところであったが、今ではそんな危険なことをしなくても高高度から悠々とサブフライトシステムで降下する事が出来る。ただ音速も出ないほど鈍足であり、また地上から見ると横に幅広い大きな的であるので、ある程度降下したら飛び降りた方が安全であった。
 降下する陸戦型ゼク・アイン部隊の指揮を取っているのは地上に残った北川潤大尉で、香里や栞と共に3個MS中隊が真珠湾軍港に降下し、レイヤー率いる本隊は北部のカネオヘ基地の攻略の為にそちらに降下している。こちらは上陸部隊からの支援は無く、潜水艦からのミサイル攻撃が唯一の援護であった。
 ただ、こちらは真珠湾軍港の予備基地という性格を持った小規模な基地なので、レイヤー隊が手を焼くことは無かったのだが。現地守備隊の主力は当然のように最重要拠点である真珠湾軍港に展開していたのだから。
 軍港内に降下した北川たちは施設内に展開していたMSをマシンガンで始末しながら施設の確保を目指したのだが、共に降下してきた空挺歩兵大隊の展開が遅れた為に一部施設の確保は間に合わずに爆破判定されてしまっていた。ただこれは投入された歩兵の数の不足に起因する問題であった。幾らなんでも1個大隊程度で基地攻略は困難だという当然の結果が示されただけで、軍港の制圧はシアンたちの本隊が突入してからの事になる。
 当面の敵守備隊を撃破した北川は、思ったよりも簡単に降下できたことに拍子抜けしていた。幾らなんでもこれで良いのだろうか。

「おい美坂、こっちの被害は?」
「撃破判定3機ね、敵地への強襲降下としては大成功だわ」
「だな、半数は落ちると思ってたんだがな」

 こんなに楽でいいのかと北川は思った。地上軍の支援があり、敵の迎撃を制圧できていればこれだけ楽な降下もありえるだろうが、今回は碌な支援も無い強襲降下だった。それでこれでは、演習をやった意味が無いではないか。敵司令部の制圧に向かわせた栞の中隊も既に敵を征圧して司令部を確保したと連絡を寄越しているので、作戦は無事完了という事になる。
 幾らなんでもこれで正しい評価が下せるのか、北川はこんな事で本当にキャリフォルニアベースを狙えるのだろうか不安になっていた。先の1年戦争におけるキャリフォルニアベース奪還作戦では大きな犠牲が出ているというのに。





 上陸開始から半日を待たずにオアフ島の戦いは終結しようとしていた。最重要目標であった真珠湾軍港の奪取は既に完了し、軍港内には連邦の旗がポールに揚げられ、歩兵とMSが要所に配置について残敵の警戒に当たっている。そこでシアンは基地防衛に当たっていた将軍と顔を付き合わせ、流石にこれでは上手く行き過ぎるだろうと愚痴を零していた。

「司令官、幾らなんでも簡単すぎです、もう少し防衛側の兵力を増やすか、判定を厳しくしたらどうでしょうか?
「そうは言われても、私もジャブローから指示されたとおりにやっているだけだからな中佐。文句はジャブローの参謀本部に言ってくれ」

 この役人根性の塊のような司令官にシアンは暖簾に腕押しだと悟り、それ以上文句を行く気を無くしてしまった。ジャブローやダカールにはこういった役人化した軍人や、政治家になった軍人が沢山居る。彼らと付き合うのが嫌だからシアンはジャブローには行こうとはしなかった。マイベックや佐祐理などは彼らと上手くやれているようで、だから偉くなれるのだろうとシアンは思っている。
 困った顔で黙ってしまったシアンの様子の変化を見て、茜が困ったものだと言いたげな顔でシアンの前に手にしていたボードを差し出した。

「中佐、敵の抵抗はほぼ終りました。マウイ島とハワイ島の敵守備隊は降伏を申し出てきて、現在武装解除を進めているそうです。北部の山脈に逃れた敵の掃討をコナリー少佐の海兵大隊が行っていますが時間がかかりそうです」
「随分頑張る奴らだな、他の連中は大した抵抗もせずに降伏したってのに」
「指揮官が中々粘るタイプのようで、士気も旺盛らしいです。随伴してくれたら心強いですね」

 視線でシアンに短気を起すなと釘を刺す茜。それに頭を掻く事で応じたシアンは、気を取り直して明日の予定の変更をする為に司令官に再度説得を始めた。

 




 南米軍が中米のティターンズ1個師団を撃破し、北上を開始したという知らせはジャブローを喜ばせた。ノバック大統領はこれまで罵っていた軍部を賞賛し、北米の奪還作戦に取り掛かる時期が来たと機嫌良さそうに閣僚たちに話をしていたが、その話を後から倉田に聞かされたゴップは苦々しい顔をしていた。

「浮かれるのは分かるが、いきなり北米と来たか」
「キャリフォルニアベース攻略作戦の準備は進めているのだろう?」
「詳細はコーウェンに聞いてくれ。だが、発動はもう少し先だぞ」

 確かに連邦軍はキャリフォルニアベースの攻略作戦を計画してはいたが、それはあくまでもキャリフォルニアベースの奪還が目的であって、北米全域の奪還では無い。北米全域を奪還するには何十個師団を投入しなくてはいけないのか、考えて頭が痛くなるのだ。アフリカの奪還は進んでいるが、こちらは1年という長い時間をかけて少しずつ開放を進めてきたのだ。

「北米は前のコロニー落としの余波で大きな被害を受けているから、アジア地域に比べて奪還する意義があるとは考えていなかったのだがな。さて、何処から兵力の都合をつければいいのやら」
「パナマ基地の後方には北進を開始した部隊の他にも第12軍団があるのだろう?」
「あれはキャリフォルニアベースの奪還用の部隊だ、北米全域の奪還には足りんよ。北米のティターンズが首尾よく降伏してくれれば別だがな」
「旧連邦系の部隊への工作は進んでいるんじゃないのか?」
「進んではいる。すでに幾つかの部隊がこちらへの内応に応じている。だがそれもキャリフォルニアベースの攻略を考えてのもので、北米全域の奪還を視野に入れたものでは無いぞ。やれというなら作戦の練り直しが必要になる」
「まあ、大統領の方はアルに任せておくしかない。どうせ浮かれているだけだろうしな」

 倉田幸三はゴップが出してくれたブランデーが注がれたグラスを美味そうに傾け、飲み干したグラスに自分の手で新たな酒を注ぎだした。それを見たゴップが眉間を少しぴくぴくと動かしている。

「少しは遠慮して欲しいんだがな、そのブランデーは戦争で産地が崩壊して手に入るアテが無いんだぞ」
「ケチケチするなよ、連邦軍統合幕僚会議議長なんて大層な肩書きを貰っているんだろう?」
「連邦議員で、対外交渉を任されてるお前の方が給料貰ってるんじゃないのか?」

 ゴップは困った奴だと言いながら幸三からボトルを奪い返し、自分のグラスに注いだ。一応ここは議長のオフィスなのだが、幸三は時々ここに情報を貰いに来るついでに酒を強請っていたのだ。ゴップにはいい迷惑なのだが、政府との緩衝材となってくれることも多いこの男を無碍にする事も出来ず、こうして度々酒を振舞っていたのである。
 幸三は奪われたボトルを寂しそうに見た後、グラスの酒をちびちびと口にしてゴップに愚痴りだした。

「娘の監視が厳しくて酒を飲めない男の辛さがお前に分かるものか」
「倉田佐祐理大尉、いや前に少佐になったか。杏奈美人の娘さんが居るのに何が不満なんだ?」
「……男が出来たせいか知らんが、最近のあいつはなんと言うかこう、妻に似てきてな。逆らえんのだよ」

 少し寂しそうな顔で酒を口にする幸三に、ゴップは何も言わずボトルを差し出してやった。彼の妻は1年戦争の前に病気で亡くなっている。その面影を娘に見てしまっているのだろう。



 そのジャブローでは、北米侵攻作戦の開始の知らせを受けてキャリフォルニアベース攻略の為の準備が本格化していた。この作戦は極東軍とジャブローの南米方面軍が協力して行う総力戦といえる規模の物で、更に宇宙軍からの支援も用意されていた。
 パナマ基地では見慣れたジム改やジムV、ようやく配備数が増えてきた陸戦型ゼク・アインなどが大隊単位で幾つも到着していて、演習場で訓練に明け暮れていたのだが、その中に連邦系ともジオン系とも言い難い独特の重厚なフォルムを持ったMSが混じっていた。それはアグレッサーをやっているようで他部隊のMSの相手をして回っている。

「あはは〜〜、駄目駄目です、赤点です、落第です、よくそれでパイロット徽章取れましたね〜〜」

 よく通る綺麗な声でし相手のパイロットたちの心を残酷に抉りまくる言葉を吐いているのは、倉田佐祐理大尉だった。ジャブローでは最高のパイロットの1人に数えられるエースであるが、それ以上に部隊指揮官として高い名声を持つ才媛だ。ただ普段は人当たりが良くて優しい良い人なのに、相手を詰る時のえげつなさは天野をすら凌ぐという恐ろしい女性だ。
ジャブローで鍛えられた新米たちは彼女の言葉のナイフに切り刻まれながら腕を鍛えられていたのだ。最もジャブロー以外から集まったパイロットたちには初めての経験なので、その容姿や物腰とのあまりのギャップに心を砕かれた者も出ていたりする。
 パナマに集められたMS隊の大半は戦後に編成された新規編成部隊であり、そのパイロットの多くは開戦後に志願してきた促成パイロットたちだ。その技量は本来の訓練を受けてきたパイロットと比べれば当然低く、これが平時であれば訓練校に着き返しているだろう。
 だが今は戦時で、彼らはMSを動かせる貴重なパイロットなのだ。佐祐理の仕事は作戦開始までに少しでも彼らに訓練を施してやるだけ、そして彼らが生き残れるようにフォローしてやる事だけだ。開戦前に率いていた自分の大体に所属していたパイロットの半数は他の部隊の指揮官や訓練校の教官として転出させられてしまい、今率いているのは当時よりもかなり弱体化してはいるが、それでも佐祐理の訓練に付いて来れる程度の技量には達している。
 また佐祐理たちにはもう1つの仕事もある。それは地上軍が独自に開発した新型MS、ジャギュアーのテストである。佐祐理の大隊にはジャギュア−の初期生産型12機が配備されて今回の作戦に望もうとしていたのだ。この訓練は機体のトラブルの洗い出しもかねている。既に3機のジャギュアーがトラブルを起して基地の工廠に送られ、改修が施された補充が送り届けられている。ハワイでも3機が降下してテストを行い、概ね良好な結果を収めており、キャリフォルニアベース攻略戦にはそのデータをフィードバックした改修型が投入される筈である。




後書き

ジム改 いよいよキャリフォルニアを狙って地上軍が動き出しました。
栞   キャリフォルニアもこうなら楽で良いんですけどね。
ジム改 残念だが、望み薄だな。キャリフォルニアベースにはそれなりの部隊が居るから覚悟しとけよ。
栞   ギャプランの大盤振る舞いとかサイコガンダムは嫌ですよ。
ジム改 何時になく弱気だな?
栞   あんなの反則です、撃っても撃っても落ちないんですよ!
ジム改 ギャプランの相手が出来るのはZプラスくらいと言いたいけど、走られたら追えないんだよね。
栞   こっちはもっと悲惨です、空に向かって撃ちまくるしかないんですから!
ジム改 MSも所詮は陸戦兵器だから、空飛ぶ相手には弱いって点は変わらないからねえ。
栞   それでは次回、キャリフォルニアベース攻略に向けて連邦地上軍が動き出す、連邦第12軍が中米でティターンズの防衛線に対して大攻勢を仕掛ける。それは勝利に至る道なのか、それとも。次回「崩壊の兆し」で会いましょう。